OBT 人財マガジン

2009.06.24 : VOL70 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社ベル
    代表取締役 奥斗 志雄さん

    売上高の4割を失う危機から復活した
    愛と感動のオンリーワン企業」(後編)

     

    大阪を中心にビルメンテナンス事業を手がけるベルは、バブル崩壊後の2000年に売上高の4割を一気に失うという会社存亡の危機に直面しながらも、「愛と感動のビルメンテナンス」を標榜するオンリーワン企業として復活を遂げました。何が会社の再生を可能にしたのでしょうか。昨今の経済状況により、多くの企業が陥っている苦境を脱出するヒントを求めて、代表取締役 奥 斗志雄さんに伺いました。

  • 株式会社ベル http://www.ai-kando.jp/

    1992年設立。オフィスビルの清掃、設備管理、建物修繕、常駐警備など、ビル管理を総合的に手がける。「愛と感動のビルメンテナンス"ありがとう!""そこまでするか!""さすがプロ!"」をコーポレートスローガンに、真の顧客満足を徹底して追求。顧客満足と従業員満足は表裏一体であると考えて、働きがいのある職場づくりと、従業員の心の育成に力を入れる。2004年には有志の同業他社と、日本ビルメン経営品質協議会を設立。日本のビルメンテナンス業界を変えるための活動を積極的に展開している。
    企業データ/資本金:1300万円、従業員数/135名(本社スタッフ15名/現場スタッフ120名)※2009年5月現在

    TOSHIO OKU

    1960年生まれ。高校卒業後、OA機器の販売会社に就職し、23歳で同業他社に転職。年間優秀セールス賞を毎年受賞する。30歳で営業所長に就任。マネジメントを2年間経験した後に、かねてより温めていた経営者になる夢を実現するべく32歳で退職。同年、ベルを設立する。東大阪青年経営研究会相談役、日本ビルメン経営品質協議会幹事。

  • 志を同じくする経営者と出会い、"ベル流"の改革が始まる

    ────組織風土がギクシャクしてしまったのは、改革を受け入れる土壌の醸成よりも、経営計画やピラミッド型の組織など「形式」の導入を先行させたことにあったのでしょうか。

    一番はそこですね。会社を伸ばすために必要なのは、数字ではないんです。やらされ感がある組織では、ダメなんですね。数字の裏側には、「何のための数字か」というビジョンがいります。挑戦したくなるような、組織の風土や文化をつくることも必要です。そのことに気づかせてくれた体験でした。

    ────その後、どのようにして今の組織風土を築かれたのですか。

    これがまた「縁」なんですが、僕らと同業のある会社との出会いがあり、そのことが今に至る転機になりました。僕らなりの経営計画を立てて、理念を実現するためにいろいろなことを一生懸命やっていたら、それが大阪府中小企業家同友会で話題になり、「それを発表してほしい」と、講演を依頼されたんです。そこで僕の発表を聞いた人が、「高知県に『四国管財』という、あなたの理想を実現している会社があるよ」と教えてくれまして、それはぜひ話を聞きたいと思い、幹部を4人連れてさっそく訪ねました。

    どんな経営をしておられるのか、ベンチマークさせていただくことが目的でしたから、紹介してもらうための手はつくしましたが、行ってみたらたまげましたね。まさに、10年後に僕らが目指したい姿はこれだという会社だったんです。一緒に行った幹部も「ホンマですね」と、みんなして目からウロコで。やれば実現できるんだと、大きな勇気をいただきました。

    ────どのような点に、理想を見出されたのですか。

    組織風土です。社員の方はみんな仲がいいし、優しくて温かみがある。優良な顧客も持っておられました。なぜそれができていたかといえば、裏側に仕組みをちゃんと作っておられたんです。中でも一番大切にしておられたのが、コミュニケーションを活性化するための仕組みでした。社員教育も、心の育成を徹底的にされていましたね。

    例えば、お客さまからのクレームの電話を四国管財さんでは「ラッキーコール」と呼び、当時は「クレームを増やす」ということを旗揚げしてやっておられたんです。些細なことも報告・連絡・相談して、サービスの改善につなげようということなんですね。今まではクレームと見なさなかったことも吸い上げるから「クレームが増える」わけですが、それをどんどん受け入れるようなコミュニケーションに力を入れておられたんです。

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    ※現在はベルでもクレームを「ラッキーコール」と呼び、苦情は即座に全スタッフの携帯電話にメールで配信している。同時に、顧客から届く感謝の言葉も全員にメール配信。いいことも悪いことも、全員で共有する仕組みをつくっている。

    顧客には、「イエローカード」と呼ぶ手書きのアンケートカードを配布。寄せられたカードは「お客様からの愛のメッセージ」として社内に張り出されている。
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    ────ミスやクレームを「今後の改善のヒント」と前向きに捉えることで、自発的に報告する風土が生まれるのですね。

    そうです。トップにそういう姿勢があるから、職場のコミュニケーションも活発ですし、みんな明るくて自信を持って働いておられました。そのことが、すごく印象的でしたね。理念は、仕組みとセットになって初めて実現できる。そのことを実感し、このベンチマークの経験から、いろいろな改革が始まっていったんです。

    外部の「知」を求め、学んだことを着実に実践につなげる

    ────具体的にはどのようにして、理想の姿に近づいていかれたのでしょうか。

    これも本当に「縁」なんですが、この後にさらに2つの学びがあり、改革の方向性が明らかになっていきました。1つ目の学びは、「日本経営品質賞、経営品質向上プログラム」です。「卓越した経営」を目指し、自らの経営を自らが振り返る事により、目指す価値実現に向けた経営へ変革する。僕は、2003年に四国管財さんを訪問したのとほぼ同時期に、京都経営品質協議会という団体のセミナーに参加しているんです。そこで「人間性を尊重した科学的な経営が大切だ」という講演を聞いて、「これだ」と。四国管財さんで感じたこととバチッとあって、経営品質向上プログラムを学びながら進んでいこうと決め、アセスメントを実施していろいろなことを改善していきました。

    2つ目は、あるコンサルタントの方からの学びです。この方も、講演会を聞いて共感したことがきっかけでした。2005年のことです。その方が、経営者向けの6日間のセミナーを開かれていることを知り、「ここで学んで僕らの将来の計画をつくり直そう」と、部長を連れて参加したんです。そして、約1年をかけて経営計画に落とし込んでいきました。

    それと並行して、社内では、「ベルが大切にすべきものは何か」ということや、「気持ちのいい挨拶ってどんな挨拶?」、「本当の笑顔ってどんな笑顔?」というようなアホな会話まで(笑)、少しずつ話しながら文章化していきました。2003年に四国管財さんをベンチマークして、「新生ベル」に向けた経営計画ができたのが2006年のこと。実に、3年という月日がかかりました。

    さらに、経営計画の作成と並行して、いろいろな仕組みをつくって回し始めていたのですが、本気で取り組むのだということがなかなか社内に浸透しなかったんですね。そこで、これは社員が本気になるきっかけがいるなと思いまして、「感動経営計画発表会」という、新しい船出を宣言するためのイベントを企画したんです。本気を伝えるための場ですから、単なる経営計画の発表会ではインパクトがありません。準備にはかなり力を入れました。

    まず、事前に僕から方針書をみんなに配り、おのおののビジョンを自分の言葉で考えてきてもらうことにしました。みんな何日もかけて考えてくれ、会社に泊まり込んでつくった人もいました。さらに、会社のシンボルマークといった、理念を表すための制作物もいろいろとつくり込み、会社のサイトのアドレスも「愛と感動」をローマ字にした「www.ai-kando.jp」に変えました。予算をかなりかけることになりましたが、そこまでやると中には「ついていけない」という社員も出てくるんですね。その結果はちゃんと出てきました。

    このときにつくられた、コーポレートスローガンを配置したシンボルマーク。名刺や封筒などに刷られ、目指す姿を対外的に発信している。

    まず、新人が感動経営発表会の翌日から出社しなくなりました。「ついていけません」と1カ月後に辞めた社員も1人いました。船出したら、いきなり脱出者が出てきたんです(笑)。そのほかの社員についても、僕の考えをしっかり受け止めてくれたのは、実感としては全体の6割くらいでしょうか。もう少しいるかなと思いましたが、まだ見抜けていないところがありましたね。

    しかし、外部環境が変われば、意識は変わります。「ほめる文化」をつくることにも並行して力を入れたことで、徐々に浸透し始めました。

    ────「ほめる文化」とは、どういうものですか。

    人の喜びを自分の喜びにできる文化です。もともと、社員同士が感謝の気持ちを伝える「スマイルカード」というものを運用していまして、それに加えて「スマイルカードもらってる大賞」や「ベストキーパー賞」などの、表彰制度を設けたんです。「社長と飲み会賞」なんていうものもあります。さらに、社員の誕生日は必ずみんなでお祝いをし、賞賛する文化を1つ1つつくっていきました。そうこするうちに、経営発表会の一カ月後に辞めたベテラン社員が、戻ってきてくれました。やらされ感を持っていた社員もついてくるうちに少しずつ変わり始めたんです。

    年間表彰を受けたスタッフの表彰状を社内に掲示。表彰状に書かれている言葉は、一人ひとりすべて異なる。ほめられる喜びを知った人は、人をほめることができるようになる。「北風と太陽」に例えれば、太陽の力で社員を伸ばすのが、ベル流の人材育成方法だ。

    感動経営計画発表会の3カ月後には、コーポレートスローガンや経営理念を、18の行動規範にまとめた「ゴールドスタンダードカード」を作成し、全社員に配布しました。すべての基本になる、僕らの共通の価値観です。スタッフは常にこのカードを所持し、毎朝の朝礼で1項目ずつ取り上げて各自の考えを発表し、頭と心に浸透させています。こういった取り組みを通して、会社全体が少しづつ変わっていったんです。

    結局、会社を改革するときには、ある種のステージ転換がいるのかもしれませんね。なだらかに変化する「進化」が一番いいのでしょうが、どこかのタイミングでは、一段、ポンと上げなくてはいけないときがある。そこで一番大切なことを伝えて社内に土壌ができれば、後はなだらかな「進化」でいいんですよ。


    ゴールドスタンダードカード。「コーポレートスローガン」「経営理念」「ミッション」「従業員への約束」「We are Basic(行動規範)」が、名刺サイズに折りたためるカードにまとめられている。行動規範のページの拡大図は、自社サイト内にも掲載されている。
    http://www.ai-kando.jp/greeting/index.html

    ────経営計画の通りにいかない、ということはありませんでしたか。

    もちろん、あります。経営計画は上期と下期にわけて、2日間かけてみんなで話し合いをしながら作り、進捗のチェックは四半期ごとに丸1日をかけて行います。その中では、できたこともあれば、できていないこともあります。でも、できていなければ翌年に持ち越すだけ。大きな問題ではありません。

    ────計画が狂うことも、織り込みずみだと。

    人の成長なんて、思う通りにいかないことばかりですから。ただし、なぜできていないのかは確認します。やったけれども結果がついてこなかったことは怒りませんが、やっていなければかなり怒りますね。「自分で約束したことだろう」と。そこはうるさくいっています。

    大切なのは、みんなが自主的に考えて自発的に取り組む環境をつくることなんです。ですから僕は、みんなが過剰な目標を持たないように計画を止める係(笑)。「これはやらなくていい」、「これもやるな」と。そうやって「これだけはやろう」と決めたことでも、できないことのほうが多いですからね。

    でも、「亀の歩み」でいいんですよ。ある方からは、「カタツムリの歩みやな」といわれたこともあって、いわれてみればそうだなと(笑)。それでも、あきらめずにやり続ければ、夢や目標は必ず叶うんです。

    人財を育てることが、他社と差別化するための最大の戦略

    ────計画を立てるだけでなく、実行するプロセスも大切にする。身の丈にあった目標で成功体験を得る。こうしたことの積み重ねが大切なのですね。

    そうです。結局、社員一人ひとりと向かい合って関心を持ってあげられるのが、中小企業ならではの利点なのだと思います。さらにいうなら、その人の人生を預かって、ライフプランまで一緒に考えるくらいに、社員のことを考えなければいけないと思うんです。

    しかし今は、大手企業のような合理的な手法を部分的に取り入れて、テクニックでうまく使おうとされるケースも多いですね。人の人生を預かって、その人を育て、幸せにするために経営者は何ができるのか。それを、もう一度考えてあげてほしいなと思います。

    当社では、新卒の社員には「社長塾」といって、延べ24時間ぼくと向き合って、人生観から思想観まで含めてライフプランを考えるということをしています。自分自身と向き合って、何のために働いているのか、未来をどうしていきたいのかを考えてもらう時間をとっているんです。

    こうしたことが、結果的には他社との差別化につながります。ビルメンテナンスのような、競合他社と比較しにくい業種においてお客さまに選ばれるには、「この会社はすごい」と口コミが広がるようにする戦略が大切。広告などの広報活動も大事ですが、まずは中身の充実を図って一人ひとりをしっかりと育て、口コミで広がる状態をつくりながら広報活動をしていくことが効果的な戦略だと考えています。

    そのためには、どんな人財に育てるのか、どんな経営を目指すのかという基準が明確になっている必要があります。そのためにも、僕らが立ち上げた日本ビルメン経営品質協議会などの活動を通して、こういった基準づくりも含めて、業界を変えるような情報を何らかの形で発信していきたいと考えているんです。

    ────自社のことだけでなく、業界全体を見すえて活動されているのですね。

    業界と、あとは地域社会もですね。日本のことは大企業に任せて、僕ら中小企業がやるべきは、地域社会をよくすることなんです。地域社会に貢献できる、日本一の感動企業になる。これが、僕が一番やりたいことなんですよ。

    夢や目標というのは、「利己」もあってもいいけれども、志、「利他」を考えられるようになると、本当に強いものになります。組織風土のつくり方や人財の育て方といったノウハウを開示して仲間づくりをして、仲間と一緒に学びながら、地域社会や業界をよくしていきたいと思っています。

    ────ありがとうございました。

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