OBT 人財マガジン
2013.02.27 : VOL158 UPDATED
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千葉夷隅ゴルフクラブ
総支配人 岡本 豊さん企業の競争優位性は結果指標ではなく、
それを生み出す組織の強さ、社員のモチベーションに規定される(後編)サービスで差別化する戦略を明確に掲げる千葉夷隅ゴルフクラブは、ゴルフ専門誌のランキングで12年連続接客日本一を獲得するなど、質の高いサービスで独自のポジションを築いている。インタビューを読み進めると、顧客満足に向けて現場が主体的に新たなサービスを考え、実行に移していることが同社の優位性であることがわかるが、特筆すべきは社員のモチベーションの高さである。同社は2005年、親会社の経営再建にともない民事再生法を申請しているが、その際も社員のモチベーションは変わらなかったという。「ベクトルがブレなかったことが大きかったと思います。日本経営品質賞を受賞して、私たちのお客さまは誰なのかということをみんなで常に考えていましたので」と語る総支配人の岡本氏。将来の経営環境を正確に予測することは不可能である。その中で競争力を培うためには、環境変化に対応できる組織としての強さ、そして、その源泉となる社員のモチベーションに他ならない。
(聞き手:OBT協会 菅原加良子) -
[OBT協会の視点]
「サービスには終わりがない」と語って下さった岡本支配人 今回お話を伺った夷隅ゴルフクラブさんではその言葉のとおり、現場で働く人が"顧客を喜ばせよう"と、自ら様々なサービスを考え実行に移していた。
現在、製品や機能面での差別化では難しくなり、サービスであるソフト部分でしか戦えない時代になってきた。そして、そのサービスの多くは、現場で顧客と実際に接する人が行なうものである。その為、現場で働く(接客する)人の対応一つで、その企業のイメージが決められてしまうこともよくある。つまり、いかに現場の人々のモチベーションを上げ、お客様の為に一生懸命尽くす事が出来るかどうか、ということにかかってくる。
いくら経営陣が"サービス重視"の施策を掲げても、実際にそれを実行するのは現場であり、現場がその考えに共感し、意識が変わらなければ、サービスの質は磨かれない。
結局、経営者側が『現場が一番状況を分かっている』ということを心底理解し、現場を尊重することが必要なのではないだろうか。現場の"やる気"なくして、いいサービスは出来ない。今回、岡本支配人のお話を伺い改めて、現場の声の重要性を実感した。 -
千葉夷隅ゴルフクラブ(http://www.chibaisumi.jp/)
1979年開業。株式会社日交総本社(日本交通グループ)の全額出資により設立された株式会社グリーンクラブが運営するゴルフ場としてスタートする。開業時は18ホール、1989年に9ホール増設し、27ホールで営業。都心から離れた立地に加えて、千葉県内には極めて多くのゴルフ場がある競争環境の中、サービスの品質で差別化する戦略を立て、社員教育や組織づくりに注力。1988年には日本能率協会の『JMAサービス優秀賞・特別賞』を、1997年には日本生産性本部の『日本経営品質賞』を受賞。2000年から12年連続でゴルフ専門誌『週刊パーゴルフ』のベストコースランキング・接客部門全国1位を獲得し、連続記録を達成中。2005年には日本交通の経営再建に伴い民事再生法を申請するが、2009年に再生手続きの終結決定を受領。再建中も運営方針がぶれることなく、おもてなしで選ばれるゴルフ場を追求し続けている。
コース概要/コース規模:27H、10,463Y、P108 コース面積:148万㎡(45万坪)会員数:正会員 2281名、平日会員581名 従業員数:126名(うちキャディ36名)YUTAKA OKAMOTO
1947年生まれ。大学卒業後、1973年に株式会社日交開発に入社。1979年に株式会社グリーンクラブに転籍。副支配人、支配人などを経て、2003年より現職。
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情報の資産化──属人的な情報を共有し、活用する
────1997年に日本経営品質賞を受賞されました。ご業界では初の受賞だと伺っています。
ええ、アサヒビールさんと一緒に受賞しました。あの賞に挑戦してよかったのは、評価結果だけでなく、改善に向けて36項目の提言をいただいたんです。それによって、自分たちができていないことが明確にわかりました。
その一つに「情報が散乱してまとまりがない」という指摘があり、お客さまの情報を整理して共有化しようと、2000年からロイヤルカスタマーの顧客リストを作成しています。そこにはお名前と顔写真、ドライバーの飛距離やアプローチの使用クラブなどのプレースタイルのほかに、ヘッドカバーは外さないでお渡しするといった細かな情報も記録しているんです。
────まるでカルテのようですね。
そう、カルテです。キャディはみんな、自分の中にそうしたお客さまのデータを持っているんですね。レストランはレストランでお食事の好みを把握していますから、例えばビールはアサヒをお出しするとか、お蕎麦には薬味のねぎを多めに添えるとか、そういったことを記録します。それらをシステムで一元化してみんなで共有し、キャリアが浅い社員もベテランと同じ対応ができるようにしているんです。
────そうした顧客情報の管理は、他のコースでもしておられるのでしょうか。
どうでしょうか。いわゆる営業用のデータ収集はあるかと思いますが、当コースのように集客目的ではなくお客さま満足の向上のためということでは、少ないのではないかと思いますね。
────顧客リストを導入されて、現場はどのように変わられましたか。
みんながお客さまを意識して見るようになったと思いますね。顧客リストは常に更新していますので、例えばコーヒーはブラックだった方が、急に砂糖を入れるようになったとか、変化があれば書き加えていくんです。
────お客さまの好みが変わることもあるのですね。
ええ、お客さまをよく見ていると、そういうことも出てくるわけです。ですから楽しいですよ(笑)。顧客カードは700名分ほどになりましたが、さらに増やして個別の対応をよりスムースにできるようにしたいというのが今の課題です。お客さまにとっては、自分が名前で呼ばれて、自分の好みをわかってくれているということが最大のサービスですから。
ノウハウの資産化
──現場の独自サービスをマニュアル化し、伝承するお客さま情報の一元化のほかに、情緒的サービスを標準化した例もあります。もう27、8年前のことになりますが、お客さまが朝「今日は二日酔いで調子が悪い」と話されるのを聞いたキャディがレストランに連絡して、昼食後に二日酔いの薬と白湯をお出しするよう手配しましてね。お客さまは非常に感動して、喜んでくださいました。
これをみんなができるように標準化して、情緒的サービスを機能的サービスに進化させていこうと。二日酔いだけでなく、風邪だとか胃の調子が悪いとか、そういった言葉を聞き逃さず対応できるように、新入社員はその試験に合格しないとお客さまの前に出さないという風にしてやっているんです。
────試験があるのですか?
フロント・レストランの社員は、入社1カ月目の試験で言葉遣いや料理の出し方などを確認するのですが、我々社員がお客さま役になって、「昨日は飲みすぎた」とか「風邪気味だ」という言葉を会話にわざと入れるんです(笑)。それを聞いて、胃薬や風邪薬を出せれば合格。お客さまの会話に注意を払っていなければ、こうした言葉は耳に入ってきません。その意識を持たせることで、注意力や観察力が研ぎ澄まされていくわけです。
ただ、特にキャディの業務についてはマニュアルにできない部分もありますから、そうした匠のサービスをいかに後輩に伝承していくかが今後の課題ですね。
────キャディさんはコース上ではお一人ですから、先輩を見て学ぶということも難しいですね。
それについては年に一度、サービスを総点検する『ありがとうキャンペーン(※)』という約2カ月間のキャンペーンを実施していまして、キャディ教育もその期間に行っています。ベテランと新人がペアで9ホールずつ担当し、後輩は先輩の流れるようなキャディワークを学び、先輩は新人のフレッシュな一所懸命さに刺激を受ける。そして一年間の仕事を見直して次年度の目標を決め、それに向かっていくということを32年間続けています。
※顧客への感謝の意を込めて「ありがとう」と名付けたキャンペーン。期間は1月から3月上旬まで。全社をあげて業務の棚卸やケーススタディによるディスカッション、接遇研修会や小集団活動の発表会などを実施し、各自の提供するサービスが品質基準を守っているかを総点検する。
クロスファンクショナルな業務で、
セクショナリズムをなくし、社員の情報感度を高める────先ほどお話のあった顧客情報の収集に関しては、情報感度の個人差があるのではないかと思います。それを底上げしてみなさんの感度を高めるために、何かなさっておられることはありますか。
例えば、レストランのメニューが定期的に変わるときには、キャディがお客さまに料理の感想をお聞きするようにしています。後半のスタート時に、「お昼は何を召し上がりましたか、お味はいかがでしたか」とさりげなくうかがうわけです。お客さまはそうしたときに本音を言われますから、それを情報カードに書いてフィードバックします。ですから、キャディはレストランのことにも気を使わなくてはいけませんが、そうすることで自分の担当以外にも目を向けられるようにしているんです。
また、フロントとレストラン、コース売店の社員は、ローテーションでこの3つを兼務します。その目的の一つは、どの業務でもできるようにすることで、お客さまを家族として迎える態勢をつくるということ。例えば、コース売店で「プレーの予約を取りたい」と言われても対応できますし、食事の内容を聞かれてもお答えできます。クレームというのは、こうしたセクションの狭間で起こることが多いんですね。「ここではわかりません」とたらい回しにされるとか、そういったところで不満が出る。それを防ぐということです。
もう一つの目的は、お互いの仕事を理解することで、セクショナリズムをなくすということです。今はレストランが忙しいとか、フロントが忙しいとか、相手の状況を理解できると、社員同士のコミュニケーションがよくなる。それが、お客さまとのコミュニケーションをよくすることにもつながるんです。
ただ、実は兼務を始めたのは、レストランの社員の採用難がきっかけでしてね。フロント単独で募集すると応募があるのに、"ウエイトレス"というと学校に求人票を出しても反応がなく(笑)、"フロント・レストラン"として募集したことが始まりです。そうしてやっていくうちに、これはメリットがあるなと気づき、それからは伝統としてずっと続けています。
お互いの仕事を知ると、社員同士がファミリーのようになりますから、何かあったときも互いにカバーして、トラブルをチャンスにできる。そうした効果もあります。
────具体的にはどういったことでしょうか。
例えば、レストランの社員がお客さまに粗相をしたとすると、午後のスタート時にキャディが「先ほどは大変失礼しました」と、お客さまにレストランのことを謝るんです。するとお客さまは、「そこまで知ってくれているのか」と驚かれるんですね。
────失礼があったという情報が、キャディさんにも伝わるのですか。
ええ、トラブルは報告するルールになっています。言われたキャディも家族の気持ちでいますから、"娘が粗相をした"という感覚で謝ることができる。お客さまは情報が素早く共有されていることに感動して、ビールをこぼされたといったことが帳消しになる(笑)。だから、"トラブルはチャンス"なんです。
民事再生時、"見えざる資産"が会社を支えた
────その間、2005年には親会社さまの経営再建にともない、民事再生法を申請されました。そのときには、社員の方々のモチベーションが下がるといったことはありませんでしたか。
モチベーションは変わりませんでした。一つには、ベクトルがブレなかったことが大きかったと思います。日本経営品質賞を受賞して、私たちのお客さまは誰なのかということをみんなで常に考えていましたので。ですから、辞める人は一人もいませんでしたし、週刊パーゴルフさん(ゴルフ専門誌)のベストコースランキングの接客日本一も、その年もいただいています。
────新しいオーナー企業さまが、経営方針を変えると言われれば従わざるを得なかったと思いますが、そういったこともなかったのでしょうか。
それもなかったんです。「今まで通りのサービスを維持してほしい」と。そのバックアップのお陰もあって、みんなが意識を持ち続けることができたのだと思いますね。
────それまで築いてこられたものが"見えざる資産"としてコースの価値を高めていることを理解されていたからこそ、ですね。
そう、そういうことです。普通なら社内が動揺するような状況で、みんなのモチベーションがまったく変わらなかったのは、やはり今までやってきたことが正しかったということなのだと思います。
────岡本さまご自身は総支配人というお立場として、社員の方々にどのような姿勢で臨まれたのでしょうか。
やはり「今まで通りに」ということですね。お客さまの方を見て、みんなで一緒に協力してやりましょうと。それにみんなが賛同してくれたということです。
顧客とともに成長・進化する
今、みんなで目指そうと話しているのは『紹介したいゴルフ場日本一』になることです。そのために「来てよかった」というだけでなく、メンバーが誇れるゴルフ場になろうと。それには社員のサービスだけでなく、プレーヤーのマナーも大切な要素になりますので、マナーのいいメンバーを社員と分科委員の投票で選ぶ『グッドマナープレーヤー(※)』制度を7年前から取り入れています。
※"進行が速く常に前後の組を意識している、同伴競技者への気遣いがある、言動が紳士的"などの観点で、全社員と分科委員が投票し、上位10人を選出する制度。
選ばれた方は一年間フロント前に写真が掲げられますから、それがご自身の誇りになるんですね。そして年に一度の開場記念杯にお呼びして、みなさんの前で表彰すると、感激されて「恥じないプレーヤーになります」と言われる。それが伝播して「あそこに載りたい」という方が増え、全体のマナーがレベルアップしていきます。悪いマナーを注意するよりも、良いマナーを褒める。そうすると全体が良くなっていくんですね。
────企業がお客さまを評価するというのは、ご業界でもユニークなお取り組みですか。
そうですね。業界の方たちからは評価をいただいていまして、取り入れたいというコースもいくつかありますが、ここまで機能してやっているところはないのではないでしょうか。ゴルフコースと社員のサービス、そしてプレーヤーのマナー、この3つが共に成長していく。そういうゴルフ場になっていきたいと思いますし、そのことが我々が評価される最も大きなポイントではないかと思います。
市場の変化に合わせた新しいステージを模索
────今後についてもうかがいたいのですが、ゴルフ人口が減少し、セルフプレーが増加する流れの中で、これからの差別化をどのようにお考えでしょうか。
セルフのお客さまにも、おもてなしを体感していただける対応を考えていきたいと思っています。その一つとして、雨の日にはキャディ付のお客さまと同じように、ハーフ終了後の休憩時にマスター室の社員がカッパをお預かりして乾燥させ、午後のスタートのときに温かくしたカッパをお出ししています。セルフの方はそういうことをまったく予想されていませんから、非常に感激されるようです。
────セルフプレーの方は、全体の何%程度いらっしゃるのでしょうか。
セルフ率は50%を少し超えましたね。ただ、セルフの方もいつもそうだというわけではないんですね。プライベートで来られるときはセルフプレーで、お取引先と回られるときはキャディ付と、個人の中でも選択性があります。ですから、場面によってお客さまが使い分けられるようにそうした選択性を持つことも大切ではないかと考えています。そして、フルサービス型とセルフサービス型のどちらにも対応できるようなモデルをつくりあげていきたい。それが今後の我々のテーマです。
────見えざる資産は時代に合わせて常に磨き続ける必要があり、その継続こそが強い企業をつくるのだということを改めて実感しました。貴重なお話をありがとうございました。
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OBT協会とは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。
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