2011年5月アーカイブ ..

サイボウズ株式会社
代表取締役会長 青野 慶久さん

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    経営施策を実際に動かす社員への「思い」なくして、
    その浸透や実効は望むことはできない(後編)

     

    ピーク時には28%だった離職率を4%に下げたサイボウズは「制度に社員を合わせさせる」のではなく、「社員が生き生きと働くために、制度・会社を合わせる」という発想だ。同社では働き方の志向に合せて3種類の人事制度を設けて成果をあげたが、単に「選択型にしたから」成功したわけではない。成功の背景には「社員への思い」と「対話」が伺える。人事制度を作る・運用する段階で「社員はどの様に働きたいのか」「新しい制度のどこに不満があるのか、どこに認識のズレがあるのか」等について青野社長自ら時間をかけて社員の意見を聞いたり、また、理解してもらうように働きかけている。社員は制度の内容よりも、企画側の姿勢を見て行動を決める。同社の場合、「全ては社員の働きがいのため」という揺るがない経営陣の思いが、対話という具体的な行動を通じて社員に伝わり、成果に繋がったものと推察される。経営施策の実効を上げるためには「それが本当に社員のためになるのか」等といった根本的な問いかけが必要なのではないだろうか。(聞き手:OBT協会代表 及川昭)

  • [及川昭の視点]

    第一回目にご登場いただくサイボウズは、国内グループウェア市場でシェアトップを誇る東証一部上場企業。1997年に創業者3人でスタートし、現在のポジションを築かれました。人事の考え方は、「逆転の発想」と「既成概念を疑ってかかる」がキーワードです。「人が大事」といいながら一律の制度に社員をあてはめる企業が多い中、同社の発想は「会社が社員に合わせる」というもの。ワークライフバランスを徹底して推進し、具体的な成果をあげておられます。既成概念からすれば常識外れにも見える施策ですが、一人ひとりの意欲を引き出すうえでは、非常に理にかなった方法。われわれが学ぶことが多くあります。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • サイボウズ株式会社 http://cybozu.co.jp/
    1997年に、愛媛県松山市の2DKのマンションで創業。社名は「電脳」を意味する「cyber」と、親しみを込めた「子供」の呼び方「坊主 (bozu)」を組み合わせた造語。「電脳社会の未来を担う者達」という意味も込められている。「簡単・便利・安い」を徹底して追求したグループウェア「サイボウズOffice」を創業2カ月目にリリースし、大手企業2社の寡占市場だったグループウェア市場に参入した。価格と使い勝手の良さが評価されてまたたく間にヒットし、設立3年後の2000年に東証マザーズに上場、2002年に東証二部、2006年に東証一部に市場変更。2009年には先行の大手2社を抑え、国内グループウェア市場でシェア1位を獲得した。
    企業データ/資本金:6億1300万円、従業員数/368名(2011年1月末現在)、売上高/53億1200万円(連結・2011年1月期)

    YOSHIHISA AONO

    1971年生まれ。1994年に松下電工に入社。1997年に同僚と3人でサイボウズを設立、マーケティング担当の副社長に就任。イメージキャラクター「ボウズマン」を企画・起用するなど斬新な手法でWebグループウェア市場を切り開く。新商品のプロダクトマネージャー、海外事業担当を歴任し、2005年4月に代表取締役社長に就任。 著書に「ちょいデキ!」(文藝春秋社刊)。

  • この会社に変わらないものはない

    ────御社の人事制度は、きっちりとした設計と柔軟な運用とを、バランスよく組み合わせておられますね(前編参照)。

    それには基本的な考え方がありまして、「企業理念を石碑に刻むな」という言葉で社内には伝えているのですが、この会社には変わらないものはないんです。ルールがまさにそうで、守らなければいけないもののような気がしますが、守らなくてもいいと考えたら「ルールを変えよう」と思えます。企業も同じで、この会社に変わらないものはない、違うと思ったらそう言ってと。そして、みんなで議論して変えようと。それができる会社しようねと、みんなには伝えています。

    ────「働きたいだけ働ける会社にする」という目指す姿(前編参照)は変わらないけれども、制度設計や運用は柔軟に変えていくということでしょうか。

    「働きたいだけ働ける会社」というのも、僕の言うことにみんなが賛同してくれるから目標にしているだけのことです。

    ────変わることもありえるということですか。

    ええ。例えば、僕が心変わりするかもしれません。「みんなもっと家庭を大事にしろ、残業は許さない」とある日突然、言うかもしれない。でも、みんなは納得しないでしょうから、それを僕が説得できるかどうかですよね。逆に、説得されるかもしれませんし。

    ────何か軸がないと、社員のみなさんが迷われるのではないですか。

    軸があるとすれば、「議論する」ということです。そこは変えないつもりです。その他については、例えば今、「グループウェアで世界一になる」という目標を掲げていますが、経営者が代替わりして、もっと新しい事業をやりたいとみんなが言ったら、変えていいと思いますね。社名を変えたいなら、変えてもいい。新しい時代の人が幸せに生きられれば、それでいいと思うんです。

    相対評価の成果主義がもたらした弊害

    ────青野社長がおっしゃるのは、「経営に公式はない」ということですね。定性的な「能力」を評価の軸にされているのもそうで(前編参照)、定量化できないことに物事の本質があるように思います。「1+1は2になる」というようなことは、本質でも何でもない。そういったことが、青野社長のお考えのベースにあるような気がしました。

    昔一度、徹底した定量化を行ったことがあるんですよ。目標に対する達成度を100点満点で採点し、有無を言わさず評価が決まる仕組みです。マネジャーの採点だけでは周囲の目が入らないからと360度評価を取り入れ、他事業部の本部長からの評価と事業部内からランダムに選んだ社員の評価も加えて合計何点、とやっていた時期があります。

    ────その制度のどういったところに、弊害をお感じになったのですか。

    一番の失敗は、相対評価にしたことです。それぞれの目標に対する達成率をパーセンテージにして全社員を並べ、上からポイントをつけていったんです。それによって何が起きたかと言いますと、自分の達成率はもちろん高い方がいいのですが、他人の達成率は低い方がいいわけです。だから敵は社内にあって、他人の評価を上げる様なことをあえてしない。そういうことを誘発する仕組みになっていたんです。

    ────人の心理は恐ろしいですね。

    ですから、当時の社内の雰囲気はベンチャーな感じでしたね。「自分が、自分が」というような。

    ────その後に能力評価を導入された。

    そうです。同時に、絶対評価にしました。全員が給料が上がるかもしれないし、上がらないかもしれない。社員同士は比較しません、と。

    人事制度のあり方は、会社によって異なる

    ────人事制度の変遷についても伺いたいのですが、制度のあり方は企業の成長のステージや規模によっても異なるかと思います。その点については、どのようにお考えでしょうか。

    私たちの場合はですが、会社を立ち上げたときはまさに「ベンチャー」で、寝食を忘れて働くメンバーを集めてストックオプションを提供し、一攫千金を夢見て必死に働くといった状態でした。起業にはそういうフェーズも必要だとは思いますが、企業規模がある程度大きくなってくると、同じ価値観の人を集めるのが難しくなってくるんです。寝食を忘れて働く人を10人は集められても、100人集めるのは難易度が高い。入社当初はそうでも、「父の具合が悪くなったので長時間は難しい」と言われた瞬間に、崩れていきます。そうすると、多様化の方にシフトさせたほうがいい人が増やせるし、働き続けてもらうことができる。企業規模によって、そういった変遷はありますね。

    ────相対評価の目標管理制度を導入されたことは、必要なステップだったと思われますか。

    もう一度起業したら、導入しないですね。ただこれも難しくて、サイボウズはメーカーですからコツコツとモノをつくり、売るときは製品への思いがモチベーションになります。一方で営業会社はまた違って、売り上げを追求して社員同士を競わせたほうが盛り上がるんです。であれば、社員同士は比較したほうがいい。相対評価か絶対評価かというのは、業種によっても違うと思います。

    育児は未来の市場をつくる活動

    ────青野社長は昨年、育児休暇をご自身で取得されましたが、そういったご経験によるお考えの変化もありましたか。

    ありますね。育児は大事だなと思いました。よくいわれる質問に「育児と仕事と、どちらが大事か」というものがありますね。育児休暇前は、どちらも大事だと思っていたんです。育児も大事ですが、仕事も社会に価値をもたらす非常に素晴らしい活動ですから。しかし、今は育児の方が大事だと明言しています。これには理屈があって、仕事をするということは、商売をすることですよね。商売は市場があってこそ成り立ちます。育児はその市場をつくる活動なんですよ。

    世の中の人々が育児をやめた瞬間に、人口は一気に減ります。人口が減ったら、僕らはグループウェアを売れなくなる。1ユーザーあたりいくらというビジネスモデルですから、人口が減ると売り上げがどんどん下がっていくんです。ですから、まず育児をしようと。市場をきちんと維持して、もしくは拡大して、その上で商売人が生きられるという、その構図に気づいたんです。だから、産み育てることより大事なものはない。今、日本の景気が停滞し、失われた10年が20年になろうとしていますが、一番の問題は少子化だと思いますね。

    ────育児をすれば国内市場は維持・拡大できるということですね。

    そうです。とてもシンプルな話なんです。年金がなぜあんなに問題になるかといえば、子どもが減っているからです。子どもの人口が高齢者と同じだけあれば、支えるのはそれほどしんどくないはずなんです。

    ────それは10年後、20年後のために種をまくようなご努力かと思います。上場企業として毎期の決算が問われつつ、長期的に将来を見据えた取り組みを行うのは、両立が難しいことではありますが、その両輪を回していかなくてはいけないということですね。

    そうですね。子育てする社会があってこそ、商売が成り立つわけですから。これを大声で言う人が少ないことが残念ですね。政治家も、もう少し日本が厳しくなってくると、言い始めると思うんです。いろいろ手を打ったけど、景気は回復しない。やはり少子化がまずいんじゃないのと。そのうちに気づいて言い始めて、みんなも「確かにそうだよね」と言うと思いますが、もう少し時間がかかるかもしれませんね。

    ただ、社会のムードが変わると出生率が一気に上昇するということを、ヨーロッパの国々は経験してきています。フランスも一時出生率が1.65まで落ち込んだのが、2008年には2.02にまで戻りましたし、ノルウェーも2.0に近い出生率をキープできるシステムをつくっています。世の中の風向きが変われば、日本も自然に回復すると思いまね。

    ────この話は、働き方を多様化しても生産性が落ちるわけではないということと通じますね。とてもよくわかります。

    目指すのは、「明るくて厳しい」会社

    ────今後のテーマとしてお考えのことをお聞かせください。

    離職率は4%まで低下し、社員は安心して働ける会社だと感じていると思いますが、それだけでは十分ではないと考えています。「グループウェアで世界一」を実現することが次のテーマ。単に仲が良くて明るいだけの会社にしようとは思っていませんので、いかに明るくて厳しい会社にするかを、私自身の次の課題にしたいと思っています。

    ────業績と働きやすさと、どちらを優先するということではなく、働きやすさを持続するためには、グループウェアで世界一にならなくてはいけないということでしょうか。

    これは先日教わった話ですが、「明るいか、暗いか」「ゆるいか、厳しいか」の2軸でマトリックスをつくるとすると、僕らは今「明るくて・ゆるい」ところにいると思うんです。それを、「明るくて・厳しい」に持っていきたいんです。これは両立できると思いますし、逆に両方失って「暗くて・厳しい」や「暗くて・ゆるい」会社になることもできる。でもそうではなく、「明るくて・厳しい」会社にしたい。それが課題ですね。

    ────両立できるということですね。

    ええ、そういう会社はたくさんありますよね。

    ────これはお会いする経営者の方に必ず伺う質問なのですが、青野社長にとって、サイボウズはどのような存在ですか。

    人の集まりですね。野球チームのようなもので、何かの理由があってみんな集まってきているんだと思うんです。ですので、決め事はみんなで議論していけばいいでしょうし、野球は飽きたからサッカーがしたいというなら、変えていけばいい。それが一番実現したい組織ですね。

    ────会社の目的に社員が一方的に従うのではなく、社員が目指すところに会社の目的がある。その発想の転換を教えていただいたように思います。貴重なお話をありがとうございました。

サイボウズ株式会社
代表取締役会長 青野 慶久さん

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    経営施策を実際に動かす社員への「思い」なくして、
    その浸透や実効は望むことはできない(前編)

     

    ピーク時には28%だった離職率を4%に下げたサイボウズは「制度に社員を合わせさせる」のではなく、「社員が生き生きと働くために、制度・会社を合わせる」という発想だ。同社では働き方の志向に合せて3種類の人事制度を設けて成果をあげたが、単に「選択型にしたから」成功したわけではない。成功の背景には「社員への思い」と「対話」が伺える。人事制度を作る・運用する段階で「社員はどの様に働きたいのか」「新しい制度のどこに不満があるのか、どこに認識のズレがあるのか」等について青野社長自ら時間をかけて社員の意見を聞いたり、また、理解してもらうように働きかけている。社員は制度の内容よりも、企画側の姿勢を見て行動を決める。同社の場合、「全ては社員の働きがいのため」という揺るがない経営陣の思いが、対話という具体的な行動を通じて社員に伝わり、成果に繋がったものと推察される。経営施策の実効を上げるためには「それが本当に社員のためになるのか」等といった根本的な問いかけが必要なのではないだろうか。(聞き手:OBT協会代表 及川昭)

  • [及川昭の視点]

    第一回目にご登場いただくサイボウズは、国内グループウェア市場でシェアトップを誇る東証一部上場企業。1997年に創業者3人でスタートし、現在のポジションを築かれました。人事の考え方は、「逆転の発想」と「既成概念を疑ってかかる」がキーワードです。「人が大事」といいながら一律の制度に社員をあてはめる企業が多い中、同社の発想は「会社が社員に合わせる」というもの。ワークライフバランスを徹底して推進し、具体的な成果をあげておられます。既成概念からすれば常識外れにも見える施策ですが、一人ひとりの意欲を引き出すうえでは、非常に理にかなった方法。われわれが学ぶことが多くあります。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • サイボウズ株式会社 http://cybozu.co.jp/
    1997年に、愛媛県松山市の2DKのマンションで創業。社名は「電脳」を意味する「cyber」と、親しみを込めた「子供」の呼び方「坊主 (bozu)」を組み合わせた造語。「電脳社会の未来を担う者達」という意味も込められている。「簡単・便利・安い」を徹底して追求したグループウェア「サイボウズOffice」を創業2カ月目にリリースし、大手企業2社の寡占市場だったグループウェア市場に参入した。価格と使い勝手の良さが評価されてまたたく間にヒットし、設立3年後の2000年に東証マザーズに上場、2002年に東証二部、2006年に東証一部に市場変更。2009年には先行の大手2社を抑え、国内グループウェア市場でシェア1位を獲得した。
    企業データ/資本金:6億1300万円、従業員数/368名(2011年1月末現在)、売上高/53億1200万円(連結・2011年1月期)

    YOSHIHISA AONO

    1971年生まれ。1994年に松下電工に入社。1997年に同僚と3人でサイボウズを設立、マーケティング担当の副社長に就任。イメージキャラクター「ボウズマン」を企画・起用するなど斬新な手法でWebグループウェア市場を切り開く。新商品のプロダクトマネージャー、海外事業担当を歴任し、2005年4月に代表取締役社長に就任。 著書に「ちょいデキ!」(文藝春秋社刊)。

  • リターンがあるから、ワークライフバランスに投資する

    ────御社では、「ワーク重視」か「ライフ重視」かによって、働き方を選択できる人事制度を導入するなど、働きやすい職場づくりに力を入れておられます。冒頭から結論をお聞きしてしまうようですが、なぜワークライフバランスを重視されるのでしょうか。

    ワークライフバランスに対応するにはコストがかかりますが、それ以上のリターンがあると思っているからなんです。例えば、育児休暇が最大6年間取得できるとなれば、女性の退職を減らすことができます。戻ってきてもらえれば、新しい人を採用しなくていいわけですから、採用コストも教育コストも少なくてすみます。

    ────それだけ長期に休まれた方は、技術の進歩についてこられなくなるといった問題はありませんか。

    そういう人ばかりなら、こうした育児支援はやめようかという話になったと思います。けれども戻ってきた人を見ていると、むしろ以前よりも時間管理が上手になり、精神的にもたくましくなって、お母さんは強いよねと。いいことの方が多いと感じているんです。それに、みんなが6年間休むわけではなく、早く復帰したい人は1年、2年で戻ってきますし。それほど心配することではありませんでしたね。

    ────社員にとっていいことは、企業にとってもいいと頭ではわかっていても、デメリットが気になって、踏み切れないケースも多いように思います。

    僕らは、「やってみてダメなら修正する」というスタンスですので、それほど構えていないんです。福利厚生制度をつくるときには、社員にあらかじめこう言っています。「これによって業績が悪化したら、すぐにやめます」と。ですから制度を廃止しても、理由があればみんな納得すると思いますね。

    ────ワークライフバランスという言葉に、シーソーのようなイメージを持つ人もいます。ライフを重視するとワークが軽んじられ、ワークを重視するにはライフを下げるしかないと。ワークライフバランスとは、どうあるべきだと思われますか。

    ワークとライフをどうバランスさせたいかは、人それぞれ違うと思うんです。「私は7:3です」「私は5:5です」と。それぞれが、自分が思う働き方で働いてもらえばいい。ただ、ライフ重視の人の方が給料が高ければ、ワーク重視の人は怒りますよね。自分はこんなに働いているのに、と。そこさえしっかり、その人の能力なり投資した時間なりに応じて給料が払われる仕組みになっていれば、それほど問題はないのではないかと思います。

    目指す究極の人事制度は、"100人・100通り"

    ────制度に納得性があるということと、個人の価値観で働き方が選べるということ。この2つが大切だということですね。

    そうです。長時間働きたい人もいれば、短時間を希望する人もいる。給料がたくさん欲しい人もいれば、給料は高くなくてもいいから、この仕事は必ずやらせて欲しいという人もいる。みんな求めるものは違うわけですから、それぞれに聞いて応えられればいいと思うんです。基本はそれだけです。ですから、究極の人事制度は、100人いれば100通りの制度があるということなんです。

    ────「ワーク重視」か「ライフ重視」か、どちらの勤務形態で働くかは、毎年選択できるようにしておられますが、変更される方は多いですか。

    女性は、特に出産のタイミングで「ライフ重視」に変える方が多いですね。男性で「ライフ重視」を選ぶのは、もともとそういうワークスタイルが好きだという方や、学校に通いたいという方。心や体の病による休職から復帰するときに、残業はまだ難しいからと「ライフ重視」を希望する人もいます。

    ────そういった活用方法もあるのですね。

    あります。心の病は誰でもかかる「病気」であって、大事なのは職場に戻れるかどうかということですから。当社は、心の病からの復職率は高いと思いますよ。

    ────働き方を毎年自由に選べるとなると、経営側としては人員計画が立てられないといった問題はありませんか。

    いえ、みんなが「ライフ重視」を希望するわけではありませんので。実際、「ライフ重視」を選んでいる人は、全体の1割弱です。

    ────多くはないのですね。

    そこで、今年の2月に働き方を3段階に分けたんです。それまでは、ワーク重視の「PS制度」とライフ重視の「DS制度」の2コースでしたが、「PS2制度」というコースを設けて3段階にしました。「PS2制度」には残業時間の制限がなく、残業は月に30、40時間というのが「PS制度」。残業は基本的にはしないという人が「DS制度」です。そうしたところ、PS2制度、PS制度、DS制度を選んだ人は、5:3:2くらい。結構分かれましたね。

    ────3段階に分けられたのには、何かきっかけがあったのですか。

    「100人・100通り」に向けて、細分化していっているということです。それまでは、残業の有無によってPS制度とDS制度に分けていましたが、PS制度を選ぶ人の中にも何時間でも残業できる人もいれば、1日2時間が上限という人もいる。一括りにはできなかったんです。

    ────突き詰めて考えれば、「100人・100通り」はまさに究極ですね。

    ええ。単にできていないだけで、世の中はできる方向に向かっています。例えば、昔は農家の長男は農家を継ぐしかありませんでしたが、今はそうとは限りませんよね。時代が進歩すれば、選択肢は増える。会社も同じです。1つの人事制度しかなかったものが、100通りにも対応できるというように、時代は進歩していくということなんです。

    制度改革には、トップの発信力と社員との対話が不可欠

    ────そういった制度を立案したとして、実際に現場に導入するにあたっては、どのようなことが大事になるのでしょうか。

    社員との対話です。最初にPS制度・DS制度を導入したときは、「DS制度とは何ですか。私たちの給料を下げたいんですか」という反応がありました。あれはしんどかったですね。

    ────ライフを重視したいという社員の方々の要望に応えて導入された制度なのに、ですか。

    そうです。そう受け取る社員だけではないということです。「ありがとう」という1割の社員に対して、9割の社員は「なぜこんな制度が」という反応だったりしますから。人事はもう常にそんな感じで、一人ひとりの求めるものに応えていくという趣旨が、最初はなかなか伝わらないんですね。ですから今回、PS制度を「PS2とPS」に分けた改革では、何回も意見交換会を開き、仕事Bar(※)という制度を使って討論会を開いて。そんなことを地道に何回も行いました。

    ※仕事Bar:リラックスした雰囲気の中で、真面目に仕事の話をする『場(Bar)』をイメージし、活動費(飲食費)を支援する制度。所定の条件を満たした活動に対し、1,500円/1人を上限に費用を支給する(回数の制限は無し)。

    ──── 一般的に、新しい制度の内容は説明しても、改革の趣旨や背景を伝えるプロセスに時間をかけることが非常に少ないように思います。そのために誤解を受けたり、違った形で受け止められてしまう。鍵はコミュニケーションにありますね。最初に導入された選択型人事制度が社内に浸透するまでに、どのくらいかかられましたか。

    約3年かかりました。うまく進められなかったということもありますが、時間はかかりましたね。これは僕の反省ですが、やはりこういうときはトップの発信力がとても大切です。人事ががんばって説明しても、みんなに納得してもらうのは難しい。トップがしっかりと、「こういう会社にしたいから、この制度を導入する」ということを発信し、繰り返し伝えることがとても大事なんです。

    ですから今は、僕も事あるごとに発信しています。どんな会社にしたいかといえば、みんなが働きたいだけ働ける会社にしたい。めちゃくちゃ働きたいなら、めちゃくちゃ働けるし──といっても、健康的な範囲で、ですが──1日に6時間働きたいというならそうできる。そういう会社にしたいということを、まずはドーンと打ち出すんです。そうすると、これに反対する人はあまりいないわけです。その次に制度を説明すると、みんなの中でつながるんですね。それをいきなり制度だけ伝えると、「何ですかこれは」と。そんな反応になってしまうんです。

    ワークライフ バランスを推進し、離職率が28%から4%に

    ────「働きたいだけ働ける会社にしたい」とお考えになられたのには、何か要因があったのでしょうか。

    一時期、離職率が非常に高かったということが、背景の1つにあります。ピークの2005年度には28%にまで上昇しました。そうなると、新しい人を採用するためにコストがかかり、採用後にまた教育コストがかかる。これは、辞められないほうがいいなと。そう思ったことが1つのキッカケでした。

    ただ、考え方は会社ごとに違っていいと思うんです。僕らは「100人・100通り」がいいと思っていますが、1つの仕組みでみんなが納得してくれるなら、それはそれで効率的じゃないですか。僕たちがいい会社だとはまったく思っていませんし、そういう風には思っていただきたくないなと思うんです。

    ────我々が御社から学習すべきことは、何か新しい取り組みをしようとしたときにデメリットに目がいきがちですが、そんな事はやってみないとわからないのだから、まずはやってみようと。その姿勢を学ばなくてはならないと、お話を伺っていて思いました。ワークライフバランスでいえば、理屈では良い事だとみなさんわかっている。しかし、ライフ重視を選ぶ人ばかりだったらどうするのかという話に、どうしてもなってしまいます。

    でも、意外とそうはなりません、ということなんですよね(笑)。

    ────導入なさったときには、どういった予測をされていたのでしょうか。

    ライフ重視を選ぶ人が、もう少し多いといいなと思っていました。でも少ないです。その一方で、残業したい人にもいろいろなレベルがあった。そこで、ワーク重視のPS制度をPS2とPSに分けたということです。それによってもう少し分散されて、いろいろな人が働く会社になります。

    それは僕たちとしては、ビジネスにつながることでもあるんです。今後は恐らく、多様化せざるを得ない企業が増えます。少子化対策として、育児する人をもっと支援して雇用しなくてはならない、女性の登用も進めなくてはならない、国際化に対応して外国人も採用しなくてはならない...。そのときに、僕たちが多様化を実現して、そのためのノウハウを持っていれば、それが商売になります。具体的には、グループウェアというツールが活用できるわけです。グループウェアがあれば育児休暇中の社員ともコミュニケーションが取れますし、グループウェアで情報共有しておけば、短時間勤務の人の仕事をほかの人がカバーすることもできる。というように、グループウェアの利点をPRできるんです。

    実際、グループウェアを活用した在宅勤務制度を試験的に導入しているのですが、そのことが今回の東北地方太平洋沖地震で役立ちました。震災後の数日間、東京の全社員が自宅待機になったにもかかわらず、業務は一切止まらなかったんです。お客さまの中でも、機に在宅勤務の態勢を整える企業が増えています。グループウェアの可能性を実感しますね。

    ────ワークライフバランスの推進が経営にいい影響を与えない場合には、取りやめることも考えておられたわけですが、効果は実際に表れているのでしょうか。

    そう思います。離職率が4%まで低下し、新卒者の定期採用で人員を確保できるようになりました。中途採用をあまりしなくてもよくなりましたので、採用コストや教育コストが目に見えて低下しています。

    ────いい人財が採用できるといった、採用面での効果はいかがでしょうか。

    そうですね、女性の採用は結構強いと思います。こう言うと男性には失礼ですが、女性は優秀な人が多いですね。最初のころは女性の応募がなく、男性しか採用できないような感じでしたが、最近は新卒でも応募者の半分は女性になってきました。

    ────社員の男女比率はどれくらいでいらっしゃるのですか。

    女性が3分の1強ですね。2011年卒業の新卒者19名は、約半分が女性です。

    ──── 一方で、女性を歓迎しない企業もまだ多くあります。

    男性重視で採用する会社が多い中に男性を採りに行くと、競合が多数いることになります。男女の人口が同じで優秀さも同じなら、優秀な女性のほうが採用しやすい。これは、僕たちには大きなチャンスです。

    ────社員の3分の1が女性ということですが、選択型人事制度でライフ重視を選ぶ方は全体の約1割。「女性=ライフ重視」、ではないのですね。

    まったく違うと思いますね。

    ────それぞれの勤務形態によって、仕事の量や負荷はどのように振り分けられるのでしょうか。

    基本的には、マネジャーに任せています。自分の部下の中で、誰がどれくらい残業できるのかはマネジャーが知っているわけですから、それに応じて仕事をふってくださいと。ですから、マネジメントスキルは問われますね。

    人事評価は、結果重視ではなく能力重視

    ────評価では、やはりアウトプットを重視されるのですか。

    アウトプットもひっくるめて「能力」と呼んでいるのですが、PS制度では結果を出すために何をしたかという「能力」を評価基準にしています(※)。どんなスキルを持っているかも能力ですし、会社に何時間いられるかも能力の一つ。また、いくら能力が高くてもサイボウズにコミットしていなければ力は発揮できませんから、目標に対する覚悟も重視します。これらを総合的に見て、能力があり信頼できる社員を評価しています。

    ※「ライフ重視」のDS制度では、役割に対する姿勢や勤怠などの「プロセス」が評価基準になる。

    ────具体的には、どのようにして能力を評価されるのでしょうか。

    今、まさに制度を構築しているところですが、「Action5」と呼ぶ5つの軸で能力を定義しています。

    「信頼を獲得する5つの行動指針(Action5)」(サイボウズ採用サイトより)
    http://cybozu.co.jp/company/job/recruitment/company/ideology.html

    ────これは青野社長がお考えになられたのですか。

    経営陣でディスカッションをしてたたき台をつくり、社員とも合宿研修の場などで「ここがわかりにくい」などという意見を吸い上げ話し合いを重ねた結果、この形に落ち着いてきたところですね。かなり時間をかけてつくっています。

    ────どれも数字では測れないものばかりかと思いますが、評価する管理職の方々の目線はどのようにして揃えておられるのでしょうか。

    目線はですね......、揃えていません。評価の基準としては、10段階の階層があり、階層ごとに求める能力を設定しています。しかし、それもまた定性的ではありますね。

    ────評価結果に納得できない場合、さらに上の上司や人事部に相談できる制度にされていると伺っています。

    制度にはしていませんが、相談はできます。実際に相談を受けて、評価結果が変わったこともありました。「彼は知識も能力も増えていたのに、こちらがそれを見逃していたね」、と。

    ────きっちりとした制度設計と柔軟な運用とを、うまく組み合わせておられるのですね。

    それには基本的な考え方がありまして、「企業理念を石碑に刻むな」という言葉で社内には伝えています。この会社には変わらないものはないんです。

    「変わらないものはない」という青野社長。同社の人事制度が今に至るまでにも、いくつかの変遷を経ています。これまでどのような移り変わりを経てこられたのか、目指すのはどのような組織なのか、後編では同社の人事制度の歴史と今後について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  経営施策を実際に動かす社員への「思い」なくして、その浸透や実効は望むことはできない(後編)

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