OBT 人財マガジン
2011.05.11 : VOL115 UPDATED
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どうやって社員に浸透させるか、浸透の難しさ
ソニ-のゲーム機「プレステーション」向けのネット配信サービスで氏名や住所等顧客情報が流失。日本国内だけで740万件を超えているという事態には驚かされる。ネット配信サービスにハッカーが侵入した結果ということであるが、コンプライアンス上からするとこれも単なる「想定外の出来事」と片付けられていいのだろうか。これは国内の某メーカーでの話であるが、社内のコンプライアンスの推進状況に関して調査したところ、以下のような結果だった。この調査には、役員、管理職720人、社員・臨時社員5120人が回答。・ 職場のコンプライアンス責任者・推進担当者を知っているか知っている:役員・管理職 96.4%、社員75.4%、臨時社員50.6%・ コンプライアンスに関して相談する窓口を知っているか知っている:役員・管理職 93.4%、社員61.2%、臨時社員32.5%つまり、社員の4割及び臨時社員の7割がコンプライアンス問題についてどこに相談していいかわからない・ 業務に必要な規約、規定、マニュアル類の所在を知っているかYES 役員・管理職 98.6%、社員85.7%、臨時社員59.4%同社では、2004年にコンプライアンス推進事務局を設置し、コンプライアンス関係のマニュアルを作成している。このマニュアル中の事例解説は社内の過去の不祥事を下敷きとしたもので非常に具体的な記述がなされている。2005年以降は、毎年1月をコンプライアンス推進月間と決め全国的に集会やモニタリングを実施している。さらに2006年には「個人情報保護対応マニュアル」を作成し、2007年には公益通報者保護法の施行に合わせてヘルプライン制度も導入。これほど積極的にコンプライアンス対策を実施している同社においても、基礎事項ですら十分浸透していなという事実は重大である。コンプライアンスの中身の論理性や質的な充実もさることながら、組織全体への浸透がいかに難しいか難易度が高いかということである。クレームへの対応、品質や安全性の確保等々、社員に理解してもらう必要がある経営課題がどんどん増加する昨今、その対応を組織全体に浸透させるというのは非常に難しいところである。社員に機械的な単純作業をやらせたいのであれば、マニュアルを作成して「〇〇の手順でXXせよ」と指示するだけで事は足りる。然しながら、「社員に~せよ」と伝えるだけでなく、「何故~しなければならないのか」という背景までを理解させて、実際の仕事の中で自立的に行動できるようにしておく必要がある。社内でいくら通知文書を流しても効果があがらないため、一部の企業では外部コンサルタントに依頼して分厚い資料を作成しているが、どれほど効果があるかどうか疑問である。「資料を配布すること」と「それを社員に理解させること」との間には天と地ほどの開きがある。経営理念や経営施策等を末端まで浸透させるためには、経営者が自ら社内に向けて発信するというやり方をとるが、管理者会議等にトップが出席して説明しても組織内部で伝達されていく過程で内容が徐徐に変質し、現場に降りてきた段階では、本来の意図と相当異なったものとなってしまう事例は枚挙に暇がない。これは、管理者が内容を自分なりに解釈し、解訳してしまうからである。ロシア語通訳者として高名であった故米原万里さんは、「話し手がどんなに博識でレベルの高い話をしても、通訳者の理解力と表現力を超えたレベルでそれが聞き手に伝わることはありえない」と言っていた。米原さんのお話は、組織内のコミュニケーションでもぴったり当てはまる名言である。経営トップがどれほど高尚な理念を伝えようとしても、それを受ける中間管理者が自らの知見を踏まえてそれを理解し、自らの言葉に置き換えて部下に伝達していく過程で内容が微妙に変化してしまう。たとえば、一回のコミュニケーションにおける伝達度を70%とすると、中間管理者から一般へ伝達する場合にはこれが49%まで低下する。要は伝達度がどんどん低下していく。単なる「コミュニケーションを良くすれば」或いは「わかりやすい言葉で」等といったレベルではとても浸透するといった代物ではないということをマネジメントする側が肝に銘ずべきである。「理解しない部下が駄目なのか」「理解・納得させられない自分のマネジメントの稚拙さなのか」。いずれにしても「経営の意思が組織全体に浸透し、現場がそれを積極的に推進している状態」を良い経営というのではないだろうか。