2008年10月アーカイブ ..

株式会社損保ジャパン・システムソリューション
前代表取締役社長 井戸 潔さん

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    (現損保ジャパンひまわり生命保険株式会社
    取締役 常務執行役員)

    社員の生きがい、働きがいを高める経営(前編)

     

    ダイバーシティへの取り組み、社員の成長機会の創出、労働環境の改善......、今、「非金銭的報酬」が注目されています。その背景には、行きすぎた成果主義を是正する動きがあることもさることながら、働く側の就労観の変化も見逃せません。2009年春の大卒者を対象にしたある意識調査では、入社した会社で「定年まで働きたい」と答えた新卒者が全体の41%に上りました。長期的な視点で企業が選ばれる今の時代、目先の報酬やインセンティブだけでは、もはや優秀な人財をつなぎとめることはできないのです。では、どうすれば社員の働きがいを高めることができるのか。2002年の就任以来、「社員に成長の機会を提供することが経営者の役割」という姿勢を貫く、株式会社損保ジャパン・システムソリューション代表取締役、井戸 潔さんに伺ったインタビューを2回シリーズでご紹介します。

  • 株式会社損保ジャパン・システムソリューション http://www.sompo-japan-sys.co.jp/

    1984年4月に、安田システム開発株式会社として設立。1989年、安田火災システム開発株式会社に、2002年、株式会社損保ジャパン・システムソリューションに社名変更。2005年に損害保険ジャパン社の情報システム部と統合し、現在の体制となる。国内損保事業におけるリテールビジネスモデルの革新や、国内生保・確定拠出年金・アセットマネジメント・ヘルスケア事業への注力、海外事業の積極展開などを成長戦略に掲げる損保ジャパン社を情報戦略の面から支える。

    KIYOSHI IDO

    1955年生まれ。78年に安田火災海上保険株式会社(現 株式会社損害保険ジャパン)入社。2000年に社長室 IT戦略室長、02年に情報システム部長を経て、同年6月に安田火災システム開発株式会社(現 株式会社損保ジャパン・システムソリューション)代表取締役社長に就任。07年に株式会社損害保険ジャパン 執行役員 株式会社損保ジャパン・システムソリューション 代表取締役社長。

  • 親会社のシステム部門と統合。2つの組織の融合が命題に

    ────2002年にご就任されてから7年目を迎えられました。この間、人財育成や組織運営という観点から見た企業経営には、どのようなステージがあったのでしょうか。

    2005年4月に損保ジャパンのシステム部門と統合したことが、ひとつの大きな転機だったといえると思います。昔は「損保ジャパンの情報子会社」と呼ばれていましたが、今や当社の業務は、損保ジャパンの業務そのものになっている。2005年を境に、会社の位置づけはまったく変わりました。

    つまり、「子会社」から「機能会社」へという段階があり、その次には、まさに「事業会社」を目指すという大きな流れがある中で、今は「機能会社」のステージにいるということです。子会社はどうしても受け身の仕事が中心になりますが、そこから脱して、システム戦略という一つの機能を担う機能会社になったということなんですね。

    会社の位置づけが変われば、社員の考え方や仕事の進め方も変わる必要があります。指示に従うことに全力を尽くすのではなく、「これはできる」「これはできない」ということをきちんとジャッジし、主体的に物事を進める風土を育てなくてはいけないわけです。

    ────そのためには、どのようなことが必要だったのでしょうか。

    まず必要だったのは、従来の損保ジャパン・システムソリューション(以下SJS)という会社と損保ジャパンのシステム部門という2つの組織を融合させていくことでした。共に競い合い、切磋琢磨して、それぞれの強みを発揮できる組織にするということです。

    本体と子会社という間柄ですと、やはりいろいろとあります。例えば、当社のプロパーの社員にとっては、損保ジャパンからの出向者は昔、教えを請うた人たちです。そうすると「お世話になった人だから」という気持ちが強くなりますから、いろいろな葛藤が生まれることもあると思うんです。

    ですからまず、「技術の会社としての原点にしっかりと立ち戻ろう」というメッセージを社内に伝えることが必要でした。「我々が目指すのは、2つの組織が単に1つになることではなく、第3の組織をつくっていくことだ」と。技術を持っているプロパーの社員とノウハウを持っている出向者をいかに融合して、付加価値の高いソリューション機能に仕立て上げるか。これが、統合した時に一番腐心したことですね。

    ────具体的には、どのような手を打たれたのですか。

    重視したのは、技術者としてのあるべき基準を明確に示すということです。人事制度や処遇は今でも別々ですが、技術者としては共に目指すべきことに向かってもらわなくてはいけない。そのために、統合に先立ってITSS(IT Skill Standard:ITスキル標準※)を導入しました。

    ※ITスキル標準:各種IT関連サービスの提供に必要とされる能力を、職種や専門分野ごとに明確化・体系化した指標。

    ITSSは、社員のスキルの評価や処遇の査定に利用されることも多い指標です。技術者の単価と結びつけ、お客様への請求に結び付けている会社もあります。しかし、我々がITSSに期待したのはそういったことではなく、まったく別な価値観を持った人たちを一つの方向に向けるためのフレームとして活用することでした。「技術者としての生まれ育ちが別であっても、SJSのエンジニアとしてこれを目指してほしい」ということを指し示すために導入し、今もITSSを技術者育成の指針にしています。

    人財の配置ではプロパー・出向の分け隔てなく、実力主義を貫く

    ただ、やはり一番重視したのは、社員のモチベーションをいかに高めるかということなんですね。高邁な理想や高度な知識云々ということではなく、どれだけモチベーション高く仕事に取り組んでもらうことができるか。人財育成は、これにつきるのだろうと思います。

    「人財こそSJSの最大かつ唯一の資産だ」ということが、私の以前からの持論ですが、これは裏を返せば、人財を育成しない限りSJSという会社は成長しないし、明日もないということ。では、社員の成長を支えるのは何かといえば、それは一人ひとりのモチベーションにかかっているということだと思うんですね。

    ですから人財を配置してラインの構成をつくるときには、実力主義を貫くということを極めて意図的に行いました。ややもすると、親会社からきた社員がラインの長に就くことになりがちですが、システム開発は「いい腕を持っていてなんぼ」の世界です。だから、我々は実力主義でいこうと。その結果、プロパーの社員を高い役職に就け、その下に本体からの出向者をつけるということをかなりやりましたね。

    ────現場のみなさんの雰囲気はいかがでしたか。

    最初は戸惑うこともあったのではないでしょうか。現場の社員からすると、昔お世話になった人に指示を出さなくてはいけないわけですからね。これは辛いことだとは思いますが、そこに耐えてもらわないと、会社全体が同じ方向を向けるようにはなりません。それに、プロパーの人にとってSJSは自分の会社です。自分の会社なのに、自分の頑張りが報われないと思うことほど、つまらないことはないわけですよ。

    意思決定のスピードを速めて開発力を強化するということが統合本来の目的ですが、そのためには一人ひとりの社員がやりがいを感じ、エンジニアという仕事に今まで以上の生きがいを見出す組織をつくりあげることが不可欠。どうすれば社員のモチベーションを高めることができるかを、最優先に考える必要があるんです。

    ────「実力主義」の実力は、どのようにして測るのですか。

    我々は独立系ではなくユーザー系の会社ですから、損保ジャパンの情報システムの価値をいかに高められるかということが、実力と同義になります。そういった観点から一人ひとりの社員の顔を思い浮かべ、これまでの実績を十二分にチェックしたうえで配置を決定しました。

    私も以前は本体のシステム部門にいましたので、受け入れた出向者はみんな私のもと部下。全員をよく知っているものですから、決定はすべて私の判断。こういったことはトップダウンでやるしかないんですね。何かの指標に従って実力を測ったわけではないのは、私が「定量的」や「基準」といったことがあまり好きではないということもありますが(笑)、人財の配置には自信はありますね。

    刺激と機会を与えれば、人は確実に成長する

    ────社員のモチベーションを高めるということは、どの企業にとっても究極のテーマかと思います。人員配置の配慮のほかには、どのようなことをなさられたのでしょうか。

    一番必要だと思っているのは、日々の仕事では経験できないような機会を与えてあげることです。何かのプロジェクト開発をやったからといって、それは日常業務の延長。そのことによってモチベーションが高まるわけではありません。そうではなくて、普段では接することのないような場を経験させる。その機会をつくることが、経営の役割なのだと思います。

    どういうことかといいますと、例えば当社では、損保ジャパンおよび損保ジャパングループ以外の仕事を請ける外販事業も行っています。しかし、外販事業で収益を上げることは考えていません。そうした中に社員が入っていくことは他流試合になります。その他流試合を通して人が育つ。そこに価値があるんですね。

    こんな話をすると、「私たちは黒字にしようと思っています」と外販事業の社員に叱られますが(笑)、私はいつもいうんですよ。「これは収益をあげるための事業ではなくて、投資なんだよ」と。こちらとしては、多少は赤字になってもいいじゃないかという気持ちでやっているわけです。

    機会の創出としてはもう一つ、中国の大連に開発拠点をつくりまして、オフショア開発(※)にも取り組もうとしています。これから中国の経済がどうなるか、人件費が上昇する中で安定的に人財を調達できるのかといった不透明な部分は十分に認識していますが、そのリスクを考えてもなお、中国での開発を社員に経験させることには大きな意義があると思っているんです。

    ※オフショア開発:システム開発を海外に委託すること。

    これはよく笑い話にすることなのですが、技術研修を企画してもいつも定員に満たないんですよ。けれども「中国語の研修をやります」というと、すごく人が集まる。やはり、みんな刺激を求めているんですね。

    日ごろはどうしても、親会社との閉ざされた世界の中で仕事をすることになります。これがユーザー系の会社の最大の欠点であり、問題点。それを変えていくためには、まったく別な世界を見せてあげないといけないわけです。ですから中国での研修を行った際には、「行きたい」と手を挙げた社員は業務に関係のない人も全員行かせました。

    ────会社としては相当のコスト負担ですね。

    コストではなく投資。必要なことだと思いますね。といっても、すぐに何か数字的な効果が表れるというような、過剰な期待はしていません。中国に行かせた中から1人でも2人でも目覚める人が出てくれれば、それが会社の価値になりますから。

    中国で見るもの、聞くもの、肌で感じるものすべてが、彼らにとっては経験したこともないもののはず。例えば、同年代のエンジニアが真剣に仕事に向う姿勢を目の当たりにするだけでも、ずいぶん違うと思います。残念ながら今の日本は、飽食の時代ということもあるんでしょう。全てを投げうって仕事に打ち込むことは、少なくなりましたからね。でも、やはりエンジニアは真剣勝負の中で生きていかなくてはいけないということを、1人でも2人でも中国で感じてくれればそれでいい。それが将来、会社が成長する一つのきっかけになってくれればいいと思うんですね。

    結局、日常の淡々とした仕事の中では、人間は成長しないわけです。毎日朝の9時に眠いなと思いながら会社に来て、上司からは「早くしろ」といわれて(笑)。そんなことでは、成長なんてしませんよ。やはり、新しい世界を見せなくてはいけない。それが経営の役目だと思っています。オフショアの研修で中国に行った社員からは「すごく刺激になりました」とメールをもらったのですが、そういう風に思ってくれるだけでも十分なんじゃないでしょうか。

    ────社員の方から社長に直接メールがくるのですか。

    よくもらいますよ。返信すると、びっくりするようですが(笑)。おそらく上司から「社長に礼状ぐらい送れ」といわれているのだろうと思いますが、そういったメールをもらうと、やったことの意義は十分にあったなと思うんですね。

    また、これは他社でもされていることかとは思いますが、本体への出向も積極的に行っています。「どんなに人が足りなくても、1人か2人は必ず出せ」と。これも、環境を変えることが目的です。「こういう価値観で仕事をすることが必要なんだな」「こういう仕事の進め方があるんだな」といったことを感じ取ってほしい。そのために行っているものです。

    「社員に成長の機会を与えることが経営者の役割」という考えは、組織運営のすべてに徹底されています。教育研修や採用、新人育成はどのように行われているのか。3年前の統合時と比べて、会社はどう変わったのか。後編も引き続き、井戸社長の組織運営について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  社員の生きがい、働きがいを高める経営(後編)

未来工業株式会社
取締役相談役 山田 昭男さん

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    後発からシェアトップを実現した「社員を感動させる経営」(後編)

     

    混迷する経済状況の中、企業経営には様々な障害がつきまとう。とりわけ中小企業には厳しい時代が続いているが、常識に反する型破りな経営で未来工業は成長してきた。業界最大手の寡占市場に挑戦し、商品によってはシェア8割を占めるまでに成長した原動力は、社員の意欲を引き出す「社員を感動させる経営」にある。また、差別化を常に考える社風から生まれた製品は、今や2万点を超える。売れ筋商品に絞る他社の逆を行くことで、「未来工業ならどんな資材もそろう」と、ユーザーの支持を得た。重要なのは先行する大手企業と同じ事をしていては勝てない、という状況認識である。変化が激しい今の時代においては、業界の大方の企業の戦い方ではなく、極めて非合理な戦略が、ある種の合理性を獲得していくのではないだろうか。

  • 未来工業株式会社http://www.mirai.co.jp/

    1965年創立。山田氏が、当時熱中していた演劇の仲間を募って4人で起業。実家が営む電気設備資材メーカーを「仕事もせず劇団に入れ込み過ぎる」と勘当同然にクビになったことが起業のきっかけ。社名は劇団名の「未来座」から命名した。資本金は50万円。仕入れ先も顧客もなく、競合するのは「世界のナショナル(松下電工)」という逆風のスタートから、常識に逆らう型破り経営で急成長を遂げ、1991年には名古屋証券取引所第2部に上場。2008年3月期の売上高は319億7300万円、経常利益は39億6000万円(いずれも連結)、2007年3月期までは16期連続増収、8期連続増益という優良企業に成長した。

    AKIO YAMADA

    1931年、上海生まれ。旧制大垣中学校を卒業後、家業の山田電線製造所に入社。家業の傍ら劇団「未来座」を主宰し、 1965年に劇団仲間4人で未来工業を設立。1991年、名古屋証券取引所第2部に上場。2000年から取締役相談役。岐阜県中小企業同友会代表理事、同会長、岐阜県電機工業会会長などを歴任。著書に「楽して、儲ける!」(中経出版)。

  • 中途半端な施策では、効果は期待できない

    ────他の企業も御社のように年功序列制を導入し、「年間休日140日」などの社員を感動させる施策を導入すれば、社員の意欲を高めることができるのでしょうか。

    どうでしょうか。そういったことをやる人は誰もいませんからね。みなさん、「そんなことをしたら、うちは倒産する」とおっしゃるから。ただ、一番の問題は、中途半端にやるのはダメだということなんです。どれだけ、とことんやれるか。これが大事です。

    ────しかし思い切った手を打つには、勇気がいるように思います。

    怖さはあるでしょうね。だけども、そもそも商売を始めるということ自体が怖いことなんですよ。どんな会社も創業したときには、すでにその分野に競合する先行企業があったはず。当社だって、そうでした。先行企業には地盤も資金も顧客も、全部ある。こちらには、そんなものは何もない。それでも、みなさん怖がらずに商売を始めたわけでしょう。

    それが、社員が10人とか15人といった規模を超えた途端に、「こんなことやったらヤバイな」と怖がるようになるんですよ。私は35年間、中小企業の団体(岐阜県中小企業家同友会)の代表を務めて、何万人という中小企業の社長とつきあってきましたが、みなさんそうですね。でも、今までの商売が何とかなってきたんだから、これからも怖がらずに勝てると思ってやればいいわけですよ。

    ────御社の手法を取り入れた企業もあるのですか。

    私が知る範囲では、岐阜県と沖縄県に4社あります。「欠勤したら日割で給料を引くのに、休む社員が減らない」というから、「それは、給料を引かれてもいいということだ」と教えた。そうしたら、「山田さんのいう通りにやってみたい」と、欠勤しても給料を引かない未来工業方式を取り入れたわけです。で、どうなったか。3年経ったころに聞いたところ、「あれだけ休んだ社員が、まったく休まなくなった。不思議なもんだ」と、感心していましたね。

    でも、しょっちゅう講演に呼ばれて何万人にこの話をしていますが、実行したのはまだ4社。誰もやらないんですね。怖がって。

    ────未来工業方式を導入したとして、効果が表れるまでにはどのくらいの時間がかかるのでしょうか。

    どうでしょうか。その会社の例でいえば、私が確認したのは3年目ですから、それまでには変化があったということですね。ただ一ついえることは、徹底的にやらないと社員は感動しないということです。

    休んでも給料を払う代わりに、そもそも休みが少ないというのでは、「こき使いやがって」と社員の不満は消えません。休んでも給料がもらえる喜びと、年間休日が少ないという不満が相殺されてしまう。それではダメなんです。もしくは、休んでも給料を払う代わりにサービス残業をさせるとなったら、もうおしまいですよ。「悪貨は良貨を駆逐する」というように、物事は悪い印象のほうが強いもの。すべてを感動させるネタで徹底しなくてはいけないわけです。

    例えば、未来工業は残業禁止ですが、そうすると「残業をして稼ぎたい」という社員が不満を持ちます。だから、他社で残業手当をもらったのと同じ水準の給与を払っています。残業がないのに残業したのと同じだけの給料がもらえれば、社員は喜びますよ。感動します。

    ────そのためには、会社に原資が必要です。

    その考えが違うんですよ。「残業をしたのと同じだけの給料を払う」と、まずは決めてしまうんです。そうすれば、社員は残業しなくても仕事をちゃんとやるようになって、会社は回ります。残業手当が出るとなれば、残業するために引き伸ばして仕事をします。「残業しないと、お客様の要望に応えられません」と大義名分を出してくる。

    「そんなに仕事があるなら、人を雇え」といっても、「仕事は4時間分ほどですから、人を雇うほどではありません」という。でもそれは違うんですよ。残業手当は基本時給の1.25倍ですから、4時間分の残業は通常勤務の6時間分です。当社は7時間15分勤務ですから、残りの1時間15分を遊ばせたってどうってことはない。「だから、人を雇って残業はするな」と。

    では現場はどうするかというと、雇いませんよ。雇えば会社の利益が減って、自分の分け前も減る。それがわかっているから人は雇わずに、自分も残業せずに、ちゃんとやる。人間っていうのは、そのようにできとるんです。

    もう一つ徹底しているのは、未来工業は「ホウレンソウ」、つまり報告・連絡・相談は禁止です。例えば上司に何かを相談して「やるな」といわれたら、その人間は不満を持ちます。人間には誰しも自負があるわけだから、「こんなにいい物を考えたのに、上は拒否しやがった」となるわけです。だから、不満を持たせないためには、全部思う通りにやらせればいい。「どんどんやりなさい」、と。で「ダメならやめなさい」、と。

    ────やめるかどうかの判断は、どなたがなさるのですか。

    それも自分です。自分で考えてやったんだから、やめるかどうかも自分でやりなさいということです。とにかく、不満を持つネタは徹底して取り除き、徹底して感動させる。そうすれば、社員は「この会社のために頑張ろう」と思うようになるんです。

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    未来工業の社内には、いたるところに「常に考える」というプレートが貼られている。全社員が常に工夫を考え、アイデアを形にする行動力を持つことが成長の原動力だ。
    ただし、社員の考えを受け入れる土壌がなければ、「常に考える」風土は根づかない。未来工業には、「ホウレンソウ禁止」に加えて、次のようなエピソードもある。

    「デンコー・マック(作業用ナイフ)が成功してしばらくしたら、『その構造を使って魚釣り用のナイフをつくったら売れるんじゃないか』という提案が上がってきた。おもしろそうだというので(中略)商品化したが、これは年間300~400本しか売れていない。というより売りに行ってないのだから、売れるはずもない。(中略)じゃあ、なぜ、わざわざ製品化したのか? 常に新しい提案を続けていくには、そういう場が必要だからである」(「楽して、儲ける!」より)
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    経営者が担うべきは「戦略」。「戦術」には手を出すな

    ────すべては、「社員を感動させる」というところに行きつくのですね。

    そうです。それに関連した話では、こんなこともありました。私は岐阜県の中小企業家同友会で「岐阜みらい塾」という塾を持っているのですが、あるとき「社長は売るな、買うな、つくるな」ということを教えたんです。なぜかといえば、それは全部、社員の仕事。社員の仕事を社長がかっぱらったら、社員は頭にきます。社員は自分のことを、営業のプロ、経理のプロ、購買のプロ、製造のプロだと思っとるわけでしょう。それを奪って、社員が「頑張ろう」と思うはずがないんです。

    そうしたら、それを実行して経営が傾いてしまった会社があった。「山田さんのいう通りにしたらこうなった」といわれて私も参ったのですが、私は「売るな、買うな、つくるな」とはいっても、ほかっておけ(放任しろ)といった覚えはないんです。それをほかっておいたから、会社が傾いた。そこでハタと気がついて、以降は「売らせろ、買わせろ、つくらせろ」と、言葉を変えたわけです。

    「売る」というのは、「たくさん売る」「高く売る」こと。「買う」というのは、「安く買う」「いい物を買う」こと。「つくる」というのは、「たくさんつくる」「安くつくる」「いい物をつくる」の3つ。これが社員の務めですね。これらをやるために考えることを「戦術」といいます。それに対して、社長が考えるべきことは「戦略」。これを両方やってはダメなんです。

    こんなこともありました。岐阜県中小企業家同友会の会員の、ある2代目社長が相談に来たんですよ。「親父は私に『陣頭指揮、率先垂範をしろ』といって会社を譲った。けれども山田さんは、『それはしてはいけない』という。俺は目が回っとるから、ゆっくり話を聞きたい」と。聞いたところその先代は、戦争中は軍隊で小隊長をしていたそうです。で、「『突撃』といって一番先頭を走らないと部下がついてこないことを経験した。経営も一緒だといっている」と。

    そこで、私はいったんですよ。「よくわかる話だけども、思い違いもいいところだ」と。小隊長というのは、軍隊では一番下の位です。上には中隊長、大隊長がいて、さらに上には連隊長と師団長がいる。会社でいえば、小隊長は係長。課長以下ですよ。軍隊で一番偉いのは総司令官であって、これが社長と同等なんです。

    だから、「どこの世の中に、総司令官が軍刀を持って先頭を走る軍隊があるか」と。司令部で机の上に地図を広げて、兵隊をどう動かすかという戦略を練るのが総司令官の仕事であって、「そういうのをまったく考えないで戦争をやったって、烏合の衆で勝てるわけがないだろう」といったんです。そうしたら「なるほど」と、帰っていきましたけどね(笑)。

    ────「戦略」で最も大切になるのは何でしょうか。

    どうしたら社員を感動させられるか。これを徹底させることにつきます。経営コンサルタントなどはいろいろなことをいいますが、全部無視していいと私は思いますね。戦術は社員に任せるわけだから、社長に対する「ホウレンソウ」は禁止。私はだいたいが「よきに計らえ」だから、社員のほうが危機感を持って自分たちで考えるようになります(笑)。

    社長は、社員が「高く売ろう、たくさん売ろう」という気持ちになっているかどうかの情報さえ持っとればいいんです。売ったか売らなかったかなんて、いってみればどうでもいい。過去のことなんだから。

    ────しかし、過去を分析するのは経営の定石です。

    過去を分析して何ができるのか、というのが私の持論です。でも、日本人は分析が好きですね。営業でも「この商品はいくつ売れたか」「この顧客には何が売れたか」と、みんなデータをつくる。でも、そんなものは全部過去。「この商品をあの会社にどれだけ売ろうか」というデータは、これは未来だからいいけれども、いくら売れたかという過去はいらないんですよ。

    経営者は社員を感動させるだけでなく、先が読めなくてはならない

    ────過去にこだわりすぎると、未来が見えなくなるということでしょうか。

    そう。経営者は、先が読めなくてはいかんと思いますね。未来が読めるカリスマでなくてはいけない(笑)。

    ────1973年のことになりますが、すべての商品にJIS(日本工業規格)を取得されました。これも、時代に先手を打ったということでしょうか。

    あの当時は、「保革伯仲」といって自民党と社会党が伯仲し、「次の衆議院選挙は社会党が勝つ」と、日本中がそう思っていた時代でした。その動きを読むうちにJIS規格の取得を思いついたわけです。どういうことかというと、われわれ建設関連の業界は公共事業が多いんですね。しかし、公共事業はゼネコンの寡占状態で、地方には仕事は回ってきません。するとどうなるか。頭にきた地方の建設業者は社会党に票を入れるはずで、そうなると自民党にとっては建設業の票田が崩れることになる。これは、自民党は土木建設業に対して何か手を打つだろうなと思って見ていたわけです。

    そうしたらやはり、共同企業体、つまりジョイントベンチャーという方策を考えてきて、ゼネコンにその他の建設業者をつけましょうということをやった。だから建築屋はみんな喜んで、次の選挙は自民党が勝ちました。いわゆる懐柔策ですね。自民党が建設屋の頭をなでたということです。

    とすると自民党は、今度はメーカーの頭をどうやってなでるかなと考えたわけです。当時の公共事業は、95%がメーカー指名です。指名されるのは松下電工や東芝ばかりで、われわれは商売になりません。つまり、仕事をもらえない中小のメーカーは怒る。それをなだめるために自民党はどうするか。そう考えて思いついたのが、JISだったわけです。

    当時も95%はメーカー指名でしたが、残りの5%はJIS規格の製品ならOKということになっていましたので、今後はその比率が逆転する流れになって、中小にも門戸が開かれるはずだと。そこで急きょ技術部を作ってJISの勉強をし、当社の関連製品すべてにJIS規格を取得したんですよ。

    当時はまだ、JIS規格を取得していたメーカーはほとんどありませんでした。なぜかって電気用品取締法をクリアしていれば、それで商売ができたわけですから。そうしたら未来工業がJIS規格を取得し終わるのを待っていたかのように、公共事業のメーカー指名が廃止されて、代わりにJIS規格の製品ならどのメーカーでもいいということになったんです。日本中の公共事業がそうなった。そこでまた、業績が大変に上がったわけです。

    飛躍的に成長するには、プラス思考が必要

    ────過去にこだわらずに未来を考えるというのは、前向きな思考でもありますね。

    そう、経営にはプラス思考が必要です。こんな話もありました。当社は70歳定年制を導入していますが、そうすると周りの中小企業の社長連中はみんな「どうして未来工業さんは、社員を70歳まで雇って生産性を維持できるのか」と聞いてくるんです。そんなことは、私だってわかりませんよ(笑)。こっちが教えてほしいくらいです。

    逆に聞きたいのは、なぜ70歳まで雇用することの弊害ばかりを心配するのかということなんです。だって70歳まで雇ってもらえると思えば、社員は感動するでしょう。これも日本で当社だけではないかと思いますが、60歳を過ぎても定年まで給料は一切下げません。法律では、60歳以降は再雇用して給料を下げていいことになっているけれども、当社は70歳まで一銭も下げない。これはもう、若い社員が感動して一生懸命働くようになりますよ。

    ────高齢者を雇用して生産性が落ちるマイナスよりも、若手・中堅社員の生産性が伸びるプラスのほうが大きいということでしょうか。

    そう。だから、経営者にはそういったソロバンができることも大事です。それに、社員が本当に70歳まで勤めるかどうかなんて、わからんのですからね。60歳ぐらいで倒れてくれるかもしれない(笑)。仮に70歳まで勤めたって、全社員に占める割合は数%ですから、大した問題じゃない。でも、みんなはいうんですね。「70歳まで勤めたらどうするんですか」と。

    欠勤しても給料を引かないというやり方にしたって、「そんなことをしたら欠勤が増えるのではないか」と思うのはマイナス思考。「もらった分だけ頑張ろうと思うだろう」と考えるのがプラス思考。実際にちゃんとくるんですよ、社員は。万が一休みが増えるようなら、その施策をやめればいいだけの話ですしね。

    だから、下手に心配して中途半端にやるのはダメ。やるからには徹底的に、社員を感動させる。社員がやる気を出して初めて、商品やサービスの差別化ができるのであり、それなくして会社の成長はありえないんです。

    ────ありがとうございました。

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