OBT 人財マガジン

2010.09.22 : VOL100 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第ニ回【自律型人財-後編】経営者の視点に立ち、自社を俯瞰する

    • 「自ら課題を発見し、その課題解決に向け、周囲をリードしながら主体的に行動できる人財」。今、多くの企業がそんな"自律型人財"を求めています。どうすればそのような社員が育つのか。ヒントを求めて、現場で活躍する若手リーダーを訪ね、成長の軌跡を伺いました(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

      シリーズ──「自律型の人財」の成長プロセスとは (第ニ回-後編)

       

      株式会社東急コミュニティー
      人事部企画課・TCビジネスカレッジ
      伊藤憲治さん(32歳)

      伊藤さんは、マンション・ビル管理大手の東急コミュニティーで、全社的な風土改革プロジェクトの事務局を務め、人事制度の設計や企業内大学「東急コミュニティービジネスカレッジ」の企画・運営も担う、人事の中核的な存在。会社のあるべき姿を目指すために、人事は何をすべきかを常に考えていると、伊藤さんはいいます。その広い視野や課題に向かう行動力はどのようにして育まれたのか、お話を伺いました。

    • いとう・けんじ

      1978年生まれ。大学卒業後、東急コミュニティーに入社。ビル・アパート経営部で、ビル経営のコンサルタントを4年経験し、資産マネジメント部での営業を経て、入社5年目に人事部企画に異動。課長の次のポジションとして、風土改革や人財育成にあたる。

      株式会社東急コミュニティー http://www.tokyu-com.co.jp/

      マンション・ビル管理を中心に、賃貸運営業務や建物の維持保全工事など、プロパティマネジメントに関わるサービスを幅広く手がける。設立/1970年、資本金/16億5,380万円、従業員数/7,914名(2010年3月末日現在)、売上高/1,120億円(2010年3月期)

    • 経営者や上司の教えが、仕事観の礎となる

      伊藤(OBT) 風土改革プロジェクトに参加され、全社的な視野で考えるご経験をされて(前編参照)、伊藤さんのものの見方や考え方は、大きく変わりましたか。

      伊藤 そうですね。でもその翌年、入社6年目のときに、自分の考えの至らなさを痛感する体験をしました。私は、入社5年目にビル運営コンサルタントから営業に異動し、その半年後に現部署である人事部に異動になりました。風土改革プロジェクトの答申から3カ月後のことです。

      そこで取り組んだことの1つに、企業内大学"東急コミュニティービジネスカレッジ(以下TCBC)"の開設があります。これは、階層型の研修に選抜型や公募型を組み込んだ教育体系で、組織を活性化し、競争力を強化することが狙いです。その中のプログラムの一つ、「次世代経営者養成コース」の運営案を社長に報告したところ4日連続で怒られ、大撃沈する事態になってしまったんです。

      伊藤(OBT) 何が問題だったのですか。

      伊藤 まず1日目は私が一人で社長室に行って、選抜メンバーのリストを報告したところ、「なぜこの人選なのか」と。しどろもどろの私に、社長はさらに「そもそも、"経営者"という言葉の意味がわかっているのか」と。再報告を命じられました。そこで、翌日は係長と私の2人で社長のもとに行き、改めて人選の基準を報告したら、今度は「定員は、なぜこの人数なのか」と。その場では答えられずにいったん持ち帰り、3日目は課長、係長、私の3人で行って定員の根拠を説明したところ、また違うダメ出しを受けて。4日目は部長、課長、係長、私の4人で行ったのですが、それでも納得いただけず、その翌日から社長は1週間の夏期休暇。休暇が明けた月曜日が、「次世代経営者養成コース」のキックオフという、窮地に陥ってしまいました。

         

      その1週間は、私は夏休みどころではなく、社長が何を指摘するかを頭の中でシミュレーションしながら、「次世代経営者養成コース」の運営案を練りに練って。長期的な視点や柔軟性も織り交ぜた、どこから突かれても問題のないプランをつくることができたんです。妥協せずにやっていくうちに、プランがきれいな、完璧なものになっていくんですね。それがわかってくると、社長は単に私を怒っていたのではないということも理解できるようになりましたし、私自身もつくり上げたという実感を持つことができました。

      伊藤(OBT) どのあたりで、そういったことを理解されたのですか。

      伊藤 渦中は走り続けるしかありませんでしたから、当時はわかりませんでした。ただ、社長が何を指摘してくるかを一人で問答したり、先輩や上司に社長役になってもらってシミュレーションをしました。そういった作業を通して、トップがどんな人柄で何を考えているのかを理解していったように思います。

      伊藤(OBT) 熟考を重ねることで、経営者の視点を疑似体験されたのですね。そのご経験によって、伊藤さんの視点はどのように変わりましたか。

      伊藤 疑似体験といってもほんの一側面にすぎませんが、論理的に、多面的に、絶えず情報をキャッチして、考えるようになりました。経営環境は刻一刻と変化しますから、世の中の動きをよく見て、当社が社会に適応するためには何が必要かを多面的に考え、思考のストックを持つようになりました。

      この話には後日談があって、3年後に会長(当時の社長)のノートを見せていただく機会があったんです。ノートには「アジア情勢」や「○○事業部」といったタグがつけられていて、社内外の問題が整理されていました。

      それまでは、会長は勉強しなくても勉強ができる人というか、思いつきで指示を出しているのかと思っていたんです。私とは次元の違う方だ、と。ところが違った。努力の方だったんです。指示はすべて、課題を先読みして、手を打たなければならない問題を整理したうえでのもの。熟考されたうえでのアウトプットだったんです。

      聞けば、会長は課長のころからこういったノートをつけているそうです。それを知ってからは、私も会長と同じノートを買って、ノートをつけるようにしています。私の場合は「マネジメント」や「業務改善」といったフレームになりますが、会長の姿勢を見習って、管理職になる前にちゃんと勉強しておこうと思いました。

      伊藤(OBT) 経営者の言動の背景にどのような思考があるのか。そこに関心が持てるかどうかで、学びの量や質が変わってきますね。

      伊藤 社長だけでなく、ビル運営コンサルタント時の直属の部長や課長からも多くを学びました。部長の教えで心に残っているのは、"金平糖理論"です。「金平糖はデコボコがあるから積み上げられるが、丸いボールは積むことができない。組織もそれと同じで、人には長所も短所もあるのだから、それを削って丸いボールにしてはいけない。いいところを伸ばすことが大切だ」と。実際、部長は、すべての人を許容するような方でしたから、いろいろな社員が近づいてくるんです。そうやって多様な人財を集めて働きやすい環境を整備することが、部長の仕事だと考えておられたのではないかと思います。

      また、思い出深い言葉としては、「価値ありと思うところに価値あり」という教えです。業務報告の際に必ず問われる「その仕事は、どこに価値があるのか」という問答。この問いに、自信を持って「ここに価値があります、意味があります」と説明できないと社内で通用しないのだから、社外(お客様)に対してだって提案(工事提案等)出来るはずがないということです。これは言うほど易しくなく、自分で文字通り良く考え、自分なりの考え・物の見方を確立していかないといけないので良い訓練になりました。

      またビル運営コンサルタント時の課長に言われたのは、「評価は与えられるものではない。勝ち取るものだ」ということ。「若いうちには、汗かき、恥かき、物かきであれ」とも言われました。「汗かき」は現場へ頻繁に足を運び大事にせよ、「恥かき」はわからないことがあれば若いうちに聞けという教え。「物かき」は記憶はあてにならないから、記録(メモ等)をしっかり取れということです。

      こういった一つひとつの教えが、最初は"点"だったのですが、2億円の訴訟のようにキャパシティを超える課題にぶつかると(前編参照)、脳細胞のシナプスと同じで、ある時パーッと繋がったんです。

      伊藤(OBT) 人の能力は、仕事の経験や出会いを通じて獲得されるものですが、まさに、伊藤さんにとっても出会いや経験は大きなものだったのですね。

      伊藤  その通りですね。人との出会いや仕事への取り組みが、私のキャリア形成に大きな影響を与えたと思います。

      人財の可能性を信じ、"種"に水をまき続ける

      伊藤(OBT) 伊藤さんは現在、人事として風土改革(前編参照)や社員教育の事務局を務めておられます。風土改革の手応えはいかがですか。

      伊藤  私の入社当時よりは、ずいぶん変わってきていると実感しています。人事制度を改定し、企業内大学を立ち上げるなど、改革の実績もできてきました。また、「こんなことを言ってもムダ」といった閉塞感がなくなり、一部義務感もありますが「風土改革に取り組むことは当たり前」というムードが定着しています。まだまだ道半ばですが、現在の取り組みを継続し、社員の能力アップと組織の活性化につながればと思います。中には、会社は変わっていないという人もいますが、路傍のタンポポを見るように変化は注意深く見ようとしないと、見られないもだと思っています。

      伊藤(OBT) 人財を育てるためには、組織はどうあるべきでしょう。

      伊藤 最近、私は「リングとチェーンの理論」というものを考案しました。風鈴のように吊るされた円錐が"組織"だと想像してください。底辺や、底辺と並行の面が"同期の輪"、中央の縦の赤いラインが経営陣をトップとした組織の階層です。斜めの辺はチェーン(鎖)のように柔軟なもので、全社のプロジェクト活動やTCBCの選抜型のプログラムといった、部署や階層を超えて社員がつながる場を表しています。

      世の中は変化していますから、組織の円錐も、風鈴が風に吹かれるように右に左にと揺れる。けれども、トップを起点にベクトルが揃い、同期の輪や組織を超えた人のつながりができている組織は、風に吹かれても強いはずです。

      伊藤(OBT) 起点がぶれず、縦・横・斜めの人のつながりがあることがポイントですね。

      伊藤 そうです。ガチガチの組織では、これからの環境の変化に弱いと思います。そうではなく、リングでしっかりとつながっていながらも、チェーン(鎖)のように、ぐにゃぐにゃと耐久しながらも続く。そんな強固な組織をつくりたいと思っています。

      伊藤(OBT)そういった組織で活躍する"自律型人財"を育てるには、どうすればよいでしょうか。

      伊藤 "主食"と"サプリメント"を提供し続けることだと思います。"主食"とは通常業務やプロジェクト活動を通して得られる経験や出会いのこと。仕事が"主食"になるためには、上司は部下にどう育ってほしいかを考えたうえで仕事を与える必要があります。"サプリメント"は研修や社外のセミナー。こういった刺激も大切ですが、あくまでも"主食"がしっかり摂れていることが前提です。

      とはいえ、全員がすぐに"自律型"になるわけではないと思いますが、誰でもその可能性は持っています。人それぞれに、スイッチは必ずあるはずです。ただ、何がスイッチかはわからないし、いつスイッチが入るかもわかりませんが、 "主食"と"サプリメント"を提供し続ける。種には絶えず水を与え続けることが大切だと思います。

      伊藤(OBT) なぜ、そういった考えに至られたのでしょうか。

      伊藤 5年後や10年後に当社が理想の会社になっていればいいな、と。これが、私の思いです。けれども、5年間、ただ我慢していても何も変わりません。まずは自分が石を積めば、いろいろなことがきっといい方向に変わっていくだろうなと思っているんです。私としては、少なくとも「あのとき、ああ言えばよかった」とか、「諦めないでやればよかった」と、後悔することだけはしたくないと思います。

      伊藤(OBT) 社員のスイッチを入れようともしない企業、入れかけてもすぐにあきらめてしまう企業も少なくありません。理想の会社を実現するために人財を育てるという意志を持ち、可能性を信じ続けることが大切なのですね。貴重なお話をありがとうございました。

    インタビュー後記


    人はどのようにして育つのか


    昨今は、就職活動を始めたばかりの学生に、本人がどのような仕事に向いているのかといった"将来のキャリアを考える適性テスト"なる代物を提供している"人材採用会社"があると聞いているが、採用という仕事に携わるプロとしてはあるまじき行為といえる。
    正式な仕事体験が無い人間に、何をもってして適性・不適正と答えを出すのか、そのレベルの低さは滑稽としか言いようがない。
    いずれにしても、商売に走っているのか、或いは全く本質が分かっていないのかであろうが。

    もともと備わっている適性とか潜在能力があって、それにジャストフィットする職業を探すという順番ではない。
    まず仕事をする。
    仕事をしているうちに、自分の中にどんな適性や潜在能力があったのかが次第にわかってくる。
    仕事というものはそういうものである。
    採用のプロとして社会人経験の無い若者に教えるべきは、このような順序の大切さではないだろうか。

    事実、このインタビューに登場する伊藤さんも、何も深い関心があって東急コミュニティ-に入社したわけではなく、入社後にたまたま,ご本人が携わった仕事、そこでの様々な体験と上司を含めた人との出会いが現在のご本人の形成につながっているといえる。

    全く同じ仕事をしてきても、10年も経つと大きな差が生じるのは、担当する仕事からどれだけのものを吸収してきたかという吸収力の違いが、非常に大きいし、これは個人差が非常に激しいといえる。
    何故ならば、 "この仕事をする中で自分はここから何を学ぶか""この仕事を通じて何を得るのか"ということを日々意識して取り組んでいる人とそうでない人ではある時間経過した後、大きな差となってしまう。

    能力をつけるのに、本やパンフレットに書いてあるようなものすごい秘策なんてあるわけはなく、毎日毎日の仕事に対する取り組み方、判断、対応等をいい加減にせず、徹底して取り組む、突き詰めていくという意識や姿勢等の積み重ねがやがて必ず大きな力となって成果に結実していく。

    得られるものの大きさは、そのことにかけた時間に比例するということである。
    かけた時間と同じ見返りしかないということが、世の中であるということに若い内から早く気がついていた方がいいのである。
    伊藤さんも訴訟や風土改革プロジェクト等、そして、ビジネスカレッジの立ち上げや運営等の経験を通して "真摯な取り組みが周りに影響を与えていく"といった"仕事への向き合い方の大切さ"を学習されたと言われている。

    また、育ち方を決める要件として、対人関係のパターンも重要である。
    自分とは違うタイプの人間を退けず、積極的に交わる。
    どんな人かよくわからない段階でもまず前向きに信じてみようとする。
    そうした対人関係のパターンをもっていると、他人はその人に近づきやすくなる。
    いわゆる、「あの人は懐が深い」といった表現で評されるになる。
    その懐の深さが、器量を感じさせる。
    一般的には苦手意識や何となく合わない人がいて、コミュニケーションがどうしても消極的になってしまうのが世の常である。

    今回の伊藤さんの持っている大変優れた能力のひとつが対人関係構築能力である。 自分の仕事の枠を超えてどのような相手でも自ら積極的にコミュニケーションをとろうと努める。
    何時も同じ顔ぶれとばかり付き合っていると新しい情報は入ってこない自分自身の世界を確立せずに、直接の仕事以外のネットワークを持つことで異質な情報や知識を習得しうる。
    伊藤さんのこのような姿勢は、やがてご本人のネットワークとなり、必ずや新しい価値の創造やイノベーションにつながっていくと思われる。

    最後に「仕事は自分が定義する」ということであろう。
    自分がやるべきことを与えられた仕事や担当する範囲内だけで捉えずに、より広く、より柔軟に考えて、そして、関係する各組織の領域を意識して侵食し合うこと等が極めて重要なのである。
    自分の仕事を狭い枠に閉じ込めず全体最適やあるべき姿に到達させるためには、これを逸脱、担当外の業務へも侵害していくことにより、視点の転換が起こり新しいものが獲得しうる。
    伊藤さんの例で言えば、理想の会社を作るためにご本人の担当業務を超えて縦に横に関わっていくというプロセスがご本人の成長に大きくプラスに作用していくものと考えられる。

    すなわち、自分でどこまでを仕事とするか決めることにより、人との関わり方、仕事に対しての向き合い方は自然と変わっていく。それが自律型人財への第一歩なのではないだろうか。

    On the Business Training 協会  及川 昭