OBT 人財マガジン

2012.05.23 : VOL140 UPDATED

人が育つを考察する

  • 【教育改革】現行のやり方に異論を唱える(後編)
      ―――これからの教育で必要なこと

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      元都立三鷹高校 校長
      土肥 信雄さん

       
      全校生徒の顔と名前を完全に覚え、毎朝学校の校門に立ち、笑顔で生徒に話しかける。また、放課後になると、クラブ活動に顔を出し、率先して生徒と一緒に過ごす元東京都立三鷹高校校長 土肥信雄さん。そんな生徒思いの土肥さんが東京都教育委員会の「職員会議での挙手・採決禁止」通知に対し、たった一人異議申し立てを行いました。 『教育が民主的でなければ生徒も民主的な考えをもてないし、国家も民主的になれない』という信念を貫く土肥元校長。今回は土肥さんに教育改革についてお話をお伺いしました。(聞き手:及川昭)


    • 【プロフィール】

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      土肥 信雄(NOBUO DOHI)

      元東京都立三鷹高校校長。現在、法政大学、立正大学非常勤講師。
      1948年生まれ。1972年東京大学農学部を卒業。商社勤務を経て、通信教育で小、中、高の教員免許を修得。小学校、高校教員を経て、2002年に東京都立神津高校校長、2005年東京都立三鷹高校校長。2009年3月退職。

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      聞き手:OBT協会  及川 昭

      OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

    • 日本の教育について

      ────現在の日本の教育について教えて頂けますか?

      戦後に日本の教育は大きく変わりましてね。いわゆる軍国主義教育から民主主義教育へ。軍国主義教育はまずいんじゃないか、と。戦時中からおそらく教師も含めて、多くの人が戦争反対の気持ちを持っていたのに、それはいえなかったわけですよね。でも、国の影響もあったけれども、天皇を神だと教えたのも教師なんですよ。それで、やはり教育の力は恐ろしいということになって、ある程度、民主主義的な考え方を持った教師たちが教えることになったんです。一方的な考えをするのはよくない、と。あらゆる考え方を教えていくようになったんです。それは米国の教育の考え方なんですね。戦前を見れば分かると思うんですけれども、日本の教育の主体は国で、主導権も国なんです。つまり、子どものための教育ではなかった。国家の体制を維持するための教育であったと。これは事実です。

      その後、教育の現場では日教組(※)が中心となり民主主義教育を進めていくんです。当初は、日教組は保護者やマスコミからも評価を得たんですよ。でも、権利を得たがために、逆に生徒のために汗をかかなくなってしまった。人間は楽をするともっと楽な方に流れてしまいますからね。一番ダメな例が部活動の問題です。5時15分の勤務時間が終わったら、『私は終わったら帰りますよ』って教師が出てきたんです。でも、生徒は部活やりたいんですよ。5時15分で帰ったら、部活なんてできないですよね。一生懸命やっている教師が多いんですけれども、そういう教師もでてきたんです。また、東京では教師の不祥事、例えば勤務時間内に退勤する等の不祥事が多く発生したんです。

      (※)日本教職員組合。日本の教員・学校職員による労働組合の連合体。

      そのため行政機関である教育委員会が、教職員の管理を強化し始めたんです。それが、今では大きな力を持ち始めちゃって。(※前編参照)教育委員会も"教育は子どもが主体"だから、子どものために汗を流すべきなんです。それは、現場の教師(管理職も含む)も一緒です。でも、教育委員会は実際に教育現場のことをあまり分からない特定の人がやってしまっているんですね。だから、おかしなことになってきている。本当だったら、教育機関としての現場の教師と教育行政機関の教育委員会が、お互いにそれぞれの役割を果たしていけば素晴らしい教育ができるんですけどね。お互いに信頼関係がなくなってきてしまっているんです。だから、僕は現場の教師がしっかり汗を流すしかない、そして、それによって信頼を得るしかないと思っています。

      ────お互いの不信感と言えば、保護者の周りでも一部教師に対して、不信感をもっている方が多くいらっしゃいますよね。

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      確かにその通りだと思います。ただ一部なんですよ。誰でも小中高を通して一人ぐらいはダメな教師に出会ったでしょう?一部そういう教師がいるために、多くの教師が迷惑するってことがあるんですよ。僕は34年間教師やってますが、生徒のために汗を流せば生徒が教師を守ってくれます。確かに今問題になっているモンスターペアレンツは、教師に対する不信感が大きな原因です。それで、僕は大学でモンスターペアレンツの対処法について、学生に次のように教えています。モンスターペアレンツを生み出さないためには、生徒のために汗をかき、後ろ指を指されないような教育活動をしなさいと。そうすれば生徒はその教師を必ず評価します。実際生徒が良い教師だと言えば、母親が文句を言いに行くわけがない。私はそう思っています。保護者の教師に対する不信感をなくすためには、熱意と愛情をもって生徒と接することが重要だと思います。

      ────学校の教育は非常に大変だと思いますが、一方で家庭の教育も大切だと思っています。ビジネスマンでも、頭だけはいいんですけれども、姿勢・スタンス・マインドとかが少し劣っている人も多くいます。

      それはあると思います。学校で教えることと、家庭で教えることはちゃんと区別しなくちゃいけませんよね。基本的には学校では学習の指導を、家庭ではしつけの指導をと思います。遅刻なんて家庭のしつけで、そのへんの事を保護者から文句を言われると困る。ただ、集団でのしつけ、即ち人間関係の確立や社会性の育成は学校なんですよ。でも、集団のしつけの中にも、家庭でしつけられたから出来るというのもある。学校は家庭でのしつけをあまり背負わない方がいい。きちんとそこら辺を理解して接しないといけないんです。

      理想の教育について

      ────理想の教育についてお伺いしたいと思います。

      やはり、私にとっては社会的リーダーの育成と統合教育ですね。理性を持つ人間だからこそある程度公平な社会を創るべきなのに、リーダーが自分の事しか考えていないと世の中は貧富の格差が大きくなって大変なことになる。そうではなくて、頭がいいからこそ自分のこと以外の事も考える。ノブレス・オブリージュ(※)"貴族の義務"ってあるでしょ。僕はこの考え方が大事だと思うんです。やはり、ある程度優秀な人が社会全体、不公平を考えていく。今の日本人はおとなしいけれども、海外では、失業者がデモなんてやっていまよね。日本でも、失業者がもっと増えると、かなり混乱しますよ。特定の人たちだけが豊かな生活をしているというと、やっぱり不満がでてきます。だから、教育はそういうことを教えなくちゃいけない。僕は、三鷹高校では、優秀な人たちだけがいい暮らしをするのではなく、他者に対する分配まで考えられる社会的リーダーとなり、公平な社会を創ってほしいという理念を生徒たちに伝えてきました。それが、貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)と同じように、リーダーとしての義務ではないかなと思っています。

      (※)「高貴なる者に伴う義務」の意。ヨーロッパ社会で、貴族など高い身分の者にはそれに相応した重い責任・義務があるとする考え方。

      ────企業でも、理念の浸透は非常に難しいと言われています。土肥さんはどのようにして、実現してこられたのですか?

      一番の伝達の場は全校集会の場ですね。全校集会は生徒に私の理念を教える場であるとともに、それは、先生方にとっても私の理念を理解する場だったと思います。僕は関わってきた全ての子たちには幸せになって欲しいと思っています。で、その実現には平和主義と基本的人権の尊重が重要だと思っていましてね。だから、何度も繰り返し生徒達にそれを伝えてきました。ただ、同じことを話すと生徒は飽きますから、それにかこつけた、現在の社会情勢を話しに入れて、わかりやすく説明していました。それに、僕は全校生徒の名前を全員覚えていますから、急に名前を言ってあてたりしていました(笑)すると、あてられるかな?という緊張感もあるため集中して私の話を聞いてくれ、1年も話すと生徒も先生達も理解してくれます。

      ────理解したというのはどのようにして分かるのですか?

      卒業式は3月の上旬に終わったんですけれども、その年、僕も退職の年でしたから離任式をやっていたんです。離任式は1年と2年生だけなんですよ。その時に挨拶していたら、卒業生が2名来てましてね。いるはずないからびっくりしました。そしたら、壇上に上がってきて『土肥校長先生が教師を辞めるので卒業証書を渡したいと思います』っていってくれて、卒業証書をくれて、副賞として卒業生全員の色紙をくれたんです。すごく嬉しかったですね。その色紙の中に"言論の自由は僕が守ります"とか、"平和主義と基本的人権の尊重は忘れません"とか、書いてあったんですよ。保護者の方からの色紙もあって、同じようなことが書いてあり、ちょっと刷り込みが強いかなと思ったんですけれども。でも、それが目に見える形かなというか...。すごく成果があったのかなって思っています。

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      ※卒業証書と色紙(色紙は一部抜粋)

      私がしてきたことは、教育は子どもが主体。でも、主導権は教師が握るという考え方なんです。生徒の言いなりになっていてはダメなんですね。わがままは許さないという姿勢が重要だといいます。教師がヤル気をなくすと、生徒にすぐにわかってしまう。だからこそ、生徒のために汗をかきながら教師が正しいこと、間違っていることをきちんと教えてあげることが必要なんです。そのためには、教師への教育も重要になりますよね。だから、校長の最も重要な仕事は、一番身近にいる教師を育てること。それらすべてが生徒へ伝達されますからね。つまり、"教師を生き生きとさせること"それがトップの校長の役目だと思います。

      ────我々も、教師という教える側の考え方・スタンスが大事だと思います。生徒は結局のところ、教師を見て学習しますからね。つまり、教科書で勉強するのではなく、教師という生きた教材を見て学んでいくのだと思います。

      その通りだと思います。そのためにきちんとした理念を持って、しかも活き活きとした教師が生徒達と接することが重要だと思います。だから、子どもが好きじゃない人は教師をやるべきじゃないと思いますね。それに、教育は子どものために、というか僕は本当は日本のためだと思っているんですよね。企業でも、身の保身ばかり考えていている人たちが多くて、発言したら排除されるかもしれないと思うと、若い人達もだまりますよね。つまり言論のない社会にしてしまうと組織は活性化せず、必ず衰退していくと思っています。企業では利潤のために汗を流す。それが学校では子どものために汗を流す。結局汗を流すという点では僕は企業も学校も同じだと思っているんですね。だからこそ、汗を流している現場の人たちに言論の自由が重要だと思います。じゃなきゃ、やる気がでないし、組織も活性化せず、何も変わらないと思いますよ。

      企業だけではなく教育の現場でも現場の活性化を図ることが急務であるということを改めて感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。


      インタビュー後記

      現行の教育制度は、無意識のうちに画一化を進めるものであるように感じる。それは、企業でも全く同じことが言える。本来であれば、もっとその人が得意とする分野や強みを伸ばして行く教育が必要になるはずだが、今、企業でも教育でも均質化・平均化・同一化した教育をよしとする考え方が増えている。ではなぜ、企業ではそういった考え方になってしまうのか。それは、企業側が管理しやすい・マネジメントしやすいからではないだろうか。然しながら、それでは自らが興味を持ち、積極的に学ぶ意欲が芽生えるはずはない。
      企業の強さは、つまり人の強さである。意欲的な人間が多いほど、企業の勢いは増す。その前提にあるのが、個々の個性・強み・弱みをきちんと理解した教育をしていくこと、活きる場所を与えることである。人も、企業も一つとして同じものはないということを忘れてはいけない。