OBT 人財マガジン
2010.10.27 : VOL102 UPDATED
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老舗の末路
オフィス街の路地裏で隠れ家的なレストランを発見した。時間は14時過ぎ。ランチメニューの看板がまだ出ていたので、少し遅めの昼食をとることにした。店内に入ると、年季の入った調度品や照明、BGMはクラシック。厨房には、コック帽をかぶったシェフのような姿も見える。どうやら昔ながらの洋食屋のようだ。思いがけず老舗の洋食屋に出合えたことに、胸が高鳴った。ハンバーグやカレーは人気のようで、すでに売り切れ。それなら、と日替わりのポークソテージンジャーを注文した。店の奥からは、賑やかな声が聞こえる。かなり大人数の客が入っているようだ。ウェイトレスの愛想は正直いまいちだが、きっと味は確かなのだろう。期待はさらに高まっていく。しばらくすると、サラダとスープが順番に運ばれてきた。さて、いよいよ食事が始まろうか、という時に、奥から続々と20人ほどの客。と、ここまではよかったのである。まずサラダをひと口食べて、最初のガックリ。野菜がまるで生きていないのだ。トマトはぬるく、レタスもヘナヘナ。コンソメスープは煮詰まってしまっていて味の原型を留めていなかった。次に、ライスとソテーが運ばれてきたのだが、どうやらほぼ同じタイミングで先ほどの団体客の片付けが始まったようである。ガシャンガシャンと乱暴に食器を扱う音。BGMのクラシックなど、かき消すほどの騒音だ。その後も大きな音が治まる気配はまるでなく、落ち着いて食事ができるような雰囲気ではまったくなくなってしまった。さらに肝心のソテーの味は、というと、焼き加減もソースの味もどちらも残念としかいいようのないお粗末なもの。厨房から聞こえてくるスタッフの話し声が大きくなってきたかと思ったら、しまいには休憩に入った若いスタッフが店内をウロウロ。まるで「早く帰ってくれ」と言われているようで、食事もそこそこにレジへと向かった。慌てて愛想のないウェイトレスが「まだコーヒーをお出ししていませんが...」とひと言。席に戻ろうかとも考えたが、騒音にイライラしながらコーヒーを飲むのもどうかと思い、そのまま店を後にした。本当はどんな店だったのか。調べてみると、創業50年ほどの洋食屋だということがわかった。3年ほど前まではホールには気さくなおばあさんが、厨房にはシェフを務めるおじいさんがいたようだが、最近は高齢のためあまり店には立っていらっしゃらないようだ。気取らない雰囲気が売りの洋食屋のようだったが、当時の評判は決して悪くない。これは推測であるが、料理の腕も店の雰囲気も昔とはまるで別のものになってしまったのだろう。若いスタッフばかりで、昔の店を知っているような風には決して見えなかった。初めて来店した私でも、現在のスタッフたちのベクトルが、創業者のそれとはまったく別のところを向いているのが分かる。例え小さな街のレストランであっても――いや小さなレストランだからこそ余計に、皆が歴史と同じ方向を向いて働くことが大切のように思えるのだが。数十年来の常連客は、今もまだあの店に足を運んでいるのだろうか。老舗の末路を見ているようで、なんだか悲しい気持ちになった昼食のひと時であった。