2009年10月アーカイブ ..

シャボン玉石けん株式会社
代表取締役社長 森田 隼人さん

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    17年間の赤字に耐え、今や年商60億。
    理念を貫く経営が、顧客と社員の心をつかむ(後編)

     

    来年、創業100周年を迎えるシャボン玉石けんは、『健康な体ときれいな水を守る』ことを理念に掲げる、"無添加石けん"の草分け企業。化学物質や合成添加物を一切含まない安心・安全な石けんが多くの消費者に支持され、8年連続無借金経営。社員70名で年商60億円を売り上げます。しかし、その道のりは苦難の連続でした。従来の主力商品であった合成洗剤の製造を一切中止し、"無添加石けん"専業に切り替えたのは1974年のこと。以来、売上高は激減し、17年間の赤字が続きます。その後、環境問題に対する関心が高まる時流に乗り、業績はV字回復。"シャボン玉"ブランドを築き上げました。どうすれば時流をつかめるのか。ブランドを育てる秘けつは何か。2代目社長・故森田光德氏から経営を継承し、3代目社長としてシャボン玉石けんを率いる森田隼人さんに伺いました。

  • シャボン玉石けん株式会社 http://www.shabon.com/

    1910年に森田範次郎商店として創業し、日用品の小売店としてスタート。1949年に法人(株)森田商店を設立、1964年に森田商事(株)に社名を変更。1987年に新工場の落成に伴い、社名を現在のシャボン玉石けん(株)に。森田範次郎商店時代から石けんを販売し、生活様式の変化に伴って森田商事時代には、合成洗剤が主力商品に。しかし、2代目社長・故森田光德氏は原因不明の湿疹に長年悩まされ続ける。転機が訪れたのは、1971年のこと。国鉄(当時)から「合成洗剤で機関車を洗うと車体がサビる」と、無添加粉石けんの開発・製造を依頼され、携わった自身の湿疹も快癒したことから、「自分が怖くて使えない洗剤は売れない」と無添加石けん専業への転身を決意。それにより月に8000万円あった売上は78万円にまで減り、100名いた社員も一時は5名にまで激減。しかし、苦境の中でも信念を曲げずに無添加石けん専業を貫き、1992年に業績がV字回復。黒字転換を果たす。
    企業データ/資本金:3億円、従業員数/100名(連結、2009年7月現在)

    HAYATO MORITA

    1976年生まれ。2000年、シャボン玉石けん株式会社に入社。2001年に取締役、2002年に取締役副社長に就任。2007年3月にシャボン玉石けん株式会社、シャボン玉販売株式会社、株式会社シャボン玉本舗、シャボン玉商事株式会社の4社の代表取締役社長に就任。同年9月に有限会社シャボン玉企画の代表取締役社長に就任する。

  • ポジションを増やして、若手社員を登用

    ────組織を運営するにあたっての、ご自身の役割をどのようにお考えですか。

    私も若いですが、当社は社員もみな若いんです。その昔、約100名いた社員は、赤字が続く間に5名にまで減り、その後も中途採用や新卒採用を行いましたが、人がなかなか定着しない時代が続きました。ですから今いるのは、1992年に黒字化した以降に採用した社員がほとんど。20代、30代が圧倒的に多く、最年長には78歳の顧問がいますが(笑)、平均年齢は恐らく32歳くらいではないでしょうか。トップとしては、共に成長し、彼らの力を伸ばせる環境を整えなくてはいけないと思っています。

    ────具体的には、どのような取り組みをなさっているのでしょうか。

    若い社員を、ある程度のポジションに積極的に就けるようにしています。そのために組織図も変えました。これまでは営業部と製造部という大きなくくりしかなく、例えば通販は営業部の中にあり、物流は製造部に含まれていたのを、部署として独立させたんです。東京営業所も昨年作りましたし、研究室は研究開発室と分析室に分けた。品質保証部も新設しました。それぞれが責任を持てるように変えたわけです。

    立場が人を育てるといいますか、これまでは上司に頼ってきたような社員も、組織の長になれば、自分で何とかしなければいけなくなります。考えて行動せざるを得ない環境にすることで、若手の成長を後押ししようと考えたのです。

    技術を継承し、ナレッジを蓄積する

    また、研究室を研究開発室と分析室に分け、品質保証部を新設したことには、もう1つの意味があります。現在シャボン玉石けんの品質は、今年79歳になる顧問の井関(前常務取締役工場長・井関巌氏)が管理しています。井関は、石けん作りで最も重要になる"釜炊き"を61年間続けている、シャボン玉石けんの要。定年後も顧問として品質面を見てもらっていますが、井関の技術を継承するということも、進めていかなくてはなりません。そこで、職人技で一括りにされてきた部分を数字で捉えられるように分析して、蓄積していっているところです。

    ────井関顧問の中に暗黙知としてある基準を、形式知に変換する。

    そうです。JIS規格が明確な基準の1つではありますが、当社ではさらに厳しい独自の規格を設けています。基準に満たない製品は釜に戻して炊き直すのですが、これまではその判断を井関一人に頼ってきました。今後は井関に頼りつつも、若手の社員でも同レベルの品質管理ができるように、体制を整えようということです。

    これに先立ち、2年前には商品開発の体制も整えました。新商品は、お客さまからの「こういうものはないの?」というお声を受けて開発されるケースが中心。例えば洗濯用石けん『シャボン玉スノール』の液体タイプなど、リニューアルも含めて毎年何らかの新商品を発売しています。しかし、今までは開発の流れが不透明でした。その都度担当者が違い、見積もりなども蓄積されていなかった。そこで、商品開発チームを作ったんです。

    ────人選はどのようになさったのですか。

    まずはやりたい人間を集めようと社内で公募したところ、結構な人数から手が挙がりましたので、その中からこちらで人選しました。みんな兼務ですが、研究室の社員だけでなく、通販や工場の担当者など、各部署から若手を集めた7名の混成チーム。このメンバーでいろいろな議論をしたり、協力会社と打ち合わせたりしながら、商品開発を進めています。

    伝統を守りつつ、時代に合わせた商品を打ち出す

    ────シャボン玉石けんとして出してよい商品かどうかという商品開発の基準は、どのように判断されるのでしょうか。

    『健康な体ときれいな水を守る』という理念に、そぐうかそぐわないか。これがすべての判断基準になりますね。

    ────例えば、従来は『純石けん分99%の無添加石けん』がシャボン玉石けんの特長でしたが、その後に開発された液体石けんの純石けん分は30%です。液体タイプを発売することに、社内で議論はありませんでしたか。

    ありました。反対とまではいきませんでしたが、「どうだろう」と。純石けん分については、単純にいうと、『砂糖』と『砂糖水』だと考えていただくといいかと思います。これまでは、当社は『砂糖』一本でやってきたわけです。『砂糖水』にすると、水が腐らないように何らかの添加物を入れなくてはいけないのではないかと、液体タイプには否定的でした。

    しかし、生活様式が変化し、洗剤業界全体を見れば液体タイプが伸びています。当社でも、お客さまから「液体タイプはないのか」というお声を、多くいただいていました。そこで研究を重ね、液体の知識やノウハウが蓄積できましたので、発売に踏み切ったんです。

    ────『砂糖』と『砂糖水』に例えられるということは、液体石けんの純石けん分30%を除いた残りの70%は『水』ということですか。

    そうです。防腐剤などの添加物は、一切使用していません。石けん自体は弱アルカリ性ですので傷みませんし、水も滅菌して純水を使うなど、独自のノウハウで無添加を実現しました。ですから当社の理念に照らしても、逸脱するものではないだろう、と。むしろ、固形や粉末タイプはどうも...と、石けんを敬遠してこられたような方々に関心を持っていただくきっかけになるのであれば、液体タイプを出すことには意義があると思っています。

    ────伝統を守りつつも、時代に合った商品の開発も必要だということでしょうか。

    必要ですね。ほかにも、10年前にはなかったものでいえば、食器洗い機専用のパウダータイプなどもそうです。こういった、時代に合わせたものは、今後も積極的に作っていきたいと思っています。

    産学共同研究で、石けんの新たな可能性を探る

    そのためにも力を入れているのが、大学との共同研究です。まずは2001年から7年をかけて、『産・官・学』の合同チームで、環境に配慮した消防車用の石けん系消火剤の開発を手がけました。また、現在は、広島大学ウイルス学研究室と共同研究で、ウイルスに効果のある石けんを開発中。インフルエンザウイルスはもちろん、ノロウイルスにも効果のある石けんが間もなく完成する予定です。

    これもきっかけは、お客さまからの声なんです。最近のハンドソープや洗剤には、『除菌』と表示してあるものが多いですね。当社も、「シャボン玉の石けんには除菌効果があるのか」とお問い合わせいただくことがよくあります。『除菌』だけをいうのであれば、水洗いでもある程度の細菌は落とせます。もちろん、石けんを使えば、殺菌成分は入っていなくても、さらに除菌できる。というご説明をずっとしてきたのですが、一度、石けんの効力をきちんと調べようと考えまして、広島大学のウイルス学の先生にお願いをしたんです。

    そうしたところ分かってきたのは、石けんに関する研究がとても少ないということでした。紀元前の古代ローマ時代のころからあるものだけに、古すぎて調査の対象になりにくいんですね。界面活性剤を研究する方は、新しい物を探そうとしますから。一番ベーシックな石けんは、論文も少ない。そこで、石けんでウイルスを落とせるかという実験を、一からお願いして引き受けていただいて。ノロウイルスについても、かなりいい実験データが取れているんです。

    そもそも、『除菌』とよくいいますが、細菌とウイルスはまったく別もの。学術的には、ウイルスは非生物になるのだそうです。さらにウイルスは、膜を持つ"エンべローブ"と呼ばれるものと、膜を持たない"非エンべローブ"と呼ばれるものに分かれます。"非エンべローブ"のほうが強いのですが、その代表例がノロウイルス。これまでは、加熱するか塩素系漂白剤などに含まれる次亜塩素酸ナトリウムでないと消毒できないといわれてきたものなんです。

    ────それに対しても、石けんは効果があるのですか。

    そうです。すでに業務用の一部で、除菌・消毒効果のある石けんの発売を始めています。今後さらに、いろいろな実験データの裏付けがしっかり取れた段階で、一般向けに発売したいと考えています。

    社員全員が同じ方向を向いている

    ────今後の目標としては、どのようなことをお考えでしょうか。

    最終的な目標は、日本中の方々にシャボン玉石けんを使っていただくことですが、当面の目標としては、売上高でいえば年商100億円。現在の年商が60億円ですので、それに対して目標にしやすい数字ということもあり、100億円を目指しています。ただし、社員数という意味で会社を大きくすることは考えていません。今の社員数の70名にプラスアルファくらいで100億円を達成できれば、と思っています。

    社員全員が同じ方向を向いていることが、当社の強み。経営者が先代から私に代わっても、『健康な体ときれいな水を守る』という、目指す方向は変わりません。今の社員数は、理念を共有してやっていくには、ちょうどいい規模だと思っています。

    ────社員の意識のベクトルがそろわないことに苦労する企業も多くあります。御社で理念が共有できているのはなぜなのでしょうか。

    まず採用の段階で、理念に共感して応募してくる人が多いということがあると思いますね。入社前には、先代の著書である『自然流「せっけん」読本』(森田光德著・農山漁村文化協会刊)を読んで感想文を提出してもらっています。まずは、社員自身にシャボン玉のファンになってほしいと思っているんです。中には、採用しても何らかの事情で辞めていく社員もいますが、面白いのは、辞めた後も「石けんはシャボン玉を使っています」という人が多いんですよ。

    ────それはうれしいですね。

    ええ。本当にいい物を作っているという認識を、みんなが持っているんですね。入社して内情を知れば知るほど、ファンになる。よりよい物を作ろう、もっとお客さまに喜んでいただける物を作ろうという、そういった気持の土台がしっかりできているということを感じます。

    ────経営理念が製品に反映されているからこそ、社員の方々も日々の仕事を通じて理念を実感することができるのですね。本物を追求することの大切さを、教えていただいたように思います。ありがとうございました。

シャボン玉石けん株式会社
代表取締役社長 森田 隼人さん

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    17年間の赤字に耐え、今や年商60億。
    理念を貫く経営が、顧客と社員の心をつかむ(前編)

     

    来年、創業100周年を迎えるシャボン玉石けんは、『健康な体ときれいな水を守る』ことを理念に掲げる、"無添加石けん"の草分け企業。化学物質や合成添加物を一切含まない安心・安全な石けんが多くの消費者に支持され、8年連続無借金経営。社員70名で年商60億円を売り上げます。しかし、その道のりは苦難の連続でした。従来の主力商品であった合成洗剤の製造を一切中止し、"無添加石けん"専業に切り替えたのは1974年のこと。以来、売上高は激減し、17年間の赤字が続きます。その後、環境問題に対する関心が高まる時流に乗り、業績はV字回復。"シャボン玉"ブランドを築き上げました。どうすれば時流をつかめるのか。ブランドを育てる秘けつは何か。2代目社長・故森田光德氏から経営を継承し、3代目社長としてシャボン玉石けんを率いる森田隼人さんに伺いました。

  • シャボン玉石けん株式会社 http://www.shabon.com/

    1910年に森田範次郎商店として創業し、日用品の小売店としてスタート。1949年に法人(株)森田商店を設立、1964年に森田商事(株)に社名を変更。1987年に新工場の落成に伴い、社名を現在のシャボン玉石けん(株)に。森田範次郎商店時代から石けんを販売し、生活様式の変化に伴って森田商事時代には、合成洗剤が主力商品に。しかし、2代目社長・故森田光德氏は原因不明の湿疹に長年悩まされ続ける。転機が訪れたのは、1971年のこと。国鉄(当時)から「合成洗剤で機関車を洗うと車体がサビる」と、無添加粉石けんの開発・製造を依頼され、携わった自身の湿疹も快癒したことから、「自分が怖くて使えない洗剤は売れない」と無添加石けん専業への転身を決意。それにより月に8000万円あった売上は78万円にまで減り、100名いた社員も一時は5名にまで激減。しかし、苦境の中でも信念を曲げずに無添加石けん専業を貫き、1992年に業績がV字回復。黒字転換を果たす。
    企業データ/資本金:3億円、従業員数/100名(連結、2009年7月現在)

    HAYATO MORITA

    1976年生まれ。2000年、シャボン玉石けん株式会社に入社。2001年に取締役、2002年に取締役副社長に就任。2007年3月にシャボン玉石けん株式会社、シャボン玉販売株式会社、株式会社シャボン玉本舗、シャボン玉商事株式会社の4社の代表取締役社長に就任。同年9月に有限会社シャボン玉企画の代表取締役社長に就任する。

  • 17年間の赤字に耐えて、理念を貫く

    ────御社は1971年に合成洗剤メーカーから無添加石けん専業に転身されました。その後、1992年に黒字転換するまで、17年間赤字の期間が続いたと伺っています。森田社長は1976年のお生まれで、物心つかれたときには、会社はまさに経営危機の渦中にあったと思いますが、当時のことはご記憶におありですか。

    いえ、父はそういったことは一切口にしない人でしたから、当時は何も知りませんでしたね。石けんを作っていることは知っていましたが、化学物質や合成添加物を一切含まない無添加石けんだとか、そういったこともわかっていませんでした。

    ────将来、会社を継ぐということは、意識されていたのでしょうか。

    そうですね。それは、小さいころから言われてはいましたので。しかし、子どものころは抵抗がありました。今でこそ、こうして取材に来ていただくようになりましたが、当時は無名の小さな会社。「お父さんの仕事は何?」と聞かれて、「シャボン玉石けん」と答えるのも嫌だったんです。そもそも、友だちの家にはカラフルな石けんがあるのに、うちには白いものしかない。何でだろう、と(笑)。

    その後、『自然流「せっけん」読本』(森田光德著・農山漁村文化協会刊)という本を父が1991年に出版しまして。これをきっかけに事業が上向き、会社は黒字転換するのですが、どんな石けんを作っているのかを私自身が知ったのも、この本を通じてでした。

    父は自宅のワープロで原稿を書いていたんですね。その原稿の裏紙を私が勉強の計算用紙などに使っていまして、勉強中というのはたいてい気が散りますから(笑)、ついつい、裏に何が書いてあるのかを読むわけです。そこで初めて、父がどんな苦労をしていたかを知ったんです。

    ────『自然流「せっけん」読本』は、ベストセラーになったそうですね。

    30刷りまで増刷され、トータルで10万部を超えました。タイミングもよかったのだと思います。出版の翌年、1992年には湾岸戦争の報道で "油まみれの水鳥"が紹介されたことで、世の中の環境に対する意識が高まり、1999年には『週刊金曜日』(金曜日社・刊)から『買ってはいけない』(同)という本が出て。その中で「九州のシャボン玉石けんはいい」と紹介されたんです。2000年には、朝日新聞社さんが主催する坂本龍一さんの『坂本オペラ』というイベントで、坂本さん直々のご指名で当社が協賛させていただくことになり、一気に業績が伸びていったんです。

    ────坂本龍一さんからのご指名とは、すごいですね。

    何かで父の本を知って、読んでくださったそうです。普通なら大企業が協賛するところでしょうが、そのイベントのテーマは「共生」というもの。「『共生』がテーマなのに、環境を汚染する会社とはやりたくない」と。資金が尽きるギリギリのところで本を出し、最後のチャンスというタイミングでうまく時流に乗ることができたんです。


    『自然流「せっけん」読本』(森田光德著・農山漁村文化協会刊)
    石けんと合成洗剤の徹底的な比較から、"人と自然にやさしい洗たく術"まで、あらゆる角度から石けんの有用性や活用法を解説する、"石けん生活"の指南書。

    モノがいいだけでは売れない。伝える努力が必要

    ────17年間赤字が続いても、『健康な体ときれいな水を守る』という理念を曲げず、あきらめずに無添加の石けんを作り続けたからこそつかまれた転機ですね。

    ええ。しかも、それを苦労と思ってやるのではなく『好信楽』でやるのだ、と。「何事も成し遂げるには、好きでなければ長続きしない。それを信じて、なおかつ楽しむことが大切だ」と、先代はよく言っていました。この考えは今でも、従業員共通の認識として大切にしています。いい物をお客さまに勧めるのは楽しいことですし、さらにお客さまに喜ばれて、代金をいただいたうえに感謝の言葉までいただける。本当に楽しい仕事だと思います。

    ────赤字という結果だけ見れば失敗に思えても、一人ひとりの消費者に目を向ければ、シャボン玉の石けんを必要とする人たちが確実にいる。辛いときほど、顧客視点を忘れないことが大切だということでしょうか。

    そうですね。ただ、その意味では、モノがいいだけでは売れないということも、同時に経験しています。赤字の17年の間、シャボン玉の石けんを買い支えてくださったお客さまがいた一方で、商品は今とほとんど変わらないのに、世の中にはなかなか広まらなかった。いいモノをつくるだけではダメだということですね。

    今があるのは、うまく時流に乗ったということと、時流に乗るまであきらめなかったということ。それから、書籍の出版や講演活動などを通じて、伝える努力をしてきたということが大きかったのではないかと思います。

    営業マンは伝道師。ファンを作る営業スタイル

    さらに、当社では営業は伝道師といいますか、それに近い位置づけとして捉えています。この業界では、ドラッグストアなどの棚やコーナーを確保してキャンペーンを打つといった販促が多いのですが、当社はそういったやり方ではなく、商品の良さをしっかり伝えて、「いい商品を一緒に売っていきましょう」という営業を、ずっと昔から続けています。そのために、営業マンは石けんの勉強もしますし、製造工程の勉強もします。バイヤーの方々が当社に来られる機会があれば、工場もぜひ見ていただくようにもして。価格で訴求するのではなくて、本当の良さをわかっていただけるような営業スタイルを取っているんです。

    ────営業の方は、何人いらっしゃるのですか。

    5人です。そのうちの2人が関東以北を担当し、残りはそれぞれ1人で関西・中部、中四国・北九州、その他九州全域を担当しています。

    ────競合メーカーは、もっと大規模な販売部隊を持っておられるのではないですか。

    ですから、そこが違うんですね。足しげく通うような営業はできない分、商品の良さに共感していただくことに重点を置いて営業活動をしているということなんです。また、売り上げの構成でいえば、一般流通が5割強、残りの4割強は通信販売によるものになりますが、通販ではオペレーターが伝道師。当社では、オペレーターは派遣スタッフではなく、社員が担当します。

    なぜかといいますと、当社のお客さまはこだわりのある方が多いので、質問を非常にたくさんお受けするんですね。中には、社員よりも石けんに詳しい方もいらっしゃいます。そうした方々に、シャボン玉石けんについて正しいご説明をして、みなさんにファンになっていただくには、思いをもって伝えられる人が対応する必要がある。ですから、すべて自社の社員で対応しているんです。

    ファンがファンを呼ぶ。クチコミパワーで売上を拡大

    ────売り上げの4割強が通販とは、通販比率が高いですね。

    業界の中では、非常に高いですね。昔はもっと高かったです。といいますのも、『自然流「せっけん」読本』は、全国の書店で扱われたんですね。それによって、シャボン玉石けんに関心を持って下さる方が全国的に増えました。しかし当時は、取扱店が今ほどはありませんでしたから、お客さまが当社から直接取り寄せてくださった。それで通信販売が始まったようなところがあります。その後、通販で購入してくださった方が、お近くのドラッグストアやスーパーに「シャボン玉石けんは置いていないの?」と問い合わせてくださったことをきっかけに、取扱店が全国に広まっていったんです。

    ────いってみれば、お客さまが営業マンになっているようなものですね。

    ええ。やはり、強いのはお客さまの声なんですね。

    ────しかし、中には移り気な消費者もいるのではないですか。購入客のリピート率はどの程度なのでしょうか。

    通販で買われる方ばかりではありませんので、厳密にはわかりませんが、当社には『友の会』という、年会費をいただく会員制度があります。現在、約2万人の正会員がいますが、その方々でいえば、8割から9割の方にリピートしていただいています。

    ────環境保護や安心・安全に対する関心の高まりを受けて、競合の参入も多いのではないかと思います。その中で、無添加石けんのトップブランドとしての地位を維持するために取り組まれていることはありますか。

    先代の時代はカリスマ性もあったでしょうし、書籍も出版しましたので、森田光德個人のファンもいたと思います。私の代になってからも、講演活動や会報誌の発行、今回のようにメディアに取り上げていただくことも含めた情報発信は積極的に行っていますが、どううまくやっていくかというのはまだ模索中ですね。

    ただ、1ついえるのは、企業姿勢をきちんと示し続けていくこと。これは、いつの時代も変わらず大切になってくるのだろうと思います。それは、石けんに関することだけでなく、例えば梱包なら、なるべくゴミの出ない方法を工夫し、包装材もリサイクル製品を使う。また、当社のキャラクターをデザインしたオリジナルのクリアファイルも販売しているのですが、これも素材は使用済みのペットボトルを原料にした再生PETを使用しています。通常のクリアファイルと比べて倍以上のコストがかかりますが、『健康な体ときれいな水を守る』という理念をあらゆる場面で貫くことで、お客さまの信頼を得られるように心がけています。

    また、石けん業界で"無添加"という言葉を最初に使ったのは当社であり、無添加石けん一筋に、ノウハウや技術を蓄積してきたことが当社の強み。そのことを表現するために、ロゴやキャラクターはブランドの印として、昔から変わらず同じものを使っています。それによって、昔からある会社だということを認識していただき、差別化を図りたいと思っています。そして、実際に使っていただければ、良さをわかってもらえるような、品質にブレのないモノづくりをしていくということですね。


    (写真提供/シャボン玉石けん)

    一般的な石けんは『中和法』という製造方法で、約4時間で石けんが完成するのに対し、シャボン玉の石けんは、天然油脂を1週間かけて丁寧に炊き込む昔ながらの『釜炊き製法』で作られます。効率化、スピード化が求められる時代にあって、製法をかたくなに守り続けていることが同社の競争力の秘けつ。では、会社の規模が拡大しても、理念を組織全体で共有できている秘けつはどこにあるのでしょうか。後編では森田隼人社長の、人財観や組織観について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  17年間の赤字に耐え、今や年商60億。理念を貫く経営が、顧客と社員の心をつかむ(後編)

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