2008年5月アーカイブ ..

学習院大学経済学部
教授 内野 崇先生

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    変化の時代を生き抜く「ヒトと組織の変革」とは(後編)

     

    組織の改編やリストラ、人事制度の改革など、さまざまな企業においてさまざまな手法で変革が試みられています。しかし、それらの変革が成功する確率は必ずしも高いとはいえません。変革がうまくいかないとすれば、それはなぜか。何が変革成功の原動力になるのか。研究と実務の両面から企業変革に携わってこられた、学習院大学経済学部教授 内野 崇先生に伺ったインタビュー3回シリーズの最終回をお送りします。

  • TAKASHI UCHINO

    1951年生まれ。東京大学大学院博士課程を経て学習院大学教授に就任。主たる専門は経営組織論。組織学会理事。研究・教育に携わるかたわら、10数年にわたりエネルギー関連、商社、薬品、電器、IT、金融等の大手および中小企業を対象に、特にCI、戦略、組織改革、人事制度、給与制度等を中心にコンサルティング業務に従事。92年から96年にかけては学校法人学習院企画部長として21世紀計画の策定および、改革本部長として実際の学校改革にも従事する。著書に「変革のマネジメント(生産性出版刊)」、主要論文は「企業文化とその改革」「組織革新の動向」ほか多数。

  • ミドルマネジャー再生のテーマは、「人間力」の育成

    ────ミドルマネジャーを育成する必要性を十分に認識し、研修に力を入れている企業も多くあります。効果があがっていないとすれば、何が問題なのでしょうか。

    優秀なリーダーを選抜して戦略研修を受けさせるといった手法が、このところ広がっています。会社を未来志向にするためには、これも大切なことですが、職場の疲弊がこれだけ進んでいる今は、一般リーダーのマネジメント力の底上げ研修にも企業はもっと力を入れるべきでしょう。

    そして、戦略、財務、会計といった研修だけでなく、人間の再生という観点でミドルマネジャーを再生することをきちんとやらないと、職場の劣化を止めることはできません。

    ────人間性に焦点をあてた教育がなされていない、ということでしょうか。

    そういった研修は少ないと思いますね。ですから、知識を教える教育も大切かもしれませんが、むしろ「あなたは人間として、どんなリーダーになるつもりか」という、気持ちを湧き立たせるような教育が今後は大事になっていくんだろうという気がします。

    働く上で大切な能力には3つの力があって、1つは人の気持ちを理解できる能力。他者に対する想像力ですね。もう1つは、辛い状況でも逃げずに向かっていける、困難に対するチャレンジ力。そしてもう1つは、新しいことを考える力。職場全体を考えても、この3つの力が今、落ちてきている気がするんですね。

    中でもミドルマネジャーに一番大切なのは、他者に対する想像力。人間を見るセンスといってもいいかもしれません。人を育てるという職場の基本が壊れていますから、そこを建て直す必要がある。人をどうやって動機付けるのか、チーム力をどのようにして上げるのかといった、ベーシックなマネジメント研修を企業はうんとやるべきなんです。

    そんな力は社会生活の中で身につけているものだと思うかもしれませんが、今、管理職になっている30代、40代の人たちは、ちょうどゲームが流行り出した世代。チームワークに対するスタンス──どうすれば人々の気持ちを1つにできるかという練習ができていないんです。

    中には、「仕事さえきちんとしてくれればいい。部下がどんな生活をしていようが関係ない」というリーダーもいますからね。本当は、部下にはもっと力があるかもしれない。もしかすると、嫌々仕事をしているのかもしれない。結果しか見ていないから、それが分からないんですね。

    そして、部下である彼ら彼女らにも生活があり、人生があるわけです。そこまでちゃんと見てあげる人間らしさがリーダーには必要です。しかし、そんな話をすると「なぜそこまでしなくてはいけないのか」という人が多いんですね。

    困難に挑戦する力についても同じです。辛い状況に耐える力をどうやって養うかといえば、辛い状況に耐えていくしかない。それ以外の方法はないんです。ところが、最近の若い人たちは、辛い状況を避けて育ってきています。例えば、学生を見ていても体育会の運動部に入部する人が少ない。どうしてかと聞くと、「だって先生、辛いじゃないですか」と。その人達が今、管理職になってきているわけです。

    ────根が深い問題ですね。

    ええ、根が深いですよ。こういった力を総合して「人間力」と呼ぶとすれば、「人間力」を養う場として、研修の位置づけを考え直す必要があるのです。

    ミドルマネジャーの評価基準に「部下育成」を盛り込む

    ────その一方で管理職にしてみれば、業務が膨大にある中で部下一人ひとりを見る余裕がないというのも事実ではないでしょうか。

    そうでしょうね。短期的な成果主義のもとでは、人の育成なんてやっている暇はないということになってしまいますからね。ですから、ミドルマネジャーの評価基準を変えるということも、非常に大切なことになります。職場の活性化や部下の育成にもある程度のウエイトを置いた評価をするということです。

    そういう会社は実はたくさんあって、例えば、ある大手都銀でも支店長の評価基準に部下育成を取り入れています。銀行は人材が最大の基盤ですから、「何人の支店長候補を育てたか」ということが、評価の大事なファクターになっているんです。

    このように、例えば評価点が10ポイントあるとしたら、「部下育成」のウエイトが今までは1ポイントしかなかったものを3ポイントに増やすといったことをすれば、管理職はみんな行動パターンが変わるはずです。部下を大事にしなければ、あなたの給与も上がりませんよという風にしてしまえばいいわけなんですね。

    評価でいえばもう1つ、業績評価を全社の業績に連動させることも有効な方法です。部門の業績だけに連動させると自部門のことしか考えなくなりますが、それを全社の業績に連動させると、みんなとたんに態度が変わります(笑)。会社全体がよくなるために、互いに協力しましょうという話になるんですね。実際、ある外資系の大手IT企業などがこの方法を採用しています。

    「360度評価」で、人間力の高いミドルを発掘する

    ミドルマネジャーの再生でもう1つ大切なのは、誰を管理職にするかということ。研修でリーダー力の底上げをすることもさることながら、人間力の高い人を課長や部長、部門長に登用する仕組みを持つことも、大切な要素になります。

    ────マネジャーに相応しい人とそうでない人がいる、ということでしょうか。

    そうです。マネジャーに相応しくない人の下についた部下は悲劇ですからね。ただしこれには2つのパターンがあります。1つは人間力の問題とは別に、専門職のほうが向いているという人のパターン。例えば、営業力がある人が営業部長として優れているかというと、そうとは限らないわけです。エンジニアの世界もそうですね。

    問題はもう1つの方で、マネジメント力に問題のある人が登用されているパターン。このケースが意外に多いように思います。問題は評価制度にあります。上層部にとっては、マネジャーに引き上げるなら自分に都合のいい人のほうがいいわけです。しかも業績ばかりを評価するから、さらに悪循環が起こる。人望があるかどうかという視点は、そこにはありません。

    ではどうすればよいかというと、上司だけでなく同僚や部下からも評価を受ける360度評価のように複数の目でリーダーを見極めることが大切になります。例えば、花王は部長以上、役員にも360度評価を導入していることで知られていますが、社長や役員を選出するときに評価が低い人は絶対に選ばないそうです。人望のない人の下につくと部下は辛い、ということなんですね。こういうことは非常に大事だと思いますね。

    ※2004年4月に尾崎元規取締役(当時。現代表取締役社長)が8人抜きの抜擢人事で次期社長に内定した際も、「決め手は360度評価での評価が高かったこと」と報道され、大きな話題を呼んだ。

    もう1つ、360度評価を徹底している例に、青梅慶友病院という高齢者向けの長期療養型の病院のケースがあります。1980年に東京都青梅市に創設された800床の大規模病院で、入院待ちが常に600人は下らないという人気の施設。創設者である精神科医の大塚宣夫先生という方は、「自分の親を安心して託せる施設をつくること」を理念に、患者指向の組織を作り上げたことで知られる方です。

    その大塚先生にお会いした際に言っておられたのは、「患者指向のスタッフを見極めることが難しい」ということなんですね。「病院はサービス業。キーワードは人だ」と。だから、例えば見えないところで入院患者にずさんな対応をしない、裏表のない人が欲しいとおっしゃるわけです。

    そのためにいろいろな方法を試されて、「最後に残ったのが360度評価だ」とおっしゃる。評価は年に2回で、医師や看護師など約700人いるスタッフにリストを渡し、上司や同僚、部下を5段階で評価し、最低ランクが2回続けてついた人には辞めてもらうそうです。

    ────厳しいですね。

    100個のリンゴがある箱の中で1つが腐ると、すべてが腐ります。それと同じだとおっしゃるんですね。「100人いる中で、患者指向ではない人が1人いると、それは"100―1"で99になるのではなく、"100×―1"で―100になるのです」と。だから、評価の低い人は徹底的に排除するということなんですね。

    そこで360度評価を導入することで、みんなの目が「神の目」になったということです。企業にも同じことが言えるわけで、1人の人間を複数の人たちが評価するということは非常に大切です。

    ただ、こういう話をすると「そんなことをしたら、下に迎合する人が出てきます」と言う人が必ずいるんですね。でも、いいじゃないですかそれで。迎合したって、人望のない人はすぐに見抜かれます。「迎合している」と思われれば、周囲からの評価は得られません。

    そんな風に自分の評価ばかりを気にするのではなく、本当の意味で部下に優しくできる人を見つけ出さなくてはいけないんです。そのためにはやはり、部下が上司を評価できる仕組みを作ることが必要です。これは経営層についてもいえる話で、社内の人望が厚く魅力的な経営陣がいつも排出されるような仕組みを持つことが、大事になると思いますね。

    つまるところ、魅力的なリーダーがいて職場が元気であるという条件が、今後企業が成長していくためには不可欠なのですが、現実にはこの2つが崩れている会社が多い。企業の足腰が弱くなってきているということが、非常に気になります。

    組織変革に秘策はない。「ガチョウ」を再生する努力こそが必要

    ────ミドルマネジャーを育てて職場を元気にするという基本をおろそかにしたまま、目先の業績をあげることが「変革」だと捉えてしまうと、企業の足腰を叩き壊すことにもなりかねないのですね。

    そこが大事なところであって、金の卵を産むことも大事ですが、ガチョウの体力をつける変革も必要なのです。「金の卵」と「ガチョウの体力」、この2つを両立させることが大切なのに、変革とは業績を上げることだと勘違いしている人が多い。もしくは、仕組みを変えることが変革だと思っている人もいます。だから変革が上滑りになって、変革に拒否反応を起こしている現場もある。「変革疲れ」が起きているんです。

    ────そうしたときにこそ、基本に立ち戻ることが大切なのですね。

    そうです。そして、トップは絶えず現場と話をすることです。業績が伸びている会社は、トップが工場にも研究所にも足を運んでいることが多いですね。教育研修の場にも出てくる。体を張ってメッセージを伝えているんですね。Eメールや社内テレビでメッセージを流すなんていうのはナンセンスです。

    実際、ある電力系の企業の社長は、就任後に半年かけて全国の拠点を回られました。ある事業所では、創業以来初めて社長が来るということに驚いた現場の若いエンジニアが、感動して涙を流したそうです。こういうことが大事なのであって、人間には人の血が流れているわけですから、経営者にできることはまだまだあるのではないかと思いますね。

    ────ミドルマネジャーを再生するにあたっては、トップと現場のコミュニケーションを強化することも大切だということでしょうか。

    そうです。さらに言えば、現場とコミュニケーションするということは、現場を知るということでもあります。経営者にはいい話しか上がってこないわけで、トップはもっと実態を知るべきだと思いますね。そのためには、現場と話すだけでなく、現場からネガティブメッセージがあがってくるような仕組みを作っておくことも必要です。

    ────具体的には、どのようにすればよいのでしょうか。

    ネガティブメッセージを高く評価する仕組みを作ればいいのです。つまり、ミスを許容し、リカバリーできる職場にするということです。ミスを許さない職場では、誰もリスクを冒さなくなる。イノベーションをしなくなります。そして、ミスを隠すようになる。ですから、失敗に対してどういう態度を取るかということが非常に大切なんです。

    ────未来に対して挑戦できる組織を作るためには、ミスを許容するというステップが必要なのですね。

    そうです。例えば、大手セキュリティ会社のセコムはまさにそれを実行していまして、社内で「競艇モデル」と呼ぶモデルがあるそうです。何かといいますと、新規事業の案件はとにかくどんどん走らせるということなんですね。2、3件を厳選して社長直轄のプロジェクトにして...なんていうことはしない。何があたるか分からないわけですから。例えば100艘がスタートしてゴールするのは2、3艘かもしれないけれども、3つの成功のためには97の失敗が必要だと考える。失敗を許容する試行錯誤型の組織体質ができあがっているんですね。

    ────失敗にも価値があるのですね。

    そうです。失敗を許容することは、魅力的なミドルマネジャーを輩出する仕組みとしても大切なことです。失敗したことがない人は、失敗するようなリスクを負ったことがない、または、回避してきた可能性が高い。つまり、非常にコンサバティブなんですね。しかも失敗をしていないから、困難な状況に直面した経験もないし、切り抜ける胆力もない。そんな人をリーダーにはできないですよね。

    ────こうしたことも含めて、目先の業績だけを追うのではなく、まずは「ガチョウの体力」をつけることが大切であるということでしょうか。

    高く飛び上がるときには、一度腰をかがめなくてはいけませんね。それと同じで、低くかがまないまま高く飛ぼうとしても無理がある。いずれ必ず、業績にしわ寄せがきます。そこは覚悟して、「ガチョウの体力」をつけることをしっかりやらないといけないと思いますね。

    ────ありがとうございました。

学習院大学経済学部
教授 内野 崇先生

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    変化の時代を生き抜く「ヒトと組織の変革」とは(中編)

     

    組織の改編やリストラ、人事制度の改革など、さまざまな企業においてさまざまな手法で変革が試みられています。しかし、それらの変革が成功する確率は必ずしも高いとはいえません。変革がうまくいかないとすれば、それはなぜか。何が変革成功の原動力になるのか。研究と実務の両面から企業変革に携わってこられた、学習院大学経済学部教授 内野 崇先生に伺ったインタビュー3回シリーズの中編をお送りします。

  • TAKASHI UCHINO

    1951年生まれ。東京大学大学院博士課程を経て学習院大学教授に就任。主たる専門は経営組織論。組織学会理事。研究・教育に携わるかたわら、10数年にわたりエネルギー関連、商社、薬品、電器、IT、金融等の大手および中小企業を対象に、特にCI、戦略、組織改革、人事制度、給与制度等を中心にコンサルティング業務に従事。92年から96年にかけては学校法人学習院企画部長として21世紀計画の策定および、改革本部長として実際の学校改革にも従事する。著書に「変革のマネジメント(生産性出版刊)」、主要論文は「企業文化とその改革」「組織革新の動向」ほか多数。

  • 職場とヒトの劣化をもたらした構造とは

    ────長時間労働が慢性化して働く人々が疲れているということに、気づき始めている企業も増えてきたように思います。

    「ワーク・ライフ・バランス」を掲げる企業も、このところ増えていますからね。これも働く人達の怒りと悲しみと絶望が噴き出た結果なのだろうなと思います。「よくもこんな状況で耐えてこられましたね」という職場はたくさんありますからね。

    では、なぜ職場とヒトの劣化は起こったのか。いくつかの環境変化がその背景にあると、私は考えています。

    1つは、ある種の「株主至上主義─利益至上主義」が広がって、短期的に利益を挙げなくてはならないというプレッシャーに企業経営がさらされているということ。また、「グローバル化」による国際会計基準の導入で、企業はさまざまな情報開示を求められるようにもなってきました。さらに、「IT化」や「スピード化」にも対応しなくてはならない。「環境保全」や「安全・安心」を求める機運も高まり、社内外のさまざまな「多様性」や「複雑性」の増大への対応もあるでしょう。

    そうした中で、確かに企業の業績は右肩上がりに回復してまいりました。しかしその一方で、個人の幸せ、やりがい、充実度は減っているのではないかというのが、我々の仮説です。

    そう感じる事実はいくつかありまして、先日、ある企業の社員に残業時間の長さを聞いたところ、1カ月で240時間だと言うんですね。240時間といえば、土日はほぼ全日休日出勤、平日も毎日午前様でしょう。ご家族のいる人でしたから、「お子さんと話もできないでしょう」と言ったところ、「いや先生、大丈夫です。夜の8時になったらEメールでやりとりしてますから」と言う。悲しい話ですよね!

    加えて「どう改善すべきか」と聞いても、「仕事が忙しいのは仕方がないので、プロジェクトが終わったら2、3日休暇をもらえればいい」と、その程度の要求しかない。これは異常です。人間は辛い状況が続くと麻痺して痛みが分からなくなるといいますが、まさに同じことが職場で起こっているのではないでしょうか。

    このようにして仕事が増える一方で、l0年前と比べると給与は7%程度減っているというデータもあります(※)。企業が生み出した付加価値は、内部留保を除いて株主・経営者・従業員の3者に分配されるわけですが、株主への配当はこのところ増える傾向にありますし、経営者もそれなりに報酬を取っている。唯一減っているのが、従業員の給与なんですね。

    ※国税庁の統計によると、雇用者の平均給与(1年以上勤続者)は平成9年の467.3万円を最高に下がり続け、平成18年は434.9万円。ピーク時から7%減と、個人所得の低下が進んでいる。

    この理由としてよく言われるのは、正社員比率が下がったということですが、よく見てみると理由はそれだけではなくて、成果主義が広がってから給与が上がらなくなってきているんです。成果主義が導入された当初は、みんな「自分はデキる」と思っていたのが、実際には給与は下がらないまでも、ほぼ横ばい。管理職にいたっては、むしろ下がった人が多い。

    こういう現実の中でワーク・ライフ・バランスが失われ、大切な雇用保証も崩壊しました。また、組織のフラット化・柔軟化によって仕事がプロジェクト単位でなされるようになってきたことでマネジャーには人を育てる余裕がなくなり、OJTも難しくなっている。企業の現場は、ミドルマネジャーに過重な負担がかかる構造に陥っているのです。

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    内野氏は職場とヒトの劣化を生む主たる原因として、以下の「11の困難」を指摘している。
    [個人・仕事]
    1. 際限のない仕事の密度と量の拡大
     i) リストラ、省力化の進展
     ii) スピード化の進展
     iii) IT化による処理すべき情報増大
    2. しっくりこない人と仕事の関係の頻出
     i) ワーク・ライフバランスの崩壊
     ii) 不本意な仕事・報われない仕事の増大

    [職場・会社]
    3. 組織フラット化、縦割り化とブラックボックス化
    4. 一貫性のないクルクル変わる方針・施策の横行
    5. コンセンサスの過度の重視
    6. 意思決定の遅延─なかなか上が意思決定しない、してくれない
    7. 行き過ぎた成果主義
    8. 雇用保証の崩壊

    [リーダーシップ]
    9. トップマネジメントの機能麻痺
    10. 組織のフラット化、柔軟化、短期化の中で
     i) ミドルリーダーに過重な負担増と疲弊
     ii) 人材育成に対する関心と志向が急減─OJTの困難
    11. 仕事中心の強制型のドライなリーダーシップの横行
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    職場とヒトの劣化がもたらす「9つの不幸」

    ────企業社会全体が、職場とヒトが劣化するような構造に陥っているということでしょうか。

    そう。そして、その帰結として「不幸な現実」のスパイラル連鎖が職場で起こっています。やりがいがない、やらされ感がある、成長の実感がない、忙しい、メンタルヘルスが悪化する、職場の人間関係がぎくしゃくする...。

    これにリーダーシップの劣化が重なるともう最悪なんですが、こういったことが実際に起きているのが現実。みんなそれに目をつぶっているところがあるんですよ。

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    内野氏は、職場が劣化した結果として、以下の「9つの不幸」が起こっていると指摘する。
    1. やりがいのない仕事
      ミスできない辛い仕事の連続で
      やらされ感が増大
    2. 成長実感がない
    3. 多忙感、疲弊感
    4. メンタルヘルスの悪化とメタボ化
    5. ストレス耐性の劣化、胆力、気概の低下(個人の脆弱化)
    6. 人間関係に亀裂が入り、職場のギクシャク感と閉塞感が高まりうまくいかない
    7. 評価・報酬に納得がいかない
    8. 組織と会社の一体化に亀裂が入り、信頼感が揺らぐ、疎外感の広がり
    9. リーダーシップの劣化
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    個人の幸せを犠牲にした組織の繁栄は長続きしないというのが、組織論の定説です。確かに会社の業績は右肩上がりに伸びてきました。しかし、職場とヒトは確実に劣化している。この状況が進行すると、ある時点を境に会社の業績も下がり始めるでしょう。いよいよ、そのギリギリのところにきているのではないかと思います。

    ────この深刻な状況は、どのようにすれば打開できるのでしょうか。

    1つヒントがあります。それは、人間は信じるに足る未来と仲間がいれば生きられるし、元気がでるということなんですね。

    少し話が脱線しますが、国境なき医師団(※1)というNGOの日本支部で活躍をしておられた貫戸朋子さんという方が、旧ユーゴスラビアの紛争地帯、ボスニア・ヘルツェゴビナで活動したときの話を聞いたことがあります。「食糧事情はものすごく悪くて、薬もない。けれども、現地では自殺者が1人もいない。ところが、わが日本に帰国してみれば、毎年3万人以上の日本人が自殺している。これはショックでした」と(※2)。

    ※1 1971年にフランスの医師グループによって作られた非営利団体。貧困、紛争地域を中心に医療援助活動を行う。1999年にノーベル平和賞を受賞。
    ※2 警察庁の統計によると、年間の自殺者数は1998年に3万人を突破。以来、毎年3万人を超える自殺者が報告されている。

    この違いは何だろうと貫戸さんが現地でヒアリングを進めたところ、自殺しない条件が2つあることが分かったそうです。1つは、信じるに足る未来があるということ。もう1つは、仲間がいるということ。人間が生きていくには、この2つが必要なんですね。

    これに似た話を、ある精神科医からも聞いたことがあります。人間はどういうときに自殺するのかと尋ねたところ、「未来に絶望し、かつ孤立無援になったときに人は死の引き金を引くことが多い」と。逆に言えば、未来が見えなくても仲間がいれば生きていける、仲間がいなくても信じるに足る未来があればどんなに厳しい状況も乗り越えられるということです。

    日本の会社は、そういったことについて根本的に考え直さなくてはいけないところまできているのではないでしょうか。

    組織の再生とはミドルマネジャーの再生である

    では、どうすればいいか。職場を再生する鍵は、やはりミドルマネジャーの存在だろうと思います。それを裏付けるデータがありまして、ビジネスパーソンに対してモラルサーベイ(従業員の意識調査)を実施したところ、「会社の未来や戦略、業績といったマクロ変数には不安を感じているけれども、現場のリーダーはよくやっていると思う」という結果が出たんですね。

    これが何を意味するかといいますと、「道路の状況が悪くても、ドライバーの運転技術が良ければ乗り切れる」ということなんです。これはいちるの望みで、ミドルマネジャーのリーダーシップは、やはり非常に大切だということです。現場のリーダーがしっかりしているということと、信じるに足る未来があるということ。この2つが組織を変革するときの、基本的な条件なんですね。

    ────しかし現実には、ミドルマネジャーの再生、組織の再生という問題は先送りされることも少なくないように思います。経営者はどのように舵を切り直すべきなのでしょうか。

    「株主・顧客・働く人々」の3者のバランスを、常に考えるということですね。しかし、それにはコストがかかります。組織の膿を出して、未来に対して投資するためには、短期的には業績が下がることもありますから。そこを覚悟することが、経営者には必要だと思いますね。

    ────変革の初期には業績が悪化することもある、ということでしょうか。

    そうです。例えば、最近で言えば東芝がHD DVD事業から撤退しましたね。撤退に伴って数百億円の損失が予想されていますから、会社の業績は短期的には下がるでしょう。通常でいえば、株価が下がる事態ですね。しかし、私は撤退発表からの1週間、株価の動きに注目していましたが、東芝の株価は下がりませんでした(※)。選択と集中に徹して、早めに撤退の判断を下したことが評価されたわけです。

    ※HD DVD事業からの撤退が発表された2008年2月19日をはさんだ前後1週間の、東芝の株価の終値(平均)は、発表前の2/12~2/18は772円、発表後の2/19~2/26は808円。株価はむしろ上昇した。

    ところが現実には、株価ばかりを気にしてその場しのぎの対策に始終している経営者が少なくありません。これは先ほどの寓話でいえば(前編参照)、金の卵ばかりを気にしてガチョウの体力が落ちてきていることに気づいていないということです。

    でも、株主はガチョウの体力が落ちているのをちゃんと見ていますから、「そんな会社の株は買わないよ」となるわけで、株価ばかり気にしていると株価は下がる。面白いパラドックスですよね。むしろ株価は気にしないで、「場の広がりのバランス」と「時間の広がりのバランス」、この2つを考えながらどっしりと構えていけば、株主も顧客も社員も必ず理解するんです。

    ────2つのバランスを取るには、やはり「未来」があることが前提になるのでしょうか。

    そうです。ところが今は、ビジョンや未来像が完全に浮いてしまって、現場が信じていませんね。先日もある会社を訪ねたら、そこの管理職が「当社には未来像がない」と言うんです。その会社は上場企業でしたから、「そんなことはないだろう。社長がいつもビジョンを語っているじゃないか」と返したのですが、そうしたら「いや先生、あれはIR用ですから」と(笑)。

    「トップが変わるたびに、ビジョンがコロコロ変わる。そんなものを信じていたら、仕事なんかできませんよ」というのが本音だろうと思うんです。そういう職場は、やはり元気がなくなりますね。信じるに足る未来がないわけですから。

    そうしたときに、未来を信じられるような職場に変えていけるのは誰かというと、やはりそれは現場のミドルマネジャーなのだろうと思うのです。経営層は、ちょっと雲の上。現場もきついかもしれない。けれども、「あの部長がいるから頑張るんだ」とかね。そういう魅力的な人材が組織の真ん中にいなくなってきていることが、日本の会社の最大の危機だと言えるのではないでしょうか。

    ですから、課長や部長、部門長といった人たちの人間力も含めて、リーダーとしてどうあるべきかということを、企業はもう一度きっちりと考えなくてはいけないと思いますね。国境なき医師団の貫戸さんもまさに同じ指摘をされていまして、「ボスニアには地域、地域に、魅力的なリーダーがいた」とおっしゃる。これはすごく大事なメッセージで、職場の再生とはミドルマネジャーの再生なんです。

    仲間をきっちりと作り、未来を信じられるような職場に変えていく。これが本当のマネジメント力であり現場力です。このことを、もう一度やり直さなくてはならないということが、私が最大に申し上げたいことですね。

    会社を未来志向にし、変革を成功させうる組織を作り上げるには、魅力的なリーダーの存在が欠かせません。では、どうすればミドルマネジャーを再生し、変革リーダーを輩出できるのか。後編では、ミドルマネジャーの育成と評価について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  変化の時代を生き抜く「ヒトと組織の変革」とは(後編)

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