2012年7月アーカイブ ..

株式会社日本レーザー
代表取締役社長 近藤 宣之さん

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    人事制度をいくら変えても、
    会社に対する「参画意識」がなければ、社員は満足しない(後編)

     

    社員から上がる不満への対処として人事制度を変えようとする企業は多いが、制度を変えれば本当に社員は満足するだろうか。MEBO(Management Employee Buyout)によって親会社の日本電子から独立した日本レーザーは社員全員が株主であることで知られているが、注目すべきは社員のモチベーションと会社へのロイヤリティの高さだ。独立時に社内に出資を募ったところ社員枠の2.4倍の応募が集まり、各自の出資希望額をカットせざるを得なかったという逸話がそれを物語る。どの様にして社員のモチベーション、ロイヤリティを高めたのかー同社独自の人事制度が機能したから、とも言えるが、突き詰めていくと「働くことで喜びを得る場を提供するために企業は存続する」という近藤社長の社員に対する考えに行き着く。会社への参画意識がなければ、どのような人事制度を持ち込んでも、社員は新たな不満の種を見つける。本当に必要なのは「制度をどう変えるか」ではなく、「社員の会社への参画意識をどの様にして高めるか」という視点ではないだろうか。
    (聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [及川昭の視点]

    株式会社日本レーザーの近藤社長の経営観に接してつくづく考えさせられたことは、"会社は一体誰のものか"ということである。 会社の資本関係を規定している唯一の法律である"会社法"は、会社は株主のものであると明確な規定をしている。 法的には勿論、これは正しいであろうし、それを否定するつもりは全くないが、本当にこれが実態を正確に表しているのだろうか。特に、我々日本人の気持ちを正確に反映しているといえるのだろうか。例えば、単に勤めているだけ、雇われているだけと考えている社員に"自分の会社だと思って仕事をしろ"とか"社長になったつもりで考えろ"等といくら声高に叫んでも誰も本気にはならないであろう。 何故ならば、それは現実ではないからである。 自らの財布からお金を出して、自らが出資して自らリスクをかけて始めて心から本気になるのである。 何故ならば、会社の利益イコール自分の利益であるから、そこに甘えは全くなくなる。 人は、誰しも名実ともに自分のものであるという認識があれば、自ら進んで将来性のあるいい会社にしようと本気で考えて行動するのであろう。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • 株式会社日本レーザーhttp://www.japanlaser.co.jp/
    1968年、個人株主10名でレーザーの輸入販売商社として設立。1971年に日本電子(株)の100%出資子会社に。レーザー技術を日本市場に紹介したパイオニア的存在として知られる。顧客の要望にきめ細かく対応する"スーパーニッチ"を標榜し、商社でありながら正社員40名のうち6名の博士・修士に加えて8名のエンジニアを抱え、カスタムオーダー(特注)やアフターサービスに注力している。2007年にMEBOによって日本電子(株)から独立。派遣、パート以外の社員全員が株主を兼ねる企業として、業界内外の注目を集めている。2011年に第1回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞・中小企業庁長官賞を受賞。
    企業データ/資本金:3000万円、従業員数:59名(2012年1月現在)、売上高:34億円(2011年度実績)

    NOBUYUKI KONDO

    1944年生まれ。慶応大学工学部卒業後、日本電子に入社。1972年、28歳で日本電子連合労働組合執行委員長に就任。83年まで同職を務める。その後、総合企画室次長、アメリカ法人支配人、取締役営業副担当などを経て、94年から現職。2007年に役員・社員の持株会などから構成されるJLCホールディングスを設立し、MEBOを実施。日本電子からの独立を果たす。

  • ブレない経営を支える人間観

    ────近藤社長が掲げておられる「3主義」の2つ目、「業績主義」ではどのような点を評価されるのですか。

    業績主義では、「目に見える成果」と「目に見えない貢献」を見ます。目に見える成果とは、営業でいえば受注額や粗利などのこと。当社では、粗利の3%を成果賞与として支給しているんです。例えば、1000万円の受注で粗利が200万円なら、6万円がもらえるという仕組みです。

    ところが、話はそう単純ではないんですね。例えば、技術が納入サポートをしてくれたとか、営業一人の力だけではない場合がある。そのときには、粗利の3%を営業が3分の2で技術が3分の1とか、貢献度に応じて分け合うんです。月に500~600件の受注がありますが、これを全てチェックします。アナログなシステムなんですよ。

    ────そうしたことに時間や手間をかけるのは、とても大事なことですね。多くの企業では利益や売上の大小という結果には多大な関心を払いますが、御社のやっているような事にはあまり関心はないですよね。

    利益を取り合って、社内がギスギスするのではないかという人もいます。ネガティブな人ほどそう思うようですが、そんなことはまったくありませんね。

    ────ギスギスしてしまうとか、そんなことをしたら大変なことになるとか、そういう発想が、恐らく一般的なパラダイムなんですよね。

    そうですね。私が最終調整するのは、月5件くらい。お互いに話し合って決めるわけですから、みんな納得していますよ。

    ────とてもよくわかります。そういう風にされていると、お互いが協力するように、自然になっていくのではないですか。

    そうなりますね。ですから、これは教育でもあるんです。例えば、当社ではクレド(信条)を導入し、「社員としての基本」を定めているのですが、その中に「自分のためでなく、他人のお役に立つように仕事をしよう」という項目があります。教育で目指すのは、こうした基本を徹底させることなんですよ。

    最後の「理念主義」については、会社の理念に沿った行動ができているかを見るわけですが、では理念とは何か。「会社は何のために経営するのか」ということですよね。「会社は社員のものであり、お客さまのものでもある」が当社の答えですが、このベースには次の人間観があるんです。「人は必要とされるとき、役に立ったとき、人に感謝されたとき、そして人に愛されたときに幸せを感じる」。

    この中で、最初の3つは働くことでしか得られない喜びです。その喜びを得られる場を提供することが、企業の最大の役割なんですよ。そう考えると、経営の目的は人を雇用することになります。そのためには、企業は発展することよりも継続していくことの方が大切になるんです。でもこういう話をすると、たいていの人は怪訝な顔をしますね。「利益をあげて税金を納めることが、企業の役割ではないのか」と言ってね。

    ────その考えは近視眼的だと思いますね。企業は利益を生まなくてはいけないというのは誰でもわかることであって、それを経営幹部が言っているようでは、あまりに稚拙すぎるという気がします。

    ただ、そのための仕組みづくりは、試行錯誤の連続です。過去には、粗利3000万円以上を稼がなければ賞与ゼロという極端な成果主義を導入したこともありましたし、粗利の3%を成果賞与とする今のルールも、いろんな割合を試して3%に落ち着きました。現在でも、就業規則は毎年改訂しています。常に納得性のあるフェアな扱いにするために変えるんです。何がフェアかということは時代と共に変わるものであり、つくった人事制度は必ず課題が出てくる。それをもっと良くしようということです。

    人は"合理"だけでは動かない

    働くことで喜びを得る場を提供するために、企業は存続する。そう考えると、社員とパート、派遣の区別もなくなります。例えば先日、創立44周年の記念パーティを東京で開いたのですが、大阪支店と名古屋支店からは、社員だけでなくパートのスタッフも参加しました。交通費はもちろん会社の負担です。さらに、いつも本社の掃除をしてくれる清掃会社の清掃員の方々も招待したんです。うちの社員ではありませんが、同じ働く仲間ですからね。会社の雰囲気がギスギスしていないというのは、こういうことがあるからなんですよ。

    ────近藤社長のそうした行動の一つひとつが、「会社は社員のもの」というメッセージになりますね。

    そうです。それによって、社内に一体感が出てくるんです。社員の誕生日には、私の手書きのカードを添えてギフトを送っていますし、毎年の忘年会では私のポケットマネーで社長表彰を行っています。先日の創立記念パーティでも、社長特別賞を贈りました。表彰したのは、パートで総務部長をしている女性と、派遣で経理部長をしている女性。購買と資材の担当者も表彰しました。

    ────そうした縁の下の人たちに光を当てるのは、とても大事ですね。

    当社の仕組みだけを見ると非常にデジタルな成果主義だと思われるのですが、それは表面であってね。裏には、貢献に応じて利益をシェアするとか、忘年会での社長表彰とか、非常にアナログ的なものがたくさんあるんです。

    ────合理的なものと非合理なものを、どちらもきちっと活用しておられるという印象を受けました。

    それが日本じゃないですか。欧米的な合理主義は、もう破たんしているわけですから。

    ────よくわかります。私もアメリカはもうダメだと思っていますので。

    かといって、古い日本の精神主義だけでは、世界では戦えない。ですから、「進化した日本的経営(前編参照)」が、新しいグローバルスタンダードになると考えているんです。

    例えば、終身雇用が日本的経営の特徴だといわれますが、実際は60歳で定年でしょう。人生50年ならまだしも、今の時代に60歳定年はおかしい。うちは就業規則に70歳までの再雇用を定め、いずれ80歳まで延長したいと考えています。本当の「生涯雇用」です。これが、社員に対する最大のセーフティネットになるんです。

    なぜなら、今は男性も女性も結婚しませんよね。当社にも独身の社員が多くいます。彼らが将来、高齢の一人暮らしになったときに、会社に出てこなければ様子を見に飛んでいける。うちの社員である限り、孤独死の心配はないわけです。家庭がある人も、定年後も働く場と収入があれば、家族もうれしいですよね。

    企業は、ドイツ語でいえば「ゲゼルシャフト(機能体組織)」ですが、「ゲマインシャフト(共同体組織)」的な、一種の疑似家族経営も取り入れる。そこに競争原理が入ってくるところが、かつての日本的経営とは異なる「進化した日本的経営」なんです。

    強い会社でなければ、社員を大切にはできない

    ところが、こういう話をすると「そんな経営では利益が出ない」という人がいるんですね。

    ────何を優位性とするかというトレードオフの発想ですね。

    結局、「いい会社」であり続けるためには、「強い会社」でなくてはならないわけです。それにはまず、企業の目的と目標が明確であること。そして、実現に向けた計画があり、それが部単位、チーム単位、個人単位にまでブレークダウンされていること。さらに、公平な競争の舞台があり、公平な条件のもとで公平な評価がなされる。これが、強い会社の条件です。

    中小企業の人事考課は、社長が鉛筆をなめて終わることも多いですが、当社では6人の役員に管理部長を加えた7人で合宿して決めますから、評価結果には自信を持っています。ボーナスは年3回、賃金改定は年1回。昇給もあれば、減給もある。ただし本給は下げず、降格もありません。ただ、役割手当で差を付けているんです。本給を下げたら、モチベーションが下がりますからね。その代り、手当で調整するんです。

    例えば役割手当は、課長が月額4万円~11万円、次長は5万円~12万円。能力主義の評価項目である英語力は、TOEICの点数に応じて5000円~2万5000円。性格を態度能力として評価する「対人対応能力」も5段階評価で4000円~2万円。手当はほかにもありますが、それぞれかなりの差を設けてあるんです。

    その一方で、家族手当や住宅手当などは撤廃しました。一番大切なのは雇用を守ることですが、その中でもできる人には払うというように差をつけて、業績や能力をシビアに見ていく。これが強い会社なんですよ。

    そして教育研修で価値観を統一し、「不易流行」でブレてはいけないものは何かを徹底する。さらに広報宣伝活動によって、会社の考えを内外に訴える。一に教育研修、二に広報宣伝、三に世話活動。世話活動は従業員満足活動のことですが、この3つがなければどんな組織もダメですね。

    経営者がどこまで本気で社員教育に向き合っているか

    ────私は、仕事柄いろいろな企業の経営者にお会いして、必ず同じ質問を投げかけるんです。「会社は誰ものだとお考えですか」と。すると、「社員あっての会社だ」という話はされますけれども、近藤社長のように現実にここまでされる方は少ないですね。

    少ないでしょうね。うちのような会社は、ほかにはないと思いますよ。

    ────なぜ少ないかというと、前提にある考え方が違う気がしているんです。先ほどの近藤社長の言葉でいう「不易」といいますかね。これがあまり理解されていない。教育研修一つとっても、「教育は大切だから投資しよう」と言葉ではいっても、本当にそう思っておられるのかどうか。非常に疑問に思うことが多くあります。

    どんな組織でもまず一に教育研修で、そこに社長が本気で力を入れるかどうか。他人任せにするようではダメですね。中小企業であれば、社長自身が軸をつくって、社長が教育するくらいでなくては。つまり私塾です。

    うちでは週に1回社長塾を開いて、ビジネスと英語を教えています。社員7人を選抜し、私の講義を10回受けたら卒業です。そのほかに外部の研修も活用していますし、当社では海外出張も社員教育の一環だと捉えて、業務上は海外に出張する必要がない事務職の社員も派遣しているんです。

    ────事務職の方は、どういった名目で出張されるのですか。

    現地スタッフとの顔合わせです。直接会えば、電話やEメールではわからない現地の様子がわかりますからね。といいながら、本当の目的はモチベーションの向上なんですよ。海外の展示会も2、3人行けば十分ですが、うちは8人出します。これらも教育研修費用だと考えると、年間1000万円以上はかけていると思いますよ。

    ────海外出張も展示会、さらには会議や日常業務も、育成の視点を持って割り当てれば、すべてが教育になりますね。

    すべて教育です。そして教育とセットで必要なのが、広報宣伝活動です。当社では、「JLCニュース」という社内報を、私が社長になってから18年間、毎月発行しています。なぜこれが教育につながるかといえば、全社のすべてのデータをここで毎月公表しているんです。売上高、利益、経費、借入の残高。営業グループ別の受注実績も公開し、なおかつ凄いのは、個人別の業績もオープンにしているんです。これだけを見せると「恐ろしい会社だ」といわれますが(笑)、こうしてデータを毎月公開していることが、「強い会社」につながっているんです。

    もう一つ、当社の社風が現れているのが、社員の出張報告です。出張中の観光や食事の写真がよく載っているのですが、これを普通の会社でやるとまず足を引っ張られますよね。「会社の金で遊んできたのか」と。ところがうちでは、「よし、次は私の番だ」と。こうなるんです。

    ────自分にもチャンスが与えられることがわかっているから、他人の幸せを妬まないわけですね。

    そうです。これも、広報宣伝によるモチベーション向上の一つなんですよ。

    社内報「JLCニュース」の抜粋。(写真左)業績に関するページでは、営業担当者の受注額と粗利をグラフ化し、実名で公開している。(写真右)出張報告にはプライベートな話題も多い。写真は、スイスの出張報告。現地のパートナー企業の経営者が所有するプライベートセスナで、マッターホルンを観光したときのもの。

    近視眼的なトレードオフの発想が、組織の弱体化を招く

    ────企業の経営者というのは、教育が大事だと口では言っていても、「社員教育にお金をかけるのはいいけれど、結果的にいくらの利益になるのか」と。極めて短期的な見返りを求めるような、そういった価値観や判断が多い気がします。

    経営者が社員教育にどれだけの信念を持っているか、ということでしょうね。会社から大切にされていると実感することで、社員はお客さま満足のために全力を尽くす。それを、どこまで確信しているかということです。

    ────それを頭で考えるだけでなく、現実の施策にも反映することが、「会社は社員のものである」という実感を社員に抱かせる上で重要になります。御社はMEBOによって社員のみなさんが株主になり、会社が利益を上げれば配当金が得られる。これは大きいですね。

    そうですね。会社が利益を上げると5~10%の配当金が出ます。これは銀行の利回りの50~100倍に相当しますよね。ただ、配当があるからモチベーションが高まったわけではなく、モチベーションを高める努力をしてきたから、社員は出資に応じて株主になった。この順番なんですね。

    ですからもう一つ言えるのは、その前段階として「問題は常に内部にある」という認識を、経営者が持てるかどうか。これが大事なんです。経営が悪化する会社は、みんな問題は会社の外にあると思っているんですよ。

    ────他責になってしまうんですね。

    そうです。「景気が悪い、円高だ」と。

    ────企業でも個人でも、うまくいっていない人は、うまくいっていない何かが必ずありますね。それはすべからく企業の内部あるいは、個人の考え方に起因すると思います。

    でも、そうやって外部のせいにして、その日からの生活はどうするのか。そんな理由で経営がダメだといい続けるのは、経営者失格ですよ。

    等しく分かち合う経営が、世界のスタンダードになる

    ────近藤社長は、若いころの経験も含めて、親会社での様々な経験を日本レーザーという会社で実現してこられたのだと改めて実感しましたが、この先はどういう風に考えておられるのですか。

    幸い私が社長になった年から、日本レーザーは19年連続黒字です。債務超過で銀行が見放した会社を引き受けてここまで来られたのは、非常にラッキーだったと思います。今後は、この「進化した日本的経営」を各方面に発信して、世界に広げたいと思っているんです。

    思えば、最初からエリートばかりでは、こんな会社はできませんでした。多様な人財をどう活かすかを考えた結果、今に至ったわけです。以前、日本に帰化した中国人の女性がうちにいましてね。7年勤めて退職し、アメリカに留学したのですが、そのときに彼女が何と言ったか。「これからは東アジアの時代が来る。私は中国語ができて、日本でビジネスを経験した。次はアメリカで英語力を身につけ、MBAも取って、アジアならどこでも活躍できるようになりたい」と。27歳の女の子がこう言ったんですよ。全社員の前で。

    ────頼もしいですね。

    そうすると、ほかの女性社員も目の色が変わるんです。草食系の男も、みんな目の色が変わった。こういう風土で経営していると、社長があれこれ言う必要はないんです。僕は仕組みをつくっただけでね。あとは社員が影響を与え合って、成長していくんですよ。

    今後は恐らく、こうした経営でないと世界はもうやっていけないだろうと思います。グリーディー(貪欲)なアメリカ的資本主義は、リーマンショックで破たんしました。ヨーロッパも低迷している。その一方で、世界には水や資源の問題、人口爆発など課題が山積しています。そうしたときに、等しくものを分かち合う、そういった経営がグローバルスタンダードになるはずだと。そう思いますね。

    ────合理と非合理を統合する新しい企業のあり方が、もっと認知されて広まらなければいけませんね。今日は貴重なお話をありがとうございました。

株式会社日本レーザー
代表取締役社長 近藤 宣之さん

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    人事制度をいくら変えても、
    会社に対する「参画意識」がなければ、社員は満足しない(前編)

     

    社員から上がる不満への対処として人事制度を変えようとする企業は多いが、制度を変えれば本当に社員は満足するだろうか。MEBO(Management Employee Buyout)によって親会社の日本電子から独立した日本レーザーは社員全員が株主であることで知られているが、注目すべきは社員のモチベーションと会社へのロイヤリティの高さだ。独立時に社内に出資を募ったところ社員枠の2.4倍の応募が集まり、各自の出資希望額をカットせざるを得なかったという逸話がそれを物語る。どの様にして社員のモチベーション、ロイヤリティを高めたのかー同社独自の人事制度が機能したから、とも言えるが、突き詰めていくと「働くことで喜びを得る場を提供するために企業は存続する」という近藤社長の社員に対する考えに行き着く。会社への参画意識がなければ、どのような人事制度を持ち込んでも、社員は新たな不満の種を見つける。本当に必要なのは「制度をどう変えるか」ではなく、「社員の会社への参画意識をどの様にして高めるか」という視点ではないだろうか。
    (聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [及川昭の視点]

    株式会社日本レーザーの近藤社長の経営観に接してつくづく考えさせられたことは、"会社は一体誰のものか"ということである。
    会社の資本関係を規定している唯一の法律である"会社法"は、会社は株主のものであると明確な規定をしている。
    法的には勿論、これは正しいであろうし、それを否定するつもりは全くないが、本当にこれが実態を正確に表しているのだろうか。特に、我々日本人の気持ちを正確に反映しているといえるのだろうか。例えば、単に勤めているだけ、雇われているだけと考えている社員に"自分の会社だと思って仕事をしろ"とか"社長になったつもりで考えろ"等といくら声高に叫んでも誰も本気にはならないであろう。
    何故ならば、それは現実ではないからである。
    自らの財布からお金を出して、自らが出資して自らリスクをかけて始めて心から本気になるのである。 何故ならば、会社の利益イコール自分の利益であるから、そこに甘えは全くなくなる。
    人は、誰しも名実ともに自分のものであるという認識があれば、自ら進んで将来性のあるいい会社にしようと本気で考えて行動するのであろう。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • 株式会社日本レーザーhttp://www.japanlaser.co.jp/
    1968年、個人株主10名でレーザーの輸入販売商社として設立。1971年に日本電子(株)の100%出資子会社に。レーザー技術を日本市場に紹介したパイオニア的存在として知られる。顧客の要望にきめ細かく対応する"スーパーニッチ"を標榜し、商社でありながら正社員40名のうち6名の博士・修士に加えて8名のエンジニアを抱え、カスタムオーダー(特注)やアフターサービスに注力している。2007年にMEBOによって日本電子(株)から独立。派遣、パート以外の社員全員が株主を兼ねる企業として、業界内外の注目を集めている。2011年に第1回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞・中小企業庁長官賞を受賞。
    企業データ/資本金:3000万円、従業員数:59名(2012年1月現在)、売上高:34億円(2011年度実績)

    NOBUYUKI KONDO

    1944年生まれ。慶応大学工学部卒業後、日本電子に入社。1972年、28歳で日本電子連合労働組合執行委員長に就任。83年まで同職を務める。その後、総合企画室次長、アメリカ法人支配人、取締役営業副担当などを経て、94年から現職。2007年に役員・社員の持株会などから構成されるJLCホールディングスを設立し、MEBOを実施。日本電子からの独立を果たす。

  • 「社員を犠牲にする経営」に反旗をひるがえす

    ────企業の経営に一つの真理があるとすれば、ここに行き着くのではないかと思うテーマがあります。それは、「会社は誰のものか」ということです。例えば2005年にライブドアがニッポン放送を買収したときも、「企業は誰のものか」という議論が世間を賑わせました。当時の世論調査で圧倒的に多かった見解は「会社は社員のものだ」というものでしたが、これは「会社は株主のものである」とする会社法とは随分異なります。近藤社長がなさってきた経営を拝見すると、やはりここに行き着くような気がするんです。

    そうですね。法律の定義とは違いますね。

    ────ええ。ただ私は、これがやはり日本人の偽らざる感覚なのだと思うんですね。それは情緒的な話ではなくて、論理的にも、会社は資本の集合体であると同時に、働く人たちの集合体でもある。そう捉えたときに、企業の競争力や持続性は、社員が会社にロイヤリティを持ち、高いモチベーションを発揮しなければなし得ません。近藤社長は「会社は社員のものである」と明言されていますが、この考えに行き着かれた最も大きな要因は何だったのでしょうか。

    「会社は社員のものであり、お客様のものでもある」。日本レーザーのホームページには、はっきりとそう書いています。もちろん法律的には株主のものですが、当社では全社員が株主ですから、会社は株主のものであり、社員のものでもある。これが両立している会社は、日本では当社しかありません。

    なぜこうした会社をつくったかといえば、私は日本レーザーを含めて企業再建に3回関わり、その過程で人を犠牲にした経営をさんざん見てきたわけです。その経験が原点にあるんですよ。

    一度目は、当社の元親会社、日本電子での体験です。「第二のソニー、ホンダ」といわれた企業でしたが、1974年にオイルショックの影響で業績が突然悪化してしまった。当時は「リストラ」という言葉はありませんでしたが、社員を子会社に移籍させ、希望退職を募り、最後は指名解雇に近いことまでやりました。

    私は、労働組合の委員長としてこのリストラに関ったんです。入社当時、社内では二つの組合が対立していました。しかし、私が片方の組合の執行委員長に就任してからの一年で、過激な労働運動で荒れた職場は見事に立ち直りました。その直後にリストラです。そのときに思ったのは、「本当の理由は何なのか」と。会社は「ニクソンショックだ、オイルショックだ」と言うけれど、そんなものは本当の理由じゃない。原因はすべて内部にあるんですよ。

    ────まったくそうですね。経営が傾いた例を見ると、外部要因よりも内部要因が原因になっていることがほとんどですからね。変化する事業環境に内部要因が対応できなったという。

    労働組合が会社を守るためにどんなに貢献しても、経営がしっかりしていなければ雇用は守れない。そのときに犠牲になるのは、最も生活費のかかる中高年だと。この悲劇を痛感したわけです。

    2度目の希望退職者は715人に上りました。その多くは40代、50代の人たちです。私は当時30歳でしたが、組合の委員長として全員と面接し、ある人からこう言われたんです。「自分は55歳で、定年まであとわずか。課長にもなれず、30年間組合費を払ってきた。長く組合費を払った人間が、大切にされるべきではないのか」と。これはもう、グサッときましたね。

    その後39歳で委員長を引退し、アメリカの関連会社に赴任して、そこで二度のリストラを経験しました。一つはニュージャージーの現地法人。経営が破たんし、全員解雇という大手術です。ただ、これは典型的なアメリカ的経営の会社でしたから、荒っぽいけれど仕方がないという面もあったのですが、こたえたのは次に赴任したボストンでのリストラです。

    ここは日本的経営の会社で、レイオフはそのときが初めて。人員を15%削減することになり、私はアメリカの総支配人として、対象になった社員に解雇を通告しなくてはなりませんでした。本人と面接すると、「レイオフがないから入社したのに」とアメリカ人のドクターが泣くんです。これは辛かったですね。

    ────そうした経験が、日本レーザーの再建にあたって「雇用は守る」と宣言されたことにつながるわけですね。

    そうです。社長として会社を再建するときは、肩叩きは絶対にしないと決めていたんです。

    MEBOで親会社から独立。経営の自主性を守る

    ────そういった考えを前提に親会社と子会社の関係を考えたときに、これからの子会社はどうあるべきだと思われますか。

    まず問題は、親会社は何のために子会社をつくるかということです。子会社の方が小回りがきくなど、いろいろな理由がありますが、一番大きいのは人件費が安いということですね。つまり、親会社が利益を上げる手段として子会社をつくる。親会社のあぶれた人材を吸収する受け皿、天下り先としての役割もあります。

    そうなると、子会社の社長は常に親会社から来ますし、金庫番の経理部長も親会社から来る。子会社は、何をするにも親会社にお伺いを立てなければならない。つまり、常にガラスの天井があるんです。これでは、子会社の社員のモチベーションは上がりません。今後のあるべき姿でいえば、親会社は子会社の独自性を尊重し、子会社は親会社とは違うビジネスモデルを確立する。そういった関係が必要だと思いますね。

    日本レーザーも、5代目の社長である私を含めて歴代のトップは、みんな日本電子から来て、プロパーの社員は部長止まりという時代が続いていました。私の代になってからプロパーの役員を誕生させたものの、親会社に交渉したときは「若すぎる」と言われましてね。47歳の部長でしたが、「日本電子では55歳以上でなければ役員にしない」と言うんです。でも、3000名の会社と30名の会社とでは違うでしょう。何かにつけてそうした抵抗を受けるわけです。

    日本レーザーが高収益を上げた年に、親会社に過去最高の5割の配当をして、社員にも報いようと10年ぶりの社員旅行を行ったら、「とんでもない」と始末書を書かされたりね。そういう制約があるんですよ。

    多様な社員をどう活かすかが出発点

    ────そういう意味では、親会社の中で社員の活用やモチベーションの向上を考えることよりも、それを子会社でやることの方がはるかに難しいですね。制約条件が大きいですから。

    そうです。そこでMEBOによって親会社から独立したわけですが、これは、それ以前にいろいろな努力をして社員のモチベーションを高めていたからできたことなんです。そうでなければ、社員は出資しませんからね。そして独立したことで、もともと高かったモチベーションがさらに高くなった。そういう関係です。ですから、実はMEBO以前にやるべきことがたくさんあるんですよ。

    また、身体障害者1級の人も正社員として働いているとか、女性や外国人も活躍しているとか、定年再雇用を行っているといったことで、「日本でいちばん大切にしたい会社」だと評価していただいています(※)。これを意図的にやったなら褒められたことだと思うのですが、実際は意図したわけではなく、結果としてそうなったということなんです。

    ※2011年に第1回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞・中小企業庁長官賞を受賞。

    なぜなら、中小企業は人が採れないんです。知名度もない、私が最初来た当時は債務超過で給料も高くない。それで新聞広告を出したって、誰も来やしません。採用できるのは、学歴でいえば高卒や専門学校。大卒でも、有名ではない大学ですね。海外放浪の旅に出ていたとか、中国人留学生で横浜国大のマスターを出たけれど就職できなくて、もう国に帰るしかないという人もいました。今は東大卒や京大卒のドクター、マスターも活躍していますが、優秀な人が集まり始めたのは2005年くらいからのことです。当社の社員が、学歴・国籍・性別不問で活躍しているのは、こういった背景があるんですよ。

    社員の働きがいを高める「進化した日本的経営」

    ────では、そうした多様な方々のモチベーションをどのようにして高め、成長させるかということが課題になりますね。

    そうです。そこで私は「3主義」を打ち出したんです。これは、「能力主義」「業績主義」「理念主義」の3つの主義からなる人事制度です。

    能力主義では、「実務能力」と「基礎能力」の2つの面から社員の能力を見ます。実務能力とは、営業や技術、経理など、それぞれの実務に必要な能力のこと。基礎能力はどのポジションにも必要な能力のことで、「英語力」と「ITスキル」、そしてもう1つ、これは極めてユニークなのですが「性格」も基礎能力に位置づけているんです。

    性格を性格として見るから、変えられないんですよ。「自分は引っ込み思案だ、暗い性格だ」と。それを私は、「対人対応能力」と定義づけたんです。そう考えると、改善できるんですね。「常に笑顔でいる」とか、「常に他人を思いやっている」という風にね。

    ────具体的な行動に落とせば、能力として捉えることができますね。

    そういうことです。これを「情意考課」と呼んで、時代遅れだという人もいるけれど、とんでもない。これこそ、人間の評価の中で一番大事なことなんですよ。

    ────私は、時代遅れというよりはむしろ、日本の企業が失ってしまったものだと思いますね。日本企業が競争力を喪失し、長期に渡って停滞してしまっているのは、あまりにもアメリカナイズしてしまったからで、こういったものを全部失ったことが原因だと思うんです。

    おっしゃる通りです。ですから、結論からいえば私が目指しているのは「進化した日本的経営」なんです。対人対応能力を重視するのは、まさに日本的経営です。これには複数の評価項目があって、例えば「朝会ったら上司から先に挨拶をする」というのもその一つ。偉い人たちは、部下から挨拶されるのが当たり前だと思っている。それ自体が問題だということです。

    「応援団が多い」という項目もあります。よく「B to B、B to C」と言いますが、「B to S」や「B to F」もあるんです。これは「Business to Supporter」「Business to Fan」のこと。お客さまやパートナー会社、大学の教授などが、日本レーザーを応援してくれる。そういう関係を築いて初めて業績が上げられるわけです。だから「B to S」が大切なんです。

    事実、対人対応能力が高い社員は、応援団が多いですね。社内も応援団です。営業が注文を取ってくるから技術は仕事ができるし、営業は技術の支援があるから受注できる。お互いにサポーターなんですよ。上司と部下の関係も同じで、上司が応援団になってくれれば部下は育ちますよね。社内外の人たちとそういった関係を持てるかどうかは、対人対応能力で決まります。これを精神論でいってもダメで、当社では能力を5段階評価し、ランクによって手当を支給しています。

    この「能力主義」に、「業績主義」「理念主義」を加えた「3主義」を通じて、「進化した日本的経営」を目指す。これが、世界に通用する新しいグローバルスタンダードになると、私は考えているんです。

    コミュニケーションを重視する同社では、オフィスは大部屋主義。仕切りのないワンフロアに、すべての部署が集まる(写真左)。社長室もつくらず、近藤社長はフロア全体が見渡せる席に座る(写真右)。

    かつて日本的経営は、戦後の高度成長を成し遂げた奇蹟の手法として、世界から注目されました。今、その利点を改めて見直し、進化させることが今後の活路になると近藤社長は話します。「進化した日本的経営」とは何か。後編では、3主義を構成する「成果主義」と「理念主義」、そこから見える「進化した日本的経営」のあり方についてうかがいます。


    *続きは後編でどうぞ。
    人事制度をいくら変えても、会社に対する「参画意識」がなければ、社員は満足しない(後編)

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