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人間が持つ「習性」を理解しなければ、
社員の意識は変えられない(後編)社員の意識改革を率先垂範で推し進める谷田社長は「人間の習性」をよく理解した上で、手を打っている。例えば人事制度の評価基準。従来は前年と同じ仕事をしていれば、前年と同額の給与がもらえる内容であったが、変更後は前年と同じ仕事しかしなければ給与は9割に減額となる。前年を超える成果をあげて初めて、同額かそれ以上を支給するという基準に変えたのだ。「競合や第三国のメーカーは大変な努力をしているというのに、そんな基準では誰も努力しませんよね」と語る谷田社長。「危機感を持ってくれ」と闇雲に伝えるよりも、「人は本来は易きに流れるもの」だという前提に立ち、打ち手を考えた方がはるかに生産的なのではないだろうか。
(聞き手:OBT協会代表 及川 昭) -
[及川昭の視点]
構造的な環境変化の中で多くの企業が変革を志向して試行錯誤しているが、そこには、経営コンサルタントの提案や△△研究所のリポート、或いは経営学者の知見等は全くの有効性を持たない。要は、教科書も正解も無いのである。
企業における最大の資産は何か?私は経営リーダーの経営観と能力そのものであると考えている。改革や変革に際して最も重要な点は、ただひとつ「会社をつぶせない」という経営リーダーの強い思いだけではないだろうか。組織内に蔓延している"現状を維持したい""変えたくない"等といった意識や考え方を変えられるのは、唯一経営リーダーの本気度にかかる。それなくして何も変わらない。株式会社タニタの改革を推進する谷田社長から一層その思いを強くした次第である。聞き手:OBT協会 及川 昭
企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。 -
株式会社 タニタ ( http://www.tanita.co.jp )
1923年に谷田賀良倶商店として創業。貴金属宝飾品やシガレット・ケースなどの製造販売からスタートし、1944年に(株)谷田無線電機製作所に改組。戦時中は軍用通信機部品の製造、戦後はOEMによる受託生産でトースターやライターなど多岐に渡る商品を手掛ける。1959年に日本初の家庭用体重計『ヘルスメーター』の製造販売を開始し、1974年に「はかるもの」への進出方針を打ち出して自社ブランドの育成に注力。1986年に(株)タニタに改称、1992年に世界初の乗るだけで脂肪がはかれる『体内脂肪計』を発売、世界トップシェアを築きあげる。2005年にフィットネス事業を立ち上げ、2010年にレシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房)を発売、2011年にヘルシーレストラン『丸の内タニタ食堂』をオープン。"健康をはかる"から"健康をつくる"へと、事業を拡げている。
企業概要/資本金:5100万円、従業員数:1200名グループ全体、売上高:130億円(連結・2012年3月期)SENRI TANIDA
1972年生まれ。93年に調理師専門学校卒業、97年に佐賀大学理工学部卒業。アミューズメント施設の企画・運営会社ニュートン、船井総合研究所を経て、2001年にタニタに入社。05年タニタアメリカINC取締役、07年タニタ取締役に就任。08年より現職。
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過労で倒れたことを機に、率先垂範のスタイルを修正
────ご就任以来、さまざまな改革を手掛けてこられましたが、谷田社長のやり方に異を唱える方も当初はかなりいらっしゃったのでしょうか。
そうですね、やはりそういう人はいましたね。
────そういった方々に対して、社長はどういう見方をされるのですか。例えば、「この会社のオーナーは私だから、やり方が気に入らなければ他へ行ってくれ」というようなアプローチも、そんなにおかしくないことで他社ではよくありますよね。
いえ、そのようなことは考えませんでしたね。むしろ、その人たちの言う通りだと思いました。この会社に入ったときから、私をよく見てくれる人ばかりではないことはわかっていましたし、もちろん自分の実力で勝負したいという思いが私には強くありますが、やはり親の七光りがなければこの若さで社長になることはなかったのですから。
ですから、幹部を説得できるだけのことをしようと、戦略をつくって企画を立て、自分で営業もして、率先垂範で一所懸命に働き、言ったことを全部実現させてきたんです。そうして実績をつくっていくと、社内に味方がどんどん増えるんですよ。
ただ最近は、レシピ本と食堂事業がどちらもうまくいっているので、危ないなと感じています。「社長が言うのだから正しいだろう」と私を盲信して、社員が自分で考えなくなると危険ですので。
そこで今は、中期経営計画などは事業部長たちと一緒につくるようにしているんです。私が1人で考えるよりも時間はかかりますが、「違う、この視点が入っていない」と何度もやり取りして、1年以上かけて作成しています。
────そうしたことを通じて社長の視点を伝えるのは、とても大事なことですね。
食堂事業も同じ発想で、社内公募で小論文と面接の選考を行い、パスした社員に責任者を任せました。そうしたら、幹部社員から「適任ではない」と異論が出て緊急会議になり、私は幹部に「みなさんは、10年後も現役でこの会社にいるのですか」と問いかけました。
だからこそ私は、本人の力不足は承知のうえで任せているのです。弊社は今、若手を育てるステージに入っています。その練習だと思ってやっているのに、少しやっただけでダメだと決めつけるのはおかしい、彼ができないなら、我々が教えればよいのです。サポートして育てることが、我々の役目なのですから。その会議の後からですね、180度方向が変わり、幹部からその社員に、それぞれ指導が入るようになったんです。
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(写真左)『丸の内タニタ食堂』。レシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房刊・写真右)がベストセラーとなったことから、社員食堂のメニューを実際に提供する食堂事業を立ち上げた。業務用体組成計を備えたカウンセリングルームも併設し、管理栄養士の無料アドバイスも提供。2012年1月の開業以来、行列が絶えない人気店となっている。
────率先垂範でご自身の実績をつくりながら、社員に仕事を任せて育成にも力を入れておられる。そのバランスが素晴らしいですね。
格好良く言っていただいてありがたいのですが(笑)、そうするようになったのは私自身の苦い経験からなんです。休みもなく毎日遅くまで仕事をしていたら、ある時、肺炎で倒れてしまいました。最初は普通の風邪だと診断されて、すぐに肺炎だとわからなかったこともあり、結局1週間入院しました。
ウイルス性のものではなく、普通にある常在菌に感染したものだったそうで、身体の抵抗力が低下していたことが原因でした。私はそんなに疲れていたのかと、病院のベッドの上でこれまでの働き方を見直しました。今のままでは自分も続かないし、私が倒れたら経営が止まってしまう。自分1人では限界があることを痛感し、そこから少しスタイルを変えました。
それまでは、自分で全てをやろうとする率先垂範でしたが、もっと権限委譲しなければいけないと頭ではわかっていたことが、心に響いたのです。ですから、社員を巻き込むようになったのは、自分の保身でもあるんです。任せたら失敗するかもしれないけれど、それでも構わないと心に決めました。その出来事がなければ、今も完全な率先垂範を続けていたと思います。
『チャレンジャー制度』をつくるも、
手を挙げたのは一人。道半ばの改革は続く────社長が評価される人財は、ひと言でいうとどういう方ですか。
"自分で動ける人"ですね。
────それは、自分で考えて自分で動いて、パフォーマンスを出せるところまでは問わないということでしょうか。
贅沢を言っていけばそうなるでしょうが、まずは自分で動けるところが入門ですね。そうした社員自体が、すでに限られた人財ですから。
────社長からご覧になられて、"自分で動ける人"は何割くらいいるとお感じですか。
2割程度でしょうか。でも、その人たちにも単に自分で動けるだけでなく、どんどん勝手に進めて「やりすぎだから、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)しながらやってくれよ」というくらいになって欲しいと思っているんです。最近は私の考えがわかってきたのか、自主的にいろいろな企画を進める部門長も出てきました。月に1回程度、顔を合わせて方向性を確認するだけで、後は任せていますので、私は別のことに集中でき、彼は勝手に飛び回っていますね(笑)。
────『チャレンジャー制度(※)』という制度も導入されました。これも活発に利用されているのでしょうか。
※給与を8割に減給し、その代わりに就業時間内に好きな活動に取り組める制度。活動のための一定の予算も支給される。
いえ、手を挙げたのはまだ1人です。昨年新卒で入社した女性社員が、この制度を利用してMBAを取得中です。ゆとり世代が入社してくるため、何か準備が必要だと思ったことが、この制度をつくったきっかけです。ある経営者の方から、オフィスをリニューアルしたら「こんな場所で働きたかった」と、大卒の優秀な学生が何人も応募してきたと聞いて、弊社でも対応策をしなければと思ったのです。
私くらいの年代ですと、昇給や昇進昇格などが働くモチベーションになりますが、それに意欲を感じないとしたら、どう動機づければいいのかと考えました。面接などで学生の話を聞くと、もちろんオフィス環境や人事制度で決める学生ばかりではありませんが、「こういうことを実現したい」と夢を語る人が多いんですね。しかし、そうした夢のある優秀な学生が応募してきても、受け入れる仕組みがなければ活躍してもらえません。そこでつくった制度なんです。
ただ、利用者はまだ1人だけで、ほかの社員は、恐る恐る見ているという状況です。通常の働き方ではないコースを選んだ人はどうなるのかと、どう処遇されるかがわからないので、手を挙げにくいんですよね。
ですので、この制度を定着させるためにも、第一号の社員はある程度のポジションにつけると決めています。彼女が所属する開発部門の長にも、今から「MBAから戻ってきたら、抜擢しますよ」と宣言しています。この制度が活発に利用されるようになるのは、そこからではないでしょうか。
────何か新しいことをするときに、チャレンジした人は評価されるのだということを社内にきちんと示すのは大切なことですね。そうでないと次が続きませんからね。
そうですね。営業部門にも別会社に2年間出向して戻ってきたばかりの優秀な社員がいまして、近いうちに私が望む部署か、本人が望む部署に抜擢しようと考えています。それによって、組織がまた少し活性化するのではないかと期待しているんです。
タニタとは何か。自問して見つけた答えは──"社員そのもの"
────人財を非常に重要視されていることを改めて感じますが、谷田社長にとって社員の方々はどのような存在なのでしょうか。
そうですね......、改革の過程で「タニタとは何だろう」ということを、まず自分で考え直したんです。登記簿でもないし、本社の建物でも、工場でもない。最終的に行き着いた答えは、「働いている"人"そのものがタニタなのだ」というものでした。私が引き継いだのは "人"であって、"人"が変わらなければ弊社は変わらないのだと。
この結論にたどり着いて以来、どうすれば社員と一緒に弊社を変えていけるかを、より考えるようになりました。新旧の合体も必要ですから、昔の人を大切にして、新しい人にもやる気を出してもらわなくてはいけない。それをうまく進めるために、まずはすべてを受け入れようという姿勢でスタートしたんです。
これがアメリカだったら、極端に言えば社員は全員解雇して、自分のスタッフで会社を一からつくるというやり方もあるのかもしれませんが、弊社の商品の製造方法も売り方のノウハウも、すべては社員の中にある。まさに社員が「タニタ」そのものなんです。そうした姿勢で、いろいろな改革を進めてきました。
────タニタをどのような会社にしたいとお考えですか。
私が恵まれていたと思うのは、弊社の「健康をはかる」という事業は、売ることにも正義があるんですね。会社が利益をあげることがお客さまの利益にもつながり、社会の利益にもなる。「世界の人々の健康づくりに貢献する」という理念に忠実に、そのために人生を捧げることができるんです。社員にも、それに共感するなら弊社にいて欲しいと思いますし、迷いなく前に進んでほしい。弊社で働くことを、誇ってほしいと思います。うまく言い表せないのですが。
────いえ、よくわかります。最近つくづく感じるのですが、経営でも事業でも、仕事というのはやはり人の為にならければいけない。単なる金儲けのためだけなら、これほどつまらないものはありません。働く社員の方々も顧客もそうですが、「誰かの幸せのために」ということに基軸がないと、経営はぶれていってしまいます。そうしたことを思いながらお聞きしていましたので、とてもよくわかります。
経営は、他社ではなく自社との戦い。率先垂範で挑み続ける
────この先どれくらいの規模まで、率先垂範の経営でいけるとお考えですか。
限界はあるのでしょうが、私はずっとこのスタイルでやっていきたいなと思います。
────それも一つのやり方ですね。よくわかります。会社というのは大きくなると、組織立てて部門の長に権限を委譲していくようになりますが、セオリー的には確かにそうでも果たしてそれが本当なのかという疑問が、私にはとてもあるんです。決められたルールに則って組織を管理しようとした途端に、失われるものがかなりある。それに気づいている経営者は少ないように思いますが。
ただ、弊社は売上高が3桁ですから、これが4桁になり5桁になったら本当に率先垂範でできるのかという疑問は、正直言ってあります。ただ、少なくとも今のやり方でいきたいという思いはあるんです。「年間売上高1000億円」の域までいけば、その分トップの決裁事項も増えますが、私自身が現場を回る時間はやはり残しておきたい。直接現場を見て、現場の情報に自分で触れる。そういうことは続けていきたいと思っています。
────今後、"健康"という大きな領域で戦っていかれるうえでの経営課題をどうご覧になりますか。
今後については、他社との戦いというよりは、自社内での戦いですね。社員がどこまで自主的に外のものを取り込んでいけるのか。タニタの今後はそこにかかっていると思っています。
────現場からどれだけ新しいことを生み出せるのか、ということですね。
そうです。これまでは物理的な"モノ(商品)"を売って成功してきましたが、レシピ本や食堂事業は"サービス"がお客さまに受け入れられたということだと思うんです。「健康をはかる」というコンセプトは共通ですから、やっていることは実はこれまでと同じなのですが、お客さまの求めに応えるものであれば、弊社はサービスも提供できるのだと。食堂事業を始めたのには、それを社員にわかってもらいたいという思いもありました。
────『タニタ食堂』は、御社の新しい事業戦略として注目されていますが、その本質は社内の意識改革にあると。
そうです。発想法の基本セオリーは、どこまで枠にはめずに考えられるかということですから、今までの事業からかけ離れたことにあえて挑戦したんです。もちろん事業シナジーは考えますが、「ここまではさすがにできないだろう」ということをやってみようと。
弊社には「健康をはかる」という理念がありますが、実は私はそれすらも取り払いたいんですよ。「お客さまのニーズがあり、健康に貢献できるもの」なら何でもいいというくらいに、柔軟に考えたい。ただ、現場のアイデアはすぐにはあがってきませんから、レシピ本や食堂などいろいろなことに私が挑戦して、「こんなこともOKなんだよ」と実例を示しているところです。
「健康をはかる」という事業領域に関しても、肥満に次いで関心が高い糖尿病の予防に役立てていただこうと、尿糖値を簡単に自己測定できる「尿糖計」を発売しました。睡眠の状態を把握できる「睡眠計」も開発し、はかる対象を広げています。こうした幅広い商品をきちんと訴求していくことも、当面の仕事だと考えています。
────最後に伺いますが、タニタという会社は社長にとってどのような存在ですか。
私の生きがい、ですね。
────人生みたいなものですか。
ええ。そうですね。
────机上の経営論に正解を求めるのではなく、自ら現場に飛び込んで行動で示す谷田社長の姿勢に、率先垂範の大切さを教えていただいたように思います。本日はありがとうございました。