OBT 人財マガジン

2013.03.27 : VOL160 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第四回【育成の瞬間】成長とは自分を捨てること-後編

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      浄土真宗本願寺僧侶、布教師
      松本 紹圭さん


      "人の育成に最も重要なことは?"第4回目にご登場いただくのは、浄土真宗本願寺僧侶の松本紹圭さんです。一般家庭に生まれながらも、幼少期に祖父のお寺で仏教に触れたことにより、大学卒業後、仏門へ入られた松本さん。2011年にはお寺の運営をもっと良いものにしていくためにマネジメントの勉強をすべく、インドでMBAを取得。今回は、松本さんに"仏教の教えからひも解く人財育成"について詳しくお話をお伺いしました。(聞き手:伊藤みづほ、菅原加良子)


    • 【プロフィール】

      松本 紹圭(SHOUKEI MATSUMOTO)

      1979年北海道生まれ。東京大学文学部哲学学科卒業。東京神谷町の光明寺所属。仏教の魅力を老若男女に発信すべく、インターネット寺院「彼岸寺」を設立。また、お寺を会場とした音楽イベント「誰そ彼(たそがれ)」や寺院内カフェ「ツナガルオテラ神谷町オープンテラス」を運営。2012年からは、お寺の運営と住職の在り方を学ぶ「未来の住職塾」を開講

      インターネット寺院「彼岸寺」http://www.higan.net

    • 仏教からみる人との関わり方

      ────後編では、仏教と経営という観点からお話をお伺いしたいと思います。まず、仏教から見た人財の育成についてのお考えをお教えいただけませんでしょうか。

      仏教の経典のひとつに『六法礼経』というものがあります。主人と使用人の幸せな関係を築くための方法が書かれていのですが、現代の私たちならば、上司と部下の関係に当てはまると思います。

      【上司が部下に対してすべきこと】

      ①能力に応じた仕事を与える
      ②仕事に見合った給料を与える
      ③病気の時は看病をする
      ④美味しい食べ物を分け与える
      ⑤時期を見て休みを与える

      【部下が上司に対してすべきこと】

      ①上司より早く出勤する
      ②上司より後に仕事を終える
      ③与えられた給料だけを受け取る
      ④仕事に熟練し、責任を持つ
      ⑤会社や上司の名誉を傷つけない

      これらは2千年の時を経ても変わらないことだと思います。

      ────考え方の本質というのは何年たっても変わらないのですね。

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      そうですね。ただ、現代の企業における人財育成に関しては少し違ってきていると思います。今までの様に一方的に企業の論理を教えて育った人財はこれからの会社で必要なのかという問題があります。

      "自社の考え方を身につけさせる"というのは、型を身に付けるというと少し聞こえもいいですが、実際には型にはめて行く作業だと思うんですね。でも、これだけ変化の速い社会では、そこから本当の変革が始まるとは決して思えません。では、そういう時代に人財に対して何ができるかというと、やはり一人ひとりの可能性を伸ばすことだと思うんです。

      ある人のポテンシャルを最大限引き出すためには、やはり何かを入れるというよりは、まず空っぽにするところから始まると思います。加えるより、捨てる作業の方が重要だと思うんです。(前編参照)それは短期的に見ると、企業にとってはリスキーな部分もあります。捨てる作業は本質に向き合う作業でもありますから。下手をすると、「自分にとってこの会社は大切なものじゃない」ということに気がついて、(考えに至って)会社そのものを捨てる対象として捉えてしまうこともありえます。

      でも、それぐらい本気で、その人の人生の可能性を伸ばしてあげようという懐の大きさが、これからの人財育成なのではないでしょうか。人財の育成を会社の論理で進めようとしても、想像を超える人財は育ってきません。やはり、懐深く、その人の人生という視点で育ててあげなくてはいけないんじゃないかと。

      最近では、人を引き付けるためになにか条件で処遇しようとしても、できる人は集まりませんね。私も含め、若い人たちはやりがいを求めていると思います。

      ────"やりがい"となると、やりがいは与えるものなのか、自ら得るものなのではないかと言う議論がありますよね。

      確かにそうですよね。企業側ができることとしては、社員の人生の重要な部分を構成する仕事において、その人が生きがいを追及できるようなカルチャーになっているかどうかは大きな違いを生むと思います。

      それから、働く側の考え方なのですが、仏教では『サンガ(※)』というものをとても大事にしているんですね。仏・法・僧と言って"仏"はお釈迦様で"法"というのは教えそのもの、そして、"僧"は仲間、それらをまとめて三宝といいます。仏教における三つの宝のうちのひとつが、「仲間」なんです。よい仲間を得ることは悟りへの近道ではなくて、もし本当によい仲間を見つけれらたら、悟りを得たもの同然だと言われるくらいです。

      (※)サンガ:僧伽(そうぎゃ)は仏教の用語で修行者の集まりや、教団のことを指す。

      ────それは、共に頑張れる仲間を見つけるということで、切磋琢磨することによって自身のモチベーションもあげていけるということですね。

      はい。志が高い人達が集まり、自らで考えることをし始める。それが社員が所属する企業が、他人事ではなく、その人自身のもの、人生そのものになった状態だと思うんです。だからこそ、先程も申し上げた通り、それをみんなでやっていけるような風土になっているか、カルチャーになっているか、体制になっているかっていうことが企業にとって重要だと考えます。

      社会のブレークスルーを仏教の視点から後押しする

      ────結局は、人の育成も縁起(前編参照)と言う考え方に通ずるということですね。松本さんが立ち上げた『未来の住職塾』でございますが、始めようと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。

      これまで「お寺カフェ」や「インターネット寺院」などさまざまな試みを行ってきましたが、一度立ち止まって、これからのお寺の在り方というのを私自身整理して考えたいと思いました。今までやってきた活動が点としては成り立っていたんですけれども、それら全体がどう統合されていくのか、お寺の未来を本気で描きたかったのです。そして、それをちゃんと社会と接続していきたいと思いました。

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      (※)左:寺院内カフェ「ツナガルオテラ神谷町オープンテラス」 右:お寺を会場とした音楽イベント「誰そ彼(たそがれ)」

      私は、お寺は気づきの場だと思うんですよね。その気づきの機会をどう提供していくのか。今、企業や学校でも教育プログラムというものがありますけれども、それが本当の意味で効果を発揮していくためは、人生レベルの思想を理解することが絶対に必要になってきます。そして、その思想から、教育プログラムを学ぶと今以上に気づくことがたくさんあると思います。その思想を学ぶ場として今後お寺が果たしうる役割は、すごく大きいと思うんですね。残念ながら今は、果たしきれていないのですが。

      お寺とは、人の根本的な価値観を育てる場所であって欲しいという気持ちがあります。そのような心を支える社会インフラがあったうえで、教育プログラムがあれば、もっともっと歯車がかみ合っていくのではないかと思うんです。その根っこの部分が、今の日本社会にはずいぶん抜け落ちているように感じます。

      ────現在、お寺で座禅を組む人、説法を聞きに来る若者が増えてきているそうですが。

      そうですね。今、そういう思想を学べる場が求められているのだと思います。だから、まずは教える側のお坊さんが、自ら人財としての質を高めて、自分にとって損か得かというところでの生き方ではなく、もっと大きい視点に立つことが必要なのだと思います。

      ────最後に今後の目標をお伺いできますでしょうか。

      今後、「未来の住職塾」が発展したら、お寺がいろいろな人(一般の方)への気づきを促していく役割を果たせるよう、さまざまなプログラムを皆とともに作っていきたいと思います。

      お寺は今まではお葬式や法事をする場所だけだと思われてきました。確かに、お葬式は大事です。なぜなら、お葬式を通じて人は「死」を意識し、自分自身の人生で本当に大切なものを考える機縁となるからです。しかし、現在のお葬式がそのような機縁として機能しているかどういか。

      他人の「死」に触れることは、気づきを得るためのとても重要な体験です。自分の死は体験出来ないですけれども、人の死に触れることから、自分の死を意識することはできます。それによって、ふだんは損か得かという物差しで生きていたとしても、最後には全部手放さなくちゃいけないということに気づくんです。

      「葬式仏教」などと揶揄されますが、私は葬式という重要な「気づき」の現場にお坊さんが関われるということは、とても意味があることだと思っています。だからこそ、その意味をきちんと人へ伝えて行かなくてはいけないのですが、それが上手くできていない。まだまだやるべきことはたくさんありますので、ひとつひとつ本当に実現していきたいと思います。

      ────それは、お寺に限らず一般の企業でも同じことですね。顧客の為に、何をするべきかを社員一人一人が見つめ直さなければ、世の中は変わって行きません。本日は貴重なお話をありがとうございました。


      インタビュー後記

      今回は仏教という視点から人財育成についてお話をお伺いしたのですが、そこから感じたことは、起縁と言う考え方です。『一切のものは、それそのものとして成り立っているものは何一つなく、必ず何かと繋がっている』ということ。
      人は一人では生きられず、周りの助けがあり、そして、周囲と関わり合いながら生きています。しかし、忙しい時や、自分自身が落ち込んでいる時などは、その事を忘れ、自分一人が仕事をしている気になる。また、自分中心に物事を考えてしまったり、他責にしてしまったりしていないでしょうか。
      人は自分自身に目を向けることは非常に難しく、周りの人達との繋がりや対比によって、自分を見ることができます。だからこそ、人との関わりは重要になる。
      今回のお話を通じ、改めて周囲の人達の存在の大切さ、尊さを学んだように思います。職場や普段の生活でもその事を意識し、より良い関係性を築きあげられるよう自ら努力する必要があるのだと痛感しました。

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      聞き手:OBT協会  伊藤みづほ

      OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

浄土真宗本願寺僧侶、布教師
松本 紹圭さん