OBT 人財マガジン

2012.12.26 : VOL154 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第一回【育成の瞬間】学校教育に学ぶ"感性を磨く人財育成"とは-後編

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      実践女子学園中学校・高等学校
      前校長 松田 由紀子さん

      "人の育成に最も重要なことは?"今回から"人が育つを考察する"では、人の育成についてお話を伺ってまいります。第1回目にご登場いただくのは、前実践女子学園中学校・高等学校校長 松田由紀子さんです。公立高校の校長を経験された後、生徒募集の競争力が急落し危機に陥っていた母校である実践女子学園の再建を託され、学校改革に乗り出します。学校を改革する際に、教員のモチベーションをどのように挙げ、意識を変えていったのか、また教員歴40年の教育のプロに人との関わり方について詳しくお話をお伺いしました。(聞き手:伊藤みづほ、菅原加良子)


    • 【プロフィール】

      松田 由紀子(YUKIKO MATSUDA)

      1948年神奈川生まれ。実践女子学園を卒業後、大学進学。卒業後は神奈川県の教員になり、教頭・校長職を経て、2004年より、実践女子学園中学校・高等学校の校長に着任。2010 年に退職。

    • 変えること・変えないこと

      ────神奈川県で公立高校の校長をされていたと伺っておりますが、どのような経緯で私立である実践女子学園へ行くことになったのでしょうか?

      今から20年位前ですが、四谷大塚という塾が中学入試の偏差値を出した時は実践女子学園は60あったんですね。それが、私が実践に行くことになった前年は43で17ポイントも下がっていたんです。20年の間に徐々に下がっていき、50台を維持していたのが、着任の数年前に急落していました。その時、実践の卒業生であり、公立高校の校長をしていた私に「学校の立て直しを図りたいので、校長職を引き受けてくれないか」というご依頼をいただいたのです。

      ────着任されたときの学校の様子はいかがでしたか?

      大きな問題があるわけではなかったですね。ただ、少子化が進むことは明らかに分かっていたわけですから、他の伝統校と言われる学校は生き残りをかけて改革に取り組み情報発信をしていたんです。その中で実践が遅れを取っていて、時代性に合わせた新しい女子教育を取り入れている学校にドンドン追い抜かれていったという状況でした。

      私が着任したときには昔となんら変わらない教育をしているんですよ。それなりに学力が低下してもそれまでの伝統的な先生方の教育力があるので、子ども達はしっかり育つんです。ただ受験をお考えの親御さんからすると魅力的な学校ではないと思われたと思います。

      基本的には大学の進学率はその学校の入学時の学力水準と強い相関関係にありますから、低く入れば大学進学率が下がるのはあたりまえなんですね。そういう負の悪循環でした。変わらないでいることが、プラスになる社会状況ってあると思うんです。でも、逆でした。それが私が実践に行った時の最初の印象です。

      そこで私が行ったことは、他の学校が15年20年前から始めた学校の新しい教育の在り方の模索を6年間で集中し、集約してやったということですね。ですから、最初はやむを得ずトップダウンみたいな形になってしまったのですね。

      ────急な舵取りやトップダウンで意思決定されることに対して先生方の反応はいかがでしたか?

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      やはり、組織として右肩上がりの時は、前例踏襲と言うのは有効に機能しますよね。ところが、右肩下がりという時には、前例踏襲と言うのは悪なんですよ。それは、変えざるを得ないでしょう。でも、変えるということは、現状を否定しなくてはいけないわけですから、当然、それを是と思って一生懸命やっている人に冷や水をかけることになるわけですよ。当然反感は出ますよね。でもそれをしない限り、右肩下がりの組織を再生することはできない。

      そいう意味からすると、トップの明確な意思なり、行動力が絶対必要ですよね。それがない組織はダメになる。いわゆる責任をみんなで分担して行くという組織では難しいと思います。

      これは私が実践を退職した後、初めて聞いたのですが、私の傍で一緒に頑張ってくれた広報部長の先生から、「校長が着任した一年間は、全く孤立無援でしたね」言われました。(笑)

      ────実際にどのように組織を変えて行ったのでしょうか。

      私の場合は、いくつか有利に作用した状況があったんですね。まず一つは、私が実践の卒業生というのは大きかったと思います。今まで卒業生で校長になった方は一人もいらっしゃらなかったので。それこそ私の生徒時代は文部省の官僚の偉い方が校長をずっとやっていましたし、みなさん男性ばかりですよ。女性は、創立者の下田先生と二代目の下田先生の姪御さんがいて、私で3人目でした。それに先生方の中には、私の在学時代の同期が教員として何人か居たので、皆さんが物凄く力になってくれたと思います。

      それから、元々先生方の定年は70歳だったのですが、私が着任する何年か前に65歳に引き下げになったんです。でも65歳でも本当は大変ですよ。若い子どもの相手は(笑)。まして中学生の相手をするなんて...。そこで勧奨退職を設けたんです。つまり、早期退職を打ち出したんですね。早期退職をした人は退職金を上乗せしますよと。それで、結構退職者が出たようです。

      そうなると、新しく人を補充しなくてはいけない。通常ですと毎年数人ずつですが、一挙に先生が辞められたので、その先生方の補充で若い教員が大量に採用されることになったんです。

      その若い教員は30歳前後なのですが、その人達からすると実践の昔ながらの女子教育に違和感を感じる方もいたようです。今まで通り、毎年数人しか入って来なければ、発言力もないですし、それを否定する力もないですけれども、一変に新陳代謝を図ったことによって、新しい先生方同士で今の時代性でこういう教育でいいのか...と、内心危惧されていたようです。外部からの評価も下がっていましたから、今までいらっしゃった先生方からも少しずつですが、疑問の声が出始めていたと思います。

      意識改革には、人を思いやる心が必要

      ────そういった中で、どのようにして先生方の考え方を一気に変えて行ったのでしょうか。

      着任半年は現状把握に充て、半年後に先生方の中から有志を募って委員会を作り、「他の私学が取り組んでいることをリサーチし、その中で実践として取り組めることは何かを精選して下さい。」とお願いをし、それを残り半年かけて行いました。また、意思決定の場ではなく、フリーに意見交換できる場を全職員参加でやってもらい、そこで委員会の提案をし、出て来た意見を実際に取り入れて全員で取りくむ。それが学校改革のスタートでした。

      その時に出てきたことは、いろいろ先生方が工夫して提案したもので、私のアイデアは入っていません。やはり、現場の先生方に自分事として自ら考えて頂くことが重要で、教科指導の中でそれそれが取り組めることを考えてもらいました。

      ────現場の先生方が自ら考えるということが重要なのですね。

      そうです。あと、もう一つ重要なことは透明性ですよね。上に立つ者が透明性を意識して仕事をしているのであれば、先生方もなぜ校長がこういう言い方をしたのか、なぜ、こういう考え方が出てきたのかが分かってくると思いますし、先生方も決定のプロセスをある程度共有できるということが重要ですね。透明性というのは、情報の共有ということでもありますね。

      それから私は、透明性ということは私と教職員の間だけでなく、教員と生徒の関係でも、親御さんとの関係でも一緒だと考えていました。親御さんは子どもが大事で大事で仕方がないわけですから、その子どもが苦しんでいたり、楽しくなさそうだったり、上手くいっていないということが分かると、子ども以上に一種のパニックになるんです。学校としては、そういう親御さんと向き合わなくてはいけないですよね。私は、問題がこじれた場合の対応は校長の出番だと思っていました。

      ────どのような対応をされたのでしょうか?

      事実を認める認めないの話になったら意味ないんです。誰も学校に悪意を持ち、嘘をつく為にわざわざ仕事を休んでまで来ませんよね。本当にそういう風な状態だと思っているから来るので、まずそれを100%受け入れるんです。それから、突然問題が起きるということは殆どなく、親御さんが学校に来るという行為の前には、大抵事前に担任と親御さんとの間でやり取りがあったりします。

      ですから、私の職員に対する事前指示として、親御さんの苦情であるとか、子ども達に対するいろいろな心配事の話があった場合、必ず要点だけでもいいからメモをとっておいて下さい。いつ、誰からこういう電話がありましたと、必ず記録をしておいて下さい。というお願いをしていました。

      その上で、問題がこじれた場合には関係の職員から説明を受け、事実関係の概要を理解した上で先生方と話し合い、私自身の判断を踏まえて対応をしてもらいます。ですから、私が親御さんとお会いする際には話を十二分に聞いたうえで、そういった経緯も全てお話します。すると、大抵の親御さんは、校長が自分の子どもの問題を理解していること、学校全体の判断で現在の子どもへの指導がなされていることが分かるとご納得いただけるんですね。

      しかし、最善と思う方法でお子さんに指導をし、親御さんにお伝えしてもなかなか理解していもらえない場合もあります。そうなると、先生方が一人の生徒の為に圧倒的に時間を費やすということは学校として認められないというのが建前ですから、きちんとそこから先のことをお話します。

      ────そこから先とはどういったことでしょうか?

      お子さんが今抱えている問題を解決しなくてはいけないのは、学校自身の問題ではありますが、その協力者は親御さんでもある。相互に協力し合って、お子さんの問題を解決するという考え方をして下さるとお約束ができるのであれば、私としては喜んで先生方にもお願いをし、今後とも指導を継続したいと思います。しかし、今お話した通り、先生方も一生懸命やっており、私自身の判断も入れた指導をしているにも関わらず、親御さんがそれを受け入れず、学校にも協力していただけない場合は、残念ながら私どもの教育力を超えると申し上げざる得ない。とそこまで言います。

      ────それは、保護者の方に学校としての考え方を伝え、より深くご理解を頂くということと、学校や先生、生徒を守るということにも繋がりますね。

      はい。そうすると、十分に話を聞いてもらった上でのことなので、大抵の親御さんはご理解くださいます。本当は努力をし、希望して入った学校ですから、子どもも辞めようとは思っていませんし、親御さんも辞めさせようとは思っていませんので、お互いが現状を理解し、協力し合うということが重要なんです。

      私と同席をしていた教頭や学年主任、そして担任の中には、実際に私が仕事を辞める時に、「校長先生の子どもに対する対応や保護者に対する対応は凄く勉強になり、校長先生の対応を見てから自分は親と接することが、非常に楽しくなりました」という言葉をもらったのですが、それは嬉しかったですね。

      ────そういった関係性の中で、先生や保護者の方の意識を変えて行かれたんですね。

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      教員になってから40年近くになりますが、最初の頃から比べれば、親御さんの教員に対する信頼が落ちていますし、社会からの信頼も落ちています。そして、組織としての教育力も落ちていますよね。それは、昔ですと先輩の教員が後輩を叱るなんていうのは、自然な場でありえたことなのですけれども、今は叱る方も叱れないし、言われる方も言われたくないって感じですよね。日本人の考え方がそういう考え方に変わってきたということがあるんです。

      でも、突き詰めれば同じです。大事なのは、何かトラブルが起きた時には、その人が自分以上に苦しんでいるという見方に立てるかどうかですね。そういう気持ちがあれば、絶対に人と上手く接することが出来る、導くことが出来ると思います。そういう考え方が困難な問題の解決の糸口になります。

      ────人を指導するということは、まずは相手の気持ちに立って考える、そして、十分理解し、受け入れるということが非常に重要だということですね。最後に今後の学校のあるべき姿についてどのようにお考えでしょうか。

      どんな組織でも、個人的な利害の対立など、一体化を阻害する要因は存在すると思います。しかし、それを前提として、現在の営みが社会への貢献につながるか、公正さを担保しているか、というような規範意識を組織の意思決定者が行動で示すことが、大変重要だと感じています。

      ────トップの方が進むべき方向を明確にすることで、先生方も自らのやるべきことが見えてくるということですね。

      そうですね。学校では、生徒にとって何が必要で、何が重要かという比較的明確な共通目標が設定しやすいので、それがブレなければ、全体の協働体制は築けます。『3プラス1』の取り組みや『25年後の私』というライフデザインで、先生方の仕事量が確かに倍増したのですが、日本の豊かさの維持のためには、労働人口の縮小を補う高いレベルでの女性の参画が不可避であると私は考えています。また、生徒の将来の生き方に責任を持つという学校の使命を確認し合うという共通理解が醸成されれば、先生方の誇りと自信が困難な仕事を支えると思っています。

      ────現在、若者の離職率が上がっております。一つ考えられることは、"仕事がつまらないや自分に合っていない"という人が多いのですが、それは、仕事のあるべき姿や明確な目標がないからかもしれませんね。逆にそういった物をきちんと持つことで、障害を乗り越えられるということですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

      インタビュー後記

      人を育てる上で重要な考え方は、主体的意思を持たせ、自ら行動させること。
      松田さんが行なった学校改革には、その考え方が盛り込まれていました。着任時の一時的なトップダウンはあったにしろ、現場に一番近い人達の考え方を採用し、主体的意思を持たせ、改革を進めていきました。
      「先生方自らがいろいろ考え、工夫することが重要なんです」というお言葉通り、松田さんは現場の提案を受け入れ、先生方が自主的に行動することをサポートして来られました。お話を伺い感じることは、現場こそが競争力の源泉であるということ。その現場を経営トップが十分理解していることが重要なのだと改めて感じました。

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      聞き手:OBT協会  伊藤みづほ

      OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。