2009年1月アーカイブ ..

ヨリタ歯科クリニック
ドリームマスター・理事長 寄田 幸司さん

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    スタッフに夢や目標を与える組織のつくり方(後編)

     

    朝、出勤しても誰も挨拶を交わさず、上司や同僚とのやり取りはメールのみ...、今、さまざまな職場でコミュニケーション不全が深刻化しています。『ワクワク楽しい歯科医院』をコンセプトに掲げるヨリタ歯科クリニック理事長の寄田幸司さんは、その状況を打破するには「スタッフが夢と目標を持ち、感動と感謝があふれる職場をつくることが必要」だといいます。では、どうすればそのような職場を実現できるのか。クリニックの改革を成功させ、2007年には『患者が選ぶ病院ランキング(※)』で1位に輝いた寄田幸司さんに伺ったインタビューの後編をご紹介します。

  • ヨリタ歯科クリニック http://www.yorita.jp/

    1991年開業。「患者様に愛される地域一番の歯科医院」を目指し、開業当時から順調な経営を続けていたが、2002年に経営理念を大きく転換。「スタッフや取引先に愛される、ワクワク楽しい歯科医院」を理想としてクリニックの全面改装と運営の改革に取り組み、近隣の他府県からも通う患者がいるカリスマ歯科医院に。「患者が決めた!いい病院ランキング・近畿東海版」(オリコン・エンタテイメント刊)では歯科部門(ムシ歯)で№1の評価を得る。またベストセラーとなった「不機嫌な職場」(講談社刊)の中では、グーグル、サイバーエージェントと並び、協力し合う組織を実現している企業の一つとして紹介される。

    KOJI YORITA

    4年間の勤務医を経て、1991年に大阪府東大阪市でヨリタ歯科クリニックを開業。2002年にはワクワク楽しい歯科医院実践会を設立し、会長に就任。全国に"ワクワク楽しい歯科医院"を広げる活動に注力している。
    ※ワクワク楽しい歯科医院実践会 http://www.wakuwakufun.jp/

  • 成功パターンを、再現性のあるシステムに落とし込んでいく

    ────寄田先生は、さまざまなイベントや企画を成功させてこられましたが、過去にはうまくいかなかったものもあったのでしょうか。

    あります。待合室で患者さんに俳句をつくってもらう、料理教室を開くなどしましたが、これは長くは続きませんでした。

    ────アイデアのヒット率はどれくらいなのでしょう。

    イベントだけを見れば単発で終わったものもありますが、集客や売り上げにつなげるという意味でいえば、ほぼ成功しました。本当に柱にしていきたい企画はかなり綿密に計画を練っていますので、満足いく結果が出ました。私は夢ばかり語っているわけではなく、実際には目標をすべて数字に落とし込みます。計画も細かく日付まで決めて、きっちりやります。だから、結果的に成功しました。

    イベントだけでなく、医院経営も同じです。1カ月の来院者数や売上高をすべて記録し、短期間で業績があがる仕組みをつくっていきます。ヨリタ歯科にはグループ医院がありますので、そこにも同じやり方を導入して成功しています。大阪、京都、奈良とエリアがまったく違い、テナントや一軒家など物件も違いますが、すべて成功しています。

    コンセプトを明確にして患者さんのターゲットを絞り、一緒に働きたいスタッフも明確にする。そして、スタッフ教育や患者さんへのカウンセリングシステムなど、独自のやり方を構築します。もちろん、開業前には私たちの医院で作成している冊子も共有します。ホームページも立ち上げる。他にはない、オリジナリティあふれた様々なことをやっていくわけです。

    そのことで、私が直接運営しているわけではありませんが、圧倒的な数字が生まれています。非常に驚かれます。結果はやる前に決まっています。人と違うことをやっているので、違う結果が出るのです。答えはシンプルです。言い換えれば、オープン前の準備にどれだけ時間をかけるかが大切です。これだけ歯科業界が厳しい中、ここまで短期間に業績が上がるにはちゃんとした理由があります。

    ────ヨリタ歯科クリニックで成功されたパターンを、ほかの人にも習得可能なシステムにすることで、成功を再現できるのですね。

    そうです。うまくいったことを形に残し、マニュアル化しておくことは、絶対に必要です。

    経営者の本気・本心・本音が、システムに命を吹き込む

    ────しかし、一般企業に置き換えて考えると、戦略やシステムを導入しても業績が改善しない企業も多くあります。

    経営者が本気、本心、本音でやっているかどうか。それによります。手法を真似るだけでうまくいくなら、誰でも成功できます。でも実際には、経営者が自分の言葉で夢や目標を語らないと、人は動きません。経営者が夢や目標を語り、スタッフ一人ひとりも自分の夢や目標を持つ。簡単に言えば、指示するのではなく見本を見せるのです。指示待ち人間を作るのではなく、自立型人間を作ることが成功の近道です。

    ────どうすれば、経営者だけでなくスタッフも夢や目標が持てるようになるのでしょうか。

    普段から目標を考える習慣を持つことが大切です。私たちは「年間行動目標」を立てています。具体的には、毎年年末に翌年の目標を書いてもらうのです。20代や30代前半の若い人たちが、みんなビッシリ書いてくれます。普通は、なかなか書けません。しかし、私たちのスタッフは書ける。それは、普段から目標を持ち行動しているからです。頭の中にないことは、書けません。

    ────どうすれば、日ごろから目標を意識させることができるのでしょう。

    まずは、目標設定をするクセをつけることです。大事なのは「目標は必ず叶う」ことを知ってもらうのです。目標を紙に書いて頭の中に落とし込んだら、必ず叶うんだよ、と。といっても、叶わないことも多いでしょう?(笑)。人生はそんなに甘くないぞって。だから私が実践を通じ、叶うところを見せていくんです。すなわち成功体験をして頂くのです。

    私たちの医院のイベントから新しいグループ医院のオープンまで、小さなことから一大事業まで、「こうすれば叶うんだ」とみんなが見て知っています。それも一人でではなく、みんなで協力して、そして楽しみながらやるから叶うんだということを。

    スタッフが記入した、実際の年間目標設定用紙。「自身の行動分析」「具体的行動目標」など、細かな記入欄がすべてビッシリと埋められている。

    本当に変わりたいという気持ちがあれば、人は変われる

    ────中には、自分の夢や目標が何かわからないという人もいらっしゃるのではないですか。

    最初は、わからない人がほとんどです。「先生が成功するのは、スタッフの意識が高いからだ」とよくいわれるのですが、実は反対です。この医院に応募してくる人たちは、自分に自信がない人が多いです。私たちの医院のホームページを見て、ここなら自分が変われるのではないかと思って、応募してくるのです。

    ────そういった方々を採用するかしないかというのは、どこで判断されるのでしょう。

    ここで学びたいという気持ちが本当に強いのかどうか、ですね。どうなりたいのかはわからないけれど、とにかく自分を変えたいということでもいいのです。例えば、「開業に向けて自信はないけど、ここで3年間、死に物狂いでやることで、自分を変えたいのです」という人は、私は採用することが多いですね。

    その代り厳しいです。ハッキリいいます。私たちはプロですから。技術に不足があれば厳しく指摘します。入社後もセミナーや筆記試験を受けてもらいます。普通の医院に比べて、かなりハードだと思います。でも、「そこまでしてでも変わりたい」という人は、必ず変わります。私たちの医院にはそういう風土、土壌があるのです。

    中には、私たちのノウハウだけを学んで持ち帰りたいという動機で応募してくるドクターもいますが、ノウハウには、その人の思いが入っていなければ意味がありません。真似だけでは成功しないと思います。ですから「申し訳ないけど、先生には無理です。」と断ることもあります。

    ────人を育てるコツのようなものはありますか。

    いやこれはもう日々反省です。この人はもっとできたはずなのに、ということはよくあります。それはやはり、私のせいなんですね。私の中に、本当にその人を変えてあげたいと思う真剣さが足りないから、変わらないんだと思います。「この人はできない」とトップにレッテルを貼られたら、誰も変わろうと思わないでしょう。

    でも本気で正面を向いて話せば、人は自分で変わっていきます。採用後の育成は各セクションに任せていますが、中にはうまくいかない人がいます。そのときが私の出番です。本当にやりたいことは何なのか、どういう人生を送りたいのか、本人ととことん話し合います。そうすることで、最終的には自分で変わっていきます。「私は本気でやる」と気持ちが決まったとたん、人は突然変わります。

    そのときメンバーから、「やはり院長はすごい」といってもらえます。あれだけみんなで関わっても変わらなかった人が、院長が本気で話したら変わったと。それが、私の仕事です。やはりみんな、トップに認められたいという気持ちがあります。トップがそこまでいってくれるなら、頑張ってみようと。私は逃げません。何故なら人には無限の可能性があるからです。そしてその可能性を閉ざすのは、自分自身なのです。私は、どんな時でも励まし続けます。

    経営者も組織も、失敗から学び、成長する

    ────順調に成功してこられましたが、これまで壁に当たられたことはないのでしょうか。

    壁には、しょっちゅう当たりますよ(笑)。例えば、今では採用はチーフやリーダーに任せていますが、それは過去に私が採用に失敗したことがあったからです。

    何人もの応募者から私が一人だけ採用して、残りの人は全員断ったことがありました。それなのに、その人が一週間も経たないうちに辞めてしまった。そこで慌てて不採用者の一人に連絡を取ったら来てくれることになりました。その彼女がすごく仕事のできる人だったのです。優しくて気配りもできて手先も器用で、申し分ない。そのとき「人を見る目がない」と、スタッフからはっきり言われました(笑)。

    それ以降は、私は面接に立ち会わないと決めて、採用に関するシステムを全面的につくりました。電話でのチェックリストから一次面接での質問事項、二次面接で確認することまで全部書き出して、「後はチーフや主任を中心にみんなで選考してください」と任せました。その結果、すごくうまくいくようになりました。

    みんなで選んだ人だから、みんなで育てるようになった。これが一番の効果でした。必死で一人前にさせようとします。私が勝手に選んだ人なら、「なぜこの人を採用したんですか」とそこから始まって、なかなかうまくいきませんでした。しかしみんなに任せるようになってから、すっかり楽になりました。

    失敗は、いっぱいあります。私たちの医院のシステムは、失敗を経験してそれを改善する過程で生まれたものも多数あります。

    ────失敗を失敗のままにせず、原因と改善策を考えることが大切なのですね。

    そうです。うまくいかないことがあるから、成長できるわけでしょう。失敗は、まだ成長の余地があることの証。チャンスなんですね。

    経営にいいわけは無用。すべてを「自分事」として捉える

    ────非常に前向きな捉え方ですね。

    何事も感じ方一つ、なんです。同じことが起こっても、それを相手のせいにするのか、自分のせいにするのか。今、歯科業界はものすごく厳しい状況に陥っています。全国にコンビニの1.5倍の歯科医院があるといわれるくらい医院が増えて、1日の来院者数の平均が20人を下回るところもたくさんあるんです。

    それを時代が悪い、行政が悪い、場所が悪いと、自分以外の物事のせいにする人もいます。いい受付がいない、いい衛生士がいないと人のせいにするのです。でも、その場所は、誰が選んだでしょう。その受付や衛生士は、誰が採用したのでしょう。すべて、自分が選んだわけですよね。

    場所が悪いなら移転すればいい。スタッフに問題があるなら採用し直すか、今いるスタッフを教育すればいいじゃないですか。でも、何もしません。

    ────他人のせいにしている間は、発展はないのですね。

    そうです。自分を信じ、プラスのことを口にするようにしているか。人を信じ、いつも励ましているか。未来を信じ、理想の姿をみんなに語っているか。それをしないで組織を変えたい、スタッフを成長させたいといっても、変わるわけがありません。

    例えば、先ほどお話した年間行動目標にしてもそうです。これは、原田隆史さんの『カリスマ体育教師の常勝教育(※)』という本に載っていたやり方で、私は「これだ」と感動して、すぐに取り入れました。そして目標を持つことの大切さを、スタッフにも熱く語りました。

    何十万部と売れた本ですから、読んで感動した人はほかにもたくさんいるはずです。それをやるか、やらないか。やることの意味をスタッフに伝えるか、伝えないか。一度やって終わりにするのか、毎年やり続けるのか。成功するかしないかというのは、その差しかないと思います。才能ではありません。行動と持続力です。

    ※『カリスマ体育教師の常勝教育』(原田隆史著、日経BP社刊)

    リーダーの仕事は、関わるすべての人を幸せにすること

    ────経営者は孤独であると、よくいわれます。寄田先生は、孤独をお感じになることはありますか。

    私は、医院を改革する前の方が孤独でした。仕事中は仲良く振る舞っていましたが、診療が終わると院長室にこもっていました。以前は、本当に孤独でした。

    今は、みんなと一緒にワクワクやることができますし、グループ医院には私と同じ院長の立場の人が何人もいます。院長が集まるトップミーティングやチーフクラスも参加する経営者ミーティングといった場を設けているので、今後の夢をみんなで語り合うこともできます。また月に1度、各パートナー医院のドクターを集めて夢を語る「ヨリタ塾」という塾も開いています。だから、私は1人じゃないということを、すごく感じています。いつも周囲の人から、勇気と元気をもらっています。

    ────ご自分から夢やメッセージを発信されているから、寄田先生の周りに人が集まるのですね。

    そうです。言葉にして初めて私たちの考えていることが伝わります。そして「そこまで熱く語るなら、一緒にやりたい」という人が集まるのです。「以心伝心」といいますが、やはりいわないと伝わらないと思います。もちろん反発されることもあります。いろいろな意見をいわれることもあります。しかし、それを怖がらずに、まずは「話す」ということが大事だと思います。

    ────理念や夢を語っても、社員がついてこないと嘆く経営者の方もいます。

    どこまで本気で夢を語っているのか、ではないでしょうか。売り上げを上げたいがためだけなのか、心から思っているのか。その違いは態度に出ます。周囲も敏感に感じ取ります。私利私欲で動いている場合もだめでしょう。トップだけが恩恵をこうむってスタッフは報われないということでは、誰もついてきません。夢や目標は、みんなが賛同するものでないといけないと思います。

    ────医院のサイトに掲載されている寄田先生のコラムには、「リーダーの仕事は夢に周囲を巻き込むことではなく、関わるすべての人を幸せにすることである」というお言葉もありました。

    最近は、そう思うようになりました。私も最初のころは、自分の夢にみんなを巻き込もうとしていたんですが、それではついて来ないんですね。巻き込もうとし過ぎると、かえって引いてしまうのです。でも、みんなを主役にするような夢なら、みんなが一つになれます。人が集まってきます。人を輝かせるということが大切です。

    もう一つ、夢は楽しみながら叶えるのだと、最近よく思います。夢というのはとてつもなく大きなもので、人の何倍も努力しないと実現できないというのでは、よくないと思うのです。例えば、私が必死で頑張って夢をつかんだとしても、それを見ている周りの人が「あれだけしないと、夢は叶わないのか」と思ったら誰もついて来ないでしょう。

    そうではなくて「こんなに楽しいことならもっと早くやりたかった」と、みんなでワイワイやりながら叶うのが夢だと思います。極端にいえば叶わなくてもいいんです。途中で違う夢になったり、目標を少し下げたりね。みんなで楽しみながらやることが大事です。楽しいから続けられる。「もっとこうしよう」とか「一緒に頑張ろう」と思えるのでしょう。しんどかったらできないですよね。

    ────しかし、「目標管理制度」など「目標」という言葉には、「辛い」というイメージがつきものです。

    そうですね。でも、本当は辛いものではありません。夢や目標って、楽しいものです。

    ────寄田先生の今後の夢は何ですか。

    歯科業界の人材育成ですね。歯科業界全体が夢を持てるような仕組みをつくろうと考えています。私立の場合歯科医になるには大学の入学金、寄付金、学費や下宿代など総額6000万円近くかかることもあります。にも関わらず開業してもなかなか成功できないのが現状です。それに、どんどん国家試験が厳しくなっていますから、みんな試験に合格するだけで精一杯。どういう歯科医になりたいかを考える余裕がないのです。

    その若い人たちに、私は夢を与えたいと思います。例えば、大学卒業後の研修カリキュラムをつくって、夢を叶えている素晴らしいドクターのところで研修してもらうとか。「こんな医院をつくりたい」という夢のある若いドクターがどんどん開業すれば、歯科業界から離れていった歯科衛生士や歯科技工士といった専門職も、また戻ってきてくれると思うのです。業界が元気になるお手伝いが少しでもできればと。私のこの夢、実現できると思います。何故なら、あきらめず願い続ければ必ず叶うと、信じきっていますから。

    ────夢のあるところに人が集まり、笑顔が増える。それを教えていただいたように思います。ありがとうございました。

ヨリタ歯科クリニック
ドリームマスター・理事長 寄田 幸司さん

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    スタッフに夢や目標を与える組織のつくり方(前編)

     

    朝、出勤しても誰も挨拶を交わさず、上司や同僚とのやり取りはメールのみ...、今、さまざまな職場でコミュニケーション不全が深刻化しています。『ワクワク楽しい歯科医院』をコンセプトに掲げるヨリタ歯科クリニック理事長の寄田幸司さんは、その状況を打破するには「スタッフが夢と目標を持ち、感動と感謝があふれる職場をつくることが必要」だといいます。では、どうすればそのような職場を実現できるのか。クリニックの改革を成功させ、2007年には『患者が選ぶ病院ランキング』で1位に輝いた寄田幸司さんに伺いました。

  • ヨリタ歯科クリニック http://www.yorita.jp/

    1991年開業。「患者様に愛される地域一番の歯科医院」を目指し、開業当時から順調な経営を続けていたが、2002年に経営理念を大きく転換。「スタッフや取引先に愛される、ワクワク楽しい歯科医院」を理想としてクリニックの全面改装と運営の改革に取り組み、近隣の他府県からも通う患者がいるカリスマ歯科医院に。「患者が決めた!いい病院ランキング・近畿東海版」(オリコン・エンタテイメント刊)では歯科部門(ムシ歯)で№1の評価を得る。またベストセラーとなった「不機嫌な職場」(講談社刊)の中では、グーグル、サイバーエージェントと並び、協力し合う組織を実現している企業の一つとして紹介される。

    KOJI YORITA

    4年間の勤務医を経て、1991年に大阪府東大阪市でヨリタ歯科クリニックを開業。2002年にはワクワク楽しい歯科医院実践会を設立し、会長に就任。全国に"ワクワク楽しい歯科医院"を広げる活動に注力している。
    ※ワクワク楽しい歯科医院実践会 http://www.wakuwakufun.jp/

  • 「患者に愛される医院」から「スタッフに愛される医院」へ

    ────寄田先生は、「ワクワク楽しい歯科医院」という従来の歯科医院にはないコンセプトを打ち出しておられます。これは開業当時から掲げておられたものなのですか。

    いえ、開業した当時は、「患者さんに愛される地域一番の歯科医院」をつくりたいとは考えていましたが、理念うんぬんといったことは何も考えていませんでした(笑)。私は、人よりもほんの少し技術力とコミュニケーション力があったものですから、勤務医時代から患者さんの紹介が多く、開業してからもすぐに「この医院はいい」という評判がつきました。だから、技術力とコミュニケーション力があればそれでいいと錯覚してしまいました。

    それが災いのもとでした。忙しくなって、当時3人いたスタッフ(衛生士)に目が行き届かなくなっていました。給料をもらっているのだから働くのが当たり前だという考えもあり、スタッフをケアしようという意識もなかった。今から考えれば、最低の経営者です。開業4カ月目のこと。ある日突然その3人が「今日で辞めます」と、本当に辞めてしまいました。

    ────ご本人たちからは、事前に何の相談もなかったのですか。

    ありませんでした。午後の診療が終わったとき「話があります」といわれ、「何ですか」と聞いたら「今日で辞めたいです」と。「えっ!?」という感じです。スタッフ同士の仲が悪くなって人間関係にヒビが入っていたのですが、私がしっかり対応できていなかったのです。業績は順調でしたし、スタッフも仕事はちゃんとやってくれていたので、問題を感じていませんでした。

    その翌日も診療の予約が40人ほど入っていました。私一人でどうすればいいんやという状況で、必死でスタッフが操作していた機器の説明書を読んだりして。でも、その日のうちに1人だけは、「申し訳ありませんでした」と泣きながら帰ってきてくれました。そんな辞め方は非常識だと、ご両親にも叱られたといってね。でも結局、それからの1週間、私と彼女の2人でクリニックを切り盛りしました。

    ────それは大変でしたね。

    今思い出しても怖いですね。でもそのときの私は、悪いのは相手だと考えていました。仕事というのはお金のためにするものであって、大変なのは当たり前だと思っていました。私はまだ、気づいていなかったんですね。

    ですから、その後も悶々とはしていましたが、10年近くは同じ状況が続きました。スタッフのほとんどは女性ですから、結婚や出産で退職していきます。3年もすれば、顔ぶれはだいたい変わります。だから極端にいえば、結婚するまでの3年間を気持ちよく働いてもらえればそれで十分だと。そんな考えでいたわけです。

    それに、歯科業界というのは特殊な業界なんですね。ドクター、歯科衛生士、アシスタント...というヒエラルキーがあって、ドクターが一番偉いというトップダウンの世界。スタッフが定着しないことを先輩ドクターや大学の同級生に相談しても、「それが普通だ」と。「経営が安定していれば十分じゃないか」と。

    ────先生のお考えが変わったきっかけは、何だったのでしょう。

    「患者さんに愛される歯科医院」という理念そのものが間違いだったと、はっきりと感じた出来事がありました。2000年の2月のことですが、私の母が亡くなりました。そのときに、私は自分の間違いに気づかされました。

    ────「患者に愛される」という理念は、間違いなのですか。

    そう、間違いなんです。それまでの私は、患者さんの方ばかり向いていたわけです。けれども本当は、スタッフや取引先の人といった、医院に関わってくれている人たちに愛される歯科医院をつくらなくてはいけなかった。それが、やっとわかったんです。

    私の母は、私の患者第一号になってくれた人です。仮歯を入れて歯ぐきの状態を良くして、約1年かけて全部治療していきました。といっても、私は大学を出たばかりの新人でしたから、技術的には未熟だったはずなのですが、「今までで最高の治療だった」と喜んでくれて。私が歯医者としてやっていける自信がついたのは、母のお陰です。

    それなのに、母が亡くなったときに私は診療中で、最期を看取ることができませんでした。病気で容体が悪いのは知っていたのですが、患者さんに愛される医院をつくることを重視し、仕事を休む勇気がなかったのです。

    そのとき、はっきりとわかりました。患者さんの方しか見ない医院は、やめようと。そして、大切な家族に何かがあったとき、いつでも駆けつけられる医院をつくろうと。それらから、今の理念や目指す方向性をつくりあげていきました。

    スタッフが大反発する中、医院の改革を決行

    ────目指す方向性は、すぐに明確になったのでしょうか。

    いえ、それから1年間くらいは、自己嫌悪に陥りながら自問自答する時期が続きました。どんな医院にしたいのか、すぐにはわからなかったのです。そのため、ビジネス本を読んだり一般企業のセミナーを受けたり、いろんなことをしました。そうする中で、イメージが固まってきました。仕事を心から楽しめて、最高に幸せだと思えるチームをつくろうと。その思いが、だんだんと強くなっていきました。

    目指すことが明確になってからは、やるべきことをかなり具体的に細かく決めて、実行していきました。やるべきことが明確でしたから、実際の改革は、思いのほかスムーズに進みました。

    ────どのようなことから手をつけていかれたのですか。

    自分たちが目指す3つの理想の歯科医院を掲げ、スタッフを集め私の思いを伝えました。すなわち、「患者様に感動を与え続ける」、「患者様・チームメンバー・取引先から感謝の言葉があふれる」、そして「ワクワク楽しい」。この3つを発表し、「1年後には医院の建物も全面改装して、愛と感動、夢と希望あふれる歯科医院を形にしたい」と話しました。しかし思いもよらない反応が返ってきました。そう、みんなに大反発されたんです(笑)。

    ────なぜですか。

    「そんな医院はありえない」。私は夢を熱く語っていたつもりでしたが、実際は、「早く夢から覚めてください」といわれました。仮に夢のある医院をつくることができたとしても、「それで患者さんが増えて、忙しくなるのは私たちです。もう十分じゃないですか」と。

    ────非常に現実的なご反応ですね。スタッフの方々にそういわれて、ショックではありませんでしたか。

    安定を求めたいというスタッフの気持ちもわかります。人間は皆そういうものですから。でも、ショックでしたね。結局、当時4、5人いたスタッフの半分は辞めていきました。しかし、このときは私はもう諦めませんでした。一人になっても、やりたいと思っていましたから。やりたいというよりは、やらなければならないという気持ちです。

    「やる」と決めて、次にしたのは理念を明確化すること。いわなくてもわかってもらえることはありません。きちんと伝わるように、文字にすることが必要です。ですから、スタッフには私たちの信条をまとめた「Our Credo(アワ クレド)」というカードを、患者さん向けには「ココがポイント!あなたが望む歯科医院との出会いかた」という小冊子をつくりました。ホームページも立ち上げて、初診の患者さんに渡す冊子集「初診セット」もつくった。そうやって、一つひとつ形にしていきました。

    信条を文字にすることは大切だが、小冊子を配るだけで浸透させることは難しい。ヨリタ歯科クリニックでは、スタッフが回り持ちで毎日1項目を朝礼で読み上げ、その項目についての自分の考えを述べる。毎日の地道な習慣が、クレドの徹底を支えている。
    「Our Credo」はクリニックのサイトにも公開されている。
    http://www.yorita.jp/job/credo/index.html

    こうして、どんな医院をつくりたいのかを発信していくと、それに共感するスタッフが私の周りに集まり出しました。もとからいたスタッフも半分は残ってくれました。ホームページを見て「こういう医院なら働きたい」と応募してきてくれた人もいました。スタッフの半分が去ったことで、新しく人を採用することができました。だから、うまくいったのでしょう。

    クリニックの診療理念は、待合室に設置されたボードの一番うえにも明記されている。

    ────辞めるスタッフの方がいても妥協をせずに、理念を貫かれたことがよかったのですね。

    そうです。スタッフ全員が納得する着地点を見つけようとしていたら、うまくいかなかったと思います。妥協せずついてきてくれる人たちとだけでやると決めたことが、よかったのだと思います。

    イベントを企画して、「感動・感謝・ワクワク楽しい」を創出

    次に私がしたのは、患者さんのコミュニティをつくり、イベントを企画することでした。対象は子どもたちです。「カムカムクラブ」という名称をつけました。3カ月に1回来院して歯の健康学習を行う、むし歯予防のクラブです。ニュースレターも発行し、年に2回「カムカムフェスタ」というイベントも行いました。

    (写真左)カムカムクラブの対象は、4~12歳。待合室には、最近来院したメンバーのポラロイド写真が貼られている。(写真右)そのほかに、妊娠中~3歳を対象にした「ハイハイクラブ」、矯正診療を行う患者向けの「スマイルクラブ」も運営(写真はスマイルクラブ)。自分の子どもの写真があれば、うれしいもの。コミュニティの一員であることを患者が実感できる仕掛けの一例だ。

    なぜ、このようなコミュニティを考えたかといいますと、「感動・感謝・ワクワク楽しい」ということを実現するには、子どもたちがたくさん来るクリニックにすることが一番だと思ったことが一つ。そしてもう一つ、コミュニティやイベントを運営すると、スタッフの中に強固なチームワークが生まれます。これが大事です。だから私は、スタッフを主役にするイベントを開催することに徹していきました。

    そのときにこだわったのは、「感動」。例えば、もう恒例になりましたが、海の日には、毎年「いりこ」「しそわかめ」を待合室で販売しています。これはたまたま、ご実家が山口県の萩で乾物屋を営んでいる歯科衛生士さんがいまして、「いりこ」と「しそわかめ」をいただいたら美味しかったのです。待合室に置いてみたら、用意した100セットが1日半ですべて完売。でも、これだけなら「売れてすごいね」とは思っても、感動はありません。

    ところがこれには続きがあります。その後すぐ「この夏あなたの思いが届く」という第二段のイベントを私は企画しました。乾物の売上金に医院からの協賛金をプラスして一人一万円をスタッフに渡し、「これで何か親孝行をしてください」という課題を出しました。スタッフの中には地方から出てきている人もいます。時期もちょうどお盆のころです。ご両親に何かプレゼントしてもいいし、食事をしてもいいし、とにかく何かしてくださいと。

    宿題の感想文に、みんなすごくいいことをいっぱい書いてくれました。あまりに素晴らしいので、本人たちの了承を得て小冊子にして、待合室限定で患者さんにも見てもらいました。スタッフが綴る両親への思いが、自分と重なるんですね。読みながら、感動で涙ぐむ方がたくさんいらっしゃいました。このように小冊子をつくるだけでも、感動って与えられるのです。

    ────スタッフと患者さんとの関係も深まりすね。

    そうです。日常の診療の中で「感動」を与えるのはなかなか難しいですが、イベントなら「感動」をつくることができます。患者さんに向けに「母の日プロジェクト」をやったときもそうでした。

    母の日の何日か前に来院したカムカムクラブの子どもたちに、歯のクリーニングが終わった後で、お母さんへの手紙を書いてもらうというものです。お母さんは待合室で待っていますからそれを知りません。サプライズです。シワにならないようにラミネート加工して、カーネーションも添えて。記念にポラロイドで親子の写真も撮って、それもプレゼントしました。

    そうしたら、お母さんたちがすごく感動してくれました。子どもも小学校高学年くらいになると、お母さんへの手紙なんて普通は書かないから、感動して涙を流すお母さんもいました。

    こういう小さな成功体験を、手を変え品を変え、たくさん企画していきます。私は小冊子だけでも50冊以上書きましたし、ポスターもDVDもつくりました。それも「人の真似はしない」「歯科医院では絶対にやらないようなことをする」と決めています。クオリティとオリジナリティに徹底的にこだわりました。

    スタッフに成長の場を与えることが、経営者の仕事

    ────そういった企画は、どのようにして思いつかれるのですか。

    発想を変えれば、何でもできます。歯医者だからこれはしてはいけないといったことはありません。

    ────お手本にされている企業などはありますか。

    もちろんあります。私が徹底的にこだわっているのは、患者さんのリピート率をあげること。リピート率が日本一の施設はどこかご存知ですか?

    ────ディズニーランド、でしょうか。

    そうです。私の中では、ディズニーランドがライバルです。といっても、ディズニーランドとここでは規模が違いますが、基本は変わらないと思います。ディズニーランドは、「非日常」です。歯医者も実は、「非日常」なんです。普通は「怖い非日常」なんですが、それを私は、「夢と魔法の王国」と同じように、「ワクワク楽しい非日常」に変えたいのです。

    それともう一つ、ディズニーランドは「ここで働きたい」と憧れを持たれる場所でもあります。茶髪を黒く染めてでもディズニーランドで働きたいという若い人が、たくさんいます。私も、「この医院で働いたことで、自分を変えることができました」といってもらえるような組織をつくりたい。その意味でも、私が目指していることはディズニーランドと一緒だと思っています。

    こういった「ヨリタワールド」をつくりあげるため、専任の職種も設けています。「感動クリエーター(※)」という職種です。この人たちは受付にも診療室にもいません。もちろん電話を取ることもありません。ヨリタ歯科ブランドを守るためいろいろな企画や制作物の製作に専念してもらっています。

    ────その職種は、いつ頃導入されたのですか。

    もう4、5年になります。手の空いている人にイベントをやってもらおうにも、毎日130人以上の患者さんが来院しますから、暇な人は誰もいません。でも、「暇なときはやるけれども、忙しくなったらできない」ということでは、ブランドをつくることはできません。だから、忙しいかどうかに関わらず、きちんとしたクオリティの企画を考えて実行できるスタッフが必要なのです。

    ────しかし、専任のスタッフを置くとそれだけ人件費がかかります。

    それは仕方がないでしょう。コストを削減することだけを考えれば、そんなスタッフはいりませんし、イベントをする必要もありません。さらに、そういったことをしないのなら、ヨリタ歯科クリニックが存在する意味もありません。

    結局、一番大切なのは、この医院で働いたことで人生が変わった、夢が持てたとスタッフが思えるかどうかです。仕事を通じて、どれだけ人を成長させられるか。そのための場を提供するのが、私たち経営者の仕事だと思っています。

    もちろん私たちは技術集団ですから、歯科技術の勉強会もしてスキルアップにも努めています。それだけではなくて、ここで働けたから、前向きに生きられるようになったと言って頂けたら最高に幸せです。

    イベントやさまざまな企画を打ち上げ花火で終わらせずに、「感動、感謝、笑顔が溢れる」という文化として定着させることができたのはなぜか。後編では、奇抜なアイデアだけに頼らない、綿密な経営術について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  スタッフに夢や目標を与える組織のつくり方(後編)

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