2012年12月アーカイブ ..

株式会社キングジム
代表取締役社長 宮本 彰さん

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    【事業で差別化しうるのは唯一人財のみ】
    社員の「思い」を信じて任せることが強い人財、強い組織を育てる(後編)

     

    文具メーカーのキングジムは"思いのある社員に任せる経営"で閉塞感を打破し、ユニークな電子文具を次々と世に送り出している。現場に任せることにはリスクが伴うが、宮本社長のモットーは"1勝9敗"。「開発に失敗はつきもの」と語り、失敗を恐れずチャレンジする土壌を育んできた。一方で、経営の活路を見出すべく新商品を模索しても、「現場から上がってくる提案は既存品の焼き直しばかり」と嘆く企業もある。しかし、その背景に、上意下達的な風土、「現場のアイデアを上が批評し、結果的に新たな事業や商品の芽を摘んでいる」という実態は無いだろうか。それでは新たなアイデアどころか、人や組織の強化を望むことはできない。(聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [及川昭の視点]

    新しい商品を創出する・実用化するためには、いろいろな要素が必要となる。
    一般的にどこの企業でも組織の中には、たくさんのアイデアがある。 例えば、新しい事業プランとか、新製品のアイデアとか、或いは技術そのものとか、きっとたくさんあると思う。ところがそのアイデアが埋没していたり、使われていない場合が非常に多い。アイデアを知とすると、それをきちんと形にして実用化し、利益に結び付けていくことが出来るかどうかというのが最も肝要かと思うが、そのためには、組織の在り方、人材や風土とかそれらが複合的に絡み合わないとなかなか難しいのでないだろうか。いわゆる知の実用化のための組織の在り方についてとても考えさせられたのが今回の株式会社キングジムの宮本社長のお話であった。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • 株式会社キングジム http://www.kingjim.co.jp/
    1927年創業。創業者・宮本英太郎氏が特許人名簿、印鑑簿を発売。1948年、株式会社名鑑堂を設立。ルーズリーフ、バインダーなどを生産発売し、ファイル・バインダーの専門メーカーとしての礎を築く。1961年、社名を株式会社キングジムに改称。1964年に発売した「キングファイルG」は、シリーズ累計販売数が5億冊を超えるロングセラーヒット商品となる。1988年に同社初の電子文具、ラベルライター「テプラ」を発売し、5年で販売台数100万台を突破する大ヒットに。2008年発売のデジタルメモ「ポメラ」は、初年度に当初計画比3倍超の売り上げを記録。2011年に発売したスマートフォン連動のノート「ショットノート」シリーズは売上累計200万冊を突破。女性向け生活雑貨ブランド「Toffy(トフィー)」や、会員制自習室「アカデミーラウンジ」も展開。多彩な事業を手がけている。2001年東証二部に上場、2005年東証一部に上場。
    企業概要/資本金:19億7869万円、従業員数:1,999名(連結)、414名(個別)(いずれも2012年6月現在)、売上高:299億5300万円(連結・2012年6月期)

    AKIRA MIYAMOTO

    1954年生まれ。慶応義塾大学卒業後、キングジムに入社。84年に常務取締役総合企画室長、86年に専務取締役に就任。92年、代表取締役社長に就任。

  • 新商品のアイデアを採用するか否か──決め手は担当者の"思い"

    ────新しいアイデアをヒット商品につなげるには、市場性のほかに開発担当者の情熱や思いといったものも大切ですね。

    それは大きなポイントですね。これはダメだろうと思う案件も、担当者が一所懸命に食い下がってくると、そこまで言うからにはその信念にかけてみようという気持ちになりますからね。

    ────判断要素として、「そこまで言うなら」というのは大きいですね。

    大きいです。上司に逆らうぐらいの主張がなければダメですね。そもそも開発会議では、新入社員も役員も発言権は平等だというのがうちの方針です。役員の鶴の一声で決まるなら、そんな会議はしないほうがいい。ただ「発言権は平等」というのは簡単で、問題はどうやって決めるのかということなんです。みんなが平等に発言すると、賛成も反対も出て収拾がつかなくなるんですよ。

    そのときにはやはり、情熱や思い入れといったものが決定を大きく左右しますね。担当者の強い思いがあれば、私はそれにかけてみたいと思うんです。

    ────私どもはいろいろな企業で、構造改革や新規事業プロジェクトのコーディネーターを務めることも多いのですが、現場から経営陣にプレゼンテーションすると「これは分析したのか」「これはどうなっているのだ」と、ネガティブなストロークが出ることが多くあります。そうすると若い社員が萎縮して、新しいことを提案してもダメだという雰囲気が定着してしまう。「アイデアを出せといっても出てこない」という経営者の嘆きをよく聞きますが、そうした風土をトップ自身がつくってしまっていることが非常に多いなと感じているんです。ですから、今言われたような、みなさんが自由に発言できる空気をつくることはとても大事だと思いますね。

    非常に大事ですね。開発でいえば、最初から「売れないだろう」と決めつけて会議に臨んだものはまずダメです。そうではなく、「売れるかもしれない」と考えてみる。実際には外している商品が多いわけですが、ときどきは当たるものもありますから、そちらに目を向けて、「これも売れるかもしれない」と考えてみる。そうした社風が、当社ではとてもよくできていると思いますね。

    ────開発は若手社員の方々に任せておられるそうですが、これも可能性にかけるということでしょうか。

    電子機器やソフトウェアのメーカーはみなさんそうだと思いますが、若い人でないとダメですね。発想の豊かさが違いますから。特に開発の責任者には、比較的若くて極めて優秀な社員を起用しています。

    ────経験がありすぎると、常識が邪魔をしてしまってダメですね。

    ええ、むしろ変に既成概念を持っていない人のほうがいい。ですから、新製品は技術者からはなかなか出てこないんです。技術を知らない人は"欲しいもの"から考えますから、その方がいいアイデアが出ることが多いですね。

    ────優秀さの定義は、どのように考えておられるのですか。

    頭がいいことはもちろん大切ですが、一番はチャレンジ精神があることです。情熱や思い、チャレンジ精神。こういったものが、やはり大きいと思いますね。

    ──── 一般には、幹部のほうが若手よりもわかっているという暗黙の前提がどうしてもあるように思います。ご自分の経験値の中で判断してしまって、新しいアイデアに対して「売れるかもしれない」という前向きなストロークが出てこない。そのことが組織から元気を奪っているような気がします。

    開発に限らず何でもそうですが、そのことを一所懸命に研究している人が一番わかっているのであって、こちらは会議のときだけ聞かされて、それですべてを見通せるわけがないですよ。だから、たいていは担当者の言うことが正しい。役員のほうが間違っていることが多いと僕は思いますね。

    アイデアが生まれる風土づくりは、トップのありようにかかっている

    ────開発した商品が売れなかった場合は、経営としてどう対処されるのですか。開発担当者がマイナス評価を受けるといったことはあるのでしょうか。

    失敗は当社では当たり前のことですから何の問題もないですね。マイナス評価もありません。チャレンジを許可したのは上司であり、その意味では最終責任は社長にあるわけですから。

    ──── 一般的には、開発は営業の努力が足りないと言い、営業は商品が悪いと言う。そうした社内の対立が起こりがちですが。

    セクショナリズムに陥ると、そういう話になりますね。うちでは、そうしたことはほとんどありません。組織的に何か変わったことをしているわけではないのですが、"マトリックス"と言って横のつながりを大事にしているので、何かプロジェクトがあれば自然に連携が生まれるんです。それは自慢してもいい社風かなと思いますね。

    ────さまざまな部署の社員の方が非公式に集まって立ち上げたプロジェクトから、新商品が生まれることもあると伺いました。

    そうですね。他の部署に相談して一緒に仕事を始めてしまうといったことはよくありますよ。

    ────そうした自由な職場環境や風土は、非常に大切ですね。

    ただ、難しい点もあるんです。例えば、他部署の仕事に貢献したことを人事考課でどう評価するのか。ひどいと、「よその仕事なんか手伝ってマイナスだ」なんてケースもあると聞きますが、うちではそういったことはありません。「あいつはそこまでやっている」と周りがきちんと認める。そういったところが、当社はうまくできているのかなと思いますね。

    ────社員のみなさんが全体最適の視点に立っておられるからこそですね。

    そのほかに当社独自の制度として、年に一度、お正月に「社長賞」を贈っているんです。これは前年に最も活躍した個人を表彰するもので、例えばポメラを開発した若手のダメ社員がいるのですが、彼には社長賞として100万円を贈りました。

    ────ダメ社員、ですか?(笑)。

    ええ。開発本部にどうしようもないダメ社員がいましてね(笑)。ポメラを提案したときも、周りからあれこれ言われながらも何とか会議を通したら、大ヒットしてしまったわけです。そして、雑誌やテレビの取材を受けて一躍ヒーローになった。こうしたことが開発の中でかなりの刺激になったようで、「あのダメ社員が社長賞で100万円をもらった」と(笑)。これは自分たちもやれるんじゃないか、彼に続けと、アイデアが出てきている感じがしますね。

    ────そう考えますと、何をもって社員をダメだと評価するのか、その前提を疑ってかからなければいけませんね(笑)。

    ええ、わからないですよ。みんなに素質があるし、今後どんな活躍をしてくれるか、全員に可能性があるということだと思います。

    ────やはり社風というのは、トップのありようが非常に大きいなと思います。お人柄やお持ちになっている雰囲気がいろいろな面で影響を与えると、多くのトップにお会いして感じますが、宮本社長は"陽"ですね。

    お祭り好きなんです(笑)。新商品開発の打ち上げには私も出て、みんなとしこたま飲んで酔っ払ったり。そういうバカなお祭り騒ぎが大好きなんです。そうやって盛り上げていくほうが、いいように思いますけどね。

    ────新しい物は、堅苦しいところからは出てこないですからね。

    経営トップの最大の仕事は、部門責任者の"組閣"

    ────何か経営の判断に迷われたときには、どのようなことを指針にされるのでしょうか。

    指針ですか? そうですね...、日々迷ってばかりですが、迷っても結局わからないことが大半ですから、悩むよりもエンピツ倒して決めてしまうくらいの感じでやったほうがいいような気がしますね。そして、エンピツが右に倒れたら、もう「絶対右だ」と。「右以外はない」という理論構成をするんです。でないと社員が付いてこられませんから。「左のような気もするけど、やっぱり右かな」なんて言ったら、社員が困るじゃないですか。

    ただ、そういう案件はほとんどありません。各部門の問題点は、部門の長が持ってきますので、「あなたはどう思うのか」と、私は必ず問い返します。中には「社長、決めてください」なんていう役員もいますが、彼には彼の意見があるはずなんです。私の意見と異なり、どちらが正しいか迷う場合は、彼の意見に従います。

    なぜなら、その案件のことは彼が一番よく知っているわけです。私は突然聞かされて、詳しいことはわからない。間違った判断をする可能性もあります。彼が「こうすべきだ」という考えを持っていたら、恐らくそちらのほうが正しいんです。

    ────では、そこまで信頼の置ける方を各部門の長に配置することが大切になりますね。

    その見極めが、恐らく社長の一番の仕事ではないでしょうか。その適材適所さえうまくいけば、もう社長は遊んでいてもいい。それくらいに思っていますので(笑)。

    ────いつ頃からそういう考えを持たれるようになったのですか。昔からそう思っておられるのでしょうか。

    そうではないですか。極端にいえば、私は彼らのイエスマンでいい。それくらいの優秀な大臣を組閣することが大事であってね。社長なんて仕事は、会社が小さければすべてトップダウンでもいいけれど、上場企業になれば各部門に大臣級をきっちり配備して、彼らに任せるようでなければいけないと思います。

    群れの先陣を切る"ファーストペンギン"でありたい

    ────将来的には、キングジムをどのような会社にしていきたいとお考えでしょうか。

    大きな野望はありませんので(笑)、本音でいえば大過なく、社員やステークホルダーの方々が幸せであれば、社長の勤めを果たしたといえるのではないかと思っています。ただ、みんなが幸せになるには、現状維持ではいけない。やはり会社は成長していなければならないんです。売り上げも利益も毎年10%ずつは伸びてないと、現実的には健全ではないと思いますね。

    ────規模は追わないけれども、成長は必要だということですね。

    ええ、会社が成長を続けていれば、みんなの士気がかなり違いますからね。

    ────経営にあたって社長が最も大切にされているのは、どのようなことでしょうか。

    私は最近、『ファーストペンギン』という言葉をよく使うんです。ペンギンは群れで行動しますが、よくテレビなどで見ると、海に飛び込むときにみんなが逡巡するでしょう。飛び込まなくては餌が獲れないけれど、海にはシャチやアザラシなどがいて危険だから、怖いんですね。どうしようというときに、たった一羽がポンと飛び込むと、みんなそれにダダダッと続いて行くんです。

    最初に飛び込むペンギンは、もしかすると割が合わないかもしれない。様子を見て入ったほうが得のようにも思うじゃないですか。でもみんながそう思っていると、全員餌にありつけない。誰かが一番にならなくては、二番、三番はないんです。だから、最初のペンギンにも何かメリットがあるはずだと。きっと、一番いい魚が獲れるに違いない。本当のところはわかりませんよ(笑)。でもそう考えて、キングジムは『ファーストペンギンでありたい』と言っているんです。

    ────社員のみなさんのご反応はいかがですか。

    評判はいいですね。みんな気に入って、あちこちでこの話を使ってくれていますよ。ポメラの開発担当者も雑誌の取材で、「うちはファーストペンギンですから」と答えていたようです。おお、こいつも言ってるなと(笑)。

    ────嬉しいですね。

    個人のブログに「うちはファーストペンギンです」と書いてる社員もいますし。社長の言葉を使ってくれているのは嬉しいですね。

    ────社員の思いを信じて任せることが現場の一体感を生み、強い組織を育てることを改めて実感しました。本日はありがとうございました。

株式会社キングジム
代表取締役社長 宮本 彰さん

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    【事業で差別化しうるのは唯一人財のみ】
    社員の「思い」を信じて任せることが強い人財、強い組織を育てる(前編)

     

    文具メーカーのキングジムは"思いのある社員に任せる経営"で閉塞感を打破し、ユニークな電子文具を次々と世に送り出している。現場に任せることにはリスクが伴うが、宮本社長のモットーは"1勝9敗"。「開発に失敗はつきもの」と語り、失敗を恐れずチャレンジする土壌を育んできた。一方で、経営の活路を見出すべく新商品を模索しても、「現場から上がってくる提案は既存品の焼き直しばかり」と嘆く企業もある。しかし、その背景に、上意下達的な風土、「現場のアイデアを上が批評し、結果的に新たな事業や商品の芽を摘んでいる」という実態は無いだろうか。それでは新たなアイデアどころか、人や組織の強化を望むことはできない。(聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [及川昭の視点]

    新しい商品を創出する・実用化するためには、いろいろな要素が必要となる。
    一般的にどこの企業でも組織の中には、たくさんのアイデアがある。 例えば、新しい事業プランとか、新製品のアイデアとか、或いは技術そのものとか、きっとたくさんあると思う。ところがそのアイデアが埋没していたり、使われていない場合が非常に多い。アイデアを知とすると、それをきちんと形にして実用化し、利益に結び付けていくことが出来るかどうかというのが最も肝要かと思うが、そのためには、組織の在り方、人材や風土とかそれらが複合的に絡み合わないとなかなか難しいのでないだろうか。いわゆる知の実用化のための組織の在り方についてとても考えさせられたのが今回の株式会社キングジムの宮本社長のお話であった。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • 株式会社キングジム http://www.kingjim.co.jp/
    1927年創業。創業者・宮本英太郎氏が特許人名簿、印鑑簿を発売。1948年、株式会社名鑑堂を設立。ルーズリーフ、バインダーなどを生産発売し、ファイル・バインダーの専門メーカーとしての礎を築く。1961年、社名を株式会社キングジムに改称。1964年に発売した「キングファイルG」は、シリーズ累計販売数が5億冊を超えるロングセラーヒット商品となる。1988年に同社初の電子文具、ラベルライター「テプラ」を発売し、5年で販売台数100万台を突破する大ヒットに。2008年発売のデジタルメモ「ポメラ」は、初年度に当初計画比3倍超の売り上げを記録。2011年に発売したスマートフォン連動のノート「ショットノート」シリーズは売上累計200万冊を突破。女性向け生活雑貨ブランド「Toffy(トフィー)」や、会員制自習室「アカデミーラウンジ」も展開。多彩な事業を手がけている。2001年東証二部に上場、2005年東証一部に上場。
    企業概要/資本金:19億7869万円、従業員数:1,999名(連結)、414名(個別)(いずれも2012年6月現在)、売上高:299億5300万円(連結・2012年6月期)

    AKIRA MIYAMOTO

    1954年生まれ。慶応義塾大学卒業後、キングジムに入社。84年に常務取締役総合企画室長、86年に専務取締役に就任。92年、代表取締役社長に就任。

  • 既存事業が好調なうちに、次の一手を打つ

    ────御社はご創業から長らくステーショナリー事業を展開してこられましたが、最近はずいぶんイメージが変わられたと感じています。

    ステーショナリーというより、事務用ファイルの専門メーカーですね。ファイルとバインダーしか手がけていませんでしたから。

    ────2008年に『ポメラ』を出されてから電子文具を次々と発売され、『トフィー』や『アカデミーラウンジ』といった新事業もスタートされて、そうしたところから企業イメージが変わってきたように思いますが。

    年代的には1988年に発売した『テプラ』が、当社にとっての最大のターニングポイントです。テプラの大ヒットを受けて、あっという間に電子文具がファイル・バインダーに追いつき、今では完全に逆転して売り上げの柱なっています。

    テプラは、私が専務時代に開発責任者を務めた商品ですが、当時、大番頭さんたちの猛反対にあいましてね。ファイル・バインダー専門にやってきて非常に調子が良かったときでしたから、電子文具なんてものは「必要ない」と。しかも、プロジェクト開始から発売まで3年間もかかりましたので、「何も出てこないじゃないか」とかなり不評を買った事業だったんです。

    3年かけてやっと完成しても、パソコンなんてまだ誰も見たこともない時代です。営業マンにいきなり「電子文具を売ってくれ」といっても、そんなものはやりたくないわけですよ。ましてファイルの営業が好調で忙しいときに、なぜ電子文具を売らなくてはいけないのかと、非常に抵抗感が強かったんです。その意識の改革には、ものすごく苦労しました。

    「いつかペーパーレスの時代がくるから、次の柱をつくらなくてはいけない」と、みんなに一所懸命説いて回って、発売時には東京、大阪、名古屋の各支店に営業マンを集めて決起大会を開きました。「これからは電子文具の時代だ」と私が演説し、全員に栄養ドリンクのリゲインを配って(笑)。当時、「黄色と黒は勇気のしるし」と歌うテレビCMがありましたでしょう?

    ────ええ、よく覚えています(笑)。

    CMでは「24時間戦えますか」と歌っていましたが、「24時間働け」とは言わないけれど、「そのくらいの気合でやらないと、キングジムの明日はない」みたいな話をしましてね。それでどの程度みんなの意識が変わったのかはわかりませんが、少なくとも若い人たちはその気になってくれたんです。

    そして、実際にテプラがヒットしたことで、大きなターニングポイントになりました。これが売れていなかったら、危なかったですね。恐らく電子文具は二度とできなかったでしょう。社内の反対がかなりありましたのでね。

    ────当時の社長(前代表取締役・宮本浩三氏)は、テプラの開発には賛成されていたのですか。

    電子文具がどんなものなのか、よくわかっていませんでしたね(笑)。ただ、「失敗したら、最悪いくら損するのか」とは聞かれました。「3億円くらいです」と答えたら、当時、確か経常利益が6億円ほどありましたので、「その程度なら会社は傾かないから、やってみなさい」と言ってくれたんです。それは嬉しかったですね。

    「テプラ」のヒットで、事業の夢が広がった

    ────テプラがヒットされたことで、社風や社員の方々のモチベーションも変わられたのではないですか。

    それはもう変化しましたね。テプラの開発は、若い専務と長老の大番頭との戦いであることは明らかでしたので、「この会社はどうなるんだ」とみんなハラハラしていましたから(笑)。例えば、私が「今後は家電量販店なども開拓しよう」と営業に言えば、大番頭さんは「そんなことはしなくてよろしい」と言う。社員はどちらを向けばいいかわからないんですよ。そんな中で結果的にテプラが売れましたので、みんなの意識が一気にこちらに向いたんです。

    ────ご創業初期には独創的な商品を次々と発表されていましたが、テプラを開発されたときは、会社が守りに入っていた時期でもあったといえるのでしょうか。

    本来は創業者が発明家でしたから、世の中にないモノをつくるDNAがこの会社にはあるはずですが、それにも波があって、その頃はモチベーションが少し下がっている時期でしたね。ファイルを守っていれば業績が良かったので、攻める必要がなかったんです。といってもファイルの競合が次々と登場していましたので、営業的には攻めていたのでしょうが、商品開発的には停滞していたといっていいと思います。

    ただ、それも当然だと僕は思うんです。ファイルの売り上げを積み上げて他社を駆逐することが、業績アップの一番の近道である。そう考えたのは、自然な発想だったと思います。

    ────そうした状況から、テプラのヒットによって会社の風土や体質はどう変化されたのでしょうか。

    電子文具はすごいとみんなが認識した。これが一番の変化ですね。たった1つの機種でこんなに売れたファイルは今までありませんでしたから、電子文具には夢があるなと。

    ただ、当社内での商品の位置づけとしては、ファイル・バインダーは急激に売れることもない代わりに下がることもない安定的な商品である一方で、電子文具はやはりチャレンジ商品です。当たると大きいけれども、他社から新機種が出れば一気に切り替わるリスクもある。ハイリスク・ハイリターンなんです。

    その二者のバランスを取っていきたいというのが、当社の経営的な考え方です。社員も安定収入源だけでは面白みがないんですね。でも、チャレンジ商品しかないのも怖い(笑)。そのバランスをうまく考えていきたいと思っています。

    テプラのヒット後に迎えた開発のスランプ

    ────テプラの後、2008年に出された『ポメラ』も大ヒットされました。

    2008年以前にも、いろいろと出してはいたんです。けれども外すことが続いていたのが、『ポメラ』が久々に当りました。テプラを発売した1988年からですから20年。長かったですね(笑)。

    ────成功に恵まれないと、失敗を恐れるようになって社内が停滞していくケースも多いですが、御社ではいかがでしたか。

    そこが一番の問題ですね。負けも最初は悔しいのですが、あまりにも負け続けると負けることが当たり前になってしまうんです。

    ────それが体質化して、会社の風土になってしまう危険もありますね。

    そうすると勝てるゲームまで勝てなくなります。まったく売れないかもしれない新規概念商品よりも、定番品を改良したほうが、ある程度の売り上げは確実に見込めるじゃないですか。失敗が怖いから、そういうものばかりやりたがってしまうんです。それでは夢がない。よくて現状維持の世界です。

    そうならないために私がよく言うのは、「大外ししてもいいからチャレンジしろ」ということ。「シングルヒット狙いではなく、9回三振してもいいから10回目にホームランを打て」と言うんです。9回の三振の損は、10回目のホームランで取り返しておつりがくるというくらいの考え方でやるべきであってね。そうした意識に改革していくことが、極めて重要だと思います。

    ────その意識が社内に定着されるまでに、どれくらいの時間がかかられたのですか。

    結果的には20年かかったということかもしれませんね。テプラを発売してからポメラを出すまでの間、開発自体は停滞していましたが、景気がよければ業績は伸びますから、その間がずっと悪かったわけではないんです。むしろいい時代が続いていて、それがバブル崩壊以降に崩れ始め、そこから真剣に悩むようになったんです。

    安全な道に逃げず、リスクを取ってチャレンジする

    ──── 一般の企業では、新しいアイデアが組織の中で埋没してしまうことも少なくありません。アイデアを実用化して、利益に結び付ける流れをつくることが非常に重要ですが、そのためには何が大切になるとお考えですか。

    商品開発にもいろいろあって、改良品はしっかりヒットさせなくてはいけませんが、マーケットをこれからつくるような新規概念の商品は、先ほどもお話したように「9回三振してもいいから10回目にホームランを打つ」。外れるのが当たり前だと考えるようになったことが大きいですね。

    ────いつ頃からそう思われるようになったのですか。

    いつ頃からかはわかりませんが、ずっと外していたからではないですか(笑)。ポメラが当たったときも、実はみんな売れないだろうと思っていたんです。今どきネットにもつながらず、書くことしかできないツールを誰が買うんだと、役員会議でも非常に評判が悪かった。

    しかしたった一人、「私はこれを待っていた」という社外取締役がいましてね。彼は大学の教授で、仕事で文章をよく書くそうなのですが、そのために海外出張にも大きなパソコンを携帯していたのが、ポメラがあればこれだけでいい、こういうものが欲しかったと言う。それを聞いてこう思いました。みんなが欲しがるものではないけれど、特定の人にはとても便利な商品。我々は、そういうものをやってみてもいいんじゃないのと。

    事業規模からいっても、万人向けの商品を開発しようというのは間違いであって、身の丈にあったものならいけるかもしれない。その「かもしれない」くらいでゴーサインを出したものが、お陰さまで当社にとって大ヒットになりました。

    そもそもヒット商品とは何かといえば、例えば毎年、日経MJに『ヒット商品番付』が載りますね。ある年によく見てみたら、ランキングの中で私が買ったことのある商品は1つしかなかったんです。私はおじさんだから遅れているのだろうと、社内の若手にも聞いてみましたが、実は彼らも買ったことがあるのは1つか2つくらい。その程度しか買われていないものが、世の中ではヒット商品といわれているんですよ。それからすると、役員会議で10人に1人が欲しいと言ったのは、すごくいいじゃないですか。日本人1億2000万人に当てはめれば、1200万台が売れるということですからね。

    ────私もその"1人"の方で、ずいぶん以前からポメラを愛用させていただいています。仕事柄、やはり新幹線や飛行機での移動中に何かを思いついて書き留めることが多いのですが、それをパソコンでやっていたら大変ですから。年代的にも、機能がシンプルなポメラはとても便利です(笑)。

    そうですか、ありがとうございます。はまる方は、非常にはまるんですよ。そういう商品を我々はつくりたかったのだということに、ポメラを出して気がついたんです。ただし、そうした商品は大抵外れますが、それを恐れずにチャレンジすることが、まず一つの大切なことなのだろうと思いますね。

    ────開発される商品は、メインのものよりも補助ツール的なものが多いように思いますが、それも意図されているのですか。

    我々は"電子文具の隙間産業"をやりたいと言っているんです。本命商品は大企業とのシェア争いになりますから、身の丈に合った、大企業が参入してこない商品をやろうと。かといってその隙間がひび割れ程度では商売になりませんので(笑)、ほどよい隙間を狙っていきたいと考えています。

    ────隙間がほどよいかどうかは、どう判断されるのですか。

    やってみなければわかりませんから、そこまで判断しているわけではありませんが、年間の売上高でいえば数十億円程度の規模でしょうか。例えば、ポメラはいまだに競合品がないんです。これがもっと売れると、大手電子機器メーカーさんが参入してくるかもしれませんが、そうならないほうが利益が取れますし、キングジムらしい商品が出せるのではないかと思いますね。

    ヒット商品は、机上のマーケティングからは生まれない

    もう一つ、僕はマーケティング調査の類は大嫌いなんです。マーケティングに費用と時間をかけるよりも、商品を出してしまえばすぐに結果が出ます。売れない商品は最初から明らかですから、そうとわかればやめてしまえばいい。それが一番勉強になるんです。

    ────市場から学習するということですね。

    売れた商品に売れる理由があるように、売れない商品には売れない理由があります。それをみんなできっちり勉強すれば、それが財産になって、売れる商品に近づいていくはずなんです。ですから、とにかくわからないものは"ゴー"だと。それが基本的スタンスです。

    ────以前の開発スタイルは、そうではなかったのですか。

    違いましたね。我々は勉強が足りないと、一所懸命にマーケティング調査していました。それによって見送った商品の中に、やっていればヒットしたものがあったかもしれませんね。

    ────どんなにマーケティング調査しても、売れるか売れないかを人間が評価することには限界があるように思います。

    そう、無理ですよ。実物を見てもいないのに、図面だけで評価なんてできるわけがないんです。それよりも、現物をつくって市場の評価を受けてみる。結果はやってみなければわらない。新規概念商品の開発は、そういう世界なんだと思いますよ。

    ────実験的なトライ・アンド・エラーが大切だということですね。

    ある意味、実験的かもしれませんね。10人に1人が賛成する商品にはチャンスがあると先ほどお話しましたが、同様に新規概念商品は「10個に1個当てればいい」と言っているんです。

    ────そういう風に考えていくと、アイデアがどんどん出てきますね。

    そうです。とんでもないアイデアも出てきますから、すべて採用しているとキリがありませんが(笑)。ただ、最終的な役員会議に出される案件は、開発側であらかじめ揉んでくれていますので、そこまできたものはほとんど"ゴー"ですね。そこで却下することは滅多にありません。

    「9回三振してもいいから、1回のホームランを」、「役員会議まできた案件は"ゴー"」。そう語る宮本社長の言葉には、社員の方々へのゆるぎない信頼が込められています。現場は、信じて任されるからこそやりがいを感じ、思わぬ力を発揮する。後編では、社員の力を引き出す宮本社長の人財観を伺いました。

*続きは後編でどうぞ。
社員の「思い」を信じて任せることが強い人財、強い組織を育てる



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