OBT 人財マガジン
2008.06.11 : VOL47 UPDATED
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ドコモ・テクノロジ株式会社
前代表取締役社長 木下 耕太さん
(現 東日本電信電話株式会社 監査役)
「見える化」で成功した社員の意識改革(前編)
「組織を変革するには、まず社員の意識変革から」とはよく言われることですが、長年の間に染み付いた仕事への姿勢は一朝一夕では変えられないもの。人事制度の変更や教育体制の刷新などのさまざまな手を尽くしても、思う効果が得られない企業も多いのではないでしょうか。社員の意識は、どうずれば改革できるのか。ドコモ・テクノロジ株式会社 前 代表取締役社長、木下耕太さん(現 東日本電信電話株式会社 監査役)に伺ったインタビューを2回シリーズでご紹介します。
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ドコモ・テクノロジ株式会社 (http://www.docomo-tech.co.jp/)
2001年4月に、NTTドコモの研究開発業務の支援を行なうモバイル技術のスペシャリスト集団として設立。第3世代移動通信システム(IMT-2000)や第4世代システムに関する研究サポート、海外技術移転業務、知的財産の管理業務などを手がける。
KOTA KINOSHITA
1947年生まれ。工学博士。1971年に慶應義塾大学大学院修士課程電気工学専攻修了、日本電信電話公社に入社。一貫して移動通信システムの研究開発を手がける。NTTドコモの研究開発副本部長時代の2001年4月にドコモ・テクノロジ株式会社を設立し、NTTドコモ研究開発副本部長 兼 ドコモ・テクノロジ株式会社社長となる。2001年11月からはNTTドコモ研究開発本部長 兼 ドコモ・テクノロジ株式会社社長となり。2004年6月から現職専任、現在に至る。
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「研究開発の3枚下ろし」から誕生した企業
────御社は2001年4月に、NTTドコモの研究開発業務の支援を行なう新会社として設立されました。ドコモグループ内ではどのような役割を期待されていたのでしょうか。
当社は、私がNTTドコモの研究開発副本部長を務めていたときに、グループ全体のR&Dを効率的に進めるために作った会社です。当時、「研究開発の3枚下ろし」と呼んでいた構想がありましてね。1つは「研究」。これは当然ながら、NTTドコモ本体の研究開発本部が手がける。もう1つは「新システム」、創造的開発ですね。これも本体でやる。そして3つ目が「現行システムの改良・改善」。これを子会社に移管しようと考えたのです。
その目的は何かといいますと、本体の研究開発部門に逃げ道を与えない、ということなんですね。「現行システムの改良・改善があるから、新しいシステムが開発できない」とか何とか、開発者はすぐに逃げ込むでしょう(笑)。その退路を断つ、ということなんです。目先の仕事が忙しくて将来の仕事ができないというなら、目先の仕事は全部取ろうと。研究開発の逃げ道を断つために、この会社を作ったんです。
────その構想は、どのくらい温めておられたものなのですか。
10年ほど前から、でしょうか。「退路を断つ」というのは、30年くらい前から考えていたことですが(笑)。
────御社設立に至られた2001年というのは、どのようなタイミングだったのですか。
FOMAの試験サービスが同年5月から始まり、システムとして稼働し始めた時であり、次のことに本気で取り組まないといけないという時期でした。現行システムのせいで忙しいとは言わせないぞ、と(笑)。
────FOMAの正式サービス開始は2001年10月、御社設立の2カ月後でした。それを見越して御社を設立されたのですね。その構想は研究開発本部の中では、賛成派多数だったのでしょうか。
そうでもないですね。目の前の仕事を持っていかれるのは嫌だという人もいたでしょうから。でも、それは表立っては言えない(笑)。創造的な時間を増やすためだと言えば、嫌とは言えないでしょう(笑)。
────設立当時は、どのような社員構成でスタートされたのですか。
ドコモグループ内で電気通信設備の開発や保守・運用を行っているドコモエンジアリングから100名、ネットワークソリューションを手がけるNTTアドバンステクノロジから無線技術者を80名という陣容で始めました。これも、すでに存在する会社から技術者を移すわけですから、抵抗はありましたね。それは上のほうで話をつけてもらって(笑)。
────出身が異なる社員の方々が集まられたということですが、設立当時の社内はどのような雰囲気でしたか。
盛り上がっていましたよ。それまでは、それぞれ会社の傍流だったわけです。しかし、これからは下請けではありません。「ドコモのR&Dの3分の1を担うことになる、自分達の会社なんだよ」と言ったら、みんな新しい家ができたと思って元気でしたね。
親会社との人事交流によって、下請け意識を脱却
────新会社のスタートにあたり、社長が最も留意されたのはどのようなことだったのでしょうか。
下請け意識から脱却することです。それまでは、ドコモ本体の下請けという位置づけでしたから気持ちも受け身になっていたんですね。でも、これからはそうではない。「ドコモのR&Dの3分の1は自分達の意思でやるんだ」、「主人公になるんだ」というように気持ちを変えさせるのは、なかなか大変でしたよ。
ドコモ本体にも、その一因はあるんです。子会社に対しては「指示したことを正確に、期限通りに行ってくれればいい」という姿勢なんですね。その状況を改善する方法は、いろいろと考えましたね。
────例えばどのようなことをなさったのですか。
まず一番効果的なのは、本体からの出向者を増やすことです。出向者はドコモの社員とは同格ですから、こちらから向こうに意見が言えるようになる。自分達から提案してもいいのだということを、目の前で見せて教え込ませないといけないわけです。
もう1つは、とにかく実力をつけること。最近は当社の社員もかなり実力がついてきましたので、有益な提案ができるようになってきました。するとドコモにも耳を貸してもらえるようになります。最初は「猫の手」だと思われていますから、「意見はいいから、手だけ動かせ」となってしまっていたんですね。
────それは辛いですね。
辛いですよ。しかし、辛いと思えるならいいんです。辛いとも思わないのが、怖い。
────どのポジションに出向者の方を迎えるかということも、大切になってくるのでしょうか。
課長クラスですね。15、16人ぐらいの部下を持って、本体とやり取りするポジションです。
────出向者の方が入ったことで、社内の雰囲気は変わられましたか。
変わりましたね。だんだんと、対等にやり取りしてもいいのだという雰囲気になってきました。今、従業員が約450名いる中で、ドコモからの出向者が約50名。出向期間は2年から3年です。設立からの7年間で当社への出向経験者は200名近くになりました。
────御社への出向を経験された方がNTTドコモ内に増えることも、御社にとってのメリットになるのでしょうか。
そう、それも大きいですね。出向者のほかにOBもいます。ドコモで部長をしていた人が、今こちらの事業部長に就いていますので、ドコモにはかつての部下がいる。そうなると、当社への依頼の仕方も変わってくるんですね。
徹底した数値管理で、業務の問題点を「見える化」する
────先ほど「実力をつける」というお話がありましたが、具体的にはどのようにして技術力を高めてこられたのでしょうか。
開発工程での最終段階である試験1つとっても、やれといわれたから試験するというのではなく、仕様をよく読みこんで自分で試験項目を決める。そしてバグが出れば原因を分析して、上流に戻って仕様におかしい点はないか確認する。このぐるぐる回りをやると、だんだんと分かってくるんです。構造が悪いのか、仕様がおかしいのか。そうすると、どこに手を打てばいいか提案ができるようになるんですね。
大切なのは、「なぜ不具合が起こるのか」を考える気になるかどうか。これまでは、頼まれたことをやればいいだけでしたから、試験の効率を上げようが提案をしようが、売上は変わらない。それでヨシと思うと、もうどうしようもないわけです。
ただ、最初から「提案しろ」というとためらってしまいますから、まずは「疑問を持って、現状を否定しろ」と。「なぜこういう方法で指示されているのか、そのことに疑問を持て」と。納得できれば構いませんが、恐らく納得できないでしょう。他人の決めたことですから(笑)。
────まずは、指示されたことに疑問を持て、と。
そうです。世の中にはよくいますね、「それは最初からこうなっているんだ」という人が。「なぜですか。」と聞いても、「昔からそうなんだ」と言うような(笑)。そうではないんです。
────現場のみなさんの意識は変わってこられましたか。
かなり変わってきましたよ。特に管理職が変わってきたなと思うのは、品質のデータをきちんと取らせるようにしたんです。当初は、バグ(ソフトウェアの不具合)を検証する試験で「最適値(効果が最も発揮される試験条件)を考えているのか」と聞くと、「できる範囲で精一杯やります」という。「できる限り試験して、バグをゼロまで持って行きます」と。
────その現状を否定して、効率化を追及するのはなぜですか。
効率を上げて、コストをなるべく削減するというのは当然の話。効率を上げるということは、当社の売り上げは減るんです。でも、それが普通でしょう。しかし、「最適の品質を設定して、それに見合う程度の試験を計画するように」と言っても、「そんなことはできません」というんですね。
でも、試験の量と品質がどういう関係にあるかが分からないのはおかしい。きっちりデータを取るように指示したら、オーバースペックではないかというものも出てきたんですよ。言ってみれば、99.9でいいものを99.999まで目指している。問題は、そこまでの品質をユーザーが求めているのか、ということなんですね。
ユーザーのニーズに応えるものでないなら、それは無駄金です。無駄な試験をやめれば、余った予算は別な使い方ができますね。無駄な仕事をして、疲れて大変だなどといっても、それは自虐的なだけ。
品質を数値管理するようになれば、ドコモから指示されたスペックに対して「これはおかしい」と言うこともできるようになるわけです。それがようやく自分達でも分かってきて、無駄な試験はしなくてもいいのではないかと提案できるようになってきた。データの蓄積の賜物ですね。
────データがあったとしても、社会的なインフラを担うという御社の責務上、「バグが出ると怖い」という心理的な抵抗感を克服するのは難しいように思います。
それはバグの種類を分けろ、ということなんですね。ユーザーに迷惑をかけるバグと、社内的な運用面でのバグ。バグにも2種類あります。中には、保守要員が使う用紙の印字が少しにじむだけといったバグもあるわけです。それは現場に我慢してもらえばいいことです。
「バグが出ると怖い」などと、エンジニアがいつまでも形容詞でモノを言っていてはだめで、定量的にモノをいえるようにしなくてはいけない。「バグが嫌だ」と言っているだけでは、動きが取れないんですよ。
────現状を「見える化」するということですね。管理会計の概念にも似ているように思います。
そう、その通りです。数値で把握してしかるべき手を打てば何とでもなることも、形容詞で話していると一歩も動けませんからね。
目標も、明確に数値化しています。ドコモのスペックに対して「これは試験しなくてよい」と提案すると、当社としては売り上げが落ちることになります。その年間目標が10億円。つまり、ドコモのコストを毎年10億円削減しろということです。「売り上げが落ちても構わない。提案した人はちゃんと評価するよ」と。
────売り上げを減らしたことが評価されるというのも、面白いですね。
無駄な提案をしてお金をたくさんもらっても、グループとしては無駄金ですからね。数値目標はもう1つありまして、試験方法を効率的にすることで削減できたコストは当社の利益にしようと。利益目標も年間10億円を掲げ、数値管理のデータは末端の社員まで見られるようにしています。
────「グループのR&Dの3分の1を担う」という当初の構想は、どの程度まで達成されたのですか。
かなり達成できましたね。むしろ、当初の想定よりも多くの仕事が来ているくらいです。「研究開発の3枚下ろし」の2枚目、新システム開発の半分くらいは、計画段階はドコモで行いますが、試験の段階からこちらに来るようになってきたんです。ですから部署によっては、ドコモの新入社員を最初に当社に配属するといったこともしています。こちらで数カ月間、現場を経験させてから本体に戻す。現場実習みたいなものですね。
────それは、昔からなさっておられることなのですか。
いえ、ここ数年のことです。ドコモの研究開発は仕様を決めるところまでが主な仕事になりつつあり、物を触る部分はこちらに来てしまった。その状況でドコモの新入社員にいきなりスペック検討をさせても、上滑りするんですね。そこで、まずは金物なりソフトなりを触らせよう、と。
────それだけ、御社に蓄積された技術が評価されているということでもありますね。
そういう部分が増えてきましたね。少し行き過ぎたかなという気もしていますが(笑)。下請け意識をとにかく排除したということ。これが大きかったかもしれませんね。当社の社員は、みな、プライドを持っていますから。このバグは自分達じゃないと対応できないと思ってやっています。それは大事なことだと思いますね。
設立から丸7年を経て、ドコモ・テクノロジは「下請け意識」を見事に脱却し、技術的なパートナー会社へと変貌を遂げました。しかし、これほどの変化を起こすことができたのは、「見える化」の力だけではありません。後編では、社員の意識を変革するための、経営トップのあり方について伺います。
*続きは後編でどうぞ。
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