OBT 人財マガジン

2008.06.25 : VOL48 UPDATED

この人に聞く

  • ドコモ・テクノロジ株式会社
    前代表取締役社長 木下 耕太さん
    (現 東日本電信電話株式会社 監査役)

    「見える化」で成功した社員の意識改革(後編)

    「組織を変革するには、まず社員の意識変革から」とはよく言われることですが、長年の間に染み付いた仕事への姿勢は一朝一夕では変えられないもの。人事制度の変更や教育体制の刷新などのさまざまな手を尽くしても、思う効果が得られない企業も多いのではないでしょうか。社員の意識は、どうずれば改革できるのか。ドコモ・テクノロジ株式会社 前  代表取締役社長、木下耕太さん(現 東日本電信電話株式会社 監査役)に伺ったインタビューの後編をご紹介します。

  • ドコモ・テクノロジ株式会社http://www.docomo-tech.co.jp/

    2001年4月に、NTTドコモの研究開発業務の支援を行なうモバイル技術のスペシャリスト集団として設立。第3世代移動通信システム(IMT-2000)や第4世代システムに関する研究サポート、海外技術移転業務、知的財産の管理業務などを手がける。

    KOTA KINOSHITA

    1947年生まれ。工学博士。1971年に慶應義塾大学大学院修士課程電気工学専攻修了、日本電信電話公社に入社。一貫して移動通信システムの研究開発を手がける。NTTドコモ研究開発副本部長時代の2001年4月にドコモ・テクノロジ株式会社を設立し、NTTドコモ研究開発副本部長 兼 ドコモ・テクノロジ株式会社社長となる。2001年11月からはNTTドコモ研究開発本部長 兼 ドコモ・テクノロジ株式会社社長となり、2004年6月からドコモ・テクノロジ株式会社社長を専任。2008年6月にドコモ・テクノロジ株式会社社長を退任し、東日本電信電話株式会社監査役に就任。現在に至る。

  • トップが自ら、体を張って改革を先導

    ────下請け意識を脱出するという社長の改革に対して、社員の皆さんの当初の反応はどのようなものでしたか。

    「何をバカなこと言うんですか」「とにかく指示された通りに試験をすればいいんです」と言う者がほとんどでしたね。「現状を破壊するんですか」と言うから、「そうだよ」と。

    ────そんな風に言う方も、いらっしゃったのですか。

    ほとんどがそうでしたよ。ですから、とにかくデータを取って、試験と品質の関係を把握するということが1つ。それから、事業部長や部長クラスは、社長室に呼び出して何度も話ました。「ユーザーに訴求しない試験をやって、それでヨシとする。そんなことでは、このグループは生きていけない。世間の普通の体質に戻さないといけないよ」と。

    そうして納得するまで何時間も喧々諤々とやって、しぶしぶ戻って行き、1カ月後にまた反論してきて、こちらもまた「ダメだ。やれ」と言う。その繰り返しです(笑)。3年ほど前には「ダイレクトコミュニケーション」といって、全社員と10人ずつ話したこともありました。半日ディスカッションして、一緒に飲んで、「とにかく言いたい事を言え」とやったんですが、それはもう疲れてしまいまして、今はせいぜい部長クラスまでですが(笑)。

    ドコモ本体のトップにも、直接話をしに行きましたね。「ユーザーに影響しないバグは、ご了承ください。そうでないと、現場は試験項目を削ることができません」と。

    ────そのように社長が明確な姿勢を示されることで、社員の方々も安心してこれまでのやり方を変えることができるのですね。

    「もしバグが出て、それが問題になったらどうするのか」と怖がる連中には、「そのときは俺と事業部長が謝りに行くから。現場には落とさないよ」と言うんですよ。

    ────社長はなぜ、グループ内の従来の仕事の進め方とは異なる考えを持っておられるのですか。

    答えになるか分かりませんが、私は働くことが嫌いなんです(笑)。普通なら夕方の5時で終わる仕事を夜中の12時までやって「ああ、仕事した」と言ってもね。それにリターンがあればいいけれど、ないならやめようと。

    ────非常に合理的ですね(笑)。

    99.9%までできているものを、残りの0.1%の精度を高めるには、大変なコストと時間がかかる。ユーザーがその0.1%を求めていないなら、それは自虐的なだけなんですよ。

    ────社員の方々の意識が変わるには、どの程度の時間がかかったのでしょうか。

    雰囲気が変わってきたのは、3年ほど前からですね。利益を追求する姿勢は最初からできたのですが、ドコモに積極的に提案し、その提案が聞いてもらえるというアクティブな関係になってきたのは、ここ2年ぐらい。データや経験をいろいろと積み重ねていくことで「こうしたらいいんじゃないですか」という提案ができるようになってきたんですね。

    業務を標準化し、組織の効率を高める

    今は数値管理をさらに進めて、事業部間で横並びの比較ができるようにしたいと考えています。この人は交換屋(交換技術者)、この人は無線屋(無線技術者)と、通信会社にはいろんな技術者がいますが、みんな違う基準で話をしているんです。なぜ同じ数値で比べられないのかと聞いても、「歴史が違いますから」と言う。

    しかし交換装置も無線装置も、ハードウェアがあってOS(基本ソフト)があって、その上にソフトウェアが載っているという構造は同じ。それを横に並べてみようというだけの話なんですよ。確かに以前は違っていたのですが、最近はツールが汎用化していますから、違うという説明はもうつかないんです。ま、そんなことを言うから私は嫌われるのですが(笑)。

    ────なぜ、揃える必要があるのですか。

    1つは、大げさに言うと説明責任のためです。例えば株主総会で、「なぜ同じ手法にして効率化しないのか」と聞かれたらどうするのかということです。仮に株主からそういう質問を受けた時に、どう説明するのかということなんですね。同じアーキテクチャー(設計思想や基本設計)でできるはずのものが、歴史が違うから同じにはできませんでは、説明にならないんです。

    もう1つ、たこ壺的な仕事のやり方をしていると、事業部間の人事交流がしにくくなるといった問題も起こります。今、「若い社員は3年で部を動かせ」と指示していまして、本人たちも変わりたいと言っているんですが、3年も経つと戦力になっていますから取られるのは嫌なんですね。それはもう、抵抗があります。

    ですから、「抵抗する事業部長がいたら、そいつを動かせ」と(笑)。今も、無理やり引きはがしてかなりの人事交流を行っていますが、標準化が進めばそういったこともやりやすくなるはずです。

    ────現場の皆さんは、新しい課題に直面されているのですね。

    逆らえない流れといいますか、ここまで部品が汎用化すると「無線装置と交換装置は、ここがこう違います」といっても、それはすべて言い訳でしかない。どこかでリセットして、違う切り口で見てみようということなんですね。絵を描くには、シンプルなものがベストですから。

    ────具体的には、どのようなステップで標準化されるのですか。

    何かの仕組みをバサッと押しつけるようなやり方では誰も動きませんので、まずはお互いに情報交換。みんなたこ壺に入っていますので、お互いのやり方を知らないんですよ。ですから「交換のやり方を無線に紹介しろ」、「無線のやり方を交換に紹介しろ」と。そうするとエンジニアですから、本当にいい手法だと思えば、「やり方を揃えろ」というこちらの話も、考えてみようかなと思い始めるわけです。

    ────相互理解のための仕掛けもされているのでしょうか。

    しますね。経営会議のあと、事業部長だけを集めて宿題を出しています。「担当事業部の、このやり方を他事業部に紹介しろ」とか、「横並びで絵を描け」とかね。そうやってみんなから集めたものを並べて見ると、例えば同じ物を呼ぶにしても、まず言葉が違うということからわかるんです。「そちらではこれを、こう呼ぶんですか。」とかね(笑)。

    ────現状をテーブルに乗せて明らかにするというのは、数値管理の考え方と共通していますね。

    そう、その通りです。そうしないとみんな、自分のたこ壷から出ませんからね(笑)。その状態で議論しても噛みあわない。「お宅ではそうかもしれないけど、うちではこうだ」とかね。まずは相互理解が大切なんです。

    そうして、揃えるときには一番低いところに合わせるのではなくて、各事業部の一番いいやり方を採用する。これを私は「いいとこ取り」と呼んでいるのですが、品質基準にせよ管理の方法にせよ人財の要件にせよ、ベンチマークした中で一番いいものに統一できるはずなんです。

    ────相互理解の効果は出ていますか。

    無線技術者が交換技術者のツールを使うなど、少しずつですが効果は出ていますね。

    短期的なロス(損失)を取るか、長期的なゲイン(利得)を取るか

    ────そういった相互理解には、どれくらいの時間が必要なのでしょうか。

    標準化への取り組みは3年近く前から始めていますので、時間はかかりましたね。

    ────長年の習慣や意識は、そう簡単には変わらないということでしょうか。

    変わりませんね。事業部間共通の指標でデータ取ろうにも、その元になる基礎データがないということもありますし(笑)。事業部ごとに基礎データの定義が違うので、まずはそこを合わせる作業が必要になるんです。「じゃあ、1年かけて基礎データを取り直すか」とかね。

    ────もどかしく思われることも、あるのではないですか。

    早く変わって欲しいとは思いますが、ある日ピシッと決められるほど、答えは明確ではないんですね。バイブルがあるわけではありませんから。まずは相互理解を進めて、データを取って。それをよく見て、比べて。どの事業部のやり方がいいのか、試行錯誤を重ねながらお互い納得できるものを見つける。そうするためには、多少の時間はかかりますね。

    ────標準化するにあたって、現場の効率が過渡的に落ちるといったロス(損失)もあるのではないですか。

    それはあるでしょうね。あっても、それは乗り越えて行けばいいことです。

    ────事業部間の人事交流にしても、熟練した技術者を他事業部に移すことには、やはりロスが伴います。

    ロスはありますよ。それは短期的なロスと長期的なゲイン(利得)、どちらを取るかということです。子どもをずっと手元においておきたいというのは、誰しも思うことですが、それは短期的なロスしか見ていない発想です。

    ────短期的なロスは、長期的なゲインのために必要なコストだということでしょうか。

    そうです。

    信じられる未来があるから、社員は頑張れる

    ────数値的な短期目標とは別に、長期的な目標はどのように描いていらっしゃるのですか。

    長期的には、2つの目標があります。1つはもっと上流工程を手がけたいということ。今は、ドコモがスペックを決めてメーカーに発注し、試験段階から当社が参加していますが、現場に言わせれば「それは受け身だ」と。「スペックの決定にも関わりたい」「システム全体を手がけられるようになりたい」という声があがっているんです。

    ですから、「分かった。順次、上に登って行こう」と。いわば、意思決定する仕事がしたいという、それはいいことですからね。「どんどん力をつければ、できるようになるよ」と言っています。

    実際、すでにシステムの一部は一括受注で、仕様作りからすべて当社へ移管しているんです。ドコモ本体は、新しい3.9世代(※)といったものの仕様作りを手掛けていまして、そこにも当社の社員を出向させています。

    ※NTTドコモのFOMAに代表される第3世代の携帯電話を高度化したもの。

    ただ、全員が上流工程を目指したいわけではなく、「今のままがいい」という者も何人かはいます。それを無理やり上流に持っていくとダメになってしまいますから、その人達には「試験のプロになれ」と。そこは分けて考えています。

    ────会社として目指す未来があるから、皆さんはそれを信じて頑張ることができるのですね。

    それはあると思いますね。もう1つの目標は、ドコモ以外の業容を拡大したいということです。ただし、この目標はまた別物でしてね。営業力も交渉力も、グループの中でしか育っていませんので、小さな部隊でまずは練習させないと、と思っているところです。

    ────現在は、ドコモグループの案件がほとんどなのですか。

    99%、そうですね。ですから最初は法人向けのソリューションで、何か小さな仕事をやってみるといったことから始めることになるでしょうね。そうして、徐々に外界と接していくしかないのかなと(笑)。

    ────その際の、御社の強みは何ですか。

    若いエンジニア達が、優秀だということです。今、社員の年齢構成としては30代前半がボリュームゾーンになっていまして、非常に若い会社なんです。

    ────30代前半といえば、御社設立時から一緒に会社を作ってこられた方でしょうか。

    そう、そうなんです。20代が少ないという問題はあるものの、この人たちが本当に育つと、何でもできるようになると思いますよ。

    ────一方で課題としては、どのようなことがあるのでしょうか。

    グループ全体で新規採用を抑制しているということが1つ。携帯電話の一加入あたりの社員数の多さが指摘されているため、新規要員の確保が難しくなっているんです。もう1つは、グループ外の未知の世界に打って出る手法が、まだハッキリと見えてこないこと。これは、もどかしいですね。社外から違う血を入れないと、外には出られないのかなと考えているところです。

    ────そこでもやはり、人財が鍵になるのですね。

    そう。その通りですね。

    ────「下請け意識からの脱出」を掲げておられた7年前から、大きな変化を遂げられたことを実感いたしました。混沌とした状況を「見える化」し、経営者自らが強い意思で事実と向き合うことの大切さを教えていただいたように思います。ありがとうございました。

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