OBT 人財マガジン

2010.11.10 : VOL103 UPDATED

この人に聞く

  • カルビー株式会社
    上級副社長執行役員 長沼 孝義さん

    社内の都合ではなく、顧客の論理に適応し続けることが、
    強い組織をつくる(前編)

     

    スナック菓子市場で、国内ナンバーワンシェアを誇るカルビー。看板、ブランドに胡座をかいて閉鎖的な企業風土に陥り、競争力を失った企業とは何が違うのか。最大のポイントは常に顧客に眼を向けてきた風土にあるのではないか。例えば、同社商品のパッケージの裏面には「お客様の声をおきかせください」と記載してある。「お金を出している方のほうが、いろんなことをお考えになっているわけだから、『もっとこうだったらいいのに』というお客さまの声を聞こうということです」と語る上級副社長執行役員、長沼氏。顧客の声を聞き、絶えず商品の改良を積み重ねた結果が、数々のロングセラー商品に繋がっている。また、他社に先駆けて「お菓子に製造年月日を記載したエピソード」も同社の考え方を物語っている。社内志向に陥れば組織は脆弱化する。それを防ぐためには、社内の論理でなく、社外(顧客・取引先)の厳しい基準に適応し続けることが重要なのではないだろうか。
    (聞き手:OBT協会代表 及川昭)

  • カルビー株式会社 http://www.calbee.co.jp/)1949年創業。創業者 松尾孝氏が、実父の和菓子メーカーを引き継ぎ、「松尾糧食工業株式会社」として設立。キャラメルや団子を製造するかたわら、戦後の食糧不足を解消すべく小麦粉を原料と するあられの開発に成功。1955年には、「カルビー製菓株式会社」に社名を変更。1964年に『かっぱえびせん』を、1975年に『ポテトチップス』を発売。消費者から広く愛さ れるロングセラー商品となる。原料の仕入れから製造までを自社で管理する一貫体制にこだわり、全国の約2200軒の馬鈴しょの生産者と直接契約。グループ企業には栽培方法 を指導する専任スタッフも配置し、産地の育成にも努めている。2009年には米国の食品大手 ペプシコ社と資本・業務提携。世界市場進出への布石を打つ。
    企業データ/資本金:77億5699万円、従業員数/2609人(うち正社員 1359人、2010年3月現在)、売上高/1464億5200万円(連結、2010年3月実績)

    TAKAYOSHI NAGANUMA

    1949年生まれ。1976年にカルビーに入社。商品本部マーケティング企画部長、中部事業部長、取締役執行役員、取締役常務執行役員、取締役専務執行役員を歴任し た後、2009年6月に上級副社長執行役員に就任、現在に至る。

  • 「自然の恵みを大切に活かす」という創業のDNAを今に受け継ぐ

    ────御社は国内のスナック菓子市場でトップシェアを誇り、数々のロングセラー商品を生み出してこれらました。今日はカルビーの強 さの秘けつをテーマに、さまざまな観点からお話を伺わせてください。

    カルビーの創業者の松尾孝という人物は大変な起業家で、昭和39年に「かっぱえびせん」を世に出すのですが、そこには日本人の食に対するこだ わりみたいなものがありましてね。戦後の食べ物がない時期に、「日本人はいずれ、カルシウムやビタミンB1が欠乏する時代が来る(※)」と。チョコレートといった進駐軍 から入ってきたものがもてはやされていた時代に、そういうことに関心を持つんですよ。そして、「かっぱえびせん」をつくったわけです。えびを丸ごと、殻もすりつぶして 練り込みますので、まさにカルシウムの塊なんですね。

    ※「カルビー」の社名は、カルシウムとビタミンB1を組み合わせて命名された。


    もう一つ、松尾がビジネスを起こした原点には、「もったいない」という思いがあります。彼が生まれ育った広島では、瀬戸内海でえびが山ほど 獲れたんですが、みんなハマチのエサになっていた。それを、「こんなにいいものが、エサにしか使われないのはもったいない」と。幼少のころに、川で獲ったえびを母親が 天ぷらにしてくれたことも忘れられなくて、それで「かっぱえびせん」をつくるんです。

    その後、馬鈴しょに目を向けるわけですが、北海道で採れる馬鈴しょの半分は、実はデンプンになります。食糧資源が乏しい日本で、馬鈴しょを デンプンにしてしまうのはもったいない。今の日本を予感したかのように、松尾がそう考えてつくったのが「ポテトチップス」です。

    こういったように、いい食糧資源に対して「もっとこうすれば、みんなが喜ぶ食べ物になる」という思いがもの作りのこだわりとしてあって、そ れがカルビーのDNAになっているんです。ですから商品開発にはものすごく時間をかけますし、ものになるまでやめません。「こうしたらもっとよくなる」という改良、改善を 徹底して追求します。

    例えば「じゃがりこ」の開発には、5年はかけたでしょうか。1990年ごろから着手して、ああでもない、こうでもないと。最初の原型がわからなく なるくらい、改良に改良を重ねました。年間約250億円を売り上げる商品に育ちましたが、これなども基本はポテトサラダですからね。もっと食べやすくお菓子にできないかと 考えたら、ああなってしまうんですよ(笑)。

    世に山ほど出回っているフライドポテトも、温かいうちは美味しいけれども、冷めたら風味も食感も落ちますね。それをもう一工夫しようと考え てつくったのが「Jagabee(ジャガビー)」です。世の中にあるものを「もっと食べやすく」、「もっと工夫する」。それをとことん突き詰める。そんなDNAが、カルビーの中 にあるんですよ。

    未上場を武器に、ものづくりに徹底的にこだわる

    ────他社に目を向けてみると、そこまで行き着くことができず、「どのくらいコストがかかったのか」という議論に負けて、新商品の 芽を摘んでしまうケースも少なくありません。

    おっしゃる通りですね。一つ運が良かったのは、カルビーは未上場だということです。上場してないということは、短期的なことに捉われずに、 ある種の探究心を持って追い求めようとする風潮が強くなるんですね。商品開発に5年もかけてコストを回収できるのかという議論に勝るものがあるんです。もちろん、一般論 としてはそれだけではいけませんが、それがここまでロングセラーといわれるヒット商品を提供し続けられた所以ではないでしょうか。

    ですから企業理念(※)にもある通り、食の産業から一切逸脱していませんし、素材には徹底的にこだわります。このことを貫いて、61年間やっ てきた。これは「開発力」というハウツー的なものではなくて、「創業者がもたらしたDNA」としかいいようがないんじゃないかなと思いますね。

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    ※カルビーの企業理念:
    「私たちは、自然の恵みを大切に活かし、
    おいしさと楽しさを創造して、
    人々の健やかなくらしに貢献します。」
    (カルビーの企業サイトより http://www.calbee.co.jp/company/rinen.php)
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    ────トヨタや花王など、ご業界は違いますがトップ企業はみな、「徹底して突き詰める」という点で共通しておられますね。

    食品業界でいえば、ある分野に徹底してこだわっているのは「トマト」のカゴメさんと、「卵」のキューピーさんと、「馬鈴しょ」のわが社と。 実は意外に少ないのですが、この3社は共通の「こだわり」を持っているように感じます。

    ────事業を横展開する企業は多くありますが、縦に統合するという点でも御社は非常に特徴的です。

    垂直統合といいますか、そこまでやらなくてもいいのにと思いますけれどもね(笑)。わが社は北海道で20万トン弱の馬鈴しょを調達する、日本 で最も多く馬鈴しょを集める会社ですが、社内でよく議論するのは、もしも日本が大変な食糧難になったら、ポテトチップスをやめて馬鈴しょを供給しよう、と。そういう形 で役に立てるのではないかという考えすらあるんです。

    ────30年以上前から、馬鈴しょの生産者と直接契約をしておられます。これもご業界では異例のことでしょうか。

    そうでしょうね。専門の流通会社にお願いするのが普通ですが、わが社は品質にこだわりますのでね。ポテトチップスのパッケージにはQRコード をつけていまして、携帯電話で読み取れば、馬鈴しょの産地や品種、生産者の名前もわかる。そういうことまで徹底してやります。生産者の方たちとは私ももう十数年来の付 き合いで、毎年多くの方々とお会いして話をさせていただいています。

    また、余談になりますが、ポテトチップスに使用できる生の馬鈴しょは5年前まで植物防疫法による輸入禁止作物だったんです。現在も例外的にわ ずかに輸入が許可されているにすぎません。ところが実は、馬鈴しょの輸入は増えています。さきほど申し上げたフライドポテトです。冷凍ポテトといった、加工した馬鈴し ょがどんどん入ってきて、結果的に国内の馬鈴しょの用途を縮めている。日本には約280万トンの生産能力があって、生産者がせっかくそれだけの馬鈴しょをつくっているもの を、もっと有効に幸せな形で活かそう、と。そういう意味では、相当な風穴を開けている会社かもしれません。

    ロングセラーのヒントは、お客さまの声の中にある

    ────発売と同時に大ヒットする商品と、改良を重ねてロングセラーとして育つ商品と、御社はどちらのケースが多いでしょうか。

    後者が多いでしょうね。短命であることをよしとせず、改良に投資し続けて、長く支持されることにエネルギーを注ぎますから。

    ────改良のヒントは何から得られるのですか。

    「1才からのかっぱえびせん」
    2003年に地域限定で発売し、2004年から全国で販売。食べきりサイズの小分けにし、油を一切使わず、塩分量を半分にした。

    基本はお客さまの声です。わが社はパッケージの裏面が非常に独特でして、「お客様の声をおきかせください」と書いてあるんです。以前は、「 商品に不都合があったらご連絡ください」といった一般的な文言でしたが、5年ほど前に今の表現に変えました。昔はわが社もプロダクトアウトで、お客さまの声を聞こうとも しない会社だったんですね。それで成功はしましたが、それだけで本当にお客さまが欲しているものを提供し続けられるわけがない。何年も前からその議論があり、営業を通 じて売り場担当者の声を聞いただけでも、「なるほど、お客さまはそんな風に感じているのか」という発見が山ほどありましてね。

    社内では「Voice of Customer」と呼んでいますが、お客さまのクレームだけを聞くのは違うんじゃないかと。お金を出している方のほうが、いろ んなことをお考えになっているわけだから、「もっとこうだったらいいのに」というお客さまの声を聞こうということです。

    ────パッケージの裏面を変えて、寄せられる声は増えましたか。

    2倍に増えました。細かなことまでご意見をお寄せいただいて、それがすべて改良のヒントになっています。パッケージの高さや、開封用の切り目 の入れ方一つとってもそうですし、改良のヒントなんていうものは、ゴロゴロころがっているんですよ。

    例えば、お客さまの声から生まれた商品に「1才からのかっぱえびせん」があります。お母さんが「かっぱえびせん」が大好きで、カルシウムが採 れるからお子さんにも食べさせたいけれども、小さなお子さんの口には入らないし、塩分も気になる。「安心して子どもに食べさせられるものがほしい」という声をたくさん いただいて開発した商品です。

    小さな改善も、積み重ねればイノベーションになる

    ただ、改良の多くは「なるほど変わったね」といわれるようなものではありません。それこそ、「かっぱえびせん」の溝の数を一本増やすといっ た、小さな改良の積み重ねです。

    ────その積み重ねが大きい。

    ですから、昭和39年に発売した当時の「かっぱえびせん」を、今つくれといわれてもできませんね。まったく違うえびせんですから。

    ────小さな改善も、積み重ねればイノベーションになりますね。

    パッケージデザインは、大きくは3年に1度リニューアルしますし、マイナーチェンジは毎年行います。「かっぱえびせん」は発売して46年経ちま すから、少なくとも40回は変えているはず。ほかの商品も同様に、お客さまが気づかないうちに、少しずつ変化しているんです。

    ただ、お客さまの印象というのは面白いもので、1980年代半ばごろのことですが私が商品企画をしていたときに、「かっぱえびせん」のパッケー ジを大きくリニューアルしたことがありました。品質保持の指令が厳しくなって、包材をアルミ蒸着フィルム製(※)のものに変えなくてはいけなかったんです。創業の商品 ですから、パッケージのデザインを変えるというのは大変なことです。当然ながら、いろいろな消費者調査をきちんとやりましたが、お客さまに「かっぱえびせん」と聞いて イメージする色を聞くと「赤だ」とおっしゃる。でも実は、それまでのパッケージの色は赤ではないんですよ。

    ※アルミ蒸着フィルム:フィルムにアルミの薄い膜をつけたもの。遮光性があるため、内容物の品質を長期間保持で きる。

    (写真左/「かっぱえびせん」の初代パッケージ。中身の見える透明な袋に、白い渦巻と赤いえびが描かれている 。 写真右/2010年10月現在のパッケージ)

    ────何色だったのですか。

    透明です。そこに瀬戸内海の渦を表した白い渦巻とえびが描かれているのですが、そのえびの赤い色の印象が強烈にあるんです。人のイメージと いうのは、そういうものなんですね。アルミ蒸着の袋に変えるということは、中身を見えなくするわけですから、えびせんが見えなくなる。でも袋を赤い色にすれば、「かっ ぱえびせん」だと思っていただけるのではないか。そう考えて、パッケージを思いきって赤にしました。お客さまの記憶に残っているものは、こちらが勝手に思っていること とは違うことがあります。それを丁寧に観察してお声を聞くことで、改良の方向性が見えてくるんです。

    ────お客さまの声にもさまざまなものがあり、そのどれに対応すべきかは判断が難しいところかと思います。やはり、ご意見が多いも のを優先に対応していかれるのでしょうか。

    そうとは限りません。多数派であることと、正しいということとは別ですからね。わが社の場合、お客様相談室のほかに、ゾーンセールスという 店頭をフォローする部隊がありますし、多方面からいろいろな情報が入ってきます。その中の、どの声に応えるべきなのかという議論は常にあります。基本的には商品部がジ ャッジしますが、やってダメなら戻せばいいじゃないかと。そう考えれば、それほど悩むこともないのではないかと思いますね。

    どんな組織も、風土はリーダーで決まる

    ────改良を徹底的に追求する風土は、どのようにして培われたものなのでしょうか。

    同じご質問をよくいただきますが、これはもう説明不能ですね。ただ、結局はリーダーの立場にある者がそういうことを率先垂範してやっていか ない限り、続かないと思いますよ。どんな組織も、リーダーで決まりますからね。わが社でいえば、1949年に松尾孝という一人のリーダーが始めたことが、今につながってい るわけです。それも意図してそうしたわけではなく、やりたいことを突き詰めたらそうだったということであって、松尾にはこのやり方しかなかったのだと思います。

    その意味で、カルビーの歴史の中で最大の決断というのは、パッケージに製造年月日を記載したことなんです。製造年月日を明記していたのは牛 乳や豆腐といったものくらいしかない1975年頃のことですから、お菓子に日付を入れるなんてとんでもないわけです。日付がなければ"先入れ先出し(※)"の手間もありま せんから、明記したとたんに卸も小売も含めて流通業界全体から大反発があったんですよ。「こんなバカなことをする会社はない」と。

    ※先入れ先出し:保管期間の長い在庫から順に売り場に出すこと

    ────売る側にとっては都合が悪いですね。

    そうです。しかしその当時、神戸市では油を使用した食品には全て製造年月日を入れるべきだという地方条例を制定する動きが起こっていまして 、将来、世の中全体が必ずこうなると思ったわけです。買う側にしてみたら、その食品がいつつくられたかを知りたいと思うのは当たり前のこと。その気持ちに素直になった ら日付は入れるべきだ、と。正しいと感じたことは、やるのがカルビーなんです。

    ────社内に反対意見はありませんでしたか。

    それが、実はあまりなかったんです。ポテトチップス事業を始めて、うまくいっていなかったということもあるんですね。ポテトチップスは揚げ 物ですから、大変申し訳ないけれども、できたてが一番美味しいんです。ですから、なるべく早く食べていただきたい。製造年月日を入れて、できてそんなに日が経っていな いということを伝えれば、お客さまにも食べていただけるのではないかと。そういう思いがありましたから、むしろ積極的でした。

    もちろん法律上は賞味期限だけでいいのですが、その商品の賞味期限が3カ月なのか4カ月なのか、知らないお客さまもいらっしゃいます。その方 にとっては、賞味期限を見ただけではいつつくられたのかはわからない。それを、だったらわからなくていい、とはしたくないんですね。例えば、「何月何日に製造して、今 日はできて何日目です」ということをきちっと伝えたい。その姿勢はずっと変わりませんね。

    食品業界、流通業界から反発されながらも、製造年月日を入れる決断をリーダーがする。リーダーがどこを向いて、何を決断するのかということ が、社内の体質になっていくわけです。カルビーにはそれが染みついているということなのだろうと思いますね。

    業界シェアトップの強さの源を語る言葉は、明快かつオープン。「すべての物事は、シンプルであるべきです」と、長沼副社長は語ります 。シンプルな強さを生んだカルビーの風土とは。ペプシコとの提携で目指すものとは。後編ではカルビーの人と組織、そして今後について伺います。


*続きは後編でどうぞ。
  社内の都合ではなく、顧客の論理に適応し続けることが、強い組織をつくる(後編)

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