2008年2月アーカイブ ..

株式会社一ノ蔵
マーケティング室室長 山田好恵さん

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    伝統のものづくりに学ぶ、オンリーワンの競争力とは(後編)

    昭和30年には4021場あった清酒メーカーは、平成17年には1737と、往年の4割近くにまで減少しています。一部の大手メーカーによる寡占が進み、極端な価格競争の波に飲まれて個性的な中小の事業所が姿を消していく。この現象は、他の産業にも共通なものといえます。その中にあって「オンリーワン」を目指し、清酒の復興に賭ける企業があります。時代の波に流されずに本物を守り続けられる強さの秘けつとは。一ノ蔵マーケティング室室長、山田好恵さんに伺ったインタビュー3回シリーズの後編をご紹介します。

  • 株式会社一ノ蔵http://www.ichinokura.co.jp/

    宮城県にあった4つの酒蔵、浅見商店・勝来酒造・桜井酒造店・松本酒造店が企業合同して昭和48年に誕生した清酒メーカー。機械化すれば6名前後の蔵人で生産可能な3万石の蔵に48名の蔵人を配し、「良い米を使い、手間暇をかけ、良い酒を造る」という姿勢を貫く。昭和52年には良い酒を安く提供するために、あえて級別監査(現在は廃止)に出さず2級酒として発売した本醸造酒「無監査」がヒット。以来、こだわりを貫く酒蔵として清酒ファンの支持を広く受ける。

    YOSHIE YAMADA

    1964年生まれ。86年に、大卒の新卒社員一期生として株式会社一ノ蔵入社。物流企画課に配属になり、入社したその年に、女性向けの低アルコール酒「ひめぜん」の開発を任せられ、ヒット商品に育て上げる。05年に現職に就任。

  • 経営者が代替わりし、後継期を迎える。

    ────一ノ蔵は設立36年目を迎えられました。今後の課題としては、どのようなことをお考えですか。

    そうですね。最近、経営者が若社長(代表取締役社長 松本善文氏)に交代して、今は一ノ蔵にとりまして後継の時期なんです。昨年には創業役員を一人亡くしましたし、役員定年が65歳ですので創業時からいる役員も徐々に一人減り、二人減りというような形になってきまして、新しい第二創世記という時期にきているなという気がいたします。

    これまでは強い経営者がいて、それを補助する管理職がいて社員がいてという図式でしたが、これからは社員全員の力を集めて、前経営者がやってきた経営をみんなでしていかなくてはいけない。というようなことを意識し始めている社員もいれば、まだ無意識の人もいますので、そういうことを喚起しながら、一人一人の力を合わせないと一ノ蔵は立ちいかないんだよということをさらに教育しているような段階にあります。

    ────「第二創世記を迎えた一ノ蔵にとっては、どのようなことが今後の課題になるのでしょうか。

    今年度の年度方針に、「一ノ蔵型 第六次産業の実現を目指す」というものがあります。「第六次産業」というのは創業者の一人である鈴木(鈴木和郎氏・故人)がよくいっていたことなのですが、「産業は、一次産業×二次産業×三次産業だ」と。それを足しても6にはなるんですが、あえて掛け算だとしているのは、「一次産業がゼロだったら全部ゼロだ」ということなんです。

    「一次産業を大切にしない国は滅びる。我々はもっと農業に目を向けて原料米にこだわり、生産から加工、流通、最後は消費の場まで携わって一ノ蔵ブランドをお客様に伝えていかなくてはいけない。また、伝えることでお客さまに喜んでもらえるような企業にならなければならない」ということを、鈴木は遺言のようにいい残していきました。

    それを実現させるためにどんなことをすればいいのかを、今、みんなで模索していますね。それを経営者や管理職だけが考えるのではなくて、本当にパートさんまで、「一ノ蔵型 第六次産業はどうすれば実現できるのか」ということを考えているんです。

    ────平成16年には社内に農業部門の「一ノ蔵農社」を設立されましたね。

    そもそもは11年ほど前に「松山町酒米研究会(※)」というものを立ち上げまして、松山町の専業農家さんにいろんな挑戦をしていただいています。「一ノ蔵が全部買いあげますから、失敗してもいいです」というお約束をして、できた酒米を当社が分析したりしながら、ノウハウのやり取りをして研究を続けています。

    ※松山町酒米研究会:松山地域の農家34戸が参画し、農薬を可能な限り減らす米作りを実践。平成19年には宮城県知事からエコファーマーの認定を受ける。

    そうしていく中で、やはり農業を守っていかないと私たちの産業は守れないという現実に気がついたんですね。酒は米の加工品です。これからは農業をプラットホームに物を考えていかなくてはいけないという考えに至ったわけなんです。

    農社の稲刈り「抜穂式」の風景。2003年春に始まった構造改革特区を受けて農業に参入し、農薬や化学肥料をできるだけ使わない環境保全型農法にこだわって酒米づくりに取り組んでいる。(写真提供/一ノ蔵)

    そこで特区の話が出たときに当社も担い手農家として名乗りを上げて、これからは酒米作りのノウハウを当社も築いていこうと。そして、ノウハウができたら農家のみなさんにどんどん作っていただいて、それを当社が買いましょうということで取り組みを始めました。

    農業従事者の平均年齢は65歳といわれています。小さい農家も多く、松山町などは放置水田が20年前に比べて4割ぐらい増えているんです。あと5年、10年もすれば、放置水田はもっと増える。そのときに自分たちが担い手となろうと。「一ノ蔵農社」の設立は、水田を荒らすことなく米を作っていこうという決意でもあります。

    農社部門については赤字です。ですが、農社を設立したということは社員全員にとって希望の光を見出すことができる、とてもいい機会になったと思っています。本物にこだわるということに対して一ノ蔵は本気なのだということが分かりましたし、自分たちがこしらえたお米で酒をつくるということになれば、つくる人たちにとっても大変誇りになります。また、もう逃げることはできませんので、より本物に近づくステップアップだと思うんです。

    大量生産・大量消費の世であっても、本物は必ず残り続ける。

    ────その一方で世の中は、品質よりも価格を優先する風潮にあります。

    日本酒の場合は、戦争という悲しい事実があって一気に状況が変化してしまったわけですが、大量生産が良しとされた頃から環境もずい分変わっているのに、日本人の感覚は変わっていないという気がしますね。悪くても安ければいいとする価値が根づいてしまって、それがいろいろな物の価値を全体で下げている。良い物の肩身が狭いような気がします。

    けれどもそういう時代にあっても、本当の豊かさを求める人がひと握りでも残っていれば、本物が死ぬことは決してないと思っているんです。100人が1人になっても残していかなければいけない。それが伝統産業に携わっている人間の使命だと思います。

    ────何がみなさんのモチベーションの源泉になっているのでしょうか。

    それは人それぞれ違うと思いますけれども、人はなぜ働くのかと考えたときに、「この人を喜ばせたいな」といったささやかな願いみたいなものをみんな胸に秘めているんだと思うんですね。一ノ蔵がここまできたのも、「創業役員が満足できるような会社づくりに役立ちたい」という気持があったからだと思います。それが今は後継の時期ですので、「創業役員4人の後継ぎを育ててくれ」と創業役員がいえば、「何とかしなくちゃいけない」という気持ちになるわけですよね。

    それと同時に、創業から30年かけて県内トップ(出荷量ベース)になり、全国でも昨年は29位にまでなった。その出荷量を落とすようなことをしてはいけないという気持でいると思います。ですから、競争社会で負けたくないという気持と、自分がいるこの環境をもっとよりよいものにしていこうという願いと。そのためにはどうすればいいのかということを常に考えているんだと思いますね。

    ────インタビューに先立って酒蔵を見学させていただきましたが、案内してくださった方が、ご自分の言葉で思いを込めて話されていたことが印象的でした。

    そうですね。「伝統の手造りの酒」を守るということは、みんなミッションだと感じていると思いますよ。ただその一方で清酒産業というのは本当に斜陽産業で、清酒を飲む人が年々少なくなってきています。「滅びゆく草原だ」という人もいるのですが、それはこの業界に身を置いていると本当に実感としてわかる。前月と同じ業績を打ち出すのにも、首まで水につかってようやく息をしながら、というような感じでいます。

    けれども、どんなにパイが小さくなっても日本酒が廃れることはない。いつの時代であっても本物の美味しさというのを認める人がいる。認められるチャンスは必ずあるので、そのときに生き残れる酒を精進してつくり続けて後世につなげていくことが、私たちにできることだと思っていますし、みんなそれは共通認識として持っていると思います。

    「蓋麹(ふたこうじ)」の作業。丸2日かかる麹づくりの後半では、麹米は「麹蓋(こうじぶた)」と呼ばれる箱に小分けにされる。温度や湿度など、場所によるムラを抑えるために、箱は2時間置きに積み替えられる。麹づくりは、今では機械化している酒造メーカーが多い中、一ノ蔵では人の手によって24時間寝ずの番で厳密な管理がなされる。

    そういう精神が一人一人の社員に根づいていれば、酒づくりにおいてズルはできないですよね。酒蔵では一人きりで作業するときもありますけれど、「面倒くさいから、麹箱を1段ずつ重ねなくてはいけないけれど、3段ずつでいいや」という風にはならないわけですよ。使命感が胸にあれば、誰が見ていなくても、どんなに眠くて疲れていてもズルはしないんですね。

    ────理念を徹底することに苦労している企業も多くあります。一ノ蔵ではなぜ、理念と行動規範を浸透させることができているのでしょうか。

    それは、ものすごく苦労して宮城県内のトップメーカーになったという誇りがあるんだと思います。今、蔵で働いている蔵人は、平均年齢的にいうと全国平均をずっと下回って若いとは思うんですが、18歳のころからそういうことを叩き込まれます。酒を作る人たちは、徒弟制というわけではないのですが、杜氏が絶対でその下は頭(かしら)、副杜氏、主任と、ピラミッド型になっていくわけです。下の人たちは上の人たちの教えを守らないと上には行けないし、ましてその日の仕事もできない。「造りでごまかしをすると杜氏を裏切ることになる」といって、決してでたらめなことはしないですね。

    伝統も企業も、時代と共に形を変えて継承される。

    ────創業者のお一人である松本善雄さん(監査役)の「伝統は時代と共に形を変え継承される」というお言葉も、御社の歩みを表すものとして印象的です。伝統の手作りの酒を守りつつ、新商品の開発や農業への参画など、時代に応じた取り組みを積極的にされているのですね。

    当社ではよく「不易流行」という言葉を使うのですが、絶対変わらないもの、それは一ノ蔵にとっては伝統を守った酒造りをするという経営理念なんですね。そして「流行」とは時代に即した商品や提案、アイデアでお客様に喜んでいただくこと。けれども、いつも立ち戻るのは経営理念なんです。新しいアイデアで新しい物をつくっても、その芯となる考え方は「不易」の部分。それはもう、いつも一蓮托生みたいな形でぐるぐる回っているのだと思います。

    ────山田さんが入社されてからの20年の間に、社風もずいぶん変わられたのではないですか。

    変わりましたね。私が入社した時はまだ男社会でしたが、今では女性の社員がすごく増えましたし、女性の管理職も3人います。ですので「女性が」「男性が」というこだわりは、もはやない気がしますね。

    ────いつ頃から、社風の変化をお感じになりましたか。

    15年ぐらい前からですね。全国的に一ノ蔵がメジャーになってきて、清酒メーカーとしての形が整ってくるのと並行して。小さな町の小さな酒蔵ではないんだと、社員の気持ちも変わってきますよね。注目されているメーカーで働いているんだという気持ちを持つようになったことで、社員も徐々に変わり始めてきたなという気がしますね。

    企業も学校に通う生徒みたいなものなのだと思うんです。低学年から上級生になるにつれていろいろなことが見えてきて、いろんなことが分かってきて。そこの校風みたいなものが生徒によって作られていく。それは決して、校長先生だけが作るものではないんですね。そんな風に企業も変わってくるのかなと思いますね。

    ────「男社会」といわれるような会社の中には、社風を変えられずに苦労している企業も多く見受けられます。

    会社の規模にもよると思うんですね。酒蔵は、比較的小さな稼業が発展して会社になったという形が多いものですから、そこのご主人なり息子さんなりが継承していく中で、外へ出ていくにも男性の営業の方が仕事がしやすいということはあると思います。

    例えば、私は今、宮城県の酒造組合の需要開発委員をしているのですが、女性は私一人だけです。消費を牽引するのは女性パワーと言われて久しいのに、女性心理が理解出来る同性のプランナーが少ない。清酒はまだまだ男社会といえますね。そうはいっても最近は女性のオーナー杜氏さんとか企画専従者が活躍しているのを良く耳にし、大変心強く思っています。

    ───山田さんにとって、お仕事とは何なのでしょうか。

    私にとって、一ノ蔵は学校だと思ってるんですよ。この学校でいろいろな教育を受けてきました。いつか卒業するときまでには、この学校に恥じないようにさらに自分を磨かないといけないし、知ってる人がいれば「あそこの学校いいわよ」といえるようなところであってほしいなと思うんですよね。会社に今居る社員も、定年あるいは事情があって退職された方々にもいつまでも愛される一ノ蔵。人こそが一番大切で重要な経営資源ですから。働いている人たちは家族。ケンカするときは本気でしますし(笑)。みんな、卒業した母校って好きですよね。会社もそうなったら本物ではないでしょうか。

    ────ありがとうございました。

株式会社一ノ蔵
マーケティング室室長 山田好恵さん

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    伝統のものづくりに学ぶ、オンリーワンの競争力とは(中編)

    昭和30年には4021場あった清酒メーカーは、平成17年には1737と、往年の4割近くにまで減少しています。一部の大手メーカーによる寡占が進み、極端な価格競争の波に飲まれて個性的な中小の事業所が姿を消していく。この現象は、他の産業にも共通なものといえます。その中にあって「オンリーワン」を目指し、清酒の復興に賭ける企業があります。時代の波に流されずに本物を守り続けられる強さの秘けつとは。一ノ蔵マーケティング室室長、山田好恵さんに伺ったインタビュー3回シリーズの中編をご紹介します。

  • 株式会社一ノ蔵http://www.ichinokura.co.jp/

    宮城県にあった4つの酒蔵、浅見商店・勝来酒造・桜井酒造店・松本酒造店が企業合同して昭和48年に誕生した清酒メーカー。機械化すれば6名前後の蔵人で生産可能な3万石の蔵に48名の蔵人を配し、「良い米を使い、手間暇をかけ、良い酒を造る」という姿勢を貫く。昭和52年には良い酒を安く提供するために、あえて級別監査(現在は廃止)に出さず2級酒として発売した本醸造酒「無監査」がヒット。以来、こだわりを貫く酒蔵として清酒ファンの支持を広く受ける。

    YOSHIE YAMADA

    1964年生まれ。86年に、大卒の新卒社員一期生として株式会社一ノ蔵入社。物流企画課に配属になり、入社したその年に、女性向けの低アルコール酒「ひめぜん」の開発を任せられ、ヒット商品に育て上げる。05年に現職に就任。

  • いたずらに規模を拡大せず、
    理念を守り続ける。

    写真は、大吟醸酒を一升造るために必要な玄米。大吟醸酒は原料米の精米歩合が50%以下(玄米の表層部を50%以上削り取る精米)と定められており、酒一升に対して一升瓶1.5本分の玄米を必要とする。精米の作業は、摩擦で米が割れたり、摩擦熱で米質が変化することのないよう、非常に慎重に約60時間をかけて行われる(精米歩合が50%の場合)。

    ────伝統的な手造りを守るだけでなく、原材料にも相当こだわっておられるそうですね。

    そうですね。米は本当であれば100%地元の米を使いたいと思っています。実際には山田錦のような西の方でしかとれない酒米もありますので、100%というのは難しいのですが、とにかく地元の米で地元の水で地元の人で酒を作って、全国のみなさんに喜んでもらいたい。そして、「良いもの」といっても、「ちょっと良い」では差別化につながらないんですね。徹底して良くないとダメ。当社は「良い食品づくりの会」という団体にも加盟していまして、これは全国の食品に関わるメーカーが互いに切磋琢磨しながら「良い食品」を作っていきましょうという集まりなのですが、会が掲げる規範は本当に厳しいんです。そこで認められるものを作っていますので、品質には自信を持っていいのではないかなと思っています。

    ────原料は県産にこだわって、なおかつ安くて良いものを手造りで提供し続けるというのは、大変なことですね。

    そうですね。けれども当社が三十数年間継続してこられたのは、「手造り」を守るために、規模をいたずらに広げたりサイドビジネスをするということがなかったからだと思うんです。本業一本だったから、何とかやってこられたのかなと思います。

    ────「一ノ蔵」のブランドでもっと大量生産できる商品を作ろうといった、他の企業との提携のお話もあるのではないですか。

    「うちのチェーンで全部売るから作ってほしい」とか、「もう少し安く、簡単にできる商品を開発しないか」というようなお話は、ないこともないですね。

    ────心が揺れることはありませんか?

    ないですね。そもそも本社にあるこの蔵自体が、3万石もできないんですよ。造ることができる酒の量が決まっているんです。また、いたずらに規模を増やすと必ず造りに手抜きが発生しますので、そこのところは1にも2にもNGですね。

    (写真左)本社の窓から見える大松沢丘陵。
    (写真右)本社蔵の仕込室。
    肥沃な大崎平野・大松沢丘陵の地下30〜100mの地下水(軟水)が一ノ蔵の仕込水。一ノ蔵設立時に3万坪という敷地を購入して水源を広く確保し、いたずらに生産量を拡大することなく、次の世代に残せるような自然環境を維持している。

    ────外部からのお誘い以外にも、社内から「やはり機械化しよう」といった声が出るといったことはありませんでしたか。

    ないです。まったくないですね。

    ────ブレることなく志を貫けるのは、なぜなのでしょうか。

    15、16年前だったと思いますが、経営者が経営理念というものを打ち出してきたんです。設立から10年以上が経ち、酒も良いものが造れる、営業はある程度の売り上げをあげられるようになって、会社の形がおぼろげながらできてきたときに、経営理念をきちんと打ち出してきたわけです。そのことによって、常に経営理念を軸に行動し、新しいものをつくり、次の行動に移るということになりますので、「手造りは効率が悪いからやめよう」という者は一人もいないですね。

    ※一ノ蔵の経営理念は、次のように定められている。
    ---------------------------------------------------------
    明るく 個性的で 使命感と躍動感のある人と企業でありたい
    感動の自ら湧き上がる人間集団 それを一ノ蔵と呼びたい
    一ノ蔵は
    人と自然と伝統を大切にし醸造発酵の技術を活用して
    安全で豊かな生活を提案することにより
    社員 顧客 地域社会のより高い信頼を得ることを使命とする
    ---------------------------------------------------------

    ────しかし理念を打ち出したものの、その理念が「絵に描いた餅」になっている企業も多くあります。

    当社では理念を朝、朝礼のときに唱和するんです。しかも、会議があるときにも必ず唱和します。例えば経営会議や営業戦略会議といった会議があるんですが、そのときにも必ず立って唱和する。そこは徹底していますね。

    ────会議が多い日は1日に何回も唱和するわけですか。

    多いと3回ぐらい。4回という日もありますねとにかく口に出していわないと頭に入ってこない。頭に入っていないと、自然な行動には結び付かないですよね。そういうことは徹底しているとおもいます。昨日入社してきたパートさんが、今日はもう経営理念を唱和している。そんな会社なんですね。

    商品のブランド力が高まれば、
    採用のブランド力も向上する。

    ────採用についても伺いたいのですが、採用基準として一番ご覧になるのは、人材のどのような点ですか。

    人柄ですね。もちろん、商品開発で専門的な分野に精通する人材を育てたいというようなときには大学の推薦内容や成績、大学での研究テーマなどが常に重要にはなりますが、最終的には、面談で人柄を見て採用を決めているようです。

    ────具体的にはどのような人を「人柄が良い」とされるのですか。

    協調性を持ちつつ自分の主義や主張を持っている人、ということでしょうか。協調性って、少し自分の心を折れば誰とでも協調できる気がしますけれど、それができない人もいるんですよね。協調するということができないと、みんなで何かをすることが非常に難しいなと思います。会社は一人で動かしているものではないし、ましてや酒は一人では作れないですから。チームワークといいますか、チームとして行動することが非常に大切になるんです。

    といっても採用の機会はそれほどなくて、採用するのは蔵人と本社のスタッフと、あとは関連会社の一ノ蔵酒販も含めて年に3人ぐらいでしょうか。ただ、一ノ蔵に入りたいという人が多く集まりますので、入社の倍率はけっこう高いんです。ですから、採用はかなり厳しくやっていると思います。

    ────一ノ蔵のブランドが、そのまま採用のブランドにもなっているのですね。

    そうですね。もちろん中には、一ノ蔵のブランドに惹かれたわけではないという人もいると思いますよ。日本酒があまり好きではなくて、家族にも日本酒を飲む人が少ない。でも、一ノ蔵という名前は聞いたことがあるし、大学の先生が勧めるから一ノ蔵のことを調べてみたら、自分の中に既成概念としてあった酒蔵のイメージと違うので面白いなと思っている、という人もいるようです。そこから「一ノ蔵が好きになりました」とか、「入社してますます一ノ蔵が好きになりました」という人は多いですね。

    ────「伝統的な酒造りに関わりたい」という明確な入社動機があれば、入社後も高い意欲で仕事ができますね。

    それはいえると思いますね。特に製造職には、例えば国立大の農学部出身の人などが職人と研究者の中間みたいな立場で入社してくるわけですが、酒造りの奥深さを知って、簡単には「部署替えをしてほしい」とはいってこないですね。「できれば一生製造部にいたい」「酒造りに携わっていたい」といいますし、つくったものに対する誇りも人一倍強いですよね。

    成功を分かち合う体験をすることで、
    社員に一体感が生まれる。

    ────酒造りの奥深さや、手造りの酒を守ることの大切さというのは、製造職以外の方や関連会社の一ノ蔵酒販の方々にも、伝わっているのでしょうか。

    伝わっていると思いますよ。販売会社も同じグループですから、社員研修やイベントなどはすべて一緒にやりますし、本社の営業戦略会議や経営会議といった管理職クラスが出席する会議には酒販の管理職も入りますので、そういった場を通してメーカーの考え方、メーカーの行くべき道、メーカーの戦略がきちんと販売会社にも伝わるんです。

    ────一ノ蔵酒販と本社との交流は、意図して促進しておられるのですか。

    そうですね。一ノ蔵酒販の本社は仙台市にありますが、月に1回の営業会議もこちらの本社で行っています。そうでないと営業部門が本社に来るということがなくなりますので、本社でやりましょうということにしているんです。

    ほかには、グループ内の委員会活動も盛んです。業務改善提案委員会や社会貢献委員会、5S委員会などがありまして、5S委員会などは会社が主導で立ち上げたものですが、社会貢献委員会のように有志で運営している委員会もあります。この辺りは水がきれいですのでホタルを飼育して水源近くに放すとか、バザーを開いてその売上金を福祉団体に寄付するとか、そんな活動をしています。

    その中で、一ノ蔵酒販の社員も委員会活動のために本社に来る。そこで本社の人間と交流することになるわけです。委員会活動以外にも、町内の美化運動といった活動をグループ内で横断的にしていますので、そういう意味でもグループ内の風通しはいいのかなと思いますね。

    ────消費者向けのイベントにも、社内のさまざまな部署の方が参加されるそうですね。

    そうですね。イベントは、社員に対する研修だという位置づけでもあるんです。ですから、企画や営業の部門だけでなく製造部の人たちも参加します。お客様が喜んで飲んでくださっている顔を見れば、それがまた業務に反映されますよね。

    ただがむしゃらに酒を売るだけではなく、消費者と直接触れ合って喜んでもらうためにはどうすればいいのかというようなことも、みんなで常に考えていこうと。そのためには、少なくとも年に3つか4つのイベントは必ずやって、本当にお客様が喜んでいるのかを自分たちで検証してみようということでやっているんです。

    具体的には例えば、「一ノ蔵を楽しむ会」であったり、それが発展して昨年と今年の夏は、横浜のランドマークで「一ノ蔵ヒヤガーデン」というものをやってみたり、丸ビルで期間限定の「SAKE BAR」をやってみたり、といったようなことをやっています。どれも採算は取れず、やればやるほど赤字なんですが(笑)。

      

    (写真左)「一ノ蔵を楽しむ会」:消費者との交流を深めるパーティー。東京、名古屋、大阪、福岡、札幌の5都市で開催。写真は東京・丸ビルで開かれたときのもの。
    (写真中央・右)「一ノ蔵ヒヤガーデン」: 7日間の期間限定で開設した日本酒の立ち飲みバー。利き酒などのほか、日替わりで邦楽のライブも開催した。

    ────いろいろな部署の方にも参加していただくのにも経費がかかりますね。

    かかります。「とにかくいろんな部署にいろんな経験をさせろ」といわれて、経費を工面してみんなに一泊二日で上京してもらって。終わって報告書を出すと「どうしてこんなに経費がかかったんだ」と私が怒られるんです(笑)。でもそれは、やらなくてはいけないことだと思っています。そういう経験をすることが、モチベーションにつながっていくんだと思うんですよね。

    ────みなさんのモチベーションが高まってきたという手ごたえはありますか。

    ありますね。イベントを2回、3回と繰り返す中で、「前年はこうだったから今年はこうしませんか」というような提案がどんどんボトムアップで来るんですよ。

    ────同じような試みをされている他社の中には、イベントが義務になっている企業もあります。一ノ蔵さんでいい効果が出ているのは、どうしてなのでしょうか。

    どうしてでしょうね。いろいろな意味で締めつけも厳しいんですよ。経費も「ここまでは出すけどこれ以上は出せない」というような厳しい線引きは引かれているんですが、その中で工夫をするということが自然と身についているといいますか。そういう社風なんだと思います。

    例えば予算があって、どこかの広告代理店にドンとお願いできればこんなに楽なことはないと思うんです。けれども、当社は別名「けちノ蔵」ともいわれていまして(笑)、「その予算は一切ないと思え」といわれながらやっているんですね。その中で、みんなよくやっていると思います。

    ────ご自分たちで手をかけておられるからこそ、イベントを成し遂げたときの喜びもひとしおなのかもしれないですね。

    そうですね。とにかく「自分たちがやった」という風に感じてもらえるようにしたいとは思っています。そして、成功はみんなで分かち合う。成功をみんなで分かち合うということがイベントの最大の目的でもありますね。

    伝統の酒造りを守りながら清酒の常識を破る商品を開発してきた一ノ蔵が、次に見据えるものは何か。後編では、一ノ蔵の今後の挑戦について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  伝統のものづくりに学ぶ、オンリーワンの競争力とは(後編)

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