OBT 人財マガジン
2006.10.11 : VOL9 UPDATED
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株式会社荏原電産
代表取締役専務 堀 保之さん
大手グループ企業が目指す、「わくわく企業」に向けた改革
親会社との取引による安定した経営が行える一方で、夢や目標を自ら描く機会に恵まれないという、子会社の宿命ともいえる問題に悩むグループ企業は多くあります。長年培われた体質を脱し、夢のある組織に改革するにはどうすればよいか模索している荏原電産の堀保之代表取締役専務に伺いました。
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株式会社荏原電産 (http://www.ebd.co.jp/)
1958年設立。荏原製作所の100%出資会社。荏原グループの風水力機械や環境プラントの電気、電子、計装、情報・通信・制御分野で多くの実績を誇る。
HORI YASUYUKI
1945年生まれ。67年、荏原グリスハイム株式会社(現・荏原電産)入社。75年〜82年、ブラジル現地法人のモータ工場立上げにあたる。85年に電動機部長、90年に取締役、2000年に常務取締役就任を経て、05年、代表取締役専務に就任。
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事業の再編を機に表出した社員の不満。
改革の好機ととらえ、正面から受け止める。────「わくわく企業」を目指す改革に、2005年から取り組んでおられると伺いました。その背景から、お聞かせいただけますか。
昨年、私が当社の代表に就任した2005年のことですが、荏原グループ全体の事業再編が加速し、当社の事業の一部を、荏原製作所およびグループ他社に移管することになりました。それに伴い、五百数十名の社員のうち二百名以上を出向という形でグループ各社に送り出すことになって、当社は残った事業と社員でやっていくことになりました。ここで、出向した社員にも残った社員の間にも、会社に対する不平や不満、不信が渦巻く状況となりました。これ、私は"3F"と呼んでいるんですが、これを機に改革に取り掛かりました。
当社は労働組合を持ちませんが、その代替機能を果たす従業員会が、社内のイントラネットに掲示板を設け、社員が意見を発信する場を提供しています。その掲示板に"3F"が、かなり率直に投稿されていた。最近ではずい分減りましたが、当初は相当に過激な内容や表現の投稿もありましたね。その多くが、経営幹部への批判であり、上司への不満でした。
では、なぜ"3F"が起こるのか。結局は、会社が何を目指そうとしているのかが、現場に伝わっていないこということなんですね。そこで、今、マニュフェストってあちこちで導入されていますよね、あれを私も作成しまして、事業部長に下ろし、それを受けて事業部長に各自マニフェストを作成させました。それを部課長へ下ろし、管理職から社員へ下ろし、最終的には300名全員のマニフェストを作成するということをやりました。公約達成期限は3年です。このとき、私がマニフェストの中でうたったのが、「従業員がわくわく感を持って仕事に取り組む企業になろう」ということ。名づけて「ワクワクカンパニー宣言」です。
しかし、実はあるコンサルタントに「マニュフェストでは上手くいきませんよ」といわれたこともありましてね(笑)。
────上手くいかないという理由は何だったのですか?
MBO(目標管理制度)というものがありますよね。あれと同じだというのです。目標が形骸化してしまって、MBOのためのMBOになっているケースが世の中に多くありますね。マニュフェストも、作っただけでは形骸化してしまうという指摘でした。実際、マニュフェストは公表したものの、どうも上手くいかないんですね。現場に上手く伝わっていない。管理職の言語能力というか「思いを伝える力」に問題があると感じています。
例えば、現場に伝わらないことの分かりやすい例でいいますと、こんなことがあります。今は、メールが発達していて大変便利ですね。ですから、私も役員への連絡にはメールをよく利用していました。同時に見て欲しい関係者にはCC(同報)をして、「○○をしておくように」などと指示を出すわけです。すると、受け取った人間はどうするか。私のメールを「社長がこういっているから、やるように」と関係者に転送するんです。そのまま、ですよ(笑)。これでは、ブレイクダウンになりません。それに気付いてからは、指示は手書きのメモで渡すようにしています。それも、他にそのまま回すことができないように、本人だけに宛てたメモ。カーボン紙が裏に貼ってあるメモ用紙がありますよね、あれを愛用しています。私も出した指示を忘れることがないよう、手元に控えは残しておくんです(笑)。
まあ、これは極端な例ですが、中間管理職のマネジメント力の問題は大きいと考えています。
────管理職の方々も管理職研修は受けていらっしゃるものの、マネジメントの何たるかを「知っている」ことと「できる」ことにギャップがあるのは、なぜだと思われますか。
研修は確かに実施しています。ただし、徹底していませんでしたね。一般的にいっても研修費は業績によって真っ先に削られる予算ではないかと思いますが、マネジメント力強化を目的に数年前に実施した上級管理職研修を継続できなかったり、徹底した教育は行ってこなかったと反省しています。
また、もう一つ大きな要素としてあるのが、当社の事業構造です。現在の当社の主要事業はもの造りではなく、エンジニアリングや技術によるソリューションの提供。そこでは、工場のようにラインがあってチームを組んでというスタイルよりも、どちらかというと個人で取り組む仕事が多くなりがちです。その中では部長や課長といっても"一プレーヤー"であり、自分の仕事にかかりきりになってマネジメントに目が向いていないわけです。一人親方の集団というと、分かりやすいかもしれませんね。
しかも、親会社との縦の関係が強いために、当社の組織も縦割り色が非常に強い。一般の会社なら、営業がいて技術者がいて納品後のフォローをする担当者がいてと、役割分担がありますよね。当社は、それを一人でやるんです。見積もりの作成から納入まで、全てです。親会社の営業が外部市場から受注したプロジェクトに電気・制御担当として参画し、その役割に注力するわけです。こうして、当社の他部門とのヨコの繋がりよりも、親会社の事業部とのタテの関係が強固になります。場合によっては、担当者を自由に人事異動することもままならない状況も生まれ、結果として人事が硬直します。
また、親会社のラインの指示に従うことが求められますから、独創的な発想は不要となります。結果、自分で考えて工夫するという習慣も身に付かない。さまざまな問題の原因には、当社の事業構造ゆえの環境もあると考えています。エンジニアリングを軸に、もの造り事業も強化。
仕事が目に見えることが、"わくわく"の源泉。────グループ会社であるがゆえの事業環境が、背景にあるのですね。御社の売上高に占める荏原グループからの受注比率は、どのくらいになられるのですか。
おおよそ80%になります。
────その比率も、今後は下げていこうとお考えでいらっしゃるのでしょうか。
いわゆる外販は、増やしていきたいですね。ただし、これまでは売上高の六割が荏原製作所を窓口とする官需だったために、どんな技術がどのように民間に転用できるかはこれからの課題。官需やグループ企業向けに磨いてきた技術を、是非グループ外の民需産業分野向けに展開したいと考えます。また、今後は、メカトロ事業に力を入れ、もの造りも事業の核にしていきたいと考えています。やっていることが"見える"仕事が必要なんですね。
経験の少ない分野ではありますが、既に数々の製品を生み出しています。最近の身近な例では、某著名ブティックの大阪店の改装に関わりました。ビルの外壁を壁画のように飾っている巨大なLED(発光ダイオード)パネルがあるのですが、これ、実は当社がアメリカの企業とライセンス契約して製作したパネルなんです。いってみれば巨大なテレビ画面のような物ですが、粒子を粗くすることでコストを下げ、さりながら映像はきちんと映し出す。この光の制御に当社の制御技術が応用されているんです。今回のブティックの場合は白黒のモノトーンでしたが、もちろんカラーも可能。都心の別な高層ビルでも案件が進んでいまして、そこでは壁面を流れ落ちる水をLEDパネルで表現できないかと企画中です。まあ、実際に水のように見せられるかどうかが問題ですが(笑)、こういった話題になる実績をもっともっと作っていきたいと思いますね。
実際、現場には、熱意はあるんです。それを感じたのが、マニュフェストを作った際に、"タウンミーティング"と称して行った、部課単位でのミーティングでした。社員を集めて直接話してみると、一人ひとりは熱意を持っている。それが発揮されないのは、自分たちがやっていることが見えないからなんですね。
ですから、こうした事例を社内で共有する仕組みも必要なんです。縦割り組織になっているために、他の部署が何をしているのか、横の情報共有が少ない。事業部単位ではイントラネット上にホームページを設けて情報共有をしていますし、私も個人のブログをイントラネットに開設して情報発信に務めています。このブログを書くというのがなかなか大変でして、ともすると更新しないまますぐに数日が経ってしまい、掲示板に「最近は社長のブログの更新がない」なんて社員に書かれたりもして(笑)。昨年に開設してからこれまでのアクセスが2万5000件ですので、社員はかなり見てくれているようです。
経営情報も積極的に開示するようにしていまして、四半期決算はイントラネット上で公開し、半期決算では全社員を集めて、会社は今こうなっていると私が直接説明をしています。しかし、まだまだヨコの情報の共有が進まない。どういう方法が効果的なのか、思案しているところです。
自分のしたことが認められ、注目されれば、
人は"わくわく"する。────最近は、個人のモチベーションのリソースが多様化しているように感じます。人が"わくわく"するためにはどのような事が必要なのでしょうか。
自分のしたことが注目され、褒められて認められること。これが一番ではないですか。あることをして、それが評価される。そうすると、損得勘定抜きに仕事が楽しくなりますね。楽しい気分は伝染していくもの。これが"わくわく"の源になるのではないでしょうか。
ですから、社員を褒める取り組みも始めているんですよ。管理部門で「月間MVP」という表彰制度を導入していましてね、こんな取り組みをした、こんなことを頑張ったという人を他薦して表彰するんです。
実は、この制度には褒める以外の目的もあって、褒める側の人たちのことも狙っているんです。普段はあまり誉められることのない人事や経理、知財や品質保証といった間接部門である管理センター所属の管理職が、センター員30名中から今月頑張ったひとを推薦し、他部門の外部審査員数名にも参加頂き投票してMVPを選ぶのがこの制度のポイントなんですが、そうなると褒めるにも理屈がいりますね。感情的な好き嫌いで、「あいつのことは気に入っているから推薦しよう」というわけにはいきません。周囲が何をしているのか、何にどう取り組んでいるか、よく見てないと褒められない。毎月、管理職全員が必ず誰かを推薦するというルールにしているのですが、「今月は、推薦できるひとはいない」という人も残念ながらいます。推薦をよく出してくる人は、周囲をよく見ている人が多いですね。見ることで他者への関心が生まれ、関心が生まれることで情報の共有も進む。そこが狙いなんです。
────評価や処遇の仕組みとして、人事制度についてはどのようにお考えでしょうか。
職責と役割を明確にする制度に変えていきたいと考えています。給与や賞与が年功序列で決まるのではなく、"責任の重さや仕事の大きさ"と"目標達成、成果"に応じて決まるという処遇が理想。もちろん、現在の待遇を突然変えるわけにはいかず性急な改革は難しいわけですが、年齢や学歴を問わず役割や職責で評価する制度にしていきたいと考えています。
結局、今は、年功序列的に昇進・昇格が行われているために、マネジメントに関わるどうかを問わず管理職への登用がなされ、1つの組織が部・課長を複数抱えているというのが現状。そのことが、マネジメント力の低下にも関係していると思っています。それを、職責を明確にすることで管理職はマネジメントを担う者、そうでない者は専門職とコースを分けることも必要だと思いますね。
改革に王道なし。社内の常識を疑い、
他社のよい施策は積極的に真似をする。────社長の個人ブログや月間MVPの表彰、人事制度の改革など、さまざまな手を打っておられるのですね。
どんな方法が効果的かということは、いろいろ試してみないと分かりませんよね。自社に合った施策が良いなどといいますが、何もないところに自社のオリジナルを作ろうといったってそれは無理な話。他の企業を見ればそこにお手本があるわけだから、いいと思うことは積極的に真似をすべきだと思うんです。取り入れてみて、これはイケるなと思えば、そこから自社に合った形に工夫して定着させていく。その積み重ねだと思います。
例えば、今、取り組みたいと思っているのが、"5S"。整理、整頓、清掃、清潔、躾(しつけ)の5項目、もの造りの工場なんかではどこも取り入れているアレです。私は、荏原のブラジル工場に長く駐在していましたし、再編前には電動機製造現場に深く関わっていましたから"5S"には馴染みがあるんですが、開発や事務系の部署にはこういったものがないために、フロアがけっこう雑然としていまして(笑)。事務職が使うファイル一つとっても、棚に何冊もあるわけです。こんなに必要なのかと聞いて、必要だといわれればそのままにしておいたのを、「減らせ」といってずい分少なくなりましたね(笑)。事業が成長して人を増やそうとなったときに、今のオフィスではこれ以上は入らないわけです。整理、整頓してスペースを空けておけば、いつでも人を増やせます。
────なぜ"5S"が必要なのかという背景を理解することも、大切なのですね。
そうです。"5S"は業務の標準化にもつながりますから、縦割り組織の中でみんなが自分のやり方でやっていた状態から、標準化することで役割分担を進めることもできる。また、標準化されていれば、何かあったときには隣の部署の仕事もできるわけですから、組織が柔軟になって業務の効率化も進むはずです。
────しかし、中には、自分流の仕事の進め方にプライドを持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこが難しいところなんですね。先日あるフロアの座席配置図をみていたら、課と課の間に点線が引いてある。これは何だと聞いたら、境目だというんです。そこには昔、棚があって、互いの課を分断していたんですね。それで、まずは物理的な壁から取り払おうと棚を撤去したところ、代わりに点線が引かれていた(笑)。棚にある備品も、各部署それぞれが揃えていて、中には重複しているものもある。長年の習慣はすぐには変えられないとは思いますが、しかし、だからといってやらないという選択肢はありません。
今、私が注目しているのがキヤノン電子工業の経営改革です。7年間で経常利益が11億円から120億円に、10.9倍になった会社です。その間、売上高の伸びは24%に過ぎません。その大元はやはり、生産方式の見直しにある。しかも、生産ラインに限らず会社中の効率を追求しているところがすごい。例えば会議は立って行うとか、執務も立ってできる部署は立ってやるとかね。工場のラインなどではよくこういう不満が出るんです──組み立ての俺たちは立って仕事をしているのに、管理部門は机に座ってタバコを吸っていると。ラインで何か問題が起きて管理部門に報告に来た時に、聞く相手が座っていると、何か威圧感を感じるんですね。それが、管理部門も立って執務することによってお互いの目線が揃って、そこに一体感が生まれるわけです。
────そういった、些細に思えることにも目を向けて、社内の常識や慣習を疑ってかかることが大切なのですね。
そうです。当社でも会議を立って行うといった事なら導入できると思いますし、実際、私のデスクの横にある打ち合わせ机は、立って使うタイプのものに変えました。
仕組みという"ハード"と、楽しむという"ソフト"。
両面からのアプローチが、改革の秘けつ。もう一つ、同じやるにしても、遊び心が大切だと考えています。例えば、経理部門が取り組んでいる"5S"運動では、壁に部員の一覧表があって、当番が退社時にそれぞれの机を採点して、マルか三角をつけている。不合格の人には「○○さん、今日は三角でしたよ」と、ちょっとしたゲーム感覚でやっているんですね。不合格がバツじゃなくて、三角だというのもいい(笑)。
────"わくわく"企業を目指す改革がガチガチしたものであっては、"わくわく"しないですね。
そう(笑)。ですから、制度や仕組みをきっちりと整えるという面と、月間MVPの表彰やゲーム感覚の5S運動など、遊び心を取り入れるという面と。その両方からアプローチしていくことが大事なんだと思いますね。
ただし、やるなら徹底してやる。先ほどお話したキヤノン電子工業では、経営会議を10時間ぶっ通しで立って行ったこともあるそうです。それに耐えられない者は、役員に合わずということになると。よく、「とりあえず、これで」っていいますよね。しかし、「とりあえず」が、その先に進んだ試しはない。改革するときには、いかに変化をつけるかということが大切だと思います。
イントラネットにある私の個人ブログは、『Porta ao Futuro ポルタ アオ フツロ』、略してPAOFパオフといいます。ポルトガル語で、『Porta ポルタ』は扉、『ao アオ』は向かうという意味があって、『Futuro フツロ』は未来。『未来への扉』、です。ブラジル駐在が長かったのでポルトガル語でつけたのですが(笑)。何を目指しているかが見えて、自分たちのやっていることが形になり、社会からも社内からも評価される。そんなワクワクカンパニーを実現したいと思っています。
────ありがとうございました。
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