2008年9月アーカイブ ..

未来工業株式会社
取締役相談役 山田 昭男さん

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    後発からシェアトップを実現した「社員を感動させる経営」(前編)

     

    混迷する経済状況の中、企業経営には様々な障害がつきまとう。とりわけ中小企業には厳しい時代が続いているが、常識に反する型破りな経営で未来工業は成長してきた。業界最大手の寡占市場に挑戦し、商品によってはシェア8割を占めるまでに成長した原動力は、社員の意欲を引き出す「社員を感動させる経営」にある。また、差別化を常に考える社風から生まれた製品は、今や2万点を超える。売れ筋商品に絞る他社の逆を行くことで、「未来工業ならどんな資材もそろう」と、ユーザーの支持を得た。重要なのは先行する大手企業と同じ事をしていては勝てない、という状況認識である。変化が激しい今の時代においては、業界の大方の企業の戦い方ではなく、極めて非合理な戦略が、ある種の合理性を獲得していくのではないだろうか。

  • 未来工業株式会社http://www.mirai.co.jp/

    1965年創立。山田氏が、当時熱中していた演劇の仲間を募って4人で起業。実家が営む電気設備資材メーカーを「仕事もせず劇団に入れ込み過ぎる」と勘当同然にクビになったことが起業のきっかけ。社名は劇団名の「未来座」から命名した。資本金は50万円。仕入れ先も顧客もなく、競合するのは「世界のナショナル(松下電工)」という逆風のスタートから、常識に逆らう型破り経営で急成長を遂げ、1991年には名古屋証券取引所第2部に上場。2008年3月期の売上高は319億7300万円、経常利益は39億6000万円(いずれも連結)、2007年3月期までは16期連続増収、8期連続増益という優良企業に成長した。

    AKIO YAMADA

    1931年、上海生まれ。旧制大垣中学校を卒業後、家業の山田電線製造所に入社。家業の傍ら劇団「未来座」を主宰し、 1965年に劇団仲間4人で未来工業を設立。1991年、名古屋証券取引所第2部に上場。2000年から取締役相談役。岐阜県中小企業同友会代表理事、同会長、岐阜県電機工業会会長などを歴任。著書に「楽して、儲ける!」(中経出版)。

  • 社内のすべてに「差別化」の発想を持ち込む

    ────ご著書「楽して、儲ける!」の中で、後発から先発企業に勝つには「差別化が必要である」と書かれ、その結果として多くの独自商品を生み出されました。どのようにして、差別化を実現されたのでしょうか。

    まず一つやったのは、一から十まですべて人がやることの反対をしようということでしたね。未来工業の商品である電設資材は、規格が法律(電気用品取締法)で決められているので、そもそも工夫はしてはいけないことになっとるんです。これは辛いですよ。工夫を考えてはいけないんだから。その条件のもとで、4人で会社を立ち上げたわけですが、敵は何万人、何兆円の松下電工。ものすごいブランドです。一方で、未来工業のブランドはゼロ。日本中で誰も、未来工業のことは知らない。そこから差別化が始まったわけです。

    といっても、そんな零細企業に入社してくるのは凡人に決まっとります。賢いのはみんな大企業に行くんだから。だから商品は差別化しなくてはいけないけれども、凡人だから考えようがない。しかし、考えなくてはいけないという宿命を負った。で、どうするか。一から十まですべて人がやることの反対をしてみようと。これが差別化の始まりです。

    極端な例では、「トイレに行っても手を洗うな」と。そんなこともいいましたね(笑)。それも差別化だから。もちろんみんな手は洗っていましたけど、そうやって差別化するクセをつけておくと、商品の差別化を考えるときにいくつかはアイデアが出るだろうと思ったわけです。

    そのほかにも、うちの会社には「日本で唯一」というものがいくつもありますよ。どこもやってないことをやれば、それが差別化になりますから。あるときテレビ局がうちの会社の「日本一」を取材したいといってきたから紙に書き出したら、40ぐらいあったこともありましたね。

    ────例えばどのような「日本で唯一」があるのですか。

    株主総会は仏滅にやります。横並びではいけないというのは商売の鉄則ですが、他社はたいてい大安にやるでしょう。だから、当社は仏滅。今どき、横並びではメシは食えません。本社の廊下に一日中電気をつけないというのも、日本中で当社ぐらいではないですか。それから、本社には社員が350人いますがコピー機は1台。廊下の消灯とコピー機1台は、あちこちのテレビ局がずいぶん取材にきましたよ(笑)。なぜ電気をつけないか、なぜコピー機が1台かというと、無駄だから。そして、これも差別化だからです。

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    差別化を常に考える社風から生まれた製品は、今や2万点を超える。売れ筋商品に絞る他社の逆を行くことで、「未来工業ならどんな資材もそろう」と、ユーザーの支持を得た。「シェアを取るための"ムダ"」(「楽して、儲ける!」より)だという。
    2万点の製品は、どれも独自の工夫がなされたもの。徹底するのは、小さなアイデアを大事にすることだ。壁面に取り付けるためのねじ穴が他社は2穴のところを、より固定しやすい4穴にするなど、規格が法律で定められている製品でも「徹底すれば工夫のネタはいくらでも出てくる」(同)という。
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    お客様を感動させるために、まずは社員を感動させる

    ────商品開発に直結しないようなところでも、差別化を徹底されているのですね。

    そうです。そこで大事なのは、差別化のクセをつけることに加えて、社員を感動させるということです。私は経営者が集まる講演に呼ばれることが多いのですが、そこで必ずいうのが、社員は「人材」ではないということ。人材の「ざい」は、財産の「財」でなくてはいけない。「材」の字を使うのは、材料です。材料とは木や紙や鉄のことで、これには感情がない。でも、人間には「感情」があります。お金を儲けるという「勘定」もある。それを材料と一緒にするなよ、ということなんです。

    誰が、材料扱いされて「頑張ろう」という気になりますか。人間には「頭にくる」という感情もあるんだから、「誰が働くか」と思うでしょう。しかし、「この会社のために働こう」という感情を持ったときには、「儲けよう」という勘定もできるようになるわけです。つまり、今流行りの言葉でいえば、社員の「モチベーション」を高めなくてはいけない。では、モチベーションを高めるにはどうするか。それには「モチ」が必要。社員に「餅」を与えるということです。

    ────「餅」を与えるとは、どうすることをいうのですか。

    社員を喜ばせるということです。つまり、社員を感動させればいいんです。そもそも、商売というのは、お客様に商品を買っていただいて成り立つもの。そのためにはお客様を満足させて、喜ばせんといかん。お客様を感動させなくてはいけないわけです。では、お客様を感動させるのは誰かといえば、それは社員です。それならば、まずは社員を感動させなくてはいかん。社員を感動させるためには、餅が必要。それが私の持論です。

    だから、当社には「日本で唯一」がたくさんあるといいましたが、そのほとんどは「どうすれば社員を感動させられるか」を考えて生まれたものです。例えば、年間休日数は、日本で最多の140日。勤務時間は8時30分から16時45分までで、残業は禁止です。140日も休ませれば社員は喜びますよ。なぜかって、社員というのは働きたくないものなんだから。本当は、働かずに給料をもらえるのが理想。だから、休みが多ければ感動します。それも中途半端にやっちゃダメ。感動するところまで喜ばせなくてはいかんわけだから、当社の年間休日は日本で最多にしているんです。

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    そのほかにも未来工業には、社員を感動させるための次のような制度や仕組みがある。

    ●経費を徹底的に節約する一方で、5年に一度の社員旅行(海外)は全額会社負担。毎回1億円以上を支出する。
    ●工場も含めて制服はなく、全員私服で勤務可。ただし私服が汚れることを配慮し、年に一度「制服代」として被服費を支給する。
    ●70歳定年制。60歳以降も再雇用扱いにはせず、減給は一切なし。
    ●育児休暇は最長3年間取得可能。
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    「権利主義」ではなく「義務主義」が、社員の意欲を高める

    ────インセンティブ制度を導入する、人事考課制度を再構築して公正な評価に努めるなどして、社員の動機づけに力を入れる企業が多くありますが、こういったことも「餅」を与えることにつながるのでしょうか。

    成果主義を導入する会社も多いですが、それは違うんですよ。「馬にニンジン」という言葉がありますね。馬なら走ればニンジンをやればいいけれども、社員は人間です。馬と一緒にするなよといいたいですね。「これだけの働きをすれば、これだけの報酬をあげますよ」というのは、「走ったらニンジンをあげますよ」というのと同じこと。社員を喜ばせようという気持ちがあることはわかりますが、そんなことをやっていて人を使えるわけがないんです。

    成果主義には目標やノルマがありますが、ノルマが効果を発揮するのは何万人という大企業の場合であって、中小企業には絶対に価値がないというのが私の持論。中小企業にくるような社員は凡人であって、大企業の社員とは違うわけですよ。成果主義は、成果を挙げなければ給料がもらえない。そうすると「お金はいらないから、働かない」という人が絶対出てくるんです。働いた人には、お金をもらう権利がある。それに対して、お金がいらない人には、働かない権利がある。これを「権利主義」といいます。

    大企業のように、年収1500万円や2000万円という待遇を与えられえるならノルマにも価値があるけれど、中小企業は社長だってそれくらいの報酬を得られるかどうかあやしい会社も多いでしょう。ましてや社員は、課長になったって部長になったって、平社員と大して変わらんのですよ。働きも変わらんし、給料の中味も大して変わらん。それだったら「金はいらないから働かないよ」となるんです。

    未来工業では成果主義は禁止、年功序列です。売らなくても一定の給料を払います。その代り、売っても給料は増えません。だからといって全員一律に安い給料では社員は感動しないわけで、給与水準は地域で一番になるように設定しています。そうすると、どうなるか。「これだけもらっているのだから、売らなくちゃ悪いな」と思うようになるんです。これを「義務主義」といいます。

    「給料に見合うだけの働きをしなくては悪い」と。これを思えるのが、日本人の特徴なんですよ。なぜかといえば、日本人は儒教の精神を持っているから。今はもう学校で儒教を教たりましませんが、生まれる前から遺伝子を持っているんです。狩猟民族に儒教の遺伝子はないけれど、農耕民族である日本人にはその遺伝子がある。だから、「やらないと悪いな」と思えるわけです。

    ────やってもやらなくても給料が同じなら、サボろうと思う方はいないのですか。

    みなさん、それをいいますね。社員は「2:6:2」で優劣が分かれるという理論を持ち出す人もおる。けれども、「みんながやる」という風土をつくっておけば、評論家がいうような「2:6:2」ということはありえません。サボると居たたまれないんですよ、本人が。周囲はみんなやっとるんだから。農耕民族の最大の特徴は横並びですから、結局はつられてやるものなんです。

    では、成果をあげても給与が増えないというのはどうなのか。そういうことを聞いてくる人もいます。それは私にいわせれば、「勝手に成果をあげて、給料をくれというな」ということなんですよ(笑)。現に、私は社員に「やれ」とか「頑張れ」なんてひと言もいいません。それでも、やるやつはやる。そうすると、私が怒鳴りつけるわけです。「バカたれ、誰がやれといった。やるなよ」と(笑)。でも、「やるな」といわれてやらないかといえば、絶対やるんですよ。なぜかといえば、日本人というものは、やることによって自己満足感を持つものだから。だから「やるな」といっても、働くんです。

    「年間休日140日」「残業禁止」「定年70歳」「成果主義の禁止」といった施策は、部分的に導入しても「効果はない」と山田さんはいいます。では、個々の施策を考える以外にどのような発想が必要なのか。後編では、山田さんの人間観、経営観を伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  後発からシェアトップを実現した「社員を感動させる経営」(後編)

帝人株式会社 人財部長
兼 帝人クリエイティブスタッフ株式会社 人財部長
武居 靖道さん

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    帝人クリエイティブスタッフ株式会社
    人財部 人財開発グループ
    鈴木 崇之さん

    「改革」は経営トップが社員の声に真摯に向き合ったとき、
    動き出す(後編)

    「もっと若々しい会社にしたい」若手社員のこの様な思いから始まった帝人株式会社の風土改革プロジェクト。研修にて当時の取締役会長が若手中堅社員の提言を聞いたとき「すぐやろう」と即決で採用したことが発端だ。他の企業ではどうか。教育やプロジェクト等で社員に提言をさせるものの「分かっていない」「きちんと考えられていない」等といったケチがつく、社員のモチベーションは低下して「何を言っても無駄」という気運が逆に悪しき風土として根付く・・・という話も少なくない。会社が変われるかどうかは、経営トップが、特に末端の社員の声をきちんと聞けるかどうかにかかっている。

  • 帝人株式会社http://www.teijin.co.jp/japanese/index.html

    1918年創立。東京帝国大学(現・東京大学)の学生であった久村清太氏を新興の総合商社、鈴木商店の大番頭、金子直吉氏が支援する形で、帝人の前身となる帝国人造絹絲(株)が誕生。今でいう産学協同のベンチャー企業として帝人は産声をあげた。その後、合成繊維の台頭や円高不況、オイルショックといったさまざまな経営危機に見舞われるが、"ベンチャー魂"と世界トップクラスの技術・品質で乗り越え、2006年には売上高一兆円を突破。この間、2003年には持ち株会社制への移行を果たす。素材メーカーとしての技術を発展させた事業は、ポリエステル繊維事業を筆頭に、高機能繊維、フィルム、樹脂、医療医薬など7つの事業分野に広がり、グローバル企業グループとして国内子会社81社、海外子会社74社を持つ。

    YASUMICHI TAKESUEA

    1956年生まれ。1980年に帝人株式会社に入社。勤続28年の間2年間を除き、一貫して人事畑を歩む。入社時は愛媛工場勤労課に勤務。その後、三原工場事務室勤労班、大阪本社の勤労部を経て、1999年に帝人全体の人事施策企画機能を担う人財企画室が発足すると同時に東京本社の同室に異動。翌年に大阪本社の人財部に異動し、2001年に帝人化成株式会社・人事勤労部部長に、2004年に同・資材部部長に就任。2006年4月から現職。

    TAKAYUKI SUZUKI

    1972年生まれ。製薬会社のMR(医薬情報担当)を経て、2003年に帝人株式会社に入社。医薬医療事業において海外との提携業務に従事するかたわら、2003年4月からは「私がやる!」プロジェクトの事務局も兼務。2007年7月に現職に異動し、プロジェクトの事務局専任となる。

  • 若手の提言を「すぐやろう!」と即決し、風土改革プロジェクトが誕生

    ────「私がやる!」プロジェクトという、ボトムアップ&自然発生型の組織風土改革を2006年から実施されています。これはどのような経緯で始まったものなのでしょうか。

    武居 若手交流会という、若手中堅層向けの研修の中で提案されたものです。若手交流会では、毎回約30名を各事業から選抜し、5、6人のグループに分けて半年間の自主活動を行います。グループごとにテーマを持っていろいろな議論をし、最終的には経営陣に提言をするというもで、テーマや進め方はまったく自由。いつどこで集まっても構わないから、自分たちできちんと進めてくださいという、いわば野放し状態ですね(笑)。「私がやる!」プロジェクトは、その自主活動の提案から生まれたものなんです。

    ────そもそもは、どのような提言だったのでしょうか。

    鈴木 私が提案メンバーの一人なのですが、当初は、何かキャラクターを作って「私がやる!」というメッセージを社内外に普及させようというブランド活動としての提案でした。なぜこんな提案をしたかといいますと、若手交流会の活動を通して、帝人が目指す企業イメージと社員が抱いているイメージのギャップを強く感じたからなんです。

    研修活動の一環で、グループ社員に帝人に抱いているイメージについてアンケートをとったところ、「伝統的」「堅実」というイメージが強くある一方で、「元気がない」「スピードがない」「かたい」といったイメージを持っている人も多かったんですね。中でも印象的だったのが、ある女性社員が書いた「いい人だけど恋人にはしたくないタイプ」というコメント。「いい人」であること自体は構わないのですが、もっともっと若々しい会社にしたいよねという思いが、提案が生まれた原点なんです。

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    ※プロジェクトが生まれた背景には、次のような問題意識があったという。
    「アンケートの400名分の自由意見を眺め、気づいたことがありました。それは、批評家・評論家的意見のオンパレードだったということ。(中略)400の自由意見の中で光っているコメントがありました。それは『俺が社長だったら、こうしてああしてこうする』という、ある30代男性のコメントです。「これってTEIJINっぽくないよね」(中略)「TEIJINっぽくないということは、TEIJINに足りないものってこと?」(中略)こうして生まれたのが、「私がやる!」なのです」(事務局発行の冊子『そこに仲間がいる』より)
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    武居 この提言には長島前CEO(現・取締役会長)が非常に前向きで、「すぐやろう!」と即決で採用されましたね。

    ────トップが直接ご判断されるのですね。

    武居 若手交流会に限らず、STRETCHやSLP(前編参照)などの研修から出される経営への提言についても、経営としてどう受け止めるのかということは必ず明らかにしています。CEO以下関係役員が提言の取り扱いについて協議・検討し、そこで具体化する価値があるとされたテーマについては、それぞれ担当役員を決めて実行案を策定、実施することとしています。

    "本気のメンバー"を育てることが、風土改革の最初の関門

    鈴木 提案した私たちには想像以上のいい反応で、正直いって驚きました(笑)。トップが受け止めてくれるということは、「本気でやる覚悟があるのか」を問われることでもあると提案後に気づいて慌てたのですが(苦笑)。

    ────プロジェクトの記録には、2006年3月の欄に「やると決まったものの、どう進めればいいのか悶々と悩む」とあります。

    鈴木 「悶々と悩んだ」一番の理由は、もともとの提案メンバーは7人いたのですが、メンバーの本気の度合にバラツキがあり、全員で同じ情熱を傾けて一緒に続けることが叶わなかったことなんです。

    CEO決定審議会メンバーに提案が受け入れられた後、もともとの提案メンバー7人で集まりまして、本気でやるかやらないかをひざ詰めで話す場を持ちました。すると、「本気でやる」というメンバーと、「やらない」というメンバー、その中間の微妙なニュアンスのメンバーに分かれ、まずは本気のメンバーで続けようということになったんです。

    ────"みんなで進める"というのは、やはり難しいことのでしょうか。

    鈴木 社員の自主性に委ねる活動というのは、やらなくてもそれで何かマイナスがあるわけではありませんから、参加者に「思い」があるかどうかが肝になります。ですから、常に本気の人たちだけで進めることが、ものすごく大事になると思うんです。でもそれは、本気ではない人を排除するということではなくて、「来るものは拒まず、去る者は追わず」という感覚。活動を続けていくことが大変になったらいつでも抜けていいし、また参加したくなったら戻ってくるのは大歓迎。プロジェクトの活動方針にも「やりたい人がやる、出入り自由」ということを掲げています。

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    ※プロジェクトの活動方針には、以下の3つが掲げられている。(事務局発行の冊子『そこに仲間がいる』より)
    1.やりたい人がやる、出入り自由
    組織や権限を使って無理に参加を求めません。また、一度参加をされた方であっても、しばらく参加をやめてもかまいません。

    2.小さく産んで、大きく育てる
    草の根活動をいきなりグループ全体に広げることはできません。(中略)無理に「形」をつくらないこと......これが成功の秘訣だと思います。

    3.きっかけは、出会いと縁
    (前略)タテ・ヨコ・ナナメの個人単位でのつながりが改革を成功に導くと考え、各々の活動を支援しています。
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    ────事務局としては、一人でも多くの方に参加してほしいという思いもあるのではないですか。

    鈴木 ジレンマに陥るところではあるのですが、このプロジェクトが発生した原点である「私がやる!」という気持ちを大切にしたいんですね。会社の風土について、いろいろ人がいろいろなことをいいますが、結局、評論家的な意見だけでは改革につながらないんですよ(笑)。ですから、「私がやる!」スピリットを原点に始まったプロジェクトとしては、少人数でもいいから本気のメンバーが集まって、「まずは動き出す」ことを大切にしたいと思っています。

    ────ご提案から2年が経ちますが、プロジェクトではどのような活動を進めておられるのですか。

    鈴木 一言でいうとリーダー育成ですね。このようなプロジェクトは時間がかかりますから、まずは本気の人に先頭に立ってもらうことが大事なステージがあります。今はまさにその期間で、2008年度中に現場のリーダーを80人つくること、つまり、グループ全体で80の草の根レベルでの活動を顕在化させることを目標にしています。顕在化したリーダーは、今の段階で25人か30人ぐらいでしょうか。私の力不足もあり、正直まだまだです(笑)。

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    ※プロジェクトチームの一例(事務局発行の冊子『そこに仲間がいる』より)
    ●ちーむケンパス(帝人ファーマ(株))
    「日野から次々と新薬の種を出す!」ことをビジョンに、非公式のプロジェクトチームを結成。部署の壁を超えた技術交流や講師を招いた講演会、病院視察などを実施している。チーム名の由来は、"Chemistry and pass"。「化学技術と仲間同士のつながりで、数々の障害を突破する」という思いが込められている。

    ●技能伝承プロジェクト(帝人ファイバー(株)松山原料工場)
    「プロの技術を次の世代へ」が活動のスローガン。2年に1度の工場の定期修理が、OB社員の応援なくして成り立たない状況に危機感を覚え、技能伝承の「見える化」を企画。プロジェクトチームを結成して定期修理のビデオ撮影を行い、2年後の定期修理前の教育に活かすべく、編集作業を進めている。

    ●club希(帝人ファーマ(株)の女性社員の皆さん)
    「女性営業の"働けてよかった!"」を追求することを活動の目的に、MR(医薬情報担当者・営業職)を中心とした女性スタッフが集結。ブログを立ち上げ、定期的なミーティングを持つなどして、女性が働きやすい職場づくりのための活動を展開している。
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    リーダーだけでなく、リーダーを支えるフォロワーも育てる

    ────具体的には、どのようにして本気のリーダーを育成されるのですか。

    鈴木 「基本アクション(※)」と呼んでいる一連のサイクルがありまして、これを回すことを基本にして進めています。

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    ※基本アクション:説明会やビラ配りなどでプロジェクトへの参加を呼びかける → チームごとに自主的に学ぶ場づくりとして「企業風土改革講座」を開催。本音で議論することで「私がやる!」スピリットを発火させる → それによってリーダー予備軍を作り、その中からリーダーを輩出する、という一連のサイクル。この先のサイクルの中で、次の3つを事務局の役割としている。
    1.潜在する多くの草の根リーダーの発掘
    2.草の根リーダーによる具体的活動の支援
    3.草の根リーダーが職場で伸び伸びできる環境づくり
    「言いだしっぺを見つけ出し、心の火種を守り、炎が消えない手当(言いだしっぺが損をしない環境づくり)が必要」という。(事務局発行の冊子『そこに仲間がいる』より)
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    鈴木 このサイクルを回す中で接点を持った人は、これまでで1400人ぐらいでしょうか。「企業風土改革講座」は、半日や1日で行うこともありますが、1泊2日の合宿形式が理想ですね。ここでは、ホンネで話せる状態を作ることに時間をかけます。ホンネでディスカッションできるようになると、不思議なもので「よし、やろうぜ!」と、やる気になってくるんですね。

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    ※企業風土改革講座は大きく4つのプログラムからなる。1~3は職場単位の集合研修形式で、4は主に社外活動として行われる。(事務局発行の冊子『そこに仲間がいる』より)

    1.改革の理論
    組織風土改革に関する知識や考え方を共有。

    2.チームビルディング
    自己紹介、自己開示を行うことで自分を語り、人を知る。1~3の中で最も時間をかけるプログラム。

    3.ホンネのディスカッション
    具体的なアクションプランを作成することを理想としつつも、結論を出すことは目的とせず、連帯感を高めることを重視して、風土に関する問題を議論する。

    4.自分が変わるプログラム
    優良企業の訪問や、地域の志高い生き方を実践している方々と一緒に学ぶ「五感塾」など、社内では得られない出会いを経験することで、自己改革を促すプログラム。

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    ────講座の講師はどなたがされるのですか。

    鈴木 主に私自身です。あちこち飛び回っています(笑)。

    ────カリキュラムは、どのようにして作られたのですか。

    鈴木 やりながら少しずつ形になってきました。現在の形になるまでは2年以上の時間がかりましたが、試行錯誤するうちに一つわかったのは、こうやって人が集まること自体が風土改革になるのだということ。本気で話し合うことで参加者が互いに共感し合い、ときには感動し合って、「がんばろうね」という風になれるんです。

    それともう一つ、リーダー育成が講座の主な目的ではありますが、リーダーを支える人たちを作るという効果もあります。一定数のフォロワーにリーダーを支えてもらうことも大事なこと。支えてくれる人がいなければリーダーは成り立ちませんし、誰か一人でも応援してくれる人が身近にいると勇気がわくんです。これはすごく大事なことですね。リーダーの気持ちが折れてしまうと、そこで終わってしまいます。リーダー自身が「自分には支えてくれる仲間がいる」という勇気と感謝を持てると、各活動は飛躍的に発展します。

    ────講座の参加者はどのようにして募るのですか。

    鈴木 ケース・バイ・ケースです。初期の頃は身の回りの人を誘って、いわば身内で講座を開いていましたが、その方法では仲良くはなっても、そこで止まってしまうんですね。「自分ひとりでもやり抜いてやろう」と思うくらい本気の人がいないと、その後に発展しない。イントラネットで募集することもありますが、face to faceの出会いで始まった関係ほどはうまく発展しない気がしています(笑)。

    そうやってあちこち歩き回っているしているうちに、例えば飲み会の席で「一緒にやろうよ」といった話が生まれるとか、メールで誰かを紹介してくれるとか、不思議と社員同士のつながりが発展していくんです。そうすると、ある人が言いだしっぺになって、その周りで講座を開くことになったりする。こんな自然な流れを意識した方が圧倒的にうまくいきますね。

    ちなみに、今年からようやく「草の根リーダー塾」という1年間のリーダー育成プログラムを開始することができました。既存のリーダー6名と公募で手を挙げた3名の計9名が、1年間集中して一緒に学んでいきます。まさに本気のチームができたわけです。

    組織風土改革は、組織の血流を改善するためのコミュニケーション改革

    ────企業風土改革講座を開いたチームは、変わりますか。

    鈴木 まずは参加者個人の単位で変わっていきます。もちろん工場や課といった職場単位でも、動き出す人や応援する人が出でてくることで、ジワジワ変っていきます。残念ながら、その変化を帝人グループ全体に伝え切れていないのが実情です。今後の課題ですね。

    このプロジェクトの発想は、一気に全体的な変化を狙うのではなく、ローカルな変化を積み重ねることにあるんですね。ローカルに一人二人と変わっていく流れを、どれだけ多く自然発生させられるか。ボトムアップの風土改革を行うときには、長い目で見て、このような自然発生的なアプローチが一番いいのではないかと思っています。なかなか「形」にならないので、事務局には忍耐力が必要ですが(笑)。

    ────企業風土改革講座によって、何が変わるのでしょうか。

    鈴木 コミュニケーションです。今、人間関係がすごく希薄化しているといわれますよね。風土改革もそこに行き着くように思うんです。人間関係が希薄化したというのは、互いに関わり合わなくなったということ。ですから企業風土改革講座では、意図的に深いところまでお互いを出し合います。自己紹介も含めて1泊2日とは、時間がかかるようでいて、実は飲み会を10回やるよりもコミュニケーションの改善効果が高い。非常に効率的な方法です。

    結局のところ、組織風土改革とは組織の血流改善のようなものではないでしょうか。健康な体には、新鮮な血液が組織の末端にまで行き届いています。でも、ひとたびどこかで血流が詰まったら、例えば小指の先のようなところであればその先が腐ってしまいますし、脳でそれが起これば死に至ることもある。血流が滞るというのはそれほどに支障が大きいことです。では、組織にとっての血液とは何かというと、一言でいえば"情報"なのだと思うんです。

    ですから、フレッシュな情報、いい情報がちゃんと流れているかどうか。トップのメッセージやビジョンが、末梢の現場にまで届いているのかどうか。それには血流を送る側の問題もありますし、受け止める側の弾力性、たとえばボトム社員の素直さ、謙虚さといった問題もある。また、静脈瘤のように血流が中間管理職のところで滞っていれば、現場の声は経営には届きません。組織風土改革はコミュニケーション改革であるといい切ってもいいかも知れませんね。

    こういった一人単位で変わっていく改革には時間がかかります。「私がやる!」プロジェクトは10年計画で進めていますが、経営陣がそれを理解してくれるのはありがたいなと思います。

    武居 「私がやる!」というのは、ボトムアップの草の根活動ではありますが、経営がその活動を支援しているという前提条件があることは大きいですね。

    鈴木 価値のある提案は、経営がきちっと受け止めてくれるということが浸透し始めていますので、「それなら、私も言ってみようかな」と思えるのではないでしょうか。

    武居 それともう一つ、人事としては "気づき"の機会を与えることも大切だと思っています。ボトムアップの風土というのは、社員一人ひとりが「自分は何をやりたいのか」を考え、能動的、主体的に役割を遂行するということ。そういった状態を作るには、「私がやる!」ということの価値に気づくことが必要なんです。主体的に働くことは自分自身を人間的に成長させることであり、せっかく働くのなら人生そのものが豊かになる働き方をしたい。その気づきを与える機会としてさまざまな研修を充実させ、夢や目標を共有するためのコミュニケーションの充実を図っていきたいと考えています。

    ────ありがとうございました。

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