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『笑い』が職場を変える──顧客満足度と従業員満足度を高める試み
顧客を満足させるには、まず従業員を満足させなくてはならない。これは、CS(顧客満足度)を追及する多くの企業が直面する命題です。では、どのようにすれば従業員満足度が高まり、顧客満足度や業績の向上につなげることができるのか。ホテルオークラ神戸の代表取締役社長 総支配人の西本克彦さんに伺いました。
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株式会社ホテルオークラ神戸 (http://www.kobe.hotelokura.co.jp/)
1989年開業。神戸港を望むメリケンパークに建つ名門ホテル。六甲の山々を背景に神戸ポートタワーと並んで建つ高層の姿は、神戸を代表する景観として絵ハガキの写真にも多く用いられている。ロビーの正面には滝の流れる日本庭園が絵画のように広がり、客室は気品ある英国調のデザイン。和と洋の美が調和する施設と一流のサービスには、根強いファンが多い。
KATSUHIKO NISHIMOTO
1947年生まれ。67年に大成観光株式会社(現 株式会社ホテルオークラ)入社。91年にホテルオークラアムステルダム 料飲部長、95年にホテル霞友会館 総支配人を経て、98年にホテルオークラ神戸 取締役総支配人に就任。99年に同 代表取締役総支配人、2004年に株式会社ホテルオークラ取締役に就任。
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現場を自分の目で見ることが、経営判断に欠かせない。
────1998年にホテルオークラ神戸に着任されました。総支配人として現場の情報をどのように得ておられるのでしょうか。
毎朝出社したら、館内を巡回するのが私の日課です。基本的には、朝・昼・夜と一日に3回、巡回するようにしていますが、外出してできないこともある。ですから最低でも朝と夕方、あるいは夜、帰宅する前には調理場から何から、全部回ります。みんなと「ああでもない、こうでもない」と冗談を言い合ったりもして。「おはよう」と言うだけでも、いいと思っているんです。そうすると顔と名前も一致しますし、話しているうちにそれぞれの個性も分かってきますでしょう。
────そうされるようになったのは、いつ頃からですか。
ここに着任する前のホテルでも、そうしていました。でないと、現場のことが分からないんですね。
────総支配人自ら館内の巡回を日課にされるというのは、ホテルオークラグループの他のホテルでもされているのでしょうか。
それは分かりませんが、私の場合はたまたまオランダにいたときに全体を見る立場になりまして。外国だったこともあって分からないわけです、現場のことが。そこでまずは、どんな立地なのか、どんなサービスを提供しているのかといったことを知ろうと思って始めたことがきっかけでした。
ある程度現場を知っていないと、何かを言うにしても確信を持って言えません。もう、机上の空論になってしまうわけです。私が入社した頃はウエイターから始めましたし、ハウスキーピングやベルボイーイ、ドアマン、フロントのナイトシフトと、浅いけれども一通り経験してきました。ですから、浅いけれども何となく分かる。そのことが、こういう立場になるととても役立ちますね。近からず、遠からずの視点で物事を見ることができます。
────着任された当時、ホテルオークラ神戸にどのような印象を持たれましたか。
実は、私がまだ着任するなんて思っていなかったときに、ここに来たことがあるんですよ(笑)。震災(阪神淡路大震災)の後のことです。ホテルの近くに中突堤という船着場があるんですが、そこから出る観光船に乗って、戻ってきたのがちょうど夕方でしてね。船から見ると、正面にホテルオークラ神戸が建っているその後ろに、わーっと山(六甲山脈)があって。サンセットが沈んで、裾野には夜景が広がって。映画のワンシーンを見ているようでしたね。これが、第一印象。これだけの施設があってホテルオークラというブランド力もある。このことは、非常に大きな強みだと感じました。
ブランド力を支えるためには、人材育成が不可欠。
しかし同時に、着任して感じたのは、震災などの影響もあってホテルがさまざまなダメージを受けているということ。施設のダメージというよりは、いろんな意味で働く人が受けているダメージ、です。ですから、施設やブランド力という『外見』とサービスという『中身』を一致させなくちゃいけない。これが、最初に考えたことでした。
そこで重要になってくるのは、やはり『人の問題』なんです。組織が官僚的になっている部分もあって「なかなか意見が通らない」「言ってもダメだ」という風土が、なきにしもあらずでした。そういったことを、まずは変えていこうと。『意識改革』です。
────停滞した雰囲気というのは、どのような場面でお感じになるのですか。
分かりやすい例で言いますと、ホテルの建物の上に『Hotel Okura』のネオンサインがあります。これが、着任した当時は夜の11時頃になると消えるんです。私は当初ホテル住まいをしていましたので、外出して夜に戻ってくると、ホテルの辺りが暗い(笑)。どうしてつけないのかと担当者に聞くと、「電気代が結構かかるんです」と。そうじゃない。あれはホテルのアイデンティなんですよ。「これでは、お客さまがいらっしゃって、ホテルオークラがどこにあるか分からないじゃないの」と。これは例えばの話ですが、そういった類のことが当時はいくつかあったわけです。
組織がある意味で官僚的になっていたのではないかと思います。震災の影響もあって、何にしても緊縮財政、とにかく経費を節減しなくてはいけないと。けれども、経費削減にしても、削減していい部分と削減してはいけない部分があります。それが一緒になってしまっていたんですね。経費をかけるべきところも削ってしまっている、削るべきところは削り方が足りない、という面はあったように思います。
────そういった社長の問題意識を共有できる方は、身近にいらっしゃったのですか。
ある程度こちらから投げかけると、みんなも分かるんです。今までは、前の通りにやっていただけ。でも「これ、どう思う?」と聞いたら、「言われてみれば、そうですね」と。そうすると、みんな考え始めるんですね。そういうことが回転していくと、非常にいい結果になってくるわけです。私が気づかないことも、逆に指摘してくれるという場面も出てくる。そうやって少しずつ変わっていくと、「変えられるんだ」「変えていくんだ」という風土になっていきますし、それが大きな力になると思います。
今も問題点はまだいろいろとありますが、全社的な大きなオペレーションに臨むときの一体感、総合力というものは、これは大したものがあると思います。「会社として成功させなくてはいけない」となったときの力は、すごいですよ。
────それにはどんな秘けつがあるのですか。
秘けつ、ということではないと思いますが、みんな使命感とプライドを持っていると思うんですね。「やらねばならない」ということが身についていますから、そういう場面になると労も惜しまないし、成功させようという気持ちを強く持ってくれます。
────みなさんが使命感を持つために、社長が大切にされていることはあるのでしょうか。
人は所詮、一人では何もできないわけです。私もそうですし料理長も、部長や課長もそう。みんなの助けを借りて、同じ目的を見てやっているんですね。そういうことが、オークラに勤めているという意識につながり、ある意味ではプライドを持ってくれているのだろうと思います。とはいってもやはり勤めていれば、いろんなことが出てくると思いますが(笑)、いざというときには、こういった意識が力を発揮するのだと思います。
時代が変わっても、『基本』をきちんと伝えることが大切。
────今、若い人を中心に働く意識がドライな方が増え、どのようにすれば主体的な使命感を持たせられるのかに悩む企業も多くあります。
それは、当社もまったく同じで、私が聞きたいくらいです(笑)。ただ思うのは、「自分たちのときはこうじゃなかった」というのは、いつの時代にも言われていること。若い世代を見て、「何だよ、あいつらは。普通はこうだよ」と思う。それは世代、世代にあることですから、我々の物の見方や考え方をそのまま継ぐことは、非常に難しい。ある意味では危険なことだともいえると思います。
ただし、その中でも基本的なことがあるわけです。それを伝える方法や考え方は、相手に合わせなければならないのですが、『基本』を伝えるということは、きちっとやる。非常に難しいことで、口で言うほど簡単ではないのですが(笑)。
────ホテルオークラ神戸でいう『基本』とは、何なのでしょうか。
当社の営業目標に『Best ACSの提供(※)』というものがあるのですが、これが最大の目標になります。これをきちっと守ることが、我々の使命であると。そのために必要なことは、いたってシンプルです。例えば、ゴミが落ちていたら拾う。掃除をきちんとする。建物というものは、建った瞬間から古くなります。常に最新設備を提供することは不可能。けれども、たいていの設備は揃っている。だから、とにかくメンテナンスすること。これが最大の『Best Accommodation』であると、そう私は理解しているんです。
※Best ACS:『Best Accommodation』『Best Cuisine』『Best Service』の3つの『Best』からなる。
ですから、当社は月に1度、従業員による館外清掃(地域清掃)をしていますし、館内も従業員スペースの廊下や壁のペンキ塗りは、自分たちでやっています。日頃の清掃は清掃会社の方にお願いしていますが、自分たちのことは自分たちでやろうよと。Tシャツ着てジーパンをはいて、みんな楽しそうにやってますよ(笑)。一番の狙いは、自分たちで塗ればきれいに使うだろうということ。そういった意識を持ってもらいたいということが、最大の目的です。その、二次効果として経費も少なくて済む(笑)。ホテル内の庭園の池の掃除も、スタッフがやります。
────それは、社長が着任される以前からされていたことなんですか。
いえ、していなかったようですね。でも、たまには本業以外の仕事をするのも楽しいでしょう(笑)。『館内の美化』なんていったって、遊び感覚が必要でね。やらなきゃいけないと思うと、負担に感じてしまいますから。
────ゴールははっきりと示し、到達するまでのプロセスは楽しむというのはいいですね。
池の掃除も、半日水遊びができるくらいに思ってね(笑)。今は、新入社員のオリエンテーションにも池掃除を入れてるんです。自分たちの働く場所は自分たちで守っていくという認識が根付けばいいなと思っています。繰り返していくことで、当たり前になってくるんですよね。
本当に大切なことは、簡単な言葉で表現できる。
もう一つ始めた施策に、『ニコニコ大作戦』があります。『大作戦』といっても内容はいたって分かりやすいもので、『いつも笑顔でいよう』というもの。サービス業はすべてそうなんでしょうが、やはりお客さまにとって気持ちのいい場所でなければならない。丁寧な口調、丁寧な接遇も良いのですが、この前にくるのは何かといったら『笑顔』しかないわけです。『ニコニコ』にどれだけの効果、効用があるか。ニコニコして「こんにちは」と言われたら気分がいいですが、真面目な硬い表情で「いらっしゃいませ」なんて言われてもね。
────『ニコニコ大作戦』は、いつ頃スタートされたのですか。
確か、私が着任した年かその翌年です。
────社長のご発案ですか。
そうです。『ホテルオークラ神戸 ニコニコ大作戦』、なんて銘打ってね(笑)。当時も、みんなの表情はもちろんニコニコしているんだけれども、どうも足りない。先ほどもお話しましたが、海と山に囲まれたこれだけ素晴らしい施設があるわけですから、『笑顔』が伴えばこんな強みはない。当社の強みをさらに伸ばすための施策だったんです。
────『大作戦』を発表されたときの、みなさんの反応はどうでしたか。
「ふーん」っていうような感じでしたよ(笑)。料理長なんかは「なぜ我々がニコニコしなくちゃならないのか」と言ってきましたしね。「我々はニコニコしてちゃあ、美味しい料理が作れません」と。
────お客さまとは接しない調理場の方も、『ニコニコ』なんですね。
そうです。今度は、従業員同士の問題になってくるわけです。やはり働く者同士がしかめっ面していてはね。とはいっても、調理場は火や包丁を使って危険が伴う場所だけに、ときには怒声も飛び交うんです。それは仕方がない。
ですから、皆に話したのは、『ニコニコ』が大切だということの意味は何かということなんですね。『カスタマーサティスファクション』だとか難しい理屈で言おうと思えば、立派な表現はいくつもあります。けれども、「それはもういい」と。日々の仕事の中で、お客さまに対しても仲間に対しても『ニコニコ』していれば、居心地もいいし、お互いの心も開く。それがひいては業績にもつながる。そんな話を、ときには一緒に飲んだりもしながら、何度もしましたね。
────『ニコニコ』というのは、とても分かりやすい表現ですね。
そうです。組織というのは、従業員によっていろんな理解力のレベルがあります。ですから、みんなにとって一番分かりやすい言葉、実行しやすい言葉で伝えることが大切なんです。
────けれども、『笑う』というのは、実はとても難しいことでもあるように思います。
ですから、『作り笑い』ということもありますね。ブスッとしているよりはいいけれども、気持ちが入っていない。けれども、そういう『笑い』にも波及効果はあるわけです。例えば、お客さまのアンケートに「挨拶が気持ちよくて、とても良かった」といったことが書かれていると、「よし、この次も」という気持ちになります。
────そうすると、次からは本当の笑顔になりますね。
そうです。大人でも子どもでも、人は褒められればうれしいもの。自分のやっていることを相手が受け止めて、評価してくれているとなれば、「じゃあもう1回やろう」と思わない人はいないわけですよ。こうした経験を重ねていくと、それが喜びにつながる。そうすると、仕事が楽しくなります。
────『ニコニコ運動』で、ホテルの雰囲気は変わりましたか。
古くからのお客さまに「最近のオークラは、明るくなってきたね」と言って頂いたり、変わってきたと思いますよ。そうなってくると、『ニコニコ運動』に対するみんなの意識も変わってくるんです。「なぜ我々がニコニコしなくてはならないのか」と言っていた料理長も、「やっと社長の言っていた意味が分かりました」と。それで彼がどうしたかというと、『ニコニコ運動の年間スローガン』というものがあるんですが、それを朝礼で調理場の全員に言わせてるんです(笑)。けれども、年月が経つうちに新しい社員も入ってきますから、『ニコニコ運動』を本当の意味で浸透させるには、やはり継続して言い続けることが必要です。
────今でも、『ニコニコ運動』は続けておられるのですか。
もちろんです。「私はしつこいよ」と皆にも言ったんですが(笑)。
────もう9年目になりますね。
この標語は、頻繁に変えるものでもないですしね。我々、ホテル業の根源となるものですから。我々は商人ですが、「笑う人」と書いて笑人なんですよ。
自分のために働くことが、会社のためになる。
────そうやって意識改革をされる中で、思うように改革が進まないといった局面もあったのでしょうか。
ありますね。一番感じたのは、スピード感の違いです。私は東京が長かったのですが、関東はスピードが速いんです。特に私は営業を長くしていましたが、お客さまのご要望に応えるためには、徹夜をしてでもやらなくてはいけなかった。でも、神戸はある意味では、おおらかなんですよ。ゆったりとしている。スピードが速ければいいとは思いませんが、好むと好まざるとに関わらず、世の中の動きがこれだけ速くなっている以上、それに対応できることが必要です。
────それは、今後の課題にもつながってくるのでしょうか。
結局、みんなが持っている危機感がまだ十分ではないんですね。理屈としてではなく、自分のものとして捉えられるかどうかにかかってくると思います。物事にはどんな背景があるのか、どんな性質の物事なのかといった物事の捉え方や、いつまでに何をするかということをもっと植えつけていくことが、業績をさらに伸ばすためには不可欠だと感じています。
先日も、新聞に『関西屈指の名門ホテル ホテルオークラ神戸』と紹介される記事が載りましたが、「名門ホテル」に値する内容かどうかを、本当に真剣に考え、それに沿ってやらなくてはいけない。ブランド力に合うレベルに高めていくということが、変わらないテーマです。さまざまな研修や教育も、すべてそのためのもの。そして、ここで働く人たちが本当の意味でそういったことを受け止めて、「ホテルオークラ神戸を経験すれば、どこへ行っても通用する」というプライドを持ってほしいと思っています。実際に、当ホテルから転職する人たちには、それなりのポジションが用意されますのでね。そして、みんなの待遇、これをもっともっと報いたい。これが、実は私にとって当初からの最大の目的です。そのためには業績を安定させないと、なかなか思うに任せないんですね。
────湾岸戦争やSARS(重症急性呼吸器症候群)が中国で流行したときには旅行業界が低迷しました。さまざまなご業界がある中でも、旅行やホテル業界は特に不可抗力の影響を受けるご業界だという印象があります。
そうです。平和であってこそ成り立つビジネスです。
────そういった不可抗力の影響を受ける中で、働く人たちが変わらず拠り所にできるものがあるとすれば、それは何だと思われますか。
拠り所ということなのかどうかは分かりませんが、縁あって入ったこの場所で『自分はここにいて良かったと感じられること』、ではないでしょうか。簡単に言ってしまうと、『働く場として居心地がいい』かどうかということです。人生のある程度の時間を過ごす場所として、自分の成長を助けてくれる場所として、そして生活の糧を得る場所として。『働く場』を捉えるときにさまざまな側面があるのは、誰でもそうですね。例えば転職先を選ぶにしても、こうしたいろんなバランスを考えるはず。先ほどお話した、『オークラ』の名前と実際の中身を合わせていくことは、このことにもつながってくるわけです。
────従業員の方も幸せになることなのですね。
そうです。ですから、みんなには「一生ここにいようなんて思うな」と言ってるんです。「自分の人生だから、自分のために一生懸命に働きなさい」と。その一生懸命ということが、結果的に仕事に全部プラスになりますから。自分の目標があれば、もっといいサービスができないか、もっと合理的にできないかと、仕事も工夫します。これはそのまま、会社のためにもなるわけです。
────『Best ACS』も『ニコニコ運動』も、すべて関係してきますね。
全部、リンケージしていますね。
────ありがとうございました。
(ホテル外観・内観の写真提供/ホテルオークラ神戸)