OBT 人財マガジン

2007.04.11 : VOL20 UPDATED

この人に聞く

  • エレファントデザイン株式会社
    管理部長兼人事部長 唐沢 真由美さん
    空想生活事業部長 谷岡 拡さん

    "あったらいいな"を形にする『見える仕組み』とは

    個の多様化がいわれる中、あるときは消費者として、あるときは従業員として個人が抱く要望は抽象化する傾向にもあります。抽象的な要望を汲み取って具体的に実現するために、ポイントとなることは何か。エレファントデザインの管理部長兼人事部長・唐沢真由美さんと空想生活事業部長・谷岡拡さんに伺いました。

  • エレファントデザイン株式会社http://www.elephant-design.com/

    1998年設立。ユーザーから集めたニーズをもとに商品を開発し、需要を予測したうえで損益分岐点を越える商品のみを生産する『DTO(Design To Order)』と呼ぶビジネスモデルでの商品開発支援サービスを展開。こだわりのある消費者を満足させるニッチな開発支援には定評があり、商品化したIHクッキングヒーター『COMPACT IH』は、2006年にグッドデザイン賞を受賞。運営サイトに『空想生活(http://www.cuusoo.com/)』『空想無印(http://cuusoo.jp/muji/)

    MAYUMI KARASAWA

    1974年生まれ。97年、経営コンサルティング会社に入社。99年に税理士事務所に移り、会計業務の経験を積んだ後に、2005年にエレファントデザインに入社。現職に就任。

    HIROSHI TANIOKA

    1983生まれ。2006年にエレファントデザインに入社し、現職に就く。『空想生活』の運営を担当。

  • もの言う株主"ならぬ、"もの言う消費者"。
    個人の声が企業を動かす。

    ────御社が手がけておられる『デザイン・トゥ・オーダー(以下、DTO)』と呼ばれる商品開発は、どのような仕組みのものなのですか。

    唐沢 大量生産や大量販売では、本当にほしい商品が手に入らないことがありますよね。そこで消費者から"ほしい"を聞いて商品開発を進め、消費者から予約を取ったうえで需要に応じてメーカーが生産する。大まかに言えば、こういう仕組みになります。

    当社の具体的な活動としましては、DTOを実現するためのシステムとして『空想生活』というサイトを運営していまして、そこに集まるユーザーから、「こんなものがほしい」という意見なり新しい商品開発案なりをサイトに寄せていただき、サイト上のコミュニティ間で要望やデザイン案を煮詰めてもらいます。生産してくれるメーカーはこちらで開拓します。メーカーから原価計算にもとづいた価格を提示いただいて消費者から予約を募り、損益分岐点を越えれば生産が決定。価格は、例えば「100個なら1万円、200個集まるなら8000円」などと、予約数によって価格が設定できるのが特徴の一つです。

    商品化された物に対してはメーカーからロイヤリティをいただき、デザインを手がけたデザイナーにも分配する仕組みにしていますので、商品開発に参加することで報酬を得ることもできる。さらに今後ユーザーにまで分配できるようになれば、各ユーザーの想像力がより活性化すると思うんですね。特に主婦の方など、子どもが生まれて仕事ができなくなったという人たちに"商品化が達成した場合にはロイヤリティが支払われます"という場が提供できれば、一般の人たちが商品企画に携われる環境が実現できるのではないかと思っています。また、デザイナーにとっては自分の作品が世に出せるチャンスですし、メーカーにとっても、需要予測ができるため在庫を抱えるリスクがないというメリットがあります。

    ────デザイナーはどういう方が参加されるのですか。

    谷岡 インハウス(企業に所属する)の方もいますし、フリーの人もいます。いずれにしても、本業では商品開発担当者の指示に従ったデザインしかできないところが、『空想生活』では消費者の声をもとにゼロからアイデアを考えることができますので、楽しんでいる人が多いですね。

    個人の声が「見える」仕組み──その1。
    実際に、目で見えるようにする。

    谷岡 ただし難しいのは、ユーザーから"ほしいもの"をどのようにして引き出すかということなんです。ユーザーが声を出す時って本当に漠然としていまして、例えば「片づけが面倒くさいのでどうにかしてほしい」とかですね、そういう感じなんですよ(笑)。それを、どのようにしてメーカーが製造できるレベルにまで落とし込んでいくかというフローを、効率的に運営していかないといけないわけです。

    ですから、サイトでは『でんき(家電)』『くうき』『すまい』などのカテゴリーを設け、その中に『煙の出にくい灰皿 開発コミュニティ』など、テーマを絞り込んだコミュニティを開くという方法をとっています。ユーザーの意見はそこに投稿される仕組みなのですが、必要なのはユーザー同士の交流で意見がブラッシュアップされる仕組み。そのことによって、商品化すべきものが自然と選りすぐられていくという状況ですね。

    ────それはどんな仕組みなんですか。

    唐沢 一つ有効なのは『オブザーベーション』と呼んでいる方法で、ユーザーに自分の生活環境の写真を提供してもらうんです。分かりやすい例で言いますと、かばんの開発で「ポケットがほしい」という声があったとします。それをただ「ポケットがほしい」と言うのではなく、自分が日ごろ使っているがばんの中を写真に撮ってサイトに上げてもらうことで、「ペットボトルの収納がほしい」「文庫本が入るポケットがほしい」と、ユーザー同士の会話が具体的になります。「ではこういう工夫をしましょう」とデザイナーも商品開発の次のステップを具体的に示せる。写真は嘘をつきませんので、この方法は有効だと思っています。

    ────『空想生活』ではメーカーが開発する前の商品をCGで見ることができます。この「見える」仕組みの効力は大きいと感じていましたが、ユーザーの声を収集する段階から「見える」仕組みが必要なのですね。

    谷岡 先ほどの「片づけが面倒」という例で言いますと、どういう部屋でどういう物を持っているのかが写真つきで投稿されることもありますし、収納にどういう工夫を行っているのかを写真に撮るユーザーもいます。ユーザーの声は、より具体的な形でもらう必要があるんです。

    そして、その次のステップとして重要なのがユーザー同士の交流。当社は、あくまでシステムを提供する黒子です。運用上、ユーザーの声の一つひとつには対応できない。ですから"片付け"の例で言えば、片付けに困っている人たちのコミュニティを設けることによって、その中で意見交換をしてブラッシュアップしてもらう。物が多くて困っているのか、収納が少ないのか、単に片付けられないという日々の習慣の問題なのか、そこらへんをユーザー同士の会話でやってもらって、意見の集約を図るということですね。

    個人の声が「見える」仕組み──その2。
    コアユーザーを養成する。

    ────ユーザーの意見は、自然に集約されるものなのですか。

    唐沢 いえ、やはり誘導は必要です。効果的なのは、ユーザーの中でもコアとなるユーザーを見つけることです。ある商品がユーザーから提案されても、人数が集まらなければ要望もブラッシュアップされませんし、商品化のための予約も集まらない。動かしていくユーザーが必要なわけです。その"コアユーザー"を育てていくことは、陰ながらやっていく必要があると思っています。

    ────どんな方がコアユーザーになりえるのですか。

    谷岡 もの作りに興味がある人たち、ですね。「こんなものがほしい」という悩みって、一人の人がそんなにいくつも持っているわけではない。次々に新しい「ほしいもの」の要望を出すことは難しいと思うんです。けれど、もの作りに興味があって、みなさんが抱える悩みをもの作りによって解決したいとなれば、Aさんの悩みが解決したら次はBさん、その次はCさん、と解決のためのアイデアを出していき、そこでコアユーザーになっていくというイメージですね。

    今、そのコアユーザーを作るためのワークショップを行っていまして、既に約100人の方が参加しました。ポイントは、ネット上だけではなく、リアルの場で接点を持つことによって育成するということ。ワークショップでは、まずユーザーの声をズラーっと机に並べ、ブレストをして最終的にデザインとして一つの形に落とし込む流れを体験します。サイトに悩みを投稿する人はたくさんいるんですが、それを解決するクリエイティビティって実は誰でもできるわけではないんですね。それを担うのがコアユーザーであり、そういう人たちをリアルな場でも育てていくということです。

    個人の声が「見える」仕組み──その3。
    声の背景にある"ストーリー"をつかむ。

    ────ユーザーの方々のにとっては、何がモチベーションの源になるのでしょうか。

    唐沢 自分の実現したい未来やほしいものが手に入るということが、一番大きなモチベーションではないでしょうか。ただしそれだけではなくて、その物が手に入ることでどういう問題が解決するのか、どういう世界が実現するのかというストーリーがあるんですね。そのストーリーに共感する人たちが参加しているのだと思います。

    谷岡 例えば育児グッズの開発で"2人目の子ども"がキーワードになったケースがあります。要望をよく聞くと、「2人目の子どもがほしいが、生める環境にないことをどうにかしたい」というような深いニーズがあった。そういった、希望する将来の生活に対して自分から関わっていくということも、モチベーションの一つなんです。かっこいいデザインの物がほしいという単純な要望に対応する商品開発もありますが、深いレベルでビジョンが共有できると商品を開発しなくても問題が解決することもあります。そういったことも含めて、自分が求める未来に対して自分がどう関わっていくかという場が、『空想生活』なんだと思うんです。

    この"ビジョンを可視化する"というノウハウの新たな応用も今、考えていまして、先日、ジャパンソサイエティという日米交流の団体が主催したイベントで、人材育成事業手がけるある会社と当社が共同で『イノベーターズプログラム』というワークショップを開きました。経営者やNPOのトップといった世界のイノベーター約30人が参加して、"30年後の未来のビジョン"をみんなで書き出すんです。「こういう世界を作りたい」でも、「個人的にこういう生活をしたい」ということでもいい。それを文字だけではなくビジュアルとして可視化すると、意外に個性が出る(笑)。一人ひとり、本当に違うものが出てきます。

    これを応用して、経営者が社員に理念を問うといったことや、消費者が「こういう世界を実現してほしい」ということを企業に投げかけるといったことができないかなと思ってるんです。"物言う株主"ではありませんが、消費者が「こういう生活を実現したい」といったことをアピールして、それにコミットしてくれる企業を探すツールといいますか。『空想生活』のインフラ自体はプロダクト用というわけではありませんから。

    唐沢 新入社員研修にも応用できると思います。"30年後"っていうのがキーで、これが"5年"だと、確実に達成できそうな目標になってしまうんですね。けれども、"30年後"というと恐らく何でもアリで、その人の本質が出てきやすい。会社が社員を知るきっかけになるのではないかと思います。

    理念に共感できること。これが一番の採用基準。

    ────そういったアイデアが広がる一方で、『空想生活』では、御社はシステムを提供するという黒子に徹しておられます。

    唐沢 そうです。『空想生活』の管理をする空想生活事業部、デザイナー対応をするDTO事業部、メーカー対応をするセルフ事業部と、社内の役割を3つに分けて運営していますが、商品化を私たちが直接手がけることはしません。それをすると非常に労働集約的になってしまって、事業としてうまくいかないんですね。

    ────黒子に徹する社員の方のやりがいは、どんなところにあるんですか。

    谷岡 黒子は、言葉を変えると『インフラ』。我々はユーザーが将来のビジョンを実現するためのインフラを作ることを目指しています。一つのデザインを商品にするよりも、もっと大きいことに挑戦しているという気持ちがある。そのことに興味を持っている人たちが集まっているんです。

    唐沢 採用でも、そこはハッキリと伝えています。先端を行くかっこいい会社というイメージで応募してくる方も多いんですが、「そうではありません」と(笑)。"空想力と技術によって消費者と企業を結ぶことで、これまでにない新しい価値を社会に提供したい"という理念に共感する人。これが、一番の採用基準です。ですから、社員にとっても恐らく会社は一つの利用ツールであって、自分たちが思い描いている実現すべき世界を、エレファントデザインという会社に関わることで実現する。そのことで、自己満足を得ているんだと思います。

    理想は、ユーザーが当社の社員になってくれることですね。実際、役員の一人がもとユーザーなんです。当社のインターンに参加して社員になり、今では役員。ユーザーから入ってくる人は、そういったそういう信念みたいなものが強いです。

    ────一方で、黒子と言いましても、ユーザーの方々のさまざまなニーズを扱うためには、アンテナを張った情報感度の高さが必要かと思いますが、採用時にそういった能力をどう見抜くために、どのようなことをされているのですか。

    唐沢 何か試験をして分かるものでもありませんよね。実際は過去の経歴や働きぶりを見て判断するしかないと思ってます。しかし就業経験のない学生の方には、インターンシップ制度を導入しています。数カ月といった期間で一つの業務を任せてコミットしてもらうことで、コミュニケーションを取りながら考え方や能力を把握します。当社に就職する意思がない人もインターンに参加することは可能ですが、インターンの募集を告知するのは自社サイトでのみとなってますので、当社に興味を持った人に来てほしいと思っています。

    ────ありがとうございました。

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