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M&A後のグループ成長を支える人事戦略とは(後編)
昨今の新聞紙上では、敵対的買収が頻繁に取りざたされていますが、本来の企業買収とは友好に相互のシナジー効果を生み出すためのもの。その鍵を握るのは、M&A後の人と組織の戦略です。異なるカルチャーの企業をどのように取りまとめ、人事戦略の舵をどう切ればよいのか。国内外に70社のグループ企業を擁するインデックス・ホールディングスの経営戦略本部専任本部長 落合俊之さんに伺った後編をお送りします。
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株式会社インデックス・ホールディングス (http://www.index-hd.com/)
1995年にモバイルのコンテンツ事業を手がける株式会社インデックスとして設立。2001年3月にジャスダック市場に上場。モバイル、エンターテインメント、ソリューションの3事業を軸に積極的な企業買収を展開し、国内約40社、海外約30社の一大企業グループに成長。06年6月に持ち株会社制に移行し、株式会社インデックス・ホールディングスに変更。
TOSHIYUKI OCHIAI
1967年生まれ。90年に株式会社リクルートに入社。HR領域各事業のコンサルティング営業・組織マネジメントを経て、04年から株式会社リクルートキャリアコンサルティングの立ち上げに従事。06年5月から現職。
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グループシナジーは、『現場』のつながりから生まれる。
────これまでは、グループ全体の人材の採用はどのようにしてこられたのですか。
事業会社のインデックスについていえば、中途採用中心ですね。グループ各社についても、各社各様です。ただし、事業会社のインデックスが新卒採用を今年度から本格化させ、グループ全体の新卒採用でも初の合同セミナーを開催しました。選考プロセスの共有化は難しいのですが、母集団作りからセミナーまではグループ合同で実施しましたから、学生に対してインデックスグループとしてのインフォメーションができた。そのことで、面白い人材がけっこう来ました。
昨年まではモバイルビジネスに関心がある学生に偏る傾向があったのですが、今年は、グループシナジーを意識してインデックスグループ全体に関心を持つ学生が多いんです。モバイルとエンターテインメントをどうつなげるかとか。まさに私どもが目指していることに関心を寄せてくれたことには、手ごたえを感じました。
結局、グループのシナジーを活かした主力事業というのは、グループ内の『人』が同じ目的意識でつながらない限りは生まれないものです。そういう意味では今年の内定者は、最初から同じ仲間だという意識付けがされている。これは今までにない試みです。
────既存社員の方々の中には、同じグループにどんな会社があるのか、全部はいえないという方もいるかもしれませんね。
そう、いえないですね、きっと。ですから、グループの新入社員を集めてグループ会社の見学会も実施したのですが、これはとても評判がよかったです。「インデックスグループにはこんなにいろいろな事業会社があるのか」と。現場を見せることは、すごく大事だと思いましたね。それぞれの事業が自分たちの所属する会社のビジネスにつながったらどんなことが起きるのか。柔らか頭を持っている子たちですから、イマジネーションの力はあるんです。現場を見ることでそれがさらに刺激されて、グループ内に同期の横のつながりもでき、そこからビジネスが発生する。こういった土壌はどんどん醸成しようと思っているところです。
────現場を見るというのは、大事ですね。
現場を見ないと、話は始まりませんね。パソコンの前に座って各社のホームページを見ていても、アイデアは湧きませんから。
グループシナジーを生むためには、
マネジメント力の育成が急務。────新入社員の方がグループシナジーに大きな役割を果たすとなると、その定着率も重要な課題になるように思います。
モバイルは人材流動が激しい業界ですが、実は、事業会社のインデックスでは7年前から新卒採用を始めていまして、一期生、二期生はすでに管理職にも就いています。これまでに辞めた社員はほとんどいないんです。新卒の定着率は非常に高いです。一方で、中途入社者の勤続は2、3年というケースもまだありますから、一人一人の従業員のフォローアップ・キャリアデザインは今後の課題ですね。
ただし、実は、退職後に再入社する人も意外に多いんです。他社でスキルを身につけて、違った形でインデックスグループにもう一度参加したいというのは歓迎すべきこと。グループを出る時も応援したいですし、戻ってくる時も「ひと回り成長して帰ってくるなら待っているよ」という風土を作りたいんです。ですから事業会社のインデックスについては、人事部員が退職者と全員面接し、必ずそのメッセージを伝えるようにしています。そうしていると、退職者が集まって飲み会をやるときに呼んでくれたりするんですよ(笑)。
────珍しいことですね。
「新しい会社に行って3か月経ったので近況報告させてください」と、連絡をくれるんです。うれしいですね。
────退職者の方と話す中から見えてきた組織の課題もあるのでしょうか。
あります。すごく参考になりますね。特に、若手や中堅クラスで典型的なのは、上司とのコミュニケーションギャップが原因になっているケース。責任は、総じてマネジメント側にあります。育てる意識が薄いから、部下の目線で話していないわけです。上司と部下のコミュニケーションという基本的なことがうまくいってないところは、社員が定着しないケースが多いですね。逆に、部下とうまくコミュニケーションできる上司には、人がついてきます。中途入社者が多い組織ですから、前職でマネジメント教育を受けてきた人は部下と自然にコミュニケーションできるけれども、人によってバラツキがあるんですね。
────それはグループの共通課題でもあるのでしょうか。
まずは、事業会社のインデックスとホールディングスについての課題ですね。ただし、グループ内にもマネジメント面の課題はたくさんあり、それについては各社の状況をヒアリングしている段階。基本的なマネジメントスキルの教育や戦略推進型のマネジャーの養成など、テーマは山積です。今後立ち上げる企業内大学(前編参照)が教育の場になるわけですが、グループの中でも優先順位をつけて、3カ年ぐらいをかけて整備していこうと思っています。
────研修をしても社員は変わらないという企業もあります。
研修とは『気づきの場』であって、大切なのは、気づいたあとの現場のフォローアップ。「研修という機会を提供した」というだけで人事は仕事をした気になりがちですが、それだけでは社員は変わりません。上司がどのようにして研修後のフォローをするか、日ごろのケアができるかということがすごく大事なんです。一番ダメなのは、研修を受けた人間が変わろうとしているのに、それを上が潰しちゃうことですから。ワングレード上の人間は部下育成が最大の職務。そのことを意識づけしていく必要があると考えています。
人と組織の課題は、先送りしてはならない。
「やりきる風土」を作ることが、ホールディングスの役目。────人事として取り組むべき課題がさまざまにある中で、優先順位はどのように整理されているのですか。
いえ、まだ私自身もやっと課題を把握したという状態です(笑)。ただ、私どものようにM&Aで成り立った企業体の場合には、各事業会社のカルチャーがまったく違うという大前提がありますから、親会社のやり方ばかりを強制することはできないと思うんです。そうではなくて、事業会社をクライアントとして捉えて、各社と同じ目線で考えていけば課題は必然的に見えてくる。それに対して、グループとしてどのように取り組むかという点は意識しています。
恐らく、個社で取り組んだもののうまくいかずに頓挫していることもあると思うんです。人と組織の問題は、先送りしようと思えばできるものも多いですから。そこに対して、グループ全体のポリシーを示して、きちっとやっていくということを事業会社の人事だけでなく経営層にも伝えていく。先送りせずにやりきることが人事領域の改革には不可欠であり、やりきる風土を作ることがインデックス・ホールディングスの役目だと思っています。
────人と組織の問題は先送りしてはならないということに、経営者の理解が得られないと嘆く人事の方もいます。
これはもう、いい続けるしかないですね。例えば、「従業員は辞めていないか」と経営者に聞かれて「退職率は減っています」と答えると、「それならば、みんな満足して働いているんだ」と思う。一般的には、それが経営者というものです。けれども、それは大間違いですよね。そこで、「実は現場ではこういう問題もあるんですよ」と、人事が経営者の耳に入れられるかどうかなんだと思うんです。それには、人事が組織の実態を現場レベルで把握しているかことが不可欠です。経営者が現場にまで出張っていくことはありませんが、「こういうメッセージを経営の立場からも伝えてください」ということを、きちっとインプットする。落合(会長)は、朝礼などで組織の課題を意識したメッセージをよく話します。従業員からすれば、「最近の落合さん(会長)は、人と組織のことを気にしている」という実感が持てるだけで何か気持ちが変わるんです。そういう相乗効果は大きいですね。
────人事の方が現場をよく知っていることが大切なのですね。
大切です。知っていないとダメですね。
────現場と人事の間に壁がある企業も多くありますが。
ありますね。私は前職(リクルート)で、さまざまな企業の人事の方とお付き合いをさせていただきましたが、人事が現場を知らずに机上の論理で絵を描いている会社は、いろんな意味で組織がうまくいっていなかったですね。逆に人事が現場ときちっとコミュニケーションしている会社は、すごく現場にマッチした人事施策が打てている。私自身も後者でありたいと思いますし、現場が元気じゃないと会社は元気になりません。現場とのコミュニケーションは、大事にしたいと思っています。
────一般論になりますが、経営者や経営者の指示待ちになって問題を先送りにしている人事をどのようにご覧になりますか。
そこには、そうなるに至った経緯があるはずです。人事としていろいろな事に取り組んでも、結局は経営者が「右」「左」「やっぱり右」というのに振り回されて、いくら努力しても組織は変わらない。結局は流されるしかないという、やりきれなさ感があるんだと思うんです。それなら上から指示がくるまで動かない方がいいという認識にもなりますよね。
けれども、会社というのは現場が中心であるとはいえ、人事も会社を変革していくうえではすごく大きな役割を担っています。ですから、止まっているということは、ある意味では業務を拒否していることにもなる。だから一歩踏み出す勇気が必要で、踏み出して試行錯誤していることは必ず受け入られると信じています。特にオーナー色が強い会社ほど人事のご苦労は多いでしょうね。けれども経営者を動かすためにも、会社の戦略と人と組織の問題とをどうつなげるかということが、人事には求められているのだと思います。
そしてもう一つ必要なのは、いい続ける努力。いきなり大きなことはしなくていいんです。日々の小さな創意工夫の積み重ねが大事です。昨日より今日、今日より明日、何か一つずつ変化の兆しを作っていく努力をしていけば、その積み重ねで絶対に変化は起こりますし、それが組織や個人を変え、大きな変革のエネルギーになっていくと思うんです。
────変革を積み重ねるにあたって、御社では社内の抵抗はありませんでしたか。
ありましたよ。「今の仕組みを壊すことは悪だ」という風潮がありましたね。でも、現場の1人1人と話すと、根っこの部分では分かり合えるものなんです。やりたいことが潰されてしまったという、過去の体験がもとになっていることもあります。それなら、その障害を取り除けばいいだけの話で、道を作れば彼や彼女たちはやりたいことができる。成功体験を踏めば、人は変わります。ポテンシャルのある社員が多いので、置かれた環境によって自分で自分をセーブしているのは、すごくもったいない。特に30前半の人材。これぐらいのスケールの会社なら力も発揮しやすいですし、いろんな経験ができるんですから。
そういう意味では、来たときに比べるとずい分とやりやすくなったなと思いますね。後は、現場とどれだけつながることができるか。「現場の子たちが少し疲れている」という話を聞けば、個別に呼び出して食事をしながら、いろいろと相談に乗るようにしているのですが、そういう風にしていると現場からもいろいろな情報が入ってくるんです。ベタなやり方ではありますが、人を大事にしていこうと思っています。
用件があるときは、親会社に呼ぶのではなく、
こちらからグループ会社に出向く。────ホールディングスの人事として、グループの事業会社との役割分担をどのようにお考えですか。
そこは難しいところで、親子の関係で"おんぶに抱っこ"にはなりたくないんですね。ホールディングスも事業会社も、同じ土俵で一緒なんです。会社の構成上は親会社という立場ですが、互いの悩みを相談しあう関係でありたいと思っています。
それに何よりも、事業会社の人事の方々は私より年長者ばかりですから、教わることが多いというのも現実。それこそ、ホールディングスの人事よりも立派な人事部門を持っている事業会社もありますから、私たちが勉強させてもらうことも多いんです。といってもいろいろご相談もいただきますが、各社で解決すべきことは各社主体で進めていただいて、私たちがリソースを提供できることはしますよと。いってみれば親会社、子会社という関係ではなく、会社の垣根を越えて、グループの総合人事機関として機能していけばと考えております。
────事業会社の人事の皆さんは、持ち株会社制に移行したことに構えるということはないのでしょうか。
それはありませんね。私たちも意識していることがあるのですが、何か用件があるときには、こちらに呼ぶのではなくこちらから出向く。これは大事です。世の中には、グループ会社を呼びつける親会社もあるようですが、私はああいうのは大嫌いなんです。その段階で、上下の関係ができてしまう。そんなことをしていては、絶対にうまくいきません。人事のメンバーにも、「何かあったらこちらから行け」、「呼びつけてはダメだ」と、これは徹底するようにしています。
今後立ち上げる予定の『HRフォーラム』(グループ内の人事担当者の交流会。前編参照)も、1回はホールディングスで開催しますが、後は各会社が持ち回りでやろうと思っているんです。
────そうすると、皆さんの職場見学も兼ねることができますね。
そうなんです。お互いにどんな会社なのかを知るためにも、持ち回りでやろうと。こちらから行くということは、すごく大事です。
────IT企業としては、情報共有はネット上でされるのかと思っていました。
情報にはデジタルとアナログがある中で、特に『人』に関する事はアナログに対応する部分も大事です。ITのメールカルチャーを反映して、グループ会社の人事の方から長文のメールを受け取ることもあります。けれども私にとってのコミュニケーションは、電話か会うことが基本。ですから、長文のメールがくると「今から会いましょう」と、まず電話します(笑)。その方が速いでしょう。「こちらから行きますよ」と。
────落合さんにとってホールディングスの「人事」というのは、どういう場なのでしょう
自分自身を成長させてもらえるフィールドだと思っています。前職(リクルート)の経験は活きますが、前職ではできない経験ができる。経営者(落合会長、椿社長)にも恵まれまして、「お前がやりたいなら、やれ」と、全権委任で任せていただいている。ですから、制約条件がない中で取り組むことができる。それは、失敗は許されないということでもあり責任は重いのですが、日々が楽しいですね。未だに学習する意欲が出てくるという環境に身を置けるのは、すごくありがたいことだと思っています。
────ありがとうございました。