OBT 人財マガジン
2011.05.25 : VOL116 UPDATED
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サイボウズ株式会社
代表取締役会長 青野 慶久さん経営施策を実際に動かす社員への「思い」なくして、
その浸透や実効は望むことはできない(後編)ピーク時には28%だった離職率を4%に下げたサイボウズは「制度に社員を合わせさせる」のではなく、「社員が生き生きと働くために、制度・会社を合わせる」という発想だ。同社では働き方の志向に合せて3種類の人事制度を設けて成果をあげたが、単に「選択型にしたから」成功したわけではない。成功の背景には「社員への思い」と「対話」が伺える。人事制度を作る・運用する段階で「社員はどの様に働きたいのか」「新しい制度のどこに不満があるのか、どこに認識のズレがあるのか」等について青野社長自ら時間をかけて社員の意見を聞いたり、また、理解してもらうように働きかけている。社員は制度の内容よりも、企画側の姿勢を見て行動を決める。同社の場合、「全ては社員の働きがいのため」という揺るがない経営陣の思いが、対話という具体的な行動を通じて社員に伝わり、成果に繋がったものと推察される。経営施策の実効を上げるためには「それが本当に社員のためになるのか」等といった根本的な問いかけが必要なのではないだろうか。(聞き手:OBT協会代表 及川昭)
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[及川昭の視点]
第一回目にご登場いただくサイボウズは、国内グループウェア市場でシェアトップを誇る東証一部上場企業。1997年に創業者3人でスタートし、現在のポジションを築かれました。人事の考え方は、「逆転の発想」と「既成概念を疑ってかかる」がキーワードです。「人が大事」といいながら一律の制度に社員をあてはめる企業が多い中、同社の発想は「会社が社員に合わせる」というもの。ワークライフバランスを徹底して推進し、具体的な成果をあげておられます。既成概念からすれば常識外れにも見える施策ですが、一人ひとりの意欲を引き出すうえでは、非常に理にかなった方法。われわれが学ぶことが多くあります。
聞き手:OBT協会 及川 昭
企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。 -
サイボウズ株式会社 ( http://cybozu.co.jp/)
1997年に、愛媛県松山市の2DKのマンションで創業。社名は「電脳」を意味する「cyber」と、親しみを込めた「子供」の呼び方「坊主 (bozu)」を組み合わせた造語。「電脳社会の未来を担う者達」という意味も込められている。「簡単・便利・安い」を徹底して追求したグループウェア「サイボウズOffice」を創業2カ月目にリリースし、大手企業2社の寡占市場だったグループウェア市場に参入した。価格と使い勝手の良さが評価されてまたたく間にヒットし、設立3年後の2000年に東証マザーズに上場、2002年に東証二部、2006年に東証一部に市場変更。2009年には先行の大手2社を抑え、国内グループウェア市場でシェア1位を獲得した。
企業データ/資本金:6億1300万円、従業員数/368名(2011年1月末現在)、売上高/53億1200万円(連結・2011年1月期)YOSHIHISA AONO
1971年生まれ。1994年に松下電工に入社。1997年に同僚と3人でサイボウズを設立、マーケティング担当の副社長に就任。イメージキャラクター「ボウズマン」を企画・起用するなど斬新な手法でWebグループウェア市場を切り開く。新商品のプロダクトマネージャー、海外事業担当を歴任し、2005年4月に代表取締役社長に就任。 著書に「ちょいデキ!」(文藝春秋社刊)。
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この会社に変わらないものはない
────御社の人事制度は、きっちりとした設計と柔軟な運用とを、バランスよく組み合わせておられますね(前編参照)。
それには基本的な考え方がありまして、「企業理念を石碑に刻むな」という言葉で社内には伝えているのですが、この会社には変わらないものはないんです。ルールがまさにそうで、守らなければいけないもののような気がしますが、守らなくてもいいと考えたら「ルールを変えよう」と思えます。企業も同じで、この会社に変わらないものはない、違うと思ったらそう言ってと。そして、みんなで議論して変えようと。それができる会社しようねと、みんなには伝えています。
────「働きたいだけ働ける会社にする」という目指す姿(前編参照)は変わらないけれども、制度設計や運用は柔軟に変えていくということでしょうか。
「働きたいだけ働ける会社」というのも、僕の言うことにみんなが賛同してくれるから目標にしているだけのことです。
────変わることもありえるということですか。
ええ。例えば、僕が心変わりするかもしれません。「みんなもっと家庭を大事にしろ、残業は許さない」とある日突然、言うかもしれない。でも、みんなは納得しないでしょうから、それを僕が説得できるかどうかですよね。逆に、説得されるかもしれませんし。
────何か軸がないと、社員のみなさんが迷われるのではないですか。
軸があるとすれば、「議論する」ということです。そこは変えないつもりです。その他については、例えば今、「グループウェアで世界一になる」という目標を掲げていますが、経営者が代替わりして、もっと新しい事業をやりたいとみんなが言ったら、変えていいと思いますね。社名を変えたいなら、変えてもいい。新しい時代の人が幸せに生きられれば、それでいいと思うんです。
相対評価の成果主義がもたらした弊害
────青野社長がおっしゃるのは、「経営に公式はない」ということですね。定性的な「能力」を評価の軸にされているのもそうで(前編参照)、定量化できないことに物事の本質があるように思います。「1+1は2になる」というようなことは、本質でも何でもない。そういったことが、青野社長のお考えのベースにあるような気がしました。
昔一度、徹底した定量化を行ったことがあるんですよ。目標に対する達成度を100点満点で採点し、有無を言わさず評価が決まる仕組みです。マネジャーの採点だけでは周囲の目が入らないからと360度評価を取り入れ、他事業部の本部長からの評価と事業部内からランダムに選んだ社員の評価も加えて合計何点、とやっていた時期があります。
────その制度のどういったところに、弊害をお感じになったのですか。
一番の失敗は、相対評価にしたことです。それぞれの目標に対する達成率をパーセンテージにして全社員を並べ、上からポイントをつけていったんです。それによって何が起きたかと言いますと、自分の達成率はもちろん高い方がいいのですが、他人の達成率は低い方がいいわけです。だから敵は社内にあって、他人の評価を上げる様なことをあえてしない。そういうことを誘発する仕組みになっていたんです。
────人の心理は恐ろしいですね。
ですから、当時の社内の雰囲気はベンチャーな感じでしたね。「自分が、自分が」というような。
────その後に能力評価を導入された。
そうです。同時に、絶対評価にしました。全員が給料が上がるかもしれないし、上がらないかもしれない。社員同士は比較しません、と。
人事制度のあり方は、会社によって異なる
────人事制度の変遷についても伺いたいのですが、制度のあり方は企業の成長のステージや規模によっても異なるかと思います。その点については、どのようにお考えでしょうか。
私たちの場合はですが、会社を立ち上げたときはまさに「ベンチャー」で、寝食を忘れて働くメンバーを集めてストックオプションを提供し、一攫千金を夢見て必死に働くといった状態でした。起業にはそういうフェーズも必要だとは思いますが、企業規模がある程度大きくなってくると、同じ価値観の人を集めるのが難しくなってくるんです。寝食を忘れて働く人を10人は集められても、100人集めるのは難易度が高い。入社当初はそうでも、「父の具合が悪くなったので長時間は難しい」と言われた瞬間に、崩れていきます。そうすると、多様化の方にシフトさせたほうがいい人が増やせるし、働き続けてもらうことができる。企業規模によって、そういった変遷はありますね。
────相対評価の目標管理制度を導入されたことは、必要なステップだったと思われますか。
もう一度起業したら、導入しないですね。ただこれも難しくて、サイボウズはメーカーですからコツコツとモノをつくり、売るときは製品への思いがモチベーションになります。一方で営業会社はまた違って、売り上げを追求して社員同士を競わせたほうが盛り上がるんです。であれば、社員同士は比較したほうがいい。相対評価か絶対評価かというのは、業種によっても違うと思います。
育児は未来の市場をつくる活動
────青野社長は昨年、育児休暇をご自身で取得されましたが、そういったご経験によるお考えの変化もありましたか。
ありますね。育児は大事だなと思いました。よくいわれる質問に「育児と仕事と、どちらが大事か」というものがありますね。育児休暇前は、どちらも大事だと思っていたんです。育児も大事ですが、仕事も社会に価値をもたらす非常に素晴らしい活動ですから。しかし、今は育児の方が大事だと明言しています。これには理屈があって、仕事をするということは、商売をすることですよね。商売は市場があってこそ成り立ちます。育児はその市場をつくる活動なんですよ。
世の中の人々が育児をやめた瞬間に、人口は一気に減ります。人口が減ったら、僕らはグループウェアを売れなくなる。1ユーザーあたりいくらというビジネスモデルですから、人口が減ると売り上げがどんどん下がっていくんです。ですから、まず育児をしようと。市場をきちんと維持して、もしくは拡大して、その上で商売人が生きられるという、その構図に気づいたんです。だから、産み育てることより大事なものはない。今、日本の景気が停滞し、失われた10年が20年になろうとしていますが、一番の問題は少子化だと思いますね。
────育児をすれば国内市場は維持・拡大できるということですね。
そうです。とてもシンプルな話なんです。年金がなぜあんなに問題になるかといえば、子どもが減っているからです。子どもの人口が高齢者と同じだけあれば、支えるのはそれほどしんどくないはずなんです。
────それは10年後、20年後のために種をまくようなご努力かと思います。上場企業として毎期の決算が問われつつ、長期的に将来を見据えた取り組みを行うのは、両立が難しいことではありますが、その両輪を回していかなくてはいけないということですね。
そうですね。子育てする社会があってこそ、商売が成り立つわけですから。これを大声で言う人が少ないことが残念ですね。政治家も、もう少し日本が厳しくなってくると、言い始めると思うんです。いろいろ手を打ったけど、景気は回復しない。やはり少子化がまずいんじゃないのと。そのうちに気づいて言い始めて、みんなも「確かにそうだよね」と言うと思いますが、もう少し時間がかかるかもしれませんね。
ただ、社会のムードが変わると出生率が一気に上昇するということを、ヨーロッパの国々は経験してきています。フランスも一時出生率が1.65まで落ち込んだのが、2008年には2.02にまで戻りましたし、ノルウェーも2.0に近い出生率をキープできるシステムをつくっています。世の中の風向きが変われば、日本も自然に回復すると思いまね。
────この話は、働き方を多様化しても生産性が落ちるわけではないということと通じますね。とてもよくわかります。
目指すのは、「明るくて厳しい」会社
────今後のテーマとしてお考えのことをお聞かせください。
離職率は4%まで低下し、社員は安心して働ける会社だと感じていると思いますが、それだけでは十分ではないと考えています。「グループウェアで世界一」を実現することが次のテーマ。単に仲が良くて明るいだけの会社にしようとは思っていませんので、いかに明るくて厳しい会社にするかを、私自身の次の課題にしたいと思っています。
────業績と働きやすさと、どちらを優先するということではなく、働きやすさを持続するためには、グループウェアで世界一にならなくてはいけないということでしょうか。
これは先日教わった話ですが、「明るいか、暗いか」「ゆるいか、厳しいか」の2軸でマトリックスをつくるとすると、僕らは今「明るくて・ゆるい」ところにいると思うんです。それを、「明るくて・厳しい」に持っていきたいんです。これは両立できると思いますし、逆に両方失って「暗くて・厳しい」や「暗くて・ゆるい」会社になることもできる。でもそうではなく、「明るくて・厳しい」会社にしたい。それが課題ですね。
────両立できるということですね。
ええ、そういう会社はたくさんありますよね。
────これはお会いする経営者の方に必ず伺う質問なのですが、青野社長にとって、サイボウズはどのような存在ですか。
人の集まりですね。野球チームのようなもので、何かの理由があってみんな集まってきているんだと思うんです。ですので、決め事はみんなで議論していけばいいでしょうし、野球は飽きたからサッカーがしたいというなら、変えていけばいい。それが一番実現したい組織ですね。
────会社の目的に社員が一方的に従うのではなく、社員が目指すところに会社の目的がある。その発想の転換を教えていただいたように思います。貴重なお話をありがとうございました。
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