2009年4月アーカイブ ..

西川産業株式会社
代表取締役社長 西川 八一行さん

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    創業443年の老舗企業に学ぶ、
    「変えるもの」と「変えないもの」(後編)

     

    帝国データバンクの調査によると、2008年の一年間に倒産した企業は1万2681件(※)。負債総額は11兆9113億200万円と戦後7番目の水準を記録し、大型倒産の増加がデータからも見てとれます。会社はつくるよりも、継続させるほうが難しい。そのことを、今ほど考えさせられる時代はありません。そのような経済状況の中、今年創業443年を迎え、寝装寝具業界のシェアトップを守り続ける西川産業は、新ブランドや新商品を次々と投入し、攻めの経営を展開しています。400年を超えて事業を継続させてきた秘けつとは。老舗・西川産業を率いる若き経営者、西川八一行さんに伺いました。

    ※負債額1,000万円以上の倒産を集計したもの。

  • 西川産業株式会社 http://www.nishikawasangyo.co.jp/

    1566年創業。初代・西川家の仁右衛門が19歳で蚊帳・生活用品の行商を開業したのが西川産業の始まり。1615年には江戸進出を果たし、日本橋通りに支店を出店。主力商品であった蚊帳や畳表に加え、1738年には弓問屋を買収して事業を拡大。並行して、江戸の大火で店舗を焼失した経験から再建費用の積立金制度を創設するなど、経営体質の強化に努める。現在の主力商品である寝具を扱い始めたのは、1887年(明治20年)ごろのこと。寝具の機能面を重視する商品開発を貫き、「健康睡眠」をキーワードに「ムアツふとん」に代表されるヒット商品を次々と打ち出している。

    YASUYUKI NISHIKAWA

    1967年生まれ。大手銀行のニューヨーク支店勤務などを経て、1995年に西川産業に入社。1996年に取締役、2000年に代表取締役副社長、2006年に代表取締役社長に就任。

  • 評価制度を変えれば、社員の行動も変わる

    ────社史編纂と社是をまとめた「Corporate Philosophy」カードの作成を通して、「西川産業の原点」を確認された後、具体的にはどのような改革の手を打たれたのでしょうか。

    いくら社是を再確認して「行動を変えよう」といっても、評価や処遇が改善されなければ、社内はよくなりません。ですから、まずは評価の仕組みを変えないといけない。そこに、特に力を入れました。

    どういうことかといいますと、当時は年功序列的な要素が強い運用のされ方をしていたんですね。実際には5段階の評価がなされるはずが、みんなに「3」がつく傾向があった。そうすると差が出ませんから、結果的には年功序列とほぼ同じになってしまうわけです。もちろん、年功序列を飛び越えて昇進昇格する人もいましたが、なぜ抜擢されたのかということが、周囲から見ると透明ではないという面もありました。

    また、評価の項目も「やる気があるか」「真剣に取り組んでいるか」といった情緒的要素が強いものがほとんどでした。どれか1つが高くついたら残りも似た評価になるような、同じことをいいかえている設問が多かったんですね。当然ながら、「好きか嫌いかで評価されている」という不満も、現場からは出るわけです。

    そこで、まずは評価の基準書を作成して、何をもとに評価されるのかを明確に打ち出すようにし、評価が高い人も低い人も必ず出るという仕組みに変えました。5段階評価のうち、何人かには「1」や「5」を必ずつけなくてはいけないという配分を設け、評価が悪い人は降格することもあるという厳しいものにしたんです。上司に説明責任を持たせるようにもしました。評価結果は必ず部下にフィードバックし、何が本人に足りないのかを伝えましょうと。

    また、部下が上司を評価する仕組みも取り入れました。上司批判を公式にさせるなんて、と社内には不評でしたが(笑)、やはりそれによってある程度の傾向が見えてくるんですね。ただし、どの部下がどんな点をつけたかまではわからないように、上司には標準偏差のようなものを伝えるという配慮はしています。導入当初は「この結果を本人に伝えて大丈夫か」と人事が心配するケースもありました。しかし、基本的にはそのまま渡しましょうと。それをどう受け取るかは、自分で考えほしいと思っているんです。

    ────部下から辛口の評価がついた方もいたということですか。

    評価の差は、かなり出ますね。ただし、部下に優しい人がいい上司になる危険もありますので「結果を鵜呑みにしないように」ということは、上司にもいっています。よくあるのは、「部下を育てようとする意識があるか」という項目に低い評価がつくケース。確かに部下に対して、良くいえば「OJT」、悪くいえば「盗んで覚えろ」という上司はいるものの、過保護にしすぎて「教育してくれるのが当たり前だ」となってしまっても、部下の自主性がなくなる。その意味で、データを100%鵜呑みにはしないようにはしています。

    またその後には、複線型の人事制度も導入しました。マネジメントを目指すのではなく、マイスター的な要素を高めていきたいという人に向けて、総合職に一本しかなかったキャリアコースに「専任職」というコースを新たに設けました。一般職から総合職にチャレンジしたい人のために、職種転換制度もつくった。やる気と能力によって、いろいろな道が開けるという体系をつくるということも、やってきたことの一つです。

    ────人事制度を再構築したことで、社内に変化はありましたか。

    新しい評価項目で、部下を評価するようになった。まずはそのことが、一つの変化ですよね。また、上司には、結果を部下にフィードバックしなくてはいけないということがストレスになっているようです。そのストレスがあればこそ、日ごろから部下をよく見ていなくてはいけないという意識が芽生える。それ自体が効果といえるのだろうと、私は思っています。

    また、一定の立場以上の者は、上司評価の結果を見ることができますので、「やはり、こういう評価がついたか」と思う人には、結果をもとにした話をするようにしています。中には部下からの評価に、ショックを受ける人もいるんですね。自分としては一生懸命に方針を説明しているつもりなのに、「目指す方向性がハッキリしているか」という項目の評価が低いといった具合に。

    そういう人には、「あれもこれもと伝えすぎずに、時期に応じた方針を立てたほうが、部下にはわかりやすい場合もありますね」などと話すと、ガックリきていたのが、少し「ああ、そうか」と思ってくれたりね。上司自身も自分を冷静に見る機会がこれまではあまりなかったと思いますので、その意味でも多面評価の効果が徐々に出てくることを期待しています。

    ────変化は徐々に起こる、ということですか。

    そうですね。まずは新しい制度を説明し、何年するうちに実績が出て、そこで初めて本当の意味を感じてもらう。変化はそんな風に起るように感じています。理屈と説明だけでは、本当の意味は理解されにくいですからね。

    例えば降格人事も、降格される人が実際に出てくると「これは、ボーっとしているとまずいな」といった意識が生まれてくる。もちろん、降格した人にはレッテルを貼ることなく、戻るチャンスもちゃんと用意していますが、そのようにして、本人の変化に応じて処遇も変化するのだということが染みていくのではないかと思いますね。

    商品のブランド構成を大胆に改革し、強いメッセージを打ち出す

    並行して、マーケティングや商品のあり方も見直しています。品質の高いものをつくれば売れるという時代は終わりました。もう一度それを意識して、テーマをしっかり打ち出したものづくりをしようということです。

    単純にいえば、私どもは「寝具」を扱っているわけですが、それを「具」として、つまり単なる「道具」の一種として販売するだけでは、そこに付加価値はありませんから、どうしても価格競争の世界になってしまう。そうではなく、われわれが本当に目指すのは何なのかを、改めて考えようということなんですね。

    つまり、お客さまが欲しいのは寝具ではなく、安らかな眠りやその先にある何かを求めていらっしゃるわけです。「健康」や「安らぎ」、「美しくありたい」、「若くありたい」といったことが、今、いろいろなところでいわれるようになっていますね。そういった、「明日も元気でいたい」という「想い」をテーマにしようと、マーケティングサイドのスタッフには話しています。

    ────御社は「ホームファッションの総合商社へ」というコンセプトを掲げておられますが、そのことともつながってくるのでしょうか。

    そうですね。「ホームファッション」もそうですし、今申し上げたような「体の内側からくる美や健康」といった「明日を元気にするための機能」もテーマ。また、一方では、われわれの商品には日用品的要素もあるというもの実情ですから、これらをきちんと整理して、「ファッション」を求めた商品なのか、「ファンクション(機能)」を求めたものなのか、「ファンダメンタル」な基礎商品なのかを、ハッキリと打ち出そうということなんです。「すべてを盛り込みました」というのは、「何もありません」というのと同じですからね。

    現実には、今みたいな経済環境になると、「ファッション」の需要は少し下がって、「ファンクション(機能)」という実質主義のニーズが強まり、「ファンダメンタル」な基礎商品の売り上げも高まってきます。逆に、景気がよくなれば「ファッション」や「ファンクション」の需要が増えるといった動きがある。そのバランスを考えて商品を企画することが必要なんですね。

    そういった視点から、ブランドのラインナップをコンパクトに整理するということもやりました。ライセンスブランドだけでも20ブランド近くを廃止し、全体としては50ブランド近くあったものを約半分に絞りました。並行して、新しい自社ブランドを立ち上げていったわけです。

    ブランドがやみくもに多くなると、マーケティングや販促がなおざりになります。多くのブランドがあるから、多くのお客さまにお応えできると思いがちですが、そうではないんですね。今はブランドを集中化することが必要で、そのためにはお客さまのお気持ちを知りたいと思うことが第一。当社は卸売業ですが、製造小売業的な感覚を持ったマーケティング、商品開発、販促を強化していこうという話をしています。

    ────これまでのブランドに愛着のある社員の方も、多かったのではないかと思います。ブランドを整理するにあたって、一番ご苦労されたのはどのようなことでしたか。

    どのようにすれば納得性が高まるかということは、まず考えました。ポイントは、人事評価制度の再構築と同じで、基準をハッキリと示すということです。なぜそのブランドを廃止するのかを、明確化するということですね。好き嫌いで判断したと思われたのでは、社員は納得しません。

    また、ブランドをなくすということは、その分の売り上げがなくなるということでもある。売り上げが下がっても仕方がないというあきらめ感が漂いがちなところを、そうではなくて、これから何を伸ばすべきなのかという方向に仕向けるのが、一番難しいところですね。新しいブランドはすぐに数字ができるわけではありませんが、廃止するブランドは確実にいっぺんに売り上げがなくなりますから。

    ────そのリスクをあえて取って、決断された。

    結果的にはそうですね。そうでもしないと、ブランドを絞ることはできません。絞らなければ、「ブランドの数が多いからコンセプトが決められない」「マーケティングをしている暇がない」という悪循環になります。ですから、そこは申し訳ないけれども「この数字(売り上げ)とこのコンセプトでは、このブランドはダメですね」ということを、社員にも説くようにしています。

    同時に在庫管理のあり方も見直しています。在庫は利益にもなるけれども、見えない損失にもなりうるもの。在庫の良し悪しを明確化するというのも、非常に大事なことです。現場には、将来売れるかもしれないという淡い期待があるわけですから、そこは明らかにしたくないわけですね。それに対して、社内の反対はあったとしても、ある意味冷徹に区切ることが必要だということです。そのために、全員から絶対的な納得は得られないとしても、8割くらいの人が「ああ、そうだね」と冷静に理解できるような基準をつくるよう努めています。

    「眠り」は、人類共通の「想い」を実現する大切な要素

    ────最後に、今後のビジョンをお聞かせください。

    一つには、「衣食住」の中で「住」に対する関心をさらに高め、マーケットをつくり上げていきたいということがあります。今はちょうど、消費や自己投資の対象としての「衣食住」のバランスが見直されているところですね。欧米などは「住食衣」のようなバランスになっていまして、それが正解とはいい切れませんが、日本の「住」に対する関心をもう少し高め、皆さんが幸せを感じて、毎日の生活が楽しいと感じられるようにする。それが大きなテーマです。

    そのために必要なのが、さきほどお話した「ファッション」「ファンクション」というコンセプトです。よりファッショナブルで楽しい寝具をご提供することは、「楽しい明日を迎える」ことにつながります。また、「美」や「健康」、あるいは「子ども達を育む」ということと眠りとは、非常に深い関係がある。このところの社会的な問題でいえば、うつ病や認知症を引き起こす要因にも、眠りは関連があるといわれています。そういった「眠り」の科学的な側面をさらに研究して、社会的な認知を高める活動をしていきたいと考えています。

    これまでの寝具は、その国の文化によって個性があり、国際的なビジネスにはなかなかなりにくいものだったんですね。しかし、そういった科学的な視点で考えると、「眠り」は人類普遍の「想い」を実現する大切な要素だと捉えることができる。そこを目指すことで、より多くの方にこの考えをご理解いただけるようにし、ゆくゆくはグローバルなビジネスとしてさらに広めていきたいという夢もあります。

    そのための一番のポイントは、お客さまの心理を知りたいという気持ちを持てるかどうかとうことなんですね。「お客さまの"想い"に応える」という視点から戦略を考える思考を持ち、行動に移せる人財が必要になります。極論をいえば、「お給料は誰からいただいているのですか」と質問されたときに、「買っていただいているお客さまからです」と、全員がいえるかどうか。たいていは、「会社からです」といったことになってしまいがちですよね。そういった、求める人財の基準を持ちながら、まずは部下をコーチできる上司を育成していきたいと考えています。

    ────ありがとうございました。

西川産業株式会社
代表取締役社長 西川 八一行さん

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    創業443年の老舗企業に学ぶ、
    「変えるもの」と「変えないもの」(前編)

     

    帝国データバンクの調査によると、2008年の一年間に倒産した企業は1万2681件(※)。負債総額は11兆9113億200万円と戦後7番目の水準を記録し、大型倒産の増加がデータからも見てとれます。会社はつくるよりも、継続させるほうが難しい。そのことを、今ほど考えさせられる時代はありません。そのような経済状況の中、今年創業443年を迎え、寝装寝具業界のシェアトップを守り続ける西川産業は、新ブランドや新商品を次々と投入し、攻めの経営を展開しています。400年を超えて事業を継続させてきた秘けつとは。老舗・西川産業を率いる若き経営者、西川八一行さんに伺いました。

    ※負債額1,000万円以上の倒産を集計したもの。

  • 西川産業株式会社 http://www.nishikawasangyo.co.jp/

    1566年創業。初代・西川家の仁右衛門が19歳で蚊帳・生活用品の行商を開業したのが西川産業の始まり。1615年には江戸進出を果たし、日本橋通りに支店を出店。主力商品であった蚊帳や畳表に加え、1738年には弓問屋を買収して事業を拡大。並行して、江戸の大火で店舗を焼失した経験から再建費用の積立金制度を創設するなど、経営体質の強化に努める。現在の主力商品である寝具を扱い始めたのは、1887年(明治20年)ごろのこと。寝具の機能面を重視する商品開発を貫き、「健康睡眠」をキーワードに「ムアツふとん」に代表されるヒット商品を次々と打ち出している。

    YASUYUKI NISHIKAWA

    1967年生まれ。大手銀行のニューヨーク支店勤務などを経て、1995年に西川産業に入社。1996年に取締役、2000年に代表取締役副社長、2006年に代表取締役社長に就任。

  • 歴史と伝統は、長所にも短所にもなる

    ────創業から443年という長きに渡って事業を継続してこられた、企業としての強さの秘けつを、今日は一つでも多く伺えればと思っています。西川社長は1995年に28歳でご入社されましたが、当時、西川産業という会社をどのようにご覧になられましたか。

    私は異業界から参りましたので、いろいろな意味で文化の違いを感じましたね。まず、ものづくりに対して、非常に誠実で真摯な姿勢がある。業界水準よりはるかに高い品質検査の仕組みを持ち、商品開発も高度に完成されています。さまざまな商品を次々と開発する意欲も非常に高く、本当にいい原料を使って質のいいものをつくるという職人的な気質が根づいている。そういった印象を強く受けました。

    同時に、強みが弱みにもなりかねないということを感じる場面もありました。例えば、いいものをつくるということに力が入りすぎると、お客さまが本当に求めていることが見えにくくなる場合があります。布地を織る糸の番手(太さ)のわずかな差にもこだわるといった熱意は非常に素晴らしいのですが、お客さまにはその違いがあまりわからないものも中にはあるわけです。つくり手は「糸の番手がよくなりました」といっても、お客さまからすれば「番手がいいと、何がよくなるんですか」というね。

    あるいは、「西川」というブランドネームに強い誇りを持っている一方で、ブランドがあることが当たり前になっている面もあり、長所は短所にもなる可能性がある。そういったことを感じました。

    社史を振り返ると、会社の強みが見えてくる

    しかし当社には、さまざまな節目を乗り越えてきた443年の歴史があります。今も経済不況がいわれていますが、これまでの歴史の中では、戦争や疫病や地震や明治維新といった、今よりももっと厳しい局面に何度も直面してきたわけです。その中を生き残ってきたというのは、何か原点があるはずなんですね。

    そこで、創業430周年を迎えたときのことでしたが、周年行事として社史を編纂し、社是をまとめたカードも作成して、「なぜわれわれは生き残ってこられたのか」という、今では当たり前になっている西川の本当の価値を改めて認識しようということをやりました。

    西川産業の社是と企業理念をまとめた「Corporate Philosophy」カード。社員全員が、このカードを常に携帯する。カードの中では、社是を「社会」「消費者」「お取引先」「社内」の4つのカテゴリーにわけ、例えば「消費者」に対してなら、「エンドユーザー第一主義を認識して、会社の論理をすべてエンドユーザーの笑顔のために働こう」とするなど、毎日の行動に置きかえた具体的な解説がなされている。

    創業430年周年の周年行事の一環として作成した、社史「躍動の軌跡」。「パイオニア精神」「創意工夫の精神」「卓越した経営感覚」といったキーワードをもとに、430年の歴史がまとめられている。西川産業の「原点」を確認できる一冊だ。同様の内容は自社サイトでも公開されている。 http://www.nishikawasangyo.co.jp/company/kiseki_index.html

    そこから明らかになった「商売の原点」をひと言でいえば、そのときどきの環境や時代にあった商売の仕方をしてきたということです。どういうことかといいますと、ご存じない方も多いかもしれませんが、寝具を扱うようになったのは当社の歴史の中では最近のこと。もともとは天秤棒を担いで麻布や蚊帳などを行商する近江商人からスタートしています。

    その後、近江に店を構えて商いが大きくなってきたところに、江戸が開幕しました。そこで初代・西川家の仁右衛門は、江戸に支店を出すという決断をします。まだ江戸がへき地で、栄えるかどうかもわからないときの話です。今のような移動手段や便利な決済システムはもちろんありませんから、一週間以上かけて徒歩で、商品もお金も自分たちで江戸まで運ばなくてはならない。大きなリスクがあったはずで、今思えば非常に大胆な選択です。当社の原点には、そういったフロンティア精神やチャレンジ精神があるんですね。

    もう一つ歴史に残る話に、「箱根越えの夢の掲示」というものがあります。2代目の当主である西川甚五郎が、江戸に向かって箱根越えをしている途中に、疲れて休んでうたた寝をした。そのときに夢で見た、緑のつたかずらが一面に広がる風景からヒントを得て、当時は何の着色もされていなかった蚊帳を萌黄色に染めたら、それが非常に売れるようになり、西川はそこから大きく成長していきました。

    蚊をよけるという単なる道具に、涼感の演出という付加価値をつけることによって企業が発展した。そのことを思い出そうね、ということです。なおかつ、江戸時代は畳表や弓も扱い、戦争中は軍事物資を扱っていたこともありました。これは、生活様式や政治経済の環境に柔軟に対応してきた証拠なんですね。

    また当社の社是は、「誠実・親切・共栄」の3つですが、これは近江商人に古くから伝わる「三方よし(売り手よし・買い手よし・世間よし)」の考え通じるものでもあります。今でいえば「CSR」といった横文字でいろいろいわれていることや、特にこの数年に関しては偽装問題や、ステークホルダーが絡む「企業は誰のものか」といった問題など、社会的な課題としてあがってきていることに対する考え方が、日本語でわかりやすく、非常に明快な言葉で書かれている。このカードは、それをもう一度再認識するためにつくったわけです。

    先人が残した知恵と規律が、改革のより所になる

    ────社史の編纂や「Corporate Philosophy」カードの作成は、社長のご発案でなさったことなのですか。

    そうですね。つくったのは社長に就任する以前のことですが、私が考えたというよりは、悩みの中から出てきたといったほうがいいかもしれません。どういうことかといいますと、入社当初に違和感を抱いたことを改善するにあたっての根拠が必要だったということです。

    社員の納得を得るには、「西川八一行はこう思う」というのではなくて、企業の憲法に照らしてどうかという観点で考えなくてはらない。そのために、先人の知恵をお借りしようと思ったということが実情なんですね。

    日本ではやはり、マネジメントや経営をするにあたって年齢の差が障壁になるということが、まだあります。私ですらそれを感じるということは、年代が職位と逆転している課長や部長はもっとそう思うはず。そのときに、年上の部下に対しても「こうしよう」というための根拠を用意したかったという目的もあります。

    ただし、社是は非常に明快で単純な言葉なだけに、取り方によってはいろいろに解釈できてしまいます。それに対して、かみ砕くとどういうことなのかを説明するために、4つのキーワードを新たに設けました。

    1つは、「社会」に対して「誠実」なのか、「親切」なのか、「共栄」の意識があるかということ。2つ目は、「消費者」に対してどうかということ。「消費者」という言葉はあまり適切ではないのですが、私どもの場合は小売店舗さまが一次的なお客さまになりますので、エンドユーザーの方々を意識しようということで「消費者」としています。

    そして3つ目が、「お取引先」に対して。これは小売店さまだけでなく、協力工場や私どもの子会社といった、生産サイドも含めたお取引先に対する「誠実・親切・共栄」を考えようということです。そして、最後に「社内」に対してどうかということ。

    なぜ4つがこの順なのかといいますと、「誠実・親切・共栄」というのは、違った受け取り方をしてしまうと単に「人がいい」という解釈もできてしまう。それがよくない方向にいくと、慣れ合いの組織になってしまうわけです。

    そうではなくて、何に意識を向けるべきかといったときに、それはまず「社会」であり、エンドユーザーである「消費者」であり、「お取引先」であると。組織の和も大切ですが、優先させるべきは社会やお客さまである。それを会社の憲法である「社是」として改めて明確にし、社員全員に配って朝礼などで読み上げて確認しています。

    ────例えば「社会」についてなら「社会への貢献を意識して、世界的な基準や手法を取り入れ、プロとしての誇りを持とう」など、社是がかなり具体的に解説されていますね。

    単なる概念ですと、丸暗記になってしまいますからね。さらに、ただ全部を読むのではなく、4つのキーワードの中で「今はどれが大切か」を、みんなで考えるようにしています。例えば、偽装事件が起きたときには、「社会」「お客さま」「お取引先」「社内」の、どこに対しての「誠実・親切・共栄」を見直さなくてはいけないか。

    社是というのは、何か事にあたったときに、そこに立ち戻れる場所のようなものであって、「原点回帰」の「原点」は何かということを、もう一度みんなに意識してもらうことが大切ではないかと思っています。

    伝統とは、革新の連続である

    ────「誠実・親切・共栄」という社是は、いつごろ誕生したものなのでしょうか。

    いつという記録は残っていませんが、200年以上前に書かれた書物の中にも、同じような項目が書きとめられています。かなり古くからあったものだと思いますね。

    ────マーケティングや商品開発は時代に合わせて変えていく一方で、「誠実・親切・共栄」という姿勢は不変のものとして守り続けることが大切になるのですね。

    その通りです。私どもの現会長である14代当主の西川甚五郎は常々、「伝統とは、革新の連続の結果として築かれるものである」といっています。ダーウィンの「種の起源」にも、進化の過程の中で生き残っていくためには、ただ大きいとか賢いというだけでなく、変化に対応できるものだけが生き残るという話がありますね。まさに、そういうことだと思うんです。それも、誰か一人が変化に気づくというのではなく、社員一人ひとりが気づいて、自らイノベーションを起こす。そういった組織でありたいと考えています。

    ただしその中でも、「変えない勇気」と「変える勇気」が必要です。社是や商いの原点は、変えずに守っていく。一方で変えるべきものは、なぜ変わらなくてはいけないのかという明確な根拠を示し、わかりやすい仕組みでもって変えていくことが大切だと思います。

    西川産業にとっての「原点回帰」の「原点」は何かを明らかにした後、西川八一行社長は、人事制度に新しい評価の仕組みを取り入れ、商品ブランドを見直すといった改革に着手します。具体的には、どのような課題にどんな手を打ったのか。後編では、400年を超える歴史と伝統を次代につなぐための改革について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  創業443年の老舗企業に学ぶ、「変えるもの」と「変えないもの」(後編)

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