OBT 人財マガジン
2012.01.11 : VOL131 UPDATED
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株式会社スーパーホテル
会長 山本 梁介さん「組合せ」が事業を変える。
異業種の視点から生まれた徹底した選択と集中(前編)ホテル業界にとって厳しい経営環境が続く中、スーパーホテルは客室稼働率89%という驚異の業績を誇る。顧客に提供する価値を『安全、清潔、ぐっすり眠れること』と定め、宴会場など価値に結び付かないものはすべて廃止。枕やベッドなど、眠りの質を高めるものを徹底して研究し、経営資源を投入している。徹底した選択と集中。その理由を山本会長はこのように語っている。「私どもは、もとはホテル屋ではありませんでしたので、だからできたことだと思います。シングルマンションの経営から入りましたから、言ってみればホテル業界に非常識を持ち込んだわけです」。また、同社は初めから順風満帆というわけではなく半年間は稼働率50%を切っていたという。それでも開花するまで辛抱したのはサービスの価値を信じ切れたから。新たな事業を生み出すためには、全く異色なものを掛け合わせるべき複眼的な思考、そして、最後まで自社サービスを信じ切れる思い切りの良さが必要だ。(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)。
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[OBT協会の視点]
サービス産業における生産性の向上は、顧客満足と二律背反の関係にあり、難しい課題である。 スーパーホテルに置いても、『選択と集中』を行い、顧客満足の為に行なっている『安全、清潔、ぐっすり眠れること』以外の不必要なものを全て削除。顧客満足度指数にて業界1位を獲得している。しかし、山本会長は「何事も長所と短所は表裏一体」とその難しさを語ります。 特長あるホテルを築くまでには、必ずしも順風満帆な道ではない。なぜなら、特に日本人は変化求めない・受け入れない、それは、顧客だけではなく、社内の従業員の中にもあるからである。つまり、成功の秘訣の一つは、初めに多少つまずいても、自らの信じられるコンセプトであれば、迷わず進み・貫く企業の強さが必要となるのではないだろうか。
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株式会社スーパーホテル ( http://www.superhotel.co.jp/)
1989年設立。シングルマンション事業から参入し、シティホテル『ホテルリンクス』を展開。1996年に宿泊特化型ホテル『スーパーホテル』1号店を博多に出店。宿泊客のチェックインに無人で対応できる『自動チェックイン機』などの独自のシステムによりコストを削減し、朝食付きで1泊4980円からという低料金を実現する。その一方で枕は7種類から、ベッドの硬さは2種類から選べるなど、コンセプトの一つである『ぐっすり眠れる』を追求してサービス開発に注力。近年、『ロハス』をコンセプトに加え、環境保護につながる宿泊プラン『エコひいき』などを開発。こうした取り組みが支持されて、女性やファミリー客の利用を伸ばしている。2009年度に経営品質賞受賞、サービス産業生産性協議会のJCSI(日本版顧客満足度指数)において、2010年、2011年の2年連続でホテル業界第1位を獲得。
企業データ/資本金:6750万円、店舗数:102店舗、従業員数:260名(2011年12月現在)RYOSUKE YAMAMOTO
1942年に大阪・船場の織物商社の3代目として生まれる。大学卒業後は蝶理株式会社に入社し、25歳で家業に転じて代表取締役社長に就任。4年後に同職を退任し、シングルマンション事業を立ち上げて6000室を管理するまでに育て上げる。1989年に株式会社スーパーホテルを設立し、同社会長に就任。
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異業界出身だからこそ見えた『業界の常識』の盲点
────御社は『ぐっすり眠れるホテル』に徹底してこだわり、他社との差別化に成功しておられます。『選択と集中』の重要性はよく言われることですが、顧客やサービスをなかなか絞り込めずにいるケースも少なくありません。御社がなぜここまで『宿泊』に特化できたのか、『選択と集中』のあり方について今日はお伺いできればと思います。
それほどたいしたことではなくて、私どもは、もとはホテル屋ではありませんでしたので、だからできたことだと思います。シングルマンションの経営から入りましたから、言ってみればホテル業界に非常識を持ち込んだわけです。
シングルマンションに求められるのは、快適な居住空間をつくるということが一つ。二つ目は、ローコストでハイクオリティを実現するということ。三つ目は、IT化です。管理をIT化することで、誰にも干渉されずに自分のペースで部屋が使える。単身で住まわれる方は、このことに非常に大きな価値を置かれるんですね。
そのシングルマンションの常識を、ホテル業界に持ち込んだ。それだけです。丸きり新しいものではなく、新しい組み合わせと言いますかね。それを思い切ってやったというだけで、たいしたことではないんですよ。
────当初は、会議室やレストランを併設したシティホテル『ホテルリンクス』を展開しておられましたが、それを宿泊特化型の『スーパーホテル』に転換されたのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
ホテルリンクスを展開していたときにはバブルの余韻がまだありました。しかし、次第にバブル崩壊が響いてきて、経済が息切れしてきた。それはお客さまが来られる勢いでわかるわけですから、このままではうまくいかないなと。では、どういったホテルをやるべきかと、いろいろと悩みましてね。
その当時、ビジネスホテルは1泊7000、8000円くらいしていましたが、従業員やお客さまに聞くと、出張費の範囲で夜にちょっと一杯飲める程度のおつりが出たら嬉しいという。とすると1泊5000円以内ですね。そういうホテルをつくれば喜んでもらえて、お客さまに来ていただけるだろうと。そこで、まずは単価ありきで『一泊朝食付4980円から(※)』と決めたわけです。
※一部のホテルを除く。
ただし、『安かろう悪かろう』はポリシーに反しますし、それではリピーターになっていただけませんから、当たり前ですが『低価格高品質』でなければいけない。けれど、すべてのお客さまに『低価格高品質』を提供しようとしたら、それこそ店を閉めなくてはいけなくなります。そこで、出張の多いビジネスマンの方々に顧客を絞ったわけです。次に、ビジネスマンにとって一番大切なことは何かを考えて、『安全、清潔、ぐっすり眠れる』にコンセプトを絞った。そして、これに関しては他社の追随を許さないと決めてスタート切ったということです。
────コンセプトを定めても、例えば会議室もあったほうが便利ではないかなど、サービスを広げる方向にどうしても考えが向きがちではないかと思います。『安全、清潔、ぐっすり眠れる』に絞り込むことができたのは、何が決め手になったのでしょうか。
ホテル業界の中で、どういう地位を築くかを考えたということです。飲食や宴会では、どうしたって伝統あるホテルにはかないません。しかし、ホテルをいろいろと見てみたら、『宿泊』に関してはまだちょっと甘いところがあるのではないかと思ったんです。
というのは、ホテルの宿泊は1泊や2泊と短期間ですね。だから、お客さまは何か不満を感じても、「次からここは使わないでおこう」と、黙って終わってしまうことも多い。しかしシングルマンションは、最低でも1年、2年と借りられますから、何かあればお客さまから真摯な不平不満を受けます。そのシングルマンション事業で30年間培ってきたハードやソフトをホテル業界に持ち込めば、一つの領域が築けるのではないかと考えたわけです。
また、ホテルでは、ビジネスマンの方は夜10時ごろにチェックインされて、朝8時ごろに出て行かれますから、滞在のほとんどをベッドの中やベッドの周りで過ごされます。ここを高品質にしないことには、ホテルの勝負どころがない。そこで、宿泊に特化したホテルをスタートさせたということです。
開業から続いた不振を、サービスの価値を信じて乗り切る
────1996年にスーパーホテルの1号店を博多にオープンされました。当時は、どの程度の勝算を見込んでおられたのでしょうか。
そうですね、最初は「こんなものはホテルではない」と言う人もあって、まったく流行りませんでしたのでね。しかしあるとき、NHKの記者の方が来られて「こういうホテルは必要だ」と。NHK福岡放送局で2、3分放送してくださって、それからワッとお客さまがやってこられるようになりました。ですから努力したといえば、ちょっと淋しいなというのを我慢してコンセプトを貫くというね。それくらいのものですね。
────1号店の営業が軌道に乗られるまでに、半年ほどかかられたとお聞きしていますが、その間に迷いが生じることはありませんでしたか。
プライスに対する自信がありましたからね。というのは、シングルマンションを1年間借りるのと、スーパーホテルに1年間宿泊し続けるのと、計算するとほぼ同じ金額になったんですよ。マンションは保証金や家財道具に費用がかかりますから、それも含めてのことですが、1年間だけ住むと考えたらスーパーホテルに泊まった方が得なんです。最初はそういった価格に対する自信が下支えになりましたね。
────最初の半年間の稼働率はどの程度だったのでしょうか。
65%くらいを目標に考えていましたが、実際には半分を割っていました。
────その間、スタッフの方々は不安を抱いておられたのではないかと思いますが、どのようにしてみなさまを引っぱっていかれたのですか。
ただ忙しく過ぎていきましたが、一つあるとすれば従業員が2、3人のときから朝礼をやっていました。今も各店舗でそれはやかましく言うのですが、朝礼でコミュニケーションを取って、いろいろなことをオープンにガラス張りで経営し、われわれの信念を伝え続ければ、それに賛同する者が必ず出てきます。そして、事業も徐々に当たり出してくるんです。売り上げ至上主義よりも、理念浸透主義ということですね。
社員の離反、宿泊客の苦情...、逆風の中で経営理念を貫く
ただ、宿泊産業というのは古い業界ですから、例えば客室の電話をなくす(※)とか、これまでにないことへの抵抗は大きいんですね。ですから、当時の社員のうち約3割がホテル業界から来た人でしたが、その人たちはみんな辞めていきました。
※スーパーホテルでは自動チェックイン機による完全前払い制でチェックアウトを廃止。それに伴い、清算の対象になる室内電話も廃止している。
────社内の雰囲気はいかがでしたか。残った方は、さらに不安になられたのではないかと思います。
それはそうですよ。お客さまが来ないことでも、不安になっていましたからね。そこを、こちらは信念を持って貫いたということです。
────辞めていかれた方は、何に反発されたのでしょうか。
みんなが一番反発したのは、やはり客室の電話をなくすということでした。
────電話はそれほど重要なものなんですね。
今でもこれだけ携帯電話が発達しているのに、電話がないのはうちのホテルぐらいでしょう。しかも当時は14年前で、携帯電話も一部の人しか持っていない時代でしたから、そんなことをして大丈夫かと。ホテルとしての意味をなさんじゃないかという声がありましたね。
────そうした方針は、山本会長の中で概要をお決めになってから、みなさんに話されるのですか。それとも、みなさんとの議論の中で決めていかれるのでしょうか。
輪郭は私が決めて、細部に関してはみんなと議論しながら、現場ですり合わせて進めていきます。しかし、人間というものは、今までの環境から抜け出すことに非常に抵抗があって、自分が経験していないことにはなかなか飛び込めないんですね。
────お客さまからの苦情はいかがでしたか。
やはりいただきました。今でも、「内線がないからフロントまで行かなくてはならない。これでホテルと言えるのか」といったお声をいただきます。
私どもでは、お客さま相談室を設けて苦情やご要望をお受けしているのですが、お客さまのご意見は大きくは、ハードに対するものとソフトに対するもの、それからビジネスモデルに対するものに分かれます。ハードは設備のメンテナンス、ソフトは従業員教育といったことに力を入れて、クレームをなくしていかないといけません。
しかしビジネスモデルに関しては、私どものやり方を変えるのか変えないのか、常に議論する必要があります。例えば、客室には冷蔵庫も置かないことにしていたのが、お客さまの声からやはり必要だということになり、後から設置した。そういったものもありますが、室内電話に関しては方針を変えてしまったら、スーパーホテルのビジネスモデルとは違うものになってしまうんです。
何事も長所と短所は表裏一体ですから、お客さまの満足度を高めれば生産性は落ちますし、生産性を高めれば満足度は下がる。その中で、これは変えられないというものはお客さまにそうお伝えして、「他のホテルをご利用ください」とお願いすることもあります。そうでないと、特長あるホテルを守ることはできません。ですから自然と、スーパーホテルのやり方がいいと言われるお客さまが中心になりますので、リピーターの方が増えてくるんです。
現在に満足せず、常にベストを求めて変革し続ける
────そのようにして『しないこと』を明確にされる一方で、例えば枕は7種類から選べるなど、『安全・清潔・ぐっすり眠れる』を実現するための取り組みに力を入れておられます。開業からこれまで、どのようにしてサービスをつくり上げてこられたのでしょうか。
ロビーに『ぐっすりコーナー』を設置し、好みの枕を宿泊客が自由に選べるようにしている。
枕ついては、私どもは「ぐっすり眠れなかった」という方に宿泊代金をお返しする『返金保証システム』を導入しているのですが、当初は枕を理由にする方が多くおられたんです。それでいろいろと研究して、NASAの技術を取り入れたという高級な枕をつくったこともありましたが、それでも人によって「高すぎる」「低すぎる」ということがあったわけです。
いったいどないしたら、枕のクレームをなくせるのかと。いろいろと考えた結果、自分に合った高さと柔らかさが大事だということに気づきましてね。高いものから低いもの、柔らかいものから硬いものまで、今は7種類を揃えています。大抵のものがありますから、ご自分に合った枕で寝ていただこうということです。
────今のやり方に行きつくまでに、どのくらい試行錯誤されたのですか。
2年はかかりました。お部屋に関しても改善を重ねて、今では『眠りと健康』という意味ではパーフェクトではないかと思います。室温や照明、防音などに基準を設けて、それをクリアするようにつくっているんです。例えば、音は40デシベル以下(※)、ベッドもロングでワイドなものを入れて、マットの硬さも2種類から選んでいただけるようにしています。
※図書館内と同程度の静けさ
また、大阪府立大学の健康科学研究室と共同で『ぐっすり研究所』というものを設立して、快適な睡眠を研究しています。そこでわかったのは、睡眠というのは時間の長さではないということ。眠りの深さが大事なんです。では、深い眠りはどんな状況で生まれるのか。一番は、血流を良くすることです。そこで私どもでは、体のイオンバランスを改善するように特殊な加工を施したパジャマや、天然鉱石の微粉末を加工して岩盤浴と同じ効果があるスリッパといったものをつくってご提供しています。
もう一つ、室内の空気も大切ですから、例えばこの部屋の天井には珪藻土を使用しているんですよ(※)。珪藻土もいろいろと試しまして、北海道の稚内のものが一番いいなと。湿気を吸ったり吐いたりする調湿効果が高いんです。壁紙もケナフという自然素材でつくった環境配慮型クロスを使っています。
※取材はスーパーホテル浅草で行われた。内装材は店舗により異なり、珪藻土や環境配慮型クロスは一部の店舗に使用されている。
さらに、このホテル(スーパーホテル浅草)から初めて取り入れるのが『水』です。水というのはH2Oの水分子が水素結合しているわけですが、それを特殊な技術で加圧すると結合が外れて分子がバラバラになる。水の粒子が細かくなって活性化するんです。飲んでも美味しいですし、女性の方などはこれでお風呂に入っていただくと、保湿効果があっていいですよ。
────そうした特殊な水が、客室の蛇口から出るということですか。
そうです。これまでは、『力水』といって低分子に加工した水をピッチャーで飲料用にご提供してきましたが、それを今回は水道から出すようにしました。
────それではコストがかかるのではないですか。
そうですが、これからの時代は『1円当たりの顧客満足度』が大事ですから、コストばかりを追うのではなく、やはり徹底的にこだわった本物をつくっていきませんとね。そのために、私どもでは社内にロハス委員会というものをつくって、快適な睡眠と地球の環境にこだわったサービスを毎日研究しています。
徹底した『選択と集中』で、サービスの独自性を高めてきたスーパーホテルは、2010年、2011年の2年連続で、サービス産業生産性協議会のJCSI(日本版顧客満足度指数)においてホテル業界第1位を獲得。顧客満足度の高さの秘けつは、ビジネスモデルだけでなく人財力にもあります。後編では、経営理念を現場に落とし込む同社の人財育成法について、山本会長にじっくりとうかがいました。
*続きは後編でどうぞ。
「組合せ」が事業を変える。異業種の視点から生まれた徹底した選択と集中(後編)
聞き手:OBT協会 伊藤みづほ
OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。
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