OBT 人財マガジン

2011.12.21 : VOL130 UPDATED

人が育つを考察する

  • 社会問題の真っ向から立ち向かう企業!

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      有限会社 ビッグイシュー日本
      東京事務所マネージャー 佐野未来さん

       

      現在日本では、国や行政だけでは解決できない・手が回らない問題、例えば少子高齢化や介護、健康、就労や環境問題などが山積しています。しかし、それらを、ビジネスの手法を使って新たな価値を創造し、革新的なアプローチで解決していく活動(ソーシャル・イノベーション)の考えが少しずつ広まりつつあります。今回お話を伺った有限会社ビッグイシュー日本は、まさに、国が抱える問題の一つでもありますホームレス問題の根本的な解決しようと、2002年に立ち上がった企業です。ホームレスの自立支援を始めたきっかけと実際の仕組みについて東京事務所マネージャー佐野未来さんにお話をお伺いしました。(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

      ビッグイシュー (http://www.bigissue.jp/

      1991年に英国で始まり、日本では2003年9月に『ビッグイシュー日本版』が創刊。ホームレスの救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する。(定価300円の雑誌をホームレスである販売者が路上で売り、160円が彼らの収入となる。貯めたお金で、住居と住所を確保し、定職を探す)販売者は、現在ホームレスか、あるいは自分の住まいを持たない人々。しかし、住まいを得ることは単にホームレス状態から抜け出す第1歩に過ぎず。販売により住まいを得た後も、必要な場合にはビッグイシューの販売を認めている。

      ソーシャル・イノベーションは同じ思いを持つ者から生まれる

      ────1991年にロンドンからスタートしたと伺っておりますが、日本での立ち上げの経緯を教えていただけませんでしょうか。

      今、共同代表でもあり、編集長をしております水越が、2002年にシュワブ財団(※)で、表彰された40人の社会的企業家を紹介したある雑誌の特集の中で、たまたまビッグイシュー・スコットランド版の創設者のメル・ヤングさんの紹介記事を目に留めまして、スコットランドに飛んで、その方にお話を伺ったというのがきっかけですね。ちょうどその頃、日本ではホームレス問題が大きな問題になりつつある時で、大阪は一番ホームレスの方が多い街なんですけれども、そこに暮らす一市民として、"どうしてこの人達がここに寝なくちゃいけないんだ"と。同じような意識は多分みんなあって、何かできないかと考えていた時だと思うんですね。

      (※)シュワブ財団=非営利、独立、中立の組織。社会起業家精神を高揚し、社会のイノベーションと進歩のための重要なカタリスト(触媒)として社会起業家を育成するために、1998年に創立された。

      ────元々皆さん、そういった活動をされていたのでしょうか。

      立ち上げたのは、水越と今代表をしている私の父と私の3人なのですが、3人ともそれまでホームレス支援に関わったことはありませんでした。

      父は、都市計画のコンサルをしていたので、ホームレスっていうのは、都市問題じゃないですか。失業などで職を求めて都市にやってきた方々が仕事が見つからず、路上にでる。都市を作るコンサルティングをしているものとして、一番難しい問題ですが、すごく大事な問題だと感じていたらしいですで。どんどん広がっている現状に気にはなっていたとは言っていますね。私も、私一人では無理ですが、なにか出来ることはないのかと思っていて、それぞれの立場でその光景を見て、疑問に感じていたというところはあります。

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      ────今までのホームレス支援とビッグイシューの考え方の違いはどういったものだったのでしょうか。

      その当時のホームレス支援活動といったら、炊き出しとか、夜回りが主なんですが、今もそうですけれども、炊き出しやいろいろな方の寄付をいただきながら手弁当で活動するのはやってる人に負担が大きいですよね。その人が疲れてしまって続かなくなってしまったりということもある。そうなるとホームレスの人達はどうなってしまうんだろうって...。だから、構造的に続けていける仕組みが必要だろうと感じていました。しかも、路上生活を日々余儀なくされている人たちにとって、今日生きのびるためのこういった支援はなくてはならないものなんですが、次につながる、つまり路上から抜け出すことができるチャンスをつかむことができる、「明日につながる支援」の形が素敵だなと思いました。組織としてのビッグイシューはビジネスとしてちゃんと利益を上げられる仕組みで、しかも結果をだすことがさらなる支援にもつながる、という仕組みでして、すごく面白いなと。

      ────今までの支援の仕方とは違う、新たなやり方を取り入れるにあたっては、リスクもあったかと思いますが、実際に苦労されたこととは、どのようなことでしょうか。

      お金も大変でしたが、なによりも前例のない路上での販売に対する市民の支持をいかに得てゆくか、というところが苦心しました。やはり、始めるまでは市民の皆さんが実際に雑誌を買ってくれるだろうか、とか不安はありましたから。

      ふたを開けてみると、販売者さんたちの心をこめた挨拶や対応に「元気をもらった」とか「感動した」という言葉をたくさんいただき、応援してくださる方が徐々に増えていった感じです。

      それから、創刊時にたくさんのメディアに取り上げていただいたことも追い風でした。2003年9月に大阪で立ち上げたのですが、丁度、阪神タイガースが18年ぶりに優勝した年なんです。優勝が決まったのは9月15日。ビッグイシューは9月11日大阪で創刊したのですが、阪神タイガース優勝の瞬間をニュースにするために全国からメディアの方が集まってらして、今か今かと準備をして待っているんですが、なかなか優勝しない。そんな合間をぬってビッグイシューが創刊し、ニュースや新聞、雑誌などで取り上げていただきました。

      ホームレスに仕事を提供するために、企業としてすべきこと

      ────現在、NPO団体と有限会社の両輪で事業をされておりますが、どういったお考えからなのでしょうか。

      NPOの場合というのは、解決したい問題・変えたいことがあって、これがこうあるべき!というゴールがありますよね。そこに向かって理念を達成するために活動をやっていく。儲かる儲からないは二の次、いわば理念主導です。まぁ会社も理念のもとに経営があるのですが事業性が重視される。ビッグイシューは失業などでホームレスになった方に、仕事という機会を作ることで、当事者の方が自分の問題解決をするチャンスを提供する、それがホームレス問題の解決につながるという仕組みです。これは、雑誌が売れなければ仕事にはならない。売れる雑誌を月2回発行し続けるにはお客様の反応を感じながら企画を考えたり、販売計画を立てたり、その計画を常に変更できる柔軟さとスピードが求められます。この表紙は売れなかったとか、この内容じゃダメだとか、例えば、5万部刷ってみたけど足りない。次は6万にしようとか。今回は少なめに3万にしようとか。

      有限会社ビッグイシューは出版社なんです。会社として一番大事なことは、やはり、商品価値のあるものを作ることだと思っています。販売者の方が誇りを持って売れるもの。お客様が、書店では買えない、ホームレスである販売者の人からしか買えない、でもその本を買い続けたい、読み続けたいからその人の元へ足を運ぶ。そういう媒体としての質の高い商品でなければ、これはただの寄付になってしまいますよね。そうなると「与えつづける側」「与えつづけられる側」の関係になってしまいます。対等でない、一方的な関係はなかなか続かないと思うんです。

      でも、ホームレス状態にいったんなってしまった方々は路上生活が長引けば長引くほど、ほんとうに多くの問題を抱えています。仕事を得て、収入を手にしたからといってすぐに路上生活を抜け出せるかというと、そんなに簡単ではなかった。健康や法律の問題、福祉の問題といった多様な問題に対応するためには、私たちだけでは難しくて、多くの市民や団体、企業、行政といったより多くの人たちとのつながりの中でしか支援できないことがたくさんありました。NPOは理念の実現のために、協力したい市民と行政、企業などを結びつけて社会を変えてゆくことができる。また、多くの人が協力し結びつくことで、非常に大きく困難と思える問題の解決にも取り組むことができると思っています。

      ────私も購読していますが、内容はかなり読み応えがありますよね。ダライ・ラマさんのインタビュー記事とか。表紙も著名な方が出ていらっしゃいますよね。こういった方は、ビッグイシューの考え方に共鳴している方々なのでしょうか。

      そうですね。創刊当初は、半分ぐらいは翻訳記事だったんですね。イギリスのビッグイシューから助けてもらい、記事の提供を受けて雑誌を作ってきたんですけれども、日本独自の記事が増やせるようになりまして、今は9割近くが、日本独自の記事ですね。ダライ・ラマさんは、日本で取材させていただきました。

      表紙に関しても、PRの媒体の一つにビッグイシューが有効なものだと選んでいただけるようになったってことは、それだけ社会的な地位ができてきたのかなと思っています。

      イギリスのロンドンで発行している本家『ビッグイシュー』は週刊ですが、毎号10万部以上売れる、雑誌といえばトップテンに入るくらい認知されている雑誌なんですよ。

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      2009.3.1号 オバマ大統領(左) 創刊号と最新号&表紙を飾ったアニメ(右)

      仕事とは、平等を作るための一番有効なツール

      ────最近は、ホームレスの若年齢化が目立っており、販売者の平均年齢がリーマン・ショックを挟む2年間で56歳から45歳へと11歳も若くなったとお聞きしていますが。

      リーマン・ショックの後から若い方が非常に増えてきました。大きな原因は労働者派遣法の改正による規制緩和で非正規雇用が増える一方で、それにみあった社会保障のしくみを作ってこなかったことだと思います。そこに、世界同時不況が来て工場の仕事や寮で住みながら通ってるみたいな人たちが一気に雇い止めにあった。収入を失い、仕事が長期間見つからなければ、最終的に路上生活を余儀なくされるという現状があります。私は派遣労働や労働市場のの自由化は全面的に反対ではないですけれども、今までの、企業に入ったら一生安泰、終身雇用、何かあったら家族が介護する・家族が支える、といった企業と家族が福祉的部分を支えるという仕組みが役に立たなくなったとき、それに変わるセーフティネットとなるあたらしい仕組みをつくる必要があると思います。

      ────そうですね。仕事をなくし、また、一人身世帯が進み家族間、そして人との絆が薄れていく状況下で、孤独を感じている方も多くいらっしゃると思います。

      『Work is the greatest equalizer』という言葉があるんですけれども、仕事と言うのは平等を作るための一番有効なツールであるって。まさにそうだなっと思います。仕事は社会参加のツールなんですよね。

      ────ビッグイシューさんのHPでポープレスからホームレスになると書かれていました。しかし、お話を伺っているとビッグイシューの販売者の方々は、ホープレスではないですよね。

      そうですね。販売者さんたちは私達がびっくりするほど明るいですよ。一日中、暑い時も寒い時も雨の日も決められた場所に立っていなくてはいけないので、大変な仕事だとは思うんですけれども、皆さん、お客様が待っているから休めないっておっしゃいますね。

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      一旦希望を失って路上に出てしまったんですけれども、ビッグイシューを販売することで、お客様から支えられて生きる希望を取り戻したし、更に次のステップに向けて前に踏み出そうとしている人たちだと思います。社会の中で生きていけるという希望を持てるってことが、人にとって何よりも大事なんだろうなと思います。そういう意味で、何度でもチャレンジできる、次に繋がるチャンスが多ければ多いほど、社会って豊かだし、誰にとっても生きやすい社会だと思うんですよね。ビッグイシューはそんな仕組みの一つだと思いますし、ビッグイシュー以外の仕組みがもっともっとあるといいと思うんです。

      これからのビジネスのあり方とは

      ────今後、これからのビジネスのあり方・企業のあり方の定義が変わっていくと思いますし、豊かさの定義も変わってくると思います。

      はじめ立ち上げた時は、本当にシンプルに、仕事を作れば解決するんじゃないかなって考えていたんです。でも、やればやるほど問題の根の深さとか...。コツコツ貯めても保証人がいなくてアパートに入れないとか、アパートを貸してくれる人がいないとか、銀行の口座を持っていないから、タンス貯金じゃないですけれども、ポケット貯金して、全部盗まれちゃったとか。お金が無くて、住民票売ってくれって言われて売ったらなんか知らないうちに借金が何百万もあったとか、それが住所設定して初めて分かったとか、依存症の問題とか。本当に様々なことがあるわけですよ。仕事だけじゃない、特に路上生活が長くなればなるほど、いろんなことに巻き込またり、健康を害されている方が殆どですし、そんなにシンプルじゃなくて。ずっとホームレス支援をなさっている方って、その大変さも知っているので、だから、なかなかビッグイシューが日本で始まらなかったのかな、逆に私たちは知らなかったから、始められたのかなって思います(笑)

      ────そういった状況でも続けて来られている理由はどういったことなのでしょうか。

      うーん、ビッグイシューの販売者さんですかね。本当に、こんな人がホームレスなるなら、自分だっていつなってもおかしくないって考えさらせる人、たくさんいるんです。働きたくても働けない人たちもたくさん。そんな人たちを社会のお荷物にするのか、財産にするのか、ちょっとしたきっかけで結果は180度変わるんですね。一見、回り道で、その時はコスト高に思えても、ひとりの人が社会にとって生涯重荷となるのか、財産となるのかは、長い目でみると社会的な負担という面でも大きな違いを生みます。そのことがやってみて初めて見えたっていうか、すごく腑に落ちたというか。

      それに、ずっとホームレスの方々を支援してきたNPOさんの協力もそうですし、行政も、そして、応援したいという企業や市民の方も増えてきています。そういった方々の存在にも励まされています。

      ────そうですね。他人事ではないと思います。

      この状態を放置するのではなく、ホームレスのような状態になることを、なんとか止められるような仕組みを作っていかなくてはいけない。多くの人を巻き込んで人がホームレスにならない社会へと変えていく、そのためにNPOビッグイシュー基金が市民の一人ひとりがこの社会をつくる当事者として考え関わっていただけるような機会や情報の提供をおこなっていきたいと考えています。

      企業ってグローバル化する前までは、社会にある程度責任を持たざるを得ないというか、そこの地域でビジネスをするからには地域と一緒に生きてかなきゃという意識があったと思うんですよね。日本の企業にはそういった創業の理念を持っているところも多い。組織として活動し、社会を良くしながら、収益を上げていけるのは理想の形だと思いますし、可能だと思うんです。持続可能な仕組み、また、営業活動すること自体が社会にとってプラスになっていくというような会社がどんどん増えれば増える程、日本の社会はもっと素敵で豊かになると私は思っていますし、そういうふうな意識を共有できるモデルの一つにビッグイシューがなってゆければいいなと思います。今は、経営的にはギリギリですけれどもね(笑)

      ────ビッグイシューさんのお取組みを伺って、これからの企業は自社の利益だけではなく、社会の問題に目を向ける必要があり、また、社会的コストを背負うことが重要だと改めて感じました。貴重なお話をありがとうございました。

      インタビュー後記


      社会問題解決への鍵となる、仕組みの一つを創り上げつつあるビッグイシュー日本さんですが、いろいろとお話をお伺いすると編集の方はたったの4人。少数精鋭で販売者さんが自信を持って売れる雑誌を作りたいと月2回の発売日に合わせギリギリで回していると状態だといいます。

      雑誌のボリューム・内容からしても、その人数の少なさに非常に驚かされましたが、なにより、インタビュー後に事務所を拝見させていただくと、皆さん大変な状態にも関わらず、生き生きと仕事をしていました。

      以前、他のインタビューで「人間の究極の幸せは人に愛されること、人に褒められること、人の役に立つこと、人から必要とされること」とお話を伺ったことがあります。

      現在、ビッグイシューさんでは販売者の方にとって、生活の上でも、精神的な部分でも無くてはならない存在になりつつあり、また、有限会社ビッグイシューは、販売者さんがパートナーとして大切な存在になっています。

      お互いがお互いを必要とし、また感謝する関係が成り立つ社会。お互いがお互いを必要とするのは、一般的な需要と供給の関係ではありますが、ビッグイシューさんの場合は、そこに感謝の思いが加わります。その感謝の気持ちこそがお互いの原動力となる。

      ビッグイシューさんのインタビューから、『人の役に立っているということを実感出来る』ということは仕事のやりがいに、大きな影響を与えているということを改めて感じました。