2007年7月アーカイブ ..

ペッカリイ株式会社

| | コメント(0) | トラックバック(0)
  • <$MTEntryTitle$>
    人材開発室 兼 運営業務課 マネジャー
    亀竹 智恵美さん

    飲食業界における人材育成とは(後編)

    労働市場全体の有効求人倍率が1.0倍を上回り始め、慢性の人材不足を訴える企業が多く見受けられるようになってきました。中でもその傾向が強いといわれるのが飲食業界です。採用した人材の定着率を高め、戦力化するにはどうすればよいのか。後編では、2007年秋に開設する社内教育機関『ペッカリイカレッジ』の運営を担当する、人材開発室 兼 運営業務課マネジャー 亀竹智恵美さんに伺いました。

  • ペッカリイ株式会社http://www.peccary.co.jp/

    1986年設立。『食を通じて提供する豊かなこころ』を企業理念に掲げ、フレンチ、ポルトガル料理、和食、カフェなど、多様な業態を展開。チェーン店化による多店舗展開という効率至上の風潮が強い業界にあって、店ごとに異なる業態をプロデュースする個店主義を貫く。

    CHIEMI KAMETAKE

    1968年生まれ。91年日本マクドナルド株式会社入社。97年九州福岡エリア店長、2000年九州エリアトレーニングインストラクター、2003年サービスインストラクター。2006年ペッカリイ株式会社人材開発マネージャーとして入社。

  • 人材育成の初期段階で有効なのは、"目に見える教育"。

    ────亀竹さんは1年前にご入社されたと伺いました。人と組織という面から見た御社の強みと弱みを、どのようにご覧になられますか。

    当社は現在10店舗を展開しているのですが、店ごとに業態がすべて違います。ですから店長と料理長は、メニュー施策や業者さんの選定、値引き交渉、販売促進戦略のすべてを任されます。食器も包材もユニフォームもそう。チェーン店ならそういったことは本部が決めて店は実行するだけですが、当社では一から全部作ることができる。店に任せるというのは、すごくよいことだと思っています。

    ────働く方にとっては、大きなやりがいになりますね。

    そうです。しかし、任せるには知識やスキルが十分ではない面もあります。例えば損益の計算であったり、部下の育成であったり。そういった力をつけるにはどうすればよいかとなると、やはり教育が必要だということなんですね。当社はまだ10店舗ほどの会社ですので、決裁が下りるスピードが速い。小回りが利く組織だということも実感しています。

    ────人材教育は何から着手されたのですか。

    即効性のある施策として給与制度や評価制度といった人事制度を改定し、それと同時に私が所属する人材開発室を立ち上げました。人事が人材開発も兼ねるのではなく、それぞれが横並び。同じ権限を持ちますので、私は人事のマネジャーに決裁を得ることなく改革を進めることができるんです。

    では人材開発室としてまず何から始めるべきかといったときに、社員が教育されていることを自覚するものが必要だと考えました。私は昨年の6月に入社したのですが、入社したその月に、当社初の研修として衛生の講習会を開きました。

    ────なぜ、最初のテーマに衛生を選ばれたのですか。

    飲食店として一番分かりやすいことだからです。キッチンにもホールにも共通しますし、何よりも自分に置き換えやすい。時期もちょうど6月でしたし。衛生対策だけを考えれば、衛生基準のチェックリストを作成して、「ここは改善するように」とやれば即効性がありますが、それでは店舗の意識は上がりません。「衛生とは何か」「管理職として何をなすべきか」といった、根本的な考え方をレクチャーし、また近年の衛生事故のニュースを映像で見て重大さを再認識することが大事だと考えたんです。

    ────皆さんの反応はどうでしたか。

    もう、"戸惑い"ですよ。「こんなことして何になる」とはいいませんが、そんな雰囲気も伝わってきました。この講習会には、「人材教育といつものが始まるぞ」といったことを、社員に伝えたいという狙いもあったんです。この9月には『ペッカリイカレッジ』が始まりますが、社内研修がどういうものなのかというのは受けたことがなければ分かりませんから。

    業務のムダを減らし、社員が研修を受ける時間を捻出する。

    ────ご入社当時から、『ペッカリイカレッジ』の構想はお持ちだったのですか。

    ありました。目に見える教育が必要だということと、今後出店が加速して従業員が増えることを考えると、効率的な教育が必要になります。そのためには単発の教育ではなく、体系的な集合教育が必要なんです。ただし『ペッカリイカレッジ』を立ち上げるために人材開発室があるわけではなく、人材開発の仕事の一つにカレッジがある。そこは間違えないようにしなければいけませんが。

    ────社内大学の開設にはどのようなステップが必要になるのでしょうか。

    昨年の6月に入社しまして、『ペッカリイカレッジ』がスタートするのが今年の9月。その間、1年3カ月です。まず、入社1カ月は店舗でみっちりと現場を経験しまして、並行して衛生講習会を開き始めたところ、「人が足りないから研修に出られない」「時間がない」となった。それなら時間を作ろうと、ムダな業務を削減することを考えたんです。当社は本社も人数が少ないですから、一人がいろんな仕事を兼務します。私も人材開発だけでなく、店のPLを見たり運営にも関わります。そこで、気付いたことをどんどん改善して、とにかく店からムダな時間や作業を軽減していったんです。

    店の売り上げや利益を上げるためには、店長が現状をしっかり分析して施策を立て、それをチームで共有し、遂行し、部下を教育し、ボトムアップすることが必要です。けれども、作業に追われて時間に余裕がないと、分析をカットしてしまうから店長の能力も上りません。ですから作業を軽減することで、分析や施策に注力するという考え方も定着させる。と同時に、研修をスタートできる土壌を作る。このすべてが教育なんです。

    カレッジに話を戻せば、業務を削減して教育にあてる時間を作りつつ、準備を進めていきました。ホスピタリティセミナーは1時間半ですが、カレッジになると丸一日の研修になります。店舗から誰かが丸一日抜けるのって、結構大変なことなんです。店舗にしてみれば、絶対に嫌なはず(笑)。ですので、出席してよかったと思ってもらえるものにするための準備に1年かかったということですね。店舗と私との信頼関係を築くことも大切です。私に魚がおろせるわけではないし、フレンチが作れるわけでもない。「知らない人間に何が教えられるんだ」というところはあるわけです。でも、私が教えるのは料理の技ではなく、サービス業としての考え方だったり、部下の扱い方だったり、事業の計画の考え方だったり。実は、お店もそういったことに一番困っているはずなんです。そのことを分かってもらうために、かなりの時間をかけましたね。

    現場を支える黒子として、現場との信頼関係を築く。

    ────店舗との間に壁を感じたこともありますか。

    それはやはり、ありますよ。あるだろうということも予測していましたし。人材開発は即効性のないことですから、「わけの分からない部署ができて、何をしてくれるんだ」みたいなね(笑)。私も前職では店舗にいましたから、それはよく分かるんです。といっても、まずは信頼関係を築くことを心がけてきました。

    ────現場と信頼関係は、どのようにして築かれたのですか。

    相手をまず理解し、こちらのことも理解してもらうことです。相手を信頼するかしないかのベースには、その相手が自分にとって得になる人か、ならない人かということがあると思うんです。ですから、店に行けば良いところをまず褒め、スタッフの話をよく耳を傾けるようにします。人間として当り前のことですが、そういうことにはすごく注意をしています。また、私は店舗からのたたき上げではありませんから、全ての業態を知りつくしている訳ではありませんから。この"知らない"ということはデメリットであり、メリットなんです。知らないから、「あなたはすごい」と素直に評価できますし、「教えてください」と入っていくこともできる。顧客の立場でお店を見ることもできます。

    ────店舗に行かれたときは、スタッフの方とどんな会話をされるんですか。

    「お疲れさまです。困ってることないですか?」と。すると、「こんなことに困ってるんです」といった感じで、話してくれます。

    ────困っていることを聞いて、答えてくれるものですか。

    いってくれるように質問していきます。一般的に「この人に言えば反応してくれるだろう」という人には、話しますでしょう。反対に、「この人にいってもどうにもならない」となるとダメですね。ですから、店舗からいわれたことは絶対にすぐにやる。それも、すごいスピードで。それを繰り返していると、「いえばすぐに対応してくれる」という信頼ができてきます。そういう小さいことの積み重ねだと思うんです。そういえるのは、私が店舗にいたときにも本部に対して同じことを感じていたからなんですが(笑)。

    ────店舗との壁がなくなってきたという手ごたえもお感じですか。

    壁は今でもありますし、壁はあって当然だと思います。お店にとっては店長が一番ですから。お店からの要望に応えすぎてもダメなんです。店長にいい難いことを、店長を飛び越して本社にいってくるスタッフもいます。それに応えてばかりいると、私とスタッフの信頼関係は築けますが、店長とスタッフの間の溝は埋まりません。リーダーを育てることが私の本来の仕事なのに、それでは逆効果。管理職がやりにくくなるような方法を取ってはダメなんです。

    私自身が前職で店舗を経験していますから、お店にとって嫌なことはしない、してほしいことをする。「自分がスタッフだったら」「店長だったら」ということはすごく想像します。すべてうまくいくとは限りませんし、正直にいって嫌な思いをお互いにしたこともあります。だからといって何もしないというものでもないですよね。何かを成功させるには、数々の失敗と少しずつの達成感はセットでついてくるものですから。

    人材育成に必要なのは、社員の成長を信じる心。

    ────そうしてお店と信頼関係を築かれる一方で、『ペッカリイカレッジ』のご準備はどのように進めていかれたのでしょうか。

    この1年間店舗を見て、いろいろな現状を把握しましたが、なすべきことはシンプルです。飲食業はピープルビジネスですから、大切なのは"人との関わり"。そのための"気持ちの持ちよう"といったことがベースになるんです。

    現在も、カレッジに先駆けて『ホスピタリティセミナー』を全社員に向けて実施中です。これまでは、『ポスピタリテイ』という言葉自体を知らない社員がほとんどで、サービスも自己流。それはそれで良い部分もあるのですが、チームワークを築くには共通の認識を持って正しく理解することが大切なんです。ランチの営業を終えてから集まり、セミナー後はディナーに戻るというスケジュールですが、「あなたの体験したうれしいことは何ですか」や、「お客さまを満足させ、感動させるにはどうすればいいのでしょうか」といった、ホスピタリティに関することをディスカッションしたり、思い起こさせることができればと思っています。ホスピタリティに一番大事なことは相手の立場に立つこと。どれだけ相手に立場に立てるかということなんです。

    ────サービスの技術とは、また別なのですね。

    まったく違いますね。人としてどうあるかということですから。

    ────スタッフの方々も飲食業界を志してこられた以上は、人と接する仕事への志向をお持ちだと思うのですが、ホスピタリティを実現できていない状況があるとすれば、その原因は何なのでしょうか。

    日々の作業に追われて、毎日が同じことの繰り返しになっているということだと思います。他店のスタッフとの交流も少ない中、人手不足でただ忙しい。喜びの経験も味わえていませんし、人間の弱いところで"お客さまのため"よりも"自分の作業や感情"が発想の中心になってしまう。セミナーでは、そこを掘り起こすんですね(笑)。

    ────忙しく業務に追われている方にホスピタリティを求めるのは、酷なような気もします。

    人生の3分の1は寝ている時間、3分の1は仕事をしている時間といいますが、どうせなら楽しいほうがいいですよね。大変さにもいろいろあります。先の見えない大変さもあれば、大変だけど楽しいということもある。楽な仕事はありませんから、どんな仕事でも大変。でも楽しければ、その大変さも違います。「どうだったら楽しいか?」という話をしていくと、「お客さまに喜んでもらうことです」となる。「じゃあ、そういうサービスをしよう」「そのためにはホスピタリティ向上が不可欠ですよね」ということなんです。

    ────ホスピタリティセミナーを実施することで、お店は変わりましたか。

    いえ、まだまだ変わりません。そんなことで変わるなら、今ごろ私はもっと違う仕事をしています(笑)。教育とは一過性のものではありませんから。

    ────では研修の主催者側には、効果が出るまでの"我慢"が必要になりますね。

    それはもう、信じるしかないです。この仕事は信じないとできないですよ。

    ────なぜ信じることができるのですか。

    私自身が体験したからです。部下を信じる。スタッフを信じる。やり続けることを信じる。できると思う、思わせる。すると「もっと」と思うようになる。その良いスパイラルを、私が経験してきたから信じられるんです。今はまだ人材育成を始めたばかりですので、できないことがたくさんあります。でも、きっとできる。そう信じています。

    ────スタッフの方々の中には、育成しても退職する方もいらっしゃると思います。そうしたときに、信じる気持が揺らぐことはありませんか。

    ありません。こちらに問題があればもちろん反省しなくてはいけませんが、そうでなければ、それは縁がなかったということだと思います。

    ────集合研修に対して、社内の抵抗はありますか。

    抵抗する気持ちはきっとあるでしょうね。経費もかかりますし、何より店舗から人が一人抜けるわけですから。

    けれども社長を始め、私の上司である事業推進本部長の考えも私と同じですし、人事部との足並みもそろっていますから、大きく壁にぶつかったということはないですね。トップや上司の理解がないと、うまく進みませんから。私自身も理解が得られるように種を撒くといいますか、私の考えや信じていることを話すようにしています。「スタッフが成長を体感できる風土になるということを、私は信じています」と。でも、夢物語のようなことをいっているだけではダメですので、無駄な業務を削減するといったアクションも同時に手をつけていくということなんです。

    研修の内容は、参加者の名簿を見ながら細かくカスタマイズする。

    ────『ペッカリイカレッジ』の設立にあたっては、ほかにどのような手を打たれたのでしょうか。

    外部研修と社内研修の一番の違いは、フォローアップなんですね。社外に研修に出すと、1回につき何十万という費用をかけて "以上終わり"。社内研修ですと、例えば店長研修なら、私だけでなく運営部のスーパーバイザーや社長にも参加してもらおうと思っていますので、その人たちが参加者を見るわけです。研修後に店舗を訪れたら、今度は頑張り具合を見る。そして変化していることを認めるわけです。それがフォローアップになります。"やっても認められない"という状況が、成長の一番の阻害要因。けれども社内研修なら、研修内容を踏まえたフォローができるわけで、研修の成果を反映する行動があれば、認めるでしょうし褒めるでしょうから、店長にしてみればそれはうれしいことですよね。

    ────外部研修でも、人事の方が付きっきりでオブザーブされて、研修後のフォローに活かすケースはあります。

    それとは、フォローの度合いが違います。プログラムの内容も、自社を1年見て、「これが必要だ」「あれが必要だ」と組み立てたものを、さらにカスタマイズしています。例えば、ホスピタリティセミナーも、参加者名簿を見ながらじっと考えるんです。「今日はキッチンスタッフが多いから、キッチンにおいてのホスピタリティの事例を増やそう」、「今日はアルバイトが多いから、アルバイトスタッフも自分に置き換えやすい話をしよう」とか。外部研修では、そこまではできませんね。セミナーで話す事例も、実際に店舗であったことを話すことができます。「この間、○○のお店でこういうことがあったよね」と、良い事例、良くない事例を実際のこととして話すと、それはもう違いますよね。

    ────ディスカッションの内容も、現場に即したことになりますね。

    しかも、ホスピタリティセミナーは1回4、5人に限定して、私もみんなの中に座って行いますから、一方的に講義を受けるというスタイルでもありません。

    ────あえて少人数のセミナーにされているのですか。

    そうです。スタッフの考えを引き出すために、意図的にそうしています。

    ────するとセミナーの開催回数も増えることになりますから、手間がかかりませんか。

    かかります。もう大変です(笑)。けれども、こういうことを楽にやろうと思ってはダメ。今、手間をかけることで後が楽になるんです。人材育成は心の問題。研修でただ話を聞いて、「じゃあ店に帰ってやりましょうか」という風にはならないものなんです。本当に心に響かないと、ダメなんですね。

    ────9月開講のペッカリイカレッジも、少人数のプログラムになるのですか。

    小人数制を考えています。

    ────では、プログラム内容もその都度の参加者の顔ぶれを見てカスタマイズされるのでしょうか。

    そうです。そこは考えます。前の日からジーッと(笑)。人は興味を持てば入ってきますから、いかに面白く、楽しくできるかが大事なんです。

    ────人材育成にもホスピタリティが必要なんですね。

    そう。私のお客さまは研修の参加者ですから、いかに楽しく学べて、店で実践できるようにもっていくか。そのためには、頑張れば見てくれる人がいるというのも大切です。それには、私の評価よりも来店されるお客様はもちろんの事店長やお店のスタッフの評価が一番。そこは私も店長を突っつきつつ、私自身も良い変化に気付けば全社に公表しますし、そうするとその話を聞きつけた本部や他店のスタッフが見に行きますよね。そしてまた、認める、褒める。そのいい循環が必要なんですね。

    人は"行きつ戻りつ"成長するもの。人材育成にゴールはない。

    ────亀竹さんご自身のモチベーションを支えているものは、何なのでしょうか。

    私に明確な目標があることです。また、社長や上司が私を認めてくれていると感じているから、ということが大きいと思います。期待されていることに応えたい。任されていることを成し遂げたい。どの職種や職位でも、それはみんな同じではないでしょうか。

    ────人材育成に関して、本社主導で進める部分と店舗に任せるべき部分のバランスはどのようにお考えですか。

    業務をすべてマニュアル化するつもりはありませんし、チェーン店でないため店舗運営も一概には決められない。つまり、自分のお店の立地とお客さまのニーズを考えて、アイデアを発揮できる環境があるんです。冒頭にお話しましたように、店にはメニュー戦略から業者の選定まですべて任せていますので、やろうと思えばいくらでもできます。やろうと思わないのにしなくてはならないから、「大変だ」ということになるんですね。

    ですから、本社の役割はみんなのやる気に火をつけること。つまり、動機づけです。といっても、一度研修しただけでは人は生まれ変わりませんから、みんなに共通の言語を作ることも大切。例えば、ホスピタリティセミナーは全社員が受講しますから、『ホスピタリティ』という言葉を共有できる。本部の社員同士の会話でも「今の発言はホスピタリティがないんじゃないの?(笑)」などといい合ったり、徐々に浸透してきています。

    ────人材育成はどの程度の長期計画でお考えですか。

    ずっと、ではないでしょうか。人は良くなったり悪くなったりするもの。行きつ戻りつ、ゆるやかに成長するわけで、直線的に右肩上がりに伸びるということはありませんから、人材育成はずっと継続していくものなのだと思います。

    ────ペッカリイカレッジのゴールは何なのでしょうか。

    ゴールですか...。研修はあくまでも人材育成のサポートですので、それに頼って現場が人材を育てなくなるのは違うと思うんですね。研修すれば何とかなると思われがちなんですが、そんなわけはないですから。現場のリーダーが指導するのが一番いいんですよ。

    ────前回のインタビューでも、丸山様が「ペッカリイカレッジが不要になることが理想」といっておられました(前編参照)。

    そう。人材育成が現場で行われていくことがゴールですね。

    ────ペッカリイカレッジの集合研修というスタイルも、状況によって変わっていくものなのでしょうか。

    変わりますね、きっと。時代の流れによってなのか、会社の戦略によるのか。もっと有効な育成方法が見つかるかもしれませんし。

    ────研修制度を作った後は、研修を計画通りに実行することが人事の仕事になってしまっている企業も多くあります。

    だからこそ、社内研修なんです。カスタマイズできますし、研修が不要になれば廃止することもできます。そうすれば、私は違う仕事ができるわけですし。"研修のための研修"はしないですね。

    ────現場の状況に柔軟に対応する。その積み重が大切なのですね。

    そうです。とはいいましても人が相手ですので、うまくいかないこともあります。でも、それが当たり前。その前提で、会社としてあるべき姿を追求するということなんだと思います。

    人は、やる気がある時には、どんなことしてでもしますよね。時間を惜しんでも。けれどもやる気がない時は、どうやってやらせてもダメ。ですから、研修を受けたことが何かのきっかけになってくれればいいなと思うんです。人生においては、例えば転職や引っ越し、学生ならクラス替えや席替え。環境のちょっとした変化で、流れが変わることってありますよね。今、店舗の人たちにそういうことってないんですよ。

    ────スタッフのみなさんも、楽しく仕事ができるようになるためのきっかけを待っているのかもしれませんね。

    そう。みんな、結局は同じ事を考えているんです。けれども、見得やプライドや嫉妬といったことが、邪魔をするんです(笑)。

    ────煩悩があるんですね(笑)

    そうそう、人間ですから(笑)。でも、どうせなら、誰だって楽しく仕事をしたいですよね。

    ────勉強になりました。ありがとうございました。

ペッカリイ株式会社

| | コメント(0) | トラックバック(0)
  • <$MTEntryTitle$>
    取締役事業推進本部長
    丸山 鉄二さん

    飲食業界における人材育成とは(前編)

    労働市場全体の有効求人倍率が1.0倍を上回り始め、慢性の人材不足を訴える企業が多く見受けられるようになってきました。中でもその傾向が強いといわれるのが飲食業界です。採用した人材の定着率を高め、戦力化するにはどうすればよいのか。2007年秋に社内教育機関『ペッカリイカレッジ』を開設する、ペッカリイの取締役事業推進本部長 丸山鉄二さんに伺いました。

  • ペッカリイ株式会社http://www.peccary.co.jp/

    1986年設立。『食を通じて提供する豊かなこころ』を企業理念に掲げ、フレンチ、ポルトガル料理、和食、カフェなど、多様な業態を展開。チェーン店化による多店舗展開という効率至上の風潮が強い業界にあって、店ごとに異なる業態をプロデュースする個店主義を貫く。

    TETSUJI MARUYAMA

    1959年生まれ。81年日本マクドナルド株式会社入社。96年トレーニングコンサルタント、2001年米国子会社統括責任者、04年営業推進本部部長を経て05年にペッカリイ株式会社に入社。事業推進本部長に就任。

  • 『技は見て盗め』という職人の世界に、
    人材育成の思想を持ち込む。

    ────御社は現在、10店舗を運営されていますが(2007年7月11日現在)、チェーン化せずに店ごとに異なる業態を立ち上げるというユニークな展開をしておられます。

    チェーン化をしないという方針を掲げているわけではないのですが、立地や時代に合った店作りをしようとするとチェーン化できないんです。フレンチやポルトガル料理、カフェなど幅広く展開しているのは、あくまでもその結果ですね。

    ────チェーン店であればサービスもマニュアル化できますが、店ごとに業態が異なると客層によって求められることが変わります。人材の育成も難しいのではないでしょうか。

    確かに人を育てるのは難しいのですが、その難しさはチェーン店とあまり変わりはないと思います。マニュアルがあると楽なように思えるかもしれませんが、マニュアルは作ろうと思えばすぐに作れるもの。飲食業界での人材育成の大変さはマニュアルの有無にあるのではなく、むしろ日本独特の古い慣習にあるんです。『技を盗む』とか、『親方の背中を見て育つ』とか。ポイントは、職人の世界をどのようにしてビジネスとしてシステム化していくかというところにあるわけだから、それは当社のような会社でも大手チェーンでも、同じ悩みがあるはずだと思っています。一つ一つの店をのぞけば、店長なり料理長なりがいて、親分・子分の世界が底辺には流れているわけで。そこに、人材が育たない原因の一つがあると私は見ています。

    ────その古い慣習を脱皮することが必要なのですね。

    そうです。なぜ今、人材育成が急務かといいますと、当社に限らずどの飲食店も非常に厳しい利益構造に陥っているという現状があります。デフレが進行する中で、厳しい価格競争があり、従業員の労働環境も厳しくなってきている。業界の中では、社会保険もつかない、残業手当もないという会社も少なくないはずです。ですから、人を育てるということは、労務環境を良くするということにもつながってくるんです。今までのような経営手法はもう通用しないんですね。

    人にかかる費用は、
    採用費、教育費、給与のトータルで考える。

    ────人材育成が労務管理にもつながるのですか。

    つながります。『労務マネジメント』や『人件費の管理』といったほうがいいかもしれません。人にかかる費用はトータルで捉える必要があるんです。給与は労働に対して支払う対価、人材育成の費用は先行投資。そのトータルに対する見返りを、どのようにして得るかということです。もし、人材を育てなくても誰も辞めずに気持ちよく働いてくれるなら、人を育てる必要はないかもしれません。けれども、人材育成をしなければ必ずマイナスが出て、違う費用が増えるようにできている。ですから、人材育成と労務マネジメントは、必ずセットで考えないといけないんです。

    どういうことかといいますと、過去を振り返って人にかかる費用を洗い出したところ、採用費が非常に高いということが分ったんです。年間で新規に採用する人数が、在籍人数の数倍という年もあった。つまり、それだけの人数が出入りしていたということです。これは当社に限ったことではなく、同じ状況を抱えている会社は多いのではないかと思います。その採用費たるもの、相当な額になる。つまり、売り上げが同じだとすると、採用費が減れば減るほど利益が増えるということになるんです。

    ですから、人材育成も費用が発生しますが、効果が上がって従業員の離職率を下げることができれば、採用費が減少するというメリットが出てくるんです。同時に人材の質が向上しますから、売り上げが伸びるというビジネスそのものの効果もある。人にかかる費用が下がったうえに、売り上げが伸びるわけですね。

    人を育てなければ逆のことが起こります。採用費をかけて人を採ってもすぐに辞めて、補充するためにまた採って。在籍人数は必死で保っても、従業員には会社への帰属意識はなく、経験も蓄積されず、店にはコミュニケーションもチームワークもない。だから、サービスの質も低下して売り上げも下がる。逆のスパイラルに入るわけですね。人が足りないから採り続けるという流れをせき止めるには、かなりのパワーがいりますが、そのための努力はすべきなんです。

    ────一方ではお店は毎日稼動していますから、これまでの流れを変えるというのは相当なご決断になりますね。

    結局は、会社が成長してくときに何から手を付けるかということなんですね。当然ながら事業計画がありますので、それに沿った出店計画は達成しなくてはいけない。そのためには人がいる。じゃあ採ればいいじゃないかというのが、従来のありがちなパターン。しかし1年間で増えた在籍数は20人なのに、採用したのは100人などとなると、80人が辞めたことになる。それだけ、無駄な採用コストが発生しているわけです。

    ────同様の問題意識で人材育成に着手する企業もありますが、外部の研修機関を利用する企業が多い中で、御社は社内の教育機関『ペッカリイカレッジ』を設けられました。

    外部の力を借りるのもいいことだと思いますが、問題は研修で勉強したことを店でどう活かすかということなんです。例えば、セミナーに行って何かを得たと思っても、環境が何も変わらなければ、人間って次の日から元に戻るんですよ。「あぁ、昨日は何か違う世界の話を聞いてきたな」と(笑)。外部の研修を利用しても、内部も変化しないと効果は出ないんですね。ですから、『カレッジ』といってもそれほど大掛かりなことをしようとしているわけではなく、内部の受け入れ態勢を整えるにはどうすればよいかという話の延長線上として出てきたことなんです。

    もう一つには、トップや社内に対するデモンストレーション的な意味もあります。目標やビジョンとしていいことをいうのは簡単。「人材を育成して、働きがいのある職場を実現しよう」とかね。でも、現実が伴っていなければ説得力はありません。とすると、何か変化があると分かりやすいわけです。その一つとして、まずは人事部とは別に人材開発室を作り、「人を育てる研修機関を社内に作ります」と宣言しました。いい切ることに効果があるといいますか。いい切らないと伝わらないですよね、現場の社員には。

    ────そう宣言されることで、店舗には何か変化は起こったのでしょうか。

    いえ、当初は変化はありませんでしたね。人材育成に興味があったり、前職で教育研修を受けてきた人なら話も通じますが、職人さんのような人たちにとっては、「人材開発室が刺身の切り方を研修してくれるのか」と、そういう話になるわけですよ。これはもう言葉で説明してもわかることではありませんので、実際に研修を受けてそこから変化が何か起きないとダメですね。

    社内研修機関設立の最終目標は、
    社内研修機関がいらない自律型組織を作ること。

    ただし、人材育成は最終的には店舗で行われるべきもの。内部の力で回り始めるものなんです。それこそがゴールであって、ペッカリイカレッジが肥大化することを目指しているわけではありません。本部経費からいっても、人材開発室はなくなったほうがいいわけです。店舗で人が育つ良い循環ができれば、本社は本社でしかできないことに力を注げるわけですから。そのためには、優秀な店長を作りたいというのが、最終的には目指すところです。

    ────優秀な店長の条件とは何でしょうか。

    お客さまの中からすべてを生み出せる人、ですね。お客さまの動きの中から、売上げや利益が上がる方法が生み出せる。すべて、お客さまに物事をつなげて考えられる人。笑顔がいいというだけの人は、いくらでもいます。けれども、店長であれば売り上げにつなげることができなければダメ。お客さまが好きで、料理が好きで、お客さまを喜ばせることに喜びを感じる人でないと、お客さまの中から売り上げや利益を生み出すことはできないんです。

    ────それは生まれ持った素質なのでしょうか。

    いえ、よほど人が嫌いという人は別にして、素質は誰でも持っていると思います。ですから、誰でも店長になれる。そんなに難しいものではないと思うんです。ただし、努力は必要ですが、人間はやる気がないと努力しませんね。では、やる気をどうやって起こさせるのかということになる。それが人材育成なんです。

    実際の店はどうかというと、店長のほかに料理長がいて、当社に限らずどこの店でもこの2人は仲が悪いというのはよくいわれること(笑)。現に、悪くもなるんです。「ホールのサービスが悪いから、皿が運ばれる頃には料理が冷めている」、「調理が遅いから、ホールがお客さまに怒られる」といった具合に必ずなる。でも、それが当たり前なのであって、問題はその後どうするかなんですね。それにはやはり、店長や料理長、店のスタッフたちとよく話して「目指すゴールは同じでしょう」ということを確認し合うことが大事。『食を通じて提供するゆたかなこころ』という理念が、私たちにはある。そのゴールは同じはずなんです。

    ────これまでは、みなさんの中に「同じゴールを目指している」という認識はあったのでしょうか。

    どうでしょうか。といってもそんなに難く考えることでもなく、「話せばわかる」という認識を持てているかどうか、ということなのだと思います。意見の食い違いがあっても、それは単に意見が違うというだけのことですから、当事者同士がよく話して、ゴールが一緒かどうかを確認すればいい。「ゴールは同じ」ということを店の人たちにどう伝えるかが、人材開発の一番重要なポイントだと感じています。

    そこさえ押さえれば、あとはお店に頑張ってもらうしかないんです。いくら良い研修をしたところで、『ゴール』の共通認識がなければだめ。店でさまざまな意見の食い違いに出くわしたときに、「そういえば、『ゴールが同じ』かどうかを確認しろといわれたな」と思い出せば、キッチンは「ホールだって大変なんだよな」と思えるし、ホールスタッフも「お客さまは料理を食べに来ているんだから、料理長のいうことも一理ある」と思える。ふと、立ち止まって考えることができるわけです。人間というものは意見が違って当たり前ですし、ケンカもするもの。でも、ゴールは一緒だと。そういうことを社内に刷り込んでいくことが、人材開発室の仕事なんだと思います。「サービスの仕方はこう」とか、「お客さまへの言葉遣いはこうしましょう」とか、そういうことではないんです。

    こういったことは、サービス業であれば飲食業以外にも応用できることかもしれません。中途採用というのは、スキルを身に付けた即戦力として採用するわけですから、その即戦力を120%引き出せるかどうかが非常に重要です。そのために必要なのは、本人の『やる気』。面接をしていると、これまでの会社で身も心もズタズタになってきた人がいますが、よくよく話を聞いてみると、スキルはあるし誠実だし、磨けばすごいという人もいる。そういう人を採用して磨くためには、人材育成しかないんですね。

    給与体系や労働環境の整備と、研修システムの構築。
    それぞれの相互効果で人を育つ土壌を作る。

    ────スタッフのモチベーション向上に関わることとして、待遇の面ではどのようにされているのですか。

    給与は取り立てて高いというわけではないと思います。高くしたくて頑張っているわけですが(笑)。ただ、採用時に嘘をいわないということは、すごく大事にしています。高い給与とはいかなくても、入社する以上はその条件に本人も納得しているわけで、大切なのは約束を守るということ。できることは「できる」といいますし、できないことは「できない」という。人材育成も「こういうことはしていますが、これはまだできていません」、福利厚生も「これはありますが、これはできません」と。ですから、そういった意味で現場から不満を聞くということは、ほとんどないですね。給与が高いか安いかではなく、給与体系がハッキリしているからだと思います。

    今取り組んでいるのは、労働環境の整備です。「長時間労働の改善」や「休日の取得率の向上」といったことですね。そういった整理を、この半年でやっています。結局、人材育成のきれい事をいったり、『ペッカリイカレッジ』を作って夢のような話をしても、会社の実態が伴っていなければ意味がないんです。

    ────待遇の整備と研修システムの構築と、その相互関係で人を育てていこうと。

    そうです。その一方で、先ほど定着率を上げる話をしましたが、ペッカリイに10年いる社員はいないとも思っています。若い社員は、だいたい3年で次のキャリアを積むために店を変わっていく。レストラン業界ですから、それは否定することではないと思うんです。ただし、ペッカリイで過ごした2年なり3年なりが、本人の中で意味のある時間だったのかどうか。そこが、私たちの目指すところなのだろうなと、最近考えるようになりました。以前は、みんなが10年、ずっといる会社がいいと思っていたんです。でも、目標のために店を変わっていくというのも、すごく大事な流れ。「ペッカリイで力を付けたから、次はこんな店に行きたいんです」といえば、「行っておいで」と。そうすると、その人は外でペッカリイの話をしますよね。そのときに「とんでもないところだったぞ」というのか、「3年間お世話になったけど、結構いいよ」というのか。それが大事なんです。

    ────退職された後をお考えになるとは、逆の発想ですね。

    そうです。転職が多い業界ですから、それが人材を育成しないことの殺し文句になる場合があるんです。「投資をしても2年もすれば辞めていくんだ」と。それも一理あるのでしょうが、辞めるときに「いい職場だった」といえる人をどう育てるか、ということなんですね。

    ────消費者の口コミと同じで、お店の評判は大切ですね。

    各社ともすごく知れ渡っていると思いますよ。面接にきた人は必ず、前の店の悪口をさんざんいいますから(笑)。ペッカリイを辞めた人も同じことをしているかもしれない。そういうことを真剣に想像すると、恐ろしいですね。

    個々人のキャリアプランも大切にし、
    定期的なフォロー面談を実施。

    ────先ほど、「目指すゴールは同じ」というお話がありましたが、数年で退職されることも止むなしということは、個人のキャリアプランはまた別、ということにもなるのでしょうか。

    個人のキャリアプランはすべて確認していますし、大切にしたいと思っています。例えば「僕は5年後ぐらいに独立したいので、5年間でフレンチもイタリアンもポルトガルもすべて経験したい」といったときに、それができるかどうかは分からないけれど、「今後の人事に関しては頭に入れておくね」と。そして「1年か2年はこのお店でこういう仕事をして、それを自分のためにしてほしいけれども、そういうプランはどうですか」といった話はしています。ただし、将来のゴールは違っても、今、店で責任を果たさなくてはいけないことは同じです。それと同時に、本人のキャリアもすごく大事。先ほどもお話しましたように、長くいることがゴールではないと思っていますので。プロフェッショナルを目指して店を移るという人もいれば、マネジメントやスーパーバイザーという、そういうスキルを磨きたいという人もいる。そういう人は、当社で幹部も目指してほしいですし、それはどちらもあっていいと思いますね。

    ────そういったキャリアプランを入社時に確認された後は、面接などのフォローもされるのですか。

    そうですね。まずは入社1カ月目に最初の面談をします。ただしこれは、能力を発揮する前のタイミングですので、不安の解除といったケアの意味合いが強いものになります。そして次が、3カ月目。3カ月見ると、その人の人となりについての周囲からの評判が出来上がってくるんです。それをこちらで吸い上げて、本人にフィードバックするんです。「あなたの3カ月間を、周りはこんな風に見ていましたよ」と。もちろん人間ですから、いい評判も悪い評判も両方あります。それは本人も、「そうだよな」とだいたい分かっているようですね。その後は、半年に1回の評価サイクルを作ろうとしています。当社は8月決算なものですから、この9月からは新しい評価サイクルで進めていこうとしているところです。

    ────『ペッカリイカレッジ』の開設も今秋と伺っていますが、それでは秋からいろいろなことが大きく変わることになるのですね。

    そうですね。給与テーブルもすべて変えます。実力主義を掲げながらも、実力だけでは判断しきれない部分、一生懸命働いてくれた『一生懸命度』と、その両方の評価をうまくミックスしたような制度を考えています。早期退職を避けることも、課題の一つ。長くいることがゴールではないといっても、入社後に能力が発揮されるようになるまでの期間を考えると、最低でも2年はいてもらわないと困るんです。そういった、ペッカリイにおける在籍も評価する。「1年間、ペッカリイで頑張ってくれました。だから、給与を何千円か上げましょう」と。そうすると、「1年間サボっていても昇給するんですか」という人が必ずいるんですが(笑)、そもそもサボって過ごせるような会社にしていることが問題なのであって、1年間一生懸命働くことが前提の制度ですよね。1年間を一生懸命働けば、能力も必ず上がっているわけですから。

    店のモチベーションを維持できるのは店長。
    本部は店長のサポート役に徹する。

    ────ご同業の中には、スタッフのモチベーションを維持する難しさに悩む企業も多くあります。

    どれだけその人の仕事を見て、それを言葉で評価するかという、コミュニケーションが大切ですよね。給与制度の話をしましたが、お金でモチベーションを維持するのは間違いなく無理です。時給1000円が1500円になればやる気も高まるかもしれませんが、それでももって3カ月くらいですからね。すると次は、時給を2000円に上げなくてはならなくなる。だから、お金は最後の手段です。

    ────スタッフの方々とのコミュニケーションを担うのは、やはり店長ということになるのでしょうか。

    そうだと思います。私も昔、店で働いていましたので分かりますが、店から見ると本社というのは嫌な存在なんです(笑)。ですから、人材開発室のスタッフにも「店に好かれようと思うな」といっています。「好かれなくていいから、店の役に立っているかどうかという判断で行動してほしい」と。よく、「本社がこんなにやっているのに店は分かってくれない」というけれど、分かるわけはないんです。店が一番大変だと私も思いますし、「店のためにしか本社は存在しえない」という考え方が、すごく大事ですね。

    ですから、店にとっては店長が一番偉い。本社も店長にはそのように接すべきなんです。本社の誰かが店に行ったときに、店長がほかの部下と話しているのを急にやめてお茶を持ってきてくれたりなんかすると、部下からすれば店長が一番偉いわけではないんだ、という風に見えますよね。もちろん理屈では、店長の上司は私だということはみんな知っていますけれども、やはり店では店長が一番偉いわけで、そういう環境を徹底的に作ることが大事。すると店長もそれを受けて、「自分一人では店はできない。偉いのは店長よりも店のスタッフだ」となる。そうなってくるとスタッフの仕事に店長が心から「ありがとう」といえるわけで、「いい仕事は褒めましょう」と教えても、そういう関係ができていなければ、褒めたくないものは褒めないし、気付かないものは褒めない。「仕事は自分一人ではできないんだよ」という話を、根気よくすることが大事なんですね。

    人材開発室のスタッフが店長によく問いかけているのは、「自分がうれしい気持ちになるのはどんなときですか」ということです。「どういうときに部下を褒めればいいのか」ではなく、「自分がうれしいとき」「やる気が出るとき」はどういうときですかと。例えば、「誰も見ていないはずのところで頑張っていたことを、たまたま見てくれていた人が褒めてくれた」とか、そういうたわいもないことだと思うんですが、そういうことをその人に思い出させるんですね。教えるのではなく、思い出させる。で、「あなたは部下にもそういうことができていますか」と。すると、「いやー、どうでしょうか」と(笑)。「問題点ばかりほじくり出して、ツメたりしてませんか」という話になるわけですね。本来、そんなに悪い人はいないと私は思うんです。人が困るのがうれしいとかね(笑)。誰にでもコミュニケーションの能力はある。その辺をどうアプローチしていくかということなんですね。

    業績に左右されずに人材育成の投資を続けるには、
    人材育成の効果を戦略的に把握することが必要。

    とはいいましても、いろいろな改革は本当にこれからなんです。上手くいってるなと思ったらドーンと下がったりしますしね。ただし、数値分析上では退職率は間違いなく下がっています。この1年間をトラッキングしたところ、退職率と採用経費は確実に下がりました。

    ────1年間でそれだけの効果を挙げられるとは、非常に効率的に手を打ってこられたのですね。

    最初の2年程度は、何かすればハッキリした効果が出るものなんです。問題はその後。行ったり来たりの繰り返しがくるんですね。それでも、売り上げが伸びている間はいいですが、売上げが下がってくると人材育成は無駄な費用の上位に挙げられます。そこで踏ん張れるかどうかが、会社のトップの決断力ですね。

    ────もう少し続ければ風土が変わるというところで改革をやめてしまう企業もあります。

    人材育成は数値分析ができないから、効果がよく分からないんですね。退職率や採用経費が下がったということぐらいは数値化できます、そこから先はお店のサービスレベルやお客さまの声に現れてくることになりますから。

    ────数値化できない、文脈の間のような効果をトップに理解してもらうのは難しいですね。

    その意味では、人材育成の効果にも戦略的なものが必要です。マーケティングなどと違って売り上げに直結するものではないですから。でも本当は、人材育成も長い糸をたどれば売り上げにつながっているんです。そのことが経営者にも理解されるように、お客さまの声や他社からの評判など、いろんなものを使って形にして見せていかないと難しいんですね。

    ────そういったことも、人材開発室の大事な役割の一つなんですね。

    そうです。売り上げや利益につながっていることを信じられるか、どう証明するか。そこですよね。多くの企業では、人材育成の部署というのは、お店が業績にやっきになっている時期は仕事がないんですよ。「緊急のキャンペーンだ」「プロモーションだ」と営業が忙しいときは、予定していた研修すらキャンセルになったりしますからね。人材育成も売り上げにつながるというのは理屈では分かっても、「3年後につながっていても困るんだよ」という話になるわけです。「来月の売り上げの方が大事」と。それは否定できませんが、そういう環境の中でも地道にやっていくしかないんでしょうね。

    ですから、分かりやすい仕事をしようと思えば、社員を集めて研修したりマニュアルを作って形で表わせばいいわけですが、本当に大事なのは店に入っていって、店の人たちといろんな仕事をして、彼らの持っているスキルを120%引き出す何がしかを残す。それが大事なことなのだと思います。

    ────そしてお店で自主教育システムのような、人を育てる風土が熟成されるといい循環が始まりますね。

    本当にそうだと思います。本社に教えられるよりは店長から直接教えてもらったほうがいいですしね。本社というのはそもそも、店に好かれる存在ではありませんし。私も最近は、好かれようと思わなくなりましたね。最終的に店の役に立てれば嫌われてもいいやと(笑)。

    ────ありがとうございました。

*続きは後編でどうぞ。
  飲食業界における人材育成とは(後編)

« 2007年6月 | メインページ | アーカイブ | 2007年8月 »

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1

このアーカイブについて

このページには、2007年7月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2007年6月です。

次のアーカイブは2007年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。