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規制緩和と市場縮小。
二重苦を乗り越えた『強みを生み出し続ける力』(後編)縮小する一方の市場の中で、右肩上がりの成長を遂げるカクヤス。今では年商1000億円を超える同社だが、それまでの道のりは決して平坦ではない。東京23区全域にビール1本から無料配送する方針を打ち出すも、赤字店が続出。社内には反対意見が多く上がった。しかし、佐藤社長には確信に近いものがあった。「本当にお客さまの立場に立ったお届けサービスというのは世の中に存在していないから、真に価値があるなら必ずうまくいくはずだと。もっといえば、生かされるだろうと。生かされなければ、おかしいよねと。何にすがったかといえば、おそらくそういう思いだったのだろうと思います」。売り手の都合の範囲内での顧客満足では、競争力に結びつかない。成熟市場で成長するためにはリスクを取りながらも、顧客の想像を上回るサービスを提供できるか否かに掛かっているのではないだろうか。
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[及川昭の視点]
日本企業の世界市場でのシェアが様々な分野で揺らいでいる。それは、売上のかなりの部分をコモディ化した商品が占めており、利益が出にくいとわかっていても売上を確保するため、そうした商品を作り続けているのである。当然のことながら、こうした状況から早く脱する必要があるのだが、そのためには現状のビジネスモデルからの脱却が欠かせない。それは、例えば、消費財を単品で売らずに、サービスやインフラ等と組み合わせて売るといった発想が必要な時代である。重要なのは、最初に出来るだけ大きな経営の絵を描き、何を付加価値としてどこで需要を喚起し、どこで利益を上げるかといった絵が描けるかということである。
今回の株式会社カクヤスさんでは、既に1998年に価格戦略から付加価値戦略へと大きく転換し様々な試行錯誤を経て今日の地位を築いている。同社の佐藤社長とお会いして経営リーダーとしての賢慮さが企業の将来を決めるということの重要性を感じざるを得なかった。聞き手:OBT協会 及川 昭
企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。 -
株式会社カクヤス ( http://www.kakuyasu.co.jp/)
1921年に、飲食店向けの業務用酒販店として創業。バブル崩壊後に業務用市場が縮小したことを受けて1992年に酒小売店「大安」を2店舗展開、家庭向けの酒販市場に参入する。1998年には無料宅配サービスを開始し、価格戦略から付加価値戦略へと大きく転換。2003年8月に東京23区全域での無料宅配網を完成させ、翌9月に酒販免許の規制が緩和されて淘汰の時代を迎える中、快進撃を続ける。2004年にはコールセンター運営子会社を立ち上げ、一括受注体制を確立(現在はカクヤス本体に統合)。2007年に飲食店向け通信販売「ミクリード」を、2010年には「オフィス・デポ・ジャパン」を子会社化し、『お届けビジネス』を拡大させている。
企業データ/資本金:2億7889万5千円、売上高/794億円(2011年3月期実績)、従業員数/1039名(2011年3月末現在)JUNICHI SATO
1959年生まれ。大学卒業後、祖父の代から続く合資会社カクヤス本店(現・株式会社カクヤス)に入社。1993年に3代目代表取締役社長に就任。1998年にディスカウント業態からの脱却を決意し、入社当時年商7億円弱・従業員16名であった同社を、年商800億円に迫る企業に育て上げる。
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こちらから球を投げなければ、顧客のニーズはわからない
────相手の立場に立って考えるというのは、わかってはいても、なかなかできることではありませんね。
お客さまに対してだけでなく、上司と部下、経営と雇用でも必要なことですね。相手からどう見えるのかを常に考えることが、とても大事なのだろうなと思います。
一つのサービスを生み出すときでいえば、「何をしたらいいですか」とお客さまに聞いても、「安くしてほしい」としか言わないんです。キャッチボールに例えると、お客さまから球がくるのを待っていても絶対に来ない。でも、「こんなサービスはいかがですか」とこちらから球を投げると、「それは良いね」とか「うちはいらない」と答えが返ってくる。それに対して修正を重ねるうちに、ストライクゾーンに入るわけです。
──── 一般的には、一度やってうまくいかないと諦めてしまうことが多いですね。
だから、キャッチボールを続けることが大事なんです。諦めたらそれで終わりですからね。例えば、2008年に銀座にワインセラーをつくったのですが、これなどもお客さまから「高額なワインやシャンパンを在庫するのは大変だ」と聞いたことからスタートしました。我々が銀座にワインセラーをつくって、急なご注文にも対応しますよと。最初の球を投げたわけです。
そうしたらお客さまは、「飲みに来た方を待たせるのは、せいぜい10分が限度なんだよね」と。ということは片道5分でしょう。最初は、高級クラブが集中する銀座6、7、8丁目の全域に配達するつもりでしたが、遠いところは片道7分かかる。それではダメだと。最も集中している銀座7丁目と8丁目に絞って、その真ん中にセラーをつくろうと。こう修正したんです。
ところが家賃が高いから、倉庫の広さは15坪。そこに主要なアイテムを400から500くらい揃えましたが、まったく売れませんでした。お客さまの立場で考えると、主要なものはカクヤスに頼んでも、ないものは他の店で買わなくてはいけない。これでは二度手間ですよね。主要なものだけでは意味がなかったわけです。
でも、全部揃えるには約2500アイテムが必要で、面積も100坪くらいいる。銀座で100坪の倉庫か...、みたいなね(笑)。最終的にはその広さの倉庫をつくりましたが、そこまでやるとお客さまに評価されて買っていただけるんです。今やこうしたサテライト事業(繁華街での即配ニーズに対応するサービス)は、うちの稼ぎ頭に育っています。
つまり、いきなりストライクゾーンには入らないんですね。失敗しても、どこが悪かったかを考えて修正し、もう1度球を投げる。これができないと、何も生み出せないんだろうなと思います。
────そうして成長してこられたことを、あたかも意図通りだったというような後付けの整理で語られることも多いと思いますが、現実はそうではなく、その時々に応じて最適な経営を考えてこられた積み重ねの結果が、今の御社だと。お話を聞いて、改めてそう感じました。
やはり、一発目の球は勘で投げるしかないんですよね。どこが狙い目なのか、わからないんですから。ただ、返ってきた結果は真剣に検証するということです。
────『PDCA』が大切だとよく言われますが、一般的には『CA』ができてないケースが多いですね。そして簡単に諦めてしまう。もったいないと思いますね。
一発ではうまくいかないということを常に経験してきましたが、最終的には成功させるぞと。この思いを持っていないと、新しいサービスは生まれないですね。
挑戦を支えたのは、『真に価値あるものは生かされる』という信念
────今日に至るまでに困難や障害も数多くおありだったと思いますが、どう乗り越えてこられたのでしょうか。例えば、東京23区全域にビール1本から無料配送すると打ち出されたときには、社内には反対意見が多かったと伺いました。
最初は役員も盛り上がるんです。それが100店近くになって赤字店が増えると、様子が変わるんですね。もう少し足場を固めてからにしましょうと。ところが、それでは酒販免許の規制が緩和される2003年に間に合わないんですよ。私は、『どこでも』を手に入れない限り勝ちはないと思っていました。だから、何が何でも手に入れるぞと突っ走るわけです。
────そのときに、一定の確信のようなものが社長の中におありだったのだろうなと思います。
世の中にないサービスだとは思っていましたね。本当にお客さまの立場に立ったお届けサービスというのは世の中に存在していないから、真に価値があるなら必ずうまくいくはずだと。もっといえば、生かされるだろうと。生かされなければ、おかしいよねと。何にすがったかといえば、おそらくそういう思いだったのだろうと思います。
そのときには『勝ち負け』は、気にしてないんですよ。サービスを完成させてマーケットに認めてもらうことがとても大事で、それでスーパーに勝つぞといった勝ち負けは、あまり考えていませんでしたね。
────迷いや葛藤はありませんでしたか。
資金面の不安はありましたが、幸いなことに何とかやりくりできましたし、役員7名のうち5名が反対していた中で、私のほかにもう一人「それは面白いから、やったほうがいい」と言うのがいたんですよ。でも決議を取ったら否決されますから、もう決議はしない(笑)。しかし、仕組みができても売り上げはすぐには立ちませんでしたし、家庭用だけでは結局ダメだったわけですよね。そう考えると、経営者として正しい判断だったのかなと思うことはありました。
────結果論でいえば「正しかった」ということも、当時、社長の側で客観的に見ていた方からすると、ある種の暴挙のような感じだったのではないでしょうか。けれどもそこに、やはり何か相当確信に近いものが、信念といってもいいかもしれませんが、あったのだろうと思いますね。
つくり手中心の論理がまかり通っていたお酒の業界で、本当にお客さまの立場に立ったサービスを、何とかしてつくれないかという思いは強かったですね。ビールメーカーとも、対立するわけではないのですが、例えば、価格が横並びで値上げの時期も各社同じというのはおかしいよねといった話を、最近もずっとしています。こうして消費者を起点にした仕組みをつくっていくことが、すごく大事だと思っているんです。
競争優位の源は、アウトソーシングしてはならない
企業の強みとは何だろうとよく考えるのですが、おそらく本当の意味で強みは、今ある強みではないんですよね。だって真似されますから。これから生み出すものが、強みになっていくんです。それが止まった瞬間に、企業は強くなくなってしまう。ですから、強みを生み出し続ける力が大事だと思いますね。
────例えば、コンビニなどもそうですね。近場にあって便利ですが、高齢化社会という前提で考えたときに、消費者が店まで買いに行かなくてはいけないというこのスタイルが、どこまで価値があるだろうかと。進化し続けるということは、簡単なことではありませんね。
それはありますね。確かに、昔は流通の主役はデパートでしたよね。それがスーパーになってコンビニになって、一貫して売り場が家庭に近づいているんですね。コンビニの次の主役はどこかといえば、やはり『玄関』を誰がおさえるかという話になる。しかもそれを自前でやる企業が少ないんです。みんな宅配会社にアウトソーシングするでしょう。そうすると、顧客接点を外に投げているんですよね。我々は絶対にそこを外注しないわけです。
カクヤスがずっと同じような成長率で伸びているのは、すべて自社で配達しているからです。売り上げを1割増やすには、人が1割余分にいるんですよ。1割までは増やせても、2割増員すると赤字になる。ですから10%ずつしか伸びようがないんですね。これが外注を活用すれば、一気に販促をかけて売り上げを急拡大させられるかもしれない。それをしないのが強みでもあり、弱みでもあるのかもしれません。
────外注すると、ノウハウを社内に蓄積することができませんね。
できないですね。確かに、配達はやっかいで格好も良くなくて、『きつい、汚い、危険』と3Kの代表格のように言われていますが、そこをいかに自前で仕立てて何を乗せていくか。おそらくこれが、カクヤスの今後の強みになっていくと思いますね。
酒類市場はピーク時の7兆円から5兆円にまで縮小したとお話しましたが(前編参照)、でも5兆あるんですよね。普通、業界ナンバー1の企業は10%くらいのシェアを取ります。すると年商5000億の酒屋がいてもおかしくないのですが、トップの企業で1000億円。全体の2%ですよ。つまり強い企業がいないということであって、これは大きなチャンスですよね。業務用の市場には新規参入も少ない。こんな恵まれた業界はないですよね。
また、お酒の粗利は16、17%くらいしかありませんから、お花や文房具といった他の商材を持ってくると、たいてい粗利を引き上げるんです。粗利が高いところに低いものを乗せるのとは違いますから、やりやすいんですね。そういう意味では、一番しんどいところを自前でやってモデルをつくり上げたのは、カクヤスとしてはよかったのだろうなと思いますね。
競争優位の変化を見抜き、経営の舵を切る
────ほかの商材を一緒に乗せるかどうかは、何をポイントに判断されるのですか。
これも不思議なところで、ほかの商材を乗せることは、当然重視していますが、本当にそこが大事なのだろうかとも思っているんです。実は、届ける以上必ず必要になるのが、受注という行為。ここに、みなさん結構なコストをかけるんですね。そして、受注データをいかに正確かつ迅速に、ローコストで出荷拠点に流すかというシステムインフラも必要になる。つまり、圧倒的な差別化は店舗にデータが届く手前で起こるんですよ。
たまたま、2007年に食材のカタログ通販の会社を買収しましてね。物流を統合しようと思ったのですが、相手は冷凍食品も扱う全国物流の会社で、カクヤスは店に在庫を持つ即配。冷食をすべて店に在庫するのは難しいため、結局、物流統合は見送りました。にもかかわらず、受注システムを統合しただけで、かなりの利益が出たんです。とすると、物流を一緒にする必要があるのだろうかと。もしかしたら、上流工程が実はカクヤスのプラットフォームなのではないかと、最近考えるようになりました。
そう考えると、M&Aをするにしても対象が広がるじゃないですか。お届けモデルであれば、商材は何であってもいろんな可能性が広がります。ですから、みなさんは物流に注目されるけれども、その手前の工程に最も知恵を絞らなくてはいけなし、作り込みに時間もコストもかかる。そこが差別化要因なのだろうなと、食材の通販会社を買収したときにつくづく感じました。
────確かに、受注プロセスの生産性は改善の余地が大きいですね。
ある通販会社のコールセンターでは1時間当りの処理件数が5、6件だそうですが、うちのコールセンターは1時間に22件。ここがもう圧倒的に違うんです。23件にはならないのかと聞いたら、その答えがさすがでね。「できますが、早口になります。お客さまに早口の印象を与えずに対応できる限界が22件です」と。ここまでのデータを積み重ねて作り込んできましたので、やはり大きな差別化要因になっているんでしょうね。カクヤスは物流モデルが強みだとよく言われますが、それは表に見えているほんの一部分なんですよ。
────上流工程の競争になったときには、高付加価値がより一層の強みになるように思います。
なおかつ自前で構築していることが大きいですね。先日、たまたまあるコンサルタントの方にこう言われたんです。「カクヤスが、玄関口で真っ先に発する言葉の権利を売ってくれないか」と(笑)。我々が一般のご家庭に売るのは、商品とは限りませんよね。情報かもしれないし、企画かもしれない。顧客接点を直接持っているから、いろいろなことができるんです。
その前提で、受注時の接点とお届け時の接点をどう活かしていくかが、これからのカクヤスの成長に大きな要素を占めると思いますね。
経営者の最大の役割は、戦略の決定と組織風土のマネジメント
────先ほどおっしゃられた「強みを生み出し続ける」とは、まさにこういったことですね。
全部つくり上げたかのようによく言われますが、木彫りの仏像ならまだ木の状態。仏像の形にもなってないと思いますね。もっと明確に切り込むところはたくさんあるでしょうし、今はまだまだ途上です。
────社長からご覧になって、経営には何が最も大切だと思われますか。
いろいろな方に座右の銘を聞かれますが、何にもないんですよね。ただ、これは真実だなと思っているのは、中華料理店に行くと料理が円卓で出てくるじゃないですか。「社長どうぞ」と勧められて2人前をガバッと取ると、「欲張りだ」と言われる。でも「お先にどうぞ」と回して戻ってくると、たいてい2人前残っているんです。これが、経営の極意なのだろうなと。
つまり、まずお客さまのことを考えると、お客さまもこちらの事を考えてくださる。『ビール1本から無料配達』にして、本当に1本で頼む方がいないわけではないけれど、客単価が5000円あれば十分じゃないですか。ですからまずは敷居を下げて、入ってきたお客さまにどう対応するかに知恵を絞る。その方が面白いですよね。
また、私はたいていの仕事は社員に任せます。けれども、最後まで任せられないものが2つだけあって、1つは大きな戦略決断。もう1つは、組織風土のマネジメント。この仕事は、経営者以外にはできないんです。
従業員は1000名を超えましたから、その人たちを管理しようと思ってももうできない。けれども規律や風土を醸成していくと、そこからはみ出す人は離れていきますし、残る人たちはそれなりの行動を取ってくれます。そういった自浄機能を持つことが、会社を大きくするうえで大事なのだろうなと思いますね。
────組織風土を守るために一番大切にされているのは、どのようなことでしょうか。
目線を合わせるということです。そのためにうちの会社は、役職による差は給与以外は何もないんです。私は交際費の枠を1円も持っていませんし、グリーン車にも乗れません。役員になると専用車がつくとか、そんなことに価値を見出すのは大きな間違い。給与の差は責任の重さの差ですからあって当然ですが、それ以外のことで上下ができるのは違うだろうと。そして、「俺がお前の年齢のときに、お前の仕事はできなかったな」と。そんな風にお互いを尊重することが、とても大事だと思っています。
────お話を伺って改めて、社長の一定の論理がベースにあって、そこから積み重ねられてきた今日だということを実感します。
自分ではそんな風には思いませんが(笑)。言ってみれば、結果オーライなんですよ。世の中のサクセスストーリーのほとんどは、後付けですからね。
────まったくそうですね。
あのときどう思ってやったのかというのも、忘れてしまうんですよ。そのくらいの感覚で、たまたまツイていたというように経営者が思っている方がいいのかなと。予めわかって当てに行ける人なんていませんからね。
────だからこそ先ほどおっしったように、まずはやってみて結果を検証し、修正していくことが大切だということですね。本日は貴重なお時間をありがとうございました。