OBT 人財マガジン
2013.01.23 : VOL156 UPDATED
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第二回【育成の瞬間】指導者の役割は選手を輝かせること-後編
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柔道家
古賀 稔彦さん
"人の育成に最も重要なことは?"第2回目にご登場いただくのは、柔道家の古賀稔彦さんです。現役引退後は、人の夢を後押しする指導者の道に魅せられ、子ども達の育成を目的とした町道場「古賀塾」を開塾。現在では、古賀塾で指導する傍ら、2007年4月から岡山県のIPU環太平洋大学体育学科教授、並びに女子柔道部総監督を務めていらっしゃいます。指導者として、選手・子ども達の育成に全力を尽くす古賀さんに"自ら成長していける人財の育て方"について詳しくお話をお伺いしました。
(聞き手:伊藤みづほ、菅原加良子)
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【プロフィール】
古賀 稔彦(TOSHIHIKO KOGA)
1967年福岡県生まれ、佐賀県出身。中学・高校と数々の全国大会で個人・団体戦を制覇。1992年のバルセロナオリンピックでは、大会直前に膝に大怪我を負いながらも金メダルを獲得。引退後は、子ども達や大学生に柔道を教えている他、指導者として子どもたちや選手のサポートをしていきたいという思いから、医学を学ぶため2008年に弘前大学大学院医学研究科博士課程に入学、2012年に同大学を卒業し、医学博士号を取得する。また、2010年には総監督を務めているIPU環太平洋大学女子柔道部が創部4年目で全日本学生体重別団体優勝大会で初優勝の快挙を達成。2011年、2012年と連続で日本一に導き、大学柔道界においてもその指導力を発揮している。。
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自分を知ることで、人は変われる
────古賀さんは中学入学と同時に柔道の養成私塾である「講道学舎」に入門するために上京され、その後エリート街道を進んで来られたと伺っておりますが、幼少期から、柔道家としての素質は持っていらっしゃったのでしょうか。
私自身が元々病弱でしたし、気管支炎喘息を患っていて、いつも寝ているような子どもでした。あと人前に出ることも出来ない子でしたね。だから、人としゃべることもできない臆病ですし、今の私とは、正反対な子どもだったんです(笑)。でも、柔道を始めて、人に負けて悔しいという気持ちを感じたところから、自分の中にあった負けず嫌いな部分がバーンと出てきて、もう負けたくないって思うようになりましたね。
だから、僕はいろんな子どもたちを見ていて、強気な子もいれば、弱気な子もいっぱいいるんですけれども、弱気な子には、"俺もそうだったけど、きっかけがあって今はこうなれた"って話をするんですね。私が元々強気でガンガン行くような子だったら、「そういう子じゃないと向かないんだよね格闘技は。お前みたいなやつは無理だ」と一線を引いていたと思うんですよ。でも、元々は弱いところから始まっているので、考え方一つで、人は変われるっていう。
────小さい頃は、考え方も凝り固まっておらず、柔軟なので自分を変えることができると思ますが、大人になってから考え方を変えるということは大変なことだと思います。私共は人はいくつになっても変われると信じておりますが、古賀さんはどのようにお考えですか?
変われると思いますよ。それに、変われるきっかけは、日々の中でもあると思うんですよね。例えば、上司と飲みに行かなくちゃいけない。うわ、行きたくないなーと思って行かない、あるいは行きたくないなと思って行く、ここからは何も学べないんですよ。だから、どうせ行くなら、"よし、何か1つでも2つでも学んでやろう、何かないかな"と思って行くんです。
私自身そういう経験をしていたので。最初に20歳でソウルオリンピックに出場した時に負けてしまって。そしたら、周りからなんやかんや言われるんですよ。そうすると人に接するのも嫌になる。でも、どうしても人としゃべらなくちゃいけない場面がある。その時には、人と話しているんですけれども、シャットアウトしていて、何も脳に入ってこない自分にして、ああそうですかという感じにしてたんです。
でもある時、どうせ同じ時間過ごすんだったら、これからの自分にもしかしたら、"あ、これって必要かもしれないな"という言葉があるかもしれないなっと思い、一回聞いてみようと、耳栓を外したんですね(笑)。
そしたら、意外とその話って自分自身反省しなくちゃいけない話だなとか、この話自分に当てはまっているなというのが、例えば10コ話を聞いても1コ2コはあったりするんですよね。そういう考え方を持ち始めたら、話を聞く時も"また言われるのかな..."と思う場面であっても、素直に聞いてみようと思えるようになりましたね。だって、それは最終的には自分をいい方に変える力になるんだということが分かったので。
────自分を変えるためには、まず人の考え方・人の見方を取り入れてみることが重要であるということですね。
そうですね。都合よく自分のやりたいことばかりは出来ないですから。でも、今、目の前にある嫌な現実も将来の自分の肥やしになるということです。そう思えば昔のことわざでいい言葉がいっぱいありますよね。"石の上にも3年"とか、"若いうちの苦労は買ってでもしろ"など。
それって私が思うに、"計算上の答えと経験上の答えは違うんだよ"ということだと思うんです。頭で考えるだけではなく、まずはやって見ること、そして、そこから学ぶことが大事なんだと。そういったことを先人たちが言い残してくれているってことは、経験することは人生の中において必要なんだと思いますよ。
夢を夢で終わらせない為に
────今、新しく社会に出てきる子たちはゆとり世代と言われ、受け身的であり、人と競い合わない子たちが多いと言われていますが、スポーツの世界はいかがでしょうか?
スポーツでもそうなんですよ。競い合わないですし、みんな仲良しなんですよ。でも、それは今の時代の子たちだけではなくて、何かを磨き上げて行こうとか、努力をしていく、競い合わせようとするということをあまりしてこなかった時代があったんですよね、日本に。子どもを通して大人もそういう時代を過ごしていますから。だから、結局大人も一緒だと思います。
だから、その子たちの問題ではないです。基本的に今の子たちは悪い子ってあまりいないんですよ。無関心な子は多いのですが。でも、そういった子たちもこちらが真剣に話すと真剣に答えてきますよね。
────そういう無関心な子たちへの指導の仕方はどうされているのでしょうか?
私の場合は、まずその本人が自分自身どういう自分でいたいのかと聞くんです。自分がどうなりたいのか。それで、現実的には今、どいう自分なんだと。その差をその子に言わせるんですね。自分の言葉として。それで、今の自分のままで、なりたい自分になれるのか。本当にこうなりたいんであれば、今自分の何をどう変えると、なりたい自分になれるのか、その為にやらなくちゃいけないことは何か等々を聞いて、全部本人に言わせるんです。
────自分が目標にしたいものと現実とのギャップを認識させるということですね。
はい。そして、私の場合は応援してくれている家族のこととかにも少し触れるんです。私は、選手の家族に直接合って話をすることがあるので、その時に聞いたご両親の気持ちを選手に話したりするんです。そうすると、この選手は、親がどう思っているかを知ることになりますよね。すると今まで自分の都合だけでやっていたな、という気づきが芽生えたり、親の気持ちにも応えたいって思うようになっていったりもします。
どうしても、自分事だと都合もいいですし、自分勝手に楽な目標に切り替えたりもします。でもそこに、自分のことを見守って、応援してくれる人達がいるんだ。ということを強く感じると、そういう人達に格好いい姿を見せようよとか、モチベーションもあがったりします。そういうことを通して自分を奮い立たせる。そして、周りとも競い始めさせるということをやっていきますね。
あとは、自分の掲げた目標を都合よく切り替えないためには、目標を色紙に書いて、それをトイレに貼りなさいと言っています。トイレに貼ることによって、自分も一日何回も行くし、家族も行くんだと。となると、自分の目標はこれなんだと常に意識出来るし、この色紙は家族も見ていると思うと、自分が持っている小さなプライドが働いて、練習さぼりたいなって思う時でも、練習行こうかな...とか、或いは家族に、「あなたトイレに日本一って書いてあるよ、今日練習行かなくていいの?」となるじゃないですか(笑)。
────自分の弱さに負けない環境を作るということですね。
そうですね。それに、うちでは塾生だけではなく先生方も、今月は特にこれを気を付けて指導して行きたいですということを書いてもらっています。そうすると。責任が発生しますよね。それに、目標があると、先生に「○○って書いてあるけど、全然気にも掛けて無いし、注意もしていないだろう」と突っ込むこともできる。それは他の先生方の刺激にもなりますからね。自分もやっていなかった...と。そういう環境は人を育てる上で、非常に重要だと思います。
────目標をただのメモ書きにさせないことが重要なんですね。最後に今後の目標などを是非、お聞かせ下さい。
柔道は男女ありますから。女性であれば、素敵な柔道家、男性であれは、格好いい柔道家に。そして、柔道が好きだなって思ってもらええる環境を作れる指導者を一人でも多く作って行きたいと思います。
指導者でも結果を出せたからいい指導者というわけではないんです。結果というのは強制的に出すことができますから。勉強だって、徹底的な勉強をさせれば、それなりに結果が出ますよね。でもやはり大切なのは、僕らであれば、自分が接した選手達が、柔道っていいな、柔道やっていて良かったな。また、将来子ども達に柔道を教えたいというふうに柔道が好きだなと思える環境が作れる先生が私はいい先生だと思います。
ある意味、柔道も伝統ですから。柔道が好きだという子を作ることが重要なんですよ。自分は強くなったけど、もう柔道は絶対にやりたくないという悪い伝統を残したら必ず消滅して行きます。だから、私達の役目はいい伝統をつなげて行くことなんです。特に今のこうい時代、先生達の不注意で取り返しのつかない事故に繋がってしまうとか、そういう良いイメージを持たれていない部分があるので、やはり柔道っていいなと思われる様な環境、指導者を作ること。
そして、指導者になるならないに関わらず、柔道を通じて目配り・気配り・心配りが出来る。人が困っていたら助けることが出来る。ごみが落ちていたら拾うことが出来る。優しい言葉を掛けてあげることができ、仲間を思いやることが出来る等、見た目の格好よさではなく、行動として"この人格好いい"と思われるような人を育てて行きたいですね。
────古賀さんは、柔道を通じて人として何が大事であるかという根本的な考え方を指導していらっしゃるのですね。これからの教育は技やノウハウではなく、そういった人としての本質の部分を磨くことが非常に重要になるのだと改めて痛感しました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
インタビュー後記
人を育てる上で大切なことは"本人に目標を持たせ、達成させること"と語ってくださった古賀さんですが、その目標を遂行するためには指導者のサポートが必須になるといいます。インタビュー中、古賀さんがおっしゃっておられた「百人生徒がいたら、百通りのやり方がある」という考え方のように、育成とは部下を注意深く見て、特徴・考え方を知ることから始まり、その人に合わせた指導をする事であり、それこそが育つ側の納得度・理解度を格段にUPさせ、成果に繋がるのだといいます。 今回の古賀さんのお話を通じ、人(部下や生徒)との関わり方、そして、人の育成には育つ側だけの問題ではなく、指導者側も"この人をどういう風に育てたいか"という明確なビジョンを持つことが重要なのだと改めて考えさせられました。
聞き手:OBT協会 伊藤みづほ
OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。
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