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本物経営への道のり(前編)
「お客様第一主義」、「社会への貢献」、「従業員の幸福の追求」──経営理念にこういった言葉を掲げる企業は、非常に多くあります。しかし、現場に目を向ければ売上至上主義が横行し、企業の永続的な発展のために不可欠であるはずの理念が『絵に描いた餅』になっている企業が多いのもまた実情です。理念の追求とは。本物の経営とは。再春館製薬所のITM営業現場部 兼 社員満足推進室 人事部 マネージャー、岡村宗敬さんに伺ったインタビューを、前編・中編・後編の3回シリーズでご紹介します。
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株式会社再春館製薬所 (https://www.saishunkan.co.jp/)
1932年設立。『ドモホルンリンクル』で知られる、漢方の医薬品・化粧品を開発する製薬会社。人間が本来持っている自然治癒力、自己回復力を最大限に引き出す製品づくりにこだわる。行動規範に5つの『しん』、『心』『真』『診』『深』『信』を掲げ、顧客と直接コミュニケーションを図ることで個人商店のように心の通ったサービスを提供するために、自社製造とテレマーケティングによる直接販売方式を貫く。
MUNETAKA OKAMURA
1964年生まれ。00年株式会社再春館製薬所入社。お客様満足室責任者を経て、2002年に営業現場部責任者、2003年営業現場部マネージャー、2007年より社員満足室人事部マネージャーを兼任。
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過去の失敗を風化させず、飛躍の原動力に変える。
────御社は1993年に「TM(テレマーケティング)改革」という大きな改革に取り組まれ、それ以降、業績は順調な拡大を続けておられると伺っています。
93年の改革が無ければ、今の再春館はなかったと思います。それぐらい大きな経験でした。年間売上100億円を達成し、「売ること」に走った結果、お客様から返品やクレームをいただいて、「NO」を突きつけられたことが発端でした。当時の月間の売上の7%、約7000万円分が返品で返ってきたんです。その原因は、大きく3つあります。
1つは、研修制度がととのっていなかったことです。例えば、お客様に商品をお勧めする際に、なぜお使いいただきたいのかという詳しいご説明をしないまま「良いから使ってみてください」といったお勧め方をする社員がいました。
2つ目は、アウトバウンドがお客様にお電話をするサイクルです。当時は、35日に1回の頻度でお電話をしていました。商品はカタログ通りに使っていただくと2カ月分です。一方で、お客様の実際の平均的なサイクルは3〜4カ月なのに対し、お電話の頻度が高すぎた。さらに、先ほどお話したようなお勧め方をしてしまっていることで、たくさんのお叱りをいただきました。
原因の3つ目は、機械が自動的に電話を発信する効率を求めた機能を導入したことです。例えば、コミュニケーターがお客様との会話を終えると、すぐに機械が次にお電話できる方を探して自動的に発信をするわけです。コミュニケーターは、何のお話をするのかを考える間もないまま次々にお電話がつながるので、機械的な対応になってしまっていたんです。
言葉だけになってしまっていたお客様満足、そして効率を追い求めた電話のシステム。その結果として返品の山に直面し、当時の社長であった西川(現会長・西川通子氏)が、1993年の7月から3カ月間、原因となったアウトバウンド(電話セールス)を一切やめ、社員の教育を含め一から作り直そうという決断をした。これが、「TM改革」のスタートでした。
アウトバウンドが売り上げの7割を占めるような会社が、年間の4分の1にあたる3カ月もの間アウトバウンドを止めるということは、会社が潰れる可能性も覚悟した決断であり、西川(会長)以外の経営層は、全員反対だったとも聞いています。
けれども西川(会長)は、「ここで改革をしない限り、お客様に見放され、なくなる会社だ」と。改革をしなければなくなるし、改革をしてもなくなる可能性がある。長く続く会社であるためにはどうすべきかを考えたときには、もう改革をせざるを得ない状況でした。
資料館に展示されている、実際の返品の山。前面のガラスには、その当時、社長名で顧客に郵送した謝罪文が貼られている。
────改革を実施された93年から14年が経っていますが、そのご経験は風化されずに、社内に受け継がれているのでしょうか。
93年の失敗があったからこそ、『お客様満足』を第一に考え実行する習慣が少しずつ根付いてきたと思います。本社の玄関脇に併設している資料館には、お客様からの返品の山を今も展示していますし、私は新卒者の採用にも携わるのですが、学生にもすべてを正直に話します。自分たちの失敗を、隠さずにありのまま語り継いでいく文化というのは、間違いなくあると思います。
実はこの取材の話があったときにも、西川(現社長・西川正明氏)がどんな言葉を日ごろよくいっているかを考えてみたのですが、それは「嘘を付く人とは一生お付き合いできない」ということなんですね。「だから、お客様と長くお付き合いいただくためには、会社も嘘をついちゃいけない」と。こういう表現を、西川はよくするんですよ。
今では、お客様とからの喜びの声だけでなくクレームも隠さずに社内に公開し、『お客様の満足』を社員全員が考える仕組みをつくっている。
社員教育を一からやり直し、目指す姿を明文化。
「TM改革」では、お電話のサイクルなどを含めたシステム面を見直して、社員の教育や評価にも手を入れました。会社がどのようにして成り立っているのかの研修も行いました。購入していただいたお客様から返品があった場合には、返品確認のお電話をかけるなど、お客様とのお付き合いはその場限りではなくその後も続いていく。そのことを改めて知ってもらおうとしました。
けれども、伝えるというのは容易なことではありませんでした。中には、ついてゆけずに辞める社員もいました。ただ、お客様から「商品はいいのに、何でそんな売り方をするの?」「もっと、商品に自信を持ったらいいのに......」といった声をいただいて、商品を認めていただけていたことが乗り越える活力になったと聞いています。
顧客からの問い合わせに応えるために、コミュニケーター(電話オペレーター)が手づくりした説明書。『ありたい姿2007』の中では「自発的に考え、行動できる社員」がうたわれ、それが社風としても根付いている。
写真内上は容器に印字されている使用順番がみえにくいという年輩の方や、使用時に毎回カタログを見るのが面倒な方向けに作ったもの。ドモホルンリンクル7点セットをどの順番で使用すればよいかが分かる、1〜7の番号が大きく書かれたシールと、それに対応した7枚のカード式説明書。
写真内下は、英語の説明書。写真とイラストを使用し、分かりやすくまとめられている。その後、現社長の西川が2004年に社長に就任したときに、3年後にどんな会社になっていたいかというビジョンを明確に示したんですね。『ありたい姿2007(※)』といわれるものです。今までも社員手帳や会社案内といったものはありましたし、93年の改革を踏まえて「お客様を大切にする、お客様の立場になりきる」という姿勢は持ち続けてきましたが、それらを明確に文章化したものが『ありたい姿2007』。売り上げがどうだとか、商品がどうだとかということではなく、お客様と社員の関係を具体的に表現したものです。
『ありたい姿』という表現にも、西川のこだわりがあります。ビジョンという言葉がよく使われますが、「カタカナ語は受け取る人によって捉え方が変わってしまうことがある。誰でもが分かりやすい言葉で伝えたい」と。そこで選んだのが『ありたい姿』という言葉です。
※『ありたい姿2007』 https://www.saishunkan.co.jp/saiyou/message.html
「個人商店のように心の通ったサービスを提供しよう」という表現も西川はよくします。年間の売上高が260億円を超える会社になりましたので、規模でいうと決してもう個人商店ではないわけですが、「マニュアルに頼らない、人と人のお付き合いができる会社」ということなんですね。個人商店って「ああ、どこそこの誰とかさん」みたいな会話が、お客様とありますよね。そういう人と人のつながりを大事にしない限り、『お客様満足』はなし得ないし、『お客様満足』がなければ、企業の継続的な発展はありえない。『ありたい姿2007』は、そのことを明確に文章化したものだという認識でいます。
主語は「自分」ではなく「お客様」。
会話を変えれば、意識も変わる。────『顧客満足』を掲げる企業は多くありますが、御社ではその姿勢が社内の隅々に浸透しているように思います。どのような取り組みをされているのでしょうか。
私から見ても、本当に徹底しているなと思う事例がいくつかあります。例えば、言葉遣い一つとってもそう。私は、前職は営業職だったのですが、営業会議などでは「買わせる」といった表現をするんですね。私もそういっていました。当社に入社してからもそういっていましたら、西川に注意されたんです。「『買わせる』って、なに? 『買っていただく』でしょう」と。また、これは私だけではないんですけども、よく西川が使う言葉に「主語は誰?」というものもあります。「それは、あなたがそう思うだけなのではないの? お客様が求めているの?」と。
また賞与は、いまだに振込みではなくて現金支給なんです。給与も3カ月に一度は現金支給。上司が自分で封筒につめて部下に渡すんです。それは上司として部下を預かっている責任でもあるし、実際に現金を手にすることで、お客様からいただいたお金なんだということを再認識させるという意味もある。例えば、賞与の現金支給時には必ずといっていいほど、「お客様に感謝しなさい」という言葉が添えられます。お客様がいてくださるからこそ自分たちの収入につながっているんだという意識づけが、徹底されているんですね。新卒で当社に入社した社員はそれが当然になっていると思いますが、私は他社を経験していますので、そういうちょっとしたことも徹底しているなというのをすごく感じます。
製品は、タオル工場で出る残糸を使ったタオルに一つひとつ手作業で包んで発送される。写真はお客様からの贈り物。残糸タオルで作ったぬいぐるみやスタイ、右奥は梱包箱を再利用した裁縫箱。お客様への思いが通じ、心と心のコミュニケーションが生まれている。
────徹底した意識づけをされることで、表面的な対応ではなし得ない『お客様の満足』を実現されているのですね。
『お客様の満足』をうたうことやマニュアルを作ることは簡単です。けれども、マニュアルを作った瞬間に、気持ちが込もらなくなってしまうんです。「ありがとうございますといっておけばいいや」、みたいにね。そこには「当社の商品をお買い上げいただいて、本当にありがたい」という気持ちはなくて、決められていることに従っているだけになってしまうと思うんです。ですから、当社では必要最低限の業務の流れをまとめたものはありますが、それ以外のマニュアルは非常に少ない。これも当社に入社して感じたことの一つですね。
お客様からの返品の山を前に、改革を決意してから14年。社員の意識をどのように変革し、どのように育成してきたのか。中編では、再春館製薬の人材育成や評価の仕組みに迫ります。
*続きは中編でどうぞ。
本物経営への道のり(中編)