2007年5月アーカイブ ..

セコム株式会社
顧問 加藤 善治郎さん

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    『収穫逓増型』の事業を生み出した経営の秘けつとは(前編)

    事業規模が拡大するにつれて投資効率がよくなり、利益率も高まる──IT時代の象徴の一つとして『収穫逓増型』といわれるビジネスモデルが注目されています。『収穫逓増型』のビジネスを生み出し、高い競争力を持って同業他社を凌駕する秘けつは何か。セコム株式会社の顧問であり、『セコム 創る・育てる・また創る』(東洋経済新報社刊)の著者でもある加藤善治郎さんに伺いました。

  • セコム株式会社http://www.secom.co.jp/

    1962年に日本で初めてのセキュリティ会社として創業。66年にはこれも日本で初めて、オンラインによる安全システムを開発。以来、セキュリティ事業を中核に医療、保険、地理情報サービスなど独自の技術開発力やネットワークを武器に多方面に事業を展開。"あらゆる不安のない社会"の実現に向けて「社会システム産業」の構築を目指す。

    ZENJIRO KATO

    1933年生まれ。岩手日報、アド電通を経て、70年に日本警備保障(現セコム)に入社。73年には広報室長に就任し、一貫して広報業務の責任者を務める。76年にセキュリティワールド社長就任、90年にセコムの宣伝・広報担当顧問に就任。NPO法人日本リスクマネジャー&コンサルタント協会の理事長も務める。著書に『セコム 創る・育てる・また創る』(東洋経済新報社刊)。

  • 『日本にないビジネスを作る』ことを社是に、昭和37年に創業。

    ────平成19年3月期の決算では、売上高が6140億円、経常利益で1000億円を超えました。日本初の事業で創業されて以来、45年間でここまで来られたのは大変なことだと思います。

    そうですね。『日本にない事業を手掛ける』ことは創設の条件でしたからね。

    日本は今でもそうですが、世界的にも『安心、安全な国』だという評価を得てきました。ただしそれは、自然にそうなったのではなくて、それなりの努力をしてきたから『安全、安心な国』だといわれていたわけですね。それが、戦争が昭和20年に終わり、昭和30年代も半ばを過ぎると経済が活性化してきて、犯罪や火災などの事故や事件も頻繁に起こるようになってきた。そうなると被災した会社は損失を被りますから、非常に困った事態に陥るわけですね。最近言われるBCP(Business Continuity Plan:緊急時の企業存続計画)と同じで、事業継続ができないような事態も出る。

    そういう状況の中でふと考えたら、会社の安全や安心を担うビジネスが日本にないじゃないかと。こう気がついたんですね。それまでの日本の『安全、安心』は、警察や消防が優れていたから成り立っていました。しかし、こういった公的機関が動くのはトラブルが発生した後です。また、企業の内部に立ち入ることもしません。公共設備の安全は管理するけれども、私的な機関の安全管理は立ち入らない。これが原則ですね。けれども、企業などの私的機関の中でも問題は起こるわけです。これからの時代はますます経済が発展するわけだから、緊急事態を抑止するビジネスがあってもいいんじゃないかと。これが、単純なことですが、創業の狙いでした。

    ────その後、45年間でここまで成長された最大の勝因は何だったのでしょうか。

    そもそもは、創業者の飯田と戸田(いずれも取締役最高顧問)が2人で始めた会社ですからね。企業としては、力もなければ知恵もない。発展するかどうかも分かりませんでした。当初は、パワーを発揮するビジネスは人的サービスだということで、ご契約先に警備員を常駐させるサービスを始めたわけです。けれども、創業したのが昭和37年当時、「警備サービスを提供しますのでご契約いたしませんか」と企業に売り込んでも、「日本は世界で最も安全な国だから警備なんていらない」と、理解を得られませんでした。しかしよく聞くと、そこの会社の社員の方が制服を着て、警備や受付をしていたんです。「それを代行いたしますよ」と説明して回るうちに、少しずつご契約いただけるようになりましたね。

    なぜ当社のような人的サービスを代行する会社がいいのかといえば、一つは、提供するサービスに責任を持つということがあります。当社は保険をかけていますから、「万一、当社に過失があった場合には保障させていただきます」と。自社社員の警備に失敗があっても、社員に「責任を取れ」とはいえませんからね。そうなると、ご契約先も「同じ経費ならセコム(当時は日本警備保障。以下同)に頼んだ方がいいぞ」「いや、むしろセコムの方が安いぞ」と。そういうことで少しずつ契約が増え始めた。これが昭和37年から40年ごろまでのことです。

    徹底した業務分析が、新しいビジネスモデルを生み出す。

    ところがしばらくして、警備員が常駐先で何をしているかを改めて考えてみると、会社の入り口に一日ずっと立っているわけです。工場などは24時間警備をしますから、何人かが交替で24時間立っている。そこで、その24時間の業務を分析してみたんです。「朝7時に出勤して門を開けて、社員が出勤する状況を管理して...」と、徹底して業務を分析した。このことが、事業の費用対効果の問題を解決する取っかかりになりました。

    業務分析しましたら、例えば極端な話、24時間のうち23時間30分は、必要ではあるけれども単純な仕事でした。その単純な仕事を人間にさせていいのかと考えたわけです。人がやると人件費がかかりますから、ご契約先から頂戴する料金も高くなります。そこで、人的サービスをほかの機能で代替できないだろうか、単純作業は機械を使った方がいいのではないかと発想したことが、今日につながっています。

    次に、どんな機械があるのかと探したら、これがどこにもないんですね(笑)。それは困ったなということで、海外も調べました。海外はセキュリティビジネスの歴史が長くて、100年くらい前から警備業が存在しています。しかしその海外にもなく、結局は自社で開発するしかありませんでした。単純な『鍵』などは明治時代からありますが、鍵は開けられてもウンともスンとも言わないでしょう。だから、鍵を開けられたりガラスが割られたりしたら信号がくるような機械を考えたわけです。

    では人は何をするのかといいますと、異常が起こったら行動を起こして対処をします。判断することと行動することだけを人がやればいいと考えたわけです。例えば24時間警備を3人交替で行うと、人件費だけで月に最低150万円はかかります。それが、23時間30分相当分は機械にさせて人間は1人だけ、それも一日30分だけでいいとなると、人件費がかなり削減できます。

    ただし、オンラインの安全システムが成功するには条件が一つあります。欧米では機械類をすべてお客さまが購入するシステムでした。しかし、お客さまが購入すればそれはお客さまのモノですから、メンテナンスもお客さまの責任になります。機械が当社の資産であれば当社の意思でメンテナンスできますし、革新的な機器が開発されたときには、当社の責任で機器を交換できる。そこで、当社が開発したのがレンタル方式でした。将来的に契約が10万、20万と伸びたときのことを考えると、レンタル方式でなければサービスが閉塞状態に陥る危険があると考えたのです。

    また欧米では、機械が異常を感知したらお客さまが自分で警察や消防に連絡をしますが、当社は違います。当社の監視センターで異常を感知して当社からお客さまにご連絡し、警察や消防にも連絡する。つまり、機械と緊急対処という人的サービス、この能力も合わせてレンタルする方式にしたのです。

    このことが結果的に、お客さまのコストダウンにもつながりました。機械を買えばイニシャルコストがかかりますが、レンタル方式では月々のレンタル費用さえ払えば、安全管理を24時間受けられるわけです。そうすると、警備員を置くような企業以外にも、一般家庭にも普及するようになった。安くできるから家庭も対象になったんですね。今では、当社とレンタル契約する契約先は112万契約にまで伸びています。

    ────法人、個人合わせてですか。

    合わせてです。アジアのご契約先も含めると約165万契約。欧米には、当社のようなサービスはありませんね。

    けれども、初めは人気がなくてね(笑)。オンラインの安全を始めた昭和41年に取れた契約は、13件。1年間で、ですよ。それが今や、110万件ですからね。今、日本の世帯数は4700万世帯位あるそうですから、その1%と考える47万。現在の一般家庭の契約が40万位ですから、まだ1%に満たないのですが、それももう時間の問題でしょう。

    ────しかし昭和41年の当時、先駆者がいない段階で人的警備の業務分析をして機械警備に置き換えるというその発想は、どこから出たのでしょうか。

    これは、経営者の資質でしょうね。何しろ、「誰もやってないことをやろう」というのが創業のきっかけですから。それは大変だったと思いますよ。先生も経験者もいないんですから。その代り、自分たちの好きなように作ることができましたね。

    ただし、お金もなかった。そんな零細企業に金融機関がお金を貸してくれるわけもありませんのでね。そこで、資金がなくてもできる経営の仕組みも考えました。どういうことかといいますと、ご契約先とレンタル契約する場合に、5年間の契約をしていただくんです。長期契約ですね。料金は3か月ずつ前金で頂戴します。この契約方式も日本初。日本で初めてのサービスを、日本で初めての契約方式で展開した。これによって、独自性を持って新事業をスタートできたわけです。

    ────通常は後払いのところを先払いにということを、お客さまにご了解いただくのは大変ですね。

    それはもう、納得いただくまで大変苦労しました。中には「後金なら契約するよと」おっしゃった企業もあったようですが、「自分たちの決めたことはまっとういたします」と、そういう企業とは契約しませんでした。後になって「仕方がない、やるよ」と、ご契約いただいたようですけれどね(笑)。

    労働集約型のサービスから、システムを活用するサービスへ。

    今では112万契約分のレンタル料が3カ月分ずつ入ってきます。すると、キャッシュフローが成り立つんですね。ただし当初は、機械を当社の資産として抱えるわけですから、キャッシュフローがとてもキツかったそうです。3か月前納制という仕組みで、何とか資金繰りができたような状況でした。

    しかし先ほども言いましたように、人件費比率が高いサービスも、人を機械に置き換えることで人件費比率が下がっていきます。例えば、『オンラインの安全システム』は管制センター1か所で、十数万契約のご契約先とつながっています。そのシステムがベースにあると、当初の3年か4年は赤字でも少しずつ利益を生み出すようになるんですね。

    これを我々は、『スケールメリット』と呼んでいます。『収穫逓増』という言葉もありますね。契約数が伸びると、売上高も利益も右肩上がりを続ける。平成18年3月期決算の売上高が5670億円、平成19年3月期が6140億。平成20年3月期の予測は7000億です。成長は、今後ますます加速するでしょうね。

    ────すごいですね。

    まさに、『収穫逓増』の原理ですよね。売上に対して経常利益率は、平成19年3月期で約1000億円、来期は1120億円位を見込んでいます。売上高1兆円を達成するのが何年後になるかが、楽しみです(笑)。

    ────『収穫逓増』という概念は、当初から戦略的にお考えだったのですか。それとも、結果論なのでしょうか。

    レンタルの契約方式を始めた頃に仮説で、『1万契約になったら収入はいくらで、そのときの人件費率が何%、経常利益はこう...』という計画を作ったそうです。私が入社したのは昭和45年ですが、社長(現・飯田取締役最高顧問)の部屋に行くと、大きい白い紙を何枚もつなげてズラーっと床に並べてありましてね。数千件、数万件と目盛があって、将来はこれくらいになる可能性があるという仮説を読んでいたようですね。でも、当時はあくまでも仮説、ですよ。

    ────そういう意味では、御社は『収穫逓増』という言葉そのもののモデルとなられたように思います。

    いえ、結果的に『収穫逓増』の方式だったのだなということですね。2003年の末に著書を出版した際に調べた時点で、サービスは実に170種類。人的警備から始まって、オンラインの安全システム警備を始め、「防犯ができるなら防火もできるね」「ビル管理もできるね」と広がっていきました。しかし、システムの基本は全部同じなんです。

    今では、セキュリティで培ったネットワーク基盤を活用して、医療サービスの領域も手掛けるようになりました。在宅医療を支援する訪問看護や遠隔画像診断支援サービスなどが代表例ですが、そういった形で次々とサービスが広がりを見せています。

    (後編へつづく)
    後編では独自サービスを生み出した、セコムの組織風土に迫ります。

*続きは後編でどうぞ。
  『収穫逓増型』の事業を生み出した経営の秘けつとは(後編)

株式会社モバイルファクトリー
取締役 人事総務部長 深澤 祐馬さん

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    創業期から拡大期へ。経営を支える組織の足場固めとは

    企業が創業期から拡大期へと発展していく過程では、業務の標準化やシステム化、社員の階層化や機能分担の整備など、さまざまな課題が派生するといわれています。事業の拡大を支えるために、人事に求められることは何か。株式会社モバイルファクトリー取締役・深澤祐馬さんに伺いました。

  • 株式会社モバイルファクトリーhttp://www.mobilefactory.jp/

    2001年設立。『モバイルファクトリーが制作するメディアサービスを通じて世界のユーザーに喜びと楽しみを提供する』ことを理念に、ブログを活用したクチコミ型プロモーションサービス「BloMotion」、3D仮想空間「Second Life」にて口コミ広告サービス「Second Buzz!!」、成果報酬型の携帯電話広告システム事業、ポッドキャスティングサービスや着メロの制作等、新サービスを次々と生み出し、急成長を続ける。代表の宮嶌裕二氏は今年、『Japan Venture Awards 2007』の起業家部門にて特別賞を受賞。

    YUMA FUKASAWA

    1976年生まれ。2000年にリクルートコスモス(現・コスモスイニシア)に入社し、以来一貫して人事畑を歩む。05年に独立し、3社の人事・採用コンサルティングを手掛け、06年に現社に入社、人事総務部部長に就任後、07年に取締役就任。

  • 経営者が示すのはゴールのみ。
    ボトムアップの風土が強い組織を作る。

    ────昨年の10月に入社されましたが、社内の第一印象はどのようなものでしたか。

    想像していた以上にモチベーションが高く、ベンチャー特有の荒削りで異端なにおいがし、初めから底力のようなものを感じました。私が経験したいくつかのベンチャー企業の中では圧倒的な「ぎらぎら感」を感じます。正直、入社当初はさほど期待していなかったんです。風土作りや社内モチベーションのコントロールが私の仕事でもありますから、まずは全体のモチベーションを上げていくことを自分の力でと思っていましたので、そういった意味ではうれしい大誤算でした(笑)。

    ────モチベーションの高さは、どのような場面で感じるのでしょうか。

    入社時の最初の一ヶ月半で現状把握のため、社員全員と面談を行いました。その中で感じたことは、本気で起業を狙っていたる人間が多いということ。よくベンチャーマインドをもった会社などといいますが、そのマインドはただのマインドではない。創業期からIPOが視野に入ってきているフェーズで集まってくる人間は、リスクをとって飛び込んでくる者たちばかり。

    例えば、大学院在学中に出会い、「いてもたってもいられない、3年で起業に必要なことを吸収したい」と、大学院を中退して入社してくる者がいたり、大手総合商社や外資の戦略系コンサルティング会社にいながら、そのブランドを捨て飛び込んでくる者、会計士でありながら、大手監査法人を飛び出してきた者、国際カンファレンスで講演する実力を持ち、世界を狙う20代前半の若手プログラマーなど、小さな会社にこれほど多様な人種が詰まっている環境もそうそうありませんね。一緒にいるだけで刺激を感じる環境なんです。

    役員も、「大手企業の体質は合わない」「会社のブランドよりも自分を磨ける環境が大事だ」と大手総合商社を辞めて飛び込んできています。経営層がハングリーなので、そこに魅力を感じる人間が多いのでしょう。ですからみんな、いつかは自分も起業したいとか、起業しないまでも経営センスを身につけたいとか、各自が自分の夢・志をもって突っ走っていますね。

    ────しかし、ハングリーなベンチャー企業に入社すればモチベーションを高く保てるのかというと、そうではないような気もします。社員の方々のモチベーションは、なぜそれほどまでに高いのでしょうか。

    一つは代表宮嶌の経営スタイルにあると思います。モバイルファクトリーという会社には、創業フェーズのベンチャーには珍しくボトムアップの風土があるんです。意思さえあれば、挑戦できるフィールドがいくらでもある。宮嶌自身も、「ボトムアップ」という言葉をよく口にしています。一方ベンチャー企業の多くは強烈なリーダーシップのもと、経営者が現場レベルの決裁権まで握っていたりします。実際に配置されている部門長は、しかるべき決裁権を持たされておらず形骸化している。創業期のベンチャー企業においてこのような状況はよく見かけるのですが、こういった経営者の圧倒的なカリスマ性が、若手の可能性をつぶしているケースも少なくありません。意志ある人間が「自ら考え、自ら決める」ことのできる風土がモバイルファクトリーのモチベーションの根っこにあると感じますね。

    ────御社は次々と新しいサービスを打ち出されていますが、それらもボトムアップで現場から生まれたものなのですか。

    現場からの場合もありますが、宮嶌がアイデアマンですので、現状のサービスは、自身のアイデアが発端というケースが一番多いようです。しかし宮嶌の役割はPDCAサイクルの前段階である「What」。実際にサービスを企画・実行していくのは現場です。言い換えると、ビジネスモデルの種を宮嶌は複数持っている。どうやってその種から芽を出し大きな花を咲かせるかは、現場が自ら考え、自らの意志判断によって創りあげていくんです。

    ────意識して現場に任せておられるのでしょうか。

    それはすごく感じますね。宮嶌自ら入れば成功する確率は高まるのでしょうし、そうしたい気持ちを常にもっているようです。しかし、だからといって入りすぎると現場が成長の機会を失います。長期的な組織力の向上や企業としての成長は、『現場のちから』にかかっていますから、その点で現場に任せたいと考えているようです。もちろん経営の数字は追っていますから、うまくいっていなかったりすると、手を差し伸べたくなる気持ちもあるのだと思いますが、基本的には任せるし我慢もする。辛抱強さも経営には必要なんだと、近くにいて勉強になります。

    ────そうやって、ボトムアップの風土が根付いていらっしゃるのですね。

    そうですね。こういった良き風土の中で若手は自由に才覚を発揮し成長しますから、今後も大切にしていきたいと考えています。将来モバイルファクトリーから数々の有能な経営者が排出されるような、そんな『人材輩出企業』を目指したいと考えています。

    創業期を経て、拡大期へ。
    組織の足場固めが次の課題。

    ここ数年は対前年比200%の急激な伸びで成長してきました。何かアクションすればそれが成果につながる、利益を生み出す。これは楽しくて仕方がないですよね。こういう時期でしたので、会社としてモチベーションをコントロールする施策はいらなかった。創業期の成長ベンチャー、昨今だと人材やIT関連企業ベンチャーに多く見られる現象です。

    しかしこういった時期に、人事として次の一手を打っておかなければならないんです。人間も体が大きくなればいろんな悩みや病気が増えてくるのと同様に、会社も規模が大きくなれば社長との距離も離れてきますし、セクショナリズムも起きてくる。いろんな問題が起きてくるんです。『人事の仕事は処方ではなく、予防すること』。私は次の『事業拡大フェーズ』を想定し、成長に頼らないモチベーションコントロールができる制度作りをミッションに掲げ、『予防策』に務めています。

    また、当社は中途入社者の比率が約75%を占めています。意欲の高い即戦力の人材が力を発揮してくれている現状は、創業期の成長フェーズとしては適していたと思います。しかし今後の組織急拡大を想定したときに、社員の会社に対するコミット力が規模を支える力となってきますので、そういった意味でコミット力の強い新卒採用を強化することだったり、中途入社者をはじめとするマネジメント力の強化が不可欠となってくるわけです。

    このように、今後は人事として教育制度や採用戦略、給与制度や評価制度など、制度・戦略の力も借りながら組織運用をしていくことが大事。組織の拡大期に備えてこうした足場固めをすることが、今一番の課題です。

    ────具体的には、どのような取り組みをしておられるのですか。

    入社してまず行ったのは、社内の共通言語になる「スローガン」を設定することでした。モバイルファクトリーという会社がどこを目指しているのか、従業員の皆が何を目指しているのか、その重なる部分は何なのか。強い会社には、語られる社内言語が複数存在しています。まずは経営陣の思いの詰まった言語を引き出し、共有化を図ろうと考えたのです。

    そこで、経営層とミーティングを重ね、『"Dream"Mobile Factory』というスローガンを作りました。宮嶌は常に、社員それぞれの夢を実現させることのできる会社でありたい、という思いを強く持ち社員に発信しています。そんな宮嶌の思いがこのスローガンとなって表現されています。『"Dream"Mobile Factory』。この言葉は現在採用ページや会社概要、社内にもいたるところに張っています。

    また、私が入社した翌月から360度評価が試験導入されたのですが、その項目の見直しも検討中です。評価項目は経営からのメッセージですから、他社からの借り物ではなく、モバイルファクトリー流である必要があるんです。この4月からは考課体系の大幅な変更にも着手し、今期試験導入を行っています。また同時に職能資格制度も導入し、働き方や求められる役割、給与テーブルの整備などを行っています。この規模からこういった制度運用を徐々に始めておくことがポイントだと思っています。その他、この半期で導入した施策は多数ありますが、いずれも長期的に経過を追っていかなくてはならないものが多いため、辛抱強く制度運用を行い、基盤作りに務めています。

    一方、成果としては一番形になっているものが、採用です。新卒採用を成功させることが、私の最初のミッションでした。先ほど、中途入社者の比率が高いという話をしましたが、即戦力として実力を存分に発揮している中途入社者に加えて、組織拡大の強烈な下支えになってくるのは会社に対するコミット力の強い新入社員の存在。新卒を育てることによって会社独自の文化を生み出すことが、強い組織づくりには必要なんです。

    組織の足場固めの第一は、新卒採用の強化。

    新卒採用での課題は、優秀な学生を採用すること。過去の採用経験で得た知恵を振り絞って提案、企画をしてきました。まずは、学生の母数を増やすこと。媒体の選定やデザイン、メッセージの推敲などのすべてにおいて、会社の視点ではなく学生の視点になって、企業のどのような点を学生にアピールすることが重要なのかを議論し企画しました。

    結果として予想をはるかに超える約7000名からエントリーがあり、1350名と接触、その中から優秀な10名を採用することができました。昨年は655名のエントリーで約208名と接触、10名の採用ですから、エントリーで1000%超、接触600%超、採用倍率は135倍という高倍率の中での採用という、未上場ベンチャー企業では異例の結果です。優秀な採用スタッフにも恵まれ、とても良い経験をさせていただきましたね。

    ────学生にはどのような点をアピールされたのですか。

    まず、学生と会社が最初に触合う媒体では、温度感のあるヒューマンタッチなデザインやウエットなキャッチを心がけ、学生との距離感を縮めることに集中しました。就職活動中の学生にとって、社会人というのは、小学生のときの中学生、中学生のときの高校生を見る目と似ていて、買いかぶり目線があります。それは憧れの存在であったりもしますが、一方で何もしなくても威圧的に感じられたりもするんです。そうなると、社会人と学生との間には社会人からは見えにくい『距離』が生まれていることになる。まずその距離を埋めることに意識を向けました。逆に、会社の技術力や業績は、興味をもってくれた後に知りたくなる内容ですから、ファーストタッチではあまり強調しすぎないようにしました。

    また、学生は社員のありのままを見たいという思いが強いですから、それに応える姿勢に魅力を感じてくれることが多いんです。ですから、例えば採用担当者のブログで、社員の誕生日会や季節ごとのイベントといったリアルな社内情報をアウトプットすることも、人事採用担当者が意識的に行っている重要なアピール方法です。当社は、風土や雰囲気をそのままウリにできる会社ですから、バイアスをかけないように、ありのままの社内の風景を意識して出していきました。採用マンの教育にも力を入れましたね。

    ────どんな風に教育されたのですか。

    採用マンは、会社の顔であり、会社と学生をつなぐコーディネーター。人と人との価値観をぶつけ合い、人を追及していく奥深い仕事なんです。スキルや知識、仕組みだけで上手くいく仕事ではないですし、適正試験などのツールだけでは偏った側面しか評価できない。だから泥臭く、体で覚えていくことが必要なんです。その意味で採用は、専門性の高い、職人的な仕事なんじゃないかと思います。

    自社採用未経験者の採用プロジェクトチームでしたから、採用経験者である私自身のもつノウハウを伝え、分身を早く多く作ることが、会社の採用力につながる。ですから、学生と面談した後は、採用マンとすり合わせの時間をできる限りつくることを心がけました。説明会後の時間、個別面談後の時間。学生を言語化し、人間分析をする。「なぜここがよいと思うのか」「何を根拠にこの評価が出てくるのか」など、納得するまで何度も議論しました。

    教育する中で、採用マンに伝えていたのは、「ジャッジは主観ではなく、客観的であること」。といっても採用マンも人間ですから、いきなり客観的、分析的に人を見ることはできません。しかし目線にバイアスがかかってしまうと、せっかくのいい人材を逃すことにもなりかねない。採用を行う上では、自分の主観だけでなく、「学生にとって」「会社にとって」、この両方の視点からマッチングをはかれる力が必要なんです。この感覚を身につけられるようになるまでは、採用マンと一緒に面談に入って、一人ひとりフィードバックの機会をもうけ、すり合わせの時間を多くとりながら採用チーム全体の目線をそろえていくようにしました。

    もうひとつ、伝えたのは「ヒアリングの重要さ」です。学生と接している時間の半分以上はヒアリングに費やさなくてはいけないんです。とにかく徹底的に聞いて、学生の価値観やものの見方、考え方を引き出す。これができなければ、学生の琴線が分からないわけですから、会社にマッチする学生なのかどうかすら分かりませんし、こちらがいくら会社のアピールをしても響きません。採用担当者が学生を理解しようとする、そのプロセスで学生は会社に惹かれるんです。いかに学生を理解してあげるかがポイント。これは、営業の基本でもありますよね。

    組織の足場固めの第二は、マネジメント力の向上。

    ────社内全体の人材育成で、今後注力されたいのはどのような点ですか。

    『マネジメント力』です。今は、平均年齢が26歳代の若い組織ということもあり、個々の成長意欲は非常に高いのですが、それが『チームや会社全体の成果』よりも『個人の成果』に向けられがちなように感じています。組織である以上は『1+1=2』ではなくて『2の2乗』になるシナジーを生み出すことが大事。それを伝えるためには、経営層の分身であるマネジメント層が、個の成果に執着しない全体視点を持つことが必要なんです。

    ですから、まずはマネジャーとプレイヤーでは役割が違うということを再認識して、メンバー間のシナジーを意識的に作り出せる人材教育をしていきたいと考えています。特に新卒入社者は最初にどんな先輩や上司の下で仕事をするかが後の社会人人生に大きく影響しますので、マネジメント層の育成は急務です。また、マネジメント層は経営者の分身である必要がありますので、マネジャー同士のより強固な一体感も作りたいと考えています。

    ────具体的に、何か計画されていることはあるのですか。

    一つ、『ライフライン』というプログラムをご紹介します。自分の人生観や夢をお互いに語り合う場を通して参加者同志のグリップ感を強くする研修です。例えば、お互いの人生の浮き沈みみたいなものを共有して、「幼少期にこんなことがあって、私のモチベーションの源泉はここにある」「将来こんなことを実現したい」というような内容を真剣に語る研修です。これをアレンジしたものを今年の新入社員研修で実施したのですが、同期の一体感を作る上で非常に高い効果を得ることができました。年次や年齢に関係なく効果を発揮できる内容ですから、マネジメント層にも実施していくことを検討中です。みんなで会社のビジョンや夢を語る機会をもっと多くし、一緒に方向性を握ったうえで前進していくことが、より高い成果につながると信じています。

    ────お互いが分かり合っているつもりでいて、よく話してみると実は分かっていなかったということは、よくありますね。

    分かった「つもり」になっていることって多いですよね。信頼し任せることは大事ですが、任せているつもりで実は放置しているだけのマネージャーは意外と多いのではないでしょうか。気づくと上司部下のコミュニケーションが少なくなって、そこから小さな溝ができてしまう。『分かり合っているつもり』のズレが積もると、時に大きなミスを生み出し、会社が大きく傾いてしまうなんてこともある。傾いてしまってから処方箋を打っても手遅れ、もしくはものすごい労力がかかる。そうならないように予防することが大切なんです。そのためにはマネジメントがいかに大切かということを、経営陣も巻き込んで徹底していくことが、これからの課題だと思っています。

    ────上場して会社が公のものになることで、組織が持っていた弱さが露呈する企業もあります。上場前にしっかりと組織固めをしておくことは非常に重要ですね。

    そうですね。それはとても意識していますね。

    改革の火を灯し続ける強い意志が、組織を変える。

    ────人事が手掛ける改革に対して、社員の方々が敏感に反応される企業も多くあります。

    「どんな仕組みを導入しても運用する人の気持ちがついていかない限りは失敗する」とよく言われますが、それをすごく実感しますね。制度や仕組みがなくても、みんなの気持ちさえ一つにできれば会社はいくらでもうまく回るんです。けれども、組織が急速に拡大するフェーズでは、やはり制度の力を借りる必要が出てくる。敏感に反応する社員はどんな会社でもいますし、当社も例外ではありません。しかし粘り強く信念をもって言い続けることで、組織は変わっていくんです。

    改革の成功失敗は、形式だけではなく、従業員一人ひとりの心が握っています。ひたすら人事の理想論を熱く語っている私のような姿を見せ続けることも大事ですし、ビジョンを語りつづける役員や、会社に対する熱い思いを発信しつづける若手社員の姿も大事。こうしたことを続けていく中で、一人ひとりの心がひとつになったとき、蒔いた種が芽を出しきれいな花を咲かせるんです。

    ────仮にコンサルタントや教育会社など外部の力を借りたとしても、結局は、改革の火種をどんなときにも消さない方が社内にいないと、何をしても効果は上がりませんね。

    そうなんです。火を灯し続ける強い意志を持った人の存在は、本当に大切です。何かをやりきるということにおいて、特殊な能力っていらないと思うんですね。『思いの強さ』があれば実現できると信じています。人事の仕事は黒子ですが、仕掛け人として、まずは人事が自ら燃えなければなりません。社長に対しても火を消さないように押し上げていく努力だったり、社員に対しても諦めずにいろんなところで常に種をまいていくことだったり。その思いがじわりじわりと周囲へ伝播していく。そこから効果が生まれてくるんだと思います。何年か経って、「会社が変わったな」と、黒子としてほくそ笑めれば幸せですね(笑)。

    ────『人事は黒子』というのは、本当にそうですね。

    人事総務部のメンバーにもよく『人事は黒子だよ』と言っています。表に出る部隊ではありませんから。裏でコツコツと準備をして、会社が前に進むために何通りもの手法を考えるのが仕事ですし、その種を蒔くまでが私達の仕事。芽を出すのは社員の力なんです。経営陣は「組織をすぐに変えたい」と言いますがが、変化に対し従業員は軋轢を感じるもの。この板ばさみの中で改革を起こすのが、人事の仕事です。しかし改革は成果が出るまで時間がかかりますから、結局僕達のアクションって、同じ人事以外からは中々評価されないんですよね。そういうストイックなところにジレンマを感じず、逆に楽しめる心が黒子として求められるのかもしれませんね。

    人の心は変えにくいものですし、それが集団化して文化になると、その文化を変えることはさらに難易度が高い。正論を言ったところで、周囲が納得し、変化するには1年以上はかかります。時間をかけなくてはいけないこともあるんです。ですから、社内で改革をプレゼンしたときは、「3年計画でやりますよ」と。「3年で文化を変えていく」ということを、全社に向けてプレゼンテーションしました。

    ────あともう1年改革を続ければ成果が上がるのに、待てなくてやめてしまう企業も多いですね。

    それは、夢の大きさがそこまでだったのだろうなと思いますね。本気なら、決して逃げないはずですから。人事は、きれいごとではないと思うんです。ドロドロになって、言い続けて、やり続けて、ぶつかり続けて。突破するまでやるということが、結局は大事であって。私自身、強い人間ではありませんし、迷いはあります。軋轢が生まれると「どうしよう」と思ってしまうこともありますし、尊敬する経営者や先輩人事の方々からすれば「絶対に正しい」と主張できるほどの経験もありませんから、一度やると決めた以上は、白黒ちゃんと結果が出るまでは貫こうと思っています。泥臭いです、とても。でも、そういう毎日が刺激的で楽しいんですよね。

    ────ありがとうございました。

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