2008年8月アーカイブ ..

帝人株式会社 人財部長
兼 帝人クリエイティブスタッフ株式会社 人財部長
武居 靖道さん

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    「改革」は経営トップが社員の声に真摯に向き合ったとき、
    動き出す(前編)

     

    「もっと若々しい会社にしたい」若手社員のこの様な思いから始まった帝人株式会社の風土改革プロジェクト。研修にて当時の取締役会長が若手中堅社員の提言を聞いたとき「すぐやろう」と即決で採用したことが発端だ。他の企業ではどうか。教育やプロジェクト等で社員に提言をさせるものの「分かっていない」「きちんと考えられていない」等といったケチがつく、社員のモチベーションは低下して「何を言っても無駄」という気運が逆に悪しき風土として根付く・・・という話も少なくない。会社が変われるかどうかは、経営トップが、特に末端の社員の声をきちんと聞けるかどうかにかかっている。

  • 帝人株式会社http://www.teijin.co.jp/japanese/index.html

    1918年創立。東京帝国大学(現・東京大学)の学生であった久村清太氏を新興の総合商社、鈴木商店の大番頭、金子直吉氏が支援する形で、帝人の前身となる帝国人造絹絲(株)が誕生。今でいう産学協同のベンチャー企業として帝人は産声をあげた。その後、合成繊維の台頭や円高不況、オイルショックといったさまざまな経営危機に見舞われるが、"ベンチャー魂"と世界トップクラスの技術・品質で乗り越え、2006年には売上高一兆円を突破。この間、2003年には持ち株会社制への移行を果たす。素材メーカーとしての技術を発展させた事業は、ポリエステル繊維事業を筆頭に、高機能繊維、フィルム、樹脂、医療医薬など7つの事業分野に広がり、グローバル企業グループとして国内子会社81社、海外子会社74社を持つ。

    YASUMICHI TAKESUE

    1956年生まれ。1980年に帝人株式会社に入社。勤続28年の間2年間を除き、一貫して人事畑を歩む。入社時は愛媛工場勤労課に勤務。その後、三原工場事務室勤労班、大阪本社の勤労部を経て、1999年に帝人全体の人事施策企画機能を担う人財企画室が発足すると同時に東京本社の同室に異動。翌年に大阪本社の人財部に異動し、2001年に帝人化成株式会社・人事勤労部部長に、2004年に同・資材部部長に就任。2006年4月から現職。

  • 全体最適と個別最適の調和を追い求める

    ────御社は2003年に持ち株会社制に移行されました。それによって、組織・人事面の課題はどのように変わったのでしょうか。

    帝人はポリエステル繊維事業を中核に高機能繊維事業やフィルム事業など、さまざまな事業を展開しています。これまでは、帝人という一つの枠組みの中で運営してきましたが、事業というものはそれぞれに環境が違い、同じ枠組みの中では御しきれない。個別の環境に応じた経営をするために分社化したというのが、持ち株会社化の大きな流れです。

    この流れは、人事にも当てはまります。今までは帝人という一つの枠組みの中での人事という視点で、制度の構築や人財の能力開発を行ってきましたが、今後は個別の事業環境に応じた仕組みや対応が求められる。そういった大きな流れがあるということです。

    そしてもう一つ、持ち株会社制に移行する以前にも、人事の機能に大きな変化がありました。1999年のことになりますが、人事部の組織が縦割りから横割りに変わったんですね。これは持ち株会社化の流れと趣旨を一にするものではありませんが、人財を「帝人の究極の財産」だと捉え直した結果としての組織変更です。

    それまでの縦割り人事というのは、人事部、勤労部、教育部という部署からなる機能で、昔ながらの「ホワイトカラーとワーカー」という階層別の人事。しかし人財はみな、帝人の一つの財産です。前近代的な発想は捨てて、帝人の人財全体を一気通貫で「社員と共に成長する」とい企業理念を実現するために、人財育成も含めた全体の人事施策の企画機能を担う人財企画室という部署ができ、これを前身として、今私がいる人財部が誕生しました。人財の「材」に財産の「財」という字を使うようになったのも1999年からなんです。

    ────帝人グループ全体としての人財育成と、各事業の環境に応じた人財育成の両輪を回していかれるということですね。

    そういうことです。こういう体制の中で人事をやっていて非常に重要だと思うのは、「個別最適」と「全体最適」の調和をどう求めるのかということなんですね。「自己完結的事業運営」を基本としながら「グループ全体最適」を実現する。すなわちグループ経営とは「個別事業価値の総和を最大化するグループ全体最適の実現」という、ある意味では二律背反ともいえる試みだと思いますね。

    ────武居さんは2006年に人財部長に就任されました。最初に手をつけようと思われたのは、どのようなことですか。

    これはやらなければならいと思ったのは、「コア人財」の育成です。各事業の中で実績をあげ、なおかつグループ全体の価値の総和を考える視点を持つ人財。そういう人財をたくさん作らなくてはならない。私が就任する以前から注力されていたテーマですが、さらに加速しなくてはならないと考えました。

    そう思ったのには2つの背景があります。1つはグローバル化への対応が急務だという事業環境によるもの。帝人グループは国内1万人、海外9000人という陣容になり、グローバルな視点で物事を考え、グローバルに戦える人財を育成することが急務になっている。これが1つの大きなニーズとしてあります。

    もう1つは、持ち株会社化によって顕在化した人財育成の課題です。分社化するとどうしても、人財がタコ壺のように各事業会社に抱え込まれてしまうんですね。それを引きはがして、グループ共通の人財として育成する強制的な仕組みを持つ必要がある。人財はグループ共通の財産なのだということをグループ各社に対して明らかにし、全体最適の視点から人財を育成しなければならないということです。

    研修・戦略的配置転換・経営への提言の3本柱で、コア人財を育成

    ────具体的には、どのようにしてコア人財を育成されているのでしょうか。

    仕掛けとしては、2002年に立ち上げたStretch(ストレッチ※)という仕組みがあります。これは、部門長・部長クラスを対象としたStretchⅠと、課長クラスを対象としたStretchⅡという2つの階層からなる選抜型の人財育成制度。それぞれおおむね3年程度の時間をかけてさまざまな成長の機会を与え、グループの将来を担う人財を育成するもので、その象徴として、Stretchの人財の人事権はグループのCEOが留保することになっています。各事業で抱え込むのではなく、将来のグループ経営に資する人財に育てていこうということなんですね。

    ※Strategic Executive Team Challengeの略。 管理職向けのグループコア人財育成プログラム

    ────Stretchを通じて与えられる成長の機会というのは、どのようなものなのですか。

    大きく3つの柱があります。1つはいわゆる集合研修ですね。2つ目は戦略的なローテーション(配置転換)、3つ目は経営への提言の機会を与えるということ。この3つを経験することを、1つのタームとして考えています。

    まずは研修を通じて、いろいろな物事を理屈で考えるという体験をしてもらう。そして、研修で得た視点を現場に持って帰り、今までよりも高い目線から現場を見るという経験をする。この繰り返しを約1年間続け、次のステップとして別な環境で同じ経験をする。これが、戦略的ローテーションです。

    そして、Stretchでは、「自分が経営者になるとすれば、どのようなビジョンを持つか」ということを経営に提言します。単なる集合研修だけでなく、これらをセットで行うことでコア人財の育成を加速させたいと考えています。

    ただ、これがすべてうまく回れば理想的なんですが、戦略的なローテーションはなかなかに難しい(笑)。Stretchに選ばれる人財というのは事業の中でも要職にありますから、CEOが人事権を留保するとはいえ、事業会社をまたいでローテーションさせることは、そう容易なことではないんです。

    しかし、他事業や海外の経験はできるだけ与えたい。そこでStretchの人財については、最低でも年に1回は事業会社と我々との間で人事会議を持ち、一人ひとりについて「そろそろこんな経験をさせたらどうか」ということを議論しています。議論をすることは、戦略的なローテーションがStretchの大きな柱なのだということを各事業会社に浸透させる機会にもなります。

    また、今後はさらに若い層もコア人財育成の対象にするために、2006年からはSLP(※)という仕組みも追加しています。対象は、30代の中堅社員。課長の一歩手前という層ですね。可能性を持った人財は若いうちから選抜して、将来につなげていきたいと考えています。

    ※Strategic Leader Development Programの略。リーダーシップやマネジメントに必要な能力、知識、スキルを身につけるための選抜型リーダー育成研修。

    研修は、参加者が互いに刺激し合い志を育てる場

    ────コア人財の方々には、どのような能力や資質を期待されているのでしょうか。

    ぜひ求めたいと思うのは、当事者意識や使命感、自己責任のようなものですね。すべては自分の問題なのだという主体性を持った思考から出発し、自分の頭で考え、自分の足で行動して解決を図る。さらに、自分はこの会社で何を実現したいのかを常に考えて、それに対する具体的な行動を起こしている。つまり、志があるとういことです。これが、私がコア人財に求める一番ベーシックな要素なのだろうなと思います。

    それともう1つ、これもなかなか難しいことだとは思うのですが、ある意味での謙虚さといいますか、自分自身を内省できることも期待したいことの1つなんですね。次の行動というのは、自分自身を客観的に見ることを通じて出てくるもの。自然のうちに内省ができるような人が、具体的な成果を上げられる人財なのではないかと思います。

    ────高い志を持ち、内省ができる人財を育てるには、どのようなことが必要だと思われますか。

    そういう人財が集うということが大切だと思いますね。自分自身を客観視するためには、比較する対象が必要。集合研修がその機会の1つになると考えています。StretchやSLPの研修には、さまざまな価値観や志を持った人財がグループ内から集まります。そこで、「こいつはこんな発想をしているのか」「自分にもこんな視点が必要だ」といった刺激を互いに受け、互いに学び合う。これが、研修の1つの意味ではないかと思うんです。

    グループの中にはいろいろな人財がいて、自分にはない価値観や強み、弱みを持っています。では自分はどうなのかということを客観的に評価しながら、自分自身を高めていく。研修の中でディカッションしながら、あるいは終了後に一杯飲みながら、いろいろな思いや経験を交換し合う。教育というのはそういった機会を与えることでもあり、Stretchはまさにその1つの形だと思っています。

    ────御社は、女性活用といったダイバーシティのお取り組みにも注力されていますが、コア人財の育成も、多様な価値観を持った人財を育てるという点でダイバーシティ推進の1つだという気がします。

    その通りです。多様な個性を活かすということは当社の企業理念(※)でもあるんです。現在の企業理念は今から15年前、1993年に作られたもので、そこで3つの理念を掲げています。メインとなるのは「帝人グループは人間への深い理解と豊かな創造力でクォリティ・オブ・ライフの向上に努めます」というもの。サブとして2つあるのが「社会と共に成長します」と「社員と共に成長します」というもので、特に後者の理念を実現・実践することへすべての人事管理行為を収れんさせるということを、人事管理の目標としています。

    さらに、「社員と共に成長します」という理念には3つの項目がありまして、そのうちの1つに「多様な個性に彩られた、魅カある人間集団をめざします」というものがある。これがまさに、ダイバーシティをうたったものです。昨今、ダイバーシティの必要性がよくいわれますが、当社は15年前からダイバーシティを1つのキーワードに位置づけているということです。

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    ●帝人の企業理念「Quality of Life」は3つの大項目からなる。
    1. 帝人グループは人間への深い理解と豊かな創造力でクォリティ・オブ・ライフの向上に努めます
    2. 社会と共に成長します
    3. 社員と共に成長します
      (1) 社員が能カと個性を発揮し、自己実現できる場を提供します。
      (2) 社員と共に、革新と創造に挑戦します。
      (3) 多様な個性に彩られた、魅カある人間集団をめざします。
    詳細は、帝人の企業サイトの「企業理念・ブランドステートメント」ページを参照。
    http://www.teijin.co.jp/japanese/about/about01_01.html
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    ────ダイバーシティといえば、性別や人種などの目に見える多様性が注目されがちですが、価値観や志といった目に見えない多様性も活かすことが大切になるのですね。

    そうなんです。分社化というのは、まさにその多様化の1つの形なんですね。それぞれの事業でそれぞれの経験を積み、いろいろな価値観を醸成している人財が交わる事によって、互いに1回りも2回りも成長する。これが、研修で人をわざわざ集めることの意義だと思うんです。

    人財が育つのを待っているだけの時間はもうない

    ────コア人財の育成プログラムに選抜される方は、何名くらいいらっしゃるのですか。

    部門長・部長クラスのStretchⅠが40名、課長クラスのStretchⅡが80名、中堅社員向けのSLPが120名という定員制で運営をしています。

    ────全従業員数に対する比率でいえば狭き門ですね。

    こういった選抜型の育成をするときによく議論になるのが、「エリートを作るのか」ということなんですね。「選ばれなかった人のモチベーションはどうするのか」と。確かにそれも大事にしなければならないのですが、人財が育つのを待っているだけの時間はもうないというのが、正直なところです。「選ばれた人」と「選ばれなかった人」という対立関係を避けるために、「選ばれた人」の育成に注力できない時代はもう過ぎました。むしろ、「選ばれた人」を戦略的に育てていかなくてはならない。そういった思いでStretchやSLPという取り組みをあえて導入しています。

    ただ形式的には、誰が選ばれているかは分からない仕組みになっていまして、誰が選ばれているかはオープンにしていません。周囲は、「ときどき何かの研修に行っているな」ということは感じているかもしれませんが(笑)、選抜されたことを知っているのは上司と本人だけ。これは周囲に対する1つの配慮でもありますし、選ばれた本人に対しての動機付けの意味もあるんです。選抜者には、グループのCEOから直接「あなたはStretchに選ばれました」という手紙がくることになっています。周囲には知らされない閉ざされた関係の中で、社長から特別に選ばれたということが伝えられる。これは結果として、動機付けの1つになっているのではないかと思います。

    ────選抜された方々のご反応はいかがですか。

    本人も選ばれることに自覚を持ってくれているのではないかと思いますね。高い視野で物事を考えるような意識や能力のある人間を選抜していますので、「自分もそろそろではないか」と。逆に言えば2002年から継続してきたことで、Stretchがグループの中で市民権を得ているということなのかなと思うんです。「自分もStretchに選ばれて頑張りたい」と、力がある人財がある時期になると自然にそう思ってくれる、そういう意味でのインフラが整ってきたのかなと思いますね。

    ですから選ばれた人財はそれなりの自覚を持って参加し、さらに動機付けをされて帰って行く。選ばれて研修を受けた人財は、明らかに変ります。特にStretchは「将来グループの経営を担う人財として期待されている」ということを彼らにも伝えて、「君たちにいろんな機会を与えるから、役員を目指せ」と明確に示してやっていますから、より一層の自覚や使命感がある。そういう意味では、今のところいい形で回っているのではないかなと思いますね。

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    選抜型コア人財育成プログラムStretchが導入されて7年。卒業生が徐々に増え、グループ各社の現場からは、卒業生の業績を評価する声が高まっているといいます。一方で、国内1万人を超えるグループ全体を変えるには、全体を底上げする施策が必須。その仕組みの1つとして帝人では2006年から、風土改革「私がやる!」プロジェクトを推進しています。これはどのようなプロジェクトなのか。その効果は? 後編では帝人の風土改革の試みに迫ります。

*続きは後編でどうぞ。
  「改革」は経営トップが社員の声に真摯に向き合ったとき、動き出す(後編)

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