OBT 人財マガジン
2012.06.13 : VOL141 UPDATED
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エムケイ株式会社
代表取締役社長 青木 信明さん【事業で差別化しうるのは唯一人財のみ】
経営リーダーには、
自社の成長を「中長期的な視点」で見据えることが必要不可欠(前編)「最高級のおもてなし」を追求するタクシー会社、エムケイの青木信明社長はタクシー事業を「運輸業」ではなく「サービス業」と位置づけている。インタビューを通じて浮かび上がってくるのは、人財は自社の競争力の源泉に他ならない、という徹底した考えである。その結果、現場社員の士気が高まり、顧客価値が高まるという好循環が生まれている。これがもし、現場のドライバーをコストという見方をしていたら、違った結果になっていたであろう。市場が成長していた時期には業績に大差がなくても、成熟期・変革期には明暗が分かれる事態はあらゆる業界で起こっている。好調な企業は短期的な収支だけに執着することなく、中長期的な自社の成長を見据えて見えない投資を継続しているのである。
(聞き手:OBT協会代表 及川 昭)
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[及川昭の視点]
事業で差別化しうるのは、唯一人財のみであり、人財への投資、人財の教育は重要であるとほとんどの経営者が言う。
その証左として毎年行われるトップマネジメントセミナーで参加各社の経営課題のトップに挙っているのが「人財教育の強化」という課題である。
理屈としては、人を活かすための先行投資が競争優位に結実するということであろう。
然しながら、建前は別として人財の教育に本気で取り組んでいる企業が日本にどれだけ存在するだろうか。
いずれも形だけ形式だけというパターンが圧倒的に多いというのが実態である。
何故ならば、人財教育に投資してもすぐ収益性が向上するわけではないし、何時そうなるかもわからない。
かように経営上の意思決定というのは、常に「想定しうる結果」と「想定しえない成果」とのトレードオフの連続である。
そこには様々な矛盾があるため必然的に「想定しうる結果」即ち「短期的利益」を優先してしまうのである。
「想定しうるもの」「短期的成果」のみに目を向けているあまりに何時まで経っても期待する人財として成長しないし、レベルアップもしないのである。
それは紛れも無く経営者としての意思決定の稚拙さに問題があるにもかかわらず、育たないという現実を社員個人の責任に帰結させているというのが日本企業の現実である。今回、MKタクシーの青木社長にお会いして、このトレードオフという相克を超えた経営を追求しているからこそ現在の同社の競争力や付加価値に結実しているということが、改めて実感できた時間であった。
聞き手:OBT協会 及川 昭
企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。 -
エムケイ株式会社 (http://www.mk-group.co.jp/)
1960年に創業者 青木定雄氏が前身であるミナミタクシーを設立し、車両10台からスタート。利用客へのサービス向上とドライバーの社会的地位の向上に徹底して取り組む。1971年にドライバーの生活環境を改善するために社宅『MK団地』を建設。翌72年には乗車拒否の撤廃や身体障害者優先乗車を宣言、深夜の急病や出産での配車依頼を受けるステーションを開設、78年には全社員に日本赤十字救急員資格取得を義務づけ、その他英会話タクシーを開始するなど、独自のサービスを次々と打ち出す。1997年に大阪エムケイを設立し、全国展開を加速。2012年現在、札幌から福岡まで全国8都市に進出する。2001年にはGPS無線配車システムを導入し、リピート率アップに注力。予約配車率は72%(全国MK平均、 他社平均23%)を誇る。
企業データ/資本金:9500万円、売上高:173億1,000万円(平成22年度)、従業員数:2,602人 車両台数:タクシー 795両、ジャンボタクシー 117両、ハイヤー 32両(2012年4月1日現在)NOBUAKI AOKI
1961年生まれ。1982年に父、青木定雄氏が経営するガソリンスタンドに勤務した後、83年にエムケイに入社。タクシードライバーなどを経て、95年同社取締役に就任。全国展開に向けた子会社の立ち上げや、企業や学校へのスクールバスや役員車の運行を受け持つ運行管理事業本部の運営に当たる。 2003年4月、エムケイ株式会社代表取締役に就任。
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企業の生き残りをかけた『人財の活用』
────御社はタクシー業を運輸業ではなくサービス業としてとらえ、英会話ドライバーの養成などのさまざまな取り組みをされています。サービス業においては現場で働く人、御社でいえばドライバーの方々が重要なキーポイントになるのだろうと思いますが、そうした現場の人財を『活かす』ということについて、青木社長はどのようなお考えをお持ちですか。
我々は人を活かさなければ、生き残ることはできませんのでね。この業界は今、そういった状況に置かれているんです。どういうことかといいますと、タクシー業界はこれまで、不況に強い業界だと言われていたんですよ。不況になれば売上が減って、会社は赤字になるはずですが、そこがこの業界の"ミソ"な部分でしてね。単刀直入にいえば、売上の低迷を労働者が吸収する構造になっていたんです。一方で、会社は売上から一定額が必ず入る。だから不況に強かったんです。
しかし、ここ十数年でこの構造は劇的に変わりました。長引く不況でこれまでにないタクシー離れが進み、コンプライアンスが重視される時代になり、今では法人の義務としてドライバーに最低給与を保障していますので、"不況に強い業種"は幻想になりました。売上が減れば、当然、労働分配率は上がりますから、会社が赤字になることもある。そうならないように何をすべきか。運賃なども大事な要素ですが、タクシーは"face to face"の商売ですから、すべて"人"が関わります。その"人"を活かさなければ、生き残ることはできないということなんです。
ドライバーが笑顔でお客さまに対応し、それによってお客さまも笑顔になり、会社は売り上げを得る。我々が目指すのは、三者がそれぞれの利益を享受できる仕組みです。そのために、車両に設備投資するのと同じように、ソフトとしての人にも投資する。しごく当たり前のことですが、ここに経営資源を集中していくことが必要なんです。
企業のブランドは現場でつくられる
────社長が「しごく当たり前のこと」と言われたことは、タクシー業界だけではなく、日本の産業全体にも当てはまるのだろうなと思いますね。
いや、そうですよ。みんなが生き生きと働いて初めて、会社のブランド価値が向上するわけで、我々が活路を見出すのはそこしかないんですから。そうしたブランドづくりの一環として、当社ではタクシー経験者は基本的には採用しません。みんな、タクシーの素人から。2種免許を取得させるところから始めるんです。
──── 一見、経験者を採用した方が効率はいいと思われがちですが、あえて未経験者を採用される。
経験者は業界のいろいろな慣習が身についてしまっていますのでね。それを修正するのは、非常に大変なんですよ。同じ理由で、同業他社の買収も一切してきませんでした。今はお陰さまで、札幌から福岡まで全国8都市に展開していますが、社員はすべてプロパーです。東京は車両80台から、札幌は40台からスタートしましたが、他社からドライバーを引き抜くといったことはせず、ゼロから未経験者を育てているんですよ。
────現在の日本の景気低迷の最大のポイントは"需要の不足"です。そのために、昨今はどの産業もサービス業化を志向していますが、我々が仕事をする中で感じるのは、御社のように『現場がカギを握る』という考え方に立てていない企業が多いということなんです。「人が大事だ」といいながら、いろいろなものを標準化したり、マニュアル化したり。そういったことには非常に力を入れるけれども、働く人たちが現場で自己判断ができているのかどうか。現場に対する意識が非常に低いという気がします。
当社でも研修ではマニュアルに沿って指導しますが、すべてを枠にはめるのは難しいと思いますね。例えば、現場では真面目な社員ほど、苦情が発生しやすいきらいがあるんですよ。「挨拶ができていない」「地理が不案内だ」といったご意見をお客さまからいただくことがあるのですが、そうした場面でも苦情が発生しない社員もいる。本人の人間性でうまく収めてしまうんですね。
ただ、これが良いか悪いかは別ですよ。私どもは『MKタクシー憲章』を掲げて、『安全運転、挨拶、美化、親切』の4項目を基本行動に定めていますから、挨拶ができていないのは許されませんが、それを枠にはめてやらせればいいというものでもない。その辺りが非常に難しいですね。
────つまり、枠にとらわれない判断力を現場が持つことが必要だということですね。
そうです。さらにいえば、現場におけるすべての権限はドライバーにあるんです。現場ではマニュアルにないことが頻繁に起こります。そのときに、いちいち本部に電話して「どうしたらいいですか」なんて聞かないでしょう。自己の判断で対応するしかないわけで、現場のことは現場に任せるべきだと思いますね。
地道な基礎教育を、徹底してやり続ける
────そうなりますと、画一化できるサービスの部分ではない、現場で起こるありとあらゆる場面での対応力が必要になりますね。現場での判断力のある方かどうかというのは、採用時に何らかの見極めをされるのですか。
いえ、そんなことはわからないですね。ドライバーの採用というのは、これはもうみなさんには考えられないと思いますが、驚くようなことがよくあるんです(笑)。ちょうど10年前、神戸で営業を開始したときなどは、面接にゴム草履とジーパンで来る方もいたくらいでね。そういう方はたいてい2種免許を持っていたりするのですが。
MKタクシーの研修風景。新人もベテランも大声で挨拶を反復練習し、徹底して身につけていく。
ですから採用で見るのは、まずは常識をわきまえているかどうかということ。あとは、入社後の教育を徹底するということです。その教育は何かといえば、挨拶をする、車内を清掃する、事故を起こさないといったこと。ごく単純な話です。英会話ドライバーの養成などにも長らく取り組んでいますが、まずはそれ以前に基本を徹底することが大切なんです。
具体的には、入社時の研修を2週間しっかりと行い、その後も全社員が参加する研修を毎月必ず実施します。『全員業務集会』といって、経営者や大学教授といった来賓をお招きして講話を頂戴したうえで、私が経営戦略を話すんです。
────社長も研修に出席されるのですね。
行きます。ただ、安全講習に力をいれる時期などは「社長の時間は取れません」と研修スタッフから断られることもありますし(笑)、名古屋や東京、札幌などには毎回は行けないのですが、基本的には研修には私も出席して社員に直接話をします。
もう一つ教育で大切なのは、現場の『PDCA』です。というのも、あるとき飛行機で不思議なことに気づきましてね。CA(客室乗務員)さんが、頻繁にトイレに入るんですよ。空の上やから近いのかなと思ったら(笑)、違うんですね。乗客が入った後に必ずCAさんが入る。汚れていないかどうか、毎回チェックしているんですよ。だから、いつ入ってもきれいなんです。
同様に、タクシーの車内もお客さまが乗るときには塵一つ落ちていてもダメです。いついかなるときでも、清潔でなければならない。そんなことができるのかといえば、簡単なことなんです。CAさんが常にトイレをチェックするのと同じように、お客さまが降りられた後で、ドライバーが後ろを振り向いて座席を確認する。この作業を行うだけで、防ぐことができるんです。
それには『PDCA』なんですね。『車内を清潔に保つ』という計画を立て、営業前に必ず清掃する。そして後の2つの『チェック』と『アクション』、これが一番重要です。後部座席を毎回チェックし、ゴミに気づいたときに拾うかどうか。ここで差が出るんです。
────まったくそうですね。一般的には日本の企業では『P(プラン)』に力を入れていますが『C(チェック)』と『A(アクション)』が最も弱いですからね。
弱いです。今の話は誰にでもできる簡単なことですが、でもこれが徹底できないんですね。常に言い続けているけれどもできない。ここに、我々の存在価値があるんです。そうでなければ、我々は必要ないわけですから。
────当たり前のことを、どれだけ徹底できるか。これがまさに競争優位の源泉となるポイントですね。他社はそこまでは真似できないわけですから。
『基礎教育×現場の体験』で人は育つ
ただ問題は、育つのを待っているわけにはいかないということなんです。数字(売上)と育成を両立させなければいけない難しさがある。例えば、当社は未経験者を採用していますので、地理に不案内な者が多く、お客さまから苦情をいただくことがよくあります。道を徹底的に仕込まなければいけないことは我々もわかっているのですが、かといって2カ月も3カ月も教習できませんので、2週間で基本的なことを教えて営業に出すわけです。
ですから、本当は良くないことなのですが、どうしてもお客さまに教育いただく部分があるんですね。そして実は、圧倒的に大きな効果を発揮するのは、お客さまからの教育なんです。例えば、日々いただく苦情や御礼。これらが我々の成長の糧になり、血となっているのだと思います。
────利用客の声は、ドライバーの方々の評価や待遇にも反映されるのですか。
当然、評価は変わってきますし、営業にも直結します。例えば、お客さまからご指名があるなど、自分に跳ね返ってくるということが、直接感じられるわけです。売上以外のやりがいの面でも、お客さまとの接点は大きいですね。私自身もハンドルを握っていたときの忘れられない言葉があります。5㎞ほどの短距離のお客さまでしたが、「今まで乗ったタクシーの中であなたの運転が一番安心した」といわれたんです。これは、やはりものすごく励みになるんですよ。そうした言葉で、運転に対しての意識は変わりますから。
ある経営者の方から、こんな指摘を受けたこともありました。「エムケイの接客は素晴らしいが、血が通っていない面もあるのではないか」と。例えば、当社のマニュアルでは、お客さまに「車内の温度はいかがですか?」と確認する決まりになっています。この聞き方も、気温が高い日は「今日は暑いですが、車内の温度はいかがですか」とか、逆に雨が降ってひんやりする日は「雨降りで冷えますけれども、車内の温度はいかがですか」とか。「自分なりの一言を加えることで、言葉に血が通うんや」と。こう言われましてね。
でも、それを強制はできないんですね。「車内の温度確認には、自分の言葉を必ずつけ加えるように」と言えば、またそれがマニュアルになってしまうでしょう。
────マニュアルが厚くなるだけで、現場の創意工夫は失われてしまいますね。
そうなんです。ですから、会社として教育をするということは大前提ですが、あとは現場の経験を通じて身につけてもらうしかないんです。
ただ、そうしたことも対価がなければ社員の意欲は湧きません。一番のやりがいはお客さまとの接点にあることは事実ですが、モチベーションの源としてはやはり数字(売上や給与)も大きいんです。皆さんきれい事を言うけれども、これは間違いない話でね。だから社員に生き生きと働いてもらうには、会社は待遇で応えなくてはいけないんですよ。
人を活かすには、働く環境を整えることが必要であり、待遇はその重要な要素であるという青木社長。後編では、エムケイの職場環境づくりについてうかがいます。
*続きは後編でどうぞ。
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