OBT 人財マガジン
2008.10.29 : VOL55 UPDATED
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株式会社損保ジャパン・システムソリューション
前代表取締役社長 井戸 潔さん
(現損保ジャパンひまわり生命保険株式会社
取締役 常務執行役員)社員の生きがい、働きがいを高める経営(前編)
ダイバーシティへの取り組み、社員の成長機会の創出、労働環境の改善......、今、「非金銭的報酬」が注目されています。その背景には、行きすぎた成果主義を是正する動きがあることもさることながら、働く側の就労観の変化も見逃せません。2009年春の大卒者を対象にしたある意識調査では、入社した会社で「定年まで働きたい」と答えた新卒者が全体の41%に上りました。長期的な視点で企業が選ばれる今の時代、目先の報酬やインセンティブだけでは、もはや優秀な人財をつなぎとめることはできないのです。では、どうすれば社員の働きがいを高めることができるのか。2002年の就任以来、「社員に成長の機会を提供することが経営者の役割」という姿勢を貫く、株式会社損保ジャパン・システムソリューション代表取締役、井戸 潔さんに伺ったインタビューを2回シリーズでご紹介します。
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株式会社損保ジャパン・システムソリューション ( http://www.sompo-japan-sys.co.jp/)
1984年4月に、安田システム開発株式会社として設立。1989年、安田火災システム開発株式会社に、2002年、株式会社損保ジャパン・システムソリューションに社名変更。2005年に損害保険ジャパン社の情報システム部と統合し、現在の体制となる。国内損保事業におけるリテールビジネスモデルの革新や、国内生保・確定拠出年金・アセットマネジメント・ヘルスケア事業への注力、海外事業の積極展開などを成長戦略に掲げる損保ジャパン社を情報戦略の面から支える。
KIYOSHI IDO
1955年生まれ。78年に安田火災海上保険株式会社(現 株式会社損害保険ジャパン)入社。2000年に社長室 IT戦略室長、02年に情報システム部長を経て、同年6月に安田火災システム開発株式会社(現 株式会社損保ジャパン・システムソリューション)代表取締役社長に就任。07年に株式会社損害保険ジャパン 執行役員 株式会社損保ジャパン・システムソリューション 代表取締役社長。
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親会社のシステム部門と統合。2つの組織の融合が命題に
────2002年にご就任されてから7年目を迎えられました。この間、人財育成や組織運営という観点から見た企業経営には、どのようなステージがあったのでしょうか。
2005年4月に損保ジャパンのシステム部門と統合したことが、ひとつの大きな転機だったといえると思います。昔は「損保ジャパンの情報子会社」と呼ばれていましたが、今や当社の業務は、損保ジャパンの業務そのものになっている。2005年を境に、会社の位置づけはまったく変わりました。
つまり、「子会社」から「機能会社」へという段階があり、その次には、まさに「事業会社」を目指すという大きな流れがある中で、今は「機能会社」のステージにいるということです。子会社はどうしても受け身の仕事が中心になりますが、そこから脱して、システム戦略という一つの機能を担う機能会社になったということなんですね。
会社の位置づけが変われば、社員の考え方や仕事の進め方も変わる必要があります。指示に従うことに全力を尽くすのではなく、「これはできる」「これはできない」ということをきちんとジャッジし、主体的に物事を進める風土を育てなくてはいけないわけです。
────そのためには、どのようなことが必要だったのでしょうか。
まず必要だったのは、従来の損保ジャパン・システムソリューション(以下SJS)という会社と損保ジャパンのシステム部門という2つの組織を融合させていくことでした。共に競い合い、切磋琢磨して、それぞれの強みを発揮できる組織にするということです。
本体と子会社という間柄ですと、やはりいろいろとあります。例えば、当社のプロパーの社員にとっては、損保ジャパンからの出向者は昔、教えを請うた人たちです。そうすると「お世話になった人だから」という気持ちが強くなりますから、いろいろな葛藤が生まれることもあると思うんです。
ですからまず、「技術の会社としての原点にしっかりと立ち戻ろう」というメッセージを社内に伝えることが必要でした。「我々が目指すのは、2つの組織が単に1つになることではなく、第3の組織をつくっていくことだ」と。技術を持っているプロパーの社員とノウハウを持っている出向者をいかに融合して、付加価値の高いソリューション機能に仕立て上げるか。これが、統合した時に一番腐心したことですね。
────具体的には、どのような手を打たれたのですか。
重視したのは、技術者としてのあるべき基準を明確に示すということです。人事制度や処遇は今でも別々ですが、技術者としては共に目指すべきことに向かってもらわなくてはいけない。そのために、統合に先立ってITSS(IT Skill Standard:ITスキル標準※)を導入しました。
※ITスキル標準:各種IT関連サービスの提供に必要とされる能力を、職種や専門分野ごとに明確化・体系化した指標。
ITSSは、社員のスキルの評価や処遇の査定に利用されることも多い指標です。技術者の単価と結びつけ、お客様への請求に結び付けている会社もあります。しかし、我々がITSSに期待したのはそういったことではなく、まったく別な価値観を持った人たちを一つの方向に向けるためのフレームとして活用することでした。「技術者としての生まれ育ちが別であっても、SJSのエンジニアとしてこれを目指してほしい」ということを指し示すために導入し、今もITSSを技術者育成の指針にしています。
人財の配置ではプロパー・出向の分け隔てなく、実力主義を貫く
ただ、やはり一番重視したのは、社員のモチベーションをいかに高めるかということなんですね。高邁な理想や高度な知識云々ということではなく、どれだけモチベーション高く仕事に取り組んでもらうことができるか。人財育成は、これにつきるのだろうと思います。
「人財こそSJSの最大かつ唯一の資産だ」ということが、私の以前からの持論ですが、これは裏を返せば、人財を育成しない限りSJSという会社は成長しないし、明日もないということ。では、社員の成長を支えるのは何かといえば、それは一人ひとりのモチベーションにかかっているということだと思うんですね。
ですから人財を配置してラインの構成をつくるときには、実力主義を貫くということを極めて意図的に行いました。ややもすると、親会社からきた社員がラインの長に就くことになりがちですが、システム開発は「いい腕を持っていてなんぼ」の世界です。だから、我々は実力主義でいこうと。その結果、プロパーの社員を高い役職に就け、その下に本体からの出向者をつけるということをかなりやりましたね。
────現場のみなさんの雰囲気はいかがでしたか。
最初は戸惑うこともあったのではないでしょうか。現場の社員からすると、昔お世話になった人に指示を出さなくてはいけないわけですからね。これは辛いことだとは思いますが、そこに耐えてもらわないと、会社全体が同じ方向を向けるようにはなりません。それに、プロパーの人にとってSJSは自分の会社です。自分の会社なのに、自分の頑張りが報われないと思うことほど、つまらないことはないわけですよ。
意思決定のスピードを速めて開発力を強化するということが統合本来の目的ですが、そのためには一人ひとりの社員がやりがいを感じ、エンジニアという仕事に今まで以上の生きがいを見出す組織をつくりあげることが不可欠。どうすれば社員のモチベーションを高めることができるかを、最優先に考える必要があるんです。
────「実力主義」の実力は、どのようにして測るのですか。
我々は独立系ではなくユーザー系の会社ですから、損保ジャパンの情報システムの価値をいかに高められるかということが、実力と同義になります。そういった観点から一人ひとりの社員の顔を思い浮かべ、これまでの実績を十二分にチェックしたうえで配置を決定しました。
私も以前は本体のシステム部門にいましたので、受け入れた出向者はみんな私のもと部下。全員をよく知っているものですから、決定はすべて私の判断。こういったことはトップダウンでやるしかないんですね。何かの指標に従って実力を測ったわけではないのは、私が「定量的」や「基準」といったことがあまり好きではないということもありますが(笑)、人財の配置には自信はありますね。
刺激と機会を与えれば、人は確実に成長する
────社員のモチベーションを高めるということは、どの企業にとっても究極のテーマかと思います。人員配置の配慮のほかには、どのようなことをなさられたのでしょうか。
一番必要だと思っているのは、日々の仕事では経験できないような機会を与えてあげることです。何かのプロジェクト開発をやったからといって、それは日常業務の延長。そのことによってモチベーションが高まるわけではありません。そうではなくて、普段では接することのないような場を経験させる。その機会をつくることが、経営の役割なのだと思います。
どういうことかといいますと、例えば当社では、損保ジャパンおよび損保ジャパングループ以外の仕事を請ける外販事業も行っています。しかし、外販事業で収益を上げることは考えていません。そうした中に社員が入っていくことは他流試合になります。その他流試合を通して人が育つ。そこに価値があるんですね。
こんな話をすると、「私たちは黒字にしようと思っています」と外販事業の社員に叱られますが(笑)、私はいつもいうんですよ。「これは収益をあげるための事業ではなくて、投資なんだよ」と。こちらとしては、多少は赤字になってもいいじゃないかという気持ちでやっているわけです。
機会の創出としてはもう一つ、中国の大連に開発拠点をつくりまして、オフショア開発(※)にも取り組もうとしています。これから中国の経済がどうなるか、人件費が上昇する中で安定的に人財を調達できるのかといった不透明な部分は十分に認識していますが、そのリスクを考えてもなお、中国での開発を社員に経験させることには大きな意義があると思っているんです。
※オフショア開発:システム開発を海外に委託すること。
これはよく笑い話にすることなのですが、技術研修を企画してもいつも定員に満たないんですよ。けれども「中国語の研修をやります」というと、すごく人が集まる。やはり、みんな刺激を求めているんですね。
日ごろはどうしても、親会社との閉ざされた世界の中で仕事をすることになります。これがユーザー系の会社の最大の欠点であり、問題点。それを変えていくためには、まったく別な世界を見せてあげないといけないわけです。ですから中国での研修を行った際には、「行きたい」と手を挙げた社員は業務に関係のない人も全員行かせました。
────会社としては相当のコスト負担ですね。
コストではなく投資。必要なことだと思いますね。といっても、すぐに何か数字的な効果が表れるというような、過剰な期待はしていません。中国に行かせた中から1人でも2人でも目覚める人が出てくれれば、それが会社の価値になりますから。
中国で見るもの、聞くもの、肌で感じるものすべてが、彼らにとっては経験したこともないもののはず。例えば、同年代のエンジニアが真剣に仕事に向う姿勢を目の当たりにするだけでも、ずいぶん違うと思います。残念ながら今の日本は、飽食の時代ということもあるんでしょう。全てを投げうって仕事に打ち込むことは、少なくなりましたからね。でも、やはりエンジニアは真剣勝負の中で生きていかなくてはいけないということを、1人でも2人でも中国で感じてくれればそれでいい。それが将来、会社が成長する一つのきっかけになってくれればいいと思うんですね。
結局、日常の淡々とした仕事の中では、人間は成長しないわけです。毎日朝の9時に眠いなと思いながら会社に来て、上司からは「早くしろ」といわれて(笑)。そんなことでは、成長なんてしませんよ。やはり、新しい世界を見せなくてはいけない。それが経営の役目だと思っています。オフショアの研修で中国に行った社員からは「すごく刺激になりました」とメールをもらったのですが、そういう風に思ってくれるだけでも十分なんじゃないでしょうか。
────社員の方から社長に直接メールがくるのですか。
よくもらいますよ。返信すると、びっくりするようですが(笑)。おそらく上司から「社長に礼状ぐらい送れ」といわれているのだろうと思いますが、そういったメールをもらうと、やったことの意義は十分にあったなと思うんですね。
また、これは他社でもされていることかとは思いますが、本体への出向も積極的に行っています。「どんなに人が足りなくても、1人か2人は必ず出せ」と。これも、環境を変えることが目的です。「こういう価値観で仕事をすることが必要なんだな」「こういう仕事の進め方があるんだな」といったことを感じ取ってほしい。そのために行っているものです。
「社員に成長の機会を与えることが経営者の役割」という考えは、組織運営のすべてに徹底されています。教育研修や採用、新人育成はどのように行われているのか。3年前の統合時と比べて、会社はどう変わったのか。後編も引き続き、井戸社長の組織運営について伺います。
*続きは後編でどうぞ。
社員の生きがい、働きがいを高める経営(後編)
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