OBT 人財マガジン
2010.04.21 : VOL90 UPDATED
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株式会社船橋屋
代表取締役社長 渡辺雅司さん
【長寿企業研究】
社員の力を引き出す"幸せの経営"(後編)不況が長引く中で、持ちこたえる会社とダメージを受ける会社は、何が違うのか。困難に社員一丸となって立ち向かう会社と、難題を前に士気を失う会社の分かれ道はどこにあるのか。『この人に聞く』では、企業存続の秘けつを探るために、今回からシリーズで『長寿企業研究』をお届けします。第一回目にご登場いただくのは、創業205年の歴史を誇る和菓子の老舗、船橋屋。江戸の昔から受け継ぐ『くず餅』の味を守り続け、昭和27年に法人化して以降、1期の赤字も出さずに成長してきた驚異の企業です。変化する時代の中で伝統を守り続ける経営の極意を、8代目当主・渡辺雅司さんに伺いました。
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株式会社船橋屋 ( http://www.funabashiya.co.jp/)1805年創業。下総船橋出身の初代勘助が、亀戸天神の参道に創業。出身地の地名をとり、屋号を『船橋屋』とする。独自に開発した『くず餅』は、葛粉を使う関西の葛餅とは違い、小麦粉を乳酸菌で発酵させたもの。厳選した小麦粉の澱粉質を450日間という長い年月をかけて発酵・熟成させてつくり上げる。保存料や添加物は一切加えないため、賞味期限はわずかに2日間。効率が優先される今の時代にあって、頑固なまでに『本物』にこだわり続けている。その味を愛して、亀戸本店には吉川回英治氏や芥川龍之介氏らの文豪も通い詰めた。1952年に法人化、2005年には創業200年記念店舗『こよみ』 を東京・広尾にオープンし、新感覚の『和』のスイーツを展開するなど、伝統と新進を融合させた経営に取り組む。
企業データ/資本金:2000万円、従業員数/160名、売上高/14億円(2009年3月末現在)MASASHI WATANABE
1964年生まれ。1986年に大手都市銀行に入行。融資業務やディーリング業務、法人営業などを手がけた後、1993年に船橋屋に入社。専務取締役時代から、業界初となるISO9001の認証を取得するなど、伝統を守り続けるための経営改革に着手。2008年8月に代表取締役に就任する。
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経営の孤独の中で見つけた、究極の答え
────社内が思うように活性化しないという状況(前編参照)の中で、どのような「経営の原点」を見つけられたのでしょうか。
まず気づいたのは、問題の原因は私にあったということです。私はそれまでずっと、社員に対して「なぜ私の指示がわからないのか」、「なぜできないのか」ということばかりいっていた。まさに、ここに原因があったんです。
どういうことかといいますと、例えば目玉焼きを食べるときに塩を使う人、ソースを使う人、醤油を使う人と色々ですよね。それは人それぞれが持つ価値観で他の人が決めるものではありません。一見当たりまえのことなんですが、私はソースで食べるのが絶対だと思い込み、「醤油をかけるなんて非常識」と言う。社員は「醤油が美味しいのに社長がソースだというので機嫌を損ねるのでそうしておこう」となりコミュニケーションを絶ち思考を停止したうえで指示を待つようになる。それに対し「なんて自主性がないんだ」と憤る。このような価値観の押しつけによる弊害が結構起きていたのです。
でもそれは、天に向かって唾を吐くのと同じで、すべて自分に返ってきます。会社の業績は伸びましたが、幸せではないんですね。どんどん孤独になっていくんです。それに気がつかないで、「なぜ私の言うことがわからないのか」と、ずっとガリガリやってきたわけです。
────その問題を、どのようにして解決されたのでしょうか。
自分を変えるために大切なのは、己を知るということ。自分が抱えている問題に気づくということです。ただし自分で自分に気づくのは難しいですから、第三者に指摘してもらう必要があります。私も、ある方に指摘されたことで自分の問題に気がつきました。その意味では、メンターを持つということは、経営者にとって大切な事だと思いますね。
では問題に気づいたとして、自分をどう変えていくか。これは、自分にしかできないことなんですね。人に自分を変えてもらうことはできません。変わりたいと強く願うことが、すべての出発点です。過去は変えられないけれど、これからの生き方は選べる。だったら、一度しかない人生をどう生きるかを考えたんです。そして、社員を見る目や接し方を変えていきました。
"幸せの経営"で、社員の成長意欲を引き出す
────人財観は、どのように変わられたのでしょうか。
『社員満足なくして、顧客満足なし。顧客満足なくして成長なし』ということが、当社の経営の根幹目的。社員が自己成長できる環境を提供したいということを、ずっと考えてきました。そのために必要なのは、まずは社員に対して「キミは今のままで大丈夫だよ」と言ってあげることなのだということに気がついたんです。
社員が社長の顔色を伺って、社長が喜ぶことをしようとする。これは、経営者がそういう経営をしているからでもありますが、突き詰めて考えると、子どものときに親の顔色を伺っていたのと同じことなんですね。といっても何も特殊なことではなくて、誰でも多かれ少なかれ、幼少期にそういう体験があるはずです。その延長線上のまま大人になった人には、自分に自信がない、人に対してものが言えない、自分から一歩を踏み出すことができないという人が多い。だから経営者は、それに対してこう言ってあげればいいんです。「誰の顔色も見なくていい。今のままで大丈夫だよ」と。
先ほども言いましたように、人が人を変えることはできません。「なぜ私の指示がわからないんだ」と叱りつけても、そういった外的な圧力で人を変えることはできないんです。自分を大切にするということに目覚めさせて、自分のために自分を変えたい、成長したいと強く願うようにサポートする。これが、人づくりの根幹なのです。
────社員の方々への接し方を変えるのは、勇気がいることでもありますね。
自分の根っこを変えるわけですから、勇気はいりますね。でも、変化できなければ経営者としては失格です。ただ、社員にはすぐには受け入れられないだろうなと思っていました。今までハードなマネジメントをしていた社長が、"愛"だの何だの言いだすわけですから(笑)。実際、みんなが戸惑っているのがわかりましたしね。それに対して、私ができることは一つ。実践あるのみです。行動で示して、自分たちが幸せになった、自分たちの心が強くなったと実感したときに、社員は初めて納得してくれるんです。
仕事は、人生の目的を達成するためにある
そのために、まずは社員と一対一でじっくり話をしました。彼らの生い立ちやこれまでの生き様も聞いた。そして「今のままで大丈夫」というメッセージを伝えたら、次に話すのは「人生の目的を持つという」ということです。『目的』とは、何のためにこの世に生まれたのかということ。自分が生を受けた意味は何かを、よく考えるということです。
────それは考えて見つかるものでしょうか。
究極の答えは、一つに行き着くんです。それは、『幸せになる』ことです。それも『物心両面で幸せになる』こと。自分が幸せになることで周囲にも良い影響を与え、そのことでまた自分が幸せになる。これが、生きることの意味。当社の経営目的もそこにあるんです。
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船橋屋には200年を超えて受け継がれる『社訓』があり、
それを今の時代に置きかえた『経営理念』と『経営目的』が明文化されている。
[社訓]
売るよりつくれ
浮利を追うな
[経営理念]
く・ず・も・ち ひと筋真っ直ぐに
くじけない心意気
ずっと磨き続ける自慢の商品
もっと良いを実現する経営体制
ちから強く全力で目標達成する人財
[経営目的]
私たちは、「仕事を通じて自己成長」をしながら
「妥協のない商品づくり」と「真心を込めたおもてなし」
を常に実践し、お客様の「美味しい!」という笑顔を頂きます。
そして、この事業活動を通し心豊かな社会の実現に貢献することで
私たち自身も物心両面の豊かな人生を送ります。
----------------------------------------------------------------------------------------------------目的が明らかになれば、次は目標です。ワタミの渡邉(美樹)会長がよくおっしゃっているように、『夢に日付をつける』ということですね。何を年次の目標とし、具体的に何をしていくのか、つまり、生きる目的を会社の中でどう実現するのかを、明らかにしていくということです。プロジェクトは、そのための手段の一つなんです。
────目的が明確になって初めて、"仕組み"が生きるのですね。
そうです。人生の目的に気づかせることと、目的を実現するための環境を用意すること。この両輪を回すことが、経営の根幹なのです。自分が何のために生きているのかわからないままに会社に属し、『対前年○%アップ』などと、目標を達成することだけが求められるとすれば、こんなに辛いことはないと思います。
真の社員満足は、自己成長にある
『社員満足なくして、顧客満足なし。顧客満足なくして成長なし』。当社はこのテーマを追求し続けていますが、『満足』は人が与えてくれるものではありません。自分の成長を実感することによって、自分で納得するもの。他責ではなく、自責で生きることによってしか、得られないものです。
社員満足度を高めるために、福利厚生を充実させる、オフィスをきれいに改装するといった話も聞きますが、それも方法の一つではあるものの、真の社員満足は自己成長にあるんです。ですから逆説的なのですが、私は社員が辞表を持ってくると「やっと来たか」と喜ぶんですよ(笑)。
────それは、なぜでしょうか。
辞めたいと思うということは、逃れたいほどの苦しみの中にいるということ。これは、成長する大きなチャンスです。平凡に生きていたのでは、人は変わりません。今までの自分の殻から出ようとしているから苦しいわけです。そうして本当に切羽詰まって、もう打つ手がないと思ったときに、初めて知恵が生まれるんです。ですから、「やっと辞表を持ってきたか。待っていたよ」と。社員は意表を突かれた顔をしますが(笑)、私はそう言って迎えます。
そして、本人とじっくり話します。その結果、思いとどまった人は、間違いなく大きく成長しますね。現に、幹部として当社を支えてくれている社員は、一通り辞表を提出してきましたから(笑)。辞表を書かないまでも「辞めたい」と騒いでいると耳に入ってきた人もいましたが(笑)、その後にしっかりと乗り越えて大きく成長してくれている。そうやって見守ることができるのも、私自身が過去に苦しみ、悩んだ経験があって今があるから。苦しみなくして、成長はないということです。
日常業務にも、私はあまり口を出さないと決めています。社長としての権限を行使するのは、商品の安全に影響を及ぼすような事態が起こったときだけ。それ以外は、社員が自分の意思で動くことができ、自己成長を実感できる組織にならなくては、本当の社員満足は成しえないのです。
自己成長し続けられる組織にするために、昨年は評価制度にも手を入れました。月々の給与は、『行動』に連動させて決定します。そして、賞与にあたる業績給は完全に『業績』にリンクさせる。業績給は月給に係数をかけて算出しますから、『行動』と『業績』のどちらも追求する仕組みにしたということです。
────『業績』は数字で表わすことができますが、『行動』は何を基準に評価されるのでしょうか。
当社では『8つの基本行動』を定めています。経営目的を達成するために、つまり、われわれが幸せになるために、8つの行動を実践しようということです。
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[8つの基本行動]
1 私たちは経営目的を満たす定量化出来る目標を設定します
2 私たちは物事を前向きに捉え積極的に行動します
3 私たちは約束したことを必ず守ります
4 私たちは過去の習慣にとらわれず常に改善をします
5 私たちは事前準備を整え時間を有効に使います
6 私たちは惜しまず成長の為の自己投資をします
7 私たちは「共に勝つ」の気持ちで周囲に心を配ります
8 私たちは仲間の成長を願い自分の一番得意な仕事を教えます
----------------------------------------------------------------------------------------------------社員が自己成長することで会社の業績も伸び、お客さまにも支持していただける。そういった『共に勝つ』組織をつくりたい。これが、私が目指す理想の組織のあり方です。
『売るよりつくる』ことが、長寿の秘けつ
205年前に初代勘助が残した当社の社訓は、『売るよりつくれ』というもの。『つくる』という言葉には、たくさんの意味が込められているということを、今、改めて実感しています。『安全をつくる』、『人の心をつくる』...くず餅という商品をつくることを通して、われわれはいろいろなものをつくっているんです。そのことを真摯に受け止めて、正直に、まっすぐにやっていきたい。その思いを込めたのが、『く・ず・も・ち ひと筋真っ直ぐに』という経営理念です。
船橋屋の新卒採用パンフレット。『老舗』のイメージをいい意味で裏切る"漫画仕立て"で、会社の沿革や経営理念を解説。ユニークな表現から、同社の自由な社風が伝わってくる。
伝統の美味しさを次の時代に伝えるために、会社は大きく変わりました。今では、社員がそれぞれ自分の夢や目的を持ち、目標を達成するために、自分たちで考えて動いてくれています。組織横断のプロジェクト活動も、ISO9001の認証取得後に立ち上げた『品質管理プロジェクト』を皮切りに、『高度衛生管理システムプロジェクト』、『老舗ブランディングプロジェクト』、『社員活性化プロジェクト』、『適正消費プロジェクト』、『可視化プロジェクト』の6つが稼働中です。昔は、「どうしてみんな、私の言うことがわからないのか」と思っていたのが、今は、「こんなにすごい社員が集まっている」と、心の底から思うんです。それは、私が変わったからなんですね。
────渡辺社長が目指される組織の状態を『10』とすると、今はどの程度まで近づかれたと思われますか。
まだまだ道半ば、5点といったところでしょうか。私自身について言えば、まだ4点くらい。こうして聖人君子のようなことを言っていますが(笑)、いまだに「どうしてできないの」と言ってしまうこともありますので...。目標は、引退するときに理想のレベルに達していること。年齢を重ねるごとに自分を変えて、人生を振り返ったときに、私と出会えたことで自分が変わったと言ってくれる人が、一人でも多くいてくれればいいなということが、私の願いなんです。
組織としては、今の取り組みをさらに続けて、より一層の磨きをかけていきたいと思っています。ゆくゆくは、京セラの稲盛和夫名誉会長が提唱されている『アメーバー経営』も取り入れる予定。さまざまなプロジェクト活動も、その布石として行っているものです。社員一人ひとりが主役になって、共に夢を追いかけて一緒に幸せになれる。そんな会社をつくりたいと思っています。
────ありがとうございました。
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