OBT 人財マガジン
2010.10.27 : VOL102 UPDATED
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オイシックス株式会社
人事総務部部長 大谷 昌継さん
【長寿企業研究】設立から10年で48万人が利用。
常識にとらわれない発想が生んだ独自のサービス(後編)オイシックスは、「つくった人が自分の子供に安心して食べさせることのできる食品」をコンセプトに、安全・安心な食品をインターネットで販売する会社です。2000年の設立以来、順調に購入者を増やし、10年間に約48万人が利用。2009年度は年間71億円(連結)を売り上げ、モノが売れないといわれる時代に右肩上がりに業績を伸ばしています。後編では、企業理念を浸透させるための取り組みや、コミュニケーションの活性化策などについて伺いました。(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)。
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オイシックス株式会社 ( http://www.oisix.com/)2000年に創業。外資系経営コンサルティング会社マッキンゼーでコンサルタントをしていた高島宏平氏が、インターネットによる健康にいい食品の宅配事業を立ち上げる。扱うのは、有機・特別栽培野菜や合成保存料・合成着色料を一切使用していない加工品など、安全・安心な食べ物。サイトでは生産現場のストーリーを丹念に紹介し、作り手が見えることも特徴。商品のクオリティと、入会金不要、一品から注文可能といった利便性の高さが消費者に評価されて、設立から10年で定期購入の会員は約4万人、購入者は累積で約48万人に上る。ポーター賞 (2008年受賞)、FOOD ACTION NIPPONアワード(2010年受賞)、モバイルコマース大賞(2010年受賞)など受賞歴多数。
企業データ/資本金:3億円2430万円、従業員数/98名、売上高/71億円(2010年3月期連結決算)AKITSUGU OTANI
1997年ソフトバンク株式会社に入社。2001年オイシックス株式会社に入社し、ロジスティクスチームマネージャーを経て2005年から現職。
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リアルな実感を通して、事業の理念を伝える
────創業10周年を迎え、社員数が100名近い規模に成長されました。組織が拡大する中で、事業の理念を社員の方々とどう共有してこられたのか。オイシックスの理念浸透や人財育成の取り組みについてお聞かせください。
問題意識を持って取り組んでいることの一つに、「ブランド体感会」というものがあります。これは、全社員を対象に3カ月に1度開いているもので、年4回あるうちの2回は、バスをチャーターして農家さんや生産現場を訪問しています。弊社は、実際の店舗を構えているわけではないので、せっかくいい物を扱っているのに、商品を見る機会がない社員も多い。どうしてもバーチャルになってしまうんですね。そのことを非常に問題視していまして、野菜や食品が作られている現場に触れる機会を設けているんです。
例えば、みんなで落花生の収穫を手伝わせてもらったときには、うまくできなくて腰も痛くなって、それはもう大変でした。私たちが50人くらいでやったその作業を、農家さんは家族3人で1日でやってしまうという話を聞くと、すごく大変な仕事をされているということが肌で理解できるんです。
畑の雑草も、除草剤をまいてしまえば簡単なのに、そうはしないで苦労して手で抜いておられる。それがどのくらい厳しいことなのかがわかると、サイトに「除草剤は使っていません」と書くにしても、お客さまに伝える力が変わってきます。オイシックスの農家さんは熱い方が多いですから、お会いして話すと野菜への愛が強く伝わってきます。すると、私たちもちゃんと売って、農家さんたちの生活が成り立つようにしなければという気持ちになるんです。
残りの2回は、弊社が取引きしているパン屋さんを招いてパン焼き教室を開く、テーブルコーディネーターにコーディネートを教わるといった講座にあてています。弊社が提唱する「豊かな食生活」は、食卓にただお皿が並んでいればいいというものでありません。では、何をもって「豊か」というのか。それを伝えるには、まずは私たち自身が豊かさを知らなくてはならない。そのために、いろいろ体験してみようということなんです。インターネットの事業というのは、こうしたことがないとどうしてもバーチャルになりがちですから、「ブランド体感会」には非常に力を入れています。
組織横断プロジェクトで、社員間のコミュニケーションを仕掛ける
────ブランド体感会のプログラムは、どのようにして企画されるのですか。
社員が持ち回りで企画します。15人くらいのチームで担当して、前回のチームに負けないように「次はもっと面白いものを」と、知恵を絞って。現場が手づくりで企画しています。
────御社は、組織横断のプロジェクトも積極的に取り入れておられますが、その取り組みの1つということでしょうか。
そうですね。経理や総務といった本社部門の社員も、企画に参加します。もともと「食」に興味のある社員が多いですから、みんな楽しくやっていますよ。組織横断のそのほかの取り組みでいえば、「農家・オブザイヤー(前編参照)」もそう。商品開発のチームは必ず関わりますが、そのほかのスタッフは毎回、やりたい人を有志で募って、チームを組んで運営しています。
「TABLE FOR TWO(テーブル・フォー・ツー)」という活動もそうで、これは、対象となる食品をご購入いただくと、売り上げの3%が「TABLE FOR TWO」の事務局を通じて開発途上国の子どもの学校給食になるという社会貢献活動です。対象商品をどのように販促するのか、活動をお客さまにどうやって広めていくのかといったことを、社内の有志で構成するプロジェクトチームで企画して運営しています。
────組織横断という形式を取られる目的は何でしょうか。
会社としてはやりたいけれども、どこの部署がやるというわけでもないものは、プロジェクト形式にして、「誰かやりたい人はいませんか」と募ることが多いですね。ある程度うまく回るようになって、売り上げも大きくなってきたら事業部が引き取るというのが一番いい展開で、それまではプロジェクト形式で運営するということです。
また、社員数が100名近くなったとはいえ、組織としてはまだそれほど大きくありませんから、マネジメントの機会がない社員も多くいます。プロジェクトでリーダーを務めることで、日常業務にはない経験ができ、意外な適性が見つかることもある。マネジメントが疑似体験できるという効果も実感している点です。
その一方で、やはりこれだけの規模になってくると、仕事上のつながりが少ない部署がどうしても生まれます。飲み会で同じテーブルになる率も少なくなりますし、お互いに話したことがない人もでてくる。相手が日頃どんな仕事をしているかがわからないと「何でそんなことをしているの」とか、「頼んでも動いてくれない」といった、コミュニケーション不全が起こります。ブランド体感会で農家さんとのコミュニケーションを強化しているのと同様に、社員同士のつながりを強めるということも、組織横断プロジェクトの大きな目的の1つです。コミュニケーションを複線化することで、日常業務でも困ったことがあれば、お互い気軽に相談し合えるようになるんです。
────部署を超えた交流を仕掛けることで、社員の方々の視野が広がるということでしょうか。
そうですね。人数が少ないときは相手の立場になることができても、部署が増えてお互いマネジャーを介してやり取りするようになると、社員同士が直接交流する機会が減ってくるんですね。プロジェクトを経験することで、ほかの部署が何をしているかがわかって、自分の仕事も客観的に見られるようになる。その効果は大きいですね。
────同様の効果を狙って組織横断プロジェクトを取り入れても、明確なアウトプットを出せず、続かずに終わる企業も少なくありません。プロジェクトを効果に結び付ける秘けつは何でしょうか。
弊社も、すべてのプロジェクトがうまくいくわけではありません。過去にプロジェクトを増やした時期があったのですが、日常業務に埋もれやすいものは出席率が徐々に下がるということが、やはり起こりがちでした。ですから、今はアウトプットが出やすいもの、結果を追いかけることができるものに絞るようにしています。特に、「ブランド体感会」や「農家・オブザイヤー」といったイベントものは、短期集中型でやった事がわかりやすいですから、プロジェクトに向いていると思いますね。
すべての価値判断は理念に照らして行われる
────御社では、中途入社の方が多いと伺っています。こうした組織横断のプロジェクトがコミュニケーションの活性化に果たす役割は大きいと思いますが、そもそも、年齢や職歴がさまざまな社員の方々のベクトルを、どのようにして揃えておられるのでしょうか。
社員は全員、高島(代表取締役社長 高島宏平氏)が面接し、非常に厳しく選考します。ベクトルが弊社とは明らかに違う人、お客さま思いではない人は、どれほど優秀な人でも採用しません。人事としては、本当は苦しいのですが(笑)、どれほど人が足りなくて困っていても、採用基準は妥協しないんです。お客さまに対して、いい意味での"裏切り"といいますか、「こういうことをしてもらえるとは思わなかった」というようなサービスができる人が、弊社が求める人財です。
────そういった方々に、御社が掲げる理念をどのようにして伝えておられるのでしょうか。
コミュニケーションの量は非常に多いですね。ブランド体感会や組織横断プロジェクトのほかに、朝礼を週に1回、全社ミーティングを月に2回行っています。また、半期に1度は企業理念について2、3時間かけて全社員でディスカッションし、"お客さまをいい意味で裏切る"とはどういうことなのか、自分はどう成長したいのかといったことを話し合って、発表する機会を設けています。
人事考課にも理念に基づく要素を必ず入れて、「今期はどうだったか」を上司と振り返って話し合います。高島からは、半期ごとの戦略を策定した際に、「今年は成長のスピードよりも、とがったサービスを実現することを重視する」などと社員にも具体的に伝え、会社がどういう方向を向いるのかを共有しています。
────その時々で力を注ぐべきことが明確になれば、迷わずそこに向かっていくことができますね。
そうですね。そういった戦略を受けて、「とがったサービスとは何か」をみんなで話し合い、自分たちがなすべきことに落とし込んでいく。それに対する振り返りを、人事考課で行う......ということを、かなり細かく運営していますね。
商品やサービスの「独自性」と「安定した品質」の両立が今後のテーマ
────組織、人事面で今後の課題としてお考えのことをお聞かせください。
弊社はやんちゃな感じで始まったようなところがありますので(笑)、組織の柔軟性が高く、思いついたアイデアをパッと実行に移せる風土を強みに、これまでやってきました。その結果として、お客から生活のインフラとしてご期待いただけるようになった。今後は、商品やサービスのクオリティに対する意識を、さらに高めていかなくてはいけないと感じています。
例えば、思いつきで何かをするにしても、そのことでお客さまに迷惑をかけてしまうとか、「今週は卵がありません」とサービスに支障が出るようなことは、あってはならない。そういったことが、きちんとできる組織に変えていかなくてはいけないということです。かといって、管理を厳しくして普通の組織になってしまったのでは、お客さまに飛び抜けた提案ができず、私たちの存在価値がなくなってしまいます。そのバランスが非常に難しい時期にさしかかっています。
ただ、弊社の売上高はまだ70億円程度の規模です。創業当時は、「どうしてそんなニッチな事業を始めたのか」と不思議がられ、今でもそういわれることがありますが、安心・安全なものが「ニッチ」というのはおかしい。その捉え方にはとても違和感があります。だから、私たちはオイシックスのサービスが当たり前のものになるよう、もっとメジャーに育てていかなくてはいけないんです。そのためには、お客さまが驚くような商品やサービスを、安定した高いクオリティでお届けしていかなくてはいけない。それができれば、マーケットの可能性は非常に大きく、面白いことがまだまだできると思っています。
────ありがとうございました。
- 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
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