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経営状況が『良い時』に危機感を保てるかどうかが、
企業の成長を決める(後編)企業の成長には、外部環境に適応すべく、社内に危機感があるかどうかが重要となるが、最も難しいのは経営状況が『良い時』に保つことである。71億円だった売上高が202億円に急伸した2002年のブーム時に危機感を募らせ、社内の意識改革に着手した平田社長。同氏は「大きな成功の陰には、必ず大きな危機が潜んでいる」と語る。もし、ブームに安住していたら、その後、新たな商品は生まれていただろうか。また、社員の意識を変えるには相当な時間とパワーがかかるため、ブームに陰りが見えてから「危機意識を」と言っても、組織の活力を取り戻せなかったのではないだろうか。組織の脆弱化を防ぎ、企業としての成長を持続させるためには、経営状況が良い時に、どれだけ危機感を保てるかどうかにかかっている。
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ファイテン株式会社 ( http://www.phiten.com/)
1983年設立。平田氏が個人経営による治療院から転じ、創業。プロ野球選手を始め、スポーツ界には同社製品の愛用者が多く、2002年のFIFAワールドカップ開催時には、日本代表選手が同社の『RAKUWAネック』をつけていたことから一般消費者の間でも大流行。2007年には日本で初めて、MLB(メジャーリーグ)とオーセンティックコレクションライセンス契約を締結。MLB選手がグラウンドで使用する野球製品の各カテゴリーにつき1社のみに発行される特殊なライセンスを獲得する。現在では、スキンケア製品や食品・飲料にも商品を拡大。航空会社などの他社に素材を提供する素材事業も拡大中。
企業データ/資本金:3000万円、従業員数/680名(2009年4月末現在)、国内店舗数/150店、海外店舗数13店(2009年4月末現在)YOSHIHIRO HIRATA
1953年生まれ。1972年、京都の織物メーカー・矢代仁に入社。1973年に料理人に転向し、複数の料理店で経験を積む。1980年に突然倒れ、膠原病と診断されるが半年ほどで自然治癒。この体験を機に1982年に個人治療院を開業、1983年にファイテン株式会社を設立。代表取締役に就任。
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トップ自ら象徴的な事例をつくり、社内の意識を改革
────『昔のファイテンに戻る取り組み』(前編参照)とは、どのようなものでしょうか。
当社には3種類の社員がいます。まず、『昔のファイテン』をよく知る、ブーム以前からいる社員。そして、ブームの真っただ中に入社してきた社員。最後に、ブームの後に入社してきた社員です。この中で人数が一番多いのがブームの最中に入社してきた社員で、彼らが一番のネックになっています。当社がプロモーション戦略で物を売ろうとしていた時代に入ってきましたから、その発想が抜けないんですね。
────具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。
我々がやるべきなのは、宣伝戦略でものを売ることでも、収益だけを追求することでもなく、お客さまの笑顔を増やすこと。彼らの価値観を、そう変換しなくてはいけません。しかし、これは言葉で言っても伝わらない。お客さまに喜ばれるのがどういうことなのかを、形にして見せなくてはいけないんです。
────社員の意識改革も商品開発と同様(前編参照)、理屈ではなく実践から入るということでしょうか。
そうです。例えば、「ガンに効く薬ができた」といっても、理論だけでは人の気持ちは動きませんよね。実際にその薬でガンが治った人がいるという話になると、ワッと注目が集まるわけです。事実には、すべてを突き抜ける力がある。問題は、その事実をいかにつくり、見せつけるかということです。
その一つの試みとして一昨年、『PSS商品』というまったく新しい商品を開発しました。関わったのは、私とベテラン社員一人のみ。この商品開発で、私はいくつかのルールを決めました。まず、大々的なプロモーション活動はしない。『PSS』とは、『ファイテンサポートシステム(Phiten support system)』の略ですが、『PSS友の会』というファイテンの友の会会員の方々にだけ、クチコミで販売しようということです。
さらに、『アクアチタン』や『アクアゴールド』(※)という、当社のスター素材には頼らない。ウリは「商品の良さ」だけ。社員たちは、「社長がバカなことを始めた」と思っていたでしょうが、結果はどうなったか。『PSS商品』は、会員の間にダーッと一気に広まりました。
※『アクアチタン』、『アクアゴールド』:ナノレベルでチタンやゴールドを水中に分散させたもの。
────具体的にはどういった商品なのですか。
セラミックを配合したマッサージクリームなどです。既存のヒット商品に類似する物はつくらないと、これもルールとして決めていました。宣伝もしませんから、どういうクリームなのかは「お客さまがご自分で実感してください」と。そんなやり方で売れるのかと思うような展開をあえてしたわけですが、お客さまに価値を感じていただければ、広告宣伝に頼らなくても商品は広まるんです。
社員の意識にブレがなければ、こういった象徴的な事例をつくる必要はないかもしれません。しかし、ブームを機に『儲ける』ことに意識が向いてしまった。お客さまが喜んでくださるというベースのうえに、我々の企業の存続や利益があるわけで、『儲かること』が優先されるのは、非常に危険です。ですから、私が自ら『お客さまに喜ばれれば売れる』という事実をつくって、社員の意識をとり戻そうとしているんです。
『土曜日の会議』や『宴会会議』で組織を活性化
ただ、組織がこれだけ大きくなると、ワンフロアーで仕事をしていたころとは違って、私の影響力がなかなか隅々にまで及ばなくなります。その中で、どうコミュニケーションを取るか。これについては、いろいろな工夫をしています。
最近始めたのは、日常業務や互いの立場を離れて、自由に議論できる場を設けることです。具体的には、月に一度、土曜日に社員を集めてミーティングを開いています。「ファイテンで働いていることを活用して、自分のアイデアを何か実現してみないか」と。社員から事業や商品のアイデアを自由に出してもらい、その場には私も入ってみんなで議論するんです。休日ですから、無礼講。会議の終了時間も決めませんし、「お前、何をバカなことをいっているんだ」という怖い上司もいない(笑)。
みんなでワーッと自由な議論をして、できれば新人からスターを出したいんですね。いいアイデアを出せば採用されて、新人でも事業を任されるという現実を見せてやりたい。社歴や立場を気にして自分を押し殺す組織になりつつありますので、その風土は変えなくてはいけないと感じています。
また、開発スタッフの思考が硬直化してきたなと感じたら、1泊2日で連れ出すようにしています。そして、美味しいものを食べて酒を飲んで。酔っ払ってくるとお互いの警戒心も解けますから(笑)、本音で話ができるようになってくるんです。これは、ある経営セミナーで聞いたホンダ(本田技研工業)の手法を参考にしたやり方なのですが、ホンダには『三日宴会会議』というものがあったそうです。
企画関連のトップを集めて会議をすると、最初はお互いにバリアを張ってコミュニケーションがなかなか取れない。それが二日目の宴会が終わって、裸で一緒に風呂に入るころになると、本音の意見が出始めるのだそうです。そして三日目は非常に盛り上がって、「そのアイデア、ぜひやろう」となる。
まずは警戒心を解いて、同じ会社の仲間なんだということを再認識し、自分をよく見せる必要はないんだとプライドを捨てたときからしか、話は始まらないんですね。
────人の気持ちは、理屈だけでは動かないということでしょうか。
すぐ構えて、すぐに偉くなります。ちょっと物を知ると、もう"博士"になってしまう。チームワークは、自分は相手よりも偉いと思った瞬間にダメになりますね。妙なプライドに固執せず、相手を自分よりもすごいと思っている者同士が、いいチームワークを発揮します。
健康産業から素材産業へ
────今後の事業展開は、どのようにお考えですか。
事業は今、これまでの健康事業から素材事業へと大きく広がっています。例えば、全日本空輸(全日空)が2010年2月から展開する新しいプロダクト・サービスブランド『Inspiration of Japan』では、機内サービスで提供する寝具に当社のアクアチタン技術が採用されました。
アクアチタンは、これまでは当社の健康事業の中でだけ活用してきましたが、まだまだ大きな可能性を秘めた素材です。新しい農業や半導体への転用など、いろいろな案件が動いています。当社は、外から見れば健康産業を手がける会社ですが、いってみれば『水溶性金属のエキスパート』。今後は、素材事業にも注力していきます。
────農業にも応用できるのですか。
できます。すでに卵も(※1)、お米もつくっています(※2)。他産業への転用も、事実をを示さないと関心を持ってもらえませんから、まずは自社で取り組んでいます。素晴らしい卵やお米ができますよ。
※1 ファイテンGエッグ。エサや環境にこだわり、『アクアゴールド』を配合した水で育てた鶏から生まれた卵。
※2 ファイテンのこしひかり。発芽、育苗、田植え後のすべての段階で、『アクアゴールド』を配合した水を与えて育てた米。
近々動く案件としては、京都府と滋賀県の農業試験場と共同で、これまでとはまったく違う卵づくりをして、近畿の特産物に仕上げようという試みを進めています。もうほぼできているのですが、非常に美味しくて、良質なたんぱく質を豊富に含んだ卵です。
────なぜ、美味しい卵ができるのですか。
稲も鶏も、生き物という点では人間と同じです。人間の身体を健康にするのと同じように、農作物も家畜も健康に育ててあげればいいんです。雌鶏の身体を元気にしてあげれば、本当にいい卵をうみますよ。
鶏にいいということは、ほかの畜産にもいいはずなんですが、豚や牛は成育に時間がかかります。鶏は卵なら毎日採卵できますし、食用肉もブロイラーなら40日で出荷できる。そこで、まずは養鶏で試して、その結果をもとにほかの畜産業に働きかけようと考えています。水産業も同じで、マグロの養殖などは稚魚の死亡率が高いことが課題。稚魚を健康に育てることにも、当社の素材は力を発揮すると思います。
人は「志」以上のものにはなれない
────後継者育成はどのようにお考えですか。
公の場でいうのは初めてですが、ここ一年ほどで、「世襲はしない」という決心がやっとつきました。社員よりも子どものほうが経営者にふさわしいと思えば後を任せます。しかし、子どもだからというだけで経営権を渡す必要はありません。
これは悩んだ人にしかわからないと思いますが、世襲問題は創業者にとっては辛いものです。しかし、世襲をあきらめた瞬間に、気持ちが非常に楽になりました。このことはぜひ、世襲問題に悩む世の創業者の方々にもお伝えしたいですね。「諦めましょう」と(笑)。そうすれば、ものすごく楽になります。
ですから、後継者は私の弟子である社員から選ぼうと考えています。スター性を発揮してメンバーをひっぱっていくようなリーダーが社内に何人も誕生していますので、次に引き継ぐ準備はできています。ただ、私が急にいなくなることはやはり会社にショックを与えますので、問題はどういったステップでバトンタッチしていくかということですが、人は育っていますので心配はしていません。ただ、私のような創業者のカリスマ時代は、次の経営者には持ち込まないほうがいいと思いますね。
────平田社長はいつも、将来の目標をどれくらい先まで見越してお考えになるのですか。
これは社員にもよくいうことなのですが、目的を持たず、目標だけを掲げると道を誤ります。目的は、今後歩こうとする道のセンターラインのようなもの。目標は、その途中にある一里塚のようなものです。『燃え尽き症候群』という言葉がありますが、あれは目標だけを見るからそうなるんです。ですから社員には、「まず目的を持ちなさい」といっています。できれば、次世代に継承できるくらいの目的が持てるといいですね。
また、私には「種土水光(しゅどすいこう)」という座右の銘があるのですが、これも同様の考えを表したもの。もう十年以上前のことになりますが、ある夜、不思議な夢を見たんです。私は、杉林の中で違う種類の木の種をまいていまして、それを杉に育てようとするのですが、何をどうやっても杉にはならない。なぜだろうと考えて、あっと気づいたんですね。そもそも種が違う、と。まいた後に何をしても、種のDNAの通りのものにしか育たない。そのことに思いが至ったときに、ぱっと『種土水光』の文字が現れた。そこで目が覚めました。
いつもなら夢はすぐに忘れてしまうのですが、このときだけはメモに書き留めたんです。それを翌朝にしげしげと見ていたら、これは何かが私にメッセージを送ったのではないかという気さえしてきまして、以来、座右の銘にしています。
────『種』『土』『水』『光』は、それぞれ何を象徴しているのでしょうか。
『種』は『志』です。実際の種子がDNA以外のものにはなれないように、人は志以上の人にはなれない。自分が何者になりたいのかという志を、まずは持たなくてはいけないということです。『土』が意味するのは『努力』です。農業では土づくりが大切ですね。いい作物を育てるには、いい土をつくっていい肥料をやらなくてはならない。それと同じように、志を持ったら、次はわが身磨きを怠らないということです。
『水』は、『世間』を象徴しています。農業でいえば、水ほど治めにくいものはありません。鉄砲水に流されたり、干ばつで立ち枯れしたり。これは人に置き換えれば、まさしく世間そのものです。いくら志を掲げて自分を磨いても、世間が応援してくれないことにはどうにもならない。だから治水と同じように、自分から世間を動かしていくことが成功には欠かせません。そうすれば『光』が差し、本当の喜びややりがいが得られる。それが、『種土水光』なのです。
────ありがとうございました。