2012年11月アーカイブ ..

東海バネ工業株式会社
代表取締役社長 渡辺 良機さん

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    高付加価値化実現の背景に「経営者の本気」と「社員の士気」(後編)

     

    業界で独自のポジションを築いている東海バネ。その戦略は「フルオーダーメイドのバネのみを手がける多品種微量生産に特化し、価格競争はしない」というもの。しかし、そこに秘策はない。実現できたのは渡辺社長が本気で自分の考えを伝え続け、社員を地道に動機付けしていったからこそ。「"こうしたら上手くいきました"なんて一発満塁ホームランはありません。まずは、本気で取り組むことでしょう。理屈や理論では人は動きませんから、本気で取り組む姿勢を見てもらうこと・・・」と語る渡辺社長。あらゆる業界で価格競争が起きる中、付加価値向上を標榜する企業は多いが、実現できるか否かは会社の目標に対する社員の意欲、やる気の総量で決まる。

  • [OBT協会の視点]

    "値引きをしなくても売れる製品・サービスをつくらなあかん"
    上記は取材中に渡辺社長が何度も繰り返して使っていた言葉だ。
    現在、"価格下落""縮む市場""利益率の低下"の中で、負のスパイラルを脱し、いかにして新たな成長シナリオを描くかが企業で大きな課題となっている中、未だに「前年よりも多く売らなければ評価されない、目標を達成しなければ」等といった呪縛から抜け出せない企業は多い。
    然しながら、これからはそうはいかない。渡辺社長が、現在の「価格が合わなければ仕事をしない」というスタイル変えたのは、今から30年以上も前の事だ。
    この事実をどう捉えるか・・・。
    将来を考え、早い段階で「やること、やならいこと」を決めることがこれからの時代、更に重要になるのではないだろうか。

  • 東海バネ工業株式会社 http://tokaibane.com/
    1934年に大阪で金属ばねの創業を開始。1944年に東海バネ工業株式会社を設立。高度成長期に多くのバネメーカーが機械化、量産にシフトして業容を拡大する中、職人の手作業によるバネづくりに特化。あらゆる材質・形状のバネをフルオーダーメイドで生産するスタイルで卓越した技術力を蓄え、人工衛星に使われる直径3mmの極小バネから、ダムや河川の水門に使われる巨大なバネまで、「東海バネでしかつくれない」といわれるバネを数多く生み出す。創業以来69期連続黒字(70期目となる2013年度も黒字見込み)。2004年度全国IT経営百選最優秀賞、2008年ポーター賞、2009年「中小企業IT経営力大賞2009(経済産業大臣賞)」ほか受賞歴多数。
    企業概要/資本金:96,445千円、従業員数:90名、売上高:17億5000万円(2011年12月期)

    YOSHIKI WATANABE

    1945年生まれ。近畿大学卒業後、実家の鉄工所を経て1973年に東海バネ工業に入社。1984年より現職。日本ばね工業会副会長。2012年藍綬褒章 受章。

  • 短期的な費用対効果に囚われず、長期的な「あるべき姿」を見据える

    ────「価格競争をしない」という戦略を実現するヒントを、町の酒屋さんで見つけられたとは、どのような気づきを得られたのですか。

    「ヒントが見つかるかもしれない」とITベンダーの方に言われて、どんな酒屋やと興味津々で行きましたが、着いてみたら何の変哲もない町の酒屋さん。がっかりしました。けれども、ご主人が自信満々でこうおっしゃるんです。「この辺りでは年商1億でよく売れる酒屋と言われるが、うちは3億や」と。「どないして売ってはりますの?」と聞いたら、「何もしてへん。コンピューターのスイッチ入れるだけや」と。

    見せてくれた画面には、その日に伺うべきお客さんのリストがダーッと出て、売り込むべき商品が全部書いてありました。「これを店のもんに渡して、行って来いと言うのがワシの仕事や」と。当時の酒屋は、空売り覚悟の御用聞き商売ですが、そのお店では空売りはないと言うんです。

    「うちは商品を売ってるんやない。システムを買うてもろてるねん」。そう言われたときはわけがわからなくて、口の中で何度かつぶやきました。そしたら、「システムを買うてもろてる」というフレーズが、私のお腹にストレートに落ちたんです。これや。東海バネもコンピューターをこう使わなあかん。そう気づいて、すぐにコンピューターを入れました。

    昨年、個人の方も含めて900社のお客さまから、3万件のご注文をいただきましたが、私どもではこれをすべてコンピューターでカバーしています。すべて量産メーカーはやらない数個の小口のご注文。ありがたいことに100%リピートです。でも、不定期なんですよ。定期的なリピートなら、人員も材料も前もって段取りできますけども、「3年前につくったのと同じバネをすぐにほしい」というご依頼ばかりです。

    そうした注文の電話をいただいて、お客さまの社名をコンピューターにインプットしたら、受注履歴がザーッと画面に現れる。「3年前」と入れたら、そのバネの仕様がバチッと出てくる。「こういうバネではございませんか」、「おお、それや」と。ご要望の納期も、支障がないかどうかをコンピューターが出してくれます。「それでご注文いただきます」、もしくは「もう10日ほどいただけませんか」と、その場で交渉できるわけです。ですから、私どもの納期遵守率は99.99%。以前とそっくり同じ製品を、約束の期日にお届けしているんです。

    ────そうしたサービスや仕組みが付加価値になって、値引きをしない販売に結びつくわけですね。

    そう、立派なバリューですからね。中小企業は、コンピューターを入れたら入れっぱなしということも多いと聞きますけど、僕は30年前に導入して以来、どんどんバーションアップしてきました。そうしてつくり上げたシステムです。「ITにどれだけ投資したのですか」とよく聞かれますが、「恐ろしいから計算したことありません」と答えるんです(笑)。

    ────それだけの多額の投資をしてこられたと。

    大まかには把握してますよ。けれど、投資をどう回収するのかというようなことを念頭に置いたシステムではないんです。お客さまに言い値で買っていただくには、どうすればいいのか。現場で苦労している職人を幸せにするには、どうすればいいのか。その一念でやってきましたから、お金の計算なんか念頭に置いてない。それが結果としてよかったんでしょうね。

    安定は衰退の始まり。「毎日が正念場」の30年間を走り続ける

    ────「多品種微量生産で値引きはしない」という方針は、どれくらいで軌道に乗られたのですか。

    これで行けそうやと手応えを感じたのはいつか。それと同じ質問でしょう? 僕はね、そう感じたことはまだ一度もないんです。やっていけると思ったときは、私が東海バネを卒業するときでしょうね。これで十分やと思ったら、その瞬間から僕の成長は止まってしまう。もしもどこかに慢心が生まれたら、絶対に封じ込めます。

    だから、社長の仕事なんて割に合いませんよ(笑)。東海バネは完全受注生産です。しかも下請けではないから来年の見込みが立たない。お客さまは"要るとき発注、要るだけ買い"ですから、来年の注文はゼロかもしれません。枕を高くして寝られるときがないんです。

    ────ずっとその危機感の中で過ごされているのですか。

    そうです。毎日、毎日が正念場のしんどい仕事です。「経営を真似されたらどうしますか」と聞かれることもありますが、こんなアホなしんどいこと、誰が真似しますか(笑)。

    ────御社のバネは東京スカイツリーにも採用されるなど、立派な実績をいくつもお持ちですが。

    あのバネは、いいところに使っていただきました。3年越しの仕事でした。「日本で一番高い塔をつくる計画がある。その制振装置のバネを検討してくれないか」と。そう声をかけていただいてスタートした仕事です。

    ────「検討」とは、正式な発注ではないのですか。

    いいご提案ができるから注文をいただけるわけであって、「必ず注文するから検討して」なんていう話はありませんよ。こういう仕事は、損得で動いていたらできません。設計開発に時間をかなり費やしましたが、すべて先行投資です。確実な儲け話ばかりを追求するのではなく、他社さんがやらないことをやってバネで社会のお役に立とうやと。東海バネは、それを貫いてきた会社なんです。

    ────損得は二の次にされながら、創業以来黒字を続けておられる秘けつはどこにあるのでしょう。

    これもよく聞かれますが、ストライクな答えはありません(笑)。敢えていうなら、社員のモチベーションを高いレベルでどう維持するかということでしょうね。モチベーションがさらに10%上がったら、もっと儲かる会社になります。反対に10%下がったら、会社はたちまち傾いてしまいます。

    ────先ほどコンピューターを導入されたお話がありましたが、ITを活用すればいいということではないのですね。

    テクニックではないんです。納期遵守率は99.99%、クレーム発生率は0.1%。これは、理屈でできるような生易しい数字ではありません。社員90人が一つの"火の玉"になっているからできるんですよ。

    人事考課は、絶対評価。
    一人ひとりの努力と成長を認め、やる気を引き出す

    ────社員の方々のモチベーションを高めるために、どのような働きかけをされているのでしょうか。

    僕は、人間を大きく3つの層に分けています。1番下は、言われてもできない人。その次は、言われたらできる人。1番レベルが高いのは、言われなくてもできる人です。

    大企業は、言われなくてもできる人たちを採用して、せっかくポテンシャルがある人を、言われたらできる人間に下げてしまっていますよね。「職務分掌」や「責任と権限」と称して、「これ以上でも、これ以下でもない仕事をせよ」と。リスクを取らさないですからね。それでは宝の持ち腐れです。

    東海バネを見てください。そもそも、私が嫌々来た男です(笑)。90人の社員も、不本意ながら来た連中ばっかり(前編参照)。言われてもできない連中ですよ。でも、その90人がよってたかって頑張れば、毎年500、600人の方に工場見学に来ていただける会社になるんです。

    人は、ほったらかしにしたら伸びません。能力を伸ばす仕組みをつくって、一人一人に期待して、見つめてやらないといけない。そしてきちんと評価して、評価に基づいて褒めてやる。ときには叱ってやる。これが大事です。

    ────具体的には、どのような仕組みをつくられたのですか。

    我が社の評価システムは、絶対評価です。一般的には相対評価ですね。会社や上司にとって一番都合のいい人間をトップにして、それと比べて次は誰、と決めていくでしょう。与えられた仕事を軽々とこなす人がトップで、ビリはどう逆立ちしてもかなわない。定年までずっとビリです。でもそのビリの社員にも、彼を頼りにする嫁さんや子どもたちがいる。一生懸命やってるなら、評価してあげたいやないですか。

    東海バネでは、10の力がある人が10の仕事しかしかなければ、評価はプラスマイナスゼロ。「足踏みせんと、11、12まで行かんかい」という話です。でも3の力しかない社員が4の仕事をしたら、それはプラス1。「ようやったな」と、一緒に手を取って喜びます。これが絶対評価ですよ。僕は、給与改定や年3回の賞与時には、そうして一人一人と対面するんです。

    ────社員全員と面談されるのですか。

    そう、2日ほどどかかってね。2、3キロ痩せますよ(笑)。「ようやった。俺も嬉しい。今日は家に帰ったら、社長に褒められたとお母ちゃんに言いや」と言ったら泣きますよ。男泣き。で、こちらももらい泣きするんです(笑)。

    ────そうして認めていただけたら、モチベーションが高まりますね。

    そうです。自分のことを見てくれている、わかってくれている。これだけでも大きいんです。

    ────ある大手企業では、等級ごとで暗黙のルール的に配点の上限ができ、社員の自己評価点がそれを超えると点数を下げさせるそうです。そうなると努力が無意味に思えると、現場の方の声を聞いたことがあります。

    会社にとって都合のいい評価ですね。やりすぎるくらいに頑張っている人のモチベーションを下げてどうするのかと思いますよ。

    人には潜在的な力がある。それを引き出すのが会社の役目

    ────そのほかに、社員の方々を伸ばすうえで大切にされていることはありますか。

    社員を"飼い殺し"にしないということでしょうね。慣れた人間に手慣れた仕事をさせておけば、会社にとってはリスクが少ない。でも僕は、人間には自分も気づいていない潜在能力が、かなりあると思っているんです。それを出してあげたいんですよ。

    そのための仕組みとして、ジョブローテーションをかなり頻繁に行います。例えば、営業から生産、生産から営業。まったく畑違いですけどやらせてみろ、ただし引き継ぎはしなやと。引き継ぎは、「この仕事はこの通りやれ」と言っているのと一緒です。そんなことせんと、自分で考えることからスタートさせてやれと言うんです。それでも、肝心なことはこっそり引き継いでいるようですけどね(笑)。

    マニュアルって怖いと思いませんか。マニュアルを与えられたら、「この通りにせなあかん」と思うでしょう。人間が知恵を出すチャンスを奪い去ってしまうんです。

    ────「マニュアル通りにやればいい」と思うようにもなって、問題意識を持たなくなってしまいますね。

    そう。考えることを捨ててしまうんです。うちはマニュアルどころか、引き継ぎもなし。それで痛い目にあうこともありますよ。ミスキャストやったなということもありますが、それでも、自分の可能性について考える機会をつくってあげるのは、必要なことだと思いますね。

    ────さまざまな部署を経験することで、全体観が養われるといった狙いもあるのでしょうか。

    それは、会社にとって都合のいいように育てようという意識につながりかねないなと思いますね。僕は、一人一人を伸ばしてやりたいんです。

    ────ご本人の希望や適性は考慮されるのですか。

    自分から希望を出すような社員が揃っているならいいですが、言われてもできない連中ばっかりです。本人の希望を待ってたら、いつまで経ってもジョブローテーションはできません(笑)。

    ただ適材適所は大切ですから、本人に苦痛になるようなことはしませんし、向いてないと判断した場合は「やめといたれや」と、人事担当者や上司に僕から言うこともあります。けれども、人間の脳はごく一部しか使っていないと言われていますから、できるだけ脳みそを使う領域を広げてやりたいんです。そして一人ひとりを見つめて、よりよい人生を過ごせるように考えてやりたいと思うんですよ。

    次の世代が活躍しやすい環境を整えることが、現役世代の務め

    ────渡辺社長にとって、社員の方々はどのような存在ですか。

    面倒かける奴らですわ(笑)。

    ────家族のことを言われているようですね(笑)。

    そうですか? とにかく厄介な奴らです(笑)。

    ────ここ数年の離職率は0%だそうですが、社長のそうしたお気持ちが、社員の方々を惹きつけているのではないかと感じました。

    みんな辞めませんね。なかには辞めたいと言ってくる者もいますが、うちは辞めるためのハードルが高いんです。まず、直属の上司に「うん」と言わせなくてはあかん。次に、その上のマネジャークラスと人事担当の役員。最後は、僕のところへ来ます。僕は簡単には辞めさせません。「ここででけへんことは、どこへ行っても無理や。ここでできることを全てやったなら、頑張れよと拍手して送り出したる」と。

    ────それはつまり、育てる覚悟をして採用しておられるということでしょうか。

    それだけの責任があることですからね。生まれてきてよかった、生きててよかったと思える人生にしてやりたいなと思うんです。それは難しくても、せめて東海バネで働けてよかったと思えて、家族にも「ええ会社に勤めたね」と言ってもらえるようにしてやりたい。会社でバリバリ働いて「あの人は仕事ができる」と言われても、家に帰ったら居場所がない。これ、幸せといえますか? そんな人生を歩ませるのが大企業だと、僕は思っているんです。

    ────会社人間になって家庭を顧みない。そんな方も多いかもしれませんね。

    そうです。役職者にはよく言うんです。「家族を幸せにでけへんのに、どうして部下を幸せにできるねん」と。「スカイツリーみたいな凄いところに、お父さんのつくったバネが使われてる。頑張ってね」と家族が笑顔で言ってくれる、そういう家庭をうちの連中にはつくってほしいですね。

    ────会社の今後については、どのようなことをお考えですか。

    後継者はどうしますかとよく聞かれますが、それは私の考えることではないと答えているんです。僕は第2世代です。第1世代は、戦後の焼け野原で無から有を生み出しました。それを引き継いだ我々は、小手先で経営ができた。どうしたら安く早くつくれるか。簡単なことですよ。教科書に書いてあるんですから。しかし第3世代は、それでは難しい。第1世代と同じように、無から有を生み出すくらいの知恵と努力が必要です。第2世代の僕の知恵や経験で、役立つものは何もないんですよ。

    ────経営環境の変化がそれだけ大きいと。

    これからますます変わっていくでしょう。2代目の私の役目があるとすれば、次の世代がやりやすい条件をつくってあげるということ。今、生産ラインを豊岡(兵庫県豊岡市)の工業団地に移す計画を進めていますが、それができたら次の世代は何とかしのげるかなと思います。それが私の最後の仕事ですね。

    ────「やること、やらないこと」を明確にする戦略を、単なる生き残り戦略と捉えるのか、社員の働きがい、生きがいを生むための選択として見るのか。真に強い会社をつくるには、後者の視点が不可欠であることを実感しました。本日はありがとうございました。



  • 聞き手:OBT協会 菅原加良子

    OBT協会とは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

東海バネ工業株式会社
代表取締役社長 渡辺 良機さん

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    高付加価値化実現の背景に「経営者の本気」と「社員の士気」(前編)

     

    業界で独自のポジションを築いている東海バネ。その戦略は「フルオーダーメイドのバネのみを手がける多品種微量生産に特化し、価格競争はしない」というもの。しかし、そこに秘策はない。実現できたのは渡辺社長が本気で自分の考えを伝え続け、社員を地道に動機付けしていったからこそ。「"こうしたら上手くいきました"なんて一発満塁ホームランはありません。まずは、本気で取り組むことでしょう。理屈や理論では人は動きませんから、本気で取り組む姿勢を見てもらうこと・・・」と語る渡辺社長。あらゆる業界で価格競争が起きる中、付加価値向上を標榜する企業は多いが、実現できるか否かは会社の目標に対する社員の意欲、やる気の総量で決まる。

  • [OBT協会の視点]

    "値引きをしなくても売れる製品・サービスをつくらなあかん"
    上記は取材中に渡辺社長が何度も繰り返して使っていた言葉だ。
    現在、"価格下落""縮む市場""利益率の低下"の中で、負のスパイラルを脱し、いかにして新たな成長シナリオを描くかが企業で大きな課題となっている中、未だに「前年よりも多く売らなければ評価されない、目標を達成しなければ」等といった呪縛から抜け出せない企業は多い。
    然しながら、これからはそうはいかない。渡辺社長が、現在の「価格が合わなければ仕事をしない」というスタイル変えたのは、今から30年以上も前の事だ。
    この事実をどう捉えるか・・・。
    将来を考え、早い段階で「やること、やならいこと」を決めることがこれからの時代、更に重要になるのではないだろうか。

  • 東海バネ工業株式会社 http://tokaibane.com/
    1934年に大阪で金属ばねの創業を開始。1944年に東海バネ工業株式会社を設立。高度成長期に多くのバネメーカーが機械化、量産にシフトして業容を拡大する中、職人の手作業によるバネづくりに特化。あらゆる材質・形状のバネをフルオーダーメイドで生産するスタイルで卓越した技術力を蓄え、人工衛星に使われる直径3mmの極小バネから、ダムや河川の水門に使われる巨大なバネまで、「東海バネでしかつくれない」といわれるバネを数多く生み出す。創業以来69期連続黒字(70期目となる2013年度も黒字見込み)。2004年度全国IT経営百選最優秀賞、2008年ポーター賞、2009年「中小企業IT経営力大賞2009(経済産業大臣賞)」ほか受賞歴多数。
    企業概要/資本金:96,445千円、従業員数:90名、売上高:17億5000万円(2011年12月期)

    YOSHIKI WATANABE

    1945年生まれ。近畿大学卒業後、実家の鉄工所を経て1973年に東海バネ工業に入社。1984年より現職。日本ばね工業会副会長。2012年藍綬褒章 受章。

  • 現場の意欲は低く、事業は薄利。多くの課題を抱えてのスタート

    ────御社はオーダー品のみを手がける多品種微量生産に特化し、価格競争はしないという競争戦略を打ち出して、ご創業以来連続黒字を達成されています。この戦略を明確に決断されたのは、三十数年前にヨーロッパを視察されたことがきっかけだったそうですが、当時の経営はどういったご状況にあったのでしょうか。

    経営の方針は、当時も今も一緒です。多品種微量生産も値引きしないビジネスも、創業者である先代がつくり上げたもので、私のオリジナルではありません。その企業価値をさらに大きくするにはどうしたらいいか。多品種微量のものづくりを、どう安定的に継続させるか。これを考えるきっかけを、ヨーロッパの視察でもらったということです。

    ────当時は多品種微量生産を軸にされながらも、安定した状況ではなかったということですか。

    私は昭和48年、28歳のときに東海バネにお世話になりましてね。先代に3つの文句で口説かれたんです。1つは「創業以来1回も赤字決算がない。足腰しっかりした経営してるから、安心して来てや」と。2つ目は「重厚長大産業の錚々(そうそう)たるお客さまとお取引がある」、3つ目は「そうしたお客さまのあらゆるご注文を、しっかり手づくりするいい職人が揃っている」と。

    私はその口説き文句にほだされたのではなくて、親に学校を出してもらって好きなようにしていた手前、やむにやまれず来ました。ところが入ってみたら、「これは大変なもんを抱えてるわ」と数カ月で気づいたんですよ。

    例えば、「赤字がない」ということ。確かに損して売ることはありません。しかし、お客さまは見積書を見たら必ず「高い」とおっしゃる。そう言われたら、値引きして売るもんやと。損はせんけど、儲からんというバネ屋ですよ。2つ目の「錚々たるお客さま」というのも、これから成長が見込めるような業界とのお取り引きは少なかった。

    3つ目の「いい職人」。これも、「こんな町工場には来たくなかった」と嫌々入ってきた連中ばっかりです。私自身も不本意ながら来ましたが、職人もみんなそう。人がうらやむような仕事をしたいけど、どこも拾ってくれないから仕方がないと、モチベーションが最低の状態で入ってくるような状況です。

    腹をくくってかからなければ、現場の心はつかめない

    それを、どうやって自分たちの製品・サービスに誇りを持てる会社にしたか。よく聞かれますが、「これをすれば必ずそうなる」なんて、そんな方法ありますか? それが書いてある教科書があるなら、僕は地の果てでも買いに行きますよ(笑)。

    実際は、入社してからの1年間、工場で職人のしごきに堪える日々です。先代が「現場でバネのつくり方を勉強せえ」と私を工場へ連れて行って、主だった職人に「しっかり育ててくれよ」と。職人というのは、親父さんにはどこまでもついて行きます。ところが、私みたいな若造が後継者候補で入りましたでしょ。「まあ見せてもらおうや」と、それは手厳しかった。親の顔に泥を塗る心配がなかったら、3日で辞めてましたよ(笑)。両親に恥をかかしたらあかん、自分以外の人の期待に応えなければと。その思いが支えでしたね。

    ところが8カ月が過ぎ、9カ月が過ぎるうちに、こんな若造が職人さんたちに敬語を使ってもらえるようになったんです。何も威張って、「敬語を使え」なんて言うてないですよ。ただひたすら、彼らのしごきに耐えただけです。それが結果的に、職人たちのメガネに叶ったんですな。「腹が据わってる。決意できてる」と。

    ────現場で職人の方々と一緒に真剣に汗を流された、渡辺社長のその姿勢が皆さんの心を動かしたんですね。

    そうです。「2代目として職人を束ねるのは大変やったでしょう、どうしたのですか」とよく聞かれますが、僕は「何もしてません」と答えてるんです。左脳で考えて、彼らを私の手の内に乗せようなんて思っていないんですから。ただひたすらしごきに耐えた。それだけです。理屈ではないんですよ。

    「やること、やらないこと」を明確に定義。
    ブレない経営の軸に据える

    ────とはいえ、不本意ながら入社された東海バネを受け継ぐ覚悟が固まられたのは、いつ頃のことですか。

    ヨーロッパで気づかせてもらったことが大きいですね。まず行ったのは、ドイツのバネ屋さんです。そこも売りものは東海バネと同じ手づくりの単品。こちらも経営は大変やろうなと思って見ていました。オーナーが「何でも質問していいよ」と言うので、僕は勇気を出して聞いたんです。「値段はどないして決めてはりますの?」と。そうしたら「こうであああで、最後に利益をオンして」とおっしゃる。それなら、うちと一緒や。

    ところが我が社は、これ位はせめてという利益を目立たないようにそっと見積りに乗せても、お客さまは「高い」と言われる。そうしたら、どこかを削ってご注文いただける値段にしないといけません。ところが、手づくりのバネ屋です。コストダウンできない体質ですよ。どこを削るかといえば、せめてこれ位はと乗せた利益を削るんです。

    ────それでは利益がなくなるのではないですか。

    そうです。「しゃあない。裸でいっとけ」と、もうギリギリの値段です。だから、ドイツのオーナーに聞いてみました。「高いと言われたらどうしますの?」と。私にすればごく自然の質問です。けれどもそのオーナー、妙なことを聞くねという顔でしばらく私を見ましたわ。そしてきっぱりと「価格が合わなければ、それ以上話を進めない」と。値引きはしないと言うんです。

    ああ、なるほどと思いましたね。注文が欲しいばっかりに利益を削って、ふうふう言いながらやってきましたけど、値引きをしなくても売れる製品・サービスをつくらなあかん。このことを、ドイツのバネメーカーで気づかせてもらったんです。

    そして、その続きでフランスの工場を視察しました。バネ屋さん以上にものづくりの環境が厳しいところで、50人位のワーカーがいましたが、何とその3分の1が若い女性。現場は男の職場だと思ってましたから、通訳兼ガイドに「なぜこんなところで女性がたくさん仕事しているのか?」と聞くと、「給料が高いからです」と言う。

    デスクワークは高給で、現場の仕事は安い。職人は頭を使う仕事がでけへんねんから、安くても仕方がない。それが当時の常識ですよ。東海バネも、今でこそ同業他社よりも年収で100万円ほど高い給与を払えるようになりましたけど、当時は大企業よりもはるかに低くて賞与も寸志程度。ところがフランスは違った。人が嫌がるしんどい仕事ほど、給料が高いんです。

    それを見たときに、「これや!」と。俺はもっといいバネつくるぞと。「業界で一番の職人になったる」という思いで職人に仕事に取り組んでもらえるように、彼らがやってることを正しく評価してあげなあかん。そして、それに見合う報酬を与えてあげないと、手づくりのバネ屋の看板をいつまでもあげてられへん。そう思ったんですよ。

    ────工場で職人の方々と一緒に働いたご経験があったからこそ気づかれたこと、といえるでしょうか。

    それがベースにありましたね。現場で職人がどれだけしんどい仕事をしているのかを見てましたから、何とかあの人たちを幸せにしてあげる方法はないかと。その思いが心の底にあって、どうしたらいいかと考えていたときに、ドイツとフランスで気づきをいただいた。これからは、言い値で買ってもらえる製品・サービスつくって、職人をきちんと処遇する。それ以外に東海バネが生き残る方法はないと思えたことが、大きかったですね。

    経営者が本心から願うことは、必ず社員にも伝わる

    ────その方針に対して社内の反応はいかがでしたか。

    帰国後の報告会で先代や先輩幹部を前に、僕は開口一番こう言いました。「どうして安くつくろうかとか、そんなことを考えるのはもうやめましょう。これからは、言い値で買ってもらえる製品・サービスをつくることに、知恵を巡らしましょう」と。そしたら、「そんなことができるなら、とっくにやってるわ」と(笑)。

    ────そこからどのようにして賛同者を増やしていかれたのですか。

    「こうしたら上手くいきました」なんて、一発満塁ホームランはありません。まずは、本気で取り組むことでしょうな。理屈や理論では人は動きませんから、本気で取り組む姿勢を見てもらうこと。それから、それを通じて小さな成功例を少しずつつくること。これしかないのと違いますか。

    東海バネには今、年間で500、600人の方が工場見学に来られます。僕はその人たちに「本気の仕事をしなはれ」と言うんです。本気の仕事は、相手や周りに伝わるもんです。「社長の仕事は、社員のモチベーションを上げること。僕はそれしかしてません」と言えば、「どうしたらモチベーションが上がりますか」と聞かれる。だから、さっきの話ではないですけれども「そんな教科書はどこにも売ってません」と答えるんです。

    敢えて申し上げるなら、私は「会社は社員のためにある」と心の底から思うようにしています。「会社は私のためにあるのやない」と、念仏みたいにいつも唱えているんです。このところ、「にわか社員第一主義」の会社が増えているように思いますが、「社員第一」と書いたり言ったりしたら、社員第一主義の会社になれますか?

    ────言葉だけが独り歩きしているケースも多いですね。

    「渡辺さんは、『社員が大事だ』と社内でも話されているのでしょうね」と言われることもありますが、僕はそんなことはまったく口にしません。それれがなぜ周りに伝わるかといえば、ヨーロッパで自分のやるべき仕事をつかんで以来、「社員のため」と念じるようにして経営してきました。だから、もう僕の"体臭"になってるんです(笑)。

    ────社長の全身からにじみ出るようにして伝わると。

    そうです。昨日、今日始めたことやないんですから、わざわざ言葉にしなくても、私の体臭としてにじみ出ているんですよ。

    ────なぜそこまで社員の方のことを、強く思えるのでしょう。

    現場で厳しい仕事に真剣に取り組んでいる人たちを、幸せにしてやりたい。仕事に誇りを持って、喜びを感じられるようにしてやりたい。私自身が現場で感じたその思いがあるからでしょうね。それが強烈なインパクトとして、私の動機につながっているんです。

    時代の流れに飛びつかず、「やること、やらないこと」を見極める

    ────「言い値で買ってもらえる製品・サービスをつくる」という方針を固めたときに、実現の道筋は見えおられたのでしょうか。

    若手社員と時間があれば集まって議論しましたが、「これや」という知恵は浮かびませんでした。これはもう仕方がない、コンサルタントの先生にお願いしようと。お金はかかりましたが、先代社長に「やってみいや」と許可をもらって、10人以上にはお会いしました。

    けれども当時、昭和51、52年といえば、日本が世界第2位の経済大国になろうかというイケイケの時代です。コンサルタントも省力化や合理化のオーソリティばっかり。「言い値で買っていただける製品・サービスをつくりたい」とご相談しても、「それは間違っている」とお説教される始末です(笑)。さまざまな提案もいただきましたが、それを全部やったら東海バネが東海バネでなくなる。どこにでもあるバネ屋さんになってしまう、というものでした。

    これはあかん、どうしよかと。思案していたときに、「これからは中小企業もコンピューターを使う時代や」という記事や話を見聞きするようになりましてね。これが解決策になるかもしれないと、国産のコンピューター会社すべてと接触しました。けれども、私らがお会いできる相手はSE(システムエンジニア)の方々。システムを組むのは上手ですけど、経営がわからないんです。

    ────技術が先行してしまって、「何のためのシステムか」という目的が二の次になってしまうということですか。

    そう。こちらも悪いんです。コンピューターのコの字も知らないで、口を開けば「言い値で買っていただくにはどうすればいいか」と言うばかりですから。コミュニケーションが成り立たないんです(笑)。

    ────渡辺社長は、コンピューターをどのように活用しようと思われたのですか。

    わかりません(笑)。それがわからないから、ご相談したんです。「コンピューターなら、何とかなるのと違いますか」と。けれども、提案されるのは合理化やコストダウンの話ばかり。コンピューターもあかんかとがっかりしていたときに、大手のコンピューター会社から独立してITベンダーを立ち上げた方とお会いしましてね。その方が「ヒントがつかめるかもしれない」と、私を大阪のある酒屋さんに連れていってくれた。これが大きな転機になったんです。

    バネ業界の市場規模は約3500億円。そのうちの85%を自動車、家電、弱電、情報通信の4業界が占めます。東海バネがターゲットとするのは、残りの15%の市場。その中でもスーパーニッチといわれる小口の注文に特化し、「言い値で買っていただける」事業を展開されています。後編ではその実現の道筋と、それを支える社員のモチベーションの高め方についてうかがいます。

  • *続きは後編でどうぞ。
    高付加価値化実現の背景に「経営者の本気」と「社員の士気」



  • 聞き手:OBT協会 菅原加良子

    OBT協会とは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

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