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変化の時代を生き抜く「ヒトと組織の変革」とは(後編)
組織の改編やリストラ、人事制度の改革など、さまざまな企業においてさまざまな手法で変革が試みられています。しかし、それらの変革が成功する確率は必ずしも高いとはいえません。変革がうまくいかないとすれば、それはなぜか。何が変革成功の原動力になるのか。研究と実務の両面から企業変革に携わってこられた、学習院大学経済学部教授 内野 崇先生に伺ったインタビュー3回シリーズの最終回をお送りします。
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TAKASHI UCHINO
1951年生まれ。東京大学大学院博士課程を経て学習院大学教授に就任。主たる専門は経営組織論。組織学会理事。研究・教育に携わるかたわら、10数年にわたりエネルギー関連、商社、薬品、電器、IT、金融等の大手および中小企業を対象に、特にCI、戦略、組織改革、人事制度、給与制度等を中心にコンサルティング業務に従事。92年から96年にかけては学校法人学習院企画部長として21世紀計画の策定および、改革本部長として実際の学校改革にも従事する。著書に「変革のマネジメント(生産性出版刊)」、主要論文は「企業文化とその改革」「組織革新の動向」ほか多数。
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ミドルマネジャー再生のテーマは、「人間力」の育成
────ミドルマネジャーを育成する必要性を十分に認識し、研修に力を入れている企業も多くあります。効果があがっていないとすれば、何が問題なのでしょうか。
優秀なリーダーを選抜して戦略研修を受けさせるといった手法が、このところ広がっています。会社を未来志向にするためには、これも大切なことですが、職場の疲弊がこれだけ進んでいる今は、一般リーダーのマネジメント力の底上げ研修にも企業はもっと力を入れるべきでしょう。
そして、戦略、財務、会計といった研修だけでなく、人間の再生という観点でミドルマネジャーを再生することをきちんとやらないと、職場の劣化を止めることはできません。
────人間性に焦点をあてた教育がなされていない、ということでしょうか。
そういった研修は少ないと思いますね。ですから、知識を教える教育も大切かもしれませんが、むしろ「あなたは人間として、どんなリーダーになるつもりか」という、気持ちを湧き立たせるような教育が今後は大事になっていくんだろうという気がします。
働く上で大切な能力には3つの力があって、1つは人の気持ちを理解できる能力。他者に対する想像力ですね。もう1つは、辛い状況でも逃げずに向かっていける、困難に対するチャレンジ力。そしてもう1つは、新しいことを考える力。職場全体を考えても、この3つの力が今、落ちてきている気がするんですね。
中でもミドルマネジャーに一番大切なのは、他者に対する想像力。人間を見るセンスといってもいいかもしれません。人を育てるという職場の基本が壊れていますから、そこを建て直す必要がある。人をどうやって動機付けるのか、チーム力をどのようにして上げるのかといった、ベーシックなマネジメント研修を企業はうんとやるべきなんです。
そんな力は社会生活の中で身につけているものだと思うかもしれませんが、今、管理職になっている30代、40代の人たちは、ちょうどゲームが流行り出した世代。チームワークに対するスタンス──どうすれば人々の気持ちを1つにできるかという練習ができていないんです。
中には、「仕事さえきちんとしてくれればいい。部下がどんな生活をしていようが関係ない」というリーダーもいますからね。本当は、部下にはもっと力があるかもしれない。もしかすると、嫌々仕事をしているのかもしれない。結果しか見ていないから、それが分からないんですね。
そして、部下である彼ら彼女らにも生活があり、人生があるわけです。そこまでちゃんと見てあげる人間らしさがリーダーには必要です。しかし、そんな話をすると「なぜそこまでしなくてはいけないのか」という人が多いんですね。
困難に挑戦する力についても同じです。辛い状況に耐える力をどうやって養うかといえば、辛い状況に耐えていくしかない。それ以外の方法はないんです。ところが、最近の若い人たちは、辛い状況を避けて育ってきています。例えば、学生を見ていても体育会の運動部に入部する人が少ない。どうしてかと聞くと、「だって先生、辛いじゃないですか」と。その人達が今、管理職になってきているわけです。
────根が深い問題ですね。
ええ、根が深いですよ。こういった力を総合して「人間力」と呼ぶとすれば、「人間力」を養う場として、研修の位置づけを考え直す必要があるのです。
ミドルマネジャーの評価基準に「部下育成」を盛り込む
────その一方で管理職にしてみれば、業務が膨大にある中で部下一人ひとりを見る余裕がないというのも事実ではないでしょうか。
そうでしょうね。短期的な成果主義のもとでは、人の育成なんてやっている暇はないということになってしまいますからね。ですから、ミドルマネジャーの評価基準を変えるということも、非常に大切なことになります。職場の活性化や部下の育成にもある程度のウエイトを置いた評価をするということです。
そういう会社は実はたくさんあって、例えば、ある大手都銀でも支店長の評価基準に部下育成を取り入れています。銀行は人材が最大の基盤ですから、「何人の支店長候補を育てたか」ということが、評価の大事なファクターになっているんです。
このように、例えば評価点が10ポイントあるとしたら、「部下育成」のウエイトが今までは1ポイントしかなかったものを3ポイントに増やすといったことをすれば、管理職はみんな行動パターンが変わるはずです。部下を大事にしなければ、あなたの給与も上がりませんよという風にしてしまえばいいわけなんですね。
評価でいえばもう1つ、業績評価を全社の業績に連動させることも有効な方法です。部門の業績だけに連動させると自部門のことしか考えなくなりますが、それを全社の業績に連動させると、みんなとたんに態度が変わります(笑)。会社全体がよくなるために、互いに協力しましょうという話になるんですね。実際、ある外資系の大手IT企業などがこの方法を採用しています。
「360度評価」で、人間力の高いミドルを発掘する
ミドルマネジャーの再生でもう1つ大切なのは、誰を管理職にするかということ。研修でリーダー力の底上げをすることもさることながら、人間力の高い人を課長や部長、部門長に登用する仕組みを持つことも、大切な要素になります。
────マネジャーに相応しい人とそうでない人がいる、ということでしょうか。
そうです。マネジャーに相応しくない人の下についた部下は悲劇ですからね。ただしこれには2つのパターンがあります。1つは人間力の問題とは別に、専門職のほうが向いているという人のパターン。例えば、営業力がある人が営業部長として優れているかというと、そうとは限らないわけです。エンジニアの世界もそうですね。
問題はもう1つの方で、マネジメント力に問題のある人が登用されているパターン。このケースが意外に多いように思います。問題は評価制度にあります。上層部にとっては、マネジャーに引き上げるなら自分に都合のいい人のほうがいいわけです。しかも業績ばかりを評価するから、さらに悪循環が起こる。人望があるかどうかという視点は、そこにはありません。
ではどうすればよいかというと、上司だけでなく同僚や部下からも評価を受ける360度評価のように複数の目でリーダーを見極めることが大切になります。例えば、花王は部長以上、役員にも360度評価を導入していることで知られていますが、社長や役員を選出するときに評価が低い人は絶対に選ばないそうです。人望のない人の下につくと部下は辛い、ということなんですね。こういうことは非常に大事だと思いますね。
※2004年4月に尾崎元規取締役(当時。現代表取締役社長)が8人抜きの抜擢人事で次期社長に内定した際も、「決め手は360度評価での評価が高かったこと」と報道され、大きな話題を呼んだ。
もう1つ、360度評価を徹底している例に、青梅慶友病院という高齢者向けの長期療養型の病院のケースがあります。1980年に東京都青梅市に創設された800床の大規模病院で、入院待ちが常に600人は下らないという人気の施設。創設者である精神科医の大塚宣夫先生という方は、「自分の親を安心して託せる施設をつくること」を理念に、患者指向の組織を作り上げたことで知られる方です。
その大塚先生にお会いした際に言っておられたのは、「患者指向のスタッフを見極めることが難しい」ということなんですね。「病院はサービス業。キーワードは人だ」と。だから、例えば見えないところで入院患者にずさんな対応をしない、裏表のない人が欲しいとおっしゃるわけです。
そのためにいろいろな方法を試されて、「最後に残ったのが360度評価だ」とおっしゃる。評価は年に2回で、医師や看護師など約700人いるスタッフにリストを渡し、上司や同僚、部下を5段階で評価し、最低ランクが2回続けてついた人には辞めてもらうそうです。
────厳しいですね。
100個のリンゴがある箱の中で1つが腐ると、すべてが腐ります。それと同じだとおっしゃるんですね。「100人いる中で、患者指向ではない人が1人いると、それは"100―1"で99になるのではなく、"100×―1"で―100になるのです」と。だから、評価の低い人は徹底的に排除するということなんですね。
そこで360度評価を導入することで、みんなの目が「神の目」になったということです。企業にも同じことが言えるわけで、1人の人間を複数の人たちが評価するということは非常に大切です。
ただ、こういう話をすると「そんなことをしたら、下に迎合する人が出てきます」と言う人が必ずいるんですね。でも、いいじゃないですかそれで。迎合したって、人望のない人はすぐに見抜かれます。「迎合している」と思われれば、周囲からの評価は得られません。
そんな風に自分の評価ばかりを気にするのではなく、本当の意味で部下に優しくできる人を見つけ出さなくてはいけないんです。そのためにはやはり、部下が上司を評価できる仕組みを作ることが必要です。これは経営層についてもいえる話で、社内の人望が厚く魅力的な経営陣がいつも排出されるような仕組みを持つことが、大事になると思いますね。
つまるところ、魅力的なリーダーがいて職場が元気であるという条件が、今後企業が成長していくためには不可欠なのですが、現実にはこの2つが崩れている会社が多い。企業の足腰が弱くなってきているということが、非常に気になります。
組織変革に秘策はない。「ガチョウ」を再生する努力こそが必要
────ミドルマネジャーを育てて職場を元気にするという基本をおろそかにしたまま、目先の業績をあげることが「変革」だと捉えてしまうと、企業の足腰を叩き壊すことにもなりかねないのですね。
そこが大事なところであって、金の卵を産むことも大事ですが、ガチョウの体力をつける変革も必要なのです。「金の卵」と「ガチョウの体力」、この2つを両立させることが大切なのに、変革とは業績を上げることだと勘違いしている人が多い。もしくは、仕組みを変えることが変革だと思っている人もいます。だから変革が上滑りになって、変革に拒否反応を起こしている現場もある。「変革疲れ」が起きているんです。
────そうしたときにこそ、基本に立ち戻ることが大切なのですね。
そうです。そして、トップは絶えず現場と話をすることです。業績が伸びている会社は、トップが工場にも研究所にも足を運んでいることが多いですね。教育研修の場にも出てくる。体を張ってメッセージを伝えているんですね。Eメールや社内テレビでメッセージを流すなんていうのはナンセンスです。
実際、ある電力系の企業の社長は、就任後に半年かけて全国の拠点を回られました。ある事業所では、創業以来初めて社長が来るということに驚いた現場の若いエンジニアが、感動して涙を流したそうです。こういうことが大事なのであって、人間には人の血が流れているわけですから、経営者にできることはまだまだあるのではないかと思いますね。
────ミドルマネジャーを再生するにあたっては、トップと現場のコミュニケーションを強化することも大切だということでしょうか。
そうです。さらに言えば、現場とコミュニケーションするということは、現場を知るということでもあります。経営者にはいい話しか上がってこないわけで、トップはもっと実態を知るべきだと思いますね。そのためには、現場と話すだけでなく、現場からネガティブメッセージがあがってくるような仕組みを作っておくことも必要です。
────具体的には、どのようにすればよいのでしょうか。
ネガティブメッセージを高く評価する仕組みを作ればいいのです。つまり、ミスを許容し、リカバリーできる職場にするということです。ミスを許さない職場では、誰もリスクを冒さなくなる。イノベーションをしなくなります。そして、ミスを隠すようになる。ですから、失敗に対してどういう態度を取るかということが非常に大切なんです。
────未来に対して挑戦できる組織を作るためには、ミスを許容するというステップが必要なのですね。
そうです。例えば、大手セキュリティ会社のセコムはまさにそれを実行していまして、社内で「競艇モデル」と呼ぶモデルがあるそうです。何かといいますと、新規事業の案件はとにかくどんどん走らせるということなんですね。2、3件を厳選して社長直轄のプロジェクトにして...なんていうことはしない。何があたるか分からないわけですから。例えば100艘がスタートしてゴールするのは2、3艘かもしれないけれども、3つの成功のためには97の失敗が必要だと考える。失敗を許容する試行錯誤型の組織体質ができあがっているんですね。
────失敗にも価値があるのですね。
そうです。失敗を許容することは、魅力的なミドルマネジャーを輩出する仕組みとしても大切なことです。失敗したことがない人は、失敗するようなリスクを負ったことがない、または、回避してきた可能性が高い。つまり、非常にコンサバティブなんですね。しかも失敗をしていないから、困難な状況に直面した経験もないし、切り抜ける胆力もない。そんな人をリーダーにはできないですよね。
────こうしたことも含めて、目先の業績だけを追うのではなく、まずは「ガチョウの体力」をつけることが大切であるということでしょうか。
高く飛び上がるときには、一度腰をかがめなくてはいけませんね。それと同じで、低くかがまないまま高く飛ぼうとしても無理がある。いずれ必ず、業績にしわ寄せがきます。そこは覚悟して、「ガチョウの体力」をつけることをしっかりやらないといけないと思いますね。
────ありがとうございました。