OBT 人財マガジン

2012.03.28 : VOL136 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社日本M&Aセンター
    代表取締役会長 分林 保弘さん

     

    成長戦略としての「M&A」を考える(後編)

     

    歴史的な円高、人口の減少、国内産業の空洞化──日本経済に大きなダメージを与えているこれらの難局は、「すべてチャンスである」と日本M&Aセンターの分林会長は断言します。同社は、中堅・中小企業のM&Aに特化する、独立系コンサルティング会社です。国内で生き残り、世界で戦える会社をつくるには、他社との合併や連携が有効であり、昨今の経営環境の激変はM&Aを検討するきっかけと捉えるべきだといいます。今、M&Aの世界では何が起こっているのか。企業の成長につなげるためには何がポイントになるのか。分林会長にうかがいました。(聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [及川昭の視点]

    日本経済に占める中小企業の割合は、非常に高く製造業においては、全企業の中で99.4%を占め、雇用面でも75%、生産高でも約50%を占めている。
    然しながら、日本経済の土台を支えている中小企業の倒産は、10,000件を超えておりこれによって雇用基盤も大きく揺らいでいる。
    これと共に、後継者不在にあえぐ中小企業は65%を超えており、今回ご登場頂いた分林さんが率いる日本M&Aセンターは、日本の中小企業が生き残り、成長していくための道筋をつけているといえる。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • 株式会社日本M&Aセンター http://www.nihon-ma.co.jp/
    1991年に全国の公認会計士・税理士が共同出資して設立。「企業の『存続と発展』に貢献する」ことを理念に掲げ、中堅・中小企業の友好的M&Aに特化したM&A仲介サービスを展開。創業以来の成約件数は1500件を超え、なかでもM&Aによる事業承継の支援で数多くの成功実績を持つ。全国300超の会計事務所、約250の地域金融機関などとのネットワークは、業界屈指の規模。2007年12月に東証一部に上場。
    企業データ/資本金:10億円、売上高:50億800万円(平成23年3月期・連結)、従業員数:92名(平成23年4月28日現在・連結)

    YASUHIRO WAKEBAYASHI

    1943年生まれ。立命館大学卒業後、日本オリベッティに入社。同社会計事務所担当マネージャーを経て、86年に全国の公認会計士・税理士など400人が加盟する日本事業承継コンサルタント協会(現・日本中小企業経営支援専門家協会)の設立に参画。91年に株式会社日本M&Aセンターを設立し、92年代表取締役社長に就任。2008年から現職。2011年に「[最新版]中小企業のためのM&A徹底活用法」(PHP研究所)を上梓。

  • M&Aに際しては、見えざる資産や負債も洗い出す

    ────M&Aの成功例と失敗例をそれぞれ多くご覧になっているかと思います。成否をわけるポイントはどこにあるのでしょう。

    失敗するケースで多いのは、事前の調査が不十分な場合ですね。ただ、われわれが手がける案件では、失敗はほとんどないんです。というのは、後継者問題に悩む経営者から売却の相談を受けるケースが圧倒的に多いのですが、実際に仲介を開始するまでに何度も何度も面談して、しっかりとリサーチするんですよ。株価評価一つとっても、社内でチェックした後に外部の専門家が再確認しますし、最終的に契約を結ぶときも同様です。何重ものチェック体制をとっているんです。

    ────個別企業をご覧になるときのポイントみたいなものは何かございますか。

    まずは、現状をきちっと捉えるということですね。決算書は、最低でも3期から5期分をチェックし、事細かく見ます。さらに、そうした資料だけではわからないことがありますから、経営者には「絶対に隠し事をしないでください」と。例えば、在庫が帳簿より多いとか少ないとか、回収できない売掛金や貸付金があるとか。

    なかには自慢する社長もおられるんです。「うちは実は在庫が多いんですよ」と。「帳簿では3億円だが、本当は5億ある。だから資産評価額を2億上げてください」と。これは実質脱税ですから、「社長、それは事前に申告して、税金を払ってからM&Aを契約しましょう」と話します。上場会社が買ったら、そんなことは認められませんから。

    ですから、「良いことも悪い事も、先に全部言ってください」と、くどいほどお願いします。それでも言わない社長もおられますから、一緒に食事したり、お酒を飲んだりしながら、「実は」という話を聞き出す。こういったことが大事なんです。

    ────社員の能力といった、決算書などには表れないものも見られるのでしょうか。

    もちろんそうです。ただ、そういったものも実は数字に表れますので、だいたいわかるのですが、さらに30数ページのインタビューシートをつくって、それに沿ったヒアリングも行っていきます。社長がどういう形で起業されたのかといった会社の歴史や、社内の組織図、役員や部長などのキーマンの職務経歴や社内の人間関係といったことを聞いていくんです。

    主要な得意先や仕入れ先も書き出していただいて、売上が特定の一社に偏っていたら、その契約はどうなっているのか、なくなる可能性はあるのかといったことも、入念に確認します。つまり、買い手が疑問に思うであろうことを、すべて事前につかんでおくということです。

    ────最終的には、何をもとに企業の価値を判断されるのですか。

    一概には言えませんが、捉えた現状の背景を知ることが大事ですね。業績は右肩上がりなのか、右肩下がりなのか。それはどんな事情によるのか。昨年の大震災のように、特殊な事情がある場合もありますから、数字だけを見ないということです。だから、うちの社員にはよくこう言うんです。「M&Aのコンサルタントではなく、経営戦略のコンサルタントであれ」と。

    売り手と買い手、両方の視点で物事を見ることも大事なポイントです。自分が売り手ならいくらで売るのか、買い手ならいくらで買うのか。売り手の社長にも、僕は同じことをよく聞きます。「社長なら、自分の会社にいくら出しますか」と。すると、「10億円で売りたいと言ったけれど、自分が買うなら6億円かな」と。人間ってそんなものだと思うんですよね。そして、金額には表れない売り手の淋しさもわかるし、買い手の立場もわかる。お互いの立場に立って考えれば、M&Aの交渉中はもちろん、M&A後もうまくいくんですよ。

    シナジー効果が見込める相手かどうかを見極める

    ────相手企業の選定では、どのような点を重視されるのですか。

    やはり相乗効果ですね。1+1が2ではなくて、3にも4にもなる組み合わせを探すわけです。例えば、売り手の企業は非常にいい技術を持っているけれど、資金力がないから全国展開できないでいるとすると、大手企業のネットワークと資金力を使えばもっと伸びるな、とかね。

    2008年に私どもがお手伝いした、ワタミとタクショク(現在はワタミタクショク株式会社に社名変更)のM&Aなどは、その典型例です。タクショクというのは、長崎県を中心に弁当の製造宅配を展開されていた会社でしてね。2010年の上場を目指して主幹事の証券会社も決まり、準備に入っていたんです。当時、社長は66歳で、優秀な息子さんが3人いて、税理士のご長男が役員として入っておられた。普通なら後継者問題はないと思うでしょう。

    でも、タクショクの社長は考えたんですね。上場すれば、会社は株主から毎年2桁成長を要求される。息子たちに、その重責が担えるのかと。非上場を貫けば、銀行融資の個人保証を一生息子に背負わせることになる。どちらにしても大変だ、と。

    それで、僕が相談を受けたわけです。何社か浮かんだ相手企業の候補のなかで、ワタミは居酒屋を展開していて食に強い。タクショクの主な利用者は高齢者ですが、ワタミは介護も手がけている。これはぴったりの組み合わせだと、ひらめいたんです。ワタミの渡邉(美樹)会長にお話したところ、トントン拍子に話が進んで2カ月余りでまとまりました。

    その当時のタクショクの年商は80億円でしたが、3年後の今では年間売上高は154億円(2010年度実績)。2013年度末までに500億円に伸ばす計画を発表されていますが、そういった相乗効果をいかに生み出すかが、われわれの使命なんですよ。

    相手の企業に敬意を持って接する

    ────M&Aを契約前と契約後にわけたときに、御社はどのような関わり方をされるのですか。

    M&A後には、基本的には関りません。われわれのお手伝いは、契約前とその直後までが中心ですね。

    ────M&A後は、人と人との融合といった問題もあるかと思いますが。

    中堅・中小企業は、企業文化が違うので、基本的に合併はしないんですよ。株式を譲渡して、関連会社の一つになるというやり方です。

    ────とはいえ現場の社員にとっては、社長が変わるのは大きな出来事です。

    だから電撃的にやるんです。情報を漏らさず、当日まで一切何も発表しません。

    ────余計な動揺を与えないということですね。

    そうです。でないと、不必要な誤解や憶測を招きますのでね。

    ────発表後に、ショックを受けた社員が辞めてしまうといったことはありませんか。

    そういったことは、ほとんどないですね。契約書には「社員の待遇は当面は変えない」という一文を必ず入れますし、派遣する社長は「占領軍がきた」と思われないように、譲渡企業に配慮できる人を選んでくださいとお願いします。前社長は会長として遇して、通常は半年から1年、長い方では2、3年、会社に残っていただき、その後は相談役になって、という形で徐々に非常勤化していく。そして急激な改革はせずに、3年ほどかけて徐々に新しい文化を浸透させる。こうしてやっていけば、問題はまず起こらないですよ。

    ────あまりビジネスライクに進めてはダメだということですね。

    そういうことです。だから僕は、「買収」という言葉が嫌いなんですよ。何か上下関係を連想させるじゃないですか。マスコミはよくこの言葉を使いますが、書いてくれるなと言いたいですね。

    私どもは、売り手と買い手とのミーティングでも、売り手がオーナー社長、買い手が上場会社の役員などであれば、上座には売り手の社長に座っていただきます。「買わせていただく」という気持ちがなければ、M&Aはしないほうがいい。「買ってやる」というなら、やめてくださいと。それはハッキリと言います。

    もう一つ重視しているのが、双方の社長の人柄です。人間的にどうかという方は、M&A後も何かとトラブルが多い。いい人同士をくっつけることがM&A成功の鉄則ですから、問題のある社長の案件は、売り買いのどちらであってもお請けしないようにしています。

    成立してからが本当のM&A。トップのコミットが成否を決める

    ただし、買ってからが本当のM&Aですから、契約がまとまったら人に任せてしまうといったことでは、ダメだと思いますね。特に、優良企業のM&Aは3年かけて徐々に融合すればよくても、企業再生型のM&Aは別です。トップが直接やるくらいのつもりで臨まないと、うまくいきません。

    例えば、2010年にエイチ・アイ・エス(HIS)がグループ化したハウステンボスがそうですね。僕が澤田さん(※1)に「やめたほうがいい」と言うほど難しい再生案件だったのですが、HISは平林さん(※2)に任せて、週に4日は向こうにいて陣頭指揮を取っているでしょう。1992年の開業以来、赤字続きだったのをわずか一年で黒字化しましたが、気合の入れ方が違うんですよ。

    ※1 HIS代表取締役会長、ハウステンボス代表取締役社長 澤田 秀雄氏
    ※2 HIS代表取締役社長 平林 朗氏

    ────トップが自ら現場に入ることが大事だということですね。

    そうです。売上を2割アップ、コストを2割カット。そうすると粗利が4割上がる。これでどんな企業でも黒字になると彼は言い切っていますが、事実、その通りにやっていますよね。例えば、花だけでも年間で3億2000万円かかっていたのを、仕入れを見直して、今では2億円でもっといい花が買えているそうです。シーツや枕カバーなどのリネン類は、3つあるホテルの業者をそれぞれ変えて、価格競争が起こるようにした。

    そうしてコストを抑える一方で、彼は船を買ったんです(※)。長崎―上海航路をスタートさせて、上海から毎週1000人を連れてくるという。そうしてあらゆる企画を考えて、売り上げを伸ばしています。こうしたことを、それまでの経営者はできていませんでした。M&Aした会社を伸ばせるかどうかは、経営者次第なんですよ。

    ※2011年1月にHTBクルーズ株式会社を設立。同年11月に中国・上海と長崎を結ぶ格安クルーズ客船「オーシャンローズ号」を就航した。

    見据えるのは「M&A」の先の「経営課題の解決」

    ────分林会長は、なぜM&Aの仲介を事業にしようと思われたのですか。

    僕は、もともとコンピューターメーカーにいたんです。コンピューターというのはITツールだと思われがちですが、僕は経営のツールだと捉えていました。当時から経営に関心があったんですね。経営システムをどう構築するのかということにこだわっていたんです。

    例えば、京都・西陣の織屋さんの、生糸のロス管理をどうすればいいかとかね。出機(でばた:製織を委託する下請工場)に預ける糸の目方とできた帯の目方が違うということが、度々あったわけです。そこで何百件とあった出機ごとに、糸と帯の目方を管理するシステムを提案しました。そうすると、ロス率の平均は5%なのにある出機は8%もあるとか、問題を見つけられるようになった。それをもとに、ロスを抑える工夫ができますよね。

    ────ITシステムありきではなく、経営課題ありきだということですね。

    そうです。その後、会計事務所向けのシステム事業に携わったことから、全国の公認会計士や税理士の方々と知り合いましてね。当時はちょうどバブル期でしたから、顧客の事業承継が大変だというんですね。地価や株価が上がって、相続税が払えないと。そこで相続税対策を手伝うようになり、そうこうするうちに今度は「後継者がいない会社が増えている」という話を聞くようになった。それで、この会社を立ち上げたんです。

    ですから、全国の公認会計士や税理士の方々が日本M&Aセンターの会員になっていますが、ほとんどがコンピューター会社時代からの30年、40年の付き合いの人たちです。やっていることも僕にとっては同じで、扱うサービスがITからM&Aになっただけのこと。企業の経営課題を解決するという事業の目的は、何も変わっていないんですよ。

    ────今後、本業で課題があるとすれば、どんな点になりますか。

    国内企業の65.9%が後継者不在だと、帝国データバンクが発表しましたが(前編参照)、潜在的にはそれだけのマーケットがあるわけです。それに対して、コンサルタントがまだまだ足りませんので、この4、5年で倍の人員に強化しようと思っています。

    といっても、育てるのに最低3年はかかりますので、一挙に増やすわけにはいきませんが、毎年15~20人ずつくらいを採用して、マンツーマンで着実に教育していくということ。そして、M&Aの仲介人としてではなく、経営戦略のコンサルタントとしての役割をしっかりと担っていく。こういったことが、今後の大事なことかなと思いますね。

    ────M&Aの事前のリサーチから相手企業への配慮の仕方まで、さまざまなことをうかがえて、たいへん参考になりました。貴重なお話をありがとうございました。

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