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【長寿企業研究】
時流に左右されずに本業を守る"貫く経営"(後編)『長寿企業特集』のシリーズ四回目は、創業天保6年(1835年)の人形問屋・久月の横山久吉郎代表取締役社長にお話を伺います。明治維新、関東大震災、第二次世界大戦と、たび重なる歴史の荒波をくぐり抜け、"人形屋"としてのご本業を守り続けてこられました。創業200年に迫ろうとする今、直面している少子化・人口減少の流れの中でも、本業を貫く経営姿勢にはみじんのぶれもありません。「時流に迎合せずに本物を守り続けることが、事業永続の秘けつ」と明言する横山社長に、伝統を守り伝えるための経営観を伺いました。
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1928年当時の久月総本店(画像提供:久月)
株式会社久月 ( http://www.kyugetsu.com/)1835年に雛人形問屋として創業。明治時代には古くからの商習慣であった掛け値販売を改め、競合他社に先駆けて正札販売を導入するなど時代の先を行く経営を展開し、創業以来黒字経営を続ける。1971には人形業界で初めてテレビCFの放映を開始し、久月の名前を全国に広める。2006年には台東区より「したまち TAITO産業賞」を受賞。
企業データ/資本金:3750万円、従業員数/132名、売上高/53億円(2009年7月期実績)KYUKICHIROU YOKOYAMA
1948年生まれ。1971年に大手都市銀行に入行。都内の支店に勤務した後、1974年に久月に入社。仕入れに予算管理を取り入れ、賃金体系に職能資格制度を導入するなど、経営を刷新。1995年に代表取締役社長に就任する。
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「人形屋」であり続けるために革新を重ねる
────ご創業以来黒字を続けておられます。無理な規模の拡大はなさらないということも(前編参照)、その秘けつの一つなのでしょうか。
一番は、やはり先人の歴史があり、久月という名前があるということですね。それが資産となって利益をもたらしてくれているのではないかと思います。また、久月がなぜ、人形業界で今の立場に置かれているかということでいえば、これも父がしたことですが、業界で最初にテレビCFを打ったということが大きいですね。他社がテレビCFなどには見向きもしなかった時代に、当社のサウンドロゴをつくって全国に久月の名前を浸透させた。早いもの好きといいますか、伝統を守る一方で斬新なことにも挑戦するのが久月なんです。
段飾りの雛人形も、7段飾りが主流だった時代に、父が8段飾りをつくりましてね。「三棚(さんたな※1)」というお道具のミニチュアをこしらえて、「段飾りに加えろ」というんです。社員が「乗せる場所がありません」というと、「それなら段を増やせばいい。江戸時代には8段や9段の段飾りがあったと、記録にも書いてあるだろう」と。さらに三歌人(※2)を加えて、久月のオリジナルをつくったわけです。それが昭和50年ごろのことですが、経済が右肩上がりに成長していましたから、大きい物が売れる時代です。地方に持っていったら、お客さまから大変な支持をいただきました。業界からはかなりの反発がありましたが、8段飾りを武器に全国に取り引き先を広めることができたのです。
※1三棚:高貴な女性の嫁入道具とされた棚。御厨子(みずし)棚・黒棚・書棚からなる。
※2三歌人:菅原道真、小野小町、柿本人麻呂の三人の歌人。「賢く、美しく、才能豊かな女性に成長して欲しい」という願いをこめて作られ、江戸時代のおひな様に飾られていた」という(出典:久月の企業サイトより)────ご業界からはどのような反発があったのですか。
名古屋に出店した際に、「8段は破談に通じる」というチラシを競合店にまかれましてね。その年はいったん名古屋から撤退し、時期を改めて出店したということがありましたね。
────革新的なお取り組みの陰には、そういったご業界内での軋轢との戦いもおありなのですね。著名な衣装デザイナーの方が監修された雛人形も発売されています。これもご業界初の取り組みと伺いました。
8段飾りが非常に売れて市場を席巻すると、これが一つの成功体験になって次は何を考えるかということになるんですね。そこで、「次は衣装だ」と。「人形屋」から逸脱しない範囲で新しい可能性を探し求め、久月の伝統を守りながらチャレンジを重ねる。こういったことが、事業を継続させる活力になるのだと思いますね。
消費者の声を聞きすぎてはいけない
────久月の節句人形は、商品数としては何点くらいあるのでしょうか。
これはもう、数えきれません(笑)。例えば、人形の眉一つとっても職人さんが違えば異なったものになります。同じ職人さんでも、シーズンの最初と最後では手が変わることもある。衣装はまた別な職人さんがつくりますから、その組み合わせたるや膨大な数になります。
────同じ人形はないのですね。
一点一点が手づくりですから、人形屋は同じものをつくれというほうが難しい。違うのが当たり前なんです。ただ、職人さんの手が変わるのは、我々としては怖いところでもありますので、キーサンプルを持って合わせるということもします。かといって、すべてのキーサンプルを用意することはできませんので、そこは難しいところですね。
────一方で、消費者の嗜好も変化するかと思いますが、それはどのように商品に反映されるのでしょうか。
最近は、かつてのような7段飾り、8段飾りといった大きなものではなく、小さなものが売れるという傾向はあります。当社もそれに合わせた商品展開はしていますが、この流れをそのままにしていいのかというと、私はそうは思いません。あまり小さくなると、人形としてよろしくない。衣装の生地の厚みは決まっていますから、それに見合った人形の比率というものがあるんです。
────消費者のニーズに応えることが、実は人形の価値を失うことにつながり、"売れない"という悪循環を自ら生み出しかねないということでしょうか。
そうです。ですから、我々は人形の良さをしっかり守り、これは間違いないというものをつくっていくことが大切なんです。時流に迎合したものをつくれば、百貨店や小売店さんも、その比率で仕入れますね。そうではなくて、本当にいいものを我々がつくり続けてそれが売れれば、売り場の方々も本物を仕入れるようになる。ですから、近視眼的なものづくりをしないで、我々が思うことを着実にやっていくことが大切だと思います。
────消費者のニーズに対応すべきか否か、判断に迷われることはございませんか。
迷うことも、もちろんあります。しかし、我々が良いと思う人形が、本当に良い人形なのだ、と。その信念だけが支えですね。
────そういった信念は、社員の方々とどのようにして共有されているのでしょうか。
特に、何かを意識してやっているということはないように思います。ただ、私は淋しがり屋ですから(笑)、社長室に一人でいるのが大嫌いなんです。かといって、社員は社長室になんて来やしませんから、来客がないときは「ちょっと油を売りにいってくるよ」と秘書に伝えて、一日に何度か社内を散歩します。みんなが、楽しそうに仕事をしているのかどうかといったことを見ているのですが、そういった折に私が社員にあれこれいうことが、メッセージを伝える一つのキッカケにはなっているのかもしれませんね。
────どのようなことをおっしゃるのですか。
例えば、本社の1階にある総本店におかしな人形が飾ってあると、「誰だ、これを仕入れたのは」といったことは言いますね。時として、腕が長すぎる人形が飾ってあったりするわけです。束帯(※)でいえば、着物をたくして持つわけですから手は指しか出ないんですね。それが手首から出ていたらおかしな話で、そういうような人形が飾ってあったら「お前はどこに目をつけているんだ」と。
※束帯:公家(男子)の正装
仕入れにしても、担当者には「お客さまの声を聞きすぎるな」と常日頃から言っています。なぜ人形に千年の歴史があるかといえば、フォルムとして美しいからなんです。「小さいものの方が売れます」と言う担当者には「人形から美しさを取ってしまったら、人形の本当の良さはどこにあるんだ」と。そういったやり取りの一つひとつが、社員への教育になっているのかもしれませんね。
目先の変化に一喜一憂せず、本物を守り続ける
────少子化による影響はどのようにお考えでしょうか。
私が子どもの頃も、似たようなことをいわれました。アメリカナイズが急激に進んだ時代ですから、「お前が大きくなったときには、節句人形なんてなくなるのではないか」と。しかし、そういった人たちも人形を買いにきてくれています。ということは、日本の伝統を守ろうとする意識は、日本人の中に必ずあるんです。
出生率にしてもそうで、物事には波があるもの。下がるときもあれば、上がるときもあります。それを一喜一憂しても仕方のない話で、我々がいいと思うものを、信念を持って守り続けていくことの方が大切なんです。それをやっていけば、この業態は必ず続くと私は信じています。
────そこで迷いが生じると、自らの価値を自ら失う悪循環に陥るのですね。
そうです。それが、父が言った「人形屋だ」ということなのだと思います。ほかの事業に手を広げないで、人形をしっかりつくり続けていく。それがポイントなのだろうと思いますね。
といっても、すべて私の言う通りになるわけではないんですよ(笑)。現場はやはりふらつきますし、職人さんにしても「つくっても売れないならいやだよ」という話になる。あるときなどは、「本店のこの一角だけは、私が選ぶ人形だけを揃えさせてくれ」と、仕入れの者に言ったこともありました。簡単に私が言う通りに事が運ぶなら、こんなに楽なことはありませんが、実際には言う通りにならないことの方が多い(笑)。だからこそ私自身が強い信念を持って、本物を守り伝えることの大切さを言い続けるしかないと思っています。
────ありがとうございました。