OBT 人財マガジン

2008.11.12 : VOL56 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社損保ジャパン・システムソリューション
    前代表取締役社長 井戸 潔さん
    (現損保ジャパンひまわり生命保険株式会社
    取締役 常務執行役員)

    社員の生きがい、働きがいを高める経営(後編)

     

    ダイバーシティへの取り組み、社員の成長機会の創出、労働環境の改善......、今、「非金銭的報酬」が注目されています。その背景には、行きすぎた成果主義を是正する動きがあることもさることながら、働く側の就労観の変化も見逃せません。2009年春の大卒者を対象にしたある意識調査では、入社した会社で「定年まで働きたい」と答えた新卒者が全体の41%に上りました。長期的な視点で企業が選ばれる今の時代、目先の報酬やインセンティブだけでは、もはや優秀な人財をつなぎとめることはできないのです。では、どうすれば社員の働きがいを高めることができるのか。2002年の就任以来、「社員に成長の機会を提供することが経営者の役割」という姿勢を貫く、株式会社損保ジャパン・システムソリューション代表取締役、井戸 潔さんに伺ったインタビューの後編をご紹介します。

  • 株式会社損保ジャパン・システムソリューション http://www.sompo-japan-sys.co.jp/

    1984年4月に、安田システム開発株式会社として設立。1989年、安田火災システム開発株式会社に、2002年、株式会社損保ジャパン・システムソリューションに社名変更。2005年に損害保険ジャパン社の情報システム部と統合し、現在の体制となる。国内損保事業におけるリテールビジネスモデルの革新や、国内生保・確定拠出年金・アセットマネジメント・ヘルスケア事業への注力、海外事業の積極展開などを成長戦略に掲げる損保ジャパン社を情報戦略の面から支える。

    KIYOSHI IDO

    1955年生まれ。78年に安田火災海上保険株式会社(現 株式会社損害保険ジャパン)入社。2000年に社長室 IT戦略室長、02年に情報システム部長を経て、同年6月に安田火災システム開発株式会社(現 株式会社損保ジャパン・システムソリューション)代表取締役社長に就任。07年に株式会社損害保険ジャパン 執行役員 株式会社損保ジャパン・システムソリューション 代表取締役社長。

  • 実践の場を伴わない研修に意味はない

    ────社員の方々に刺激を与える仕事の機会を創出される一方で、教育・研修体系もかなり充実させていらっしゃいますね。

    体系的に描いたフレームワークの中で人を育てていると思われるのは大変ありがたいのですが、必要に応じて整備した結果、今のような形になりました。むしろ重視しているのは、研修で知ったことを実践する場を与えることです。知識は「使ってなんぼ」のものですから。

    ────研修と実践の場をセットで考える必要があるということでしょうか。

    そうです。実践の場を与えないなら、研修を受けさせる意味はありません。「少し不満が多いから研修でもやってみよう」という程度のことなら、やめたほうがいい。無駄ですし、研修を受ける本人が可哀想です。

    「研修を受けた社員は配置転換させろ」といったこともあります。現場からするととんでもないことだろうとは思いますが(笑)、その職場では得られない何かがあるから、本人は停滞しているわけですよ。それを、研修を受けることによってポジションを高めていこう、新しいノウハウを身につけようと考えるのであれば、別の場所を見つけてあげることも必要です。そうすることによって、研修で得た知識が活かせるわけです。すべては、実践なのです。

    ────研修でできることには限りがあるのですね。

    そうです。といっても、研修を否定するつもりはありません。当社も教育研修は整備していますし、外部の研修会社を活用することもあります。しかしその場合も、研修会社のノウハウの何を活用するのか、どういう場面でそれを活かすのかということを判断して導入する必要がある。これは我々、導入する会社側の仕事です。

    研修を導入すればそれで育成プログラムができあがるといったことはありえないわけで、SJSという会社のサイズやカルチャーに合わせて、何を使って何を使わないといった取捨選択をしていくことによって、より良い物ができていくのではないかと思います。

    ────研修を行っても効果があがらないという企業もあります。

    それは会社の責任です。研修だけでなく、多面的にいろいろな刺激や機会を社員に提供しているかどうかということだと思います。

    新人は、人財育成力のあるラインにのみ配属する

    ────過去のインタビューでは、「社員の方々には『顔が見える社員』になってほしい」とおっしゃっておられました。「顔が見える社員」とは、どのような社員なのでしょうか。

    標準的な人間になってほしくないということです。社員一人ひとりがそれぞれの強みを持ってほしい。「この人はこれが専門」「この人に聞けば大丈夫だ」という人財になってほしいということです。よく、チームワークが大切だといわれますが、それが慣れ合いになっていては困るわけで、それぞれの強みを持った人が集まって初めて、価値のあるシステム作りができるのです。

    ────強みとは、例えばどのようなことですか。

    例えば「彼はネットワークが得意だ」とか、「商品の構造をよく理解している」とか、そういうことであっていいのです。一人ひとりの輪郭が誰から見てもはっきり見えるような、そういう人財であってほしいということなのです。

    採用にあたってもこの点はすごく意識していまして、「こいつは面白そうだな」と思えば採用します。面接でひと言も話さなかった人を採用したこともあります(笑)。その彼も、今はしっかりと仕事をしてくれていますよ。そうかと思えば、「システムのシの字も知らないけれども、英語だけは得意です」といって入ってくる人もいます。とにかく、標準的でどこから見ても金太郎飴みたいな人財にだけは、なってほしくないです。

    ────最近では社員の多様性を尊重する企業も増えていますが、御社の採用はまさにダイバーシティを大切にされているのですね。

    情報システムこそ、多様性を持った人財が携わらないといけないと考えています。業務を標準化することが情報システムの効用ですが、それをつくり上げるのは多様な特性を持った人たちでなければならない。標準的な人ばかりが集まっても、面白みのないシステムづくりしかできません。

    ────採用時には個性的だった人財が、入社後に平均的な社員になってしまうということはありませんか。

    それは、ありえます。一番、頭の痛いところです。ですから、新人の配属については「育成するマインドを持たないラインには、絶対に配属するな」ということをうるさくいっています。こういう時代ですから、「人が足りない」という部署はたくさんあります。でも、育てるつもりがないなら、新人は配属しない。「人は足りている」といわれても、育成力があると見ればその部署に配属します。

    ────新人が配属されない部署は困るのではないですか。

    それはもう、努力してもらうしかないです。やりようはあります。例えば、パートナー会社の方に支援していただくといった代替手段などです。業務遂行ということだけを考えれば、この1年、2年をどう乗り切るかという話でしかありません。

    しかし、新人にとっては一生の問題です。社会人としての最初の出発ほど大切なものはなく、一人ひとりの人生がかかっているわけです。であれば、しっかりと育成してくれる上司や先輩がいるところ、あるいはライン長や部長の意識が高いところに配属してあげなくてはいけない。数合わせをするように「1人減ったから1人入れてください」というような扱いは、新人に対して失礼です。会社の5年後、10年後を考えても、そうやって育った人たちが会社を背負ってくれることがプラスになります。

    ────新人が配属されないラインは、人財育成を学ぶ機会がないということでもあるのでしょうか。

    機会を与えることは必要です。ですから、「うちに新人を配属してほしい」と要望してきた部署には、育成のプランや考え方を確認するようにしています。それに対して、これなら新人を預けても大丈夫だと思えば預けますし、そうでなければ配属はしません。もしくは、本当にそのラインに新人が必要なのであれば、人財育成力のある中堅社員を前もってそこに異動させてから新人を配属します。いくら新人にやる気があっても、組織の空気が停滞していたら人なんか育ちっこないわけですから。

    ────新人を配属する前に、人が育つ土壌をつくるということですね。

    そう、それが一番大切なことです。一朝一夕でできるものではありませんが、これはもう続けるしかないです。継続するしかないと思います。

    「会社と会社」の関係から、「人と人」の関係へ

    ────ご就任からの6年間で、会社はどのように変わりましたか。

    「この人はプロパー社員」「この人は出向者」といった意識がなくなってきたことが、劇的な変化だと思います。本音ベースでいえば、やはりどうしても本体の社員はプロパーの社員を「子会社の人」だと思う傾向があるものです。ビジネスノウハウやビジネススキルといったものは持っていない、いわゆる「技術屋さん」として見てしまう。

    それが、「こういうやり方をすると、こういう問題があります」とプロパーの社員にいわれたとたんに、「この人は何なの」と思い始めるわけです。そして、自分たちが思う以上のスピードで開発が進む、高い品質のものができあがってくる、あるいは想定以上にコストを削減できたといった成果が積み重なるにつれて、信頼もどんどんと積み重なっていく。その結果、プロパーや出向者という意識がなくなり、「人対人」で仕事ができるようになるわけです。

    損保ジャパンと損保ジャパン・システムソリューションという、「会社対会社」で仕事をしている時代から、人が人を信頼して仕事をするようになるというのは、これは劇的な変化です。

    ────子会社から機能会社へという大きなステージ転換も、「人対人」の信頼関係を一つひとつ重ねていくことの上に成り立っているのですね。

    そうです。そのためには、一人ひとりの社員が「技術力」「仕事力」「人間力」の3つの力を身につけることが必要です。子会社の時代は「技術力」があればよかったわけですが、今は我々も損保ジャパンのビジネスをつくり上げる一員。社員には「君たちはシステムエンジニアではなく、ビジネスエンジニアなんだよ」というのですが、システムの面からアプローチしてソリューションを見出すことが役割だとすると、おのずと持つべきスキルは見えてくるわけです。

    ただ、理想の組織になるにはまだ時間はかかると思っています。長い目で軸をブラさずに、続けていくしかありません。そういった中で先日、2年目職員がある提案をしてきましてね。当社にはコーチング制度という、先輩が後輩をマンツーマンで指導する制度があるのですが、その制度に見直したほうがいい点があるというんです。そういう自発的な提案をもらうと、うれしいですね。

    ────そういった現場からの提案は、どのような経路で社長に届くのですか。

    特別な制度やルールはなく、その時々でポーンと出てきます。今回は、人財開発部長宛にメールで提出されたものを、「ぜひ読んでください」と部長が私に転送してくれたのです。こういう提案が出てくるということは、技術だけでない目線でものごとを見られるようになってきているということですし、そういった提案には真摯に答えたいと思います。社員が変わろうとしているきざしは、敏感に感じ取って、適切に反応しなければなりませんから。

    社員の成果を外に向けてアピールする

    ────子会社から機能会社へというステージ転換を図る企業に、アドバイスを何かお願いいたします。

    大それたことはいえませんが、まずは、向かうべき方向をビジョンとして明確に社員に伝えることが必要です。そして、仕事で成果を収めたなら、本体の人たちを呼んできて「このようにできました」と、実績を共有することが大切です。自分たちだけで「やった、やった」というのではなく、ユーザーに成果をアピールすることが必要です。当社でも、そういったことは積極的に行ってきました。

    ────それがみなさんの成功体験にもなりますね。

    そうです。自分たちだけでやる打ち上げもするなとはいいませんが、あまり意味がないと思うんです。自分たちでやったことを、周りから評価してもらう。それが、一番大切なことです。本体のユーザー部のトップの人たちから「ご苦労さま」といわれれば、私が「ご苦労さま」というよりもはるかに効果があるわけですよ。

    そこはかなり意識して、「時間があるなら来てよ」と、本体の人間に開発拠点までよく来てもらいました。そういったことが、現場の人たちの励みになると思っています。また、そのような実績が積み上がっていくと、SJSという会社に対する本体からの信頼感も高まってくるわけです。

    ────信頼関係という土台があって初めて、会社対会社の関係から人対人の関係に移行できるのですね。

    そういうことです。本体のユーザー部の人が、何か困ったことがあるときは「SJSのAさんに連絡しよう」という関係にさえなれば、後は放っておいても大丈夫なのです。そこに至るまでの信頼関係を築く機会を、会社として意識的に仕掛けていくということです。

    ────ありがとうございました。

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