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【強い組織には理由がある】
理念経営を支えるマネジメントシステム(後編)2009年6月、ワタミでは創業以来初のトップ交代が行われました。創業者である渡邉美樹・代表取締役会長・CEOからグループ経営を託されたのは、桑原豊・代表取締役社長 COO。「変えてはいけないことを守り続けることが後継者の役目」と、「理念経営」の継承を明確な方針として掲げます。創業から25年にして、店舗数は国内・海外あわせて641店、社員数は約4,000名。巨大グループに成長してもなお、グループ全体で理念を共有できているのはなぜなのでしょうか。何が、ワタミの成長を支えているのでしょうか。2代目トップとしてグループを率いる、代表取締役社長 COO 桑原豊さんに伺いました。
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ワタミ株式会社 ( http://www.watami.co.jp/)
1984年、有限会社渡美商事として創業。居酒屋チェーン「つぼ八」本部とフランチャイズ契約を結び、渡美商事の1号店となる居酒屋「つぼ八」高円寺北口店を出店。1986年、株式会社ワタミを設立。1992年に「豊かで楽しいもうひとつの家庭の食卓」をコンセプトとした自社ブランドの新業態開発を行い、1号店居食屋「和民」笹塚店を出店。1998年に東証二部に上場、2000年に東証一部に上場。2002年には(有)ワタミファームを設立し、農業に参入(2003年に株式会社ワタミファーム設立)。2005年、持ち株会社制に移行。2006年には介護事業に、2008年には高齢者向け宅配事業に参入し、「外食」「介護」「高齢者向け宅配」「農業」を主な事業領域に据える。「地球上で一番たくさんの"ありがとう"を集めるグループになろう」をスローガンに、理念に基づく事業展開を推し進める。
企業データ/資本金:44億円1,000万円、従業員数/4,130名(連結、2009年9月末現在) 、外食店舗数/641店(2009年10月末現在)YUTAKA KUWABARA
1958年生まれ。1978年、株式会社すかいらーくに入社、エリアマネジャーに就任。1983年、株式会社藍屋に入社。和食レストランチェーン「藍屋」の創業に携わり、第1号店の店長に就任。その後、生産部長、商品開発部長、営業部長を歴任。1998年、ワタミフードサービス株式会社に入社し、営業本部長に就任。1999年には常務取締役営業本部長に就任。すかいらーくと藍屋で学んだチェーンストア理論を活かし、現在の外食約630店を支える基盤を構築する。2004年にはワタミダイレクトフランチャイズシステムズ株式会社代表取締役社長COOに就任。2009年6月、ワタミ株式会社代表取締役COOに就任。
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「トヨタ生産方式」に、経営の基本を見出す
────桑原社長はワタミご入社以前に、すかいらーくと藍屋でさまざまなご経験を積んでこられました。ワタミの店舗運営の問題点を見抜いて着実な手を打ってこられたのは、こうした知見と、第三者的な目で社内を見ることができたからこそ、でしょうか。
第三者的な目で見ていたつもりはありませんでしたが、知識や経験はやはり必要だと思いますね。私の場合はたまたま運が良くて、前職では営業部長として店舗を統括し、商品開発も手がけ、仕込みセンターを立ち上げて生産部長を務め、いろいろな経験を積むことができました。こういった経験が血肉になるには、単なる担当者としてではなく矢面になる立場として、つまりリーダーとして関わることが必要ですが、そういった責任ある立場で外食チェーン経営の根幹に関わる経験をしてきたことは、大きいと思いますね。
そしてもう1つ、私の仕事観で一番大きな影響を受けたのは、トヨタ生産方式です。私が藍屋で仕込みセンターを立ち上げたときのことですが、トヨタ出身の方々がつくった研究団体に加盟しましてね。6年間、生産部長として矢面になって、徹底的にトヨタ生産方式の指導を受けたんです。
なかでも叩き込まれたのは、店舗運営の改革でもお話ししました、「正(しょう)」を決めるということです(前編参照)。自社の現状は本来はどうあるべきなのかという「物差し」を持つということ、一般的にいえば「基準」を決めるということです。
自分たちがどこに向うのかという目標や方針を明確にし、そのためのあるべき状態としての自社の「正」を決める。そして自社の現状を把握して、不足をどう埋めるのか、課題の優先順位をどう見極めるのかを考える。この改善手法はものづくりに限ったことではなく、経営全般に通じることなんです。
ではなぜ、こういった一連のステップの中で、「正」を決めることが重要視されるのか。どんな企業にも、目標や目指す方向というものはあります。これがない会社は、まずないでしょう。では何が足りないのかというと、現状把握です。みんな感覚ではわかっているんです。でも誰も、自分の会社の現状を正しく把握できていない。把握するには、物差しが必要です。現状の何が問題で、何は問題ではないのかを見極めるには、「正」に照らし合わせることが必要なんです。
例えば今、目の前に、このインタビューを録音するためのICレコーダーが、何気なく置いてありますね。トヨタ生産方式の指導では、「この『正』は何だ?」と問われるわけです。聞かれた私は、「は?」ですよ。だって、そうじゃないですか(笑)。
────考えたこともないですね。
そうでしょう。でも「定位置はここなのか?」、「この場所でよいとすれば、そのルールは明文化されているのか?」「誰がそのルールを定めるのか?」と。質問攻めが始まるんです。当時の例でいえば、トヨタ生産方式の先生が仕込みセンターにやってきて、アルバイトスタッフの動きをつぶさに観察するわけです。そして、「君は、仕事をしていない人間に給料を払っている」と、こうくるんです。ですから私も、「先生、何をいうんですか」と。「このスタッフは今、調理器具を片づけているところで、あちらのスタッフは材料を運んでいるところです」と説明をしました。そうしたら、「彼らは、何の加工もしていないではないか」と。こう指摘されるわけです。
────物を運ぶのは仕事ではない、ということですか。
そうです。なぜならその間、釜は使われずに遊んでいるわけです。ですから、「君の工場はムダが服を着て歩いている」と(笑)。
────厳しい指摘ですね。
でも、一番わかりやすかったですね。なぜムダに気づかないのかといえば、「正」が決まっていないからなんです。といっても高いレベルを目指す必要はなくて、まずは自分たちの現状の中での「正」、つまりは「基準」を決める。このことが、私はいやというほど身体に染みついているんですよ。
────何が「正」なのかは、どう判断すればよいのでしょうか?
自分たちで決めればいいんです。「正」がないことが問題なのであって、「これが『正』だ」というものを、何でもいいから決めればいいんですよ。「正」がなければ、「店は一生懸命やっています」といわれても、その努力が正しいのかどうか判断できませんよね。「正」があれば、現状に何が足りないのかは一目瞭然です。ですからまずは「正」を決めて、次に目指すべき方向を明らかにし、その間を埋めるために現状を把握して、優先順位を決めて課題を解決していく。どんな経営であっても、これ以外に方法はないと思うんですね。
自社の強みが活きる事業領域に特化する
────そういった外食部門の改革を経て、今期からはワタミグループ全体を統括する立場になられました。グループとしての強みと今後の打つべき手を、どうご覧になっておられますか。
ワタミグループとしての強みは、大きく2つあります。1つは事業領域にブレがないということです。現在、ワタミグループは「外食」、「介護」、「高齢者向け宅配」を中心とした事業を展開していますが、これらはすべて「人が人を幸せにする事業」なんですね。グループのスローガンにある、「地球上で一番たくさんの"ありがとう"を集めるグループになろう」という理念につながる事業領域にしか、ワタミは進出しません。これが1つ目の強みです。
現在、ワタミグループには、海外も含めると約4,000名の社員がいます。その一人ひとり、それこそ香港にいる社員一人に至るまで理念をしっかり共有できているかどうか。そのことがいつも心配で仕方がないというくらいに、ワタミでは理念の共有を最重要視しています。そして「理念経営が活きる事業にしか進出しない」と、事業領域の選択基準を明確に示すことで、幹部は「経営の最重要課題は理念共有である」ということをいつも自覚している。これが1番目の強みになるということです。
2つ目の強みは、事業ポートフォリオのバランスが良いということです。景気を含めた外部環境の影響を受けやすい「外食」を展開する一方で、景気の影響を受けにくい「介護」や「高齢者向け宅配」がしっかりした柱に育ちつつあります。売上高でいえば現在、「外食」が国内外あわせて年間で約900億円(※)。全体に占める割合は約81%になります。一方で「介護」は約147億円で約13%、「高齢者向け宅配」は約43億円で約4%ですが、近い将来、「外食」以外の事業が全体の50%を超えるようになると予測しています。そうなれば、外部環境の影響に対してさらに強くなる。非常に良いポートフォリオが構築されていることが2番目の強みだと考えています。
※売上高はすべて2009年3月期実績
────「外食」以外の事業の売上高が全体の50%を超えるのは、何年後を予測されていますか。
2013年には超えてくるだろうと思いますね。
────近い将来ですね。
近い将来です。ただしそれは、「外食」が成長しないということではありません。「外食」ももちろん成長しますが、ほかの事業はそれ以上の成長率で伸びるということです。なかでも、「介護」と「高齢者向け宅配」の成長が大きいと思いますね。
理念浸透は、ゴールのないあくなき戦い
────「理念」を、国内外約4,000名の社員一人ひとりと共有ができている秘けつは、どこにあるのでしょうか。
まず大切になるのは、グループ各社のトップを誰にするかということです。トップが何かを判断するときは必ず理念が基準になり、どんな場面でもその軸がぶれないこと。理念を共有するためには、これが非常に重要になります。トップにはこれができる人間しか選びません。
次に大切になるのが、いかにして社員に理念を伝えるかということです。ここで、だいたいみんなあきらめてしまうんですね。ポイントは、「理念共有は最重要課題である」と明確に定義づけてしっかりと時間を割くということと、共有するための仕組みを持つということです。事実、ワタミグループでは、トップを始めとする幹部の時間配分の中で、理念共有は一番大きなシェアを占めます。
仕組みも、いろいろなものがあります。まず「入社時研修」で理念を学び、その後も全社員が年に4回、必ず「理念研修会」に参加することになっています。ここで改めて理念を学び、考え、自分の中に落として帰る。このことを、くり返しているんです。
────理念は、くり返し伝え続けることが大切なのですね。
そうです。ただ、これだけでは十分ではないんです。次のステップとしては、月に1回、各社で「階層別研修」というものを開き、それぞれの会社の全社員が参加します。この研修の一番の目的は、1カ月を振り返って自分の姿勢を見直すということ。だいたいみんな、入社したときが一番熱いんですよ(笑)。でも、日が経つにつれ少しずつ流されてしまう。それを、この研修会を機に立ち止まって理念と向き合い、この1カ月、理念の実現のために自分はどんな行動を取ってきたかを改めて考えようという場なのです。
それから「外食」を手がけるワタミフードサービスでいえば、「業務改革会議」という会議を毎週行っています。エリアマネジャー以上の幹部が集合し、そこで話された内容をエリアマネジャーはその日のうちに各店長に伝えます。週に一度、全員が必ず話をするんですね。これも、目的は理念共有です。具体的には、直前の1週間にあったクレームの報告やその対応策の周知徹底などを行うわけですが、この会社では何をすれば叱られるのか、何をすれば賞賛されるのかを、理念を軸にハッキリさせるということです。
私が会議でいろいろとうるさくいうことも、いわんとしているのは「なぜ、お客さまに喜んでいただけなかったのか」ということ。あるいは、「働く仲間をもっと大切にするには、どうすればいいのか」ということです。それだけをテーマに、お客さまからのハガキの1枚1枚を、徹底的に確認していくんです。
しかし、だからといってこれで全店が良くなるとは、これっぽっちも思っていません。これはもう本当に、あくなき戦いです。ゴールはないんです。これら一連の取り組みをやめてしまったら、そしてあきらめてしまったら、ワタミグループの理念は一気に崩れてしまいます。こういった一連の仕組みがあり、国内でも海外でもそれは同じだということが、社内で理念を共有できている理由の1つではないかと思います。
「変えてはいけないこと」を明確にし、守り続ける
────「理念共有」という不変のテーマを追求される一方で、経営の次の一手としてはどのようなことをお考えですか。
ワタミグループは今年、創業25周年を迎え、「起承転結」でいえば「承」の段階に入りました。経営トップが初めて交代した節目の年でもあります。そこで私が出した大きな方針は、変えてはいけないことを明確にし、それを今後も徹底的に追求していくということです。
こういった節目の年というのは、ともするとタガが緩み、大切にしなければいけないものを見失ってしまうことがあるんですね。そうしてダメになった会社を、私はたくさん見てきました。その原因は何かといえば、変えてはいけないことを変えたからではないかと思うんです。変えることが後継者の役割だとか、変えることでしか後継者としての存在価値を示せないという、そういったトップの誤解があり、とてもいいものを持っていたのに無くしてしまった。経営の継承がうまくいかない理由があるとすれば、そこではないかと思います。
では、何を変えてはいけないのか。大きくは3つあります。1つ目は、「外食」や「高齢者向け宅配」でいえばお客さま、「介護」でいえばご入居者様第一であり続けるということです。我々は、常にお客さまのためだけの店をつくりますし、ご入居者様のためだけのホームをつくります。これは、何があっても変えません。
2つ目は、我々に関わるすべての方々に優しい会社であり続けることです。一緒に働く仲間や取引先の方、あるいは株主の皆さまを大切にする会社であり続ける。これは、言葉にするのは簡単ですが、実践するのはたやすいことではありません。けれども、それをやってきたのが我々なんです。
そして最後に、経営トップを始めとする経営陣は、現場第一主義であるということ。トップが現場に出なくなったら、その会社は滅びると私は考えています。事実、私は週に4回から5回は店に行くようにしています。逆にいえば、店にいないといろいろなことがわからなくなってしまう。だから、店を見ていないと不安で仕方がないんですね。これが変えてはいけないことの3番目です。
具体的な事業展開でいえば、まずは「外食」「介護」「高齢者向け宅配」という3本柱を徹底的に深耕します。そしてさらに、「農業」。これをワタミグループの4本目の柱にするべく伸ばしていきます。今、ワタミファーム生産者ネットワーク(直営農業/協力生産者様)(※)で生産された有機野菜や特別栽培の農産物が、ワタミの野菜の仕入れ全体の約40%を占めるまでになりました。これを将来は100%にまで持っていきたいですし、ワタミグループ以外にも提供したい。そして安全で安心な食材を、もっと多くの方々に食べていただきたいんです。
※ワタミファーム:ワタミグループの農業部門を担う農業生産法人
この、「外食」、「介護」、「高齢者向け宅配」、そして「農業」の4つの事業を柱に、「地球上で一番たくさんの"ありがとう"を集めるグループになろう」という夢に向かって目標は大きく、志は高く。今、何をしなければいけないのかをしっかり見据えて、着実に前進したいと考えています。
────ありがとうございました。