OBT 人財マガジン
2009.12.09 : VOL81 UPDATED
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ワタミ株式会社 代表取締役社長COO
兼 ワタミフードサービス株式会社 代表取締役社長COO
桑原 豊さん
【強い組織には理由がある】
理念経営を支えるマネジメントシステム(前編)2009年6月、ワタミでは創業以来初のトップ交代が行われました。創業者である渡邉美樹・代表取締役会長・CEOからグループ経営を託されたのは、桑原豊・代表取締役社長 COO。「変えてはいけないことを守り続けることが後継者の役目」と、「理念経営」の継承を明確な方針として掲げます。創業から25年にして、店舗数は国内・海外あわせて641店、社員数は約4,000名。巨大グループに成長してもなお、グループ全体で理念を共有できているのはなぜなのでしょうか。何が、ワタミの成長を支えているのでしょうか。2代目トップとしてグループを率いる、代表取締役社長 COO 桑原豊さんに伺いました。
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ワタミ株式会社 ( http://www.watami.co.jp/)
1984年、有限会社渡美商事として創業。居酒屋チェーン「つぼ八」本部とフランチャイズ契約を結び、渡美商事の1号店となる居酒屋「つぼ八」高円寺北口店を出店。1986年、株式会社ワタミを設立。1992年に「豊かで楽しいもうひとつの家庭の食卓」をコンセプトとした自社ブランドの新業態開発を行い、1号店居食屋「和民」笹塚店を出店。1998年に東証二部に上場、2000年に東証一部に上場。2002年には(有)ワタミファームを設立し、農業に参入(2003年に株式会社ワタミファーム設立)。2005年、持ち株会社制に移行。2006年には介護事業に、2008年には高齢者向け宅配事業に参入し、「外食」「介護」「高齢者向け宅配」「農業」を主な事業領域に据える。「地球上で一番たくさんの"ありがとう"を集めるグループになろう」をスローガンに、理念に基づく事業展開を推し進める。
企業データ/資本金:44億円1,000万円、従業員数/4,130名(連結、2009年9月末現在) 、外食店舗数/641店(2009年10月末現在)YUTAKA KUWABARA
1958年生まれ。1978年、株式会社すかいらーくに入社、エリアマネジャーに就任。1983年、株式会社藍屋に入社。和食レストランチェーン「藍屋」の創業に携わり、第1号店の店長に就任。その後、生産部長、商品開発部長、営業部長を歴任。1998年、ワタミフードサービス株式会社に入社し、営業本部長に就任。1999年には常務取締役営業本部長に就任。すかいらーくと藍屋で学んだチェーンストア理論を活かし、現在の外食641店を支える基盤を構築する。2004年にはワタミダイレクトフランチャイズシステムズ株式会社代表取締役社長COOに就任。2009年6月、ワタミ株式会社代表取締役COOに就任。
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「標準化」を武器に、店舗運営を改革
────桑原社長は、1998年に藍屋からワタミフードサービスに移られました。どういった経緯でのご転職だったのでしょうか。
そもそもは、ワタミがアメリカのT.G.I.フライデーズ社とフランチャイズ契約を結び、「T.G.I.フライデーズ(※)」を日本で展開する、その責任者として来てくれないかというお誘いを渡邉社長(現・渡邉美樹会長)からいただいたんです。「T.G.I.フライデーズ」は、飲酒よりも食事のウエイトが高い業態です。私のファミリーレストランでの経験が役に立つのではないかと思い、お話をお受けしたわけです。
※T.G.I.フライデーズ:世界60カ国で850店以上を展開する全米一のカジュアルレストラン&バー
企業サイト:http://www.tgifridays.co.jp/ただ、まだフランチャイズ契約の交渉中でしたので、まずは「社長室長」というポジションで社内のいろいろな会議や研修会に参加させていただきました。そこで気づいたことをいくつか提案していたところ、2週間が経ったときに「T.G.I.フライデーズではなく、ワタミに残ってください」といわれまして、ワタミフードサービスの営業本部長に就任しました。
提案したのは、店舗運営の標準化とバックヤードを持つということです。この2つうち、まずは店舗運営の標準化を一番に提案しました。当時のワタミは、店舗数にして80店前後という規模。そのすべてに、びっくりするくらいお客さまが来てくださっていました。そういうときは、仕組みがなくても利益は上がるんですね。
しかし同時に、年間で25店という急速な出店計画がありました。かたや80店の店長たちはといえばマネジメントのやり方が一人ひとりみんな違っていた。これは今、元気なうちに、出店がまだこれからというときに手を打っておかないと、仕組みがないまま店数が膨れ上がってしまう。そんな危機感を抱いたのです。
────店舗にはマニュアルがなかったということですか。
オペレーションのマニュアルはありましたが、実態に即していなかったんですね。店の管理方法も、"これ"という決まったものがありませんでした。みんな手が空いたときには、いろいろとやるんですよ。でもそういうやり方では、忙しくなったらやらなくなるんです。
そうではなくて、忙しくても忙しくなくても、どこの店舗であっても、「何曜日にはこの管理業務をする」ということを決めておく必要があるんです。そこで80店の中から一人の店長を選び、「店長の仕事をすべて、付せんに書き出してくれ」と。管理業務を洗い出してみたんです。毎日、何かをしたら書き出してもらう。それをくり返すと、1週間に3,000枚、5,000枚という数の付せんが出てくるんですね。
それを今度は、「何曜日にやるのがいいの?」と。「この曜日にはこの管理業務をする」というものを決め、店長の仕事を標準化していきました。それができたら、次は平準化です。一週間の中でも、金曜日と土曜日は店が忙しいんですね。それなのに、その日も店長は管理業務をしている。それを他の曜日に振り替えて、「金曜日と土曜日は営業に集中しなさい」と。
実は、この手法は私が前職で学んだ「トヨタ生産方式」をベースにしたもので、業務の標準モデルをつくることを、我々は「『正(しょう)』を明確にする」と呼びます。どんな業務にも、どんな現場にも、「本来こうあるべき」という手順や状態があるということです。
「正」が明確になれば、何ができていないかも明らかになりますから、どう修正すればいいかがわかります。しかし当時のワタミには、その「正」がありませんでした。だから、何が問題で何が問題でないかもわからなかった。ですから、まずは「正」をつくることから始めたということです。
それと同時に店に導入したのが、「ワークスケジュール」です。いってみれば、「作業割り当て計画」ですね。時間帯ごとに、お客さまの来店予測を立てる。同じく時間帯ごとに、店舗の運営業務に必要な時間も割り出す。それに応じて、メンバーのシフトを管理しようということです。チェーンストアのマネジャーにとっては、この作業割り当て計画の作成が最大の仕事だといってもいい。それくらいに、大切な業務です。
それまではどうだったかといえば、「出勤簿」なんですよ。「○○さんは、何時から何時まで来てくださいね」という出勤簿。今後は、「作業に人が割りつく」と考えて、30分単位で人のイン・アウトを管理しようということです。
そのためには、来店客数や売り上げをより正確に予測する必要があります。そこで、それまでは月単位で組んでいたシフトを、週単位で作成するように変えました。1カ月前に翌月のシフトを組むから、ぶれるんですね。「この日の来店は80名」と予測したものが、160名に増えたり40名で終わったりする。2週間前に翌週を予測すると的が近くなりますから、「80名」と予測したらどんなにぶれても100名までなど、店の営業のぶれ幅が、大分小さくなったんです。
────従来は1カ月単位で回していたPDCAを週単位で行うことにもなりますから、予測する感性も磨かれますね。
感性というよりも、自分の店の実績を見るようになりますね。先週はどうだった、だから翌週はこうだろうというように。何よりも、「計画は大切だ」ということをみんなが理解し始めました。これは、大きな変化です。つまり、「標準化」という武器を使って、店のマネジメントを根底から変えていったということなんです。
「業務」を改革するには、まずは「意識」を改革しなくてはならない
────そういった業務改革に、現場の抵抗はありませんでしたか。
ありましたよ。導入までのステップはしっかり踏みましたから、直接の抵抗はありませんでしたが、でもやはり抵抗はあったと思いますね。といっても、形式が変わるのは慣れてしまえば大丈夫。一番変わらないのは、自分たちの考え方です。まず「標準化は難しい」という思い込みが、みんなの中に最初からありました。ファミリーレストランは用地を確保して店舗を建てますから、広さも店内のレイアウトもほぼ同じ。しかし、ビルにテナント出店する居酒屋は、店ごとに広さも形も全部違う。だから、「標準化は無理だ」と。
でも、そうではないんです。例えば、店の広さが違えば清掃にかかる時間は違うでしょうが、清掃するという作業に変わりはない。だから、「チェーン展開する以上は、テナント出店であっても標準化は必要だ」と、まずはそこから入りました。最初に選んだ1店舗で業務を洗い出して標準化し、徹底させるのに3カ月かけました。その後、全店で徹底するにあたって、みんなの意識を変えるのにさらに3カ月をかけたんです。
────一気に改革するのではなく、時間をかけて慎重に進めていかれたということですか。
そうです。人間というのは面白くて、頭で理解するだけでも3カ月はかかるんですね。順番としては、まずは上からです。店長の上にいるエリアマネジャーや部長に、毎日、毎日、標準化の必要性を説きました。
「今は『業績がいい』、『お客さまは喜んでくれている』というけれども、お店を見てみろ。これだけバラついているじゃないか」と。「バラつきをなくすためには、店長業務の『標準化』と、来店予測の精度を高める『週間マネジメント』、それをシフトに置き換える『ワークスケジュール』。この3点セットが必要だ」と。これを上から順番に、何度も何度も話しました。
すると、頭では理解するようになるんですね。そうなると次のステップは、部長やエリアマネジャーを介して、店長の意識を変えるということになりますが、実は店長たちの方が理解はずっと速いんです。店長たちには考え方だけでなく実行のハウツーも教える必要がりますが、常に現場にて実践しているのでスッと浸透するんです。
ですから当初は、店長たちの意識を変えるのは大変だろうなと思っていたのですが、やってみると「できるじゃないか」と。次は逆に、店長から成功事例を上に発表してもらって、実例を通して部長やエリアマネジャーの意識をさらに変えて。といったステップを踏み、店舗運営の標準化を全店に徹底できるようになるまでに、結局1年かかりました。
集中仕込みセンターを導入し、店長をスピード育成する
────その後、集中仕込みセンターの「ワタミ手づくり厨房」を開設し、従来は店舗で行っていた仕込み業務を一括するという改革もなさいました。
この目的は何かといいますと、チェーンが大きく成長するときに課題になるのが「人の育成」なんですね。いかに短期間で店長を育てるか。これができないと、店数は出せません。つまり、店長が短期間で育つ仕組みをつくらなくてはいけないわけです。ではどうすればいいか。店長業務を減らしてあげればいいんです。不要な仕事を洗い出し、「これはしなくていい」と、会社として明確にするということです。
その最たるものとして選んだのが、仕込みの業務です。当時の店長たちに、「ワタミには、なぜお客さまがこんなに来てくださるのか」と質問したら、みんな口をそろえて「ワタミの料理は、手づくりで安全、安心だからです」という。「なるほど、では次はそこを見よう」と、営業本部長として店を視察したわけです。時間帯は、営業前の12時から16時。当時、店舗数は約100店に増え、1店舗あたり4、5人の近所の主婦の方に、パートとして仕込みをお願いしていました。
そうすると見れば見るほど、「これは宝の山だな」と。サービスの質を落とさずに人の育成を速めるカギは、ここにあると感じたんです。従来の店長は創業からいる人が多かったので、みんな気合いと根性で頑張るんです。昼間の仕込みをマネジメントし、営業が始まるとまた走り回るわけです。しかし、今後入ってくる人たちにそんな活躍を期待すると無理が生じますし、これまでは4年かけて店長にしていたものを、今後は1年そこそこで店長にしなくてはいけません。そうなると、しなくていい業務を決めてマネジメントの幅を狭めるしかない。そこで、集中仕込みセンターをつくって、仕込み業務を一括するべきだと考えたのです。
そしてもう1つ、チェーンが大きく成長するためには、自社の強みを明確に打ち出すことも必要です。この課題に対しても「ワタミ手づくり厨房」が解決策になると考えました。ワタミの強みは、「手づくり、安全、安心」です。では、外食でいうところの「安全、安心」の鉄則は何か。「完全加熱、即冷却」なんです。しかし店の厨房では、「完全加熱」はできても冷却装置はありませんから「即冷却」は難しい。また仕込みが少量ですと、調味料の1グラム、2グラムのぶれが味に響き、品質が安定しないという問題もあります。
仕込み業務を一括すれば、これらをすべて解決できます。「手づくり」の良さを保つためのフローもつくりました。店の営業が終わるのが夜中の3時。店は夜中の2時の段階で翌日に必要なものを発注し、「ワタミ手づくり厨房」は早朝の5時にこれを受けてつくり始めます。そして午後には店に配送し、夜にはお客さまにお出しできるという流れです。発注分しかつくりませんから、在庫も持ちません。在庫を持たないから、メニュー改定もこれまでよりも頻繁にできます。これも店舗運営の標準化と同様に、トヨタ生産方式を取り入れたものです。
────「ワタミ手づくり厨房」の導入には、社内から反対意見は出ませんでしたか。
それはもう、みんな反対ですよ。当初は全員に反対されました。ですから、今のような話をしたんです。「より安全、安心で、これまでと変わらない手づくりでつくりたての料理を提供できる」と。仕組みとメリットを具体的に説くことで、最終的には同意を得ることができました。
一番大変だったのは、約1,000名のパートさんの処遇です。これについては、エリアマネジャーや部長が、お一人ずつとひざ詰めで話しました。昼間の勤務をご希望なら清掃業務、営業時間に変更できるならホール業務をご案内し、ご自宅が「ワタミ手づくり厨房」に近い方には「ぜひそちらで引き続き働いてください」とお願いして、お陰さまで嫌な形で辞めていった方はゼロでした。こうして、店舗の運営業務の標準化も「ワタミ手づくり厨房」の導入もすべて、「ワタミらしさ」を大切にして進めていきました。
マネジメントシステムを武器に、積極出店に打って出る
────今、「ワタミらしい」というお言葉がありましたが、社員の自主性を尊重し、現場に裁量権を与えるのが「ワタミらしさ」の1つかと思います。店舗運営を標準化することは、社員から自主性を奪うことにはつながらないのでしょうか。
つながりません。大切なのは、何についての「裁量」を与えるのかということです。店舗運営を標準化すれば、店長はほかに頭を向けることができますね。向ける先は何かといえば、「お客さまと働く仲間を大切にする」ということです。店舗運営に気を取られると、接客に対する意識はどうしても下がります。メンバーにも、十分に目が届かなくなるかもしれない。であれば店舗運営は標準化して、いちいち考えなくてもいいようにしよう。そして、「お客さまと働く仲間を大切にする」というテーマについては、「自分の裁量でいかようにもやりなさい」と。それが、「ワタミらしい」ということなんです。
その後、ワタミは一年間に60店出店するという時期を迎えます。現在、グループ全体で国内に約610店、海外は30店を超えたところですが、今があるのはその時期の積極出店があってこそ。一年間に60店といえば、もう本当にゴムが伸びきったような状態です。しかし、外食に限らずどんな企業もそうだと思いますが、無理をしてでも進まなければいけない時期が経営には必ずあるんです。
そのときに、売り上げや利益を伸ばすことだけが目的になると、業績が伸びれば伸びるほど組織のモチベーションはダウンしてしまいます。しかし、我々が目指していたのはその先にある目標です。「一人でも多くのお客さまに、あらゆる出会いとふれあいの場と安らぎの空間を提供する」。我々は、この経営目的のために日本一の居酒屋チェーンになろう、と。
ですから、社内のモチベーションを落とすことなく前進できたわけですが、とはいえ店舗数が約200店だった当社にとって、年間で60店の新規出店というのは相当なウエイトです。当時は、入社8カ月で店長にしていましたから。
────とても速い登用ですね。
速いなんてものではないです。それこそ、目をつぶって任命しましたから(笑)。そこはもう覚悟をしましたが、そういったスピード出店が一年半ほど続きました。ステップとしては、店舗運営を標準化して、「ワタミ手づくり厨房」を立ち上げ、その次に「さあ、これから伸びるぞ」と。計画的に進めたからこそなしえたことでもあります。
「ワタミらしさ」を保ちながら成長を加速させるためには、「基準」や「仕組み」が必要だと桑原社長はいいます。それは、なぜなのか。ワタミには、さらにどのような「仕組み」があるのか。後編では、桑原社長の仕事観やワタミの理念共有の取り組みを伺います。
*続きは後編でどうぞ。
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