OBT 人財マガジン
2007.02.14 : VOL16 UPDATED
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大鵬薬品工業株式会社
医薬事業部 育薬企画部部長 渋谷 裕さん
"いま何をすべきか"を明確にする、中期経営計画の策定とは
中期経営計画とは、3年ないし5年後の自社の"あるべき姿"に到達するための道しるべ。会社の進むべき方向を指し示し、"いま何をすべきか"を明確にするために策定されるべきものです。しかし計画の存在がマンネリ化し、"絵に描いた餅"になってしまっている企業も多くあるのではないでしょうか。中期経営計画が"活きた計画"として機能するためには、どうすればよいのか。大鵬薬品工業の前経営企画部部長(現・育薬企画部部長)渋谷裕さんに伺いました。
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大鵬薬品工業株式会社 (http://www.taiho.co.jp/)
1963年設立。日本人の死因トップである『癌』の領域では、『フトラフール』『ユーエフティ』『ティーエスワン』などの抗癌剤を上市し、抗癌剤メーカーとしての地位を確立。同じくコア領域として掲げる『泌尿器』『アレルギー』の領域でも独創的な医薬品を創製。『グローバル・ニッチ・ベンチャー』を経営ビジョンに、研究開発型のスペシャリティーファーマ(新薬開発型企業)として独創性を発揮する。
YUTAKA SHIBUYA
1953年生まれ。77年に大鵬薬品工業株式会社に入社。大阪支店、広島支店、岡山営業所長、札幌支店副支店長を経て、2002年に経営企画部に異動、04年部長に就任。この間、第9次中期経営計画の策定を手がける。06年7月、育薬企画部部長に就任。
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中期経営計画の実現の成否は、
その運用にかかっている。────前経営企画部部長として、第9次中期経営計画の策定を手がけられました。まずは、その直前の第8次中期経営計画をどのように振り返られたのかということから、お聞かせいただけますか。
当社では、2001年度から2009年度までの9年間を『ホップ・ステップ・ジャンプ』の3段階に分けて中期経営計画を策定し、これに基づいたライフサイクルマネジメントを実施しています。第8次は、その『ホップ期』にあたる三カ年。全体としては、売上高、営業利益、経常利益ともに順調に推移したといえますが、一部には未達成の計画もありました。
────未達成のものがあった、その原因は何だったのでしょうか。
一番大きかったのは、中期経営計画が全社にしっかりと浸透しきれていなかったことではないでしょうか。医薬品業界は法規制や競合の商品開発の状況など外部環境的なことは、比較的、先まで読める業界です。ですから、外部環境が予想以上に変化したというよりは、内部環境にその原因があったのではないかと考えています。
第8次中期経営計画が策定されたときには、私は営業の現場にいましたが、当時は、中期経営計画というものが、まだ十分に現場で理解されていなかったように思います。ですから、中期経営計画上の数値目標と現場が個別に立てた数値目標がリンクせずに"ダブルスタンダード"として存在していたといったことが、現場の一部についてですが、起こっていたんですね。
中期経営計画を、
"コミュニケーションツール"として活用する。────手がけられた第9次の中期経営計画は、どのように策定されたのですか。
2001年度から2009年度までの『ホップ・ステップ・ジャンプ』の『ジャンプ』のゴールが明確ですから、それにつなげるための計画ということになります。第9次が終わった段階で何を達成していれば、2009年度の最終ゴールにつながるのか。まずは、目指すポジションを明確にすることが大切ではないかと思います。
海外のグローバルスタンダードに基づいた業務展開など、具体的にはいくつかの計画を掲げましたが、まず考えたのは『成功症候群からの脱却』ということです。創立以来、ずっと順調に右肩上がりを続けてきましたが、その一方で、これまでのやり方を踏襲してしまい、効率化の見直しが手薄になっている側面があるのではないかと考えたのです。外部の方からもよく言っていただけることなのですが、全社一丸となって「攻める力」には自負があります。けれども、攻められた経験が少ない分、「守り」となったときにはどうか。今後は、海外のビッグな製薬会社の攻勢がますます激しくなります。今まで経験がなかったことをこれからしようとしているというのは、やはり脅威なんですね。
ですから、これまでもうまくやってきたけれども、もっと変えられるところがあるのではないかと。当たり前にやってきたことを、もう一度見直そうという視点での改革を提案しました。
────中期経営計画の策定には、経営資源の分析や外部環境の分析などさまざまな要素がありますが、計画を立てるにあたって一番大切にされたのはどのようなことですか。
おっしゃるように一通りの分析は行いましたが、最終的に一言でいってしまえば、"できないことは書かない"ということでしょうか(笑)。
────何をどこまでなすべきか。何がどこまでできるか。これを見極めるには、現場とのコミュニケーションが大切になりますね。
そうです。ですから、各部門のトップとは何度も話しましたね。私がすべての部門と話したわけではありませんが、経営企画部内に研究所担当、工場担当と担当者を定め、それぞれが一通りどこの部署とも議論して。特に数値目標を掲げる部署については、ああでもない、こうでもないというのは、何回もやりました。
────その中で、一番ご苦労されたのはどんなことですか。
販売の数値目標、でしょうか。こちらの見込みと現場が主張する数字とのギャップが、やはりありましたね。
────現場は目標を低く出してこられて・・・。
と、思うでしょう。それが違うんです(笑)。
────それは、うれしいことではないですか。
いえ、意気込みが強すぎると、極端に達成不可能な計画ができかねません。また、製品によって利益率も異なりますから、経営企画部としては売上高だけでなく利益も見ながら調整するわけです。その計画と、事業部が出してくる見込みとのギャップを埋める作業には、相当注力しました。
────現場と話しながら作るというのは、大切ですね。
そうですね。第8次の中期経営計画が社内にうまく浸透しなかったことの一つには、作り方の問題もあったように思うんです。私は、直接は関与していませんので具体的には分かりませんが、第9次のように、あんなにいろいろな部署の人たちと話しをしたということはなかったのではないかと思います。違っていたら、先輩諸氏、ごめんなさい。
現場に計画を浸透させるための
手間と時間は惜しまない。────そのようにして策定された中期経営計画を、社員の方々に納得感を持って受け取っていただくために、一番大切にされたのはどのようなことですか。
納得してもらえたかどうかは疑問ですが(笑)、社員に徹底するということは意識しました。第9次が始まる半年くらい前に計画がおおよそできまして、決算が6月ですので、その3月から4カ月くらいをかけて各地を回って説明会を行いました。社長以下、専務や研究部門のトップ、営業部門のトップと経営企画部のメンバーが出席し、工場は人数が多いので課長以上にしましたが、営業については全社員に対して、30何カ所でしたか、回りました。
────それは、大変に手間をかけられたのですね。1回につき、どのくらいの時間を割かれるのですか。
だいたい半日はとっていましたね。こちらからの説明だけでなく、質疑応答もしましたから。
────質疑応答には、どんな質問が寄せられましたか。
たとえば、将来海外展開をどうしていくのかといった質問が、これは若い社員から多く出ました。社長に直接質問できましたので、比較的若い人たちからも自由に質問が出て、社長も率直に答えるという場でした。
────何人くらいの単位で集められたのですか。
基本は支店単位ですとか、京阪神でしたら兵庫、大阪、京都を集めてやりましたので、多いときで百人強、少ないときは30人くらいだったでしょうか。出かけるほうも多かったですしね。社長以下、10人くらいで行っていましたから。人数は少ないにこしたことはないですが。数十人程度でしたら一人ひとりに話しかけるような感じで説明できても、100人を超えると後ろのほうの人は遠くて(笑)。ですが、東京などは分けてというわけにもいきませんので、百数十人を対象に一度に行いました。
────計画の全体像を周知した次の段階として、事業部や部門、課、担当のレベルで何をしていくべきなのかという翻訳の作業が必要ですね。
そうです。部門別の計画や目標は以前からもあります。ですが、これまでは中期経営計画が視野に入っていなかったきらいがあると思っていましたので、今回は、中期経営計画に基づいて具体的なプロジェクトを部門ごとに作り、改善活動を行っていきました。現場からすれば、やっていることはこれまでと一緒なのかもしれませんが、それぞれの部門長が中期経営計画を意識したうえで活動したということが、第8次と第9次の違いだったかもしれませんね。
例えば、第9次の計画で大きなテーマの1つとして掲げていた『生産の効率化』のほんの一例でいえば、工場の人材を有効活用するために "多能工"を置く部署を作り、各ラインの欠員を柔軟に補充できる態勢を整えました。こういったことも、若手の課長クラスを中心にワーキンググループを作って、どうしたらいいかということを自分たちで議論しながら形にしていくんです。それを工場長や生産センター長や、もちろん社長もバックアップします。
弱みを改善する一方で、強みを明確にし、
伸ばす施策を打ち出す。────そうした改善点に取り組まれる一方で、御社の強みを伸ばすという意味では、どのような取り組みをされたのですか。
当社のメインは医薬品事業になりますので、そこで言いますと、MRの果たす役割がだんだん変わってきています。以前は、製品を紹介して「使ってください」という情報提供が中心でしたが、特に、強い抗癌剤を上市してからは、『適正使用』を一番に掲げていいます。ですから、安全性の情報や副作用の対処法、あるいは患者さん一人ひとりに対して、こういう症状ならこういう治療法はどうですかといった提案ができることを目指していこうと。
事実、安全管理の体制については厚生労働省や医療機関からも評価いただけた、と考えていますし、抗癌剤を手がける海外の製薬会社からもノウハウを提供してほしいという話がきたこともあります。この、安全対策への高い評価が、当社の一番の強みだと思います。
────では、それをブラッシュアップしていこうということですね。
そうです。実際にMRが行っているのは、「使ってください」ではなく「正しく使ってください」ということ。患者さん一人ひとりの状況を医師から聞いて、「この者さんには使わないでください」ということもあります。MRが自社の製品を「使わないでください」というなんて、昔はあまり考えられなかったのではないでしょうか。
これは私がMRをしていた時代から行っていましたので、第9次の中期経営計画で初めてうたったということではありませんが、計画内でも改めて安全管理体制の強化は掲げています。エリア毎に安全管理対策の責任者を置くなど、組織体制も合わせて強化しました。
────まさに医師へのコンサルティングですね。
当初は医療機関から「なぜそんなことを指図されないといけないのか」といわれるなどの軋轢もありましたが(笑)、今となっては非常に評価していただいていると自負しています。当社の新入社員も、コンサルティング的な仕事ができるということに関心を持って入社してくれる人が多いようですね。
また、MR活動だけでなく、第9次の3カ年で非常に重要だと思っていたのは、インフラの整備です。例えば、研究データを医療機関にフィードバックする体制。今は、EBM(Evidence based Medicine)といって、臨床研究のデータに基づいた薬の処方が求められます。ドクターが患者さんに説明するためにも、「世界の研究にはこういうデータがあって、その結果、あなたの症状にはこういう治療法の選択があり、その中から選びたいと考えている」と、そういう説明のための材料がいるんですね。その材料を作るための臨床研究が、今、非常に重要でありまして、そこに資源を投入しています。
インターネットのウェブサイトなどを通じての医師や患者さん向けの情報提供も注力したことの一つ。特に、癌関連の情報提供については、質・量・速度のすべてにおいて業界トップを目指すことを計画に掲げました。医療関係者向けのページではクリティカルパス(※)の材料をドクターに提供したり、薬剤師の先生向けに抗癌剤の使い方や副作用情報のe-ラーニングのページを設けたりと、ニーズに合わせた情報発信は充実しているほうではないかと思っています。実際、サイトが表彰されたこともありますし、ライバル会社からのアクセスも多いようですよ。
※クリティカルパス:患者ごとに作られる入院から退院までの計画。治療の方針や内容、検査の予定などが一覧でき、質の高い医療を患者に提供するために作られるもの。
当社の将来構想は、"Global Niche Venture(グローバル・ニッチ・ベンチャー)"です。ニッチは、一般には『隙間』と訳されますが、『適所』という意味もある。当社のコア領域である『癌』『泌尿器』『アレルギー』の分野でのステータスを高めるには、安全性対策は欠かせないのです。
────計画を浸透させた後の課題として、"モニタリング"があるかと思います。それぞれの戦略や計画の進捗はどのようにチェックされたのですか。
具体的な作業としては、数値目標は3カ月ごと、それ以外の施策は半年ごとに見直して、経営会議に報告します。そこで必要があれば微調整をするわけですが、今のところ幸いにして上方修正はしましたが、下方修正はあまりしていませんね。
計画がきちっとしていれば──というのは、方針と戦略を掲げ、選択と集中を明確にして、各部門にまで下ろす──この一連ができていれば、当社には"目標達成のために全社一丸となってまい進"する風土がありまして、これが強みとして活きてくるように思います。
脅威があるところには、チャンスもある。
目指すポジションを明確にすることが、攻めと守りの基本。────先ほど、海外勢の進攻が脅威だというお話がありましたが、脅威があればチャンスもあると思います。どの辺にチャンスがあるとお考えになりますか。
そうですね。1つには、「泌尿器」の頻尿の分野にも外資の大手が乗り出しているんですが、頻尿というのは患者さんがいても医療機関にかかる率は非常に少ないんですね。10%か多くても15%程度、でしょうか。そこに海外のビッグなところが出てきて、迎える国内勢もそうですが、テレビコマーシャルなどで「夜に何回トイレに行けば、頻尿ですよ。けれども、薬で治療できますよ」という、疾患啓蒙の活動が今、多く行われているんです。それによって患者さんの意識が高まって、医療機関にかかる率が高まる。すると製剤の市場も広がる。
海外の大手が来ることは脅威ではありますが、市場を広げるという効果もあります。その動きの中でわれわれも、先ほどお話したウェブサイトの取り組みもそうですが、患者さんへの情報提供も積極的にしていこうと考えています。
────御社がこれまでに医療機関と築いてこられた信頼関係も、強みになりますね。
そうですね。何の心配もなく使える商品でしたら「どうぞ使ってください」だけでいいんですが、薬は効く一方で副作用も当然ありますので。その情報提供や、あるいは医療機関から情報をいただくとかですね、それも含めての商品だと思います。
────2006年の7月には育薬企画部の部長に就任されました。今後は、どのような取り組みをお考えですか。
"育薬"は、"市場に出た薬を適正に使っていただけるように育てる"こと。剤形(内服剤、注射剤など)の追加や効能の追加であったり、安全性を確保するためにどういうことをするかであったり、先生方への情報提供のバックアップもありますね。薬というのはモノだけでなく情報がついての商品ですから、さまざまな施策を検討しているところです。大切なのは、その薬を将来的にどういうポジションに育てたいかというビジョンがまずあって、そのために何をするかということ。中期経営計画策定の考え方と、そこは似ているかもしれませんね。
────ありがとうございました。
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