OBT 人財マガジン

2011.12.07 : VOL129 UPDATED

この人に聞く

  • 特定非営利活動法人 銀座ミツバチプロジェクト
    副理事長 田中 淳夫さん

    銀座発の「つなげる力」と「遊び心」で、
    街に自然を、地方に活気を取り戻す(前編)

     

    個人として、企業として、社会に何ができるのか。東日本大震災を経て多くの人が自問したであろうこの問いに、一つのヒントを提示してくれる団体があります。東京・銀座の街中でミツバチを飼い、都市と自然環境の共生を目指す銀座ミツバチプロジェクトがその団体。今や、北海道、名古屋、小倉と全国に姉妹プロジェクトも誕生し、街の緑化や地域の活性化など、多彩な活動を展開しています。とかく難しく考えがちな社会問題に向き合うその姿勢は、粋を楽しむ銀座流。遊び心でさまざまな地域をつなげてきたプロジェクトの歩みと活動への思いを、副理事長の田中淳夫さんにお聞きしました(聞き手:OBT協会 及川 昭)。

  • [及川昭の視点]

    「プロジェクトが予想もしない方向に発展していく」。
    田中さんが言われたこの言葉に、社会を変革するための大きなヒントが隠されている。 銀座ミツバチプロジェクトは非営利団体であり、利益の追求を第一の目的とはしていない。しかし、利益につながらない活動であっても、志が正しければ、予想もしない別の形での利益となって帰ってくるのである。
    ただし、それには条件がある。活動の対象となる事業や商品、銀座ミツバチプロジェクトでいえば蜂を心から愛おしいと思えなければ、大いなる力は働かない。理屈抜きの愛情から生まれる信念や情熱こそが人を動かし、やがて社会を変革するうねりとなるのである。銀座のミツバチは、そのことを我々に教えてくれている。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • 特定非営利活動法人 銀座ミツバチプロジェクト http://www.gin-pachi.jp/
    2006年設立。ミツバチの飼育を通じて、銀座の環境と生態系を感じることを目的に発足し、銀座3丁目の紙パルプ会館屋上でミツバチを飼育。有志のボランティアとしてバーの支配人や、スイーツのパティシエ、弁護士、アナリストなど多彩なメンバーが参加し、活動を推進している。銀座周辺は皇居や浜離宮、銀座の街路樹など緑に恵まれ、1年目の2006年には約150キロ、翌年は約260キロのハチミツを採取。6年目の2011年は約1トンを見込む。採れたハチミツは、銀座の老舗の技を活かして和菓子やスイーツなどのオリジナル商品に。活動を通じて銀座にコミュニティが生まれ、全国各地に姉妹プロジェクトも誕生。新潟や福島、茨城などとも交流し、コラボレーション商品を開発して地域の生産者を応援している。

    ATSUO TANAKA

    1957年東京生まれ。1979年に多目的ホールを運営する(株)紙パルプ会館に入社。現在、関係会社フェニックスプラザ代表取締役 兼 (株)紙パルプ会館常務取締役。2006年に特定非営利活動法人銀座ミツバチプロジェクトを立ち上げて副理事長を務める。2010年には農業生産法人・株式会社銀座ミツバチを設立し、代表取締役に就任。著書に「銀座ミツバチ物語―美味しい景観づくりのススメ」(オンブック)、「銀座・ひとと花とミツバチと」(時事通信出版局)共著、「新銀座学」(さんこう社)、共著

  • すべては『大人の遊び』から始まった

     

    ────ご活動をスタートされたのが2006年。今では北海道から九州まで、全国に『ミツバチプロジェクト』が生まれ、コミュニティが広がっておられます。私は、『銀座ミツバチプロジェクト』のご活動は、ある意味でソーシャルイノベーションだと思っておりまして、今日はそういった観点から、コミュニティを通じた社会的な価値の創造といったことについてうかがえればと思っています。

    私たちの活動は、そんな大仰な考えで立ち上げたものではなく、たまたま、都心でミツバチを飼える場所を探している養蜂家がいると聞いたことがきっかけです。街でハチなんて危ないんじゃないのと思ったけれど、ミツバチはむやみに人を刺さないという。だったら、うち(紙パルプ会館)の屋上を貸せば、場所代としてハチミツがもらえるだろうと安易なことを考えたわけです。ところが、なぜか自分たちが飼うはめになって(笑)、まあ、銀座でハチミツが採れたら面白いよねと。そんなスタートだったんですよ。

    ただ、そうはいっても、本当に銀座でミツバチを飼ってもいいのかと。紙パルプ会館にはテナント企業がいらっしゃいますから、万が一、刺されでもしたら大変です。私はビルの責任者も務めていますので、テナントの皆さんや銀座通連合会、京橋消防署や中央区役所といった関係各所に、「銀座の環境のためになることです」と説明にうかがいました。そこで反対されれば考えたと思いますが、応援してくれていると勘違いしまして(笑)。それで始めたんです。

    ────プロジェクトのメンバーはどのようにして集まった方々なのですか。

    友人たちに声をかけたら、ボランティアですぐに集まってくれました。紙パルプ会館は貸し会議室業も行っていて、医療関係の勉強会や日中ビジネスの交流会など、いろんな方に使っていただいているんです。また、私は銀座の街を学ぶ勉強会(銀座の街研究会)を開いていますし、一緒に立ちあげた友人(NPO法人銀座ミツバチプロジェクト理事長 高安和夫氏)は「銀座食学塾」といって、農と食を銀座で考える勉強会を主催しています。そこで知り合った人たち──証券会社の法務担当や心理カウンセラーなど、いろんな友人が集まってくれて、彼らの力をエンジンに、養蜂の指導を受けながら始めたわけです。

    紙パルプ会館屋上の養蜂施設。風が強い高所での対策として、風避けの囲いがしっかり施されている(写真左・中)。ミツバチの行動範囲は半径4キロ。銀座のビル街を眼下に、働きバチが飛び回る。巣箱の奥に見えるのは電通テックビル(旧電通本社ビル)(写真右)。

    「職人の街・銀座×ミツバチ」のコラボレーション

    初年度は、150キロのハチミツが収穫できました。それを僕らの仲間で分けたらそれまで。銀座はもともと職人の街なのだから、できればつくり手の方にハチミツを使って何かをつくっていただきたいと。でも一流の老舗ばかりですから、最初は難色を示されたのですが、味わってもらったら「クオリティがいい」と評価していただきましてね。

    話題先行でテレビや新聞に取り上げられていたこともあって興味を持ってもらえて、松屋銀座さんに協力をお願いしていろいろな老舗につないでいただいたんです。

    ※プロジェクト初年度は、アンリシャルパンティエのマドレーヌ、ミクニギンザのケーキ、萬年堂と清月堂の和菓子などに、銀座のハチミツを使った特別商品が誕生。いずれも銀座でしか手に入らない限定販売とし、銀座の地産地消を実現させている。

    ────話題が先行しても一過性で終わるものも多いですが、銀座ミツバチプロジェクトがここまで発展してこられたのは、そうした街の皆さんとのつながりを大切にされたことが大きいのでしょうね。

    ハチミツを採るのは4月から8月頃まで。多い時期は週に2回、銀座のビルの屋上で採蜜が行われる(写真は田中氏)。

    そうですね。ですから、ハチミツを使っていただくときには「ぜひ一緒に採りましょう」と。ビルの屋上にきていただいて遠心分離機をガラガラと一緒に回すと、「銀座でこんなものが採れるんだ」と、皆さん驚かれるんです。フレンチのシェフは「これで羊を焼いたらいい」とか、「チーズにハチミツをかけたらシャンパンにあう」とかね。シェフの中にある膨大なレシピに、次々とつなげていっていただける。そういう銀座ならではの技を持つ方々とつながったことが、大きかったと思いますね。

    銀座の街の研究では第一人者の老舗社長が、こう言っておられました。「昔から、銀座には奇想天外なことをするヤツが出る。銀座にはそうした新しいものを受け止める力があるけれど、いいものしか残らない。また、いいものになるように変わっていかなければ消えてしまう。それが銀座のフィルターだ」と。

    こうして銀座からさまざまなものが生まれて、多くの人たちの思いが銀座というものをつくってきたんです。僕らの活動が、それにふさわしい形になるかどうかはわからないけれど、できるだけ意味のあるものにしていかなくてはいけないという思いはありました。

    活動のありようは、目的の捉え方で変わる

    花粉団子を後ろ足につけたミツバチ。花粉は貴重な栄養源になるため、上手に団子状にまとめて巣に持ち帰ってくる。

    そこで考えたのが、『人と自然環境との共生』です。ミツバチは『環境指標生物』といわれるくらい環境の影響を受ける弱い生き物で、ミツバチが生きられる環境は僕らにとっても安心で安全。また、例えば街路樹の桜をミツバチが受粉させて、桜が実をつけるようになり、それを鳥が食べにくるといったように、小さな生き物が環境を動かして、街に多様な生態系が生まれるんです。

    そうしたメッセージを、僕らはなるべく多くの皆さんに伝えるようにしてきました。それによっていろいろな方に協力していただけるようになり、活動が広がったのではないかと思います。ですから銀座では、ミツバチのために屋上緑化をしようという動きが広がっているんですよ。幸い中央区には、屋上緑化に対する助成制度がありましてね。同じ利用するなら、芝生などではなく、花が咲いてミツバチの蜜源になるものにしようと。それも、収穫して食べられるものだと面白いよね、という方向に話が向かっていったんです。

    こうしてできた『屋上農園』は8カ所、1000平米を超え、近隣の小中学校の子どもたちも苗を植えに来て、学びの場にもなっています。

    ────ご活動がどんどん広がりますね。

    ただ、やはりミツバチプロジェクトを立ち上げたある街では、ハチミツを使った商品で地域おこしを考えておられましてね。でもハチミツは採れないときもありますから、「うちのハチは働かないな」と(笑)。それは、その時期に近くに蜜源がないのかもしれない。だったら花を植えて生態系を豊かにすればいいのですが、どうしてもハチミツにフォーカスしてしまう。そうすると、活動がなかなか広がらないのではないかと思うんですね。

    ────田中さんの考え方は、今のお話に集約されているような気がするのですが、一般的に皆「うちのハチは働かない」というだけで、「ハチが住みやすい環境を作ること」をしていない。まず、「ハチが多く住めるいい環境づくり」に注力すれば、周辺の環境は良くなり、たくさんのハチミツを生産できる。まずは環境ありきということですね。

    そうですね。環境に生かされているんですよね、ミツバチは。我々もそうなんでしょうけども。ですから、ミツバチを生かすためにはもっとよりよい環境をつくっていけばいいわけであって、大阪でも同様の動きが起こっているんですよ。大手農機具メーカーのヤンマーさんが花を植えるプロジェクトと連携して、今年、梅田でもミツバチプロジェクトがスタートしたんです。

    ────銀座は周辺に皇居や浜離宮の自然があり、意外に蜜源に恵まれていると田中さんが書かれた本で知りましたが、梅田には蜜源はあるのですか。

    いえ、少ないんです。それは予想していたことでしたが、ヤンマーさんが航空写真を撮って調べたら、何と緑が少ないんだと。ただ昔は、梅田は菜の花畑で、北新地の街の灯りは菜の花の油で灯していたそうなんです。そこで、もう一度菜の花を植えようという話が出て、ヤンマーさんが大阪市役所にも談判し、大阪の屋上緑化を提案されています。自然があるからミツバチを飼うのではなく、ミツバチを飼うために自然をつくる。順序が逆だけど、そういう方法もありますよね。

    ────ミツバチを飼うことで、ハチミツを生産するのか、自然環境を考えるのか。目的の捉え方によって、活動のありようは変わりますね。

    僕らは活動の趣旨をなるべく伝えるようにしてきましたし、街の皆さんが「それはいいことだ」と。そう言って支えていただけたから、続けてこられたのではないかと思いますね。

    内向きの議論ではなく、外に開かれた活動を

    また、冒頭でいわれたように、名古屋や仙台などあちこちで面白い取り組みが広がっています。名古屋は、COP10(※)の開催地になったこともあって環境への意識が高まり、久屋大通や長者町といった商店街、愛知県庁や名古屋学院大学など、いろいろなところでミツバチプロジェクトを立ち上げておられるんです。

    ※2010年開催の生物多様性条約第10回締約国会議

    僕も何度か名古屋にお邪魔していますが、「それぞれがバラバラに動くよりも、お互いのいいところを学びながら仲間を増やしていくほうがいいのではないですか」とお話したら、皆さんが見学会を開くようになって、つながり始めているんです。名古屋学院大学のミツバチを愛知商業高校の学生さんたちが借りて、地元の商店街の活性化に取り組むといった広がりも見せています。

    ────名古屋でも、銀座と同様に地域のコミュニティが育っておられるのですね。

    『ミツバチつながり』で、いろんな動きが広がっていますね。一方で、やはり地域活性化がテーマのある町では、町の中だけで議論しているようなところがあって、もったいないなと思いますね。町をつくってきた文化や周辺の地域といったものとつなげないで、自分たちの町だけが元気になるわけがない。もっと、いろいろなものとつながっていくことで、一つの文化圏をつくっていけるといいんじゃないかなという気がするんです。

    銀座でミツバチを飼い始めた当時、現在のように活動が発展することは想像もしなかったという田中さんは、「これからも、どうなっていくかわわかりません」と笑います。その柔軟な姿勢から生まれる多彩な活動は都会を飛び出して、新潟や福島といった地域にも広がっています。後編では、各地とのコラボレーションプロジェクトや、プロジェクトを通して見えてきた世界についてうかがいます。

*続きは後編でどうぞ。
  銀座発の「つなげる力」と「遊び心」で、 街に自然を、地方に活気を取り戻す(後編)

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