OBT 人財マガジン

2011.04.13 : VOL113 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社ハマキョウレックス
    代表取締役会長 大須賀 正孝さん

    企画側が作るべきは「ルール」ではなく、
    現場が主体的に創意工夫する「環境」である(前編)

     

    各センターの日々の決算数字を現場社員に公開しているハマキョウレックス。それは問題の所在を明らかにするだけでなく、「問題を解決する当事者は現場であり、それが最も理に適っている」という考え方に基づく。組織の規模が大きくなれば仕事の姿勢等を共有するのは難しくなるが(インタビューの質問引用)、それは「上からの指示だけでやらせようとするから」だと語る大須賀会長。同社では収支日計表の書式は各センターに任せている。「『こうしなさい』と会社が・・・ひな形を作ったのでは、自分たちのものになりませんから」というのがその理由。ここには「状況を最も熟知しているのは現場であり、現場に知恵がたまり、その創意工夫を最大限に引き出すことがトップ・本社の役割だ」という姿勢が明確に伺える。一方、多くの企業では「トップや本社の言うことは正しいのだから、現場はそれをきちんとして実行しなさい」という風潮があるが、これは現場の主体性の喪失、思考停止に繋がらないだろうか。制度や仕組みを作ることにはさして価値があるわけではない。その運用によって社員が最大限の成果を生み出す環境を作れるかどうかに企画側の真価が問われる。 (聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

  • 株式会社ハマキョウレックス http://www.hamakyorex.co.jp/
    1971年に浜松協同運送株式会社を開業。トラック1台からスタートし、2年のうちに18台を抱える運送事業者に急成長するが、1973年のオイルショックの影響で大口の取引先が倒産。一夜にして8000万円の負債を抱え経営危機に陥る。これを機に、毎日の収支を管理する「収支日計表」を導入し、利益とコストの管理を徹底。1992年に株式会社ハマキョウレックスに商号変更。1993年に伊藤忠商事株式会社と合弁により株式会社スーパーレックスを設立。3PL(※1)事業に乗り出す。現場のスタッフ全員に班長を任せる「日替わり班長制度」や、物量に応じて人員を調整する「アコーディオン方式」などの独自の手法を編み出し、現場力を強化。業容の拡大を続けている。2001年に東証二部に、2003年に東証一部に上場。
    企業データ/資本金:40億4505万円、従業員数/社員640名 臨時雇用者3099名(2010年3月末現在)、売上高/296億6614万円(2010年3月期)

    ※1 サード・パーティー・ロジスティクスの略。

    MASATAKA OSUKA

    1941年生まれ。1956年にヤマハ発動機株式会社入社。青果仲介業などを経て、1971年浜松協同運送株式会社(現・ハマキョウレックス)を設立。2007年代表取締役会長就任。日本3PL協会会長、全日本トラック協会常任理事、静岡県自動車会議所会長などを兼務。著書に「やらまいか!~トラック1台から超優良上場企業をつくった破天荒な男の経営実践録」(ダイヤモンド社刊)。

  • 社運を決めた新規事業成功の秘けつは「強い現場力」

    ────物流業界、その中でもトラック運送業は、輸送貨物量が減少する一方で、新規参入が後を絶たず、競争が激化されています。ご業界の現状を、どうご覧になっておられますか。

    非常に厳しいですね。メーカーや小売業は目に見える商品を扱いますが、物流業界には自分たちの「商品」がない。コストの発想もありませんから、請け負った金額が見合うのかどうかもわからない。長年のお取り引きも、安い他社が現れればそちらに取られてしまう。常にそんな不安を抱えて、もう限界まで来ていますよ。

    ────1990年からトラック運送業の規制緩和が始まりました。経営環境の悪化は、これによる影響も大きいのでしょうか。

    規制緩和でトラック運送業が免許制から許可制になりました。免許制の時代は、申請書類を揃えても、景気が悪くて荷物の量が少ないときは免許が下りなかった。しかし許可制は、そんなことはお構いなし。書類さえ揃えば許可が下ります。だから、過当競争に陥ったんです。

    ────制度が需給調整機能を失ったということですね。ちょうどその時期、1993年に御社は3PL事業をスタートされました。事業のアイデアは以前から温めておられたのでしょうか。

    いいえ、まったく。たまたま、イトーヨーカ堂さんが大規模な一括物流センターの建設を計画しておられましてね。コンペに声をかけていただいたことがきっかけです。

    ────見事に落札された後、社内から反対の声があがられたと伺っています。

    そう、みんな反対ですよ。「できるわけがない」とね。だから「私一人でもやる」といって始めたのですが、さすがに一人では無理ですから、社内で有志を募ったところ、ドライバーたちが手をあげてくれましてね。現場のみんなに手伝ってもらって立ち上げたんです。

    社員は皆、パソコンなど使ったことがない者ばかりでしたが、どうすればできるかをみんなで一所懸命に考えました。お客さまも一緒になって応援してくださった。うちはまだ小さい会社でしたから、伊藤忠商事さんに出資していただいて立ち上げた合弁会社が請け負うという形も取りました。そういった一連のことがあって成功したわけですが、大抵のことは何でも真剣にやればできるんです。

    「企業は人なり」と言いますね。「人」というのは、優秀かどうかは関係ないんです。テストで80点と20点の人がいたとしても、20点の人にもわかるように説明すれば、みんながわかるようになる。全員が100点を取れるようになるんです。その教える手間を惜しむから、優秀な人とダメな人ができてしまう。要するに、教える側の教え方の問題なんですよ。

    ────しかし、トラック運送業から3PL事業に参入する企業は多くありますが、成功するケースばかりではありません。何が成否を分けるのでしょうか。

    3PLは儲かると思って参入すると、うまくいきませんね。大学の先生方などは、マテハン(※)やシステムが大事だというけれど、これも違う。やれば儲かるわけじゃないし、システムありきでもない。3PLの本質は、いかに物流のムダをなくすかということなんです。

    ※マテリアル ハンドリングの略称。機械による作業を指す。

    「これだけの仕事をこのコストでやるために、作業効率をどう高めるか。それにはマテハンが必要だね、システムも必要だね」と。この順番なんです。導入後も、気づくことはどんどん改善して、設備をつくり上げていく。それを設備ありきで始めてしまうと過剰投資になり、物流量の変動にも対応できなくなるんです。

    そしてもう1つ、お客さまとのルールを最初にしっかりと決めておくことです。請けてから変更したいといっても、通りませんからね。そのためには契約前に現状を検証することが大事。お客さまの物流データは、実際の荷物の「入りと出」を見て、必ず検証したうえで見積りに入ります。契約時とは異なる事態が起きたら、条件を変更できるという一文も契約書に盛り込みます。これがないと、実際の数字が違ったときに大赤字になってしまうんですよ。

    ────ご採用では、物流業界の経験が少ない方を歓迎されています。

    「私は物流のプロ」と言う人がいたら、それは過去の物流のプロ。新しい物流に挑戦するには、まっさらの人のほうがやりやすいということです。今いる社員も、どれほどベテランであっても、新しい物流センターでは全員が「素人」。まっさらのつもりで臨めと言っています。

    同じ3PLでも、お客さまが変われば、ルールやシステムのあり方は変わります。実績が何社もあるから大丈夫なんて思ったら大間違いです。3PLに失敗するケースのほとんどは、この勘違いが原因。毎回新しい気持ちで一から現状を検証し、お客さまに合わせた形でいかに物流を合理化できるか。これを考えることが、プロの仕事なんですよ。

    「日々決算」で、常に全員で現状を把握する

    ────組織が大きくなると、そういった仕事の基本姿勢を共有することが難しくなります。御社ではどのようにして社内に徹底されているのでしょうか。

    共有できないのは、上からの指示だけでやらせようとするからです。当社の基本は、「日々決算」。各センターの収支を毎日明らかにし、センター数がどれだけ増えても、何か問題が起きたらすぐにわかるようにしているんです。数字がおかしければ、原因と対策を即座に現場で話し合います。そうすると、「この動線を変えよう」「このルールを変えよう」とみんなの知恵が出てくる。それがお客さまに合わせた合理化につながり、センターも採算ベースに乗ってくるんです。

    ────毎日の決算数字は、現場のみなさんにも公開されているのですか。

    それでなければ、日々決算の意味がありません。上だけがわかっていて、現場は知らないのでは、現場の知恵は出てこない。ですから、当社ではすべてオープンです。

    ────なぜそれほどまでに、現場の知恵を重視されるのですか。

    一人の知恵は知れています。やはり、十人いたら十人の知恵。それも、現場の知恵が一番。日々決算も「こうしなさい」と会社が収支日計表のひな形を作ったのでは、自分たちのものになりませんから、書式は各センターに任せています。うまくできるセンターもあれば、そうでないセンターもありますが、みんないずれはうまくなる。それが待てなくてやり方を押しつけてしまったら、赤字の原因を考えろといっても、自分たちの答えが出てこないんです。みんなで考えて、みんなでつくる。だから知恵が出るんですよ。

    仕事は任せても、責任は負わせない

    ただし仕事のやり方は任せても、決定権はこちらに残します。現場に責任までは負わせないということです。責任まで負わせたら、現場はビビって何もできなくなります。ですから新しく何かをするときには、報告だけは必ずしなさい、後は任せるからと。そういうルールなんです。

    例えば、グループ会社の会計経理の内部監査は、経理部の女子社員に任せています。銀行との借り入れ交渉も同じ。新しい物流センターの建設に25億円かかるとして、そのうち18億円を借り入れるといったときの融資の銀行への申し入れも、すべて女子社員に任せているんです。

    ただし社員に決定権はありませんから、ある程度条件がまとまったところで部長のところに持っていく。すると「これはいいけど、これはこう交渉しなさい」と、部長は社員にわかるように説明し、本人も納得してまた銀行と交渉する。これが責任を負わされていたら怖くて何もできないでしょうが、責任はありませんからね。何でもできるし、知恵も出るんです。

    ────任せる怖さをお感じになることはありませんか。見守る忍耐力もいるように思います。

    決定権は必ずこちらにあるわけですから、怖さはないですね。それに、実行は任せて自分たちでは何もしないわけですから、忍耐力もいらない。むしろ、仕事が楽になりますよ(笑)。

    ────現場に任せることができないトップや管理職も少なくありません。

    自分たちで抱え込んでしまうんですね。うちは抱えっこなしです。仕事はみんなで分担する方が効率がいいし、任せられると真剣にやるようになります。指示されたことをやるだけの仕事では、能力の半分も出せませんよ。ただし、任せるにはわかりやすく教えなくちゃいけない。さきほども言ったように、わからない人にもわかるように説明する。そして自信を持たせる。自信がない人は委縮してしまいますが、自信を持てば誰だって優秀になるんです。うちのセンターに視察に来た方によく、こんなに優秀な社員をどやって採用しているのかと聞かれることがありますが、そうじゃないでんですよ。優秀になってしまうんです。

    「日替わり班長制度」で、現場の全員参加を実現

    ────御社には「日替わり班長制度」という制度があり、物流センターの班長職も日替わりで全員に任せておられます。

    なぜこの制度を導入したかと言いますと、あるとき古参の社員がいわゆる「お局様」のようになったことがありましてね。周囲が顔色を伺って、現場の知恵が出てこなくなった。これはまずいなと。そこで、班長を交替してみようと考えたんです。パートさんたちからは、「班長なんて、どうやっていいかわからない」と反対されましたが、わからなくてもいいからやってみようと。やはり、最初はうまくいきません。でも、わかってくると少しずつ面白くなる。するとお局様が消えてしまうんです。なぜなら、みんなが班長だから。

    そして、みんな自分が班長ではない日の方が、一所懸命にやるようになります。そうでないと、自分が班長になったときに他の人が言うことを聞いてくれなくなる。だから一所懸命にやるんですよ。

    例えば、当社には「アコーディオン方式」と呼ぶ体制があります。扱う物量が当初の計画と違ったときに、パートさんの人数も変更するというやり方ですが、これなどもそう。班長から「今日は荷物が少ないから、2時に帰ってほしい」と言われて、「私は予定通り夕方5時まで仕事したい」と我を通したらどうなるか。その人が班長になったときに「今日は2時まで」といっても、誰も聞いてくれません。だから、班長の言うことをちゃんと聞くようになるんです。

    さらに、日々決算と同じで、日替わり班長も運営方法は各センターに任せています。日替わりのところもあれば、週替わりのところもある。うまくいっているセンターも、そうでないセンターも、いろいろあります。それでも私は、絶対に「こうしろ」とは言いません。それをやってしまうと受け身になって、自分たちの知恵が出なくなるんです。

    ────制度をうまく運営できないセンターを見て、もどかしい思いをされることはございませんか。

    「急がば回れ」という言葉がありますね。焦りは禁物です。うちの物流センターを見学した人からも、「自社でやろうとしたけれどできなかった」と言われることがありますが、それはそうですよ。ゴルフをシングルの人に教われば、すぐにシングルで回れるようになるかといえば、無理な話でね。練習しながら、少しずつ上達していくものでしょう。子どもだって、いきなり大人にはならない。それをみんな、急ぎすぎるんですよ。

    社員を信じて、自信を持たせれば必ず成長するという持論を貫き、「全員参加」を実現した大須賀会長。従業員数が3000名を超える規模となった組織に、トップのメッセージをどのようにして伝えているのか。後編でも引き続き、大須賀会長の組織運営の極意を伺います。


  • *続きは後編でどうぞ。
      企画側が作るべきは「ルール」ではなく、現場が主体的に創意工夫する「環境」である(後編)


  • 聞き手:OBT協会  伊藤みづほ

    OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

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