2013年3月アーカイブ ..

株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
専務取締役 矢部 輝夫さん

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    経営改革は、実行する「現場の実態」を把握して、初めて実現する(後編)

     

    活気が失われた現場を、海外視察団も絶賛する"最強の現場"へと改革したJR東日本テクノハートTESSEI。「本社の言うことをよく聞いて、しっかりやるように」という上位下達の企業文化を一掃した同社の改革は、矢部氏(同社専務取締役)が「現場を知ること」から始まっている。「JR東日本から来たときは1カ月間の実習を受けて、現場のおばちゃんたちと同じ釜の飯も食べました」と語る同氏。その経験を通じて、現場がどれだけ大変か、一生懸命に取り組んでいるかを知り、「このまま埋もれさせるわけにはいかない」と感じたことが起点である。現場の実態(感情や気持ち)を知らない中で、「職場活性を」「自律的に仕事を」と言ったところで誰も動かなかったであろうし、「何もわかっていない」という反発が出たであろう。経営施策の浸透・実効が上がらない場合、それを作った経営・本社部門は「現場は危機感が無い」等という見なし方をすることが多いが、本当にそうだろうか。経営施策を浸透させ、改革を実現させるためには、まず、それを動かしていく「現場の実態」を知ることが極めて重要である事をJR東日本テクノハートTESSEIの事例は示唆している。
    (聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [OBT協会の視点]

    【機能分担子会社から親会社の競争力を担う企業へと】
    大手企業における多くの機能分担子会社の経営を見ていると、企業としての方向性や自由裁量の余地の少なさ、経営上の制約条件があまりにも多いと気づく。その為、経営というよりも単なる分担された機能を回すためのオペーレーションや業務の管理をやっているケースが見受けられる。
    そうなるとそこで働いている社員の人達は受動的で自ら考えてアイデアを出すとか創意工夫をするとかといったことは殆どなく、決められたことをその範囲内でやるという考え方が圧倒的に多くなる。
    しかし、経営リーダーの経営に対する考え方、業務の捉え方次第で同様な性格を持った機能分担子会社でも大きく変革しうるということである。自分達の業務を"単なる清掃"と捉えるのか"されど清掃"と捉えるのか、まさにリーダーの捉え方次第であろう。経営の制約条件は、まさにリーダーの志と考え方そのものにあることを株式会社JR東日本テクノハートTESEEIのケースは示唆している。

  • 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
    1952年に鉄道整備株式会社の社名で設立。東日本旅客鉄道(以下JR東日本)が運行する東北・上越新幹線の車両清掃や、東京駅・上野駅の新幹線駅構内の清掃を担当している。2005年から『トータルサービス』を掲げた現場改革をスタート。約800万円を投じてスタッフのための空調設備を詰め所に増設するなどの労働環境の改善や、組織の壁を取り払う社内再編、正社員登用試験の門戸を大きく広げる人事制度改革などを通じて現場を活性化。現場のチームワークと高い士気に支えられた華麗ともいえる清掃に、国内外の多方面から注目が集まっている。2012年10月に現社名に変更。
    企業概要/従業員数:約820名(うち正社員約400名)、女性比率:50%、平均年齢:52歳、サービスセンター:4拠点(東京、上野、田端、小山)

    TERUO YABE

    1947年生まれ。1966年日本国有鉄道入社。1987年に国鉄分割民営化に伴い東日本旅客鉄道株式会社本社安全対策部課長代理に。その後、東京地域本社 運輸部輸送課長、八王子支社立川駅長、横浜支社 運輸部長、東京支社運輸車両部指令担当部長を歴任。2005年鉄道整備株式会社 取締役経営企画部長に、2007年常務取締役経営企画部長に就任、2011年より現職。

  • 徹底した指揮命令系統を築き、組織の体幹を強化

    ────今日こちらにうかがった際に、廊下ですれ違ったスタッフの方々が、みなさんとても元気に挨拶してくださったことが印象的でした。御社の明るい社風を改めて実感しました。

    ただね、私どもは本では『お掃除の天使(※)』と書いていただきましたが、『天使』というと優しい感じがしますでしょう? 実際はとんでもない。現場には徹底した指示命令系統があります。東京サービスセンターでは22名が1つの組になり、組の中は4つの階層に分かれています。一番上が管理者でその下がチーフ(主任)、次にチーフアシスタントがいて、最後にスタッフ。全員が管理者の命令一下、動くわけです。

    ※『新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?』(遠藤 功氏著、あさ出版刊)

    この指示命令系統が、我々の"体の幹"なんです。ゴルフでも野球でも、体幹ができていないと上手くなりませんよね。組織も同じで、体幹をきちっとつくる。それが"強い組織"につながるのだと思います。

    海外メディアのCNNが「7 minutes miracle(奇跡の7分)」と報じた清掃も、この体幹があってこそのものです。東京駅での新幹線の折り返し時間は12分。お客さまの降車に2分、乗車に3分必要ですので、清掃時間は7分しかありません。混雑時は降車に2分以上かかることも多く、そうなると清掃できるのは5分程度。それでも完璧にやってしまうんですよ。

    しかも、一日の清掃車両本数は約120本、車両数にして約1400両あります。一つの新幹線の清掃を終えたら、すぐ次のホームに行かなくてはいけない。編成によって車両数が違いますから、ホームの停車位置も異なります。それをすべて頭に入れて分刻みで移動し、時間内に清掃を終えるのは、実は大変な作業なんです。

    さらに各組にインストラクターがついて、清掃業務やマナーを徹底的にしごきます。ただ、厳しいばかりではダメですから、チューターもつけましてね。「体調はどうか、悩み事はないか」といった、お母さん的なフォローをしてもらっています。

    「No」といわないマネジメントで、現場の自主性を引き出す

    この厳しい規律の中で、どうやって現場の自由な発想を引き出すか。それを我々はこの7年間追求してきました。そのために、本社を"現場支援組織"として位置付け、「現場の提案に『No』と言わない」と宣言しています。実際、今までほとんど「No」と言わずにやってきました。現場の改善力を高めるには、会社の提案実現力とスタッフ支援力が必要なんですよ。

    ────言うのは簡単でも、実際にはなかなかできることではないですね。

    いや、大したことではないですよ。どうしても難しい場合は、こちらから代替案を提案することもあります。ただ、「何だその案は」といったことは絶対に言いません。思いついたらどんどんやってみる。「二流、三流の戦略でいいから、一流の実行力を持とう」とみんなに言っているんです。

    では、どのようにして実行力を高めるか。こんなピラミッド構造で考えているのですが(右図参照)、私どもの仕事は"サービス"ですから、実践行動が伴わなければいけません。それには教育・訓練やルール・行動指針が必要です。サービスに不具合があれば、ルールを見直して教育し、また不具合が出ればルールを見直す。だいたいは上の3段の繰り返しなんですね。

    我々はその下に、"仕事への改善力"や"アクティブな参画意識""喜び・楽しさ・誇り"といったものを築いてきました。"ルール・行動指針"や"教育・訓練"は、順番としては最後。まずはその下の土台を積み上げることに、この7年間取り組んできたということです。

    褒め合う、認め合う風土が人を伸ばす

    その一番の基礎に置いているのは、"人を慈しみ、大切にしていく企業風土"や、"スタッフ、仲間を認め合う力"です。例えば100人のスタッフがいたとして、99人が一所懸命にやっていても、1人が事故を起こせばお客さまの評価はゼロになってしまう。だから、何とかしてその"1人"をなくせと。これが今までの教育の考え方だったわけです。しかし、それでは残りの99人はやる気をなくしますよね。頑張ったことについては見向きもされないわけですから。

    ────頑張っても頑張らなくても同じなら、事故さえ起こさなければいいという発想になりますね。

    『エンジェル・リポート』には乗客との交流や実直に清掃に取り組むスタッフの様子が綴られる。リポートは社内に掲示し、スタッフ間で共有されている。

    そうです。ですから、我々は頑張っている人たちにスポットを当てようと。そこで『エンジェル・リポート』という、現場のいいサービスを取り上げる取り組みを始めたんです。約30名の主任を『エンジェル・リポーター』に指名して、彼らが現場で見聞きしたことをみんなで共有するという仕組みです。

    リポートの件数は年々増え、平成23年度は1万件を超えました。つまり、それだけの数の社員の頑張りをこれまで見逃してきたということでもあるんですね。我々は経営陣として、そのことを非常に恥じています。最近ではリポートをたくさん書いた人を"よく褒めた人"として褒める賞も新設し、何とかもっと現場を褒めていきたいと考えてやっています。

    ────努力がきちんと認められるというのは、大切なことですね。

    叱るのは簡単なんです。でも褒めるのは難しい。その人を見ておかなくてはいけませんし、頑張りに気づく想像力も必要です。主任をエンジェル・リポーターに指名している理由の一つはこれなんです。リポートを書くことが、教育になっているんですよ。ですからリポーターは任期を一年にして、どんどん交替させて経験者を増やしています。

    さらに現場では、『ノリ語集』というものを自主的につくりましてね。ある書籍で紹介されていた『ノリ語』を社員に見せたところ、「うちでもこれをつくろう」と。さらに、これだけでは終わらずに『ノリません語集』もつくったんです。これをまとめた社員は、こうした否定的な言葉を言われて悔しかったんですね。その思いを我々につきつけてくれているのだと、私はそう受け取っているんです。

    『ノリ語集』(写真右)と『ノリません語集』(写真左)は五十音順にまとめられ、冊子にして主任以上に配布されるほか、社内にも掲示されている。

    人を育てる前に、人が育つ土壌をつくる

    ────企業にはそれぞれ社内の共通言語ともいえる言葉があり、そうした言葉が社風を表していることも少なくありません。言葉の影響力というのは大きいですね。

    ええ。こうした取り組みを通じて我々がつくりたいのは、人々を慈しみ大切にしていく企業風土であり、さらにいえば、お客さまも従業員もともに喜び合える会社なんです。ですから、我々のキャッチフレーズは「Enjoy with TESSEI」。いいサービスを実現するには、CS(顧客満足)だけでもES(従業員満足)だけでも足りない。どちらか一方通行ではだめなんですよ。

    春は桜(写真左)、夏はハイビスカス(写真中)の花を帽子に付けて季節を演出。2011年夏には、放射性物質の除去効果が期待されていたひまわりの花を、震災復興への願いの象徴として帽子にアレンジした(写真右)。

    その結果、現場からいろいろなアイデアが発信されるようになりました。帽子に季節の飾りをつけたり、夏には浴衣を着たり。その格好で清掃はできませんが、ホームの案内係のスタッフが浴衣姿になりましてね。お客さまに楽しんでいただきながら、現場のスタッフも楽しんでやっているんです。

    上野駅では1カ月に約350件あったトイレの流し忘れが、スタッフのアイデアで50件にまで減りました。現場に10名の中国人スタッフがいるのですが、彼女たちが「中国からのお客さまの中に、もしかすると流す習慣がない方がいるかもしれない」と気づいたんです。それでは次に使う方が困ると、日本語、英語、韓国語、中国語の4カ国語で流し方の説明書を貼ったら、流し忘れが激減したんですよ。

    東日本大震災後には、東北地方のお客さまに元気を出していただこうと、折り紙でつくった『パンダおみくじ』をトイレに設置しました。靴磨きコーナーも新設したのですが、これも現場のアイデアです。当時は床の泥汚れがひどくて、普通なら「こんなに汚れて」と文句の一つも出そうなものですが、彼女たちは「被災地に行かれたお客さまが、靴の汚れで困っておられるに違いない」と受け取ったわけです。だったら、靴磨きを置いて使っていただこうと。そんな心配りも現場から生まれているんです。

    現場スタッフが4カ国語で作成したトイレの貼り紙。操作時のイラストも添え、視覚的にもわかりやすく書かれている(写真左)。パンダおみくじは、スタッフが休憩時にコツコツと手づくりしたもの(写真中)、靴磨きコーナーにも季節の花が飾られ利用客の目を楽しませている(写真右)。

    率直に言ってうちは川下の会社ですから、スタッフの中にはリストラされたとか、勤め先が倒産したとか、ご主人に先立たれたとか、事情を抱えてここに来た人もいます。簡単な掃除の会社だと思って来る人も多いですから離職率も高く、パートを10名採用したら1カ月でだいたい半分以下になります。それはもう我々も諦めているのですが、そこで残った人たちがテッセイを支えてくれているわけです。その人たちが働くことに喜びや楽しさを感じて、仕事に誇りとプライドを持ったら、ものすごい力を発揮するんですよ。

    こうして培ってきたものをベースに、来年度から "教育"に手をつけようと考えています。みんな、どうしてもまずは教育して社員を変えようと考えがちなんですね。でも教育というのは、受ける側がその気にならないと効果がないんですよ。

    ────おっしゃる通りです。私も日々のトレーニングで、そのことを痛感します。

    ですから、現場からアイデアが出てくる土壌をつくって、会社としてもスタッフを応援してみんなのモチベーションを高め、8年目にしてようやく来年が教育の初年度。やっと、これからなんですよ。

    ただ、今までの教育は"矯育、脅育、恐育、狭育、怯育、凶育"だったんですね。矯める教育、脅す教育......。これからは、"共育、協育、驚育、響育、恭育"です。響き合い、鏡のようにお互いを見て育つ...、こうした教育をやっていこうと社内で話しているんです。

    ────"矯育"というのはまさにそうですね。経営者の思い通りに矯正するような教育ではなく、現場が"共に、協力して、響き合う"。そうした環境をつくることがとても大切ですね。

    改革を阻む制約は、本当に"制約"なのか?

    ────ここまでお話をうかがって、矢部さんが現場を非常に大切にされていることを改めて実感しました。しかし、現場が大事だということは、どの企業のトップも理解はしていても、その理解が"形だけ"というケースも多いように思います。

    視察に来られた他社の方から、こう言われたこともあります。大企業の方でしたが、「うちは組織が複雑だから、テッセイさんのやり方がそのまま応用できるかどうか」と。しかし、例えば社員が10万人いたとして、全員が一つのオフィスにいるわけではありませんよね。支社や支店に400人、300人と分かれているわけでしょう。テッセイは800人の会社ですが、その方がいる会社には800人を超える支店はないと言われるんですね。だったら、例えば800人の会社がたくさん集まって大企業を構成しているというように、なぜ考えられないのかと思うんです。

    ────人の賢慮さの違いはそこだと思います。接した知識や情報を、どうすれば自社または自身に活用できるかを考える。自分たちはテッセイさんとは違うと思ってしまえば、そこで思考は停止してしまう。僕は、ここに最大の問題があると思っているんです。

    世の中の風潮としても、やり方だけを学んで真似すればいいと考える人が多いですね。でも、何がいいかは会社によって違います。人財育成の方法にしても、自分たちのやり方があるわけです。

    ────自社に何が必要かを考え抜かなければ、"自分たちのやり方"は見えてきませんね。

    そう。だから、やはり現場なんです。現場を知ることが、本当に大切なんですよ。

    ────現場の方は知見を論理的に語るといったことが得意ではないだけで、実際にサービスを実践している人たちが一番よくわかっているというのは、もう間違いないですよね。

    間違いないです。

    ────この先、何かお考えになっておられることはありますか。

    『守・破・離』という言葉がありますが、清掃に専念する『守』の時代が長く続き、今はそれを『破』っているわけです。『離』は、そこから離れて新境地を拓くということ。どう実現するのか、まだ考えはまとまっていませんが、『お掃除ではないお掃除の会社』をつくりたいと思っているんです。

    どういうことかと言いますと、例えば"おもてなし"で知られるディズニーランドは、非日常の世界ですね。一方、私どもは日常の世界です。そこには旅を楽しむ人だけではなく、悲嘆や失意、落胆といったものを抱えた人たちもおられます。そういう方々にも"おもてなし"だからと笑顔で接していいのか。うちのスタッフは研修で笑顔の練習もしますが、現場ではあまり笑顔はつくらないんです。私も「つくらなくてもいい」と言っているんですよ。

    笑顔というのは、「私はあなたの敵ではない」ということをコミュニケーションしているんですね。でも、人には表情以外にも伝達手段があって、目の動きや声の調子、首の傾げ方や身体の動きなど、全身でコミュニケーションをしているわけです。そうしたことを考えながら、我々の"おもてなし"をつくりあげたい。そんなことを考えているんです。

    ────まさに芸術だと思います。

    そう、奥が深いです(笑)。ただ我々にとっては"芸術"というより、自分たちの"信条"や"信念"のようなものですね。

    ────現場の力を信じ、信念を持って改革に臨むことの大切さを改めて教えていただきました。本日はありがとうございました。

株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
専務取締役 矢部 輝夫さん

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    経営改革は、実行する「現場の実態」を把握して、初めて実現する(前編)

     

    活気が失われた現場を、海外視察団も絶賛する"最強の現場"へと改革したJR東日本テクノハートTESSEI。「本社の言うことをよく聞いて、しっかりやるように」という上位下達の企業文化を一掃した同社の改革は、矢部氏(同社専務取締役)が「現場を知ること」から始まっている。「JR東日本から来たときは1カ月間の実習を受けて、現場のおばちゃんたちと同じ釜の飯も食べました」と語る同氏。その経験を通じて、現場がどれだけ大変か、一生懸命に取り組んでいるかを知り、「このまま埋もれさせるわけにはいかない」と感じたことが起点である。現場の実態(感情や気持ち)を知らない中で、「職場活性を」「自律的に仕事を」と言ったところで誰も動かなかったであろうし、「何もわかっていない」という反発が出たであろう。経営施策の浸透・実効が上がらない場合、それを作った経営・本社部門は「現場は危機感が無い」等という見なし方をすることが多いが、本当にそうだろうか。経営施策を浸透させ、改革を実現させるためには、まず、それを動かしていく「現場の実態」を知ることが極めて重要である事をJR東日本テクノハートTESSEIの事例は示唆している。
    (聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [OBT協会の視点]

    【機能分担子会社から親会社の競争力を担う企業へと】
    大手企業における多くの機能分担子会社の経営を見ていると、企業としての方向性や自由裁量の余地の少なさ、経営上の制約条件があまりにも多いと気づく。その為、経営というよりも単なる分担された機能を回すためのオペーレーションや業務の管理をやっているケースが見受けられる。
    そうなるとそこで働いている社員の人達は受動的で自ら考えてアイデアを出すとか創意工夫をするとかといったことは殆どなく、決められたことをその範囲内でやるという考え方が圧倒的に多くなる。
    しかし、経営リーダーの経営に対する考え方、業務の捉え方次第で同様な性格を持った機能分担子会社でも大きく変革しうるということである。自分達の業務を"単なる清掃"と捉えるのか"されど清掃"と捉えるのか、まさにリーダーの捉え方次第であろう。経営の制約条件は、まさにリーダーの志と考え方そのものにあることを株式会社JR東日本テクノハートTESEEIのケースは示唆している。

  • 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
    1952年に鉄道整備株式会社の社名で設立。東日本旅客鉄道(以下JR東日本)が運行する東北・上越新幹線の車両清掃や、東京駅・上野駅の新幹線駅構内の清掃を担当している。2005年から『トータルサービス』を掲げた現場改革をスタート。約800万円を投じてスタッフのための空調設備を詰め所に増設するなどの労働環境の改善や、組織の壁を取り払う社内再編、正社員登用試験の門戸を大きく広げる人事制度改革などを通じて現場を活性化。現場のチームワークと高い士気に支えられた華麗ともいえる清掃に、国内外の多方面から注目が集まっている。2012年10月に現社名に変更。
    企業概要/従業員数:約820名(うち正社員約400名)、女性比率:50%、平均年齢:52歳、サービスセンター:4拠点(東京、上野、田端、小山)

    TERUO YABE

    1947年生まれ。1966年日本国有鉄道入社。1987年に国鉄分割民営化に伴い東日本旅客鉄道株式会社本社安全対策部課長代理に。その後、東京地域本社 運輸部輸送課長、八王子支社立川駅長、横浜支社 運輸部長、東京支社運輸車両部指令担当部長を歴任。2005年鉄道整備株式会社 取締役経営企画部長に、2007年常務取締役経営企画部長に就任、2011年より現職。

  • 仕事人として、後悔しない生き方を選びたい

    ────テッセイさんが活気ある現場をつくり上げてこられた道のりを改めてうかがえればと思いますが、矢部さんがこちらに着任されたときの社内は今のような状態だったのでしょうか?

    いいえ、違いましたね。昔ながらの上意下達の文化で、現場に対しても「本社の言うことをよく聞いて、しっかりやるように」というような感じでした。

    ────その状態から、なぜ改革を進めようと思われたのですか。

    実は、私もこちらに来るまでは"掃除の会社"だと見下していたんです。ですから、「あんな会社に行くのか」とがっかりしました。でも来てみると、現場のスタッフがそれはもう一所懸命にやっているんですよ。トイレの清掃も、便器に手を突っ込んで必死にやっていました。だから、現場に活気がないのはマネジメントが悪いのだと、直感したんです。

    ────矢部さんご自身が現場をご覧になって、そういう印象を持たれたということですか。

    もちろんそうです。ここでは、役員もみんな実習からスタートします。私もJR東日本から来たときは1カ月間の実習を受けて、現場のおばちゃんたちと同じ釜の飯も食べました。これね、一度清掃をしてみたらわかりますが、ものすごく大変なんです。私は1カ月で5kg痩せました。特に夏場はつらい。そんな中で、みんな本当に真面目にやっているんです。この人たちを、このまま埋もれさせるわけにはいかない。そう感じたことが出発点でしたね。

    ────改革に対して、当時の経営陣から反対はありませんでしたか。

    反対意見は結構ありましたね。でも、クビになってもいいという覚悟で、強引にやりました。ここで何もしないまま、あと4、5年で退職ということになったら、私の人生が残念なことになってしまう。そう思っておばちゃんたちに賭けたわけです。そうしたら、今まで一所懸命にやってきた人たちですから、マネジメントさえ変えればすごい力を発揮するんですね。

    規律の中に自由を見出す

    ────御社のような位置づけの会社は、親会社からの"機能分担子会社"として捉えられると思いますが、そうした会社の多くは自由裁量の余地がないことを理由に、単に分担している機能を円滑にオペレーションするというところに留まっています。このような性格の会社でも、経営者次第では御社のような改革が可能だと思われますか。

    可能だからやってこられたんです。というのは、当社が機能分担しているのは列車の運行に関する業務の部分なんですね。つまり、その他については何をしても構わない。そう考えたわけです。最初はJR東日本も、「前例のないことをして大丈夫か」と危惧していましたが、成功するにつれて「もうテッセイは止められない」と(笑)。今は「やりたいようにやってくれ」と言ってもらっています。

    ────むしろ、今は御社が親会社の付加価値になっておられますよね。

    昨年、JR東日本がグループ経営構想を発表したときも、グループ会社が集まった説明会で「第二のテッセイを目指してほしい」と呼びかけてくれましてね。今や私どもはJR東日本の負託を受けてやっているのではなく、グループ全体を引っ張っているのだと。現場はそんな気持ちを持ってくれています。その心構えはもう強力なものですね。

    例えば現場のスタッフは、日頃の清掃を通じて、設備の老朽化の状況などを一番よく把握しているわけです。だから、自分たちがJR東日本に補修や改善を提案すべきだと。昔は経営陣がJRの顔色を窺ってばかりいましたから、現場にも「どうせ言ってもダメだ」と諦めに似た空気がありましたが、今は違います。JRへの提案も自分たちの役目だと、そんな意識にみんながなってくれているんです。

    東京駅の東北新幹線コンコース内には、テッセイの提案でベビー休憩室も新設された。室内は壁を折り紙で飾り、おむつ用のごみ箱には防臭用にビニールの小袋を用意するなど、女性スタッフが同じ女性の目線で考えた工夫が、随所に施されている。

    ────親会社の顔色を窺うというのは、ほとんどの機能分担子会社がそうだと思いますね。

    でも、私は何とかできるんじゃないかと思ったんです。"規律の中の自由"と言いますか、私どもが分担する機能の中でも、もっと自由にやれることがあるはずだと。例えば、改革の手始めに制服をリニューアルしましたが、デザインは自分たちで選んでいいんですね。そんな風に、見方を変えればできることがいろいろあるんですよ。

    ────やはり、最後はトップの考え方次第ですね。

    そうです。私はね、現場のおばちゃんたちに「ホラ吹き」と言われているんです(笑)。真面目に清掃だけをやってきた会社が、「新しいトータルサービス」だとか、「ほっと・ぬくもりカンパニー」などと言い出したわけですからね。でも最近では、「矢部さんのホラが本当になった」と。それが実現できたのはすごいことで、私自身も感激しましたが、できるかできないかは考え方次第。経営陣が、何をいかに考えるかということなんです。

    現場にどっぷり漬かれば、なすべきことが見えてくる

    ────現場を変えたいと思いながらも、手を付けられずにいる経営者も少なくありません。矢部さんは、具体的には何から改革をスタートされたのでしょう。

    私の場合は、現場の人たちと話すことから始めました。実習でおばちゃんたちに怒られながら掃除を教わって、昼のお弁当も一緒に食べて。それまでは、本社から来た人間は昼になると本社に帰っていたのですが、私は現場の詰め所で一緒に食べたんです。みんなからおかずもずいぶん分けてもらいました(笑)。

    そうして話を聞く中から、いろいろなことが見えてきたわけです。スタッフの前ではメモできませんので、その日の実習が終わってから気づいたことを書き留めましてね。A4版の紙にびっしりと、5、6枚は書いたでしょうか。

    ────どのようなことに着目されたのですか。

    これだけ立派なすごい人たちがいる、その人たちがこんな思いを持って、こんな不満を抱えている、といったことです。自分で体感しながら、マーケティングリサーチをやったわけです。そして、気づいた問題点を一つずつ潰していきました。今では、当時書いたことはほとんど解決しましたね。

    ────現場を見れば、何をすべきかが自ずと明らかになるということですね。

    自分から現場に入っていけばわかりますね。ただそのときに、「私は取締役だ、本社の人間だ」といった態度を少しでも出すと、みんな「率直な意見を言ったら、後で怒られるのではないか」と警戒してしまいます。そこが一番難しいですね。

    サービスのロールモデルを育て、改革の牽引役に

    CSVは、テッセイが単なる"清掃"の会社から"トータルサービス"の会社へと変革していく象徴となった存在。裏方から表舞台に出ることで、スタッフのモチベーションが少しずつアップし始めた。

    現場と話して感じたのは、この会社にはもっといろいろなことができるということです。そこで「テッセイをトータルサービスの会社にする」という目標を立てましてね。まず、サービスの象徴となるチームを立ち上げました。一般車両のチームとは別に、グリーン車を担当する『コメットクリーンセンター』という以前からあった部署をもとに、『コメット・スーパーバイザー(以下CSV)』というチームを結成したんです。

    CSVが担当するのは、ホームでのお客さまのご案内やコンコース内の清掃。ファーストクラス車両『グランクラス』の清掃も、彼女たちが受け持っています。言って見れば、お客さまや他のスタッフから"観られる"存在ですね。

    ────ホームでの乗客案内といったことは、今までにはなかった業務ですよね。

    そうです。JR東日本グループには11の清掃会社がありますが、どこにもこうしたチームはありませんでした。それを、平成17年に私どもが始めて立ち上げたんです。

    ────そういったことは、親会社の許可は必要なのですか。

    後で何かあるといけませんので、JR東日本にはひと言、報告はしました。「お客さまのサポートまで行いたい」と申し出たら、驚いていましたね(笑)。ただ、そのために社員をつけなければいけませんから、その費用請求はあるのかと聞かれましたので、「当社が自主的に行うことですので結構です」と。お金をいただくとJRの意向も聞かなくてはいけなくなりますから、最初は無料で始めたんです。

    そして「実績を積んだら請求させてください」ということにして、3年後からその分の料金をJR東日本からいただくようになりました。成果をこちらからどんどん売り込みましたのでね。ですから、商売というのは最初からお金をもらわなくてはできないということではないと思うんですよね。

    ────まずはサービスが先だということですね。

    そうです。東京サービスセンターでは、450名のスタッフのうち約20名がCSVです。マナーや立ち居振る舞いを徹底して研修し、交通新聞という業界紙にも取材を頼んで「サポートまで進出」とCSVの写真つきで書いてもらいましてね。彼女たちがテッセイをリードする存在になってくれているんです。

    たかが制服、されど制服──形を変えれば、意識も変わる

    作業服(写真左)から、おしゃれなストライプのシャツと黒のパンツ(写真中)に制服をリニューアル。2012年に再びリニューアルしたものが現在の制服(写真右)。帽子は以前のキャップからスタイリッシュなミリタリーベレーへと刷新されている。

    CSVは結成と同時に制服を新調し、その1年後には一般車両チームの制服もリニューアルしました。それまでは作業服だったものを、アミューズメントや飲食・サービス業向けのカタログから選んだ制服に変えたんです。

    ────見た目の印象がまったく違いますね。

    みなさんは清掃会社だと思うから驚かれるわけですが、我々は"おもてなしの会社"だと思っていますのでね。これね、制服代がかかるようでいて、実はコストダウンにもなっているんです。以前の作業服は日本製で、セミオーダーでしたから自社で在庫を持つ必要がありましたが、今はカタログ品ですからその必要がありません。しかも、中国製で安い。その差が一着あたり約1000円として、従業員800名×3着ですから240万円の経費削減になっているということです。

    ただ、新しい制服を現場のスタッフに着てもらうのには苦労しました。この後は順調でしたが、最初の制服リニューアルは大変でしたね(笑)。

    ────以前より印象がぐっと良くなる制服だと思いますが。

    みんな、今までの"清掃のおじさん・おばさんスタイル"がいいと思っていたんです。それをなぜ変えるのかと。だからデザインは現場に選んでもらうことにして、候補を並べて主任にアンケートを取りました。そうしたら、結果がバラバラでね(笑)。そこで結果は報告せずに、私がいいと思うものを「これが1位でした」と発表したんです。みんな妙な顔をしていましたが、そうでもしないと収拾がつかないんですよ(笑)。

    それでもまだ現場の抵抗がありましたので、困ったなと思っていたら、ある60歳のスタッフが家でお孫さんから「おばあちゃん似合うね」と新しい制服を褒められたと。その話を聞いて「それだ!」とすぐ社内報で紹介しましてね。現場にヒアリングをかけたら、お客さまに好評いただいているという話がいくつも集まってきて、それでやっと定着したんです。

    ────制服は、会社が変わっていくことの一つの象徴だったのかもしれませんね。だから、みなさんの中に不安があったのではないでしょうか。

    2012年度から、夏はアロハとストローハットを着用するように。写真は米国のテレビ局CNNの取材風景。同社のサービスには海外からも高い注目が集まっている。

    ええ、不安はあったと思います。実は夏服はアロハにしようと思っていたのですが、やはり総スカンをくってしまいまして。このときはいったん引き下がったのですが、私はしつこいんです(笑)。機が熟すのを待って、4年後、つまり昨年のことですが「夏はアロハもいいんじゃない?」ともう一度提案したら、今度は受け入れられましてね。以前は猛反対していた人たちが、アロハを着てイキイキとしているんです。5年で意識がここまで変わったんですね。

    そして昨年10月に通常の制服を再びリニューアルしたところ、お客さまから道案内などの質問を次々と受けるようになり、またみんなの気持ちが変わってきました。お客さまから声をかけられるなんて、作業服を着ていたときにはなかったことです。だから今は、「観られている」という意識があるんですね。これも教育の一つ。"たかが制服、されど制服"なんですよ。

    たかが清掃、されど清掃──自社の価値を信じて信念を貫く

    ────もっと言えば、"たかが掃除、されど掃除"だと僕は思うんです。現場の価値を認めて、お客さんに接している第一線の人たちがやりがいを持って活性化してなければダメだと。そういう考え方を本当にできるかどうかだと思いますね。

    そう、"やりがいを持つ"ということがね。現場にはそれが必要だったんです。テッセイの商品は何かといえば、これまでは"清掃"でした。それを"清掃を通じて、感動と思い出を提供する"と捉え直したわけです。JR東日本の新幹線は、東京駅だけで1日に13万人の方が利用します。年間にすれば約5000万人。我々にはそれだけの出会いがあるわけで、その方々に"感動と思い出"をお土産としてお持ち帰りいただこうと。

    そう考えることによって、我々の発想がまったく変わりました。現場の社員たちが自然と、「私たちは新幹線劇場だ」と言い出しましてね。あの「新幹線劇場」は、我々がつくった言葉ではないんです。社員が考えて、それはいい表現だとキャッチフレーズの一つとして使っているんです。

    ただ、経営理念やCS行動規範も定めましたが、現場には細かいことは言いません。うちのスタッフは20代から50代まで、幅広いんですね。今流にいえば、ダイバーシティのある会社です。スタッフには今までの人生があり、それぞれの思いや経験がある。だから細かな指示はしないで、"さわやか、あんしん、あったか"の3つが我が社の方針だと。それに沿ってみんなで考えてやってくれ、本社も応援するということで、ここまでやってきたんです。

    社内教育書『スマイルテッセイ』は、小集団活動から生まれた。

    ただ、何のために"さわやか、あんしん、あったか"が大切なのかという基本的な考え方は『スマイルテッセイ』という冊子にまとめて、これが現場のバイブルになっています。これも社員の提案でつくったものなんですよ。

    ────お話をお聞きしていると、やはり矢部さんのように本当に現場にどっぷりつからないとダメだと思いますね。親会社から来て、代表者だからということでただ管理だけしている方々が世の中に非常に多いなと私は思うんです。

    そうした人に限って、権威を振り回したりね。それで組織が変わるならいいでしょうが、威張ってロクなことはない。私の役目は権威を振り回すことではなく、この組織を動かすことですから、そのためには何でもやります。

    映画の『踊る大捜査線 THE FINAL』で室井刑事が最後に言うセリフがあるのですが、「組織の中にいる人間こそ信念が必要だ」と。経営者も組織にいると、流されてしまうことがあるんですね。だから私はやはり信念を持って、「よし、この会社を変えてやろう」と。その思いを貫いていきたいと思うんです。

    矢部さんは、理想論を振りかざすのではなく、現場に入り込み、地に足をつけた活動を続けてこられました。その改革のステップでは「教育の位置づけは最後」だと言います。では、教育の前に必要なものとは何か。後編でじっくりと伺います。


    *続きは後編でどうぞ。
      経営改革は、実行する「現場の実態」を把握して、初めて実現する(後編)

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